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いじめ防止対策推進法が2013年に制定されたのは、「大津市中2いじめ自殺事件」がマスコミに大きく騒がれたのがきっかけです。
ひとつの事件が法律を変えた例としては、いわゆる酒鬼薔薇事件により少年法が改正されたこと、東名高速飲酒運転事故により危険運転致死傷罪が制定されたことなどがありますが、それらに匹敵するぐらい大きく騒がれた事件でした。

2011年10月、大津市でマンション屋上から中2男子生徒が飛び降り自殺しました。その直後に大津市教委がその中学の全校生徒を対象に行ったアンケートに、男子生徒が「自殺の練習」をさせられていたということなどが書かれていましたが、市教委はこのことを公表しませんでした。自殺した男子生徒の父親は、息子がいじめられていたという被害届を警察に3度出しましたが、いずれも受け取りを拒否されました。父親はいじめたとされる同級生3人とその保護者、大津市に対して損害賠償請求の訴訟を起こし、アンケート内容の公表を要求し、「自殺の練習」ということが明るみに出ました。
「自殺の練習」ということがひじょうにショッキングなので、マスコミは大きく取り上げました。

「自殺の練習」のようなキーワードがあるとマスコミは食いつきます。やはり「葬式ごっこ」というキーワードのあった1986年の中野富士見中学いじめ自殺事件も大きな騒ぎとなりました。

私もこのブログで取り上げようと思って、詳しく新聞記事を読んでみると、「自殺の練習」というのはアンケートに書かれているだけで、それ以外になんの裏付けもないことがわかりました。匿名のアンケートだけでは根拠にならないと思い、そのときは取り上げませんでした。

しかし、マスコミの報道が過熱すると、「自殺の練習」が確定した事実であるかのように報道されるようになりました。プロのジャーナリストとしてはあってはいけないことで、私はこの事件の報道全体を猜疑の目で見るようになりました。

さらに、学校でのいじめを、「加害者が悪、被害者が善」という図式で描くのも疑問でした。
学校のいじめというのは、学校制度の構造的な問題です。ですから、いじめられていた子が状況が変わると容易にいじめる側になります。どちらがいじめているかというのは大した問題ではありません。
狭い養鶏場に多数の鶏を飼うと、鶏はストレスから互いに体をつつき合って、羽根をむしられて裸になった鶏が出てきます。鶏に善も悪もないのと同じです。

さらに、私が疑問に思ったのは、自殺した男子中学生の父親の問題がまったく追及されないことです。
子どもがいじめられているとき、子どもを守るのは親の役割です。子どもが自殺したら、いじめた子も悪いですが、守れなかった親も悪いはずです。自殺した子どもにしてみれば、いじめた子よりもむしろ親のほうを恨んでいるかもしれません。


そうした疑問の目で事件を見ていると、真相が見えてきました。
自殺した男子中学生は父親から虐待されていたのです。
学校や市教委は自殺の原因を父親の虐待と認識していたために、いじめ問題を軽視しました。
警察も、同じ認識だったので、父親の被害届を受け取りませんでした。
ただ、当時は親による子どもの虐待が今のように認識されていなかったので、それが報道されることはほとんどありませんでした。

私はそうした観点から13本の記事を書き、それは「大津市イジメ事件」のカテゴリーに入っています。全部読むのがめんどうな人は「大津市イジメ事件の“真相”」だけ読めばいいでしょう。

私は、いじめた同級生やいじめを隠ぺいした学校や市教委を正当化したわけではありませんが、批判のコメントが殺到して炎上しました。しかし、自分の主張に自信があったので、炎上しても平気でした。事件の近くにいる人からの賛同や情報提供のコメントもありました(ブログを引越ししたため当時のコメントは消えています)。


当時はあまりにも世論が熱狂していたので、民事訴訟の判決もそれに引きずられ、いじめた同級生2人の側に約3750万円の支払いを命じるものでしたが、控訴審判決が2月27日にあり、それは冷静な判断でした。


大津いじめ自殺、二審も因果関係認める 賠償額は大幅減
大津市立中学2年の男子生徒(当時13)が2011年10月に自殺したのはいじめが原因だとして、男子生徒の両親が元同級生らに計約3850万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が27日、大阪高裁であった。佐村浩之裁判長は昨年2月の一審・大津地裁判決と同様に、いじめと自殺の因果関係を認めた。
 一方、男子生徒の家庭環境などを考慮し、賠償額は過失相殺が必要だと判断。元同級生2人に計約3750万円の支払いを命じた地裁判決を変更し、2人に計約400万円を支払うよう命じた。
(中略)
賠償額については、両親が別居していたことや男子生徒が無断外泊した際に父親が顔をたたくなどしていたことなどを踏まえ、両親側にも家庭環境が整えられずに男子生徒を精神的に支えられなかった過失があるとして、損害額から4割を減額。大津市からの和解金の額などを差し引いた計約400万円が相当とした。
(後略)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200227-00000039-asahi-soci

「過失相殺」という言葉が出てきます。学校で同級生がいじめた行為と、家庭で親が虐待した行為を相殺したということでしょう。妥当な判断だと思います(「過失」という言葉に違和感はありますが、民事訴訟なのでそうなります)。
過失相殺しないと、子どもを虐待して自殺させた親が多額の賠償金をせしめるということが出てきます。

一審判決は、世の中の熱気にあおられておかしな判決になりましたが、控訴審判決は、父親の虐待を認定して、私の主張を裏付けるものとなりました。


ただ、この判決をトンデモ判決と見なす向きもあります。
中川翔子さんもその一人です。

中川翔子「遺族に鞭打つような判決に絶望した」
タレントで歌手の中川翔子(34)が、2011年に大津市立中学2年の男子生徒が自殺したのはいじめが原因だとして、男子生徒の両親が元同級生らに損害賠償を求めた控訴審判決について、「遺族に鞭打つような判決に絶望した」とつづった。
大阪高裁で佐村浩之裁判長は、昨年2月の一審判決と同様に、いじめと自殺の因果関係を認めたが、賠償額については、両親側にも家庭環境を整えられずに男子生徒を精神的に支えられなかった過失があるとして、過失相殺が必要だと判断。元同級生2人に計約3750万円の支払いを命じた地裁判決を変更し、2人に計約400万円を支払うよう命じた。
中川は29日、ツイッターで判決に言及。「加害者を守り被害者を責める、こんな世の中なら希望を持てなくなる」「やられた方が悪い、被害者に過失がある、ということだと言ってるようなものだろうこんな判決なら、加害者がやったもん勝ちだというのか? いじめは、人を死に追いやる事のある犯罪。犯罪した者が守られて、死に追い詰めた側がこんなかたちで守られて。遺族に鞭打つような判決に絶望した」とつづった。
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202002290000263.html

この判決は決して加害者を守って被害者を責めているわけではなく、父親をもう一人の加害者と認定しただけです。
中川翔子さんはいじめ問題について積極的に発言している人ですが、もうちょっと広い視野でとらえてほしいと思います。


結局、「自殺の練習」は、刑事裁判でも民事裁判でも事実とは認定されませんでした。
当時の報道は半ば虚構の上で踊っていたのです。
しかし、その報道は、いじめに対するステレオタイプな認識を世の中に定着させました。
その認識というのは、「いじめは加害者が悪、被害者が善、学校と家庭のあり方は無関係」というものです。

いじめ防止対策推進法は、その認識の上に成立した法律です。いじめを子ども同士の加害と被害の関係としてとらえ、学校と家庭の問題を不問にしています。
この法律にはなんの実効性もなく、教師に「いじめ対策」という仕事をふやしただけです。

いじめを防止したいなら、学校と家庭の両方を改革するしかありません。