菅長官
首相官邸HPより

菅義偉官房長官が総裁選出馬表明をしたのは、自民党内の派閥のほとんどが菅長官支持で固まったあとでした。
すべてが水面下で決まる、いかにも自民党らしい展開です。

菅長官は出馬表明の記者会見で「安倍路線の継承」を言明しました。
ということは、首相の顔が変わるだけで、なにも変わらないのでしょうか。
いや、そんなことはありません。この8年間で「安倍路線」そのものが変化しているからです。


安倍路線を簡単にまとめると、経済はアベノミクス、外交は対米従属、内政は保守イデオロギーです。
この中でいちばん大きく変化したのは内政の保守イデオロギーの部分です。

安倍首相は表向き憲法改正を最大の目標にしていましたが、ついに果たせませんでした。長期安定政権においてもできなかったのですから、改憲は不可能という決論が出たと見ていいでしょう。

靖国参拝も重要な目標で、安倍首相は第一次安倍政権のときに靖国参拝ができなかったことを「痛恨の極み」として、第二次政権では靖国参拝を公約として掲げていました。そして、2013年12月26日に電撃的に参拝しましたが、内外から大きな反発が起きて、それ以降は一度も参拝していません。

慰安婦問題についても、安倍首相は「強制連行はなかった」と主張して韓国への謝罪を拒否していましたが、2015年の日韓合意で「おわびと反省の気持ち」を表明しました。

安倍首相が肩入れした森友学園は、子どもが教育勅語を暗唱し、軍服のような制服を着て整列行進するという軍国時代のような小学校をつくるはずでしたが、スキャンダルとともに幼稚園での軍国的教育が明るみに出て、国民の反発を買い、軍国教育の復活もとうてい不可能になりました。

つまり日本会議に代表される保守派が目標としてきたことは、ことごとく失敗に終わったのです。
もちろん国民の支持がないからでもあります。
安倍政権を評価する国民も、もっぱらアベノミクスと対米従属の部分を評価しています。

つまり保守イデオロギーは「安倍とともに去りぬ」です。


ですから、菅政権が受け継ぐのは、アベノミクスと対米従属だけということになります。
菅氏自身も、ウィキペディアを見ると日本会議国会議員懇談会や神道政治連盟国会議員懇談会などに参加していますが、保守イデオロギーを表に出すような発言は聞いたことがありません(韓国に対してはやたらきびしいことを言いますが)。

出馬表明の記者会見でも、菅氏がとくに強調したのは、洪水対策のためのダムの水量調節のことと、携帯料金の値下げのことでした。
自分の過去の業績として挙げたのも、ふるさと納税の成立、外国人観光客の誘致、農産品の輸出促進です(本人は言いませんでしたが「Go Toトラベル」前倒しもあります)。
つまり菅氏に関心があるのは内政であり、とくに地方のことです。
安倍首相の「美しい国」や「新しい国」のような国家ビジョンはありません。

劣化コピーという言葉がありますが、菅政権は安倍政権から保守イデオロギー色を抜いた“脱色コピー”です。


そうすると、これは国民の望む政権のようですが、そうはなりません。
安倍政権の大罪に「権力の私物化」がありますが、菅官房長官はその部分を中心になって担ってきたからです。
たとえば安倍首相は自分の保守イデオロギーから森友学園に不正に肩入れし、不正が明るみに出ると主に菅長官が隠ぺい工作をするという役割分担になっていました。
菅長官はまた、テレビ局に圧力をかけるのも平気ですし、記者会見のときに気に入らない記者を選別したりもします。

権力は、暴走しないように法令に従って行使するものと定められていますが、菅氏は法令の枠いっぱいに使ったり、恣意的に解釈したりして、権力を乱用したり私物化したりします。
このように超法規的にふるまう権力者は、いかにも権力者らしい権力者としてかえって国民の人気を博します。
世界の権力者の大勢はそうなっています。トランプ大統領、プーチン大統領、習近平主席、イギリスのジョンソン首相、ブラジルのボルソナロ大統領などがそうです。

安倍首相もその一人といえます。政策が評価されたというより、国会でヤジを飛ばすようなわがままなふるまいが支持されたのでしょう。

日本維新の会の松井一郎大阪市長、吉村洋文大阪府知事、橋下徹氏らを見ていると、なにか思想や目標があるわけではなく、権力者としてふるまうことが最大の目的であるように思えますし、そうした姿勢をけっこう支持する人たちがいます。


超法規的なふるまいをする権力者、わがままな権力者が国民に支持されるという現実を、今の知識人は受け止められないでしょう。

DV男が妻や子どもを支配している家庭で育った人間は、わがままにふるまう権力者を見ると父親のような親しみを感じます。
少し前までアンケート調査で体罰に反対より賛成のほうが多かったことを見てもわかるように、日本でもたいていの家庭で暴力はありますし、暴力とまではいかなくても、親は子どもに対してわがままにふるまっているので、権力者がわがままにふるまうことへの支持は広く存在します。
トランプ大統領は典型的なDV男のイメージなので、熱狂的に支持する人が多くいます。


左右対立というイデオロギーは無意味になって、今では権力への態度で政治的立場が分かれます。
DV男や強権的な権力者に依存するか、対等で民主的な関係を求めるかという違いが政治的対立の主軸になるのです。


今後、菅政権が発足すると、菅首相の強権的なふるまいゆえに支持する国民が出てくるでしょう。
政権批判と同時に、そういう国民も批判しなければいけません。