
最近、なにかとカスタマーハラスメント(カスハラ)が話題です。
厚生労働省は「職場におけるハラスメント対策」という資料をホームページ上に公開しましたが、その中に「威張りちらす行為」をする人として「社会的地位の高い人、高かった人、定年退職したシニア層などに傾向が見られる」との記述がありました。
そうすると、「これは高齢者差別ではないか」「『社会的地位の高かった人』や『シニア層』などと特定の人たちだけを名指しすることは誤解を招く」「どんな人でもそういうことは起きる」などと抗議がありました。
カスハラをする人に高齢者が多いというのはちゃんと根拠のあることです。
カスハラをする人に高齢者が多いというのはちゃんと根拠のあることです。
労働組合「UAゼンセン」は流通・小売業・飲食・医療・サービス業などで働く組合員3万3000人を対象にアンケート調査を実施し、こういうことがわかりました。
迷惑行為をしていた客の性別と推定年齢については、2020年調査では「主に40~70代の男性がカスハラをする」と結論づけられていた。今回の調査でも40代以上の客が9割以上を占めたが、特に70代以上の割合が大きく増えた。〈20年:11.5%(1750人)→24年:19.1%(2955人)〉
「社会的地位が高い」ということについては推測が入っているようですが、年齢については数字で示されています。
ところが、厚労省は抗議されると、カスハラをするのは高齢者が多いという記述を削除しました。
そうすると、それがまた問題になりました。
「その抗議自体がカスハラだ。カスハラ対策を訴える厚労省がカスハラに屈するとはなんのコントだよ」などの声が上がり、専門家もこういう対応はカスハラを助長しかねないと懸念をしました。
カスハラをする人に高齢者が多いというのは顕著な傾向です。
ですから、厚労省がそれを指摘したのは当然ですが、問題は指摘しっぱなしで終わっていることです。「傾向と対策」を論じなければいけません。
中途半端な指摘をするので抗議されたのでしょう。
誰もが感じていることでしょう。
UAゼンセンのカスハラ調査については、注目するべきことがもうひとつありました。
UAゼンセンは、2017年、2018年、2020年に続き、2024年も小売・サービス業で働く組合員を対象に、カスタマーハラスメント(顧客等による過剰な要求や迷惑行為)の実態についてアンケート調査を実施した。
直近2年以内で迷惑行為被害に遭ったと答えた割合は46.8%(1万5508人)で、前回2020年結果での56.7%(1万5256人)から約10ポイント減少した。
カスハラというと、どんどんひどくなって、接客業の従業員がつらい思いをしているというイメージがありますが、実際は減少しているのです。
マスコミはつねに危機感をあおるような報道をするので、誤解してしまいます。
犯罪件数も、2002年をピークに減少を続け、現在は3分の1以下になっていますが、テレビのワイドショーなどはつねに「犯罪は深刻化している」というスタンスで報道していました。
ほかのハラスメントはどうなのかと調べてみると、「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査」にはこう書かれています。
犯罪件数も、2002年をピークに減少を続け、現在は3分の1以下になっていますが、テレビのワイドショーなどはつねに「犯罪は深刻化している」というスタンスで報道していました。
ほかのハラスメントはどうなのかと調べてみると、「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査」にはこう書かれています。
○過去3年間のハラスメント相談件数の推移については、パワハラ、顧客等からの著しい迷惑行為、妊娠・出産・育児休業等ハラスメント、介護休業等ハラスメント、就活等セクハラでは「件数は変わらない」の割合が最も高く、セクハラのみ「減少している」の割合が最も高かった。○過去3年間のハラスメント該当件数の推移については、顧客等からの著しい迷惑行為については「件数が増加している」の方が「件数は減少している」よりも多いが、それ以外のハラスメントについては、「件数は減少している」のほうが「件数は増加している」より多かった。
やはりハラスメントは全般に減少しているのです。
「顧客等からの著しい迷惑行為」だけは増えていますが、これは要するにカスハラのことでしょう。
この調査は令和2年と古いので、最新のUAゼンセンの調査ではカスハラは減少しています。
ハラスメントが減少してるのはいいことですが、喜んでばかりはいられません。日本人が元気をなくしている現れかもしれないからです。
それから、ハラスメントに対する耐性がなくなってきている可能性もあります。
たとえば、コンビニ店員が客から怒鳴られたとします。昔の人ならそれほど気にしなかったのに、今の若い人は傷ついてしまって、それでカスハラが問題になっているのかもしれません。
今の若い人は打たれ弱いということはよくいわれます。会社で若い部下をちょっと叱ると、すぐ会社を辞めてしまうとか、パワハラだといわれるとか。
昔は学校でも部活でも体罰とかきびしい指導が当たり前で、親もよく体罰をしていましたから、そういうことはありそうです。
かといって、子どものときからきびしく育てるべきだという意見には賛成できません。きびしく育てられた人間がパワハラやカスハラをするようになるからです。
部活で上級生からきびしく指導された1年生は、2年生になると1年生をきびしく指導するようになり、親から体罰を受けた子どもは自分が親になるとたいてい子どもに体罰をするようになります。
カスハラをするのは高齢者が多いというのは、そういう育てられ方をしたからでしょう。
これは戦争までさかのぼることができます。昔の男はみな兵隊になるように育てられ、しかも実際に戦争に行った者が多いので、みな暴力的でした。戦後になっても映画「仁義なき戦い」に近いものがありましたし、私の世代も戦中派の親に育てられたので、暴力的な影響を受けています。
しかし、平和な世の中が長く続いて、若い世代はとりわけ軟弱になり、暴力的な高齢者からパワハラやカスハラを受けているというのが現状です。
ですから、パワハラやカスハラは高齢者世代対若者世代の戦いともいえます。
平和が長く続けば人間が平和的になるのは自然の摂理です。
ただ、そのためにパワハラやカスハラに弱くなるとすれば困ったことです。
しかし、打たれた経験がないから打たれ弱くなるのではありません。
問題は自己評価です。
自己評価が低い人間は、打たれるとめげてしまいます。
自己評価が高い人間は、不当な仕打ちをされたときは反撃しますし、反撃しないときもそんなにめげません。
日本人は他国民に比べて自己評価が低いとされています。

しかも、年齢がいくと自己肯定感が低下する傾向があるというデータがあります。

ワコール「10歳キラキラ白書」2018年度版より
なぜそうなるのでしょうか。自己評価が高い人間は、不当な仕打ちをされたときは反撃しますし、反撃しないときもそんなにめげません。
日本人は他国民に比べて自己評価が低いとされています。

しかも、年齢がいくと自己肯定感が低下する傾向があるというデータがあります。

ワコール「10歳キラキラ白書」2018年度版より
単純に考えると、学校でブラック校則や細かい生活指導に縛られ、家庭ではテストの点数が悪い、行儀が悪いなどのダメ出しをされ、社会でも子どもの遊ぶ声がうるさいなどと抑圧された結果ではないかと思われます。
もっとも、ここ数年は自己肯定感が向上する傾向が現れています。「体罰禁止」や「ほめて育てる」などの考え方が奏功しているのでしょうか。
若者は自己評価が低いので、カスハラ、パワハラに弱いといえます。
最近の若者は会社を辞めるとき、退職代行サービスを利用することがあるといいます。とくにブラック企業を辞めるときに利用しているようです。
しかし、ブラック企業であっても、いったん会社を辞めると決心したら、なにを言われても平気なはずです。働いた分の給料はもらわねばなりませんが。
退職代行サービスがはやっているということは、今の若者はよほどパワハラに耐性がないのでしょう。
自己評価の低さは急には改まりません。
では、パワハラ、カスハラにどう対処すればいいかですが、パワハラというのは会社の権力に関わってきてむずかしいので、ここではとりあえず、店員対客といった単純なカスハラについて考えます。
たいせつなのは、まず怒りの感情について知ることです。というのはカスハラはつねに怒りの感情から生じるからです。
怒りの制御のしかたを教えるアンガーマネジメントでは、怒りは動物が縄張りの侵入者を威嚇して戦闘準備状態にあるときの感情と同じで、生体の防御反応だとされます。
怒りは攻撃反応と思われがちですが、実は防御反応なのです。この違いは重要です。
カスハラする人というのは、攻撃されていないのに攻撃されていると勘違いする人です。自分と他人の境界線がずれていて、なんでもないことでも自分が攻撃されたと勘違いするのでしょう。
怒っている人は、そこに自己の生存がかかっていると思って必死なので、まず譲歩するということがありません。
ですから、反論せず、説得せず、時間がたって怒りの感情が収まるのを待つということになります。
カスハラする人と戦う方法もあります。
怒っている人と怒っていない人は対等ではありません。怒っていない人は、怒っている人から物理的に攻撃されるのではないかという恐怖心を持つからです。
しかし、もし相手が手を出せば警察を呼んで相手を暴行罪か傷害罪にすることができ、こちらの勝利となります。
一発殴られる覚悟さえあれば、「相手が手を出せばこちらの勝ち」と思って余裕ができ、怒っている相手と対等になれます。
対等になれば、あとは言葉による戦いです。
モラルハラスメント(モラハラ)という言葉があります。本来はモラルに反するハラスメントという意味で、セクハラやパワハラなどすべてのハラスメントを指す言葉でしたが、今はモラルによって相手を攻撃するハラスメントという意味で使われます。
たとえば夫が妻に対して、「だらしない」「怠けている」「妻としての務めを果たしていない」といったふうに道徳的に非難することがモラハラです。
パワハラやカスハラも、「お前が悪い」「お前は務めを果たしていない」と言って相手を攻撃するので、広い意味ではモラハラです。
道徳には根拠がありません。
最近では、河村たかし名古屋市長が「祖国のために命を捨てるのは高度な道徳的行為だ」と発言し、イスラエルのネタニヤフ首相は「われわれの軍隊はもっとも道徳的な軍隊だ」と言いました。
要するに道徳は言ったもん勝ちです。
カスハラする客は店員に対して「お前は店員としての務めを果たしていない。態度が悪い。私は被害を受けた。責任を取れ」みたいなことを主張します。これに対して弁明したのでは守勢ですから、相手はこたえません。
別角度から相手を攻撃するのが有効です。
「客だからなにをしてもいいわけではない。客にも礼儀が必要だ」「さっきから大声を出されてほかの客が不愉快な思いをしている。営業妨害だ」「あなたに対応しているために仕事ができない」「暴言を吐かれて傷ついた」といった具合です。
モラハラ夫が妻を攻撃するのと同じ要領です。
こうすれば対等の戦いになり、客よりも多くの言葉を使って攻撃すれば勝つことができます。
人間は言葉を武器にして互いに生存闘争をしています。
相手を攻撃するもっとも強力な武器が「道徳」です。
ライバルを蹴落とすとき、取引先に値下げを迫るとき、政治家を非難するときなど、道徳を使うのが効果的です。
道徳の正体を知ると、うまく生きていけます。
パワハラする上司の言い分も基本は道徳なので、言われても気にならなくなります。
道徳をありがたいものだと思っていると、誰か他人の思う壺になってしまうので、注意してください。
こうした道徳のとらえ方については、別ブログの「道徳観のコペルニクス的転回」で説明しています。