シリーズ「横やり人生相談」です。世の中には何度も離婚を繰り返す人がいます。こういう人は、自分に離婚の原因があるのに、そのことに気づいていないのでしょう。最初の離婚のときに、あるいはその前に気づきたいものです。
今回の相談は、離婚をしたことを後悔しつつも、離婚の原因がどこにあるか気づかない人のものです。
 
 
「週末婚」の夫と離婚し後悔2011718  読売新聞)
 20代後半の会社員女性。先日離婚しましたが、そのことを毎日のように後悔しています。
 2歳年下の男性と2年交際し、迷いながらも昨春結婚しました。互いの仕事の都合で、週末だけ会う「週末婚」の形を取りましたが、週に1度会う時はいつもケンカになりました。
 例えば、私が彼の家に行っても、彼は私の荷物を持ってくれない。理由を聞くと「重そうにみえないから」と言われました。「持とうか」と声もかけてくれないことがショックでした。
 お金のことでもよくもめました。結婚前からいつも割り勘で、新婚旅行ですらそうでした。自分の趣味にはお金をかけるのに、おごるのは嫌なようで、週末に私が彼の家に通うための電車賃も出しませんでした。
 「彼に大事にされているなあ」と一度も思うことがなく、結局離婚しました。でもその後、自分の年齢や今後出会いがあるかなど、不安を感じるばかりです。よくよく考えて決めたはずなのに情けないですが、嫌なことばかり考えてしまいます。(兵庫・N子)
 
 
回答者は弁護士の土肥幸代さんです。
土肥さんは、2人の愛は本物ではなかったのでしょう、喧嘩ばかりの結婚生活に見切りをつけたのは正解です、今回の経験は同じ失敗を繰り返さないための貴重な反省材料とすればいいのです、というふうに回答しています。
 
私自身は、果たしてこれは離婚するほどのことかと思います。こんなことは離婚の理由にならないでしょう。確かに同じ失敗を繰り返さないための反省材料とすればいいのですが、どう反省するべきかは回答の中に書いてありません。
 
おそらく誰でも感じるでしょうが、喧嘩の原因がひじょうにつまらないことです。
たとえば、彼が荷物を持ってくれないということですが、彼に「重そうにみえないから」と言われ、相談者はそのことを否定していません。つまり、荷物は重くないようなのです。
相談者は、「持とうか」と声もかけてくれないことがショックだというのですが、そういうのは見せかけのやさしさです。
世の中には、妻が重い荷物を持ってつらい思いをしているのに、まったくそんなことに気づかず、自分だけ先にスタスタ歩いていってしまう夫がいます。こういうのは根本的にやさしさが欠けていますし、もう十分離婚の原因になります。しかし、この相談を読む限りにおいて、彼はそういう人ではありません。むしろ見せかけのやさしさは示さないが、ほんとうのやさしさを持っている人かもしれません。
 
いつも割り勘で、新婚旅行もそうだというのですが、この相談者は会社員として働いていて、共働きなのですから、割り勘であるのは当然でしょう。自分の趣味にお金をかけるのも当たり前のことです。おごってくれないのが不満だということですが、共働きの夫婦で、夫が妻におごるというのもへんでしょう。
夫が高給取りで、自分の給料はうんと少ないのに、夫は割り勘にしてくる。だから不満だというのならわかりますが、給料に差があるとは書いてありません。
週末に通うための電車賃も出さないということですが、確かに毎回妻だけが電車移動しているのなら、それも割り勘にするべきでしょう。
ただ、ちゃんとそのことを主張したのでしょうか。主張したのに出してくれないというのなら不満を持つのもわからないではありませんが、ただ、そういう小さいことを不満に感じるというのは、相談者のほうに問題があるかもしれません。
 
「彼に大事にされているなあ」と一度も思うことがなかったということですが、彼におごってもらったら「大事にされているなあ」と思うのでしょうか。
それは必ずしも大事にされていることにならないと思います。
たとえば、病気になったとき看病してくれたとか、困ったとき助けてくれたとか、そんなことが肝心のことです。
 
また、この相談者は彼のことを大事にしているのでしょうか。夫婦なのですから、自分だけ大事にされることを望んでいてはいけません。彼が困っているときに助ける心の準備があるでしょうか。
 
結局、この相談者は夫婦とは対等の関係であるものだということを理解していないようですし、見せかけのやさしさとほんとうのやさしさの区別もついてないようです。
このままでは見せかけのやさしさを持った男にひっかかってしまうかもしれませんし、ほんとうのやさしさを持った男を見逃し続けるかもしれません。
ですから、離婚を後悔するのは当然です。後悔の感情は正しい感情です。
 
私がこの相談に回答するとすれば、夫婦は対等の関係であることを理解し、見せかけのやさしさよりほんとうのやさしさが大事なことを理解し、彼ともう一度やり直しなさいと言います。