村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

タグ:毒親

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菅義偉首相は「人間・菅義偉を育ててくれたのは、ふるさと秋田だと思っています」と言い、「ふるさと秋田」を繰り返し強調しています。
しかし、菅首相は高卒後秋田を離れ、横浜市議会議員になり、衆院選には神奈川二区から出馬し、現在までそこを地盤としています。
「ふるさと秋田」とは縁が切れてしまったようです。

ふるさとがだいじなら、ふるさとの家族もだいじなはずですが、菅首相は自分の家族のことをほとんど語りません。
これも不可解なことです。

菅首相は自分の生い立ちについて、秋田の貧しい農家の生まれだの、集団就職で上京しただのと言っていますが、実際のところ、生家はけっこう裕福な農家であったようですし、集団就職もあやしそうです。自分の苦労を“盛ってる”のではないかと疑われています。
集団就職か否かは大した問題ではありませんが、家族関係は重要です。人間形成に直結するからです。

そうしたところ、週刊朝日が菅首相の生い立ちについての記事を書いて、それが東京新聞のコラムに一部が紹介されました。

菅首相の生い立ち

このコラムから一部を引用します。
その生い立ちについて詳しく書いたのは「週刊朝日」9月25日号「菅首相の知られざる過去」。菅氏の亡き父親への十一年前のインタビューの再現だ。ずけずけと物を言う父親だったようで、息子の状況の経緯をこう話す。
「アレは全然勉強しなかったの。『バカか』と言ったの。北海道大を受けて弁護士か政治家になりたがっていたけれど、全然勉強しないから入れるわけないの」
この父親も死後、自分の発言がこんなふうに紹介されるとは思わなかったろう。菅氏の旧友たちは、大学受験に失敗した彼が、この父親から「お前はもう駄目だ」「農家を継げ」などと言われたことが、上京のきっかけだったのではと証言している。
この話を菅氏本人にぶつけると、こう語ったという。「東京に出ればいいことがあるかなと思って出てきたが、思い出したくない青春」。

父親が語った「全然勉強しなかった」「バカか」という言葉を使って菅首相批判をする人がいるようですが、これは夫婦喧嘩の一方の言い分を信じるのと同じで、間違っています。

父親の言葉を真に受けて「何が叩き上げの苦労人だ?怠け者の道楽息子やないか」とツイートした人に対して、人気ブロガーの斗比主閲子氏もこう反論しています。
私が記事を読んだ感想は、このTweetを書いている人とは正反対です。

というのも、父親が息子を「アレ」とか「バカ」とか呼んだ上に、大学受験に失敗したことで「お前はもう駄目だ」「農家を継げ」などと言っていたとしたら、時代もあるのは理解しつつも、この父親は相当毒親っぽい印象を受けるからです。
斗比主氏は「毒親っぽい印象」と遠慮した表現にしていますが、私は「毒親」と断定してしまいます。

菅首相が毒親から離れて都会に出てきたのは当然です。
そして、総理大臣にまで上り詰めたのですから、大したものです。

ここで日本国民はこういう事実に直面するわけです。

総理大臣の父親は毒親だった。

そんな個人的なことはどうでもいいと言う人がいるかもしれませんが、毒親は連鎖するので無視できません。
もちろん「自分の親は毒親だった」という認識を持てば、連鎖から逃れられます。

ですから問題は、菅首相は父親をどう思っているかということです。


菅首相は自分の家族についてほとんど語っていないのですが、「東洋経済ONLINE」の『第99代首相「菅義偉」を読み解く本人の言葉18選』という記事に、こんなことが書かれていました。

⑥ 「父親はどんな人」という質問に(14年2月取材)
 菅:戦前に南満洲鉄道に勤め、戦争に負けて帰ってきてからは、ボーッとしていたみたいです。いろいろなことをやろうとして、イチゴの栽培で米作りよりも収入を多くした。人はよかったが、だめなところも見てきた。親父より私のほうがはるかに緻密だと思う。

父親はイチゴ農家として成功し、いちご生産出荷組合の組合長や町会議員も務め、死後は旭日単光章を受章したということです。
ですから、菅首相としては「父親は社会人としては立派だったが、父親としてはだめだった」と言うところです。
ところが、逆に「人はよかった」と言っています。
「だめなところも見てきた」とも言っていますが、なにがだめかというと、自分の緻密さと比較しているので、ルーズとかいい加減とかだらしないとかいうことでしょう。
毒親という認識はないようです。


それから気になるのは、母親はどんな人だったかということです。
平均的な日本人は「父親は頑固なわからず屋だったが、お袋はやさしかった」という認識で、お袋への思いとふるさとへの思いが重なるものですが、私の知る範囲では菅首相は母親のことをなにも語っていません。
ウィキペディアにも母親は元教師と書かれているだけです。
菅首相にはお姉さんも二人いるのですが、お姉さんについてもなにも語っていないようです。

菅首相は家族への思いがなにもないのではないでしょうか。
そのため「ふるさと秋田」とは言っても、具体的なものがなにもなく、ふるさとへの思いが感じられないのです。

菅首相は国家観がほとんどない変わった政治家です。
父親を心の中で拒否しているので、そのため国家観がないのではないでしょうか(父親と国家は権力という点で似た存在です)。


菅首相が毒親を毒親と認識していないとすれば、それは自民党の価値観とも関わってきます。

最高裁は1973年に尊属殺人を特別に重罪にする規定を違憲だと判決しましたが、自民党が多数を占める国会は尊属殺規定を廃止または改変する義務があるのを無視して放置し続け、1995年の刑法大改正の際にやっと廃止されました。
「親が上、子は下」とするのが自民党の価値観です。その価値観に基づいて道徳教育が推進されてきました。

もし菅首相が自分の父親を否定するようなことを言ったら、自民党の価値観に反するので、菅首相が非難されます。そのため菅首相はそういう認識を持つことを自分に禁じているかもしれません。

毒親を毒親と認識するか否かは政治的な問題でもあります。


毒親を毒親と認識しないと、自分に毒が回ってしまいます。
菅首相の政治には、規制改革やタテ割り打破など攻撃的なものはありますが、人に対するやさしさや温かさが感じられないと思うのですが、どうでしょうか。

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農水省元事務次官の熊沢英昭被告(76歳)が長男英一郎さん(当時44歳)を殺害した事件で、判決が下されました。
そもそも懲役8年という求刑が甘かったのですが、判決が懲役6年とさらに甘くなりました。
どうして甘くなったのでしょうか。

この事件で特別に悪質なのは、熊沢被告は川崎市20人殺傷事件を引き合いに出して、長男が同じような事件を起こすのを防ぐために殺したと、いわば“予防殺人”の理屈を主張したことです。
こんな理屈で殺人が正当化されたら、いくらでも殺人事件が起こります。
弁護側はさすがに裁判ではこの理屈は持ち出さずに、被告は長男に殺されるという恐怖を覚えて身を守るために殺したと主張しました。
問題は検察側です。本来なら「身勝手な理屈で犯行を正当化しようとした」ときびしく糾弾するところですが、報道を見る限り、そうした主張はしていないようです。

この事件に対する検察側の甘さは際立っています。
「長男殺害の元農水事務次官・熊沢英昭被告に懲役6年の実刑判決…検察側が見せた珍しい対応とは?」という記事にはこう書かれています。

松木麻記者:熊沢被告は、入廷後から判決理由が読み終わるまで、証言台の前に姿勢よく座って話を聞いていました。熊沢被告はいつも、閉廷の際には丁寧に裁判所と弁護側、そして検察側に一礼をして退廷していくんですが、16日もそのように丁寧にお辞儀をして退廷しました。その際に検察官1人から「体に気をつけてください」と声をかけられて小さくうなずくという珍しい場面が見られました。
 
安藤優子:松木さん、このように声をかけるのは異例のことなのでしょうか。

松木麻記者:そうですね、私がこれまで見てきた刑事裁判の中で、そのような場面は一度もありませんでした。それだけ検察側としても、ただ単に求刑通りの刑を得ればいいという問題ではなく、複雑な心境があったのかなと推測しています。
検察官は司法試験に受かったエリート役人なので、高級官僚の熊沢被告と仲間意識があるのでしょう。


裁判員の判断も甘くなりました。
裁判員裁判は裁判官が判断するよりもきびしい判決になりがちですが、今回は逆です。
その理由は、一般の人たちにある差別意識でしょう。
ここには三つの差別意識が関わっています。

ひとつは、社会的地位に対する差別です。
一方は元事務次官という最上級の“上級国民”で、もう一方は無職の引きこもりです。「人の命」についての裁判なのに、そうした肩書や社会的地位に影響されたのではないかと考えられます。

ふたつ目は、この事件は親が子を殺したという、昔の表現で言えば「卑属殺人」であることです。「子どもは親の所有物」という価値観がいまだに残っている可能性があります。

三つ目は、被害者はアスペルガー症候群とされ、ほかに統合失調症と診断されたこともあり、発達障害や精神病に対する差別意識が裁判員にあったのではないかということです。

検察官や裁判官は元事務次官の熊沢被告に仲間意識を持って甘くなりがちですが、裁判員の差別意識がそれに輪をかけたかもしれません。


2014年に殺人事件なのに執行猶予つきの判決が出るという珍しいケースがあり、このブログで「珍しい温情判決は実は差別判決だった」として取り上げたことがあります。
このケースも、父親が息子を殺した「卑属殺人」で、父親は監査法人に勤める会社員、息子はフリーターと社会的地位に差があり、息子は「精神の障害」という診断を受けていて、やはり三つの差別が重なっていました。


私は前回の「熊沢英昭被告はいかにして長男の自立の芽をつんだか」という記事で、長男が引きこもりになったのは熊沢被告の過保護・過干渉が原因ではないかということを書きました。
それだけではなく、熊沢被告の妻にも問題があったでしょう。

16日放送のフジテレビ系「 直撃LIVE グッディ! 」によると、近隣住民の話では、事件のおよそ2週間後、家の郵便受けに熊沢被告の妻が書いたとみられる直筆の手紙が入れられ、「このたびはたいへんご迷惑をおかけし、おさわがせを致しまして、誠に申し訳ございませんでした。心よりおわびを申し上げます」などと書かれていたそうです。
そして、その手紙には一万円札が同封されていたそうです。
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その感覚は普通ではありません。なんでもお金で片が付くと思っているのでしょうか。
妻の実家は、親族の多くが医者である金持ちの家であるようです。
長男の家庭内暴力は中学2年生から大学1年生まで続き、もっぱら母親に向けられていました。
親の愛情を求める長男と、お金や学歴や世間体のことばかり考える両親という構図が見えてきます。

要するに熊沢被告とその妻は、長男にとっては“毒親”でした。
“毒親”に育てられたために長男は自立できず、引きこもりになりました。
今回の裁判の裁判員や裁判官は、“毒親”というものを理解しなかったようです。

そのため、結果的に「人の命」が軽視される残念な判決になりました。

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