
日本とアメリカで国のトップを選ぶ選挙が同時進行中です。
アメリカの大統領選挙を見ると、アメリカはとんでもないことになっているなあと思います。
日本の自民党総裁選を見ると、日本はどうしようもないなあと思います。
どちらもそこで思考停止してしまいます。
しかし、日米の選挙を比べてみると、いろんなことが見えてきます。
アメリカでは4年前も8年前も移民問題が選挙の大きな争点です。移民や外国人へのヘイトスピーチの行きつく果てが、トランプ氏の「移民がペットを食べている」という発言です。
日本でもネットでは外国人へのヘイトスピーチがあふれているので、日本もアメリカも似たようなものに思えますが、自民党総裁選の各候補の政策や議論においては、移民や外国人労働者や不法入国者の問題はほとんど取り上げられていません。
日本経済は外国人労働者に大いに恩恵を受けていますし、外国人犯罪は少なく、しかも減少傾向です。
日本で移民や外国人労働者の問題が争点にならないのは当然です。
アメリカでは中絶禁止が大きな争点です。
もちろん日本にはその問題はありません。代わりに争点になっているのが選択的夫婦別姓です。
ちなみにアメリカでは夫婦別姓が選択できます。約7割の夫婦は妻が夫の姓に変えるようですが、別姓のままでいることもできますし、結婚と同時に新たな姓に変えることもできます(たとえば二人の姓をつなげた姓にするなど)。
アメリカでも保守派は「家族の絆」を重視しますが、同姓であることは必要条件とはならないようで、そこが日本の保守派と違うところです。
大麻使用の自由化もアメリカでは争点です。リベラルは大麻に寛容で、保守派は大麻反対です。
このところ大麻を解禁する州がどんどん増えていて、トランプ氏もフロリダ州の住民投票に関して大麻自由化を容認する考えを示しました。
大麻が取り締まれないほど蔓延しているので、取り締まるのをやめようという流れです。
日本では大麻使用が争点になるということはまったくありません。麻薬対策も政治上の議論になっていません(安倍昭恵氏は医療用大麻解禁の考えを表明したことがありますが)。
アメリカではインフレ対策も大きな争点です。
日本ではインフレ対策ではなく、どうやって経済再生するかが争点です。
アメリカは圧倒的な経済大国なのにまだ高い成長を続けています。ついこの前もダウ平均は史上最高値を更新しました。
「失われた30年」から脱出できない日本とは根本的に違います。
このように日米の選挙の争点を比較すると、国のあり方が根本的に違うということがわかります。
日本の目立った特徴は治安のよいことです。
そして、アメリカの目立った特徴は治安の悪いことです。豊かなのにこれほど治安が悪い国はほかにありません。
アメリカで移民排斥を訴える人たちはみな、アメリカの治安が悪いのは移民のせいだと主張します。
しかし、これは事実に反します。
ロイターの『アングル:「犯罪の背景に不法移民」と主張するトランプ氏、実際の研究データは』という記事から一部を引用します。
複数の学術機関やシンクタンクなどの研究は、移民が米国生まれの人々よりも多く犯罪を犯しているわけではないことを示している。また、米国の不法移民の犯罪に対象を狭めた研究では、犯罪率も(米国生まれの人より)高くないことが分かっている。ロイターが確認した研究の一部は学術研究員によって行われ、査読を経て学術誌に掲載されている。こうした研究は米国の国勢調査結果や不法移民の推定人口などのデータに基づいて書かれている。複数の研究が米国における不法移民の犯罪率を調査するにあたってテキサス州公安局のデータを引用していた。同局では逮捕時に移民であるか否かを記録している。テキサス州のデータを引用した研究者の一人、ウィスコンシン大学マディソン校のマイケル・ライト教授は犯罪率は州によって異なったが、同州の数字は入手可能な中では最も良いものだったと語った。同教授はこの研究で、同州では2012ー18年、不法移民の逮捕率は、合法的な移民と米国生まれの市民より低かったとしている。(中略)前出のライト氏は、米国の研究を総合的に見て移民が犯罪を犯しやすいとは言えないと述べた。「もちろん、外国生まれの人々が罪を犯すこともある」とライト氏は取材で語った。「だが、外国生まれの人々が米国生まれの人々よりも有意に高い確率で犯罪を犯すかといえば、その答えは非常に決定的にノーだ」
トランプ氏は「バイデン政権が何百万人もの犯罪者やテロリスの越境を許したため治安が悪化した」と主張しています。
独裁国で国民の不満をそらすため外国への敵愾心をあおるプロパガンダを行うことがよくありますが、それと同じです。
トランプ氏らは、アメリカ社会が犯罪を生み出しているという事実に向き合おうとせず、外部に責任転嫁しているわけです。そのためまったく犯罪対策が進みません。
麻薬に関しても同じ構図があります。
アメリカは昔から麻薬汚染が深刻ですが、メキシコやコロンビアなどの凶悪な麻薬犯罪組織が麻薬をアメリカ国内に持ち込むせいだと、やはり外部に責任転嫁してきました。
しかし、アメリカ国内に麻薬の需要があって、高く売れるとなれば、供給者が出てくるのは当然です。
最近は麻薬の種類が非合法のものから合法のオピオイド(麻薬性鎮痛薬)に変わってきました。
オピオイドというのは、医師が処方する合法的な麻薬です。もうけ主義の医師が処方箋を書き、もうけ主義の製薬会社が供給し、たちまち全米に広がりました。2017年には年間7万人以上が薬物の過剰摂取で死亡し、アメリカで公衆衛生上の非常事態が宣言されました。
これは麻薬犯罪組織のせいにするわけにはいきません。
それでもトランプ大統領は、中国からオピオイド「フェンタニル」が大量に国内に流入しているせいだと主張しました。もっとも、中国政府に「他国のせいにするのではなく、アメリカ政府は自国の問題として解決すべきだ」と突っぱねられています。
トランプ大統領はコロナ禍のときも“チャイナウイルス”と呼んで中国への責任転嫁を企てました。
他国に責任転嫁をするのはトランプ氏だけでなく、アメリカによくある傾向です。
アメリカで貿易赤字が問題になったときは、日本の自動車産業などのせいにされました。
こういうことができるのは、アメリカが大国であるからです。DV親父が自分の人生がうまくいかないのを妻や子どものせいにして暴力をふるうみたいなものです。
犯罪の大きな原因は格差社会ですが、麻薬汚染も原因です。
人はなぜ薬物依存症になるのでしょうか。
薬物依存症もアルコール依存症もギャンブル依存症も、その他の依存症もみな同じですが、PTSDが原因であるということが次第に明らかにされてきました。
PTSDの原因のひとつは苛酷な戦場体験です。ベトナム戦争帰還兵から薬物依存症者、アルコール依存症者、犯罪者が多く出ました。
しかし、戦場体験のある人はそんなに多くありません。PTSDの原因でもっとも多いのは、幼児期に親から虐待された体験です。
最近は「愛着障害」という言葉がよく使われます。親との愛情関係がうまくつくれないという意味ですが、その原因は親による虐待です。
アメリカは幼児虐待が深刻です。少なくとも日本とは大きく違います。
幼児虐待の統計の取り方は国によって違うので、幼児虐待による死者数を比較すると、アメリカでは2021年の死者数は1820人で、日本では2022年度は74人でした。
アメリカでは幼児虐待だけでなく、夫婦間DV、デートDVも深刻です。
「米国人の1割が親子断絶 なぜ疎遠な家族は増えているのか」という記事によると、コーネル大学ワイル医科大学院のカール・ピルマー教授が米国人6800万人を調査したところ、27%が家族の誰かと疎遠な関係にあり、10%は親子間が疎遠であるという事実が明らかになったということです。
親子間が疎遠だという10%は、離れることで問題を解消したわけです。やっかいなのは、こじれたままの親子関係が継続しているケースです。それはもっと多いはずです。
トランプ氏に選ばれて共和党の副大統領候補になったJ. D. バンス氏は、その自伝的著書『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』によると、薬物依存の母親とアルコール依存の祖父母のもとで暴力とともに育ったということです。この著書が幅広い共感を呼んでベストセラーになったのは、このような家庭が白人貧困層では多いからでしょう。
トランプ氏の姪であり臨床心理士でもあるメリー・トランプ氏が出版した暴露本によると、ドナルド・トランプという「怪物」を生み出した元凶は、支配的な父フレッド・トランプの教育方針にあったということです。その教育方針はこのようなものです。
世の中は勝つか負けるかのゼロサムゲーム。権力を持つ者だけが、物事の善悪を決める。うそをつくことは悪ではなく「生き方」の一つ。謝罪や心の弱さを見せることは負け犬のすることだ――。トランプ家の子どもたちはこう教えられ育った。親の愛情は条件付きで、フレッドの意に沿わないと残酷な仕打ちを受けた。ドナルドは、幼い頃から素行が悪く、病気がちな母親にも反抗的で、陰で弟をいじめるような子どもだったが、父親の機嫌を取るのが上手で、事業の後継者候補として特別扱いされたという。一方、優しく真面目な長男フレディは、父親の支配に抵抗を試み、民間機のパイロットになったが、父親やドナルドからの執拗(しつよう)な侮辱で精神を病み、42歳でアルコール依存症の合併症で亡くなった。https://globe.asahi.com/article/13780825
バイデン大統領の次男ハンター・バイデン氏は、6月にデラウェア州の連邦裁判所で有罪評決を言い渡されました。その罪状のひとつは、銃を購入する際に薬物の使用や依存を正しく申告しなかったというものです。
息子ブッシュ大統領は若いころアルコール依存症で苦しんでいましたが、40歳にして禁酒に成功。それにはローラ夫人とキリスト教への信仰がささえになったというのは有名な話ですです。
レーガン大統領の次女であるパティ・デイヴィス氏も『わが娘を愛せなかった大統領へ』という本を書いていて、それによると、パティ・デイヴィス氏は母親からことあるごとにビンタを食らい、父親は子どもにはまったく無関心。つまり暴力とネグレクトの家庭に育ち、薬物依存症になり、男性遍歴を繰り返すという人生を歩みました(現在は作家で女優)。レーガン大統領というと「よき父親」のイメージをふりまいて国民的人気がありましたが、テレビや雑誌の取材でカメラの前に立ったときだけ笑顔になっていたということです。
トランプ氏の支持者であるイーロン・マスク氏には12人の子どもがいるようですが、そのうちの1人が男性から女性への性転換に伴う名前の変更と新たな出生証明書の公布を申請しました。トランスジェンダーを嫌うマスク氏とは断絶したようです。マスク氏がテイラー・スウィフト氏を「子なしの猫好き女」と揶揄したときには、そのトランスジェンダーの娘さんはマスク氏のことを「凶悪なインセル」と罵倒しました。
なお、マスク氏の公式伝記である『イーロン・マスク』(ウォルター・アイザックソン著)によると、マスク氏自身も父親から虐待を受けていたということです。
病んだ家族というと、貧困層において暴力や薬物、アルコールに汚染されているというイメージですが、大統領周辺のセレブの家族も十分に病んでいます。病んだ家族というのはアメリカ全体の問題と見るべきです。
こうした家族から薬物依存や犯罪が生み出されます。
そのためアメリカは犯罪大国、麻薬大国です。
ところが、多くのアメリカ人は自分自身の家庭の中に問題があるのに、それを見ようとせず、外国や移民や犯罪組織に責任転嫁しています。
そして、そうした思考が分断を生みます。たとえば「犯罪が増えたのは民主党が警察予算をへらしたせいだ」といった具合です。
このような外部に責任転嫁する思考法は戦争の原因にもなるので、注意しなければなりません。
保守派は、父親が暴力で家族を支配しているような家庭を「伝統的な家族」として賛美し、問題を隠蔽してきました。
ここにメスを入れることがアメリカの分断解消の道です。
日本の治安がひじょうにいいのは、おそらく親子が川の字で寝て、母親が赤ん坊をおんぶするなどして、親子関係が密接であり、子どもに「基本的信頼感」ができやすいからではないかと思われます。
また、人種、階層、身分などによる格差や差別が少ないことも大きいでしょう。
最近日本でも格差が拡大しているといわれますが、アメリカの格差とは比べようもありません。
日本の保守派はアメリカやヨーロッパのまねをして、外国人犯罪を非難し、川口市クルド人問題などを盛り上げようとしていますが、日本は治安がよいので、さっぱり効果はありません。
日本の選挙を見ると、アメリカのような深刻な対立も分断もありません。
経済が停滞して社会の活力が失われているせいでもあるでしょうから、単純に喜んでもいられません。