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自民党公式ホームページより

10月4日、岸田文雄氏が100代目の内閣総理大臣に就任しました。

私は岸田氏によい印象も悪い印象もありませんでしたが、人事を見て一気にイメージダウンしました。
金銭スキャンダルで経済担当相を辞任したままなんの説明もしない甘利明氏を幹事長にしたのが最悪ですし、閣僚の顔ぶれを見渡しても、目玉になるような人が誰もいません。
岸田新首相は安倍元首相のあやつり人形だという説がありますが、人事を見ると、そうかもしれないという気がします。

マスコミの岸田内閣に関する世論調査も、毎日新聞は内閣支持率49%、不支持率40%、朝日新聞は支持率45%、不支持率20%、読売新聞は支持率56%、不支持率27%と、スタート直後にしてはパッとしません。

しかし、今からだめだと決めつけるのは早計です。
あえて岸田首相のいいところを探してみました。


岸田首相は「人の話をしっかりと聞く」ということを売りにしていますが、就任の記者会見を見ると、「しゃべるほうもしっかりしてるじゃないか」と思いました。言葉が明瞭で、力強さがあります。
もっとも、それは首相としては当たり前のことです。菅義偉前首相があまりにも「しゃべれない人」だったので、岸田首相がよく見えるだけです。
それにしても、国民に向かって語りかけることのできない人が1年間も首相を務めていたのですから、ひどい話です。

ですから、岸田首相は菅前首相を徹底批判して、違いを強調すれば、支持率はもっと上がったはずです。
もっとも、それができないのが岸田首相であり、自民党なのでしょう。


しゃべれるのは当たり前のこととして、私が評価したいのは、岸田首相には改憲への熱意があまりなさそうだということです。
岸田首相は総裁選のときに改憲を「重要な課題」と言いましたが、「やりたい」とは言いませんでした。政策パンフレットには「新しい時代の変化に対応した憲法改正を目指す」と書かれている程度です。

安倍元首相はきわめて改憲に熱心でしたが、第二次政権の7年半をかけてもついに達成できませんでした。
岸田首相が安倍元首相のあやつり人形だとしても、「熱意」まで人形に吹き込むことはできません。
いや、かりにできたとしても、安倍元首相と同じ程度の熱意ではやはり改憲はできないわけです。

総裁選の候補の中で、改憲に熱心なのは安倍元首相の支援を受けた高市早苗氏だけです。河野太郎氏も野田聖子氏もたいして熱心ではありません。
菅首相も改憲にはまったく興味がなかったので、不要不急の改憲問題は放置されました。

昔の自民党には中曾根康弘氏のように改憲に熱心な人がいくらでもいましたが、さすがに世代交代が進みました。
私は第一次安倍政権が終わったときに、もうこれで改憲(九条の改憲)は不可能になり、改憲問題は政治の世界から消えていくだろうと思いました。
ところが、安倍氏は奇跡の復活を遂げて、強力な政権を築いたために、改憲問題が復活しました。
しかし、結局それは一時的なことでした。


そもそも改憲問題とはなんでしょうか。
日本が戦争に負けたとき、「これで命が助かった。負けてよかった」と思った人たちもいますが、国家と一体感を持っていた人たちは、負けて心に痛手を負いました。
そのトラウマを解消するために、政治学者の白井聡氏は「敗戦の否認」をするのだと言っています。
占領下でつくられた戦後憲法は敗戦の象徴で、さらに九条は戦後憲法の象徴ですから、九条改正をすることで「敗戦の否認」をしようというわけです。

こうして、負けてよかったと思う人は九条を受け入れ、負けを認めたくない人は九条改正を主張して、これが戦後政治の最大の争点だったわけです。

改憲派というのは「戦後否定、戦前肯定」なので、慰安婦問題、徴用工問題、靖国参拝、教育勅語など、こだわるのはすべて戦前のことです。
戦後七十何年たって、さすがに国民も国会議員もこうした戦前のことにこだわりを持つ人は少なくなり、改憲問題はフェードアウトしつつあります。
安倍元首相の政治力が衰えれば、改憲問題は完全に消滅するでしょう。

そうすれば日本会議などの右翼やネトウヨなどは目標を失い、また護憲派も存在意義がなくなり、政治の世界から最大の争点がなくなります。


岸田首相は、そこに新たな争点を提起しました。
「令和版所得倍増計画」を掲げたのです。もちろん池田勇人首相の「所得倍増計画」をまねたものです。
池田首相は激しい60年安保闘争のあとに登場し、「所得倍増計画」によって政治の争点を安全保障から経済にシフトさせることに成功しました。
岸田首相がどこまで戦略的に考えているのかわかりませんが、改憲のようなイデオロギーに代わる争点として経済を提起したのだとすればたいしたものです。

もちろん所得倍増がうまくいくとは思えません。
岸田首相は成長戦略と分配戦略ということを言っていますが、成長戦略はこれまでずっとだめだったので、これからもだめでしょう。
とすると、問題は分配戦略です。岸田首相も「分配なくして成長なし」と言って、分配に軸足を置いています。
「新しい資本主義」とも言っています。新自由主義から転換して、格差社会を是正していくということのようです。もしかすると「社会主義的」という意味で「新しい資本主義」と言っているのかもしれません。

つまり岸田首相の経済政策は立憲民主党や共産党の政策を取り込んだものです。それによって選挙に勝利しようという戦略です。


しかし、そうはうまくいかないでしょう。
岸田首相は子育て世帯への住居費や教育費の支援、医療や介護、保育で働く人たちの賃金アップを言っていますが、これではただのバラマキで、財政赤字がふくらむだけです。

もっとも、岸田首相はその対策も言っています。それは金融所得課税の増税です。
富裕層に増税し、貧困層に分配するというなら筋は通っています。

問題はここです。
自民党が富裕層に増税できるでしょうか。
金融所得課税の増税には証券業界が強く反対して、エコノミスト、経済学者、マスコミなどを動かして反対の論陣を張りますし、自民党に巨額の献金をしている経済界も強く反対します。

岸田首相が反対を押し切って増税できればたいしたものですが、これまでのやり方を見ていると、とうていできそうにありません。
戦略はよくても実行力がないために政権運営に失敗する――という道を岸田首相はたどりそうです。


とはいえ、岸田首相が「分配」の問題を争点化したのは正しい方向です。

最近、「親ガチャ」という言葉が問題になっているのも、格差が拡大して、貧困層から上昇するのが困難になっているからです。
高市早苗氏は総裁選において、「結果の平等反対、機会の平等賛成」ということを主張しました。これがまさに新自由主義の発想です。人間は生まれ落ちたときに不平等であるという「親ガチャ」の現実を無視して、全員を同じ土俵で戦わせて、その結果を受け入れろというのです。

ところで、もともと「分配なくして成長なし」と言っていたのは立憲民主党の枝野幸男代表です。
枝野代表は、そうしたバラマキの財源はどうするのかと記者に聞かれて、「国債に決まっているではないですか」と答えていました。
富裕層への増税を実行できない点では岸田首相と同じかもしれません。


成長できればそれに越したことはありませんが、成長できないとなると、パイをどう分配するかが問題になります。
きたるべき総選挙ではそれが争点になるはずです。