村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

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アメリカで歴史上の偉人とされる人物の像が引き倒されたり撤去されたりする動きが加速しています。
南軍のリー将軍の像が倒されるのはわかりますが、サンフランシスコで6月19日に北軍のグラント将軍(第18代大統領)の像も倒されました。奴隷の所有者だったというのが理由のようです。
同時に、同じ理由でアメリカ国歌「星条旗」の作詞者であるフランシス・スコット・キーの像も引き倒されました。

ニューヨーク市のアメリカ自然史博物館にある第26代大統領セオドア・ルーズベルトの像も撤去されることが決まりました。ルーズベルトが先住民族とアフリカ系男性を両脇に従えるようにして馬にまたがっている像で、人種差別と植民地主義を美化するものだとかねてから批判されていました。
オレゴン州ではワシントン大統領の像も破壊されましたし、コロンブス像の撤去も各地で進んでいます。

5月25日にミネソタ州ミネアポリス近郊で黒人男性のジョージ・フロイド氏が白人警官に首を膝で押さえられて殺害された事件をきっかけに人種差別反対運動が盛り上がったことの影響が大きいのはもちろんですが、そういう一時的なことではなく、もっと深いところでアメリカの歴史の見直しが進んでいるようです。


小田嶋隆氏の『「日本人感」って何なんだろう』というコラムは、水原希子さんがSNSで差別的な攻撃を受けていることを主に取り上げたものですが、Netflixの『13th -憲法修正第13条-』というドキュメンタリー映画も紹介していて、この映画がたいへんすばらしかったので、私もこのブログで紹介することにします。

現在、この映画はNetflixの契約者以外にもYouTubeで無料公開されていて、誰でも観ることができます(期間限定かもしれません)。




これはNetflixが2016年に制作した1時間40分のドキュメンタリー映画です。これを見ると、現在「Black Lives Matter」をスローガンにした運動が盛り上がっている背景がわかります。

私はマイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン 」に匹敵する映画だと思いました。
「ボウリング・フォー・コロンバイン 」は銃規制を軸にしてアメリカ社会の病理を描いた映画で、「13th -憲法修正第13条-」は刑務所を軸にしてアメリカ社会の病理を描いた映画です。「ボウリング――」のほうは、マイケル・ムーア監督がエンターテインメントに仕上げていて、おもしろく観られますが、「13th -憲法修正第13条-」のほうは硬派のドキュメンタリーなので、観るのに少し骨が折れるかもしれません。しかし、観ると「そうだったのか」と、目からうろこがぼろぼろ落ちる気がします。

内容については小田嶋隆氏が要約したものを引用します。

 視聴する時間を作れない人のために、ざっと内容を紹介しておく。
 『13th』というタイトルは、「合衆国憲法修正第13条」を指している。タイトルにあえて憲法の条文を持ってきたのは、合衆国人民の隷属からの自由を謳った「合衆国憲法修正第13条」の中にある「ただし犯罪者(criminal)はその限りにあらず」という例外規定が、黒人の抑圧を正当化するキーになっているという見立てを、映画制作者たちが共有しているからだ。

 じっさい、作品の中で米国の歴史や現状について語るインタビュイーたちが、繰り返し訴えている通り、この「憲法第13条の抜け穴」は、黒人を永遠に「奴隷」の地位に縛りつけておくための、いわば「切り札」として機能している。

13条が切り札になった経緯は、以下の通りだ。

1.南北戦争終結当時、400万人の解放奴隷をかかえた南部の経済は破綻状態にあった。
2.その南部諸州の経済を立て直すべく、囚人(主に黒人)労働が利用されたわけなのだが、その囚人を確保するために、最初の刑務所ブームが起こった。
3.奴隷解放直後には、徘徊や放浪といった微罪で大量の黒人が投獄された。この時、修正13条の例外規定が盛大に利用され、以来、この規定は黒人を投獄しその労働力を利用するための魔法の杖となる。刑務所に収監された黒人たちの労働力は、鉄道の敷設や南部のインフラ整備にあてられた。
4.そんな中、1915年に制作・公開された映画史に残る初期の“傑作”長編『國民の創生(The Birth of a Nation)』は、白人観客の潜在意識の中に黒人を「犯罪者、強姦者」のイメージで刻印する上で大きな役割を果たした。
5.1960年代に公民権法が成立すると、南部から大量の黒人が北部、西部に移動し、全米各地で犯罪率が上昇した。政治家たちは、犯罪増加の原因を「黒人に自由を与えたからだ」として、政治的に利用した。
6.以来、麻薬戦争、不法移民排除などを理由に、有色人種コミュニティーを摘発すべく、各種の法律が順次厳格化され、裁判制度の不備や量刑の長期化などの影響もあって、次なる刑務所ブームが起こる。
7.1970年代には30万人に過ぎなかった刑務所収容者の数は、2010年代には230万人に膨れ上がる。これは、世界でも最も高水準の数で、世界全体の受刑者のうちの4人に1人が米国人という計算になる。
8.1980年代以降、刑務所、移民収容施設が民営化され、それらの産業は莫大な利益を生み出すようになる。
9.さらに刑務所関連経済は、増え続ける囚人労働を搾取することで「産獄複合体(Prison Industrial Complex)」と呼ばれる怪物を形成するに至る。
10.産獄複合体は、政治的ロビー団体を組織し、議会に対しても甚大な影響力を発揮するようになる。のみならず彼らは、アメリカのシステムそのものに組み込まれている。
 ごらんの通り、なんとも壮大かつ辛辣な見立てだ。


アメリカを語るときに「軍産複合体」ということがよく言われますが、ここには「産獄複合体」がキーワードとして出てきます。
刑務所システムそのものが大きなビジネスになっていて、しかも受刑者の労働力が産業に利用されて利益を生み出します。
そのため受刑者が増えるほど儲かるわけです。

1970年に35万人ほどだった受刑者は、80年には50万人、90年には117万人、2000年には200万人という恐ろしいスピードで増え続け、14年には230万人を突破しました。
アメリカもヨーロッパ諸国も同じような文明国ですが、アメリカだけ犯罪大国である理由が、この映画を観て初めてわかりました。

受刑者をふやすためのひとつの仕掛けが“麻薬戦争”です。
アメリカが長年“麻薬戦争”をやっていて、少しも成果が上がらないのを不思議に思っていましたが、「受刑者をふやす」というほうの成果は上がっているのです。

犯罪者の97%は裁判なしに刑務所送りにされているということも初めて知りました。
私の知識では、アメリカでは裁判官の前で罪を認めるとその場で刑が言い渡され、無実を主張すると陪審員つきの裁判に回されるのですが、実際は容疑者が検察官と取引して刑を認めているのです。容疑者が裁判を要求すると、印象を悪くして刑が重くなる可能性が大きいので、97%が裁判なしになります。

犯罪者だから刑務所に入るのではなく、刑務所に入る人間をふやすために犯罪者を仕立て上げていると考えるとよくわかるでしょうか。

刑務所送りになるのは黒人が多く、それが現在の「Black Lives Matter」の運動につながっているというわけです。

Netflixがこういう根源的なアメリカ批判の映画をつくって、しかも今回無料公開していることは大いに称賛に値します。


ところで、アメリカがこういう国であることは同盟国である日本にも当然影響してきます。

日本はヨーロッパから文句を言われながらも死刑制度を維持し、特定秘密保護法、共謀罪をつくり、司法取引を導入してきましたが、これは要するに司法のアメリカナイズをしているわけです。
幸い日本は犯罪はへり続けていますが、果してアメリカを手本に司法改革をしていていいのか、考え直さないといけません。

それから、この映画には出てきませんが、“テロ戦争”も“麻薬戦争”と同じなのではないかと思いました。
“テロ戦争”は産獄複合体と軍産複合体を同時に儲けさせる仕掛けと考えられます。

日本は同盟国の正体をしっかりと見きわめて、国のかじ取りを誤らないようにしないといけません。

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人種差別反対運動で「Black Lives Matter」というスローガンが使われていますが、これをどう訳すかが問題になっています。

「 Matter」は、名詞だと「問題」とか「事柄」という意味ですが、ここでは動詞なので、「問題である」とか「重要である」という意味になります。
一般には「黒人の命はたいせつだ」とか「黒人の命もたいせつだ」と訳されていますが、これでは本来の意味が表現できていないという声があります。
そこで「黒人の命こそたいせつだ」という訳が考えられましたが、これでは黒人の命を特別扱いしているみたいです。

そうでなくても、「Black Lives Matter」は逆差別だと主張する人たちがいます。
そういう人たちは「All Lives Matter」と言います。

「Blue Lives Matter」という言葉もあります。
ブルーはアメリカでは警官を象徴する色だということで、「警官の命もたいせつだ」という意味になります。
警官が黒人を殺す事件が人種差別反対運動盛り上がりのきっかけになっているのに、それを否定するような言葉です。

日本で痴漢対策に女性専用列車があることに対して、「女性専用列車は男性差別だ」と主張する人がいるみたいなものです。

で、「Black Lives Matter」をどう訳すかという問題ですが、朝日新聞の『(後藤正文の朝からロック)黒人の命「は」「も」「こそ」』というコラムに、ピーター・バラカンさんによる「黒人の命を軽く見るな」という訳語が紹介されていて、これがいいのではないかと思いました。

「黒人の命を軽く見るな」という言葉だと、黒人の命が軽く見られている現状への抗議だということがわかります(「黒人の命を無視するな」のほうがよりいいかもしれません)。
「黒人の命はたいせつだ」とか「黒人の命もたいせつだ」では、差別的な現状が見えてきません。


ともかく、「黒人差別反対」という声を上げると、「それは白人差別だ」という声が上がり、「女性差別反対」の声を上げると、「それは男性差別だ」という声が上がり、議論が混乱するのが常です。
こうしたやり方が天才的にうまいのがトランプ大統領です。

6月12日、ジョージア州アトランタ市で、駐車場の車の中で寝ていた黒人男性が飲酒運転で逮捕されるときに抵抗し、警官のテーザー銃を奪い、警官が黒人男性に拳銃を3発撃って射殺するという事件がありました。撃った白人警官は殺人罪で訴追されましたが、白人警官が血を流して倒れている黒人男性を蹴りつけている映像があり、白人警官への批判がいっそう高まりました。
トランプ大統領は米Foxニュースのインタビューで、この事件に言及し、「私は彼(被告の白人警官)がフェアな扱いを受けることを願う。わが国では、警察はフェアな扱いを受けてこなかったから」「あのように警察官に抵抗してはいけない。それでとても恐ろしい対立に陥ってしまい、あの終わりようだ。ひどい話だ」と語りました。

トランプ大統領にかかると、フェアな扱いを受けてこなかったのは黒人ではなく警官で、撃った白人警官より抵抗した黒人男性が悪いということになってしまいます。

トランプ大統領は外交関係でも同じやり方です。
たとえば5月29日の会見でも「中国は何十年もの間、米国を食い物にしてきた。私たちの仕事を奪い、知的財産を盗んできた」と言いました。
トランプ大統領はつねにこの調子で、「アメリカは食い物にされてきた」「アメリカは利用されてきた」「日米安保は不公平だ」と言います。
どの国も超大国のアメリカを食い物にすることなどできるわけがないのですが、ともかくトランプ大統領は、アメリカは食い物にされていると主張し、相手国と交渉するわけです。


つまりトランプ大統領は「公平」という基準が普通の人と違うのです。
いや、トランプ大統領だけでなく、白人至上主義者はみな同じです。
彼らは、今のアメリカは黒人やヒスパニックやアジア系がのさばって、白人は不当にしいたげられていると思っていますし、アメリカは中国や日本に食い物にされていると思っています。
彼らの内心の思いを政治の表舞台で言語化することで支持を集めたのがトランプ大統領です。


トランプ大統領や白人至上主義者は、議論の出発点が違うので、一般の人が議論するとどうしてもかみ合いません。
たとえばテニスの大坂なおみ選手は、差別問題に積極的な発言をしていますが、ツイッターで「日本には差別はない。引っかき回すな(There is no racism in Japan. Do not make a disturbance)」と反論されたことがありますが、これなど典型です。
もし日本に差別がないなら、差別反対の声を上げる大坂選手は愚か者ということになりますが、もちろん日本に差別はあるに決まっています。

「日本には差別はない」というのはまだかわいいほうです。
本格的な差別主義者は、「在日は特権を享受していて、日本人は差別されている」と主張します。

歴史修正主義者も同じ論法を使います。
自虐史観の人間が歴史をゆがめているので、自分たちはそれを正しているだけだというわけです。

差別主義者と戦うために土俵に上がったときは、仕切り線がちゃんと真ん中に引かれているか確かめないといけません。

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