
G7広島サミットでは、ウクライナ戦争の停戦が議論されなかっただけでなく、戦争の今後の見通しも示されませんでした。
昨年2月に戦争が始まって、すでに1年3か月がたっています。
アメリカは双方の戦力をかなり正確に把握しているので、最終的な帰結は見えているはずです。
ウクライナ戦争が始まったとき、この戦争はどちらが勝つのかということを誰もが考え、議論が起こりました。
ところが、戦争が長引くとともにそうした議論はなくなりました。
テレビに出てくる専門家たちも、現在の戦況については解説しますが、今後どうなるかは語りません。
今の報道ではどちらが優勢かという肝心のことがまったくわかりません。その典型がバフムト攻防戦です。
バフムトはドネツク州の交通の要衝で、ウクライナ軍が駐屯していたところをロシア軍とワグネルが包囲して、半年以上にわたって激戦が繰り広げられてきました。
一応ロシア側が包囲して攻撃しているのですから、ロシア優勢と見るのが普通ですが、報道だけ見ていると、むしろウクライナ優勢に思えます。
たとえば2月16日の『バフムト抗戦はウクライナ反転攻勢の「準備」…ロシア軍の戦力消耗狙う』という読売新聞の記事には、『 ウクライナの国防次官は15日、SNSで、バフムトなどの攻略を図る露民間軍事会社「ワグネル」について、「死傷者数が80%に達する突撃部隊もある」との見方を示した。英国のベン・ウォレス国防相は15日、英BBCで、露軍は投入可能な戦車の約3分の2を失い、戦闘力が40%低下している可能性を指摘した』といったことが書かれています。
3月9日の「バフムト陥落でもその先にロシア軍を待つ地獄」というニューズウィーク日本版の記事には、「ロシア軍は激しく消耗しており、ウクライナ東部の要衝で勝利したとしても、大きな代償を払うことになる可能性が高い――米シンクタンクの戦争研究所(ISW)が、こう指摘した」と書かれています。
3月25日の「ウクライナ激戦地バフムト ロシアの攻撃失速 防御重視に移行か」というNHKの記事によると、「ウクライナに侵攻するロシア軍は、掌握をねらってきた東部の激戦地バフムトで攻撃の勢いが失速し、大規模な攻撃から防御をより重視する態勢に移行しようとしているという見方がでています」ということです。
実際、ワグネル創始者のプリコジン氏は動画の中で、弾薬の補給が足りないことに怒りを爆発させ、ショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長を呼び捨てにし、弾薬不足が解消されなければバフムトから撤退すると言いました。
この動画を見たときは、ロシア側もそうとう苦しいのかと思いましたが、その後、プリコジン氏は「武器弾薬の供給が約束された」として、バフムトでの戦闘を継続する意思を示しました。
そして5月20日、ロシアはバフムトの「完全制圧」を発表しました。この日はゼレンスキー大統領がG7に参加するため広島に到着した日でもあります。
ゼレンスキー大統領は21日の記者会見で、「バフムトはウクライナの統制下にあるか」という記者団の質問に「そうは思わない」と述べ、続いて「現在、バフムトは我々の心の中だけにある。悲劇だ。そこには何もない」と述べました。
もっとも、その数時間後の記者会見ではゼレンスキー大統領は「バフムトは現在占領されていない」と発言を修正しました。
また、ウクライナの国防次官は同日、SNSでウクライナ軍が「市内の一角を掌握し続けている」と強調しました。
その前からロシアはバフムトを「占領」したとか「解放」したとか発表し、そのつどゼレンスキー大統領が「戦闘は継続している」と言い返すのがお決まりで、今回もそのパターンとなりました。
しかし、今回はそれまでと違います。
ワグネルが25日にバフムトから撤退を開始し、ロシア軍に占領地を引き渡すと発表しました。
どう見てもバフムトはロシアに占領され、ウクライナ軍は撤退したと見られます。
そもそもバフムトがこれほどの激戦地になったのは、ゼレンスキー大統領の意地があったからです。
3月の時点でこんな記事が書かれていました。
ゼレンスキー氏、バフムト放棄を否定 米欧は撤退を助言かウクライナのゼレンスキー大統領は3日、最激戦地である東部ドネツク州の要衝バフムトについて「われわれは可能な限り戦う」と述べ、ウクライナ軍に同市を放棄する考えはないと表明した。(中略)これに先立ち、米CNNテレビは1月下旬、バフムトには軍事的価値が乏しいとし、米欧がウクライナに戦闘の軸を東部から南部に移すよう促していると報道。米ブルームバーグ通信も2日、米欧がウクライナに対し、米欧製戦車の実戦投入など反攻の条件が整うまでは戦力の損耗を抑える必要があり、バフムトの放棄も検討すべきだと助言していると報じた。ただ、ウクライナにとって、約半年間にわたって激戦が続くバフムトは抗戦の象徴的存在となっている。ゼレンスキー氏はバフムトの放棄によりウクライナ軍の士気が低下する事態を避けたい思惑だとみられる。(後略)https://www.sankei.com/article/20230204-5LW2M7X7ABLHVKBBBY3R7DQT7E/
つまりこのときからアメリカなどはバフムト攻防戦の帰結を見通して、撤退を勧告していたわけです。
ただ、ゼレンスキー大統領も個人的な意地を張ったわけではないでしょう。ウクライナの国民感情がバフムトの放棄を許さない感じだったのではないかと思われます。
それにしても、ウクライナ軍が劣勢であったバフムト攻防戦を、まるでロシア側が苦戦しているように報道してきたマスコミはなんだったのかということになります。
マスコミはウクライナとNATOの発表する“大本営発表”をそのまま垂れ流してきたのです。
ウクライナとNATOが戦況を自分たちが優勢であるかのように発表するのは当然です。ウクライナ国民と兵士の士気にかかわるからです。ロシアも同じことをしています。
しかし、マスコミやジャーナリズムは“真実”を報道しなければなりませんが、そういう気概をもったマスコミはほとんどないということがよくわかりました。
そういうことを踏まえると、マスコミも専門家もウクライナ戦争の帰結を語らなくなった理由がわかります。
それは、ウクライナに勝ち目がないということです。
このところフランスやドイツやイギリスが最新鋭の戦車を提供するということが話題になり、さらにF16戦闘機の供与も決まって、ウクライナ軍の戦力が増強されているというイメージがつくられています。
しかし、最新鋭の戦車でもミサイルが命中すれば同じことですから、たいして戦力増強になるとは思えません。
F16戦闘機も、戦場に登場するのはだいぶ先ですし、これまでの戦況を見ても航空機はほとんど活躍していません。
一方、ロシア軍の戦力増強のニュースはまったくありませんが、増強していないはずがありません。
ロシアはナチスドイツに攻め込まれたとき、ドイツに負けない優秀な戦車を開発し、大量の大砲とロケット砲をつくってドイツ軍を戦力で圧倒しました。
その経験があるロシアは、急速に戦力を増強しているに違いありません。
バフムト攻防戦は両軍が死力を尽くし、その結果ロシア軍が勝ちました。ということは、今後の戦いにおいてもロシア軍がウクライナ軍に勝つことになりそうです。
もともとロシアとウクライナでは人口も兵員数も違います。消耗戦が長期化すれば、ウクライナ軍は消滅します。
ウクライナ政府は何か月か前から「5月に反転攻勢する」ということを繰り返し言ってきました。
ほんとうに反転攻勢するつもりなら、なにも言わずに相手を油断させるはずです。
国民と兵士の士気を鼓舞するために言っていたのでしょう。
もう5月も終わりです。
日本政府はウクライナをさまざまな形で支援していますが、ウクライナに勝ち目がないなら、支援は戦いを長引かせて悲劇を増大させるだけです。