村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

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安倍首相は2月10日のトランプ大統領との会談に、約17兆円の米国へのインフラ投資などで約70万人の雇用を創出するプランを手土産に持っていくということです。
日本人の雇用よりアメリカ人の雇用に奉仕するとは、「朝貢外交」と言われて当然です。
 
安倍首相はトランプ大統領といっしょにゴルフをやるという話もあります。白人至上主義者にかわいがられようとする有色人種の姿は、世界から笑われるか、哀れに思われるか、どちらかです。
 
安倍首相がトランプ大統領に会ったとき、するべきことはゴルフではなく、自民党得意の「道徳教育」です。
トランプ大統領ほど道徳教育が必要な人はいません。
 
たとえば、トランプ大統領は水責めなどの拷問を肯定する発言をしています。
安倍首相は「トランプさんはアメリカ兵が水責めされてもいいのですか。自分がされていやなことを人にしてはいけません」と教えるべきです。
 
また、アメリカのヘイリー国連大使は「アメリカの国益が優先されなければ国連分担金の一部拠出停止も辞さない」と発言しています。
安倍首相は「国連はアメリカの国益のためにあるのではありません。アメリカは大国の責任を自覚してもっと国連に貢献するべきです」とトランプ大統領に教えるべきです。
 
ほかにもトランプ大統領に教えることはいろいろあります。
 
「貧しいメキシコに壁をつくる費用を払わせるのは間違っています。豊かなアメリカは逆にメキシコの福祉の費用を払えばどうですか。そうすればメキシコ人の不法移民はへりますよ」
 
「アメリカを偉大な国にするとおっしゃっていますが、偉大であるかどうかは、自分で決めることではなく、周りが決めることです」
 
「アメリカファーストとおっしゃっていますが、世界中の国が自国第一主義になったら、どうなると思いますか」
 
 
もっとも、安倍首相はこういうことは言えないでしょう。
というのは、自民党の道徳教育は、自分より力のある者に対してものを言うということを教えていないからです。
 
自民党の道徳教育は、教師や親に従順な子どもをつくり、さらには企業に従順な労働者をつくるのが目的です。
ですから、イジメはよくないということは教えても、イジメにどう対処すればいいかということは教えませんし、勤勉のたいせつさは教えても、ブラック企業にどう対処すればいいかということは教えません。
 
「自己家畜化」という言葉があります。人間はブタやニワトリを家畜化して人間に都合のよいものにしてきましたが、人間は自分自身もまた人間に都合のよいものにしてきたのではないかという考え方です。
 
安倍首相や自民党は、日本人を権力に従順にしようと教育しているうちに、自分自身も権力に従順な存在に教育してしまったに違いありません。
そのため安倍政権はアメリカにすっかり従順になり、安倍首相はトランプ大統領に会っても媚びを売ることしかできないわけです。

蓮舫民進党代表の国籍問題で騒ぎが起こったのは、劣化した右翼思想のせいかと思っていましたが、考えてみると、これこそが「ガラスの天井」というやつでした。

そのことに気づかせてくれたのは、辛坊治郎キャスターの言葉です。

 

 

辛坊キャスター、蓮舫氏に「二番じゃなくて良かったですね」 

 
民進党の蓮舫新代表(48)が17日、日テレ系情報番組「ウェークアップ!ぷらす」(土曜・前8時)に生出演し、二重国籍問題について、改めて陳謝した。
 
 司会の辛坊治郎キャスター(60)から「おめでとうございます。二番じゃなくて良かったですね」と祝福されると、蓮舫氏は苦笑い。18歳の時に抜いたとしていた台湾籍が、現在も残っていたことが判明するなど説明が二転三転したことについては、「皆様方に二転三転のイメージを与えてしまったことは率直にお詫びを申し上げます」と謝罪した。
 
 この問題に関連して、辛坊キャスターは「普通みんな名字と名前で政治活動をしている。もうタレントさんでもないわけですから、代表就任を機に「村田蓮舫」と本名にするとか、そんな考えはありませんか」と名字を名乗ることを提案した。しかし蓮舫氏は「昔の父の姓だった時、その後母の姓になって、夫の姓になって、その中でずっと変わらなかったのは蓮舫という名前。私にとってはとても大切なもの。ここは今まで譲らないできたんですけど、いろんな声があると思いますので、参考にさせてください」と述べるにとどめた。
(後略)
 
 
自分がどんな名前を使うかは重要な問題で、当然自分で決めるべきことです。
辛坊氏の口出しは、大きなお世話というものです。
 
それはともかく、辛坊氏は改名を勧める理由として「もうタレントさんでもないわけですから」と言っていますが、蓮舫氏がタレントをやめたのはずっと前のことです。
ですから、辛坊氏の真意は「代表就任を機に」というところにあるのでしょう。
 
しかし、代表になったからといってどうして名前を変えなければならないのでしょう。そんな理由はあるわけありません。
 
女性が低い地位にいる場合はいいが、高い地位を目指そうとすると批判され、足を引っ張られるというのが「ガラスの天井」です。
 
辛坊氏は、蓮舫氏が党代表という「天井」に近づいたのでいやがらせを言ったわけで、まさに「ガラスの天井」問題の典型です。
 
考えてみれば、蓮舫氏の国籍問題は前からあったはずなのに、蓮舫氏が民進党代表選に立候補して、当選が確実視されたときから、急に騒がれだしました。
 
 
また、フジテレビ系の9月18日の「ワイドナショー」では、武田鉄矢氏が蓮舫氏についてこんな発言をしたということです。
 
「主役を取れない女優の典型」
「月9の主役になれないタイプ」
「明るい顔で話すことが政治家には必要。蓮舫は残念だが、表情が暗すぎる。自分の潔癖を語る時も暗い。嘘でもいいから明るい表情で語ってほしい」
 
政治家を評価するのに顔とイメージのことばかりです。男性の政治家に対してはこんなことは言わないはずです。
もちろん蓮舫氏が党代表になる前にも言いません。
 
 
女性が党代表になったことでは、土井たか子氏が1986年に日本社会党委員長になった例があります。このときはそれほど足を引っ張る動きはなかったように思います。
土井氏はもともと憲法学者でしたし、「お母さん」的なキャラクターだったということもあったでしょう。
 
それに対して、蓮舫氏はタレント出身で、オヤジ的なキャラクター分類では「女の子」になります。
「女の子」が野党第一党の代表になって、もしかすると首相にもなるかもしれないということで、多くの男が抑え込もうとやっきになっているわけです。
 
人間は序列のある群れをつくる動物なので、序列が乱れたときはマウントポジションを取ろうと争います。
冒頭で引用した辛坊氏と蓮舫氏のやり取りを見ると、辛坊氏の言葉は、政治家のゲストを迎えたキャスターの言葉ではなく、相手に対してマウントポジションを取ろうとするときの言葉です。
こういうことがなにも批判されずにまかり通っていては、日本の政治はよくなりません。

蓮舫氏の国籍問題が一部で騒がれています。蓮舫氏は1985年に日本国籍を取得しましたが、台湾国籍の放棄が不明確ということが問題視されているようです。
 
こういうことで騒ぐのは間違いなく「愛国者」です。
愛国者は国旗国歌にこだわります。さらに国籍にもこだわるというわけです。
 
ここでいちばんたいせつなのは、蓮舫氏の政治姿勢や思想です。過去の言動で日本よりも台湾を優先しているような傾向があれば批判されて当然です。
しかし、そういうことは問題にされず、国籍のことばかりが問題にされています。
 
これは国旗・国歌の問題でも同じです。国歌斉唱のときに口を動かしていないとか、国旗掲揚のときに起立しないとかが問題にされますが、すべて見かけです。
 
国旗・国歌・国籍は国の包装紙みたいなものです。「中身よりも包装紙」というのが愛国者の考え方です。
 
 
なぜそうなるかというと、もともと「愛国心」には「愛」がないからです。それをごまかすために包装紙にこだわるわけです。
 
人間はほかの動物と同じく基本的に利己的な存在で、つねに互いに生存闘争をしています。
生存闘争は、個人間だけでなく、群れと群れでも行われ、その群れが大きくなって国家になりました。「利己心」も国家規模に拡大して、「利国心」になったわけです。
ところが、「利国心」を「愛国心」と言い換えているので、混乱しています。
 
「愛国心」を「利国心」と言い直し、「利己心」と同じものだと考えれば、混乱はなくなるはずです。
 
「愛国心」は「利己心」と同じものですから、抑制しなければならないのです。
 
 
ともかく、私は民進党の代表選に関して、前原誠司氏はなにを謝罪しているのか、謝罪の内容がわからないということを書こうとしたのですが、蓮舫氏の国籍問題がやたらに議論されているので、つい蓮舫氏の国籍問題について書いてしまいました。
しかし、これはどうでもいいことで、書くだけむだだったかもしれません。こういうことに時間を取られていては、日本の政治の劣化がますます進んでしまいます。
 

東京都知事選の結果は、小池百合子候補の圧勝となりました。
当選後、小池氏は都政の透明化に向けて「利権追及チーム」を立ち上げ、東京五輪などの事業をチェックしていくと表明しました。ひじょうにまともです。勝つべくして勝ったというところでしょうか。
 
一方、鳥越俊太郎候補は、最初は期待させましたが、その後の失速ぶりはひどいものでした。
週刊誌に女性スキャンダルを書かれたことなど、トランプ氏なら一笑に付して終わらせていたのではないでしょうか。演説で「51年間報道現場にいて権力側についたことは一度もない」と反権力の姿勢を強調したそうですが、都知事という権力の座を目指しているのですから、おかしな話です。
私は「左翼小児病」という古い言葉を思い出しました。
 
反安倍勢力が自滅してくれるのですから、安倍政権としては楽なものです。
 
反安倍勢力の問題点は、一言でいえば「戦略の欠如」です。
 
鳥越氏としては、都知事選で勝利することで安倍政権の暴走に歯止めをかけようとしたのでしょう。
都知事選で勝利するには、都民が都政になにを求めているかを知り、それに合わせた政策を用意し、ほかの候補との違いを示し、場合によってはほかの有力候補を攻撃するといった戦略を立てるのは当然のことです。
ところが、鳥越氏(の陣営)は、反安倍の主張を前面に出してしまいました。
 
なぜそうなったかというと、反安倍の感情が強すぎたのでしょう。
それと、最終目標が見えていなかったということもあると思います。
 
戦略というのは、最終目標を設定し、そこから逆算して立てていくものです。しかし、政権交代という最終目標が誰にも見えていないわけです。
せいぜい「安倍に一泡吹かせる」とか「安倍に一矢報いる」といった気分だったのではないでしょうか。
 
民進党は、岡田克也代表が辞任を表明しましたが、これも政権交代という目標が見えてこなかったからではないかと思います。
ということは、次期代表選びは、政権交代のビジョンを示せる人物は誰かということで行われなければなりません。
 
私の考えでは、対米関係の一からの見直しがポイントです。
安保法制、改憲、普天間基地問題、尖閣諸島問題、テロ対策など日本が直面する問題のほとんどはアメリカがらみだからです。
「ジャパン・ファースト」を掲げるかどうかは別にして、アメリカとタフに交渉できる政権が求められています。

参院選の結果は、改憲勢力が3分の2を超すことになりました。
それにしても、改憲勢力3分の2を阻止するか否かが最大の焦点になるというのは、五十五年体制とまったく同じです。
第一次安倍政権が失敗したときは、もう改憲はまったく不可能に思えました。オセロゲームで白黒が全部ひっくり返ったみたいでした。
ところが、民主党政権の失敗でもう一回ひっくり返って、元に戻ってしまったわけです。
 
改憲勢力が3分の2を超えたからといって、発議できるだけです。国民投票では否決される公算が大だと思います。
だいたい憲法のどこを変えたいのかよくわかりません。解釈改憲をした今、九条を変える必要性は少なくなっています。そのため緊急事態条項を加えるという議論があります。
つまりなにかの必要性があって改憲するのではなく、改憲のための改憲なのです。
 
安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を言っています。日本国憲法は戦後レジームの象徴なので、なにがなんでも変えたいのでしょう。
 
しかし、ほんとうの戦後レジームは安保体制や駐留米軍の存在です。安倍首相はそこには手をつけようとしません。逆にどんどん対米従属を強めています。
 
「永続敗戦論」の著者白井聡氏は、それは「敗戦の否認」からくるものだと言っています。敗戦という事実を受け入れないので永久に負け続け、アメリカに従属し続けているというわけです。
 
 
民主党改め民進党の場合は、民主党政権が失敗したということを認めない「失敗の否認」です。
失敗したということを受け入れないので、同じ失敗を繰り返してしまいます。いや、今のところ政権の座についていないので、失敗は繰り返していませんが、もし政権を取ったら失敗を繰り返すに違いないと国民に思われているので、今回のような選挙結果になりました。
 
自民党の「敗戦の否認」と民進党の「失敗の否認」がぶつかり合っているので、本来あるはずの政策論争が起きません。
たとえば、民進党の公約の「地位協定の改定」について、そんなことができるのか、どうやってするのかといった議論があっていいはずです。
今回の選挙は各党が言いたいことを言っているだけでした。
 
 
それに加えて、日銀黒田総裁の「敗勢の否認」もあります。
 
黒田総裁は「戦力の逐次投入はしない」と見栄をきって異次元の金融緩和を行いましたが、「2年で2%の物価上昇」という目標は達成できず、第二次、第三次の金融緩和を行い、結果的に戦力の逐次投入に陥っています。しかも、今は投入できる予備兵力も底をついてきました。完全にガダルカナル状態です。それでも楽観的な見通しを語るので、最近は「大本営発表」と言われるようになっています。
 
日銀はETFとRIETという形で大量の株式と不動産を購入しています。目標通りに物価が上がれば高く売れますが、上がらないと損失になってしまいます。黒田総裁の任期は2018年4月までですが、これからどうなるでしょうか。
 
 
安倍政権の「敗戦の否認」、民進党の「失敗の否認」、日銀黒田総裁の「敗勢の否認」と、誰も不都合な現実と向き合おうとしません。
 
ただ、黒田総裁の「敗勢の否認」はタイムリミットがあります。つまりアベノミクスの失敗が顕在化するはずです。ここから日本が動き出すのではないかと思っています。

7月13日、ユーロ圏首脳会議はギリシャへの金融支援を行うことで大筋合意しました。これでギリシャの経済危機を巡る騒動はとりあえず沈静化するようです。
 
この騒動を見ていて思ったのは、ギリシャは小国にも関わらず世界を振り回す根性があるなあということです。
フランス、ドイツなどユーロ諸国を向こうに回すだけでなく、ロシアに接近するふりをすることでアメリカを巻き込み、ルー米財務長官の「EUはギリシャの債務を再編するべきだ」という発言を引き出しました。日本でいえば、中国に接近するふりをすることでアメリカを動かすみたいなものです。
もちろん日本にそんな外交力はありません。GDPは日本がギリシャの20倍ぐらいありますが、外交力はギリシャのほうが20倍くらいあります。
 
 
それから、チプラス首相を初めとする与党の急進左派連合は、官僚をうまく掌握してユーロと交渉していたと思います。
 
ウィキペディアによると、急進左派連合が結成されたのは2004年のことで、2012年の総選挙で第2党に躍進し、2015年の総選挙では第1党となり、チプラス党首が首相に就任しました。ですから、議員のほとんどは与党経験がないはずです。
チプラス首相自身は、2009年の総選挙で初当選ですから、国政の経験は6年しかないわけです。
そういう経験の浅い政治家たちが国をまとめてユーロと交渉を行ったわけです。
 
一方、わが国では自民党の長期政権から民主党政権へと政権交代が起きました。民主党の議員たちはギリシャの急進左派連合より経験があるはずですが、民主党政権はまったくといっていいほど官僚を掌握できませんでした。
その象徴が普天間基地移設問題と八ッ場ダム建設問題です。

民主党政権(当時は鳩山政権)の、普天間基地の辺野古移設を見直し国外県外へという方針と、八ッ場ダム建設を中止するという方針が正しいことは、(一部の利権関係者を除けば)誰の目にも明らかでしたが、官僚組織は徹底的に抵抗し、マスコミもそれに同調したために、国民もまともな判断力を失ってしまいました。そのため辺野古基地と八ッ場ダムが民主党政権のつまずきのもとになったのです。
 
もちろん民主党の力不足ということもあるのですが、日本では官僚組織が政権に抵抗するということがまかり通るわけです。
ギリシャの政権交代がうまくいっているのを見ると、改めて日本の異常さがわかります。
 
日本を統治しているのは、官僚組織とマスコミです。そして、その背後にはアメリカがいます。
ですから、辺野古移設見直しはまったくできない一方、安保法制のほうは国民の反対があってもどんどん進んでしまいます。
 
現在、新国立競技場の建設費が2500億円にふくらんで大きな問題になっていますが、八ッ場ダム建設が止められない以上、こうしたことが起きるのも当然です。
 
ギリシャを見ていると、政権交代とは本来こういうことなのだなとうらやましくなります。
 

自民党がテレ朝とNHKの経営幹部を呼びつけて、事情聴取をするそうです。
まったく理解しがたい事態です。大っぴらに犯罪を行おうとしているようなものだからです。
 
自民の調査会、テレ朝とNHKの経営幹部呼び聴取へ
自民党の情報通信戦略調査会(会長=川崎二郎衆院議員)が17日に、テレビ朝日とNHKの経営幹部を呼び、それぞれの報道番組の内容について、事情を聴くことが分かった。
 
 同調査会が事情聴取するのは、テレビ朝日については、「報道ステーション」でコメンテーターの元経済産業省官僚の古賀茂明さんが「菅(義偉)官房長官をはじめ、官邸のみなさんにはものすごいバッシングを受けてきた」などと発言した問題。NHKについては、「クローズアップ現代」で「やらせ」が指摘されている問題を取り上げる。
 
 古賀氏の発言をめぐっては、菅官房長官が記者会見で「事実無根」「放送法という法律があるので、まずテレビ局がどう対応されるかを見守りたい」と批判。自民党の調査会は、こうした経緯も踏まえて事実関係の確認を求めるとみられる。
 
これは朝日新聞の記事ですが、ただ事実を伝えるだけの小さな記事になっています。朝日新聞はまともな判断力を失っているようです。こんなことだから自民党が増長してしまいます。
 
ただ、今回はさすがに自民党のやることには批判が出ています。
 
自民の放送局聴取が波紋=野党「番組干渉は違法」
 自民党が、テレビ朝日とNHKの番組内容を聴取するため、17日の党の会議にそれぞれの幹部を呼ぶことが波紋を広げている。政権党による番組チェックが報道機関を萎縮させ、言論の自由を侵しかねないためだ。野党内には「個別番組への干渉は、(番組編成の自由を保障する)放送法に違反する大問題」(民主党中堅)との声もある。
  放送局幹部から聴取するのは自民党情報通信戦略調査会(会長・川崎二郎元厚生労働相)。先月27日、テレビ朝日の「報道ステーション」に出演した元経済産業官僚の古賀茂明氏が「菅義偉官房長官らからバッシングを受けてきた」と、自らの番組降板の背景として官邸の圧力を示唆したことを問題視した。
  古賀氏は政権批判を繰り返しており、調査会関係者は「テレビ朝日としてどう考えているのか確認する必要がある」と話す。17日はNHK幹部からも、報道番組「クローズアップ現代」のやらせ疑惑について説明を受ける。
  自民党の動きの背景には、独立した立場で放送内容を審査する放送倫理・番組向上機構(BPO)が機能していないとの不満がある。菅官房長官は、今回の聴取を「報道に圧力をかける趣旨ではない」と強調している。
  ただ、自民党は昨年の衆院選前、在京各局に選挙期間中の公平性確保を文書で求め、テレビ朝日には別途、放送された内容を踏まえて「公平中立な番組作成」を文書で要求している。
  民主党の枝野幸男幹事長は15日の記者会見で「報道内容に関して(放送局関係者を)呼ぶのは抑制的であるべきだ」と強調。共産党の穀田恵二国対委員長は会見で「腹の底がよこしまだ。意図が透けて見える」と批判した。 
 
改めて放送法について調べてみようとしたら、「放送法に『中立』の言葉なし」と書いてあるサイトがありました。
確かに「中立」という言葉はありません。それらしいところを引用すると、こうなっています。
 
 
第一条
   放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。
 
 
(放送番組編集の自由)
第三条   放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。
 
(国内放送等の放送番組の編集等)
第四条   放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
   公安及び善良な風俗を害しないこと。
 
   政治的に公平であること。
 
   報道は事実をまげないですること。
 
   意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
 
 
確かに「中立」という言葉はありませんが、「不偏不党」や「政治的に公平」という言葉があるので、似たようなものです。
 
それよりも重要なのは、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と書いてあることです。
自民党の行為は明らかに「干渉」であり、違法行為でしょう。
 
それだけでなく、自民党の行為は、テレビ局の「中立」や「不偏不党」や「公平」や「自律」を侵す行為です。
自民党は事情聴取をしたかったら国会の場に呼び出すべきなのです。
 
ですから、テレ朝とNHKは自民党の要請を断るのが当然です。自民党だけに事情を説明すれば、テレビ局の不偏不党が疑われます。
 
そういうことを考えると、テレビ局の経営者や幹部が何度も安倍首相と会食しているのも問題です。安倍首相は首相であると同時に自民党総裁でもあるからです。
 
ただ、テレビ局は放送免許を政府に認可してもらわないと営業できないので、弱い立場です。
ですから、ここは新聞が強く自民党を批判しなければならないところですが、朝日新聞の腰の引けた態度は情けない限りです。

官邸や自民党がテレビの報道内容に干渉していることについて、マスコミも世間も反応が鈍いのが気になります。
ことは「報道の自由」に関しています。「報道の自由」のない国は独裁国になります。
 
自民、個別番組に異例の「中立」要請 専門家から批判も
 自民党が昨年の衆院選前、テレビ朝日の番組内容に対し、「公平中立」を求める文書を出していた。自民は「圧力ではない」と説明するが、メディアの専門家によると、個別番組への文書は異例だといい、番組への介入と受け取られかねない行為との指摘もある。
 
 自民の文書は昨年11月26日付で、福井照・報道局長名で出された。衆院解散後の昨年11月24日、テレビ朝日の「報道ステーション」がアベノミクスについて報じた内容について、「アベノミクスの効果が大企業や富裕層のみに及び、それ以外の国民には及んでいないかのごとく断定する内容」と批判。「意見が対立している問題については、多くの角度から論点を明らかにしなければならないとされている放送法4条4号の規定に照らし、同番組の編集及びスタジオの解説は十分な意を尽くしているとは言えない」と指摘した。
 
 報ステの報道は、約9分間にわたって「2014衆院選①『アベノミクスを考える』 金融緩和の“恩恵”は……」と題して放送された。古舘伊知郎キャスターが「安倍政権になって2年。株価は2倍以上になった。確かにいいことだ」と話したうえで、「株があがってくれたんでポジティブになる」など、アベノミクスの恩恵を受けた人の話に多くの時間を割いた。
 
 一方、実質賃金が伸びていないこともグラフで指摘。専門家の「若年層は資産がなく所得が増えない中、切り詰めた消費を続けているのが現状だ」という指摘も紹介した。
 
 自民は昨年11月20日付で、衆院選の報道について在京のテレビ局各社に対して「公平中立、公正の確保」を求める文書を送り、野党から「政治的な圧力だ」との批判を受けた。今回わかったテレ朝への文書は、各局への文書に加え、個別番組に対しても出されていたことになる。菅義偉官房長官は10日の記者会見で「事実関係を掌握していないが、報道に対して圧力を加えるものではない」と述べた。
 
     ◇
 
元日本テレビ報道ディレクター、水島宏明・法政大教授(メディア論)の話 
 
 政権与党が個別の番組に注文を付けるなど、前代未聞。一種の威嚇と言えるだろう。昨年の衆院選では自民党の要請を受け、街頭インタビューを取りやめた番組も実際にあると聞く。テレビ局は表向きは「影響はない」と言うが、報道の現場では萎縮が既に起きている。
 
 アベノミクスをどう報じるか、バランスに「正解」はない。扱いが難しいものは取り上げないということにつながりかねない。
 
 安倍政権はメディアを監視し、意に沿わない報道に対して「偏っている」と注文を付ける姿勢が顕著だ。かつては権力の側に「ジャーナリズムは厳しく批判を加えるものだ」という見識があり、健全な民主主義を育ててきた。「一強政治」の中で、そうしたたしなみが失われている。
 
 一方、メディアの側も、日本民間放送連盟や日本新聞協会といった組織で抗議の声を上げるべきだ。それができないのは、政権との距離感の違いから「メディアの分断」とも言うべき状況が生まれているから。ジャーナリズム全体が弱体化したと言わざるを得ない。(聞き手=中島耕太郎)
 
この朝日新聞の記事も、扱いが小さいですし、専門家の意見に依存しているところも、腰の引けた感じがします。
 
そもそも安倍首相は、昨年11月にTBSのニュース番組に出演したとき、街の声が偏っているとして番組にクレームをつけましたが、これを批判されると、「表現の自由だ」と開き直りました。これに対して有効な反論がなされていないと思います。
民主党の細野豪志議員は「人権侵害だ」という的外れな批判をしました。「テレビ局が萎縮する」という批判に対しては、安倍首相は「それぐらいで萎縮するのは情けない」と切り返しています。
 
結局、安倍政権を批判する側がまともな議論をする能力がないので、安倍政権のやりたい放題になっているのです。
 
首相がテレビの報道番組にクレームをつけるのは、もちろん「表現の自由」ではありません。日本のテレビ局は総務省から放送免許を認可されて事業を営んでいるので、総務大臣や首相はテレビ局に対して「職務権限」を持っています。そういう立場の者がテレビ局に対して意見を言うことは、当然「圧力」となり、放送の中立を侵すことになります。
 
もちろん総務省は放送免許の認可は公正に行うと主張するでしょうが、許認可権を持った役所はその業界ににらみをきかし、天下りなどの利権を持つのが常です。
 
免許更新のときのテレビ局はこのようなものだそうです。
 
知らぬは一般国民ばかりなり
放送局に免許剥奪がない理由
 通常、再免許の時期が近づくと、放送事故や不祥事などでスネに傷を持つ放送局は、ビクビクしながら1年以上前から事情聴取の準備を進める。総務省に対しては、主に①免許期間中の事業継続性、②番組の編成計画を説明し、求められた資料はすべて提出する。
 そこには、度重なる不祥事の詳細な調査レポートや再発防止策なども盛り込まれるので、「1つの放送局だけで1000ページ前後の文書になる」(業界紙の元編集者)。
 
それに、安倍首相は、ニュース番組で紹介された街の声が偏っていると文句をつけたわけですが、そうすると安倍首相は、テレビで紹介される街の声の賛否の配分は世論調査に準ずるべきだと考えているのでしょう。しかし、テレビは傾聴に値する意見を選んで紹介するのが当然です。世論調査と同じ配分にする必要はありません。
 
それに、あのときは安倍首相がゲストとして出演していたのです。議論を盛り上げるために、安倍首相に反対する意見を多くするのは当然です。
安倍首相は街の声に反論することで自分の意見を主張するいいチャンスをもらったのに、「表現の自由」を放棄して、テレビ局の編集権に文句をつけるという愚行に走ったわけです。
 
つまりあのときの安倍首相は、「職務権限」のある人間がテレビ局の編集権に口を出すという間違いを犯し、さらに、言っている内容も間違うという二重の間違いを犯したわけです。
 
 
世の中には、自民党がテレビ局に「公正中立」を求めるのは間違っていないという意見もありますが、愚かな意見です。というのは、自民党自体が中立の存在ではないのですから、テレビ局に対して中立を求める資格がないのです。
 
自民党や安倍首相は、自民党に不利な番組には中立を要請しても、自民党に有利な番組には中立を要請したことはないはずです。
野党も自民党と同じことをすればいいのだという意見があるかもしれませんが、与党は「職務権限」のある総務省とつながっていて、野党にはなんの権限もないのですから、両方が同じことをすれば、やはり放送の中立が侵されます。
 
中立でない安倍首相や自民党がテレビ局に中立を要請するとはお笑いぐさです。

集団的自衛権を巡る議論において、「集団的自衛権行使は正義だ」とか「正義の行動ができなくていいのか」という主張はほとんど聞きませんでした。
代わりによく聞いたのが「仲間が攻撃されているときに助けなくていいのか」という論理です。
このような「仲間主義」というのはヤンキーの行動原理でもあります。
 
自民党、とりわけ安倍政権はヤンキー化しているという「自民党ヤンキー論」を最初に唱えたのは、精神科医の斎藤環氏であるようです。
 
斎藤氏の「自民党ヤンキー論」の要点がわかるサイトはこちら。
 
誰の心にもヤンキーはいる。
 
 
もともと集団的自衛権というのはデタラメなものなので、説明のしようがありません。
ただ、個別的自衛権は個人における正当防衛と同じなので、誰でもわかります。そこで、正当防衛の延長として集団的自衛権を説明しようとしたので、「仲間を助ける」という論理を持ち出したのでしょう。
 
集団的自衛権までヤンキー式に説明する自民党は、ついに道徳教育にまでヤンキー式を持ち込むようです(そういえば“ヤンキー先生”も自民党議員でした)
 
文科省、ドラマ「HERO」ポスターで道徳教育PR
 文部科学省は、SMAPの木村拓哉さんが主演するフジテレビ放映のドラマ「HERO」とタイアップし、道徳教育をPRする。出演者の写真とともに「みんなで考えよう、本気で生きるってこと」などと書いたポスター約4万部を全国の小中高校、特別支援学校などに配布する。同省は「ドラマの内容には関与しない」と説明している。
 
 「HERO」は2001年に放送されたドラマの続編。木村さん扮する検事が真実に迫ろうとする内容だ。タイアップは、フジテレビ側から提案があり、文科省が了承した。同省は主人公の社会正義を追求しようとする姿が、「人としてどうあるべきか。自分はどう生きるべきか」という道徳教育のテーマと共通すると判断。ポスターの文言は「押しつけと受け取られないようなメッセージを、省内で考えた」という。
 
 国が作った教材「私たちの道徳」を小中学校で使ってもらおうと、内容を紹介するチラシも各校に配る。今後、ドラマの出演者が参加するイベントも企画。文科省のホームページに特設サイトも作る予定だ。
 
 下村博文文科相は8日の会見で「タイアップによって道徳教育への理解、関心が高まることを期待している」と述べた。(杉原里美)
 
 
木村拓哉さん扮する主人公は、型破りの検事です。
ウィキペディアの「「HERO」の項目にはこのように書かれています。
 
「最終学歴は中卒。高校中退後、大検を経て司法試験に合格、希望通り検事に任官した」
「過去に友人を庇って起こした傷害事件で逮捕されたことがあり、その際黙秘を通していたが、(黙秘をしていなければ正当防衛になった可能性もある)不起訴処分を受けている」
 
経歴も、仲間をかばって黙秘するという行動原理もヤンキーそのものです。
 
また、つねにジーンズにダウンジャケットという服装で、みずから現場に出向いて捜査しますが、こういうのも現実にはありえないことです。
 
刑事ドラマも型破りの刑事が出てきて、現実にありえないようなものばかりです。「明日、ママがいない」のときは、児童養護施設について誤解を招くということで激しく抗議されましたが、警察司法についてのドラマはデタラメがまかり通っていて、むしろそれが賞賛すらされているのは不可解です。
 
それはともかく、文部科学省が「HERO」とタイアップして道徳教育のPRをするとは驚いた話です。
この主人公は友人をかばって黙秘を通すような人間ですが、そうすると、教室でイジメがあって教師が生徒に事情を聞こうとしたとき、イジメっ子同士がかばい合うことを文部科学省は肯定するのでしょうか。
また、ジーンズにダウンジャケットの検察官が許されるなら、各学校でもそれぞれの好きな服装を着ることが許されるのでしょうか。
学校内の秩序がなくなるのではないかと心配になります。
 
それから、ポスターには「みんなで考えよう、本気で生きるってこと」という言葉が入るようです。
念のためにフジテレビのホームページでも確認してみました。
 
ドラマのポスターデザインと共通ビジュアルでの文部科学省とのタイアップバージョンポスターが完成!全国の、小、中、高校合計40000校のもとへ配布を既に開始しています。各校に掲示されるポスターを通じて、子どもたちが『HERO』とともに道徳教育を学ぶきっかけに!
キャッチコピー “時代は変わったこの男はどうだ”に呼応して、タイアップバージョンでは“時代は変わる! 君たちはどうする?”というテーマを提示。“『正義』って何だ?『真実』って何だ?みんなで考えよう、本気で生きるってこと”と子供たちに問いかけます。
 
「マジで生きる」というのは、ヤンキーが勢いで言いそうな言葉ではあります。
しかし、文部科学省が「本気で生きる」という言葉を使っていいのでしょうか。
「本気で生きる」という以上、「本気で生きない」という状態も想定しているはずです。ということは、文部科学省は、人間は「本気で生きない」ことがあると思っているのでしょう。文部科学省の人間観が心配です。
 
仲間主義で生きるヤンキーと、社会体制や学校秩序を第一とする自民党や文部科学省が相容れるわけがありません。
「HERO」をPRに使うということは、道徳教育そのものがデタラメであるということです。
 
 
集団的自衛権もまた仲間主義とは相容れません。
日本が韓国や台湾やフィリピンやベトナムと手を組んで中国と対抗していこうというのなら、それは仲間主義かもしれませんが、現実の集団的自衛権行使は、アメリカに協力することを意味しています。
いうまでもなくアメリカはスーパーパワーで、日本とは親分子分の関係みたいなものです。山口組の系列の、それも外様の組が、なんとか山口組の親分に気に入ってもらうために武闘路線に切り替えようとしているというのが適切な比喩です。
ヤンキーの生き方とはまったく違います。
 
自民党がヤンキー的だというのは、ヤンキーにとって失礼な話です。

最高裁がある法律を違憲と判断したら、立法府はただちにその法律を改正または廃止しなければなりません。これは三権分立の原則からして当然のことですが、自民党はその原則が通用しない政党です。
 
 
最高裁違憲判断でも…婚外子差別の法改正に慎重論 自民法務部会
201310240500
 自民党法務部会は23日、最高裁の判断を受け、結婚していない男女間に生まれた「婚外子」の遺産相続分を、結婚した男女間の子と同等にするための民法改正案について議論した。保守系議員から「家族制度が崩れる」などと異論が相次いだ。政府は今国会への民法改正案提出をめざすが、党内のとりまとめは難航しそうだ。
 
 
 最高裁は9月、親が結婚しているかどうかで子の遺産の取り分を区別した民法の規定を違憲とする判断を示した。これを受け、政府は取り分に格差を設けた規定を削除する法整備を急いでいる。この日の部会には約40人の議員が出席した。法務省が、外国でも差別撤廃が実現していることなどを説明し、理解を求めた。
 
 ところが、伝統的な家族観を持つ保守系の議員らは、婚外子への格差をなくせば、法律で認める結婚制度が軽視されかねない、と指摘。事実婚などが増え、伝統的な「夫婦」や「家族」が崩壊する、との懸念を示し、慎重論が相次いだ。西川京子文科副大臣は「民法で婚姻制度を規定している。(法改正したら)民法の中で自己矛盾する」と述べた。
 
 「憲法がムチャクチャだからこういう判断が出る」(西田昌司参院議員)、「なぜ最高裁が言ったら変えなければいけないのか」(小島敏文衆院議員)との意見まで出た。自民党では、24日に民法改正に反対する有志による勉強会発足も決まった。
 
 「最高裁判断は尊重すべきだ」との声も複数出たが、大塚拓法務部会長は会合後「法案了承の見通しは分からない」と話した。
 
 一方公明党や、民主党など多くの野党は改正に前向きだ。
 
 
自民党には独特の家族観があり、それは三権分立よりも優先されるようです。
 
かつて日本では、親殺しを通常の殺人罪よりも重罰にする「尊属殺人罪」がありましたが、1973年に最高裁がこれを違憲と決定しました。しかし、与党であった自民党は改正の先送りを続けて、結局、22年後の1995年に刑法の条文を文語体から口語体に改めるという刑法大改正の際にようやく尊属殺人罪が削除されました。
 
「尊属」という言葉は「卑属」という言葉と対になっています。男女関係は「男尊女卑」、親子関係は「尊属・卑属」というわけで、儒教思想からきています。
 
少し昔のことですが、自民党の議員たちは「尊属・卑属」という考え方を守ることは、最高裁の判決に従うことよりも重要と考えていたようです。
今は、婚外子の相続差別を守ることは最高裁判決より重要と考えているようです。
 
また、夫婦別姓についても、1996年に法制審議会が選択的夫婦別姓制度を答申しましたが、これも主に自民党の反対のせいでいまだに実現していません。
 
家族制度というのは「国のかたち」の根幹をなすものです。そういう意味で保守系議員がここに執着するのもわかります。
アメリカでは保守系議員は「同性婚反対」「中絶反対」を強硬に主張し、これはアメリカの政治における大きな争点になっています。
 
自民党は日本国憲法改正草案においても家族に関する条文をつけ足して、議論を呼んでいます。
 
〈自民党の日本国憲法改正草案〉
第二十四条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。
 
この改憲草案の条文については、「国家は国民の私生活に介入するべきでない」とか「国民を道徳で縛るべきではない」という批判があります。
 
しかし、これらの批判は、憲法にこうしたことを書くべきではないという批判で、書かれた内容を批判するものではありません。そこが批判としては弱いところです。
 
自民党がこうした条文をつけ足したのは、おそらく教育勅語を真似たのでしょう。教育勅語には、「爾臣民、父母ニ孝ニ、兄弟ニ友ニ、夫婦相和シ、朋友相信ジ」という部分があります。
また、この部分を取り上げて、教育勅語にもよいところがあると主張する人がいます。
 
「夫婦相和シ」とか「家族は、互いに助け合わなければならない」というのは当然のことであり、それに反対する人はおかしいのではないか、というのが自民党の主張ではないでしょうか。
そして、そう主張されたとき、まともに反論できる人がいるでしょうか。
 
もちろん私は反論できます。
その反論を書いてみましょう。
 
家族における問題として、ドメスティックバイオレンスがあります。夫が妻に暴力をふるっているとき、あるいは親が子を虐待しているときには、暴力をふるっている側をまず止めなければなりませんし、場合によっては逮捕しなければなりません。暴力をふるわれている側はまず保護されなければなりません。
 
もしDVの現場に直面したとき、「お互いに仲良くしなさい」と言い聞かせるだけですましたら、それは暴力をふるっているほうを許したことになります。
自民党改憲案の「家族は、互いに助け合わなければならない」というのはそれと同じことです。
 
あるいは離婚する夫婦の場合も、「家族は、互いに助け合わなければならない」という憲法があったら離婚しなかったなどということがあるはずありません。
離婚調停するときに、調停委員が「家族は、互いに助け合わなければならない」などと説教していたら、調停が進みません。
 
つまり家族の中には、DV、仮面夫婦、子どもの非行などの問題があり、いわばよい家族もあれば悪い家族もあるのです。そこに「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される」という憲法をつくると、悪い家族までも尊重されることになってしまいます。憲法に「企業は尊重される」と書き込んで、ブラック企業までも尊重するのと同じです。
 
家族の問題に向き合わず、むしろそれを隠蔽してしまうのが自民党の改憲草案です。
なぜそういう改憲草案をつくったかというと、自民党の議員たちは、家族の中で優位に立って、わがままにふるまうことができているからです。
 
家族の中には性差別があります。
それに加えて、私は「子ども差別」という概念も加えるべきだと主張しています。
家族の中にも、支配と抑圧と差別があるのが現実です。
 
家族は「国のかたち」の根幹をなすものです。
よい国をつくろうとすれば、家族の問題を直視し、改革することから始めなければなりません。
しかし、自民党は家族の問題を解決したくない政党だと思われます。

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