村田基の逆転日記

進化倫理学の威力を試すブログ

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大阪市立桜宮高校で全運動部が活動を停止していて、生徒と保護者が活動再開を望んでいるというニュースを見て、ふと考えました。教育委員会に高校生の部活動を停止させる権限があるのだろうかと。
 
最初、1月15日に大阪市教委が桜宮高校で体罰のあったバスケットボール部とバレーボール部の活動を無期限に停止するというニュースがありました。その後、それが全運動部に拡大されたようです。
体罰を行った顧問の教師を大阪市教委が活動停止にするというのはわかります。しかし、高校生の部活動は本来、高校生が自発的自主的にやるものです。それを停止させる権限が教育委員会にあるのでしょうか。
 
教育基本法には部活動についての記述はありません。学習指導要領にはあります。
 
新学習指導要領・生きる力
1章 総則
4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項
13) 生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること。その際,地域や学校の実態に応じ,地域の人々の協力,社会教育施設や社会教育関係団体等の各種団体との連携などの運営上の工夫を行うようにすること。
 
「生徒の自主的、自発的な参加により行われる部活動」と明確に書いてあります。命令によってやらせることではないし、同様に命令によってやめさせることでもないと思われます。
早い話が、放課後に生徒がグランドでサッカーをするのは自由です(グランドが空いていればですが)。部活動というのはその延長上にあるものでしょう。たいていはサッカー好きが集まってサッカー同好会をつくり、それがサッカー部に昇格するという形になります。それがある理由からサッカー部に所属する生徒だけサッカーをしてはいけなくなるというのはへんです。
 
教育委員会というのは当然教職員に対して命令することはできますが、まさか保護者に対して命令することはできません。
生徒に対しても同じはずです。教委は学校や教職員を通して指導することになります。
では、校長が部に命令することができるかというと、これもできないはずです。部活動は生徒自治の範疇だからです。
 
もっとも、部活動というのは学校によって違います。
私が通っていた京都の公立高校では、部は生徒会の傘下にありました。生徒会の会長と執行委員は選挙で選ばれます。そして、生徒会が各部に分配する予算を決めていました。私の高校では、野球部はきわめて弱小だったのですが、予算だけはほかの部の数倍あったので、いつも議論になっていました。
部長はもちろん生徒です。教師は顧問という立場です。
 
桜宮高校でも教師は顧問という立場でしたから、部長は生徒だったのでしょう。公立高校というのはだいたいそういう形ではないでしょうか。
 
もっとも、高校野球などを見ていると、たいていおとなが部長を名乗っています。生徒のトップはキャプテン、主将です。
高校野球や私立高校では事情が違うかもしれませんが、桜宮高校では生徒会があり、部活動はその下で行われているはずです。
 
ですから、教委や校長が部活動の停止を命令しても、生徒会なりその部なりはどうしても従わなければならないということはありません。不当だと思えば拒否すればいいのです。
 
今では、このように生徒自治を重視する発想はあまり世の中にないかもしれません。
筑波大学は文部省がもっとも力を入れて設立した大学ですが、ここには学生自治会がありません。文部科学省は学生自治というのはないほうがいいと思っているのでしょう。
また、内申書重視や推薦入学制度の拡充によって教師の生徒に対する力が強まり、それによっても生徒自治は弱体化したように思われます。
 
しかし、桜宮高校の生徒たちには、部活動停止命令が不当だと思えば拒否するという選択肢があるはずです(大会参加などは主催者側が拒否するかもしれませんし、スポーツ推薦なども得られませんが、生徒だけでやれる範囲のことはできます)
 
自分が不当に扱われたと思ったときには拒否するのが当然です。年齢や立場は関係ありません。
それができないから体罰も起こるのです。
 
もっとも、世の中がそうした人間を求めているとは限りません。むしろ体罰を受け入れる子ども、不当に扱われても黙っている人間を求めている面があります。だからブラック企業などがはびこります。
 
今後、おとなは体罰問題の解決策を出してくるでしょうが、どうせくだらない策しか出てきません。
それよりも、生徒自身が体罰を拒否する心の強さを持ち、それでも体罰があった場合は親や校長や教委やそのほかの人に訴え出て戦うという社会的スキルを身につけることがいちばんの解決策です。
こうした心の強さや社会的スキルは人生のあらゆる場面で役立ちます。
 
 
 
【追記】
これを書いたあとで、桜宮高校の全運動部が活動を再開したというニュースがありました。
 
全運動部の再開を承認 バスケ部などは複数指導体制に
大阪市立桜宮高校の男子バスケットボール部主将だった2年の男子生徒=当時(17)=が体罰後に自殺した問題で、大阪市教委は5日、活動停止中の同校の14の運動部の再開を承認した。(後略)
 
「大阪市教委は――承認した」と書かれていますが、大阪市教委にそんな権限があるのかという根本的な疑問が残ります。

教育問題を論じるとたいてい意見が対立します。しかもこの対立はいくら議論しても解消されることがありません。
なぜそうなるかというと、おとな同士で議論しているからです。たとえば、「体罰は子どものためになる。子どもも感謝している」と主張する人がいますが、こういうことはおとな同士で議論してもどうにもなりません。
ですから、教育問題については、子ども自身が意見表明することがたいせつです。子どもの意見によって議論がさらに複雑になるかもしれませんが、最終的にはいい方向に行くはずです。
 
大阪市立桜宮高校における体罰問題が大きな騒ぎになっていますが、1月21日、画期的な出来事がありました。桜宮高校の元運動部キャプテンである3年生8人が記者会見を開いて意見表明をしたのです。
 
「結論覆す」、決意の反論=高校生8人、入試中止で会見-大阪市
 大阪市教育委員会が橋下徹市長の要求通り、市立桜宮高校の体育系2科の入試中止を決定した21日夜、同校3年の男子生徒2人と女子生徒6人が記者会見に臨んだ。「私たちは納得いかない」「学校を守りたい」。8人は「まだ結論を覆せるかも」と、橋下市長と市教委に対し、決意の反論を展開した。
 市役所5階の記者クラブで午後7時半から1時間余にわたった会見。8人はいずれも運動部の元キャプテン。制服のブレザー姿で横一列に並んだ。
 「体育科に魅力を感じて受験したいと思う生徒がほとんど。普通科に回されるのは、私たちは納得がいかない」。女子生徒が口火を切った。橋下市長が同日朝、全校生徒を前に説明したが、「具体的な理由がなく、私たちの声も十分に聞いてくれなかった。思いは1時間で話せるわけがない。『生徒、受験生のことを考えて』と何度も繰り返したが、在校生と受験生のことを考えたらもっと違う結果があったんじゃないか」と訴えた。
 橋下市長が体罰の背景に「生徒たちも容認していた」「勝利至上主義」などと発言していたのに対し、女子生徒は「容認していないし、勝つことだけが目標ではなく、礼儀など人として一番大切なことを教えてもらっている」と反論。自殺問題について「心の傷は深く、重く受け止めている。傷を癒せるのは先生」として教諭の総入れ替えにも反対し、「多くの生徒が学校を守りたいと思っている」と強調した。
 男子生徒は「今回の結果が覆せるんじゃないかと、強い思いを持ってきた」と会見の動機を語った。別の女子生徒も「今まで続いている伝統は今でも正しいと思っている」と力説した。(2013/01/21-22:36
 
高校生がみずから記者会見をするというのは今までになかったはずで、まさに画期的というしかありません。
ところが、これに対して尾木ママこと教育評論家の尾木直樹氏が怒りのコメントをしました。
 
尾木ママ怒り心頭「誰がこんなことやらせたの!」 桜宮高生徒が記者会見
「誰がやらせたのか。とんでもない。こんな記者会見やらせるべきでない」
   いつもはニコニコしている教育評論家の尾木直樹が珍しく顔を真っ赤にして怒った。体育系2学科の入試中止が決まった大阪市立桜宮高校で、運動部主将を勤めた3年生8人が記者会見して入試中止反対を訴えたのだ。
 
運動部の主将つとめた8人並べて「入試中止に反対」
   大阪市教育委員会が決めたのは、今春(2013年)の体育科(80)とスポーツ健康科学科(40)の入試を中止し、同じ定員を普通科に振り替えて募集をするという内容だった。主張が通った橋下大阪市長は「教育委員会が教育的な視点で素晴らしい決定をして下さったと思う」と高く評価した。
    ところが、市長会見の直前に運動部の主将を務めた8人の生徒が市役所内で記者会見を開き、入試中止の決定に反対を表明した。「なぜ高校生の私たちがこんなにもつらい思いをしないといけないのかわかりません」「体育科をなくしたからといって、クラブ活動のなかで体罰がなくなるとか、そういうことにつながらないと思う」「いま1つしかない一瞬のことを全部潰されているようにしか思えない」
 
学校側や一部保護者の入れ知恵か
    これでは学校側は体罰自殺をどう反省し、生徒に教えてきたのか疑問を感じる。このVTRを見ていた尾木は「これが生徒のすべての声とは受け止められない。なぜこんな会見をやらせたのか。誰がやらせたのか。とんでもない。(会見をやるなら)生徒会長や部長が出るとか、生徒会長名で声明を出すべきです」と怒った。
 
   その背景として、尾木はこうも付け加えた。「この学校は体育科がメインで、強くなければいけない使命を背負っている。進学重点校の体育版です。橋下市長はそれがゆがんで出てきたと捉えた。校長の言うことを聞かない。校長の権限が及ばず、私物化されている。これは高校教育全体の構造で、全国の高校が自己点検すべき中身が含まれているんです。桜宮高は設置のあり方を見直し変えていく第一歩です」
 
   コメンテーターの館野晴彦(月刊『ゲーテ』編集長)「市教委にそれが期待できますか」
   尾木「(いじめによる生徒の自殺のあった)大津市教委よりはましです」
 
   生徒が入試中止を受け入れがたいと考えるのは、ある意味では当然かもしれないが、それを訴えるのが記者会見というのは自分たちの判断なのか。高校生がメディアを集めてアピールするというのはどこか不自然じゃないか。学校側や一部保護者の入れ知恵なのか。
 
私はこれを読んで一瞬、高校生の記者会見は誰かおとながやらせたのかと思いました。だったら、あまり評価するわけにはいきません。
しかし、よく読むと、おとながやらせたという根拠はなにも書いてありません。尾木ママがそう推測しているだけのようです。
「高校生がメディアを集めてアピールするというのはどこか不自然じゃないか。学校側や一部保護者の入れ知恵なのか」というのはJ-CAST ニュースの“地の文”ですが、これも推測です。記者の勝手な推測で記事を締めくくるなど、記事の書き方のイロハもわかっていないのかと言いたくなります。
 
尾木ママだけでなく、ネットを見ていると、高校生だけの記者会見については圧倒的に反発の声が多く、自殺した生徒のことを考えないのかという批判のほかに、あやつられている、マインドコントロールされているという批判も目立ちました。
 
私自身は、誰かおとなにあやつられているとは思いません。高校生は1時間余り記者会見したということですが、自分の考えのない人間は1時間余りの質疑応答には耐えられないと思います。また、1人や2人ならマインドコントロールできるかもしれませんが、8人もマインドコントロールできるとは思えません。
桜宮高校の生徒にとって、現在の桜宮高校を巡る状況についてどうしても言いたいことがあったのでしょう。橋下徹市長は暴走し、マスコミは一面的な報道しかしません。高校生がみずからの意志で記者会見したのは少しも不思議ではありません。
 
そう思っていたら、高校生の記者会見は高校生自身の意志によるものだったという報道がありました。
 
橋下市長の手荒い治療では治るものも治らない
顔を映さないように並んだ8人の高校生の記者会見は異様な感じだった。体罰を受けた生徒の自殺で揺れる大阪市立桜宮高。体育科の入試中止の決定を受け、同校運動部元主将ら8人の3年生による市役所での会見である。「私たちは勝利至上主義でやっているわけでない。礼儀やマナーも学ぶためにも通っている」などと訴えた。
 
 教師が同席しない生徒だけの会見は前代未聞。間に「仕掛け人」がいて生徒は言わされただけでは、と嫌な感じもしたが、それは誤解だった。関係者に聞くと学校を介さず生徒たちから会見を申し入れたとか。体罰がはびこった体質の中で自分たちの学校に誇りを持つ骨のある生徒が育っていた。
(後略)
 
この報道が絶対正しいとは言えませんし、私の推測が正しいとも言えませんが、少なくとも尾木ママら多くの人たちがなんの根拠もなく記者会見した8人の高校生は誰かに操られていると決めつけたのは明らかにおかしいと言えます。
 
私は、尾木ママの教育論は比較的に評価していましたが、今回のことでやはり教育界の人間だったのだなと改めて思いました。
教育界では子どもというのはあくまで教育の対象であって、子どもがみずから教育について意見を言うことはタブーとなっています。子どもがどんどん自分の意志を表明するようになったら、今の教育界や学校制度は崩壊してしまうからです。
 
8人の高校生は体罰教師を擁護しているのではないかという批判もあるでしょう。私も多少そのことについて懸念がありますが、だからといって発言を封じるようなことがあってはいけません。今までテレビのコメンテーターが体罰賛成論を言うのを放置してきて、高校生が同じことを言ってはいけないという理屈はありません。
 
ところで、先日、日本テレビ系列でジブリのアニメ「コクリコ坂から」(宮崎吾朗監督)が放映されました。これは60年代の高校生活を描いたもので、恋愛や親子関係も出てきますが、ストーリーの軸になるのは、伝統ある学生寮の建物の取り壊しを巡って学校側と生徒側が対立することです。そして、生徒たちはみずからの意志で学園理事長に談判しに行きます。私はこうした生徒の自治精神が印象に残りました。
 
また、私が高校生だったときは、高校の校庭で集会を開いて、そこからベトナム反戦デモに出かけましたし、卒業式のときは会場前でボイコットを呼びかけるビラを配りました。
 
ですから、私にとって高校生が社会的政治的に発言することにはぜんぜん違和感がありません。むしろ尾木ママの「誰がこんなことやらせたの!」という反応に違和感があります。
 
8人の高校生の行動は、彼ら自身にとってよい経験となったでしょうし、ほかの桜宮高校の生徒にとっても、自分たちの意見を社会に発信できたということで満足があったでしょう。意見の違う生徒にしても、自分の仲間が社会に対して意見を表明したということは自信になったのではないかと思います。
 
今回、高校生による記者会見をおとしめる発言をするおとなが多いですが、高校生はそんな発言にめげることなく、どんどん自分の意見を表明し、自分の意志で行動していってほしいと思います。
 
 
日本は子どもの権利条約を批准しています。この条約は子どもを「権利の主体」と見なすもので、「子どもの意見表明権」を規定していますから、今回高校生が記者会見を行ったのは当然の行動ということになります。
ところが、日本の教育界やマスコミや世間一般は子どもの権利条約を無視して、いまだに子どもを「教育の客体」と見なしているので、子どもが意見を表明すると、必死でそれをおとしめようとします。
自民党の教育改革にしても、子どもの意見を聞くという姿勢がまったくありません。おとな本位の教育改革がうまくいくわけがありません。
子どもを「権利の主体」と見なすという当たり前の認識が広く共有される必要があります。

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