NHKの大河ドラマ「西郷どん」が始まって、改めて“西郷人気”に注目が集まっています。
 
明治の元勲の中で西郷隆盛は圧倒的人気を誇ります。
というか、ほかの元勲はまったく人気がありません。大久保利通は西郷隆盛と並び立つ存在ですが、人気の点では対照的です。木戸孝允は、桂小五郎と称したころはいいイメージでしたが、木戸孝允になってからはまったく評価されません。伊藤博文は初代総理大臣であるため重要人物とされてきましたが、そのキャラクターが愛されているわけではありません。
 
坂本龍馬は大人気ですが、これは維新前に死んだからです。もし死なずに明治政府の要人になっていたら、木戸孝允と同じように不人気になっていたかもしれません。
 
西郷隆盛にしても、西南戦争などせずに、明治政府の立役者として天寿をまっとうしていたら、今のような国民的人気が得られたでしょうか。
 
西郷隆盛は明治政府からしたら反逆者で、極悪人です。だからこそ人気があるのです。
というのは、国民は明治政府や明治時代が嫌いだからです。
 
国民は明治政府や明治時代が嫌い――というのは小説や映画、ドラマを考えてみればわかります。
出版界では明治ものの小説は売れないという定説があります。というか、明治ものを書く作家がほとんどいません。
映画、ドラマも、戦国時代、幕末、江戸時代のものは山ほどありますが、明治ものはほとんどありません。あっても、史実に基づいた深刻なものです。
江戸時代の捕り物帳のドラマは、庶民の気楽な暮らしをベースにしているので、視聴者も気楽に見られます。
明治時代のドラマがあったとしても、視聴者は気楽には見られないでしょう。
 
明治時代になって、庶民は伝統的な暮らしを破壊され、「末は博士か大臣か」という単線の学歴社会に飲み込まれました。エリートや知識人も写真を見ると、みな胃病をかかえたような不機嫌な顔をしています。
平和も失われ、徴兵制で戦争に駆り出されるようにもなりました。
要するに国民の幸福を犠牲にして、欧米列強と同じような国になろうというのが明治時代でした。
 
しかし、国家のタテマエとしては、江戸時代は貧しくて、身分制で、封建領主にしいたげられた生活だったが、明治になってすばらしい近代的な生活ができるようになったということになっています。
このタテマエと、国民感情のホンネがずっと乖離したままです。
 
司馬遼太郎はずっと明治ものを書きませんでした。ロマンのある物語にならないことを直感していたからでしょう。やっと書いた明治ものは、「坂の上の雲」というタイトルが示すように、明治はすばらしい時代だというタテマエにのっとったものでした。司馬遼太郎は国民のホンネを無視したのです(「坂の上の雲」の主人公である秋山兄弟は軍隊という組織の歯車だったので、そこには司馬遼太郎らしいロマンがありません)
 
国家のタテマエと国民のホンネが乖離したままなので、学校では日本の近現代史を授業でほとんど教えないということがずっと続いています。
 
安倍政権は国家のタテマエの側に立っているので、今年を明治百五十年として盛大に祝おうとしています。
しかし、西郷隆盛人気を見ればわかるように、国民は明治政府が好きではありません。
むしろ明治時代を見直す年にするべきです。
 
個人的には、日本は島国ですから、欧米列強と同じ道を歩むのではなく、今のブータンのような“幸せの国”を目指す道もあったのではないかと思います。