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白血病で長期療養していた競泳の池江璃花子選手が東京五輪代表選手に内定し、“奇跡の復活”としてもてはやされています。

池江選手は2019年2月、白血病と診断され、造血幹細胞移植を受けるなどの闘病生活を送りました。
そして、2020年8月、東京都特別水泳大会に出場して選手活動を再開しましたが、体が細くなって、前よりかなり筋肉が落ちているのが見た目にもわかりました。
しかし、4月4日、日本選手権の女子100メートルバタフライで優勝し、400メートルメドレーリレーの東京五輪代表入りを決め、さらに8日には女子100メートル自由形でも優勝し、400メートルリレーでも代表入りを決めました。
“奇跡の復活”と言われたのは当然です。

とくに4日の池江選手の涙のインタビューに心を動かされた人が多かったようです。


そして、そうした感動を利用しようという人もいます。
池江選手の復活劇を東京五輪開催に結びつけて、「東京五輪を中止しろと言っている人は池江選手の前でも言えるのか」と主張しているのです。
こうして五輪開催反対の声を封じようというのです。

池江選手は、東京五輪が中止になったら、せっかく手に入れた五輪の切符が無意味になって、がっかりするでしょう。
しかし、五輪大会は誰か個人のために開催するものではありません。
「中止になるはずだったのを池江選手のために開催した」ということになると、池江選手にたいへんな責任がかかってきます。

どんな感染対策をしても、開催すれば開催しないよりも確実に新型コロナ感染者が増えます。そうすると、感染者が増えたのは池江選手のせいだとして批判する人も出てくるでしょう。
いずれにせよ、五輪開催という重大事を個人と結びつけてはいけません。


それから、池江選手の努力や精神力に感動したという人がいるのですが、こういう人にも困ったものです。
私は池江選手の復活をすごいと思いましたが、なにをすごいと思ったかというと「体の回復」です。

白血病は大病ですから、治ったといっても、体が百パーセントもとに戻ることはないか、戻ってもかなり時間がかかるのではないかと思っていました。
今はまだ百パーセントもとに戻ったかどうかわかりませんが、それに近いところまで戻ったわけで、そのことがなによりの驚きです。
これは医学のおかげで、それに加えて池江選手の身体能力がもともと高かったからです。

それから、衰えていた体をもとに戻すのに適切なトレーニングが行われたに違いなく、そのことにも感心しました。
もちろんそれは本人とコーチの力によるのですが、これも努力や精神力ではなく技術の問題です。

つまり池江選手の“奇跡の復活”は、本人の生まれ持った身体能力と医学と科学的トレーニングのおかけで、努力や精神力のおかげではありません。
ここは重要なところです。

身体の問題を精神で解決できるというのは「精神主義」です。
日本では軍国主義の時代に精神主義が広がり、いまだに残っています。

スポーツの世界では、優れた能力を持ったアスリートが病気や体の故障で無念の思いで競技の世界を去っていくということが山ほどあり、精神主義の無意味なことがわかります。


ところが、世の中には精神主義がはびこっているので、ものごとを身体の問題ではなく精神の問題ととらえがちです。
池江選手自身もインタビューで「努力は必ず報われるんだなと思いました」と語ったために、ややこしいことになりました(もちろん努力しても必ず報われるとは限りません)。

マスコミは、この復活劇を感動話にするために、よりいっそう池江選手の精神面に注目します。
そのため、白血病はどんな病気で、どのように治癒するのかとか、体力の回復のためにどんなトレーニングをしたのかといった価値のある情報がまったく伝わってきません。


精神主義と似ていますが、道徳の問題としてとらえる人もいます。
「東スポ」によると、5日朝のフジテレビ系ワイドショー「めざまし8」でコメンテーターの橋下徹氏は、この話をぜひ道徳の教科書に載せてほしいと主張したそうです。
 ショッキングな白血病告白から2年2か月、これほど早い五輪代表復帰と、直後の涙のインタビューは日本中、いや世界中を感動の渦に叩き込んだ。

 この大偉業にコメンテーターの橋下氏も興奮。「ぜひ道徳の教科書に、絶対に載せてほしい! このストーリーは子供たちに伝えたいし、家庭内の食事中にもこの話をしてほしい」と熱弁した。
https://news.yahoo.co.jp/articles/553ac35d88a1482693ee958ba63cee5b9e1d29a6

私の考えでは、もしこの話を教科書に載せるなら、道徳ではなく保健体育の教科書です。
白血病の知識と、リハビリテーションやトレーニングの方法を学ぶ材料になります。
道徳の教科書に載せたら、子どもたちは白血病は努力で克服できるのかと誤解しかねません。


自民党は道徳教育を強化しているので、ほんとうにそんな道徳の教科書ができるかもしれないなと思っていたら、現実はその先を行っていました。

朝日新聞が「福島で被災の雑種が災害救助犬に 挑戦11回、葛藤の末」という記事で、「じゃがいも」という犬が災害救助犬になったという話が小学校の教科書に載ったと書いています。
この記事の冒頭だけ引用します。

 福島第一原発事故で全村避難した福島県飯舘村の住民から引き取られ、災害救助犬になった雑種犬がいる。認定試験に何度落ちても挑戦し、11回目でようやく合格した。頑張るその姿は、小学校の道徳の教科書に採用された。救助犬としての期間は残りわずかだが、いつでも出動できるように訓練を重ねる。

試験に10回落ち、11回目で合格したことを記事は「頑張る」と表現していますが、犬がみずから試験を受けたわけではなく、犬の世話をしているNPO法人「日本動物介護センター」の人が受けさせたわけです。
この話から子どもに「諦めない心」を学ばせようというのはむりがあります。
そんなことより災害救助のノウハウを教えたほうがよほど有益です。


災害救助犬をつくるには、素質のある犬を選び、適切な訓練をしなければなりません。犬の「頑張り」は関係ありません。
池江選手の復活も、本人の身体能力と医学の力と適切なトレーニングがあってこそです。それがなければ、いくら池江選手ががんばってもどうにもなりません。

精神主義的な感動話ばかりの報道はいい加減にしてほしいものです。