村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

タグ:安倍晋三首相

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権力者が権力の座を下りると、それまで隠されていた真実が次々と明るみに出て、かつての権力者は罪人となる――というのはよくあることですし、韓国の政治などは完全にそのパターンです。
安倍首相もそうなるだろうと漠然と思っていたら、どうやら様子が違います。

共同通信社が全国緊急電話世論調査を実施したのですが、「今月29、30両日の調査によると、内閣支持率は56.9%。1週間前の22、23両日の調査より20.9ポイント増加した」ということです。

首相退任が決まった内閣の支持率を調査するというのも妙なものですが、20ポイント超も上昇したのにはびっくりです。
病気を理由にした辞任に国民の同情が集まったのでしょうか。

田崎史郎氏はテレビコメンテーター界における安倍応援団の筆頭格です。こういう人は「安倍とともに去りぬ」になるのかと思ったら、このところテレビに出ずっぱりです。
ということは、安倍首相中心の支配構造は変わらないとテレビ局は認識しているのでしょう。


今後のことで安倍首相にとって困るのは、石破茂元幹事長が総裁選で勝利することです。
石破氏はこれまで安倍首相に迫害されてきましたから、安倍首相は石破氏に復讐され、それこそ罪人にされてしまうかもしれません。
しかし、今のところ明らかに菅義偉官房長官が有利な情勢になっています。
党員投票をやらない方向なのも、“石破つぶし”のためです。
ここまでは安倍首相が辞任を決めたときからのシナリオでしょう。

つまり安倍首相はキングメーカーになって、院政を敷くということになりそうです。


安倍首相は辞任の作戦が巧妙でした。
“難病”のイメージを徹底的に利用しました。
「病気で辞めるのならしかたがない」というだけでなく、「難病で辞めるのはかわいそう」というところまで持っていきました。

実際のところは、国会議員は辞めないのですから、病気であることもあやしいものです。
安倍首相はトランプ大統領やプーチン大統領と電話会談をしたりして、首相の仕事もちゃんとやっています。


安倍首相の「難病利用」によっていちばん迷惑をこうむっているのは、潰瘍性大腸炎の患者でしょう。
潰瘍性大腸炎になると治らない、仕事ができないというイメージになってしまいました。
それから、慶応大学病院にとっても迷惑です。処方した薬が効果を上げているのに首相を辞任されて、「慶応大学病院には治せなかった」というイメージになってしまいました。
実際のところは、潰瘍性大腸炎の治療法は進歩して、深刻化するケースは少なくなっているということです。

そもそも安倍首相は潰瘍性大腸炎を理由に第一次政権を投げ出し、その後、2012年の総裁選に出馬したときは、体調を不安視する周囲に対して、アサコールという特効薬が効いたとして「今はまったく問題がなくなった」と主張していました。
結局、また潰瘍性大腸炎を理由にして辞任するとは、どういう神経をしているのでしょうか。


安倍首相の場合、6月の定期健診で「再発の兆候」が認められ、8月に「再発が確認」されたということです。
なぜこの時期に再発したかというと、政権運営が行き詰まったストレスからでしょう。
ですから、今回の辞任は「政権投げ出し」だといえます。

しかし、よく考えると、「逃げの投げ出し」ではなく「攻めの投げ出し」であったようです。

普通、選挙は議員にとって大仕事ですから、衆院の解散は議員任期が残り少なくなってから行われるとしたものです。しかし、安倍首相はつねに野党の選挙準備が整わないうちに早めに解散総選挙を仕掛け、勝利してきました。
安倍首相は今回もその勝利の方程式に従い、「早めの辞任」を仕掛けたのでしょう。
ということは、菅総理大臣が誕生すると、早期に解散総選挙があるということが考えられます。
“安倍院政”なら当然そうなります。

いや、もっと長期的な戦略があるのかもしれません。
安倍首相は65歳、菅官房長官は71歳です。
自民党の総裁は3期までと決まっていますが、いったん辞めたあと再任を禁止する規定はないので、菅総裁のあと、また安倍氏が総裁になり、第三次安倍政権を発足させるということも可能です。

「難病利用の辞任」はあってはならず、安倍首相の潰瘍性大腸炎の症状はどの程度のものなのか明らかにされるべきです。

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辞任記者会見の安倍首相(官邸ホームページより)

安倍首相は8月28日、記者会見で辞意を表明しました。
第一次安倍政権のときに続いて二度目の唐突な「政権投げ出し」です。

潰瘍性大腸炎はストレスも症状悪化の原因です。
安倍首相は会見で「一議員として仕事をしていきたい」と言って、議員辞職は否定しました。
首相は務まらないが、議員としては務まるということです。
ということは、体の問題ではなく、「首相の重責」に耐えられないという心の問題ですから、「政権投げ出し」というしかありません。

ところが、マスコミは「政権投げ出し」という批判はほとんどしていません。
安倍首相のイメージ戦略に乗せられたようです。


安倍首相はこのところ「病気」というイメージを強く打ち出ししていました。

甘利明議員は、テレビ番組で安倍首相の「疲労蓄積」を心配し、「責任感が強く、自分が休むことは罪だとの意識まで持っている」と語り、麻生太郎財務相は「147日間休まず働いたら、普通だったら体調としては、おかしくなるんじゃないの」と語り、働きすぎが原因で体調を崩しているというイメージを広げました。
そして、8月17日、24日と続けて慶応大学病院に行ったときも、あらかじめマスコミに伝えました。そのためマスコミはずっと病院前に張り付いて、診察時間が「7時間半」と「4時間」だったと報じ、また病院に車で出入りする映像もニュース番組で流れました。
こうして「首相病気」のイメージを国民に植え付けたのです。

しかし、これはあくまでイメージです。
記者会見の言葉を聞いていると、辞任するほどの症状とは思えません。
首相官邸ホームページの「令和2年8月28日 安倍内閣総理大臣記者会見」から書き起こしてみます。
この8年近くの間、しっかりと持病をコントロールしながら、なんら支障なく、総理大臣の仕事に毎日、日々全力投球することができました。
しかし、本年6月の定期健診で再発の兆候が見られると指摘を受けました。その後も薬を使いながら全力で職務に当たってまいりましたが、先月中ごろから体調に異変が生じ、体力をかなり消耗する状況となりました。そして、8月上旬には潰瘍性大腸炎の再発が確認されました。
今後の治療として、現在の薬に加えまして、さらに新しい薬の投与を行うことといたしました。今週初めの再検診においては、投薬の効果があるということが確認されたものの、この投薬はある程度継続的な処方が必要であり、予断は許しません。
政治においては、もっともだいじなことは結果を出すことである。私は政権発足以来、そう申し上げ、この7年8か月、結果を出すために全身全霊を傾けてまいりました。病気と治療をかかえ、体力が万全でないということの中、たいせつな政治判断を誤ること、結果を出せないことがあってはなりません。国民のみなさまの負託に自信をもって応えられる状態でなくなる以上、なくなった以上、総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断いたしました。
総理大臣の職を辞することといたします。

投薬の効果が確認されたのに辞任するのは不可解です。

質疑応答において記者も「治療を続けながら執務を続行するという選択肢はなかったのか」と質問していますが、安倍首相は「間違いなくよくなっていく保証はない」「コロナ禍の中において政治的空白を出さないようにするにはこのタイミングで辞任するしかないと判断した」と答えています。

さらに、次期首相が決まるまで首相の座にあることに関して、「もちろんこの任にある限りですね、コロナ対策、責任をもって全力をあげていきたい。幸いにも新しい薬が効いてますので、しっかりと努めていきたいとそう思っております」と言っています。
つまりしばらく首相を続けていけるというのです。

では、なぜ今辞めたのかというと、
①改憲が不可能になって、この先やりたいことがなくなった。
②やり続けても経済も外交も改善の見込みがない。
ということからではないかと思われます。

やはり「投げ出し」です。
前回は追い詰められてギリギリで投げ出したのですが、今回は早めに投げ出したわけです。

いや、「早め」というのは間違いです。
ほんとうはもっと早く投げ出しているべきでした。
たとえば対ロシアの北方領土返還交渉について、今では二島返還すら不可能な状況になっています。これは外交の大失策として首相のクビが飛んで当然です。
ところが、マスコミの追及が甘いので、平気な顔で首相を続けてきました。
モリカケや桜を見る会でも安倍首相は辞任して当然でした。

本来は死んでいるはずの体を集中治療室に入れてさまざまな延命措置を施してきたものの、本人が長すぎる延命に嫌気が差して、今回安楽死ならぬ“安楽辞任”を選択したというところです。

もちろん“安楽辞任”などということはあってはならず、今後、安倍首相の外交や経済政策をきびしく検証し、モリカケ、桜を見る会の疑惑を徹底追及するべきです。

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8月24日の安倍首相

安倍首相は8月17日、24日と続けて都内の慶応大学病院を受診し、健康不安が取りざたされています。

安倍首相本人は「体調管理に万全を期して、これからまた仕事を頑張りたい」と語りましたし、菅官房長官は「毎日お目にかかっているが、変わりはないと思う」と、健康不安説を否定しています。
しかし、政治家というのは病気であっても否定するのが当たり前なので、こういう言葉は信用できません。
病院での滞在時間は、17日が7時間半、24日が約4時間とかなりの長時間で、これでなにもないとは考えられません。


ただ、首相サイドはわざと健康不安説をあおっているという説もあります。

自民党の甘利明議員は16日のフジテレビの番組で、首相の疲労蓄積を心配して「ちょっと休んでもらいたい。責任感が強く、自分が休むことは罪だとの意識まで持っている」と語りました。
麻生太郎財務相は17日夜、「147日間休まず働いたら、普通だったら体調としては、おかしくなるんじゃないの」「休む必要があるということは申し上げた。ちゃんと自分で健康管理するのも、仕事の一つだ」と語りました。
つまり安倍首相が7時間の診察を受けた前後に、安倍首相の側近が「安倍首相の疲労蓄積」をアピールしているのです。

なぜそんなことをするかというと、安倍首相は国会も開かず、記者会見もしないでいるのを批判されているので、「疲労蓄積」を理由に批判をかわそうとしているというわけです。
確かに安倍首相が147日間休んでいないということは話題になって、安倍応援団は「安倍首相はこんなに国民のために働いている」と声を上げています。


とはいえ、政治家が「疲労蓄積」をアピールするのはやはり不可解です。
私は「疲労蓄積」をアピールする別の理由を考えました。

安倍首相は前の政権で突然に辞任を表明して、「政権を投げ出した」とさんざん批判されました。
今回また突然に辞任表明をすれば、前回以上に批判されるのが目に見えています。
そこで、あらかじめ「疲労蓄積」によって体調が悪化していることを周知させておき、それから辞任表明をしようという作戦ではないかと考えられます。

ということは、実際に体調はかなり悪くて、近く辞任することが視野に入っていることになります。
辞任するときのために今は「国民のために休みなしに働いて疲労が蓄積し、持病の潰瘍性大腸炎が悪化した」という物語をつくっているところです。


安倍首相の体調が悪いことは顔色を見てもわかります。

安倍首相は24日、病院から官邸に戻ると、記者団の前でコメントしました。
この日は安倍首相の連続在職日数が佐藤栄作首相を抜いて歴代最長の2799日となった記念日だからです。
この日は午前10時前に病院に入り、記者団の前に現れたのは午後2時前ですから、そんな疲れるはずはないのですが、顔色はさえません。



在職日数が歴代最長となったことについては、「すべてはこれまでの国政選挙において力強い支持をいただいた国民のみなさまのおかげでございます。心から御礼申し上げたいと思います。また、たいへんきびしいときにあっても、いたらない私をささえていただいたすべてのみなさまに感謝申し上げたいと思います」と語りました。
この言葉だけ聞くと、まるで辞任のときの言葉のようです。
今後のことについては「これからまた仕事を頑張りたい」と言っただけで、具体的な目標はなにも語りませんでした。


安倍首相が辞任するとすれば、総裁選なしに誰かが暫定的な首相に就くことになります。
常識的には麻生財務相か菅官房長官でしょう。
菅官房長官は18日にBS日テレ「深層NEWS」、21日にテレビ朝日「報道ステーション」と立て続けに生出演し、存在感をアピールしています。

どう考えても、安倍首相の辞任は近いと思われます。

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安倍首相が広島と長崎の平和式典で述べたあいさつがほとんど同じで、「“コピペあいさつ”でいいのか」という声が上がっています。

広島と長崎でそれほど変えようがないですし、コピペなのは毎年同じです。
今年だけ問題にされたのは、「安倍首相の言葉には心がこもっていない」という不満が高まっているからでしょう。

安倍首相は緊急事態宣言を発出するときや解除するときに国民に向かってスピーチをしましたが、用意された原稿をプロンプターで読むだけです。
もとの原稿が官僚の作文で、安倍首相もただそれを読むだけなので、「言葉に心がこもっていない」という印象になってしまいます。

スピーチだけではありません。
安倍首相は記者会見でも心のこもった言葉を言いません。

広島の平和式典のあと、安倍首相は久しぶりの記者会見をしました。
しかし、記者会見の時間は約15分で、記者の質問も4問だけでした。

会見の最後に朝日新聞記者が「総理、まだ質問があります」と言って手を上げたところ、朝日新聞の記事によると、『朝日新聞記者の腕を、首相官邸報道室の男性職員が「だめだよもう。終わり、終わり」と制止しながらつかんだ』ということがありました。
朝日新聞は「質問機会を奪う行為につながりかねず、容認できません」と報道室に抗議しましたが、菅義偉官房長官は7日午前の記者会見で「(首相の)広島空港への移動時刻が迫っていた中での出来事で、速やかな移動を促すべく職員が注意喚起を行ったが、腕をつかむことはしていないとの報告を受けている」と述べ、今のところ、腕をつかんだか否かはうやむやになっています。

記者会見で質疑応答があったといっても、やはり安倍首相の言葉には心がこもっていません。
なぜ安倍首相の言葉には心がこもっていないのかが明らかになる出来事が、長崎の記者会見場でありました。



この記者会見も時間は約15分でした。記者の質問は2問とあらかじめ決められていました。
会見が終わり、安倍首相は立ち上がる前に手元の書類を立てて持ちました。
その瞬間をANNのテレビカメラは撮っていました。

安倍カンペ




コピペ切り取り


字が小さくて見にくいですが、四角い囲みの中の冒頭に「問1」とあり、「核兵器」と思われる言葉が続いています。
これは、毎日新聞のマツムラマユ記者の核兵器禁止条約についての質問と思われます。
そして、その下に[答]という字があり、安倍首相が実際に答えた内容がそのまま書かれています。

要するに、記者の質問も安倍首相の答えも全部あらかじめ決まっていて、安倍首相は原稿を読むだけなのです(安倍首相のテーブルだけ花が飾ってあるのはカンペ隠しのためです)。
これでは言葉に心がこもらないのは当然です。

記者会見そのものが台本のある芝居、下手な学芸会のようなものです。
これなら記者会見などしなくて、安倍首相の手元にある原稿を各メディアが受け取って、それをもとに記事を書けばいいのです。
いや、それだとテレビは絵がないので、テレビのために学芸会をやっているのでしょう。


菅官房長官の定例記者会見も同じシステムに違いありません。
韓国で慰安婦像の前で安倍首相らしい人物が土下座する像が設置されたことについてTBS記者が菅長官に質問したところ、菅長官はそれに答えるときに「慰安婦問題の最終的かつ不可逆的な解決を確認した日韓合意」という言葉を正確に言ったので、質問も答えもあらかじめ決まっているのだとわかりました(このことは『「首相謝罪」の炎上商法が不発』という記事に書きました)。

質問があらかじめわかっていれば、いくらでもはぐらかしの答弁ができます。

安倍首相の記者会見での言葉はカンペを読んでいるだけだということが証拠映像つきでわかったのですから、ワイドショーなどがおもしろおかしく取り上げてもよさそうなものですが、同じマスコミなのでやらないのでしょう。
そのため、今のところツイッターでしか取り上げられていないようです。

記者クラブも情けないものです。
質問をあらかじめ提出するよう求められているなら、そのことを公表するべきです。
台本のないふりをするのは国民をあざむく行為です。

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安倍政権は長期化するとともに、ごまかす能力にますます磨きがかかってきました。
公文書改ざん、名簿廃棄、虚偽答弁、黒塗り文書でごまかしを押し通し、「ていねいに説明してまいります」と言いながらなにも説明せず、「責任は私にあります」と言いながらなにも責任を取らないという黄金パターンを確立しています。

ただ、新型コロナウイルスの問題が起こってからは、安倍政権も勝手が違ったでしょう。
人間社会では、「無理が通れば道理引っ込む」とか「嘘も百回言えば真実になる」ということがありますが、ウイルスは自然界のものなので、そうはいきません。
それでも安倍政権はごまかし続けるという方針を変えません。
アベノマスクについてもそうです。


全世帯に布マスク2枚を配布するというアベノマスク政策は、世にもお粗末な政策です。
466億円の予算をかけたというのが、どう考えても高すぎます。発注先の企業にあやしいところが混じっています。変色、カビ、異物混入などの不良品が多数あり、妊婦向け、介護向けも含めた検品に8億円を要しました。サイズが小さすぎるという指摘もあります。パッケージに産地や素材の表示がありません。配布が遅れて、厚生労働省のサイトによると6月4日時点で64%の配布となっていますが、現在では巷に値崩れしたサージカルマスクがあふれています。

早めに配布を中止すれば、いくらか予算が節約できたはずですが、安倍政権は間違いを認めるということがありません。

安倍首相は4月14日の衆院本会議で「布製マスクは使い捨てではなく、再利用可能であり、急激に拡大しているマスク需要に対応する上で非常に有効。理にかなった方策と考えている」と語りました。

テレビ番組ではもっと自画自賛しています。
 安倍首相は5月6日、インターネット番組「安倍首相に質問!みんなが聞きたい新型コロナ対応に答える生放送」に出演。司会者から「マスクが日常的に購入できるのはいつか」と問われて全戸配布に触れ、「われわれがやり始めた後に、パリやシンガポールも配布を始めた」と他国が追随している政策だと主張。「品薄状態を解消できるという考えのもとに布マスクも配布をさせていただいた。こういうものを出すと、今までたまっていた在庫も随分、出て参りました。価格も下がってきたという成果もありますので、そういう成果もあったのかなと思います」と発言した。
https://mainichi.jp/articles/20200514/k00/00m/040/244000c
菅官房長官も5月20日の記者会見で、「布マスクの配布などにより需要が抑制された結果、店頭の品薄状況が徐々に改善をされて、また上昇してきたマスク価格にも反転の兆しがみられる」と語りました。

「不良品が多数出て、検品に時間と費用がかかったのは失敗だった」とか「配布が遅れて、効果が薄れてしまった」ぐらいのことは言ってもよさそうですが、ひとつでも間違いを認めると、アリの一穴になることを恐れているのでしょうか。

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ということで、安倍首相は毎日アベノマスクを着用しています。

厚生労働省の「布マスクの全戸配布に関するQ&A」というサイトでは、「どのくらいの頻度で洗えば良いですか」という質問に、「1日1回の洗濯を推奨しています」という答えがあり、 「洗濯機で洗うことができますか」という質問に、「布製(ガーゼ)マスクは、手洗いで押し洗いすることを推奨します」という答えがあります。
ということは、安倍首相は毎日自分で手洗いしているのでしょうか(昭恵夫人は洗ってくれなさそうです)。

使い捨てマスクが安値で出回りだした現在、わざわざアベノマスクを使おうとするのは安倍首相ぐらいです(あと、安倍首相の後継と目される岸田文雄政調会長が使っているようです)。


安倍首相は意地になって使い続けていますが、そうすると誰の目にも明らかなのは、アベノマスクは小さすぎるということです。
子どもや平均的な顔の女性には合っているでしょうが、平均的な顔の男性には合いませんし、顔の大きな安倍首相にはとくに合いません。

布マスクの配布は最初妊婦向けと学校向けに始まったので、そのときは小さくてもよかったのでしょう。
全戸配布用についてはサイズを変えるべきでしたが、担当の官僚たちは惰性で仕事をしていたのか、サイズを変えませんでした。
そのため安倍首相は、誰が見ても小さすぎるマスクをする羽目になりました。
安倍首相は「これは私には小さいな」と認めればいいのですが、それも意地になって認めません。
側近もなにも言えないのでしょう。

日本人はアベノマスクの経緯を知っているので、安倍首相が意地になっていることがわかりますが、外国人は安倍首相のマスク姿をテレビで見て、「日本の首相はなぜあんな小さなマスクをつけているのだろう」と不思議に思っているに違いありません。
安倍首相は「裸の王様」ならぬ「マスクの王様」です。

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首相官邸HPより

賭け麻雀で辞職した黒川弘務検事長を訓告処分にしたのは誰かということが議論になっています。

最初はそんな議論があることが理解できませんでした。
処分は内閣か安倍首相の責任で行うものと思っていたからです。
しかし、免職、停職、減給、戒告という懲戒処分は法律によるものなので、黒川検事長の任命権者である内閣が行いますが、訓告と厳重注意という処分は法律によらず法務省の内規によるものなので、稲田伸夫検事総長が行うということです。
黒川検事長は訓告処分だったので、稲田検事総長が行いました。

しかし、稲田検事総長は、内閣が懲戒処分をしないと決めなければ訓告処分をすることができません。
森雅子法相も5月22日午前の記者会見で、「法務省内、任命権者である内閣とさまざまな協議を行った」とした上で、「最終的に内閣において決定がなされたものを、私が検事総長に『こういった処分が相当であるのではないか』と申し上げ、検事総長から訓告処分にするという知らせを受けた」と語りました。

ところが、同じ日の衆院厚生労働委員会で安倍首相は、「検事総長が事案の内容等、諸般の事情を考慮して処分をおこなったわけでございまして、森法務大臣もそれを了承したということについて、私に報告があったわけでございまして、これはもうすでに検事総長が判断をしていることでもございますから、私も諒としたということでございます」と言って、稲田検事総長が判断して、自分はそれを諒承しただけだと主張しました。

このころ、世の中では訓告処分は軽すぎるという批判の声が高まっていたので、安倍首相は稲田検事総長や森法相に責任をなすりつけたわけです。

森法相は25日の参院決算委員会で、「処分の主体は稲田検事総長」と答弁して、安倍首相に合わせて、前の自分の発言を修正しました。

しかし、共同通信は安倍首相と森法相の発言を否定する記事を配信しました。
黒川氏処分、首相官邸が実質決定 法務省は懲戒と判断、軽い訓告に
 賭けマージャンで辞職した黒川弘務前東京高検検事長(63)の処分を巡り、事実関係を調査し、首相官邸に報告した法務省は、国家公務員法に基づく懲戒が相当と判断していたが、官邸が懲戒にはしないと結論付け、法務省の内規に基づく「訓告」となったことが24日、分かった。複数の法務・検察関係者が共同通信の取材に証言した。
 安倍首相は国会で「検事総長が事案の内容など、諸般の事情を考慮し、適切に処分を行ったと承知している」と繰り返すのみだった。確かに訓告処分の主体は検事総長だが、実質的には事前に官邸で決めていたといい、その経緯に言及しない首相の姿勢に批判が高まるのは必至だ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/27bc7764f48673e254ca4ee924b94cb65875cfc0
複数の法務・検察関係者が証言したということですから、安倍首相に責任をなすりつけられたことに対する反発が法務・検察内部にあるのでしょう。


この少し前にも、安倍首相は責任のなすりつけをしていました。
安倍首相は15日に櫻井よしこ氏のインターネットテレビ番組に出演し、検察庁法の定年規定をねじ曲げてまで黒川検事長の定年を延長したことについて、「法務省が人事案をもってきて、われわれはそれを承認しただけ」と語りました。

これはどういうことかというと、プチ鹿島氏が「黒川弘務検事長“賭けマージャン”辞職を、産経と朝日はどう報じたか?」という記事で解説していて、それがわかりやすかったので、そこから引用します。

しかし1月31日の定年延長の閣議決定には「前段」がある。5月23日の読売新聞が詳しい。
 記事から時系列をまとめてみる。

・昨年末、法務・検察が官邸に上げた幹部人事案は、2月に定年を迎える黒川氏を退職させ、東京高検検事長の後任に林氏を据えるというものだった。

・官邸がこれを退けた。

・すると法務省幹部は稲田氏に2月で退任し、黒川氏に検事総長の座を譲るように打診した。

・稲田氏は拒んだ。しかし稲田氏が退任しないと、2月が定年の黒川氏は後任に就けない。

・法務省は「苦肉の策」として、国家公務員法の規定に基づいて黒川氏の定年を半年延長する案を首相に示した。←ここ注目!

 いかがだろうか。安倍首相の言う「法務省が人事案を持って来た」は最後の部分ということがわかる。ここしか時系列を説明していない。不都合な前段には触れていない。

官邸のゴリ押しに法務省が負けて「苦肉の策」として持ってきたわけで、原因は官邸のゴリ押しにあります。
しかも、「苦肉の策」を採用したのは官邸ですから、責任は官邸にあります。「法務省が持ってきた」というのは、責任逃れ以外のなにものでもありません。

やった仕事の評判が悪いと、「この企画は部下が考えたものだ」と言って責任逃れをする上司がいます。
政治家の場合は「秘書がやった」と言うのが常套手段です。
安倍首相は「部下がやった」と「部下が持ってきた」です。


安倍首相が「黒川検事長を訓告処分にしたのは稲田検事総長だ」と主張しているのも同じです。
野党は、黒川検事長を訓告処分と決めたのは官邸だと主張していて、たぶんその主張は正しいのですが、そういう議論自体が時間のむだです。
「黒川検事長の任命権者は内閣です。かりに稲田検事総長が判断したとしても、その責任は内閣にありますね」と言えば終わりです。


国民はこういう安倍首相をどう見ているのでしょうか。
私も最初はそうだったように、よくわからない人が多いかもしれません。
まさか首相たる者が「部下がやった」というような低次元の責任逃れを言っているとは思わないからです。

安倍首相のあまりの低次元ぶりに、批判しているこちらまで情けなくなります。

スクリーンショット (16)
首相官邸HPより

安倍首相は5月4日、緊急事態宣言の延長を発表する記者会見を行いました。
安倍首相の両側にはプロンプターが配置されています。
安倍首相はプロンプターの読み方が上達して、しっかりと言葉をかみしめるように発声するのが板についてきましたが、聞いているとむなしくなってきます。言葉に心がないからです。

安倍首相の記者会見の動画と書き起こし文は、官邸ホームページのこちらで見られます。

「新型コロナウイルス感染症に関する安倍内閣総理大臣記者会見」

ウイルス対策のあり方についてはこれまでも書いてきたので、今回は安倍首相の言葉づかいと、その背後にある発想に注目してみました。


安倍首相は緊急事態を1か月延長する決断をすることは「断腸の思い」だと言いましたが、私はこの言葉に違和感を覚えました。
普通は「苦渋の決断」とか「忸怩たる思い」と言うところです。

「断腸の思い」という言葉は、子猿を人間に奪われた母猿が百里余りも子猿を追いかけてきて死に、母猿の腹を裂いてみると腸がずたずたに断ち切れていたという故事に由来し、はらわたがちぎれるほどの耐え難い悲しみをいいます。
国語辞典には「駅伝のメンバーを決める時に、断腸の思いで故障がちなキャプテンを外す決断をした」という例文が載っています。

安倍首相に「断腸の思い」なんてあるのかと思いましたが、一応こういう文脈の中で使われています。

 当初予定していた1か月で緊急事態宣言を終えることができなかったことについては、国民の皆様におわび申し上げたいと思います。
 感染症の影響が長引く中で、我が国の雇用の7割を支える中小・小規模事業者の皆さんが、現在、休業などによって売上げがゼロになるような、これまでになく厳しい経営環境に置かれている。その苦しみは痛いほど分かっています。こうした中で、緊急事態を更に1か月続ける判断をしなければならなかったことは、断腸の思いです。

こういう意味なら「断腸の思い」という言葉は正しく使われています。
しかし、安倍首相は中小・小規模事業者を助けようと思えば助けられる立場です。ほんとうに「断腸の思い」がするなら、十分な補償をするはずです。
現実にはろくな補償をしていないので、「断腸の思い」という言葉にはやはり心がこもっていないということになります。

なお、安倍首相は「当初予定していた1か月で緊急事態宣言を終えることができなかったことについては、国民の皆様におわび申し上げたい」と言っていますが、なにが悪かったかを言っていません。
ここは「甘い見通しで5月6日と言ったことをおわび申し上げたい」と言うところです。
こういうことをごまかすので、「おわび」の言葉に心がこもりません。

安倍首相は「今から10日後の5月14日を目途に(中略)、地域ごとの感染者数の動向、医療提供体制のひっ迫状況などを詳細に分析いただいて、可能であると判断すれば、期間満了を待つことなく、緊急事態を解除する考えであります」と語りましたが、解除の基準を示していないことが批判されています。
「国民にとってはきびしい内容ばかりなので、少し甘いことも言っておこう」みたいなことで言ったのでしょう。
前に「5月6日まで」と言ったのと同じです。反省しないので進歩がありません。

安倍首相は、PCR検査を1日2万件可能にすると言ったのに実現できていないという問題を質疑応答で追及されましたが、ここでも「人的な目詰まりがあった」などとわけのわからない言葉でごまかして、自分の非を認めませんでした。


それから、安倍首相の言葉で気になるのが、「感謝」や「御礼」という言葉を連発するところです。
そういう部分を集めてみました。

協力してくださった全ての国民の皆様に心から感謝申し上げます。

子供たちには、長期にわたって学校が休みとなり、友達とも会えない。外で十分に遊べない。いろいろと辛抱してもらっています。心から感謝いたします。

緊急事態の下でも、スーパーや薬局で働いている皆さん、物流を支えている皆さん、介護施設や保育所の職員の方々など、社会や生活を様々な場所で支えてくださっている皆さん、そうした皆さんがいて、私たちの暮らしが成り立っています。改めて、心から感謝申し上げます。

今年は、大型連休中も不要不急の外出を避け、自宅での時間を過ごしてくださっている皆さんに、改めて、衷心より御礼を申し上げます。

例年、ゴールデンウィークには実家に帰省するなど、家族で旅行していた皆さんも多いと思いますが、今年はオンライン帰省などのお願いをしております。そうすることで皆さんの、そして愛する家族の命を守ることができます。御協力に感謝いたします。

また、国の権限強化等についてでありますが、今、言わば強制力を伴わない中におきましても、例えば夜の繁華街等についても営業しているのは1割以下の地域が多いわけでありまして、大変な御協力を頂いている。本当に感謝申し上げたいと、こう思っています。

そもそも罰則がない中でそこまでいただいている、協力を頂いていることに感謝を申し上げたいと思いますが、

国民は努力し、苦しさに耐えていますが、それは安倍首相に対してやっているわけではないので、安倍首相から感謝されてもとまどうだけです。
安倍首相は、「自分が要請したから国民は努力したり耐えたりしている」と勘違いしているようです。

勘違いは、次のようなところにも表れています。

 感染のおそれを感じながら、様々な行動制約の下での生活は緊張を強いられるものです。目に見えないウイルスに強い恐怖を感じる。これは私も皆さんと同じです。しかし、そうした不安な気持ちが、他の人への差別や、誰かを排斥しようとする行動につながることを強く恐れます。それは、ウイルスよりももっと大きな悪影響を私たちの社会に与えかねません。誰にでも感染リスクはあります。ですから、感染者やその家族に偏見を持つのではなく、どうか支え合いの気持ちを持っていただきたいと思います。

差別や偏見ではなく支え合いの気持ちを持つべき――というのは要するに道徳です。
首相が国民に対して道徳を説教しているわけです。
首相は国民よりも精神的な高みに立っていることになります。


道徳を重視するのは自民党の党是です。
自民党は一貫して道徳教育の推進を主張してきて、とうとう道徳の教科化を実現させました。
多くの国民は、「道徳を説かれるのは子どもだけで、自分が説かれるわけではない」と思って、道徳教育を容認してきました。
しかし、安倍首相は新型コロナ騒ぎに乗じて、子どもだけではなく国民に対しても道徳を説くようになったわけです。

安倍首相は国会答弁で何度も「私は立法府の長」と発言し、さらには「私は総理大臣ですから、森羅万象すべてを担当しております」と言ったこともあります。
森友学園問題や加計学園問題や桜を見る会問題などのスキャンダルを嘘と文書改ざんなどで乗り越え、新安保法制や特定秘密保護法などで支持率が落ちてもその都度回復し、そうした経験から万能感を持つにいたったのかもしれません。

ですから、新型コロナ問題も、適当に対応していればやがて解決し、支持率も回復するだろうという認識なのでしょう。
そうとでも考えなければ、こんないい加減なやり方を続けていられるわけがありません。
長期政権の弊害がきわまった感じです。

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