ツイッター「木村花HanaKimura」より
テレビのリアリティショー「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラー木村花(22歳)さんが、SNS上で誹謗中傷され自殺した事件を受けて、SNSでの誹謗中傷を規制しようという動きが加速しています。
一方で、「テラスハウス」が木村さんを悪役に見せる過剰な演出をしたから誹謗中傷が生じたので、悪いのはテレビの演出だという意見もあります。
悪いのはどちらか――という問題の立て方が間違っています。
悪いのは両方です。
自殺の理由はひとつではなく、複合的であるからです。
私は「テラスハウス」がフジテレビで放送が始まったころ、一度見たことがあります。
シェアハウスの中に定点カメラが何か所か設置されていて、ハウス内のリアルな人間模様を描く番組だと思っていたら、2人が会話するシーンは、それぞれの顔がアップで映っていて、つまりドラマのようにカメラマンが映しているわけで、これではリアルな人間の姿が描けるわけがないと思って、それ以降はまったく見なくなりました。
しかし、演出だとは思わず、リアルな姿だと思って見ていた人もいるでしょう。
木村花さんは死の直前にツイッターに「毎日100件近く率直な意見。傷付いたのは否定できなかったから。死ね、気持ち悪い、消えろ、今までずっと私が1番私に思ってました。お母さん産んでくれてありがとう。愛されたかった人生でした」という遺書のような言葉を投稿していました。
私はこの中の「愛されたかった人生でした」という言葉が気になりました。
花さんの人生はどんなものだったのでしょう。
ウィキペディアの「木村花」の項目によると、木村花さんの母親は木村響子といって、やはり女子プロレスラーです(父親はインドネシア人で、どうやら離婚したようです)。
つまり母親と同じ道を歩むことになったのです。
これはリスク管理の上からは好ましくありません。
普通は、会社でいやなことがあっても、家に帰るといやされるということがあります。
逆に、家庭が不幸であっても、会社の人間関係に救われるということもあります。
ところが、親が仕事上の上司や師匠であるとなると、だめになるときは家庭も仕事もいっしょにだめになります。
木村花さんは、幼いころはダンサーを目指していたようですが、それは諦めて、高校を中退して女子プロレスの道に入りました。
ほんとうに自分の意志で入ったか気になります。
それに、高校を中退しているので、女子プロレスをやめてほかの道に行くのが困難です。
木村花さんが「テラスハウス」に出演できたのも、あくまで女子プロレスラーであるからです。
昔の武士は領地に生活のすべてがかかっていたので、それを「一所懸命」といいますが、木村花さんは女子プロレスラーという職業に「一所懸命」でした。
SNSで「女子プロレスラーとしての自分」を否定されると、すべてが否定されることになります。
「自殺」ではなく「過労死」の問題ですが、電通勤務の高橋まつりさんは上司のパワハラを受けて過労死しました。まつりさんは貧しい母子家庭で育ち、東大から電通に入り、母親のためにも電通を辞めるという選択肢がなく、「一所懸命」であったために起きた悲劇です。
最初のほうで、「自殺の理由は複合的である」と述べましたが、「自殺の理由は総合的である」と言ったほうがより正確です。
人間が自殺するか否かを判断するときは、すべてのことを総合して判断します。
SNSで誹謗中傷され、人格を否定されても、一方で家族や友人などのささえが十分にあれば、自殺にはいたりません。
また、現在はひどく不幸であっても、過去がずっと幸福であれば、いずれまた幸福な時がやってくるだろうと思って、現在の不幸に耐えることができます。
木村花さんの場合、家族や友人、過去の人生などのささえる力が十分ではなかったと考えられます。
中でも重要なのが母親の木村響子さんです。
木村響子さんは木村花さんの葬儀が終わった直後にこのようにツイートしました。
木村響子@kimurarock皆さんに お願いがありますどうか 花のことでご自分を責めないでください他の誰かを 責めないでくださいなにかを 恨まないでくださいヘイトのスパイラルを止めてくださいもうこれ以上こんなことが起こらないように花が望んだやさしい世界に少しでも近づけるように
「どうか花のことでご自分を責めないでください」というのは、SNSで木村花さんを誹謗中傷した人たちに向けたものでしょう。
これはヘイトのスパイラルを止めるための、教科書に載せたいような完璧なメッセージです。しかし、娘を亡くした母親のものとは思えません。
木村響子さんは、花さんが亡くなった翌日の24日にはこうツイートしています。
木村響子@kimurarock木村花 を応援してくれたかた仲良くしてくれたかた愛してくれたかた守ってあげれなくて ごめんなさい辛い想いをさせて ごめんなさいあなたが辛いと 花も辛いからどうか楽しく元気な花を心に置いてあげてください花が伝えたかったことをカタチにするためにもっと 強くなります
これは花さんのファンへのメッセージです。
娘を亡くした翌日に、ファンに配慮したメッセージを出すのは、社会的には称賛される行為です。
こういうことに文句をつけるのは、もしかすると私ぐらいのものかもしれません。
普通の母親なら娘を亡くして取り乱すところですが、木村響子さんは「社会的に完璧な母親」の姿を見せました。
そうした姿をずっと見ていた木村花さんは、母親の愛情を感じることができませんでした。
響子さんは花さんに向き合って、愛情を示すことが少なかったのではないでしょうか。
そうして花さんは「愛されたかった人生でした」との言葉を残して自殺したのです。
「社会的に完璧な母親」だから「家庭的にだめな母親」だとは限りませんが、少なくとも花さんは愛情を感じることが少なくて、誹謗中傷に負けない強さを身につけることができなかったのです。
SNSで匿名で誹謗中傷することを規制する議論が進んでいます。
「発言を規制する」というと問題がありますが、「発言に責任を持たせる」ということで、匿名の発信者を特定しやすくするのはいいことだと思います。
ただ、自殺予防という観点からは、それはあまり効果がないのではないかと思います。
リアルの世界でも誹謗中傷はあります。
問題は、そうしたことに耐える力を養うことです。
22歳という若い人の自殺の場合、家族のささえが重要だという当たり前のことを指摘しました。