村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

タグ:熊沢英一郎

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農水省元事務次官の熊沢英昭被告(76歳)が長男英一郎さん(当時44歳)を殺害した事件で、判決が下されました。
そもそも懲役8年という求刑が甘かったのですが、判決が懲役6年とさらに甘くなりました。
どうして甘くなったのでしょうか。

この事件で特別に悪質なのは、熊沢被告は川崎市20人殺傷事件を引き合いに出して、長男が同じような事件を起こすのを防ぐために殺したと、いわば“予防殺人”の理屈を主張したことです。
こんな理屈で殺人が正当化されたら、いくらでも殺人事件が起こります。
弁護側はさすがに裁判ではこの理屈は持ち出さずに、被告は長男に殺されるという恐怖を覚えて身を守るために殺したと主張しました。
問題は検察側です。本来なら「身勝手な理屈で犯行を正当化しようとした」ときびしく糾弾するところですが、報道を見る限り、そうした主張はしていないようです。

この事件に対する検察側の甘さは際立っています。
「長男殺害の元農水事務次官・熊沢英昭被告に懲役6年の実刑判決…検察側が見せた珍しい対応とは?」という記事にはこう書かれています。

松木麻記者:熊沢被告は、入廷後から判決理由が読み終わるまで、証言台の前に姿勢よく座って話を聞いていました。熊沢被告はいつも、閉廷の際には丁寧に裁判所と弁護側、そして検察側に一礼をして退廷していくんですが、16日もそのように丁寧にお辞儀をして退廷しました。その際に検察官1人から「体に気をつけてください」と声をかけられて小さくうなずくという珍しい場面が見られました。
 
安藤優子:松木さん、このように声をかけるのは異例のことなのでしょうか。

松木麻記者:そうですね、私がこれまで見てきた刑事裁判の中で、そのような場面は一度もありませんでした。それだけ検察側としても、ただ単に求刑通りの刑を得ればいいという問題ではなく、複雑な心境があったのかなと推測しています。
検察官は司法試験に受かったエリート役人なので、高級官僚の熊沢被告と仲間意識があるのでしょう。


裁判員の判断も甘くなりました。
裁判員裁判は裁判官が判断するよりもきびしい判決になりがちですが、今回は逆です。
その理由は、一般の人たちにある差別意識でしょう。
ここには三つの差別意識が関わっています。

ひとつは、社会的地位に対する差別です。
一方は元事務次官という最上級の“上級国民”で、もう一方は無職の引きこもりです。「人の命」についての裁判なのに、そうした肩書や社会的地位に影響されたのではないかと考えられます。

ふたつ目は、この事件は親が子を殺したという、昔の表現で言えば「卑属殺人」であることです。「子どもは親の所有物」という価値観がいまだに残っている可能性があります。

三つ目は、被害者はアスペルガー症候群とされ、ほかに統合失調症と診断されたこともあり、発達障害や精神病に対する差別意識が裁判員にあったのではないかということです。

検察官や裁判官は元事務次官の熊沢被告に仲間意識を持って甘くなりがちですが、裁判員の差別意識がそれに輪をかけたかもしれません。


2014年に殺人事件なのに執行猶予つきの判決が出るという珍しいケースがあり、このブログで「珍しい温情判決は実は差別判決だった」として取り上げたことがあります。
このケースも、父親が息子を殺した「卑属殺人」で、父親は監査法人に勤める会社員、息子はフリーターと社会的地位に差があり、息子は「精神の障害」という診断を受けていて、やはり三つの差別が重なっていました。


私は前回の「熊沢英昭被告はいかにして長男の自立の芽をつんだか」という記事で、長男が引きこもりになったのは熊沢被告の過保護・過干渉が原因ではないかということを書きました。
それだけではなく、熊沢被告の妻にも問題があったでしょう。

16日放送のフジテレビ系「 直撃LIVE グッディ! 」によると、近隣住民の話では、事件のおよそ2週間後、家の郵便受けに熊沢被告の妻が書いたとみられる直筆の手紙が入れられ、「このたびはたいへんご迷惑をおかけし、おさわがせを致しまして、誠に申し訳ございませんでした。心よりおわびを申し上げます」などと書かれていたそうです。
そして、その手紙には一万円札が同封されていたそうです。
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その感覚は普通ではありません。なんでもお金で片が付くと思っているのでしょうか。
妻の実家は、親族の多くが医者である金持ちの家であるようです。
長男の家庭内暴力は中学2年生から大学1年生まで続き、もっぱら母親に向けられていました。
親の愛情を求める長男と、お金や学歴や世間体のことばかり考える両親という構図が見えてきます。

要するに熊沢被告とその妻は、長男にとっては“毒親”でした。
“毒親”に育てられたために長男は自立できず、引きこもりになりました。
今回の裁判の裁判員や裁判官は、“毒親”というものを理解しなかったようです。

そのため、結果的に「人の命」が軽視される残念な判決になりました。

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6月に逮捕されたときの熊沢英昭被告


12月11日から13日にかけて農水省元事務次官の熊沢英昭被告が長男英一郎を殺した事件の公判が行われ、事件の内容がかなり明らかになりました。

この事件は、犯人が元事務次官という“上級国民”であったことと、ちょうど川崎市20人殺傷事件の直後で、熊沢被告が「長男が川崎のような事件を起こしてはいけないと思った」と自身の犯行を正当化したことと、長男が引きこもりや家庭内暴力や発達障害などであったことから、犯人に同情する声が多くありました。橋下徹氏などは「僕が熊沢氏と同じ立場だったら同じ選択をしたかもしれない」とまで言いました。

しかし、子どもが悪かったとしても、そのように育てたのは親です。
このケースでは、両親はどのように長男を育てたのでしょうか。
フジテレビ系「 直撃LIVE グッディ! 」で報じられたことから、親子関係の問題点を見ていきたいと思います。


公判によって、いくつかの新事実が明らかになりました。
長男の家庭内暴力というのは中学2年生から大学1年生までで、しかもそれはすべて母親に向けられたものでした。
事件の1週間前に長男は実家に戻って両親と同居を始めますが、そのときに初めて父親に暴力をふるいました。父親は殺されるという恐怖を感じて、それが犯行につながったようです。

熊沢被告の妻は義理の弟の心療内科に相談し、長男は統合失調症と診断され、数十年にわたって投薬治療をしていたということです。
長男が統合失調症だったということは初めて明らかになりました。

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長男には妹がいて、自殺していました。母親は「兄の関係で、縁談があっても全部消えた。それで絶望して自殺しました」と自殺の理由を語りました。
兄が統合失調症だということが破談の原因だということでしょう。精神病に対する世の中の偏見は根強いので、ありえないことではありません。
ただ、縁談を断られて自殺したというのは、あくまで母親の言い分です。それだけのことで自殺するとは思えません。家族関係により大きな原因があったと見るのが普通でしょう。
母親もうつ病になり、自殺未遂をしたということです。

長男が統合失調症だったということには疑問が残ります。
長男は4年前にアスペルガー症候群だと診断されたということです。
統合失調症という診断がついているのに、その上にアスペルガー症候群の診断をするというのは不可解です。

アスペルガー症候群の診断をした主治医は、日本テレビ系(NNN)の記事によると法廷で次のように証言していますが、統合失調症についてはまったく触れていません。
12日は証人尋問が行われ、殺害された長男・英一郎さんの主治医が出廷した。弁護側の質問に対して、主治医は、英一郎さんを自閉症の一種であるアスペルガー症候群と診断していたと証言し、「英一郎さんは思い通りにならないとパニックを起こし、暴力をふるう症状があった」と述べた。

また、「英一郎さんがなかなか通院しなかったので、お父さんが代わり通院して薬を取りに来ていた。お父さんからの情報で英一郎さんの状況を判断していた」と証言。

さらに「経済的支援を行い、通院も1回も欠かさなかった。ツイッターを通して英一郎さんの情報を知り、知らせてくれていた。ほかの家族と比べても大変よく面倒をみていて、大変敬意を持って支援のあり方を見守っていた」と述べ、熊沢被告の支援には頭が下がる思いだったと証言した。
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20191212-00000262-nnn-soci


弁護側は、「熊沢被告は長年にわたって息子の生活を支え、献身的に尽くしてきていて、事件の経緯や動機には同情の余地が大きい」として、執行猶予つきの判決を求めました。

弁護側は「献身」と言い、主治医は「支援」と言いますが、その実態は「過保護・過干渉」です。
「 直撃LIVE グッディ! 」は、そこをわりと詳しく伝えています。

ツイッターのDMでも過干渉ぶりが出ています。

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4年前に長男が「アスペルガー症候群」と診断されたときにも、都内に持ち家を与えたということです。
熊沢被告は「基本的に月に2回は行っていた。月1回は薬を届けに、1回は食べ物で使ったものの領収書を取っておけ、その分食費は渡すからと食費を渡していた。一緒にファミレスで食事をするなどしてコミュニケーションを図りました」と語りました。
普通は「生活費」としてまとめて渡すもので、いちいち食費の領収書を求めるのは、長男の生活能力を信じていないことになります。
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このような細かい“生活指導”が長男の自立を妨げていたと考えられます。

長男はマンガ・アニメが好きで、最初に入った大学を休学してアニメの専門学校に行きますが、就職に失敗、その後、複数の大学に編入し、大学院にも行き、熊沢被告はその都度援助していたということです。

熊沢被告はまた、「息子に生きがいを持ってほしいと思いました。コミックマーケットに出品したらどうかと勧めました。私は売り子として手伝いをしました。朝から晩までスペースに座って小雑誌を売りました」と語りました。

コミケ参加者に父親が同伴して手伝っているという話は聞いたことがありません。
オタクというのは特殊な趣味を共有する閉鎖的なサークルをつくるもので、その世界にまで父親が介入してきたら、長男は自分の世界が持てなかったのではないでしょうか。

そして、最大の問題は、長男が就職したときの熊沢被告の態度だったのではないかと思います。
FNNプライムの裁判の記事にはこう書かれています。

熊沢被告は、英一郎さんが大学を中退すると就職先探しに奔走したという。

熊沢英昭被告:時期が就職氷河期で。本人はアニメ系がいいといくつか受けましたが、ダメでした。

最終的に義理の兄が勤める病院に就職させたというが…

熊沢英昭被告:残念ながら勤務状況が悪いと感じました。ブログで上司の悪口を書いていました。迷惑をかけると心を痛めていました。お礼を言って引き取りますと言わざるを得なかったんです。

しかし、英一郎さんは退職に納得がいかず、ある行動に出たという。

熊沢英昭被告:医師から連絡がありました。「英一郎さんが『明日、社会的事件を起こす。上司を包丁で刺す』と言っている」と。おさめなきゃと思ってアパートまで駆けつけました。時間をかけて説得しました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191212-00010009-fnnprimev-soci
就職先をクビになったのではなく、父親に辞めさせられていたのです。
長男としては、クビになっていれば、なにが悪かったのかと反省し、次につなげることもできたでしょう。
世の中には子どもの就職の世話をする親はよくいますが、子どもの辞職の判断までする親はいません。
このときに長男は、自分は働けない人間なのかと絶望したのでしょう。

5月25日、熊沢被告は一人暮らししていた長男を実家に迎え入れました。
最初の日は、被告の妻が「父と息子の関係は良好だった」と証言しました。
次の日、熊沢被告が外出しているとき、長男は泣き出して、「お父さんは東大出て、なんでも自由になっていいね。私の44年の人生は何だった」と言ったということです。
そして、その日、被告が長男に「ゴミもたまっているから掃除しなきゃ」と、それまで住んでいた家の掃除を提案すると、長男は激高して、被告に「殺すぞ」などと言って激しい暴力をふるったということです。
その1週間後、熊沢被告は長男を殺しました。

熊沢被告の過保護・過干渉が長男の自立の芽をつんだことがすべての元凶だと感じます。

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