映画「バイス」(アダム・マッケイ監督)を観ました。
息子ブッシュ大統領のもとで副大統領を務めたディック・チェイニーを描いた映画です。
クリスチャン・ベイルがチェイニーの20代のころから70歳ぐらいまでを演じていますが、特殊メイクがすごくて、ほんとうにその年齢に見えます。
ブッシュ大統領を演じたサム・ロックウェルはブッシュ大統領にそっくりで、よくこんなそっくりな俳優を見つけてきたなあと思いましたが、これも特殊メイクを使っていたのでしょう。
今も存命の実在の人物を批判的に描いているので、訴えられないように徹底的に事実にこだわったのでしょう。それがおもしろいと同時に、物足りないところでもあります。
たとえば、20代のチェイニーは大学を中退して田舎で電気工をしていて、飲酒運転で警察に逮捕されます。のちに結婚する恋人リンに「私が見込んだのはこんな男じゃない。このままだと別れる」と泣かれ、そこから一念発起して大学に入り直し、政治の道に入ってどんどん頭角を現していきます。
そのときどのように心を入れ替えたのかを知りたいところですが、それは描かれません。わかったことだけが描かれているからでしょう。
映画というのはストーリーの流れが中心にあるものですが、この映画では事実がレンガのようにいっぱいあり、それがうまくつながっていません。ただ、ひとつひとつの事実がおもしろく、観客は自分なりに頭の中でそれをつないで観ていくことになります。
9.11テロのあと、イラク戦争へ突き進んでいくところが見どころです。ありもしない大量破壊兵器をあることにし、ありもしないイラクとアルカイダの関係をあることにします。なにも考えていないブッシュをチェイニーがあやつります。パウエル国務長官は国連でイラクは大量破壊兵器を持っていると不本意な演説をします。イラク戦争でチェイニーが大株主である石油会社ハリバートンは大儲けします。それらのことは当時の報道からもだいたいわかっていましたが、はっきり示されるとやはり衝撃的です。
妻のリンはすごく優秀な女性ですが、当時のアメリカでは女性が社会的に活躍する道はほとんどないので、チェイニーを成功させることで自分も成功を手にしようとします。
チェイニーの娘は同性愛であることをカミングアウトします。これはチェイニーの保守主義と相容れませんが、チェイニーは受け入れます。
こうしたことをチェイニーがどう思っていたのか、よくわかりません。しかし、保守主義の矛盾が浮き彫りになります。
マイケル・ムーア監督の映画のように笑えるシーンがいくつもあり、コメディ映画だともいえます。しかし、映画館では笑い声は起きませんでした。アメリカの愚行は世界にとって深刻なことですから、笑う気になれません。
マイケル・ムーア監督の映画はドキュメンタリーですが、この映画はそれをドラマ仕立てにしたともいえます。
チェイニーは何度も心臓発作を起こし、心臓移植手術を受けます。検索してみると、手術は71歳のときでした。71歳の老人が心臓移植手術を受けるには、かなりの金と権力を使ったのでしょう。
この映画を観ると、アメリカの政治がいかに金と権力によって動いているかがわかります。
日本の政治も基本的に同じでしょうが、レベルが違います。
小泉首相はイラク戦争のとき、自衛隊をサマワに派遣しました。国連とは関係なく、占領軍の一員として行ったので、まさに他国の領土を軍靴で踏みにじったわけです。
イラクに大量破壊兵器がなかったことで、自衛隊のサマワ派遣は日本の歴史の汚点になりました。
しかし、大方の日本人は、「アメリカが間違ったのだから、日本の責任ではない」という感覚でしょう。独立国としての意識に欠けています。これではアメリカに対抗できませんし、辺野古移設問題が解決できないのもわかります。
アダム・マッケイ監督が脚本も書いています。よく事実を調べた上で物語にしたなあと感心します。俳優の演技も素晴らしく、きわめて完成度の高い映画です。
トランプ大統領のようなおかしな大統領が出現したのも、この映画を観ると納得できます。