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日本では新型コロナウイルスの新規感染者数が7月3日、4日と200人を越え、第2波の到来が懸念されていますが、アメリカではこのところ連日、新規感染者数が5万人を越えています。
アメリカと日本の人口の違いを考慮しても、アメリカは日本の100倍も感染者が出ていることになります。
ヨーロッパではある程度抑え込みに成功していますが、アメリカではむしろ増加ペースが高まっています。

国別感染者グラフ
https://www.anzen.mofa.go.jp/covid19/country_count.html

ブラジルは、ボルソナロ大統領が新型コロナウイルス感染症を「ちょっとした風邪」と呼び、経済活動を止めないという方針なので(州政府は独自に対応)、感染拡大もやむをえないのかなと思いますが、アメリカは一応対策をとっていながらこの数字です。

新型コロナウイルスの感染については地域差がひじょうに大きくて、その理由はまだよくわかっていませんが、私はとりあえず文化的社会的な側面について、なぜアメリカで感染がこれほど拡大するのかについて考えてみたいと思います。


手掛かりはマスクです。

日本から見て不思議に思うのは、欧米人はマスクを着けることに妙な心理的抵抗があるらしいことです。
私は最初、マスクを着けるのはアジア人というイメージがあるので、欧米人はアジア人への差別意識からマスクを着けないのかと思いました(欧米では握手をしなくなっているので、代わりにおじぎをすればいいと思うのですが、やっていません。これも差別意識かもしれません)。

しかし、ヨーロッパではマスクを着けるのが今では普通に行われるようになっています。
問題はアメリカです。アメリカではトランプ大統領を初め今でもマスクを着けない人が多くいます。


なぜアメリカ人はマスクを嫌うのでしょうか。
西部劇などの銀行ギャングはスカーフで顔を隠すので、顔を隠すのは悪人のイメージだからだという説があります。しかし、悪いことをするときに顔を隠すのはアメリカ人に限りません。
テレビである心理学者が、アジア人は相手の目を見て心理を読むが、欧米人は口元を見て心理を読むのだと言っていました。だから、サングラスは欧米で普及しても日本ではあまり普及しないのだということです。
テレビ朝日系「大下容子ワイド!スクランブル」では、アメリカでは正義のヒーローは目を隠しても口は隠さないのだと言って、例としてキャプテンアメリカやバットマンやロボコップを挙げていました。
これらは話としてはおもしろいのですが、理由としては弱い気がします。

もっと単純に、マスクをするのは弱いイメージだからだという説が有力だと思います。

ウイルスから自分を守るためにマスクをするのだとすると、マスクをつける人間はウイルスを恐れる弱い人間だということになります。
トランプ大統領は、ディールを得意としていますが、つねに強さを誇示して相手を圧倒するというやり方です。少しでも弱みを見せるとディールは不利になるので、自分のマスク姿は見せたくないでしょう。

強さを誇示するやり方は、男性性と結びつけて、マチズモとか男性優位主義と言うのが一般的です。
しかし、最近は強さを誇示することは男性に限るものではないので、マチズモという言葉は当てはまらない気がします。
とりあえず「強さを誇示する文化」とでも呼んでおきます。

アメリカは独立戦争以来、強さを誇示しながら発展してきました。先住民の土地を奪うときも、黒人奴隷を使役するときも、強さを誇示すると有利に運びます。西部では男は腰に銃をぶら下げるのが普通でした。
ですから、強さを誇示するのはアメリカの伝統文化です。
アメリカの保守派はこうした伝統文化を重んじ、銃規制に反対しますし、マスク着用にも反対です。

トランプ大統領の演説会に集まる人たちはほとんどマスクをしていません。
一方、「Black Lives Matter」を掲げてデモをする人たちはほとんどマスクをしています。
保守派とリベラルの違いがマスクに表れています。

マスクをしないような人は、手洗いやソシアルディスタンスもきちんとしないでしょう。
トランプ支持の保守派は人口の4割程度います。イタリアやスペインで爆発的に感染が広がったころの生活習慣を持った人が今もアメリカに4割程度いるため、アメリカで感染が広がり続けているのだと思われます。


トランプ大統領は感染が始まった初期の段階から、「ウイルスは暖かくなれば消え去る」と楽観論を述べ、感染が拡大してくると、「アメリカがほかの国より検査を多く行っているためで、名誉の印だ」と言い、5月8日には「新型コロナウイルスはワクチンがなくても消滅する」とまったく根拠のないことを言いました。

7月2日には、2日連続で感染者が5万人を越えましたが、トランプ大統領は記者会見で「我々はこの病気を理解している。すぐに収束できる」と楽観論を語り、ペンス副大統領も「個々の局所的なものだ」と言いました。
普通なら感染が拡大すると、「事態は深刻だ。国民はいっそう感染防止に努めてもらいたい」と国民の危機意識に訴えかけるところですが、まったく逆のことをやっています。

ちなみに日本では、マスコミが感染の初期の段階で危機感をあおりすぎて、今でもまだ恐れすぎの傾向があるかもしれません。アメリカの100分の1程度の感染で騒いでいます。


トランプ大統領は国民をウイルスから守らねばならないのですが、「守る」というのは弱い人間のすることだと思っているので、できません。その代わりにもっぱら「攻撃」をします。
トランプ大統領は国内で感染が拡大すると、中国とWHOに責任があると言ってひたすら「攻撃」しました。
また、感染のごく初期の段階でいち早く中国とヨーロッパからの入国を禁止しましたが、これもトランプ大統領においては「攻撃」だったからでしょう。

4月23日には、家庭用漂白剤が新型コロナウイルスの消毒にも有効だという研究発表を受けて、トランプ大統領は「(新型ウイルスを)1分でやっつける消毒剤もあるだろう。1分だ。そういうのをやる方法はあるかな? 体内への注射とか」と語り、消毒剤を注射してもいいのかという電話相談が急増するという騒ぎになりました。
5月18日には、新型コロナウイルスの感染予防のため抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」を毎日服用していると言いました。この薬は新型コロナウイルス治療薬としては未承認であり、さらに深刻な副作用のリスクが指摘されたことから、20日には服用をやめると表明しました。
まったくのでたらめをやっているようですが、トランプ大統領においては、消毒剤や治療薬はウイルスに対する「攻撃」なのでしょう。


現在、「Black Lives Matter」を掲げるデモや、アメリカの歴史上の偉人の像を撤去する運動が盛り上がっています。
日本から見ていると、なにも新型コロナの感染が拡大する真っ最中にしなくてもいいのにと思えますが、アメリカでは、感染拡大を防げないトランプ大統領ら保守派の権威が失墜し、今まで抑え込まれてきたマイノリティやリベラルが力を解き放っている状況なのでしょう。
そういう意味で、新型コロナウイルスはアメリカ社会を根底から揺り動かしているのかもしれません。


トランプ大統領は7月1日、FOXビジネスのインタビューで「マスクには大賛成だ」と述べ、公的な場で自分がマスクを着用することには「なんの問題もない」として、方針転換したようです。
しかし、7月4日の独立記念日の祝典で花火大会と大規模な集会を開催し、トランプ大統領が演説したとき、大統領はもちろん集会に参加した数千人はほとんどマスクをつけていませんでした。

現在、アメリカでは保守派対ウイルスの戦いが行われていて、その成り行き次第で、保守派対リベラルの力関係も、大統領選挙の結果も決まるのではないかと思われます。