
福島第一原発の処理水の海洋放出に中国が反発し、日本産水産物の全面輸入禁止を打ち出しましたが、野村哲郎農水相は「たいへん驚いた。まったく想定していなかった」と述べました。
農水相だけでなく、政府全体でも想定していなかったようです。
確かに中国の反応は明らかに過剰反応なので、別の意図がありそうです。
ただ、日本政府も「科学的に安全」と繰り返すばかりで、まったく能がありません。
日本政府のこのやり方が問題を大きくしました。
そもそも「処理水」という言葉がごまかしです。
トリチウムは確実に含まれているのですから、少なくとも「トリチウム汚染水」というべきです。
それに、ALPS(多核種除去設備)でトリチウム以外の放射性物質は除去できることになっていますが、実際はすべてが除去できているわけではありません。
『またも岸田首相の詭弁?「処理水」海洋放出の不都合な事実を環境NGOが暴露』という記事によると、『「処理水」とされているもののうち、その7割弱で、ヨウ素129や、ストロンチウム90、セシウム137、プルトニウム239等の、トリチウム以外の放射性物質も基準を超えた量を含んでいる』「放射性物質によっては基準の2万倍近くという濃度で含まれている」ということです。
つまりトリチウム以外の放射性物質も含まれているのですから、やはり「汚染水」が正しい表現です。
「処理水」などというごまかしの言葉を使うので、ほかのことも信用されなくなります。
なお、今回の海洋放出に際しては、改めてALPSで処理を行うことになっていますが、どこまで処理できるかわかりません。
ところで、汚染水は海洋放出のほかに大気放出という手段もありました。
私はなぜ大気放出をしないのか不思議に思っていました。
やり方は簡単です。タンクの上部を切り取って、雨除けの屋根をつければ、蒸発して自然と水量はへっていきます。タンクを黒く塗って太陽熱を吸収しやすくすれば、より早くへります。
なぜ大気放出をやらないのかについて、まともな説明を聞いたことがありません。
私が想像するに、タンクにたまっているのはかなりの汚染水なので、福島周辺の大気汚染がひどくなるからできなかったのでしょう。
それから、東電が金さえ出せば、周辺の土地を買い、タンクを増設して、海洋放出をしないという選択肢もありました。時間がたてば汚染水の線量は下がるので、時間が問題を解決してくれます。
東電はこれまでずっと黒字でしたが、23年3月期で赤字を出して、そのタイミングで海洋放出の決定をしました。
東電が金を出さないために日本と世界が迷惑をこうむっているのです。
私自身は、政府の説明はあまり信じませんし、ある程度海洋が汚染されるだろうと思っていますが、ただ、汚染といってもそれほどのものではないので、日本近海の水産物も普通に食べるつもりです。
汚染水放出の影響があったとしても福島県周辺だけのことですから、中国の日本産水産物の全面輸入禁止は明らかにやりすぎです。
これは中国政府の最近の日本外交に対する不満の表明と思われます。
トランプ政権も反中国の方針を打ち出していましたが、バイデン政権は昨年10月に発表した「国家安全保障戦略」において中国を「唯一の競争相手」と位置づけ、反中国の姿勢をより明確にしました。
日本政府は当然アメリカに追随しますが、岸田政権はとくに追随ぶりが露骨です。
今月18日にはバイデン大統領の別荘キャンプデービッドに岸田首相と韓国の尹錫悦大統領が招かれ、三か国首脳会談が開催され、日米韓三か国の連携を確認しましたが、合意文書においては「中国」を名指しして南シナ海における海洋権益に関する行動を批判しました。
日本がこういう外交姿勢ですから、中国がずっと不満を募らせて、汚染水海洋放出を機に不満を爆発させたと見るべきでしょう。
周辺国の反応は日本の外交姿勢と完全に関係しています。
中国、ロシア、北朝鮮は強硬に海洋放出に反対しています。
韓国政府は海洋放出を容認しています。ただ、野党や世論は反対です。
ですから、日本政府が今回の中国の反応を想定外だとしているのはおかしなことです。
日本も中国に対してやり返せと勇ましいことを言う人もいますが、無責任な意見です。
中国のGDPは日本の3倍以上です。
2022年において、日本にとっての中国は輸出先として18.5%、輸入先として21.0%のシェアを占めていますが、中国にとっての日本は輸出先として6.1%、輸入先として9.0%のシェアです。
日本にとって中国は巨大ですが、中国にとって日本はそれほどでもありません。
ASEANなどアジアの国々は、アメリカが接近してきても、中国に配慮して適当に距離をとっています。
日本の対米追随外交の欠陥が今回露呈した格好です。
汚染水海洋放出に周辺国の反発が強かったのは、日本の偏った外交方針のほかに、「マナー」の問題もありました。
たとえ話をすれば、日本はゴミを家の中に溜めて、周りの家に迷惑がかからないようにしていました。それを今回、家の前の道路に捨てることにしたのです。ゴミはそんなに危険なものではなく、しばらくすれば風で飛んでいくか、地中に吸収されるので、「科学的に安全」だと主張しました。
しかし、周りの家にしてみれば不愉快です。自分の家のすぐ近くにゴミを捨てられるのですから。
これは必ずしも合理的な感情とはいえませんが、不合理な感情に動かされるのが人間です。
たとえば、回転寿司のスシローで醤油差しや湯飲みをペロペロとなめた少年がいて、大バッシングを受けました。あの行為自体は、衛生上の問題は大したことはなく、ある一店舗での出来事でしたが、人間の不合理な感情があの大バッシングを生んだわけです。
ですから、日本という家はどうすればいいかというと、ご近所づきあいのマナーとして、周りの家に手土産のひとつも持って「ゴミを放出してご迷惑をおかけします」と言って謝って回るべきでした。
ところが、日本という家はそういうことをしないで(少しはしたかもしれませんが)、「科学的に安全」という言葉を繰り返すだけなので、周りの家の反発をよけい買ってしまったわけです。
日本のこうした姿勢は、外交姿勢ともつながっています。日本は昔から欧米を崇拝し、近隣のアジア諸国を見下してきました。
周辺国の感情に配慮せず、「科学的に安全」と繰り返すのは、周辺国を見下しているからです。
EUやアメリカが汚染水海洋放出を容認しているのは、距離が遠いからです。
日本はこれを機会に、アメリカの覇権主義に協力するばかりでなく、「アジアの中の日本」ということを自覚して、外交姿勢から改める必要があります。