台湾の金門島に行きました。

金門島というと、台湾と中国の中間ぐらいの位置にあると思っている人が多いのではないでしょうか。
実際は、中国本土の一部としか思えない位置にあり、中国の厦門市の高層ビル群が肉眼で見えます。金門島

日本が台湾を統治していたときも、金門島は統治していません。ずっと中国の一部であったわけです。

中国大陸の戦いで負けた国民党軍は台湾と金門島に逃げました。
共産党軍は1949年に金門島に上陸し、国民党軍と激戦を繰り広げますが、撃退されます。これを古寧頭戦役と言います。
1958年には共産党軍が本土から島に向けて大規模な砲撃を行い、国民党軍も砲撃で応戦しました。8月23日から10月5日まで行われたので、台湾では八二三砲戦と呼ばれています。
砲戦はそのあとも1979年まで断続的に続きました。
ですから、金門島は中国・台湾対立の最前線です。

金門島にはさまざまな戦跡があるので、私が見た範囲のものを紹介します。


翟山坑道
砲爆撃に耐えられるように地中を掘ってつくられた船着き場です。
入口の前に戦車や高射砲、上陸用舟艇などが陳列されています。
IMG_20191122_091048
IMG_20191122_091431

IMG_20191122_091229

坑道は「A」の字型をしています。
今は出入口がせき止められているので、水面が鏡のようです。
IMG_20191122_092003

IMG_20191122_092207

ありがたい軍人精神も書かれていました。
IMG_20191122_093326IMG_20191122_093336

IMG_20191122_093356


馬山観測所
ここは中国大陸にいちばん近い場所になり、軍の観測所が設けられました。これも完全に地下化されています。
入口からやたら長いトンネルが続きます。
IMG_20191122_101319

IMG_20191122_102122

ここでは中国向けのプロパガンダ放送も行われ、テレサ・テンも放送に協力したということで、等身大の写真がありました。
IMG_20191122_101926

IMG_20191122_101601

観測所からの眺めです。手前に見えるのは中国領の島で、その向こうにぼんやり見えるのが中国本土です。
IMG_20191122_102505


獅山砲陣地
地下陣地の砲台です。
ここにも入口前に大砲などが展示されています。
IMG_20191122_105026

IMG_20191122_105032


IMG_20191122_105559


ここでは1日に4回ほど本物の兵士が大砲を操作して発射の実演をするのが観光名物になっています。
IMG_20191122_110151

IMG_20191122_110248



北山古洋楼
古寧頭戦役の激戦で銃弾の跡の残った建物が今も保存されています。
IMG_20191122_121234

IMG_20191122_121254


慈湖落日観海平台
海岸に設けられた三角堡というトーチカがあります。
周囲に戦車が展示されています。
海岸には敵の上陸を阻止するための障害物が設置されています。

IMG_20191122_123521


IMG_20191122_122534


IMG_20191122_122256

IMG_20191122_123237


古寧頭戦史館
絵画と兵器などが展示されていますが、内部は撮影禁止です。

IMG_20191122_120756

ここの展示物はたいしたことありませんが、館員に言えば、日本語バージョンの13分の解説ビデオを見せてくれます。これを見れば、金門島における中国と台湾の戦争の概略がわかります(あくまで台湾側の見方ですが)。

なお、ここを含めて金門島内のすべての観光施設は無料です。

第二次大戦が終わってから始まった国共内戦で、国民党軍は連戦連敗で、とうとう海に追い落とされたわけですが、金門島における戦いでは国民党軍が勝利します。これは不思議なことです。
解説ビデオによると、第二次大戦で使って廃棄される予定の米軍戦車を国民党軍は使用したということです。これが大きかったのではないでしょうか。

また、八二三砲戦では、途中から投入された米軍の 203mm榴弾砲の威力がすさまじく、二発撃っただけで共産党軍は核爆弾だと誤解して戦意を喪失し、国民党軍の勝利につながったのだということです。
砲撃を核爆発と間違えることなどあるわけがないと、そのときは思いましたが、あとで調べてみると、当時は米軍が空母を近海に出動させていて、核攻撃の可能性も言われていたということです。兵隊の心理としてそういうこともあったかもしれません。

なお、古寧頭戦役で国民党軍が勝利したのは日本人の力があったからだということを、門田隆将氏が「この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」というノンフィクションで書いています。しかし、タクシーの運転手に「戦いに日本人も参加したことを知っているか」と聞いたところ、まったく知らないようでした。


金門島の現在
そうした歴史を振り返ると、金門島は今も最前線の緊張に包まれていそうなものですが、全然違います。
中国本土からフェリーで多くの観光客が金門島を訪れ、本土からパイプラインで水道水が供給されるようになり、中国本土との一体化が進んでいます。
そもそも大砲陣地や観測所が観光地化していることを見ても、緊張感のないのがわかります。

重要な陣地は隠されているのでしょうが、私は金門島に3日間滞在して、獅山砲陣地で大砲発射の実演をした兵士以外に軍服の兵士は見かけませんでしたし、軍用車両も見ませんでした。

現代の戦争は、上陸して島を占領するとか、砲撃戦をするとかではなく、航空戦で決着するのかもしれません。
もっとも、航空戦で勝利したからといって、昔みたいに領土や市場や賠償金が得られるわけでもありません。

そういうことを考えると、最近の自衛隊は離島奪還演習をよくやっていますが、果して意味があるのかと考えてしまいます。


風獅爺(おまけ)
金門島は風が強く、風獅爺という風よけの守護神みたいなものがあちこちに置かれています。
シンガポールのマーライオンや沖縄のシーサーにも似ています。華僑を通して文化の交流があったのでしょう。

IMG_20191122_151938IMG_20191122_162657