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「1917 命をかけた伝令」(サム・メンデス監督)を観ました。

「全編を通してワンカットに見える映像」が売りで、確かにそれはすごいのですが、それだけではありません。戦争映画としての新機軸がいくつもあります。

サム・メンデス監督といえば、「アメリカン・ビューティー」が衝撃的でした。アメリカ社会の病理を深く描きつつ、同時にじゅうぶんにおもしろい映画になっていました。
メンデス監督は「007 スカイフォール」なども撮っていて、そういうエンターテインメント性もあるし、イギリスの舞台演出でも実績のある人なので芸術性もあるということで、両面できるのが強みです。


第一次世界大戦下、二人のイギリス兵に重要な伝令の任務が与えられ、二人は敵中を横断して、その二日間にさまざまなことがあるという物語です。
物語としてはきわめて単純です。意外な展開があるということはありません。
ただ、敵中といっても敵は撤退したあとなので、緊張の連続というわけではなく、いろいろな人との出会いもあります。

この映画の見どころは、一言でいえば「戦場の臨場感」です。

まず美術スタッフの力がすごくて、たとえば塹壕とか、敵が撤退したあとの砲兵陣地とか、戦場に放置された死体とかがひじょうによくできています。
それがワンカットでずっと続いていくと、自分もそこにいるような気分になってきます。
ストーリーにひねりはなくても、次になにが起こるかわからない戦場の緊迫感があるので、引き込まれてしまいます。


それから、人間の描き方が類型的ではありません。
これまで戦争映画というと、英雄的な兵士、鬼軍曹、理不尽な上官、未熟な補充兵、乱暴者、ひょうきん者といった類型ばかりでした。
敵と味方の描き方も違います。ですから、バタバタと敵を殺すシーンを見ても、罪悪感を感じることはありません。
ところが、この映画に出てくるのは、“普通の人間”ばかりです。
敵兵の出てくるシーンはそれほど多くありませんが、敵兵も“普通の人間”なので、主人公が敵兵を殺すシーンを見ると、「人を殺した」という実感があって、ショッキングです。


戦争映画というのは、つくり手の価値観が強く反映されます。
英雄的な兵士を讃えたいとか、国の誇りを描きたいとか、あるいは戦争の悲惨さを訴えたいとか、戦争指導者の愚かさを描きたいといった“志”が必ずあるものです。つまり戦争映画というのは、戦争賛美映画か反戦映画かのどちらかです。
スピルバーグ監督の「プライベート・ライアン」は、戦争の悲惨さをリアルに描いたと評価されていますが、基本は兵士の勇敢さを讃える映画です。

つくり手が“志”を持つと、見方が偏ってしまい、戦争の全体像が見えてきません。
この映画はそうした偏見を極力排したことで、「戦場の臨場感」が体感できる映画になりました。


また、この映画には“死”が描かれます。
映画や小説というのは、死をより悲劇的に描こうとするもので、たとえば最愛の恋人が白血病になるとか、肉親が末期がんになるといった物語を量産してきました。
戦場の死の場合は、強い友情で結ばれた戦友の死がいちばん悲劇的ですから、そうした物語になりがちです。

ところが、この映画はその点でも画期的です。
二人の伝令兵は、命令を受けたときたまたまその場にいたために、いっしょに任務につくことになります。とくに親しかったわけでないことが、二人の会話でわかります。
ですから、その死は肉親の死でも恋人の死でも特別な戦友の死でもない、“普通の死”です。
特別な友情はなく、たった一日行動をともにしただけの関係でも、死というものがいかに重いかがわかります。


塹壕戦の映画というと、どうしても画面が暗くなりがちですが、この映画は明るくて、色彩的にも鮮やかです。平原を見渡すシーンも多く、爽快感もあります。


この映画を観ると、これまでの戦争映画がいかに偏見にとらわれていたかがわかります。
戦場や死を臨場感をもって体験できる価値ある映画です。