村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

タグ:戦争

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アメリカは8月末にアフガニスタンから米軍を完全撤退させ、イラクでは、完全撤退とはいきませんが、米軍の戦闘任務を年内に終了させる予定です。
アメリカが中東から手を引く理由は簡単です。失うばかりで、得るものがなにもないからです。

米ブラウン大学の「戦争のコストプロジェクト(Costs of War Project)」によると、アメリカがアフガニスタン戦争にかけた費用は総額2兆2600億ドル(約247兆円)であり、また、9.11テロ以降の20年にわたる一連の対テロ戦争の費用は8兆ドル(約880兆円)にのぼるということです(米軍の人的損失については「アフガン戦争の死者を数える意味」に書きました)。

これだけの費用をかけて、なにが得られたでしょうか。
アルカイダやISIL(イスラム国)の勢力をそいだかもしれませんが、そもそもISILはアメリカが対テロ戦争を始めてからイラクの中で生まれたものです。

昔はアメリカが中東に関与するのは石油のためだと言われましたが、現在はアメリカでシェールオイルの開発が進んだので、中東の石油にこだわる必要はほとんどありません。


昔、戦争は勝てばもうかるものでした。
人類は狩猟採集時代にはほとんど戦争をしませんでしたが、農耕時代とともに戦争がよく行われるようになりました。
なぜ農耕社会に戦争が多いかというと、土地所有による土地争いの発生、人口増による飢饉の深刻化、集団の組織化、宗教の影響などが挙げられますが、単純に言って、収穫期に戦争を仕掛ければ数か月分の労働の成果を1日でごっそりと奪うことができるからでしょう。そのため環濠集落がつくられるようになります。
文明が進むにつれて戦争に勝ったときの利益も増大し、領土、財産、奴隷などを獲得することができました。
ローマ帝国、モンゴル帝国のように戦争の強い国は、勝つ限りどこまでも戦争を続けました。
近代の植民地主義の時代も同じです。近代国家が非近代国家と戦争するとほとんど必ず勝つことができました。

勝つともうかるということは、どの国や集団も勝つ機会をねらっているということですから、どの国や集団もつねに防衛戦争に備えていました。


第二次世界大戦後、国連憲章で戦争はほぼ禁止されました。
「ほぼ」というのは、自衛戦争は禁止されていないという説があり、集団的自衛権という概念でさらに自衛戦争の範囲が拡張されたからです。
しかし、戦争で領土や賠償金などを得ることは禁止されましたから、戦争は勝ってももうかるものではなくなりました。
ということは、戦争する最大の理由がなくなったことになります。
そのため、国家対国家の戦争はひじょうに少なくなりました。


アメリカは朝鮮戦争とベトナム戦争という大きな戦争をしましたが、人的にも金銭的にも大きな損失を出し、得るものはなにもありませんでした。
朝鮮戦争は引き分けでしたが、ベトナム戦争は実質的に敗北で、そのためアメリカ国内は厭戦気分が充満しました。

それを変えたのが湾岸戦争です。
1990年8月、イラクがクウェートに侵攻し、占領しました。これは明らかに国連憲章に違反する戦争ですが、国連はうまく対応できず、結局アメリカが多国籍軍を組織してクウェートを解放し、さらにイラクに攻め込み、占領はせずに引き上げました。
アメリカはこの戦争に611億ドルを費やしましたが、 約520億ドルは他の諸国より支払われました(日本の負担は130億ドル)。
つまりアメリカにとってはかなり安上がりの戦争で、しかもアメリカが「正義」を掲げて多国籍軍の指揮をしたことでアメリカ国民の自尊心も高揚しました。

これによってベトナム戦争以来の厭戦気分は払拭され、アメリカはアフガン戦争、イラク戦争へと突き進んでいったわけです。

アフガン戦争もイラク戦争も、アメリカは負けたわけではありません。軍事的には勝ったとも言えます。
しかし、損得で言うと、なんの得もなく、大損でした。
アメリカ国内が再び厭戦気分で満たされたのは当然です。


世界はアメリカのやることを見ていて、現代の戦争は勝っても大損だということを改めて認識しました。
そうすると、理性的な判断で戦争を仕掛ける国はないはずです。
戦争があるとすれば、狂気の判断による戦争か、偶発的な戦争だけです。
偶発的な戦争は、双方に理性があれば、戦争を継続すれば損をすることがわかっているので、すぐにやむはずです。

国際連合広報センターの「紛争と暴力の新時代」というページから、最近の戦争とテロの動向に関する部分を引用します。
75年前に国連が創設されてから、紛争と暴力の性質は大きく変わっています。紛争は犠牲者こそ少なくなっているものの、長引く傾向にあり、しかも国家間ではなく、国内の集団間で発生することのほうが多くなっています。
   ※
世界的に見ると、戦死者の絶対数は1946年以来、減少を続けています。しかし同時にまた、紛争や暴力は現在、増加傾向にあり、大半の紛争は政治的民兵や犯罪集団、国際テロ集団など非国家主体の間で生じています。
   ※
現在では、武力紛争よりも犯罪が多くの人の命を奪っています。2017年には、全世界で50万人近くが殺人によって命を失っていますが、これは武力紛争による死者8万9,000人とテロ攻撃による死者1万9,000人を大きく上回る数字です。
   ※
テロは依然として幅広く見られるものの、その影響は近年、衰えてきています。全世界でテロ攻撃よるものと見られる死者の数は、2018年に3年連続で減少し、1万9,000人を下回っています。

国家対国家の戦争がほとんどなくなっていることがわかります。

そうすると各国は軍備を削減し、軍事費を減らしていいはずです。
しかし、英シンクタンク「国際戦略研究所(IISS)」の発表によると、2020年の世界の軍事費は過去最高水準に達しました。
つまり「戦争の危機は減少しているのに軍事費は増大している」という現象が起きているのです。
どうしてでしょうか。

理由はいくつか考えられます。
アメリカに限らずどの国にも軍産複合体があって、軍事費を削減されると困る人たちがいます。
政治家は戦争の危機があるとみずからの権力が強まるので危機をあおろうとする傾向があります。
マスコミもみずからの利益につながるので危機をあおろうとする傾向があります。
そして、人間には「世界はどんどん悪くなっている」と思い込む認知バイアスがあります(『ファクトフルネス』の著者ハンス・ロスリングはこれを「ネガティブ本能」と名づけています)。

ともかく、戦争の危機は減少しているのに、そのことが認識されず、さらに危機感をあおろうとする人がいるので、おかしな現象が起きているのです。


フランス海軍のフリゲート艦シュルクーフは5月に沖縄周辺で自衛隊とともに洋上補給訓練を実施しました。
イギリス海軍の最新鋭空母クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群が極東に派遣され、9月初めに横須賀などに寄港しました。
ドイツ海軍のフリゲート艦バイエルンは自衛隊と共同訓練をするため11月ごろ東京に入港する見通しだそうです。

どうしてヨーロッパの海軍が極東に来るのでしょうか。
表向きは「中国をけん制するため」ですが、要するにどこの国の軍隊も存在価値が問われているので、リストラされないように「仕事するふり」をしているのです。

自衛隊も同じです。
ここ数年、自衛隊は離島奪回訓練をしきりにアピールしています。
「本土防衛」がまったく現実的でなくなって、自衛隊の存在価値が問われているので、これも「仕事するふり」です。
敵基地攻撃論議も同じ意味です。

米インド太平洋軍のデービッドソン司令官は3月9日、米上院軍事委員会の公聴会で「6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」と証言して、“台湾危機”を盛り上げました。こうした動きも、アメリカの軍事費を削減されないためです。中国が台湾に侵攻したときの利害得失を考えてみれば、まったく現実的でないことがわかります。

防衛省は8月31日、2022年度予算の概算要求で5兆4797億円(21年度当初予算比で2.6%増)を計上しました。要求通りとなれば防衛費は過去最大となります。
自民党総裁選に立候補中の4氏も防衛費増で一致しています。

防衛費はまったくむだではありませんが、戦争の可能性が低くなると、限りなくむだに近づきます。
多額の防衛費は、千年に一度の洪水に備えて堤防をつくるみたいなものです。
あるいは家計が赤字なのに高額な生命保険に加入するみたいなものです。
日本が財政破綻してIMFの管理下に入ると国家主権が制限されます。防衛費のために財政破綻しては本末転倒です。


「世界はどんどん悪くなっている」という認知バイアスを脱して、現実的で冷静な防衛論議をしなければなりません。

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戦後間もないころ、おばあさんが無邪気に遊んでいる小さな男の子たちを指差して「この子たちが大きくなったらまた戦争を始めるだろう」と言ったという話があります。
第一次世界大戦が終わってから21年後に第二次世界大戦が始まったのですから、そう思ってもむりはありません。

しかし、今年の8月15日で戦後75年がたち、曲りなりに日本は平和でした。
第二次世界大戦後、戦争の意味が大きく変わったからです。


松木武彦著「人はなぜ戦うのか――考古学から見た戦争」や佐原真著「戦争の考古学(佐原真の仕事4)」といった戦争考古学の本によると、人類が本格的に戦争をするようになったのは農耕社会になってからです。
その理由は、農耕社会では人口が増え不作のときの飢餓が深刻化したとか、土地争い、水争いが増えたとか、集団行動をするようになったとか、いろいろ説明されていますが、最大の理由は、食糧の備蓄量が大幅に増えたことでしょう。
狩猟採集社会では、食糧の備蓄といっても、せいぜい数日分から十数日分くらいです。
しかし、農耕社会では、収穫期には少なくとも半年間の労働の成果が蓄えられています。それを1日の戦争でごっそり奪うことができるなら、多少の危険を冒しても戦争しようという人間が出てきてもおかしくありません。
実際、農耕社会では外敵に備える環濠集落が広くつくられるようになります。
映画「七人の侍」では、収穫期になると野武士が村を襲いにくるのですが、ああいう感じだったのでしょう。

それからずっと戦争は利益のために行われてきました。
勝つと食糧、土地、財宝、女、奴隷を獲得することができます。

戦争するのは本能だと考えている人がいますが、それは間違いです。動物はなわばり争いをしますが、争い自体が不利益を生むので、それほど激しくは争いません。
人間の場合も、戦争をすると自分のほうもある程度損害が出るので、めったに戦争はしません。少ない損害で大きな利益が得られそうなときだけ合理的な判断で戦争をします。

文明が進んで富が蓄積されると、戦争の機会が増えていきます。
戦争の強い集団はどんどん戦争をして、ローマ帝国やらモンゴル帝国やらを築きました。

戦争でもっとも利益が得られたのは、近代国家が強力な軍隊を持って、近代化していない国を次々と植民地化していった植民地主義の時代です。
日本も遅まきながら植民地獲得の戦争をやりました。

このころに戦争はもうかるものだというイメージができて、それをいまだに引きずっているのではないでしょうか。
しかし、第二次世界大戦後は戦争の意味合いがまったく変わりました。

植民地主義の時代が終わり、戦争に勝っても領土や植民地を獲得することはできません。
それに、国連憲章で戦争は禁止されたので、賠償金を取ることもできませんし、国際社会から批判も受けます(実際は1928年に成立したパリ不戦条約から戦争は禁止されています)。

一方で、高度産業社会が実現し、各国の経済関係は緊密になり、そこから上がる利益が大きくなってくると、隣国と戦争するのは大損失になりました。


今ではまともに戦争ができるのはアメリカぐらいですが、やはり戦争には不利益しかありません。
湾岸戦争は、アメリカが多国籍軍を率いて勝利し、精神的満足があったかもしれませんが、アフガン戦争とイラク戦争は損失が巨大で、アメリカ国民もうんざりしています。


中国とインドは長い国境で接して、何度も国境紛争が起こり、戦死者も出ていますが、紛争が大きくなることはありません。
双方が戦争をするのは損だと認識しているからです。


日本に関していうと、今、尖閣諸島が日中間の緊張のもとになっています。
しかし、昔は「満蒙は日本の生命線」といったものですが、今「尖閣は日本の生命線」であるはずがなく、重みがぜんぜん違います。

北朝鮮は、拉致問題を起こすような頭のおかしい国だから、なにをするかわからないと思われていましたが、最近は北朝鮮なりに合理的な行動をしていることがわかってきて、脅威感が薄れてきました。


第二次大戦後の世界がどんどん平和になっていることは、国際連合広報センターの
「紛争と暴力の新時代」というサイトにも示されています。

世界的に見ると、戦死者の絶対数は1946年以来、減少を続けています。しかし同時にまた、紛争や暴力は現在、増加傾向にあり、大半の紛争は政治的民兵や犯罪集団、国際テロ集団など非国家主体の間で生じています。
   ※
現在では、武力紛争よりも犯罪が多くの人の命を奪っています。2017年には、全世界で50万人近くが殺人によって命を失っていますが、これは武力紛争による死者8万9,000人とテロ攻撃による死者1万9,000人を大きく上回る数字です。
   ※
テロは依然として幅広く見られるものの、その影響は近年、衰えてきています。全世界でテロ攻撃よるものと見られる死者の数は、2018年に3年連続で減少し、1万9,000人を下回っています。各国政府が暴力的過激主義を防止し、これに対処するため、テロ対策の取り組みや地域的、国際的な協調とプログラムを強化する中で、テロ攻撃による死者が減っているからです。2017年には、テロ攻撃の5分の1が失敗に終わっていますが、2014年の時点で、この割合は12%強にすぎませんでした。


戦争やテロの死亡者はへっていて、犯罪(殺人)による死亡者のほうがはるかに多いのです。

こうしたことはあまり知られていません。軍事・外交の専門家たちにとって不都合な真実だからです。

外務省の基本認識は、「わが国を取り巻く安全保障環境はいっそうきびしさを増している」というものです。
安倍首相も演説で決まって「わが国を取り巻く安全保障環境はいっそうきびしさを増している」と言うので、国民も耳にタコのはずです。

しかし、「わが国を取り巻く安全保障環境はいっそうおだやかさを増している」というのが正しい認識です。



日本人は第二次世界大戦の体験が強烈なので、いまだにそこにとらわれています。
戦争に負けて悔しいと思う者は、敗戦の象徴である憲法九条を改正して少しでも戦前の日本を取り戻そうと思っていますし、戦争が悲惨だったと思う者は、憲法九条の改正はなんとしても阻止したいと思っています。
どちらも過去にとらわれているので、現在の状況に適応することができません。


安倍首相は今年の全国戦没者追悼式の式辞で「積極的平和主義」という言葉を使いました。
かつては自衛隊を戦闘地域に派遣して、自衛隊に戦闘を経験させようとしていた節があります。
つまり日本を「戦争のできる国」にしようとしてきたようなのです。
しかし、それは実現していません。
世界が平和になってきているのを読み間違っているからです。

憲法九条改正に反対する人たちも、そのモチベーションをもっぱら戦争の悲惨さの記憶に頼っています。
しかし、記憶は風化していくので、こうした運動は若い人に理解されず、先細りが運命づけられています。
これからの平和運動は、経済合理性の追求にシフトしていくのが正しい道です。
戦争の損得を計算し、防衛費を費用対効果で算定するのが、いちばん有効な平和運動です。

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新型コロナウイルス対策に成功しているのは女性リーダーの国だ――という説があります。
「Forbes JAPAN」の「コロナ対策に成功した国々、共通点は女性リーダーの存在」という記事が指摘しました(4月18日のTBS系「新・情報7daysニュースキャスター」でもやっていました)。

その記事によると、アンゲラ・メルケル首相のドイツ、蔡英文総統の台湾、ジャシンダ・アーダーン首相のニュージーランド、カトリン・ヤコブスドッティル首相のアイスランド、サンナ・マリン首相のフィンランド、アーナ・ソールバルグ首相のノルウェーは、いずれも感染拡大を抑え込んで、国民の支持も得ているということです。

女性リーダーと男性リーダーでそんな違いがあるのかというと、ある可能性は十分にあります。


狩猟採集生活をしている未開社会では、採集は男女ともにしますが、狩猟はもっぱら男性が担うという性別役割分業があります(ですから、性別役割分業はジェンダーばかりとはいえません)。
その延長線上と思われますが、戦争ももっぱら男性が担ってきました。
そのため男性の頭には戦争の文化がいっぱい詰まっています。


男は、新型コロナウイルス対策をどうしても戦争になぞらえてしまいます。
戦争というのは、攻撃は最大の防御なので、敵を識別し、攻撃するというのが基本です。

ウイルスが国内に侵入していないときは、ウイルスは敵として認識することができ、ウイルスの侵入を防ぐ水際作戦を行うことができます。
これでうまくいけばよかったのですが、世界でうまくいった国はないようです。

ウイルスが国内に入り込んで広がれば、敵がどこにいるかわからないので、攻撃のしようがありません。
もちろん感染者は敵ではありません。
ただ、勘違いして、感染者を差別したり、発熱しているのに旅行したり会社に行ったりした人を非難する人はいますが。

ウイルスが国内に広がった時点でフェーズが変わり、戦争にたとえるなら、国が戦場ではなく野戦病院になったようなものです。
戦うことよりも、医療崩壊を招かないように病床と医療スタッフをふやすとか、マスクや防護服や人工呼吸器を確保するとか、隔離施設を別につくるといったことが最優先の課題になります。
感染拡大を防ぐ手段も、要するに家にじっとしていることですから、“戦う”というイメージではありません。

ところが、男の頭はなかなか“戦う”モードから切り替わることができません。
その典型がトランプ大統領です。最初に中国からの全面入国禁止やEUからの入国禁止という水際作戦を行い、それが失敗したあとも、いまだに中国を攻撃し、WHOを攻撃しています。
安倍首相も、外出自粛を呼びかけながら、「動き回る若者」や「夜の繁華街」を敵視して攻撃しています。


武漢で医療崩壊が起こったとき、日本でも同じことが起こるかもしれないと思って、早めに医療体制を強化することもできましたし、都市封鎖のやり方を参考にすることもできました。
しかし、中国を敵国ととらえている男は、中国から学ぼうとはしません。
韓国もドライブスルー方式のPCR検査などを考えだし、感染拡大を抑え込むことに成功しましたが、日本の男は韓国を敵視しているので、かたくなに韓国から学ぼうとしませんでした。
敵味方を分ける発想はウイルス対策の足かせです。

もちろん日本の男がみんなそうだというのではありません。右翼とか自称保守の男がそういう“戦争脳”なのです。

女性にはそういう“戦争脳”はまずありません。
そのため女性リーダーの国はウイルス対策に成功しているようです。
台湾の蔡英文総統は、中台は敵対関係にあるのに、中国からの情報収集に努めて、いち早く正しい対策を打ち出しました。
それによって台湾の感染者は今でも400人台です。


安倍首相は4月10日に田原総一朗氏と面会した際、「実は私自身、第三次世界大戦は、おそらく核戦争になるであろうと考えていた。だが、コロナウイルス拡大こそ第3次世界大戦であると認識している」と語ったそうです。田原氏が自身のブログで明らかにしました。

今の状況を第三次世界大戦になぞらえる感覚もどうかと思いますが、安倍首相はおそらく戦争の指揮官のつもりでしょう。
ウイルス対策を戦争だととらえると、迷走するしかありません。
それに、戦争の指揮官は野戦病院の内部のことなど考えないので、そのために日本は医療崩壊の瀬戸際になっています。

今の日本に必要なのは、戦争の指揮官でも兵士でもなく、野戦病院の運営をするナイチンゲールです。

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