村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

タグ:都構想

橋下徹
橋下徹公式ウェブサイトより

大阪都構想が住民投票で否定されて、「都構想は一丁目一番地」としてきた維新の会の存在意義はほとんどなくなりました。
ツイッターでは「#維新はいらない」が一時トレンド入りしました。

そもそも「都構想は一丁目一番地」というのがおかしな話です。
都構想は行政をよくする手段のひとつでしかないはずです。
維新の会とはどういう存在でしょうか。

維新の会(現在は大阪維新の会と日本維新の会)は大阪府知事だった橋下徹氏と自民党を離党した府議らが結成したもので、実質的に橋下氏の個人政党でした。つまり理念でできた政党ではなく、橋下氏の個人的人気でできた政党です。
橋下氏は現在も維新の会の顧問であり、メディアではつねに維新の応援をしています。
ですから、橋下氏の思想が維新の会の理念だと言っていいぐらいです。

では、橋下氏の思想とはなんでしょうか。

橋下氏はもともと「茶髪の弁護士」としてテレビに出てきました。当時は法律家といえば四角四面の人ばかりというイメージなので、大いに目立ちました。
そのころは政治家になるような感じはまったくありませんでしたが、人間であれば必ずなんらかの政治的な思想はあります。
その思想のもっとも根底的な部分が次の記事からうかがえます。

橋下徹氏、選挙制度で持論披露「産まれた子供たちにも一票を与えて、親が行使」
 元大阪府知事の橋下徹氏(51)が2日、TBS系「グッとラック!」(月~金曜・前8時)にリモートで生出演。大阪市を廃止して4特別区を新設する「大阪都構想」の賛否を問う住民投票が1日に投開票され、反対票が賛成票を上回り、2015年5月の実施に続いて否決されたことに言及した。

 橋下氏は現状の選挙制度について「投票率も高齢者の方が高いので、今の選挙制度では高齢者の方に目を向けるようになってしまいます」とどうしても高齢者を重視したものになってしまうと指摘。

 その上で「僕の持論は、産まれてからの子供たちにも一票を与える。その子供たちが選挙権が行使できないので、親が行使する」と持論を披露。「これを言うと僕は7人子供がいるから、自分の家庭のことを考えて言っているだろと言われてしまうんだけど。僕は産まれた子供たちにも一票を与えて、親が行使するということをしないと、未来に向けた政治が出来ないと思っています。ただ、政治家はやらないですよ。高齢者から票をしっかり集める政治家はやらないでしょうね」と実現は極めて難しいと推察。

 また、電子投票についても「これをやると若い人がちが簡単に投票をしてしまう。高齢者を支持層としている政治家がたくさんいるので、若い人たちが簡単に投票することを嫌がる国会議員は多いですね。子供に一票を与えて親が行使する、僕が言っているこんな話を永田町に言ったって、全然動いてくれないでしょうね」と見解を語った。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d8b6e1fda771dba9bce301f51b5ea0c797fe0462

実は私も、選挙権の年齢制限を撤廃し、子どもには生まれたときから選挙権を与えるべきだという考えです。
3歳ぐらいではさすがにむりでしょうが、小学生ぐらいになれば政治に興味を持って、自分も投票したいという子どもが出てきますし、政党も子どもや若者にアピールする政策を打ち出すようになり、政治が未来志向になります。

橋下氏も私と同じ考えかと思ったら、ぜんぜん違いました。
橋下氏は「子どもの人権」も「子どもの意志」もまったく無視しています。
子どもを親の所有物だと思っているのです。
親が子どもの代わりに投票したら、子どものための政治ではなく、親世代のための政治になってしまいます。

それから、橋下氏はまったく触れていませんが、子どもの選挙権を行使するのは父親か母親かという問題があります。
子どもの数が偶数なら分け合えても、奇数ならそうはいきません。
橋下氏がこのことに触れないのは、子どもの選挙権は自分(父親)のものと思っているからでしょう。
「子どもの意志」を無視するだけでなく「妻の意志」も無視しているのです。

選挙権年齢が今の18歳のままであれば、親は50歳ごろまで一人で2票とか3票の投票ができることになります。そうすると中年世代の投票数が大幅に増えて、高齢者と18歳以下の若者の意志が相対的に政治に反映されなくなります。
橋下氏の「生まれたときから選挙権」説は、一見子どもや若者のためのようですが、実際は親世代のためのものです。

都構想も、維新の会は若い世代のためになると言っていますが、実際は維新の会のためのものかもしれません。


橋下氏が若い世代のことを考えないのは昔からです。

橋下氏はもともと体罰肯定論者で、2012年に大阪市立桜宮高校のバスケットボール部のキャプテンが顧問教師から体罰を受けて自殺した事件が大きく騒がれたときも、最初のうちは体罰肯定の立場でしたが、世の中の空気を読んで途中から体罰反対に転換しました。
しかし、家庭内では体罰を続けていたようです。
今年1月の記事でこのように語っています。

橋下徹氏 以前は「バリバリ体罰の親」だったが…改正児童虐待防止法で難しさ語る
 元大阪市長で弁護士の橋下徹氏が4日に放送されたカンテレ「モモコのOH!ソレ!み~よ!」にゲスト出演し、子育ての難しさについて語った。

 メインMCのハイヒール・モモコに「子供には厳しく怒ったりする?」と尋ねられた橋下氏は「下2人まではかなり厳しくやった。手を上げてたし。今ちょうど、児童虐待の法律を変えて、体罰のガイドラインを変えたんです。親であっても体罰的な指導はダメだというガイドラインができた」と、改正児童虐待防止法に関連し、厚労相が昨年12月に公表した虐待に該当する指針に触れた。
 橋下氏は自身のしつけを振り返り「全部それに当てはまる。バリバリ、体罰の親」と自認。モモコが「あれは確かに厳しいですが、それ以上のことをやってしまう親もいるのが事実」と意見を挙げた。橋下氏は「上の子は、親バカですが、まあ外に出してもちゃんとやってくれそうな感じ。下の2人は自由すぎる。だけど人に迷惑をかけない程度だが、あの程度でもいいのかなと。そこまで手を上げて押さえ込んでやらなくていいのかなと正直、思いますね」と、悩みながらしつけ方法を模索していることを語った。
(後略)
https://www.daily.co.jp/gossip/2020/01/04/0013008505.shtml

これを読めば、いかにひどい親かわかります。
親の体罰は子どもの脳の萎縮・変形を招くので、まったく正当化できません。


橋下氏のこのような強権的で暴力的なやり方が維新の会の体質をつくっています。
松井一郎大阪市長、吉村洋文大阪府知事の強権的なふるまい、尊大な態度は橋下氏譲りです。
都構想の住民投票にしても、賛成するのが当たり前というような、上から目線のところが維新の会にはあったのではないでしょうか。


橋下氏は、元農水省事務次官の熊沢英昭被告が長男を殺害した事件について、「僕が熊沢氏と同じ立場だったら、同じ選択をしたかもしれない」「僕は熊沢氏を責められない」などと殺人を肯定するかのようなツイートをしたので、私は『橋下徹氏の「予防殺人」論について』という記事を書いて批判したことがあります。


体罰や殺人を肯定する橋下氏がテレビに出続けているのは信じがたいことですし、維新の会には橋下氏の思想や体質が今も染み付いているように思えます。

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大阪都構想の賛否を問う住民投票は、反対多数で否決されました。

私は京都出身ですが、東京在住が長いので、都構想については詳しくありません。しかし、外から見てろくなものではないだろうと見当はつきます。都構想がそんなにすばらしいものなら、京都府や愛知県や神奈川県でも同様の議論が起きてもいいはずだからです。

敗北が決まってからの維新関係者のコメントを聞いても、そのことがわかります。
松井一郎大阪市長は、任期満了後の政界引退を表明するとともに、「これだけ大きな問題提起ができたことは政治家冥利に尽きる」「やることをやった。全く後悔はないしこれ以上できない。心が晴れている気持ちだ」などと語りました。
吉村洋文大阪府知事は「大阪都構想は間違っていたのだろう。僕は政治家を続ける中で、都構想に挑戦することはもうないと思う。本当にやりきったという思いだ」と語りました。

いさぎよく敗北を受け入れるのはいいのですが、コメントがあまりにも自己中心的です。
「二重行政のむだ」を訴えてきたのですから、「これからも二重行政のむだが続いていくと思うと残念だ」ぐらいのことは言うべきです。
言わないのは、やはり「大阪都構想は間違っていたのだろう」ということなのでしょう。

松井市長が政界引退を表明したのも不可解です(吉村知事も引退をほのめかすようなことを言いました)。
大阪をよくするために政治家になったのなら、都構想はだめになっても、大阪に尽くすことはできます。
政界は自分を目立たせるための舞台だったのでしょうか。


国政というのは、外交安保、憲法改正など大きな問題を扱い、右翼と左翼、保守とリベラルなど大きな対立がありますが、地方政治は、税金を正しく使って住民サービスを向上させることが中心で、地味なものです。

「大阪維新の会」は地域政党ですから、そういう地道なことをするのが本来の姿です。
ところが、松井市長や吉村知事、橋下徹氏などは目立ちたがりで、大きなことをやろうとします。
都構想というのは、地方政治でできるいちばん大きなことかもしれません。
要するに大風呂敷を広げることが目的で、風呂敷の中身は最初からどうでもよかったのです。

かつて「道州制」というのがかなり議論されたことがありましたが、今はすっかり忘れられています。それと同じで、要するに地方政治で「やってる感」を出すためのアイテムです。


また、松井市長や吉村知事、橋下徹氏らは、いかにも大阪らしい人ですが、どうも“大阪愛”が感じられません。
たとえば「都構想」というのは、東京コンプレックスからくる発想ではないでしょうか。
京都人なら都構想なんていうことは絶対に考えません。

大阪の地域政党なら、大阪らしさを追求して、大阪人が誇りを持てる大坂をつくるべきですが、これまでの大阪維新がやってきたことは、統合型リゾート(IR)誘致とか万博誘致とかで国から金を引っ張ってくることです。これなら与党である自民党と変わりません。


もともと大阪人は東京に対抗意識を持っていました。
東京が政治の中心地なら、大阪は経済の中心地だというような意識です。
「王将」にうたわれる坂田三吉が大阪人に愛されるのは、実力名人を名乗って東京の将棋界に対抗したからでもあります。
1970年の大阪万博を中心になって企画した小松左京も大阪を強く意識していた作家で、「物体O」という短編は、ある超常現象で関西が隔離され、大阪を首都とする国を関西に築いていくという物語ですし、長編の「日本アパッチ族」は、再び全体主義化した戦後日本において、大阪の屑鉄泥棒たちが鉄を食う“食鉄人種”に変身して国に対抗するという物語です。

そういう東京への対抗意識が大阪を元気にするのではないかと思うのですが、都構想は大阪をミニ東京にしようというものですから、それと真逆です。
それに、松井市長らは安倍首相や菅首相とのつながりを利用してきました。これでは地域政党の意味がありません。

意味がない政党なので、松井市長にしても簡単に引退できるのでしょう。



ただ、松井市長は政界引退を表明しましたが、これはほんとうかという問題があります。
松井市長は現在56歳です。2年半後の任期満了ののち、おとなしく消え去るとは思えません。
橋下氏は府知事選出馬について「2万%ない」と言いながら出馬しましたし、府知事を辞めたあと「政治家はやりません」と言いながら、政治家と変わらない動きをしています。
そして、橋下氏の引退とともに都構想も終わったはずなのに、5年後にまた住民投票になりました。

そもそも政治的信念がなく、自分が目立ちたい人たちなので、なにか目立つことをやってくるのは確実です。
森嬉朗元首相が政界引退後も東京オリンピックを牛耳る立場になっているので、松井市長は大阪万博を牛耳る立場になるのでしょうか。


住民投票のためにコストもエネルギーも費やされました。
信念のない政治家は困ったものです。

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