村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

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自衛隊の隊員募集ポスターに出てくる女性のアニメキャラが超ミニスカートで、下着が見えているということで、「セクハラではないか」と騒ぎになりました。
問題のポスターは、自衛隊滋賀地方協力本部が作成し、「ストライクウィッチーズ」というアニメのキャラを使ったものです。同本部は、「指摘の着衣は、下着ではなくズボンだという設定で、適切な範囲だと考えている」と説明していましたが、苦情を受けてホームページからポスターの画像を削除しました。
 
 
イメージ 1
京都新聞のサイトから
 
 
下着でもズボンでも見た目には同じですから、セクハラといえばそうかもしれません。
しかし、私にはセクハラか否かより、自衛隊員募集のポスターにこういうかわいいキャラを使うことのほうが問題に思えます。
つまり、かわいい女の子のキャラに引かれて応募してきたような人間は、いざというとき戦力になるのかということです。
 
実は自衛隊のポスターでこのようなかわいいアニメキャラを使うことはむしろ普通のことです。
「自衛隊のポスター」で画像検索してみると、ほとんどにアニメキャラが使われていることに驚きます。
 
「自衛隊のポスター」の画像検索結果
 
 
自衛隊員の募集というと、安倍首相が先月の自民党大会で「新規隊員募集に対して、都道府県の6割以上が協力を拒否しているという悲しい実態があります」と言って、それを改憲理由に挙げたことが問題になりました。
安倍首相はまた、「自衛隊員が目に涙を浮かべた子どもから『お父さんは違憲なの?』と言われた」という話をして、それも改憲理由にしています。
まともな改憲理由がなくなって、でたらめな理由をつくっていると思われます。
 
しかし、改憲以前に、ああいうポスターで人を集めていて、自衛隊はまともに戦争ができるのか心配になります。
いや、そもそも自衛隊は戦争ということを真面目に考えているのでしょうか。
 
安倍首相は安保法制を成立させるとき、「現状では邦人が乗った米艦が攻撃されても自衛隊は米艦を防護できない」という例を挙げました。
しかし、こういうケースはほとんど想像できません。
最近、自衛隊は「離島奪還」のための上陸演習をよくやっています。離島というと尖閣諸島のことと思われますが、尖閣諸島が中国軍に占領されたからといって命がけで奪還するということもあまり想像できません。
政府は北朝鮮の核兵器と中国の軍拡を日本にとっての脅威に挙げますが、その脅威は具体的な戦争のイメージに結びつきません。
アメリカ軍に従って中東のどこかで戦争するということはあるかもしれませんが、行先も決まっていないのでは、やはり想像できません。
 
私が思う軍隊の本来の役割というのは、他国に占領されて隷属状態にならないために、侵略軍を撃退するか、撃退できないまでも十分な損害を与える能力を備えて侵略が割りに合わないと他国にわからせることです。
しかし、最近は日本が他国に侵略されることも想像できなくなりました。
 
戦争のない時代に合わせて、自衛隊はかわいい女の子のポスターをつくり、国民もそれを認めているのではないかと思います。
 
わかっていないのは、安倍首相ら改憲勢力と、憲法九条を守れという護憲勢力だけではないでしょうか。
改憲勢力も護憲勢力も敗戦の記憶にとらわれすぎて、時代の変化が見えていないのです。

防衛省は1月21日、自衛隊の哨戒機が韓国駆逐艦から照射された火器管制レーダーの電波を音に変換したものを公開しました。素人が聞いても無意味な音ですが、専門家には火器管制レーダーのものだとわかるということです。
しかし、韓国側は「探知日時、方角、電波の特性などが確認されておらず、実体の分からない機械音だ」と一蹴しました。
 
防衛省はこの音の公開とともに「最終見解」を発表し、日韓防衛当局間の協議打ち切りを表明しました。
双方が証拠を提示できない以上、議論を終わらせるのは当然です。
 
しかし、映像を公開して問題を大きくしたのは日本側です。マッチポンプと言われてもしかたありません。
 
議論は終わらせても、日韓のどちらかが嘘をついているか勘違いをしていたという事実は残ります。
どちらかというと、日本側が嘘をついている可能性が高そうです。
 
最初に公開された哨戒機撮影の映像は、レーダー照射の証拠にはなりませんでした。哨戒機のクルーは火器管制レーダーを照射されたと認識して、そう発言しています。しかし、「FC(火器管制レーダー)らしき信号をコンタクト」とも言っていて、未熟なクルーが間違った可能性は否定しきれません。
公開された映像は、証拠を示さずに印象操作をするものになっていて、この時点で日本側のほうがあやしそうです。
 
しかし、国内の世論は圧倒的に韓国非難に傾きました。安倍政権のメディア支配力を見せつけた格好です。
 
日本側の主張に対して、韓国側は真っ向から反論してきました。
両者の主張を公平に比べるような報道が日本にはほとんどありません。
私が見かけたのは、著述家牧田寛氏の次の二本の記事ぐらいです。
 
日韓「レーダー照射問題」、際立った日本側報道の異常さ。そのおかしさを斬る
 
日韓「レーダー照射問題」、膠着状態を生み、問題解決を阻む誤情報やフェイクニュース
 
映像公開は安倍首相の「鶴の一声」で決まったもので、防衛省は公開をしぶったとされます。間違いの可能性を認識していたか、間違いに気づいたのでしょう。
防衛省は官邸に忖度して南スーダンの日報隠蔽などをしており、今回も情報操作をして不思議ではありません。
 
真相はわかりませんが、日本は拳を振り上げておいて、尻尾を巻いて逃げ出した格好です。
 
 
それにしても、レーダー照射云々というつまらないことで反韓感情が一気に高まるのを見ると、戦争を起こすのは容易なことに思えます。
メディアは自国と他国の問題でも公平に判断して報道しなければいけません。

美しい海を埋め立てて日本の金でアメリカの基地をつくるのは、「唯一の解決策」どころか「最悪の解決策」です。
 
辺野古の海に土砂の投入が始まった翌日の1214日、岩屋防衛相は「移設は日米同盟のためではない。日本国民のためだ。日本の守りの最前線は南西地域であり、抑止力を減退させるわけにはいかない」と語りました。
この発言に対して沖縄からは「『日本国民』の中に沖縄県民は入っているのか」という声が上がっています。
「日本国民のためだ」という言葉には、明らかに沖縄県民のことを無視した差別意識が感じられます。
 
私自身は、「日本の守りの最前線は南西地域であり、抑止力を減退させるわけにはいかない」という言葉のほうが問題だと思います。
この言葉は、地域の防衛力と戦争抑止力を混同しています。
 
辺野古移設賛成派はみな同じようなことを言います。辺野古ないしは沖縄に海兵隊がいることが抑止力になるというのです。
 
しかし、「抑止力」というのは次のようなことです。
 
安全保障分野で、侵略を行えば耐え難い損害を被ることを明白に認識させることによって、侵略を思いとどまらせることをいう(デジタル大辞泉の解説)
 
攻撃してくればダメージを与えるという姿勢を事前に示すことで、相手に攻撃を思いとどまらせるという軍事力の役割。相手に抑止を効かせつつ不測の事態を防ぐには、軍事的対応を実行する「意図」と「能力」を相手に正確に認識させることが必要とされる(朝日新聞掲載「キーワード」の解説)
 
海兵隊が沖縄でなくグアムにいれば、移動に数日よけいにかかるかもしれませんが、それは抑止力とは関係ないことです。
「意図」と「能力」という言葉でいえば、アメリカに圧倒的な軍事力があることはどの国もわかっているので、「能力」の認識に問題はありません。
問題は「意図」ないし「意志」です。
相手国に「日本を攻撃するとアメリカは参戦する『意志』がある」と思わせることが抑止力になります。
 
アメリカ政府にその「意志」があるとは、日本人にも確証が持てません。
しかし、日本国内に米軍基地があれば、日本への攻撃は自動的に米軍への攻撃になり、アメリカは参戦するに決まっているので、抑止力になります。
 
今の日本は、米軍基地にいてもらうことで抑止力を得ています。
辺野古に新基地をつくってもつくらなくても抑止力は同じなので、岩屋防衛相の発言は間違いです。
 
ただ、抑止力を得るために米軍基地にいてもらわないといけないというのが日本の決定的な弱みになって、アメリカが辺野古に基地をつくれと言えばつくらなければいけないし、思いやり予算も出さなければいけないし、日米地位協定の改定もできないということになっています。
日米通商協議も対等ではないはずです。
 
冷静に考えれば、日本は島国で、強力な自衛隊があるので、アメリカの力がないと国を守れないということはありません。
日本人のアメリカ依存は心理的な問題です。
 
日本はアメリカに対して、南方の島では各地で玉砕し、全土が空襲され、原爆も落とされて、圧倒的な力の差を見せつけられて敗北しました。それがいまだにトラウマになっています。
日本は真珠湾攻撃について謝罪したこともありませんし、アメリカの原爆投下について非難したこともありません。
国内では、東京裁判は不当だとか、占領軍は日本人の洗脳工作をしたとか言う人たちがいますが、彼らがアメリカに向かって言ったことはありません。
アメリカに対して戦争のことを話題にすることもできないのです(中国や韓国に対しては南京事件とか慰安婦問題を話題にできます)
 
当然、基地問題についてアメリカと議論することはできず、辺野古問題は日本政府対沖縄県で議論されています。
 
日本人がアメリカに対する“負け犬”心理を克服しない限り、基地問題は解決できません。

 
沖縄知事選は玉城デニー氏の当選となりました。
沖縄県民は基地問題を重視したということでしょう。
しかし、辺野古移設の中止などは、知事が代わっても容易なことではありません。
 
沖縄の基地問題は、「アメリカ対日本」と「日本政府対沖縄県」というふたつの支配・差別構造から成り立っていると考えるとわかりやすくなります。
アメリカは日本に基地を押しつけています。
そして、日本政府は沖縄県に基地を押しつけています。
つまり、
アメリカ政府→日本政府→沖縄県
という構図です。
 
沖縄の基地負担を解消するには、本土がもっと米軍基地を受け入れて、日本全体で負担するようにすればいいわけです。つまり「県外」です。
しかし、そういう声は本土からほとんど上がりません。とくに米軍基地の必要性を説く保守派はまったく言いません。
これはどういうことかというと、保守派も米軍基地の必要性をほとんど認めていないということです。
ということは、辺野古に新基地をつくる必要性もないということです。
 
ですから、沖縄の基地負担を解消するには「国外」しかありません。
これは日本政府がアメリカ政府と交渉する問題です。
 
アメリカが日本に基地を持っているのは、戦勝国の権利という意味もありますが(アメリカはドイツとイタリアにも基地を持っています)、根本的には覇権主義のためです。
アメリカは世界を支配したいという半ば無意識の野望を持っているのです。
日本から米軍基地をなくすには、アメリカに覇権主義を捨てさせなければなりません。これは日本一国でできることではなく、世界で取り組む問題ですし、アメリカ国民の意識を改革するという問題でもあります。
 
ですから、容易なことではありませんが、トランプ政権の今は絶好のチャンスです。
トランプ大統領は覇権主義者でないからです。
話題のボブ・ウッドワード著「恐怖 ホワイトハウスのトランプ」によると、トランプ大統領は米軍の韓国駐留に多額の経費をかけている理由をマティス国防長官に問い、マティス長官が「われわれは第三次世界大戦を防ぐためにやっている」と答えてもまだ納得しない様子で、マティス長官は「小学校五、六年並みの理解力だ」と嘆いたということです。
しかし、私の考えでは、マティス長官の言っていることこそ意味不明で、納得しないトランプ大統領のほうがまともです。
 
トランプ大統領は米軍のヨーロッパ駐留や日本駐留に多額の経費をかけていることにも納得していないはずです。
したがって、日本が駐留米軍を大幅にへらすように提案すれば、トランプ大統領が乗ってくる可能性は大いにあります。
 
米朝合意にホワイトハウスで賛成する人は誰もいないと言われますが、それでもトランプ大統領はやりました。
在日米軍の大幅削減も、ホワイトハウスも米議会も圧倒的に反対するはずですが(覇権主義ゆえに)、トランプ大統領がその気になればできます。
安倍首相とトランプ大統領の話し合いで沖縄の基地問題が一気に解決するというのは、外交の醍醐味です。一度そういうのを見てみたいものです。
 
もっとも、安倍首相の頭の中にそんな考えはかけらも浮かんでこないでしょうが。

全国戦没者追悼式における安倍首相のあいさつについて、新聞各紙は「加害責任に触れず」といった見出しをつけています。
この加害責任はもちろん、日本のアジアに対するもののことですが、加害責任にはもうひとつ、アメリカの日本に対するものもあります。
 
日本軍がアメリカの民間人を殺したのは、真珠湾攻撃で民間人に68人の死者が出たことぐらいしかありません。
一方、アメリカ軍の日本本土空襲によって、30万人から50万人の民間人が殺されました(100万人という説もあります)
沖縄戦では多数の民間人が亡くなっていますが、これは戦闘に巻き込まれたという見方もできます。
しかし、本土空襲は民間人を狙ったものでした。
また、民間人がグラマンの機銃掃射を受けたという体験談もいっぱいあるので、アメリカ軍の行為はかなり悪質です。
 
安倍首相は日本人犠牲者のためにもアメリカの加害責任に言及するべきです。
もっとも、そのためには日本のアジアに対する加害責任を認めなければなりませんし、アメリカに対する先制攻撃、つまり侵略戦争をしたことについても謝罪しなければなりません。
 
原爆投下も含めてアメリカの非人道的な大量虐殺に対して、日本人がなにも感じていないはずはありません。しかし、安倍首相は今年の広島と長崎の平和祈念式におけるあいさつでも、アメリカのアの字も言いませんでした。
安倍首相がアメリカの加害責任に言及すれば、アメリカ政府あるいはアメリカの世論が反発して、激しい論争が起こるかもしれません。
しかし、信頼関係というのは、そういう本音をぶつけ合うことから生まれるものです。
それに、その論争の中から植民地主義や人種差別への反省が生まれれば、世界にとってもよいことです。
 
安倍首相はつねに「日米関係の強化」を言いますが、アメリカの加害責任を口にできないのでは、いつまでたっても偽りの関係です。
アメリカの加害責任を追及せずに日本人の戦争犠牲者の慰霊はできません。

今回の憲法記念日で憲法施行から71年たちましたが、改憲論議はますます混迷を深めています。
なぜ混迷するかを考えたとき、改憲論議に「世界観」がないからだと気づきました。
憲法論議には「国家観」がだいじだと一般には考えられていますが、「国家観」の上位にあるのが「世界観」です。「世界観」なしに憲法九条の論議はできません。
 
今の世界は、唯一のスーパーパワーであるアメリカが主導しています。
トランプ政権は昨年12月に発表した国家安全保障戦略で「力による平和」をうたいました。
「力による平和」はレーガン政権のときにもうたわれていました。というか、アメリカの一貫した戦略といえます。
 
もっとも、戦後の一時期は違いました。「国連軍による平和」という理念があったのです。
 
「日本はなぜ、『戦争ができる国』になったのか」(矢部宏治著)によると、国連の安全保障理事会のもとに国連軍を創設し、「平和に対する脅威」や「侵略行為」があった場合は、勧告や非軍事的措置の対処をしたあと、それでもまだ状況が改善されなければ国連軍による軍事攻撃を行うという構想がありました。1946年2月にはロンドンで国連軍創設のための第一回会議が行われています。マッカーサーはそれを踏まえて日本国憲法の基本原則を考えました。ジョン・ダワーは、「マッカーサーの構想では、日本の『非武装中立』は、沖縄を含む太平洋の主要な島々に、国連軍を配置することによってまもられることになっていた」と述べています。
憲法九条の戦争放棄、戦力不保持は、国連軍を前提としていたとすればよく理解できます。
 
二度の悲惨な世界大戦を経験した世界は、一時は「国連軍による平和」を目指すと結論を出したわけです。
しかし、アメリカは戦争の悲惨さをあまり経験していないので、国際連盟にも加盟しませんでしたし、国際連合もないがしろにして、「国連軍による平和」構想を反故にしてしまいました。
結局、国連軍は創設されず、「朝鮮国連軍」というへんなものができただけです。

そして、日本はひたすらアメリカに頼って安全保障をすることになりました。
しかし、アメリカの「力による平和」は、アメリカが覇権国だから可能なのです。アメリカの覇権が揺らげば、平和も危機に瀕します。また、覇権国がアメリカから中国に移れば、日本は中国に頼るのかという問題に直面します。
 
覇権国が世界を支配するか、民主的に運営される国連が世界を支配するかという二者択一であれば、答えは決まっています。
しかし、国際政治学者はこのような問題提起はしません。みんなアメリカの影響下にあるからです。彼らはもっぱら「国連は頼りにならない」というイメージを振りまいて、日本をアメリカ依存に向かわせようとしています。
 
自民党の改憲論議にも、こうした世界秩序に関する認識がありません。2012年の自民党改憲草案の「前文」で世界観に関する記述は、「わが国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する」とあるだけです。これでは世界がどういう原理で動いているのかわかりません(改憲派はアメリカに追随していくだけですから、世界観はどうでもいいのでしょう)。
 
護憲派も、憲法九条が国連軍を前提としていたことを忘れて、アメリカに頼ることを前提にしているようです。アメリカに頼ると、外国から攻められる危険はありませんが、アメリカが日本を戦争に巻き込む危険はあるので、もっぱらアメリカの戦争に巻き込まれないことを目標にしてきました。
しかし、これは「一国平和主義」と批判されることになります。
 
九条の改憲論議は、世界をどう平和にするのかという世界観がなければなりません。
とすると、やはり終戦直後に構想された「国連軍による平和」を目指すしかないと思われます。
そうすると、九条を改憲するのは逆方向であり、世界を九条に合わせるべきだという結論になります。
 

トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めたことが世界各国から批判されているのは当然です。北朝鮮がミサイル試射をすると「挑発」だといって批判されますが、今回のトランプ大統領の決定もイスラム世界に対する「挑発」です。
 
トランプ大統領は真珠湾攻撃の記念日にも日本を「挑発」するようなことを言っています。
 
 
トランプ氏、真珠湾攻撃は「邪悪な急襲」
 【ワシントン=永沢毅】1941年の日本軍の真珠湾攻撃から76年を迎えた7日、トランプ米大統領は攻撃から生き延びた元米兵をホワイトハウスに招いた。真珠湾攻撃について「邪悪な急襲だ」と批判し、「米国のために戦った勇敢な戦士たちを決して忘れない」と称賛した。
 トランプ大統領はこれに先立ち、ツイッターに「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」と書き込んだ。
 
 
「邪悪」とか「リメンバー・パールハーバー」とか言われて、日本人はどう反応したかというと、今のところなんの反応もしていません。
左翼はもともと真珠湾攻撃を批判していましたが、右翼は「自存自衛」の戦いだったとか、コミンテルンやルーズベルトにはめられたとかいって真珠湾攻撃を正当化していたので、ここは反論するべき場面です。
しかし、右翼がものを言えるのは韓国や中国に対してだけのようです。
いや、左翼もアメリカにはものが言えません。沖縄の基地問題も、アメリカよりはもっぱら日本政府を批判しています。
 
 
ゆがんだ日米関係がどうして生じたかについて、白井聡氏は「永続敗戦論」という本で「敗戦の否認」という言葉を使って説明しています。日本人は敗戦を否認するがゆえに、今もアメリカに敗戦し続けているというのです。
 
私はそれに加えて「アメリカへの恐怖」というものを想定すると、うまく説明できると思います。
 
戦後の日本人は無意識にアメリカを恐怖し続けています。
この恐怖から逃れるひとつの手段は、アメリカの懐に飛び込むことです。
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」です。
日本が安全保障政策で限りなくアメリカとの一体化を追求しているのはそのためです。
 
ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のスタッフであるダニエル・フーグスタ氏は、JNNの取材に「日本は核兵器廃絶のリーダーになる力がある。アメリカの核の傘から離れるべきだ」と語りました。
 
これに対して5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)では、
「核がないから、核落とされたのにバカだろ」
「護衛の兵士から離れてジャングルの中を丸腰で進めと? どんだけ無慈悲やねん」
といった反論ばかりです。
核の傘から離脱するのがよほど恐怖のようです。
 
この恐怖は中国やロシアや北朝鮮の核兵器に対するものばかりとは思えません。
核の傘から離脱するということは、日米安保体制を見直して、日本はアメリカから自立するということでしょう。
日本とアメリカは普通の国と国の関係になります。そうすると、ときには対立し、対立がこじれることもあるでしょう。
アメリカはもう2発原爆を落としていますから、3発目を落とすハードルはかなり低くなっています。
アメリカと普通の関係になることが日本人は怖いのではないでしょうか。
 
そう考えると、かつてあった非武装中立論というのも理解できます。
丸腰になってしまえばアメリカは攻撃できないだろうということで、それはそれで安心が得られます。
 
つまり戦後の日本人は「アメリカへの恐怖」を持ち続けて、それから逃れるために窮鳥作戦と丸腰作戦のふたつの方法を考えたのです(核武装して自立するという作戦も一部にありました)
 
今は窮鳥作戦を採用しています。
窮鳥は懐にいる限り猟師から守ってもらえますが、自立しようと飛び立てば、そのとたんに撃たれるでしょう。
 
日本は経済問題ではアメリカとある程度対等に近い交渉ができますが、安全保障問題についてはひたすら従うだけです。
こういう現状から抜け出すには、日本人が根深く持っている「アメリカへの恐怖」を自覚しなければいけないと思います。

トランプ大統領はアジア歴訪において、韓国とフィリピンで激しい反トランプデモに見舞われました。
韓国もフィリピンもアメリカの同盟国です。絆が強い分、反発も強いのでしょう。
しかし、日本では反トランプデモはありませんでした(日本在住アメリカ人によるデモはありましたが)
日本人のアメリカ観は世界からずれているようです。
 
そういう私も、アメリカについて基本的なことを知りませんでした。
アメリカ国歌は「星条旗よ永遠なれ」だと思っていましたが、これは勘違いでした。
アメリカの国歌は「星条旗( The Star-Spangled Banner)」という歌です。
「星条旗よ永遠なれ(Stars and Stripes Forever)」は「国の公式行進曲」という位置づけです。
 
外国の国歌については、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」は、歌詞が「血まみれの旗」などあまりにも好戦的だと批判されますし、ドイツ国歌「ドイツの歌」は、やはり「世界に冠たるドイツ」などの歌詞があまりにもナショナリズムをあおると批判され、一番は歌われないということです。
 
では、アメリカ国歌「星条旗」の歌詞はどうかというと、これも十分に好戦的です。「血」という言葉も出てきます。
 
この歌詞は、独立戦争のとき、ボルティモア港のマクヘンリー砦がイギリス軍の猛攻を受けても耐え抜き、大きな星条旗を掲げていたのを見て感激した弁護士のフランシス・スコット・キーが書いたものです。
硫黄島の星条旗も似たような状況です。アメリカ人の感動するポイントのようです。
 
 
「星条旗」
1.
おお、見えるだろうか、
夜明けの薄明かりの中
我々は誇り高く声高に叫ぶ
危難の中、城壁の上に
雄々しく翻(ひるがえ)る
太き縞に輝く星々を我々は目にした
 
砲弾が赤く光を放ち宙で炸裂する中
我等の旗は夜通し翻っていた
ああ、星条旗はまだたなびいているか?
自由の地 勇者の故郷の上に!
 
2.
濃い霧の岸辺にかすかに見える
恐れおののき息をひそめる敵の軍勢が
切り立つ崖の向こうで
気まぐれに吹く微風に見え隠れする
 
朝日を受け栄光に満ちて輝きはためく
星条旗よ、長きに渡り翻らん
自由の地 勇者の故郷の上に!
 
3.
戦争による破壊と混乱を
自慢げに断言した奴等は何処へ
家も国もこれ以上我々を見捨てはしない
彼等の邪悪な足跡は
彼等自らの血で贖(あがな)われたのだ
 
敗走の恐怖と死の闇の前では
どんな慰めも傭兵や奴隷達の救いたりえず
勝利の歓喜の中、星条旗は翻る
自由の地 勇者の故郷の上に!
 
4.
愛する者を戦争の荒廃から
絶えず守り続ける国民であれ
天に救われた土地が
勝利と平和で祝福されんことを願わん
国家を創造し守り賜(たも)うた力を讃えよ
 
肝に銘せよ 我々の大義とモットーは
「我等の信頼は神の中に有る」ということを
勝利の歓喜の中、星条旗は翻る
自由の地 勇者の故郷の上に!
 
 
敵を「邪悪」と表現し、自分たちを「愛する者を……守り続ける国民」とするのは、今のハリウッド映画そのままです。
 
アメリカでは南北戦争という内戦でも、正義と悪の戦いということになっています。
日本では、たとえば「平家物語」とか、武田信玄と上杉謙信の戦いとか、関ヶ原の戦いとか、どれにしても正義と悪の戦いとは見なしません。むしろ敗者に同情的なのが特徴です。
日本人とアメリカ人では戦争観がまるで違います。
 
今後、安保法制に基づいてアメリカの戦争に日本が参加するか否かという問題が出てくるかもしれませんが、これほど戦争観が違うのにいっしょにやるのはむりがあるはずです。
 
それにしても、アメリカ国歌がこれほど好戦的であることを日本人はどれくらい知っているのでしょうか。

北朝鮮の核開発が問題となっているところに、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞し、混乱した議論が生じています。
 
ICANのベアトリス・フィン事務局長は、トランプ大統領のことをツイッターで「間抜け」と呼んで批判したことがあります。
ネトウヨなどは「ICANは北朝鮮を批判しないのか」などと言ってICANを逆に批判しています。
ICANが北朝鮮を批判しないはずはありませんが、北朝鮮よりもアメリカ批判に比重がかかるのは当然です。
なにしろアメリカは核兵器保有量が多い(ロシア約7000発、アメリカ約6800発、フランス300発、中国260発など)。しかも、ロシア、中国、インドは核兵器先制不使用宣言をしていますが、アメリカはしていません(ロシアは先制不使用宣言をしたものの、最近はあいまい戦略に変わったとも言われます)
 
しかも、問題なのは、アメリカは自分の核兵器はそのままで北朝鮮に対して核放棄を迫っていることです。
こんな理屈はどうやっても成り立ちません。
 
アメリカは自分が核兵器禁止条約に加盟して、その上で北朝鮮に核放棄を迫るなら、それなりに筋が通っていますが、核兵器禁止条約に加盟しないと明言しているので、ICANのフィン事務局長にトランプ大統領を「間抜け」呼ばわりされてもしかたありません。
 
北朝鮮の核開発はもちろん批判されるべきですが、北朝鮮は他国に核放棄を迫るような理不尽な主張をしていないだけアメリカよりましです。
 
 
アメリカの主張にはまったく正当性がないので、もし北朝鮮に核放棄させるなら、見返りを与えて取引するしかありません。クリントン政権のときは、北朝鮮が核開発を凍結する代わりにアメリカが軽水炉を提供し、経済制裁も段階的に解消するという「米朝枠組み合意」がなされました(これはアメリカ議会で承認されなかったために、アメリカが合意を破る形で失敗しました)
 
今、トランプ政権は北朝鮮に対して圧力ばかり加えているので、うまくいかないことは明らかです。
安倍首相も「対話より圧力」と言ってトランプ政権に同調していますから、これも「間抜け」呼ばわりされて当然です。
 
トランプ大統領と安倍首相が「間抜け」なので、北朝鮮の核開発を止めることはできません。
これも総選挙の争点になるべきです。

今回の解散は安倍首相によると「国難突破解散」だそうですが、正しくは「国難利用解散」です。
北朝鮮の脅威を国難として利用しています。
 
その北朝鮮が「日本に核の雲」と、まさに脅威なことを言いました。
 
 
安倍首相演説で「日本に核の雲」 北朝鮮メディア警告
北朝鮮の朝鮮中央通信は2日、安倍晋三首相が国連総会の一般討論演説で北朝鮮への圧力を強調したことに関連し、「安保危機を高めれば、自らの政略的な目的を達成しやすくなるという打算だ」と批判する論評を配信した。
 その上で、同通信は、朝鮮半島情勢は一触即発で「いつ核戦争になるか分からない」と指摘。「情勢をあおる制裁圧力騒動は、日本の領土に核の雲をもたらそうとする自滅行為だ。地球で唯一、核の惨禍を受けた日本人が再び軍国主義者たちの政略実現の犠牲になるなら世紀の悲劇だ」と警告した。(ソウル)
 
 
これは朝日新聞の記事ですが、小さなベタ記事です。
産経新聞なら一面トップにしていてもおかしくないと思い、調べてみましたが、記事にすらなっていません。読売新聞も記事を載せていません。
共同通信と時事通信が記事を配信していることがわかりましたが、それも小さな記事です。
 
北朝鮮が「日本に核の雲」と言って脅したわけですから、安倍政権や産経新聞や読売新聞が利用しないのは不思議です。
 
今回、産経新聞を読んでいると、『専守防衛も非核三原則も放棄せぬ日本 中国や北朝鮮にいたぶられるのを待つ「被虐国家」だ! 』という記事が目につきました。
 
人工透析を受けている人は北朝鮮の「電磁パルス弾」が日本上空で破裂すれば透析治療が受けられなくなり、死を待つばかりとなるという例を挙げ、北朝鮮の脅威を強調しています。
 
しかし、「電磁パルス弾と人工透析」というのはかなりレアな例ですし、一般人にとっては脅威ではないとも言えます。
また、これまでJアラートが鳴った例は、日本の上空を通過するミサイルが事故で落ちてくることを想定していて、これもかなり低い確率です。
一方、「核の雲」が意味する核爆弾は現実的で圧倒的な脅威です。
産経新聞は脅威の認識が間違っているのではないでしょうか。
 
それは安倍首相も同じです。
韓国の統一相が今年2月に国会で「ノドンに核搭載は可能だと考えている」と答弁していますし、アメリカのシンクタンク「科学国際安全保障研究所」(ISIS)も「核爆弾はノドンに搭載できるほど小型化された」と発表しています。
そんな北朝鮮を相手に安倍首相は国連演説で『「全ての選択肢はテーブルの上にある」とする米国の立場を一貫して支持します』と言いました。つまりアメリカの武力行使を支持すると言ったのです。
もしトランプ政権が北朝鮮に武力行使した場合、それを支持する日本も北朝鮮から報復を受けてもおかしくありません。
現に北朝鮮がそのことを警告したわけです。
 
しかし、安倍首相や産経新聞はそういう現実の脅威は見て見ぬふりをして、どうでもいいミサイルの上空通過に空騒ぎをしています。
 
北朝鮮がすでに核保有国になっているという現実を認めようとしない安倍政権こそ日本の脅威です。
 

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