村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

タグ:俳優、女優

菅原文太さんが亡くなりました。
高倉健さんに続いての訃報ですが、「これでひとつの時代が終わった」などと慨嘆するのは短絡的でしょう。
とはいえ、必然的に「ヒーロー像の変遷」ということは考えてしまいます。
 
文太さんの代表作は「仁義なき戦い」シリーズと「トラック野郎」シリーズということで一致しているようです。
それまでヤクザ映画のヒーローだった健さんは「仁義なき戦い」シリーズにはいっさい出ていないので、ここでヒーローの交代が起こったといってもいいでしょう(私の年齢だとどうしてもそのころのことを中心に考えてしまいます)
 
健さんのヤクザ映画は「正義対悪」の図式で成り立っています(エンターテインメント映画は基本的にみなそうです)。健さんは正義のヒーローです。
 
しかし、実録ものヤクザ映画にそのような図式はありません。むしろ暴力団同士の抗争は「悪対悪」として描かれます。
もっとも、文太さんら主人公の側は、さすがに弱い者イジメをするようには描かれません。最初の「仁義なき戦い」では、終戦後の混乱期に“男気”を武器にのし上がっていく者同士が抗争する物語となっています。
 
正義でもなく、ただ抗争するだけの男に観客は感情移入して観ていたわけですが、それは不思議でもなんでもありません。それらの男はサラリーマンにも似ているからです。
 
サラリーマンの世界も、同業者と抗争し、同僚と競争し、なめられないようにハッタリをきかし、ときには損得を度外視して義侠心を発揮するわけで、ヤクザの世界とそんなに違いません。
ここにおいて、金子信雄さんが演じた山守組組長の存在が絶妙です。この組長は文太さん演じる広能昌三の上司に当たる存在で、自己保身のことしか頭になく、そのために陰で卑劣なことをいくらでもするのですが、それでいてどこか憎めないところもあります。こういうダメ上司がいることで、広能昌三は組織の一員でありながら、時には組織に背いて行動しなければならず、そういうところも共感を呼んだと思われます。
 
一方、健さん演じる正義のヒーローは、正義や人情のために命をかけるわけで、しかも最後の殴り込みの場面では、1人で大勢の敵をみんなやっつけてしまいます(加勢の仲間がいても1人か2人です)。つまり超人的なわけで、憧れの対象ではあっても、昔の映画スターと同様に雲の上の存在です。
その点、「仁義なき戦い」の文太さんは等身大に近くなっています。
 
「トラック野郎」シリーズの文太さんはもっと等身大です。なにしろ自営業の長距離トラック運転手ですから。
トラック運転手がヒーローになることにも、それなりの理由があります。彼らは一匹オオカミの気風を持ちつつ、仲間意識もあり、取り締まりをする警察とは敵対関係です(このあたりは企画した愛川欽也さんの左翼的な面が出ていますが、昔は普通の発想でもあります)
映画のクライマックスでは、文太さんが理由あって荷物を時間内に届けるため猛烈にトラックを走らせ、それを助けてくれる仲間と、阻止しようとする警察とで大騒動になるというのがお決まりのパターンです。
 
警察的価値観が世の中に広まって、ヤクザ映画がつくりにくくなった時代に、ヤクザ映画のファンだった人たちが拍手を送った映画だったと位置づけられるでしょうが、この映画のおかげで文太さんはますます身近なヒーローになったのです。
 
ちなみに今の時代、ヤクザ映画はありませんし、テレビドラマも刑事や検事や弁護士が主人公のものがふえていて、時代の変化を感じます。
 
健さんはヤクザ映画で超人的な正義のヒーローを演じたために、その後も、どんな役をやっても、どこか超然とした人間を演じ続けました。
そのため、私生活でもあまり素顔を出すことがありませんでした。
 
文太さんは、それよりは等身大のヒーローでしたから、ある程度素顔をさらし、晩年は自分の信念を世の中に訴えるということもできました。
そういう意味では幸せな人生だったのかなと思います。

嘘つき村で嫌われるのは、正直者です。正直者は嘘つき文化を共有しない異端者だからです。
たとえば、嘘でも反省の態度を示せば刑が軽くなる可能性があるのに反省の態度を示さない被告。こういう正直者はマスコミからバッシングされます。
それから、子どもも嘘つき文化を共有していません。訪問客が子どものためになにかプレゼントを持ってきたとき、子どもは正直なことをいうかもしれないので、その前に「ありがとうは?」と、嘘でも感謝の言葉をいわせます。
子どものような純粋さを持ったおとなも当然同じことです。
 
たとえば女優の沢尻エリカさんは、なにか不愉快なことがあったので、舞台あいさつのとき、インタビュアーに「別に」と答えたら、大バッシングにあってしまいました。
確かに「別に」と木で鼻をくくったような応対をするのは、インタビュアーも観客も不愉快にさせますが、エリカさんはもっと不愉快なのですから、しかたがありません。
もっとも嘘つき村では、自分の不愉快な気持ちを隠して、にこやかに応対するのがオキテなので、エリカさんはオキテ破りをしてしまったわけです。
 
嘘つき村の芸能界というのは恐ろしいところで、大物芸能人は不愉快なことがあっても、人前ではにこやかにふるまっていますが、裏でスタッフに当たっています。しかし、これは嘘つき村では普通のことなので、決してバッシングされることはありません。
嘘つき村ではエリカさんのような正直者がバッシングされるのです。
 
エリカさんは女優です。女優というのは(男優も同じですが)、人間的な魅力を感じさせなければいけません。正直とか純粋とかは魅力の大きな要素です。愛想よく言葉巧みに世の中を渡っていけるような人は、女優には向きません。
しかし、ここは嘘つき村です。嘘のつけない、魅力的な女優さんに限ってバッシングされる傾向があります。たとえば広末涼子さん、葉月里緒菜さん、藤谷美和子さん。松たか子さんも一時はバッシングされました。
 
愛想笑いというのは所詮は嘘です。私はそんなものに魅力は感じません。つまらなければつまらない顔をし、楽しければ楽しい顔をする。そういう人の笑顔が見たいものです。
 

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