村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

タグ:戦争考古学

art-6598445_1920

戦争考古学という分野があります。
発掘された遺跡や人骨、道具などから古代の戦争について研究する学問で、書籍としては松木武彦著『人はなぜ戦うのか――考古学から見た戦争』や佐原真著『戦争の考古学(佐原真の仕事4)』などがあります。

戦争考古学によると、人類が戦争と呼べるような規模の戦いをするようになったのは農耕社会になってからです。
なぜ農耕社会で戦争が行われるようになったかというと、人口が増えて不作のときの飢餓が深刻化したとか、土地争い、水争いが行われるようになったとか、社会が組織化されたとかの理由も挙げられますが、いちばんの理由は食糧の備蓄が増えたことです。
狩猟採集社会では、食糧の備蓄はせいぜい数日分か十数日分だったでしょうが、農耕社会では収穫期には大量の食糧が蓄えられます。一日戦うだけで半年分の労働の成果をごっそりと奪うことができれば、危険を冒しても戦おうという判断があっても不思議ではありません。
そのため外敵に備える環濠集落がつくられるようになります。
そして、武器が進歩し、砦などがつくられ、戦争の規模も大きくなります。
つまり文明と戦争はともに発達してきました。

よく人類が戦争をするのは闘争本能があるからだと言いますが、それは間違いだということになります。
動物行動学者のコンラート・ローレンツも『ソロモンの指輪』において、同じ種の動物同士は争っても殺すところまではいかないと述べています。
つまり同じ種同士ではむしろ殺さない本能があるのです。


戦争は文明の産物だ――ということで私は自分の思想を組み立てていたのですが、そこにスティーブン・ピンカー著『暴力の人類史』という本が2015年に出版されました。
これが戦争考古学の知見とはまったく逆だったので、驚きました。

『暴力の人類史』によると、先史時代から戦争、殺人、レイプなどの暴力は行われていて、古代遺跡から見つかる暴力による死と見なせるものの割合は15%、今も狩猟採集生活をする部族における暴力死の割合は14%だということです。そして、文明が進むとともに暴力死はへってきて、二度の世界大戦があった20世紀でも暴力死は3%です。つまり文明の進歩によって戦争などの暴力は克服されてきたというのです。

日本の戦争考古学は縄文時代や弥生時代を対象にしているので、日本の古代史だけ人類史からかけ離れているのかと思いましたが、そんなことがあるはずありません。
『暴力の人類史』はインチキ本かとも思いましたが、ピンカーは認知心理学者として高く評価され、“知の巨人”とも言われている人です。それに『暴力の人類史』は上下巻で合計1400ページもあり、膨大なデータが盛り込まれています。
私はとりあえず『暴力の人類史』に疑問符をつけたままにしておくことにしました。


そうしたところルトガー・ブレグマン著『希望の歴史』が2021年に出版され、疑問が氷解しました。

ブレグマンは西洋にはふたつの思想潮流があると言います。ひとつはジャン=ジャック・ルソーに代表される、自然状態の人間は互いに助け合って仲良く暮らしていたという性善説です。もうひとつは、トマス・ホッブスに代表される、自然状態の人間は「万人の万人に対する闘争」をしていたという性悪説です。
そして、西洋ではホッブス流の性悪説が優勢だというのです。
実証的な研究も性悪説のバイアスがかかり、マスコミはそうした性悪説的学説をもてはやします。
たとえば古代人は残忍で、互いに殺し合いをしていたという説を学者が発表すると、マスコミはそれに飛びつきますが、古代人は平和に暮らしていたという説を発表すると、マスコミは無視します。
ですから、考古学の研究にもバイアスがかかっているのです。

ブレグマンは『暴力の人類史』におけるデータを具体的に検証し、バイアスがかかっていることや、専門家がピンカーの説を否定していることなどを次々と明らかにしました。
やはり『暴力の人類史』はトンデモ本の類でした。

結論としては、日本の戦争考古学が正しかったのです。
日本人には性悪説のバイアスがなかったのがよかったようです。


狩猟採集社会にはほぼ戦争はなかったのですが、農耕社会では戦争が始まり、文明が進むとともに戦争の規模も拡大してきました。
もちろん武器の進歩ということもありますが、農耕社会の初期段階ではせいぜい穀物しか奪うものがなかったのに、文明が進むと金銀財宝など奪うものの価値が増大したということもあります。

そして、私の考えですが、「奴隷制」の発明も大きかったでしょう。
戦争に勝って奴隷を獲得すると、奴隷が利益を生んでくれます。
古代ギリシャ・ローマでは、市民よりも奴隷の数のほうが上回っていました。

「植民地」の発明も同様です。
植民地を獲得すると大きな利益が得られるので、植民地獲得の戦争が激化しました。

宗教が理由の戦争も一部にありますが、戦争は基本的に土地、財産、奴隷、植民地、賠償金などの利益を得るために行われるものです。

クラウゼヴィッツは『戦争論』において、「戦争は別の手段による政治の継続である」と述べましたが、では、政治の目的はなにかということは述べていません。
人間が利益のために戦争をするということは軍人として認めたくなかったのかもしれません。


戦争に負けると、殺されたり奴隷にされたりするので、誰もが否応なしに戦争に備え、戦争に強くならなければなりません。
そうして人類の歴史は戦争の歴史でもあったわけですが、一方で人間には人間を殺さないという本能があります。
つまり戦争というのは本能に反した行為です。


デーヴ・グロスマン著『戦争における「人殺し」の心理学』によると、米陸軍公認の戦史家として従軍していたサミュエル・マーシャル大佐は、太平洋のマキン島の戦いに参加し、日本軍の夜襲を受けて苦戦した米軍を目撃します。マーシャルは翌日に兵士全員を集めて、グループに分け、上官の批判も含めて自由に話すことを求めました。すると、昨晩ほとんどの兵士は一度も発砲していなかったという事実が明らかになります。
マーシャルはその後、太平洋戦線とヨーロッパ戦線で兵士たちのグループ・インタビューを繰り返し、戦場で銃を撃ったことのある兵士は15~25%しかいないと結論づけます。
マーシャルは1946年の著書において「平均的で健全な個人は人を殺すことに抵抗があり、自分の意志で人を殺そうとしない」と述べました。
米軍はこの研究成果を取り入れて、射撃訓練の標的を人型にするなどの対策を行い、兵士の発砲率を上げたとされます。

ところが、マーシャルが亡くなると、いくつかのマスコミが「マーシャルの書籍に虚偽の疑い」とか「兵士へのグループ・インタビューは一度も行われていない」などと攻撃しました。

これについてもブレグマンが『希望の歴史』で反論を述べています。
グループ・インタビューは実際に行われて、マーシャルはライフル銃を撃ったかどうかを兵士たちにたずねていました。
マーシャルの説は性善説なので、攻撃されたのです。

『希望の歴史』は戦場におけるさまざまなデータも挙げています。
第二次世界大戦の退役軍人への聞き取り調査によると、半数以上が敵を一人も殺していないということです。殺された敵の大半は、ごく少数の兵士が何人も殺したことによるものです。
アメリカ空軍でも、敵機撃墜のおよそ40%は、パイロットの1%未満によるものでした。

こうした発見に後押しされて、過去の戦争についても再調査されました。
南北戦争のゲティスバーグの戦いにおいて、のちに戦場から回収された2万7547丁のマスケット銃を調べると、約1万2000丁の銃には複数個の弾が装填され、およそ半分には弾が3個以上装填されていました。中には23発も装填された銃までありました。
要するに兵士は敵に向かって撃ちたくなかったので、装填する動作を繰り返していたのです(先込め式の銃なので装填にかなり時間がかかる)。

敵を銃撃することよりさらにむずかしいのは人を刺し殺すことです。ワーテルローの戦い(1815年)とソンムの戦い(1916年)で負傷した兵士のうち、銃剣による負傷者は1%以下でした。

では、戦争で死んだ多数の兵士はどのようにして死んだのでしょうか。
第二次世界大戦で死んだイギリス人兵士の法医学的な検査による死因はこのようになっていました。

迫撃砲、手榴弾、空爆、砲弾 75%
銃弾、対戦車地雷原 10%
地雷、ブービートラップ(罠)  10%
爆風、圧死 2%
化学攻撃 2%

要するに砲爆撃、地雷のように、死を直接目撃しなくていい方法でほとんどの兵士は殺されているのです。
戦争映画では敵味方が銃撃し合いますが、そういう場面で死ぬ兵士はきわめて少ないことになります。


戦争は本能に反する行為ですが、勝つと大きな利益が得られるので、これまで行われてきました。
しかし、第二次世界大戦後は、戦争によって領土、植民地、賠償金を得ることができなくなりました。
高度産業社会になって戦争による貿易や投資の中断がもたらす不利益も大きくなっています。
そうすると、戦争をする意味がほとんどありません(例外はイスラエルです。戦争に国の存亡がかかっていますし、戦争で領土も広げています)。

イラク戦争のとき、この戦争はアメリカにとってなんの利益があるのかという議論があり、イラクの原油を売れば戦費はまかなえるだろうなどと言われていました。しかし、そんなことはありませんでした。もし原油を売った利益をアメリカが持っていったら、イラク国民は怒ったに決まっています。

アメリカは戦争がもうからない時代になったことを理解していなかったのです。
ウクライナに侵攻したロシアも同じです。
ロシアの思惑通りに戦争に勝利して、かいらい政権を樹立できたとしても、ロシアに利益はないでしょう。

人類は利益のために本能に反する戦争をしてきたということを理解すれば、戦争を克服する道も見えてくるはずです。

tank-1063755_1920

戦後間もないころ、おばあさんが無邪気に遊んでいる小さな男の子たちを指差して「この子たちが大きくなったらまた戦争を始めるだろう」と言ったという話があります。
第一次世界大戦が終わってから21年後に第二次世界大戦が始まったのですから、そう思ってもむりはありません。

しかし、今年の8月15日で戦後75年がたち、曲りなりに日本は平和でした。
第二次世界大戦後、戦争の意味が大きく変わったからです。


松木武彦著「人はなぜ戦うのか――考古学から見た戦争」や佐原真著「戦争の考古学(佐原真の仕事4)」といった戦争考古学の本によると、人類が本格的に戦争をするようになったのは農耕社会になってからです。
その理由は、農耕社会では人口が増え不作のときの飢餓が深刻化したとか、土地争い、水争いが増えたとか、集団行動をするようになったとか、いろいろ説明されていますが、最大の理由は、食糧の備蓄量が大幅に増えたことでしょう。
狩猟採集社会では、食糧の備蓄といっても、せいぜい数日分から十数日分くらいです。
しかし、農耕社会では、収穫期には少なくとも半年間の労働の成果が蓄えられています。それを1日の戦争でごっそり奪うことができるなら、多少の危険を冒しても戦争しようという人間が出てきてもおかしくありません。
実際、農耕社会では外敵に備える環濠集落が広くつくられるようになります。
映画「七人の侍」では、収穫期になると野武士が村を襲いにくるのですが、ああいう感じだったのでしょう。

それからずっと戦争は利益のために行われてきました。
勝つと食糧、土地、財宝、女、奴隷を獲得することができます。

戦争するのは本能だと考えている人がいますが、それは間違いです。動物はなわばり争いをしますが、争い自体が不利益を生むので、それほど激しくは争いません。
人間の場合も、戦争をすると自分のほうもある程度損害が出るので、めったに戦争はしません。少ない損害で大きな利益が得られそうなときだけ合理的な判断で戦争をします。

文明が進んで富が蓄積されると、戦争の機会が増えていきます。
戦争の強い集団はどんどん戦争をして、ローマ帝国やらモンゴル帝国やらを築きました。

戦争でもっとも利益が得られたのは、近代国家が強力な軍隊を持って、近代化していない国を次々と植民地化していった植民地主義の時代です。
日本も遅まきながら植民地獲得の戦争をやりました。

このころに戦争はもうかるものだというイメージができて、それをいまだに引きずっているのではないでしょうか。
しかし、第二次世界大戦後は戦争の意味合いがまったく変わりました。

植民地主義の時代が終わり、戦争に勝っても領土や植民地を獲得することはできません。
それに、国連憲章で戦争は禁止されたので、賠償金を取ることもできませんし、国際社会から批判も受けます(実際は1928年に成立したパリ不戦条約から戦争は禁止されています)。

一方で、高度産業社会が実現し、各国の経済関係は緊密になり、そこから上がる利益が大きくなってくると、隣国と戦争するのは大損失になりました。


今ではまともに戦争ができるのはアメリカぐらいですが、やはり戦争には不利益しかありません。
湾岸戦争は、アメリカが多国籍軍を率いて勝利し、精神的満足があったかもしれませんが、アフガン戦争とイラク戦争は損失が巨大で、アメリカ国民もうんざりしています。


中国とインドは長い国境で接して、何度も国境紛争が起こり、戦死者も出ていますが、紛争が大きくなることはありません。
双方が戦争をするのは損だと認識しているからです。


日本に関していうと、今、尖閣諸島が日中間の緊張のもとになっています。
しかし、昔は「満蒙は日本の生命線」といったものですが、今「尖閣は日本の生命線」であるはずがなく、重みがぜんぜん違います。

北朝鮮は、拉致問題を起こすような頭のおかしい国だから、なにをするかわからないと思われていましたが、最近は北朝鮮なりに合理的な行動をしていることがわかってきて、脅威感が薄れてきました。


第二次大戦後の世界がどんどん平和になっていることは、国際連合広報センターの
「紛争と暴力の新時代」というサイトにも示されています。

世界的に見ると、戦死者の絶対数は1946年以来、減少を続けています。しかし同時にまた、紛争や暴力は現在、増加傾向にあり、大半の紛争は政治的民兵や犯罪集団、国際テロ集団など非国家主体の間で生じています。
   ※
現在では、武力紛争よりも犯罪が多くの人の命を奪っています。2017年には、全世界で50万人近くが殺人によって命を失っていますが、これは武力紛争による死者8万9,000人とテロ攻撃による死者1万9,000人を大きく上回る数字です。
   ※
テロは依然として幅広く見られるものの、その影響は近年、衰えてきています。全世界でテロ攻撃よるものと見られる死者の数は、2018年に3年連続で減少し、1万9,000人を下回っています。各国政府が暴力的過激主義を防止し、これに対処するため、テロ対策の取り組みや地域的、国際的な協調とプログラムを強化する中で、テロ攻撃による死者が減っているからです。2017年には、テロ攻撃の5分の1が失敗に終わっていますが、2014年の時点で、この割合は12%強にすぎませんでした。


戦争やテロの死亡者はへっていて、犯罪(殺人)による死亡者のほうがはるかに多いのです。

こうしたことはあまり知られていません。軍事・外交の専門家たちにとって不都合な真実だからです。

外務省の基本認識は、「わが国を取り巻く安全保障環境はいっそうきびしさを増している」というものです。
安倍首相も演説で決まって「わが国を取り巻く安全保障環境はいっそうきびしさを増している」と言うので、国民も耳にタコのはずです。

しかし、「わが国を取り巻く安全保障環境はいっそうおだやかさを増している」というのが正しい認識です。



日本人は第二次世界大戦の体験が強烈なので、いまだにそこにとらわれています。
戦争に負けて悔しいと思う者は、敗戦の象徴である憲法九条を改正して少しでも戦前の日本を取り戻そうと思っていますし、戦争が悲惨だったと思う者は、憲法九条の改正はなんとしても阻止したいと思っています。
どちらも過去にとらわれているので、現在の状況に適応することができません。


安倍首相は今年の全国戦没者追悼式の式辞で「積極的平和主義」という言葉を使いました。
かつては自衛隊を戦闘地域に派遣して、自衛隊に戦闘を経験させようとしていた節があります。
つまり日本を「戦争のできる国」にしようとしてきたようなのです。
しかし、それは実現していません。
世界が平和になってきているのを読み間違っているからです。

憲法九条改正に反対する人たちも、そのモチベーションをもっぱら戦争の悲惨さの記憶に頼っています。
しかし、記憶は風化していくので、こうした運動は若い人に理解されず、先細りが運命づけられています。
これからの平和運動は、経済合理性の追求にシフトしていくのが正しい道です。
戦争の損得を計算し、防衛費を費用対効果で算定するのが、いちばん有効な平和運動です。

このページのトップヘ