村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

タグ:日韓関係

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韓国政府は8月22日、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄すると発表しましたが、これはそれほど大騒ぎすることでしょうか。
GSOMIAが締結されたのは2016年ですから、それ以前に戻るだけのことです。
それに、軍事はアメリカ主導ですから、日米、米韓の連携があれば、日韓の連携は大して重要ではありません。


近ごろのニュース番組とワイドショーは、あおり運転ネタと韓国ネタばっかりで、うんざりします。
どちらも小さい問題だからです。

あおり運転で逮捕された宮崎文夫容疑者の事件などは、ドライブレコーダーの映像がなければ、あおり運転をして人を数発殴っただけの事件ですから、普通は新聞記事にもなりません。
小さな事件に目を奪われていると、その分、大きな事件を見逃している理屈ですから、危ういことです。

韓国ネタも小さなことばかりです。
慰安婦像など世界のどこに何体設置されようと、日本としては「好きにしてくれ」と言うしかないことです。
自衛隊の哨戒機が韓国の駆逐艦からレーダー照射を受けたか否かという問題も、現場で行き違いか勘違いがあっただけのことです。
ただ、徴用工問題だけはどうでもいいとは言えません。カネの問題だからです。


徴用工問題で日韓の主張を整理すると、こういうことです。
日本側の主張は、1965年の日韓基本条約と日韓請求権協定で日本政府は韓国政府に3億ドルを無償供与し、2億ドルを長期低利貸付したので、徴用工への補償はその金から支払われるべきであり、損害賠償請求問題は「完全かつ最終的に解決された」というものです。
韓国側の主張は、個人の損害賠償請求権は存在するので、個人が日本企業を訴えることは可能で、日本企業は裁判所の決定に従うべきだというものです。

個人の損害賠償請求権が存在するということは、実は日本政府も認めています。
 たとえば、1991年8月27日の参院予算委員会では、当時の柳井俊二・外務省条約局長が日韓請求権協定をめぐり、“両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決した”(日韓請求権協定第二条)の「意味」について、以下のように答弁している。

「その意味するところでございますが、日韓両国間において存在しておりましたそれぞれの国民の請求権を含めて解決したということでございますけれども、これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます」
https://lite-ra.com/2017/08/post-3400_2.html

昨年11月14日には、河野外務大臣も、衆議院外務委員会において、個人賠償請求権が消滅していないことを認めました。
ですから、韓国内で個人が在韓日本企業を訴えてカネを取ることは可能だということです。現に韓国の裁判所はそれを認めて、日本企業に賠償金支払いを命じました。

ただ、そうすると日本側としては、日本政府が韓国政府に援助したカネはなんだったのかということになり、納得がいきません。
どちらが正しいかは、第三者的立場の専門家に結論を出してもらわねばなりません。

ともかく現在は、日本側は国家間の問題としては解決していると主張し、韓国側は個人と企業の問題としては解決していないと主張し、次元の違うところで主張がすれ違っているわけです。
いや、見方によっては、双方の考えは同じだとも言えます。
ただ、日本はカネを取られたくない、韓国はカネを取りたいということで、力点の置き方が違うわけです。

このやり取りを第三国から見ると、「カネを払え、払わん」というやり取りですから、まったくどうでもいいことですが、問題が大きくなってくると、注目されます。
そうすると、これはたぶん韓国有利になるでしょう。日本は殖民地支配を反省せず、カネを払いたくないために人道問題をごまかそうとしていると見えるはずです。
日韓請求権協定を盾にすることも、高利貸しが借金の証文を盾にするみたいなものです。
今は人道、人権の価値が高いので、昔の証文の価値が低くなっています。

今後、同じような訴えが韓国内で広がると、日本の損失が拡大するので、日本ははうまく立ち回らねばなりませんが、今のところやり方が下手すぎます。
たとえば、日本は韓国をホワイト国から外す決定をしましたが、これで韓国側が日本企業への損害賠償請求を取り下げてくれるなんていうことはあるはずがありません。かえってこじれて、今回のGSOMIA破棄にいたりました。

安倍首相は8月6日の記者会見で徴用工問題に言及しました。こういう機会に日本を有利にすることを言わねばなりませんが、なんと言ったでしょうか。

安倍首相、韓国は「約束守って」 リスト除外後、初言及
 安倍晋三首相は6日午前、広島市であった記者会見で、日韓関係について「日韓請求権協定をはじめ、国と国との関係の根本にかかわる約束を、きちんと守ってほしい」と述べた。政府が今月2日に、輸出手続きを簡略化できる「ホワイト国」(輸出優遇国)のリストから韓国を外す決定をしてから初めて日韓関係に言及した。
 安倍首相は会見で、「最大の問題は、国家間の約束を守るかどうかという信頼の問題だ」と指摘。元徴用工問題を念頭に「日韓請求権協定に違反する行為を一方的に行い、国交正常化の基盤となった国際条約を破っている」と述べ、韓国側を非難した。
 日本政府による「ホワイト国」リストの除外に対して韓国は反発。日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄する可能性に言及するなど、対立は激化している。
https://www.asahi.com/articles/ASM863HB2M86UTFK008.html

日本側の主張を一方的に述べているだけです。
ここは、韓国側の主張のおかしいところを指摘し、かつ人道上の問題としての認識も示さねばなりません。
たとえば「苦しい思いをされた元徴用工の方々に心からお見舞い申し上げます」といったことです。
安倍首相の得意のフレーズ「寄り添う」を使って、「元徴用工の方々に寄り添う」などもいいでしょう。
それから、安倍政権は村山談話を「全体として引き継ぐ」と言っているのですから、村山談話にある「植民地支配と侵略」「痛切な反省の意」「心からのお詫びの気持ち」といった言葉も駆使するとさらに効果的です。
「言うのはタダ」ですから、どんどん言えばいいのです。
そして、「日本政府は元徴用工の方々への補償も含めて韓国政府に5億ドルの援助をおこなったが、元徴用工の方々が韓国政府から十分な補償を受けていないのであれば、気の毒に思う」と言えば、韓国側の主張のおかしさも明白になります。
元徴用工の気持ちに「寄り添って」話せば、韓国の世論も軟化するはずです。


カネを払いたくない日本としてはそうするのがベストと思いますが、安倍首相にそれができないのは、韓国への差別意識があるからです。
年配の日本人はとりわけ韓国・北朝鮮への差別意識が強く、とくに安倍首相や菅官房長官にそれが顕著です。
差別意識で外交をしていては、国益を損なうのは当然です。

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「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止になったのは、テロ予告の脅迫などがあった以上やむをえないかと思いますが、今後同じようなことがある場合に備えて、理論武装をしておくにしくはありません。

芸術祭の事務所や愛知県庁に寄せられた抗議のメールや電話は、半数が慰安婦像に関するもので、4割が天皇の写真に関するものだったそうです。
慰安婦像については前回の「いまだに慰安婦像にこだわる愚」という記事で書いたので、今回は天皇写真について書きます。


「表現の不自由展」の内容は、次の記事が紹介していました。

「表現の不自由展」は、どんな内容だったのか? 昭和天皇モチーフ作品の前には人だかりも《現地詳細ルポ》


大浦信行氏の「遠近を抱えて」という作品があって、昭和天皇の写真がコラージュされています。これが富山県立近代美術館に展示されたとき、抗議によって公開中止となり、美術館は作品を売却、図録を全部焼却するという事件がありました。その後、大浦氏は映像作品の中で「遠近を抱えて」の図像を繰り返し用い、「表現の不自由展」のために制作された映像作品には「作品を燃やすシーンが戦争の記憶にまつわる物語のなかに挿入され」ているということで、それが今回問題になりました。

私はその映像作品を見ていないのでなんとも言えませんが、「表現の不自由展」に抗議した人もほとんどは見ていないはずです。「天皇の写真が燃やされる」という情報だけネットで見ているのです。小説でも映画でも自分が鑑賞せずに批判するというのは、してはいけないことです。

慰安婦像に抗議する人も、ニュース番組などで慰安婦像を見ているだけでしょう。一度本物を自分の目で見ることには価値があります。

ともかく、「天皇の写真が燃やされる」ということに抗議する人はどういう論理なのでしょう。
どこかの未開人は写真を撮られると魂を抜かれると信じているという話がありますが、同じ論理で写真には魂が宿っていると信じているのでしょうか。


帝国憲法では、「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」でしたし、ご真影も同様に神聖とされていました。ですから、「天皇の写真は神聖である」という理屈が成り立ちます。

しかし、日本国憲法では、天皇は「象徴」であり、「神聖」という言葉はありません。昭和天皇は人間宣言をして、現人神でなくなりました。
しかし、天皇家は神道の儀式を行い、世襲制という特別な地位もあります。
つまり現在の日本においては、天皇は神聖とは言えないが、神聖でないとも言えないというグレーゾーンの存在です。

天皇が神聖であるとも神聖でないとも言えないグレーゾーンの存在であることが、天皇制を巡る議論をむずかしくしています。

保守派は「天皇は神聖である」と言いたいのですが、はっきり言うと反発を招くので、言えません。
リベラルも「天皇はただの人間である」と言うと反発されるので、なかなか言えません。


そういう状況で「天皇の写真を燃やす」作品が問題になりました。
抗議する側は、「天皇の写真は神聖である」と考えています。しかし、そう口に出すと反発されるので、理由を言わずにひたすら「けしからん」と主張します。
ですから、「天皇の写真を燃やすのはなぜいけないのですか」と聞けばいいのです。そうすると彼らは答えに窮するはずです。
「天皇の写真を燃やすと傷つく人がいる」と言うかもしれませんが、作品を見るのは美術展に行く人だけですから、傷つく人はいません。


「天皇の写真は神聖である」という考え方は呪術的思考です。
「慰安婦像はけしからん」というのも呪術的思考です。
最近の日本の右翼は、天皇の写真、慰安婦像、徴用工像、旭日旗などの“呪物”にばかりこだわっています。

こうした呪術的思考を打ち破るのは合理主義精神です。
その具体的な手段のひとつは、「国益追求」を掲げることです。
本来「国益追求」というのは右翼の専売特許なのですが、今は逆です。

たとえば「れいわ新選組」の山本太郎代表は、最近の日韓関係について、「 日本から韓国への輸出総額は6兆円(2.8兆円の貿易黒字)ですよ。この6兆円がなくなってもいいと思うなら、好きなことを言ってください」「ホワイト国除外をすることによって、日韓の間柄における輸出入に大きな障害が出来たことは間違いない。『それによって得られるものは何なのか』と言ったら私はマイナスの部分しか見えない」と言って、安倍政権のやり方を批判しました。
https://lite-ra.com/2019/08/post-4893.html

相手が呪術的思考だとわかれば、おのずと対処の方法もわかってきます。

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