村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

2024年09月

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日本とアメリカで国のトップを選ぶ選挙が同時進行中です。
アメリカの大統領選挙を見ると、アメリカはとんでもないことになっているなあと思います。
日本の自民党総裁選を見ると、日本はどうしようもないなあと思います。
どちらもそこで思考停止してしまいます。
しかし、日米の選挙を比べてみると、いろんなことが見えてきます。

アメリカでは4年前も8年前も移民問題が選挙の大きな争点です。移民や外国人へのヘイトスピーチの行きつく果てが、トランプ氏の「移民がペットを食べている」という発言です。
日本でもネットでは外国人へのヘイトスピーチがあふれているので、日本もアメリカも似たようなものに思えますが、自民党総裁選の各候補の政策や議論においては、移民や外国人労働者や不法入国者の問題はほとんど取り上げられていません。
日本経済は外国人労働者に大いに恩恵を受けていますし、外国人犯罪は少なく、しかも減少傾向です。
日本で移民や外国人労働者の問題が争点にならないのは当然です。

アメリカでは中絶禁止が大きな争点です。
もちろん日本にはその問題はありません。代わりに争点になっているのが選択的夫婦別姓です。
ちなみにアメリカでは夫婦別姓が選択できます。約7割の夫婦は妻が夫の姓に変えるようですが、別姓のままでいることもできますし、結婚と同時に新たな姓に変えることもできます(たとえば二人の姓をつなげた姓にするなど)。
アメリカでも保守派は「家族の絆」を重視しますが、同姓であることは必要条件とはならないようで、そこが日本の保守派と違うところです。

大麻使用の自由化もアメリカでは争点です。リベラルは大麻に寛容で、保守派は大麻反対です。
このところ大麻を解禁する州がどんどん増えていて、トランプ氏もフロリダ州の住民投票に関して大麻自由化を容認する考えを示しました。
大麻が取り締まれないほど蔓延しているので、取り締まるのをやめようという流れです。
日本では大麻使用が争点になるということはまったくありません。麻薬対策も政治上の議論になっていません(安倍昭恵氏は医療用大麻解禁の考えを表明したことがありますが)。

アメリカではインフレ対策も大きな争点です。
日本ではインフレ対策ではなく、どうやって経済再生するかが争点です。
アメリカは圧倒的な経済大国なのにまだ高い成長を続けています。ついこの前もダウ平均は史上最高値を更新しました。
「失われた30年」から脱出できない日本とは根本的に違います。


このように日米の選挙の争点を比較すると、国のあり方が根本的に違うということがわかります。
日本の目立った特徴は治安のよいことです。
そして、アメリカの目立った特徴は治安の悪いことです。豊かなのにこれほど治安が悪い国はほかにありません。

アメリカで移民排斥を訴える人たちはみな、アメリカの治安が悪いのは移民のせいだと主張します。
しかし、これは事実に反します。
ロイターの『アングル:「犯罪の背景に不法移民」と主張するトランプ氏、実際の研究データは』という記事から一部を引用します。

複数の学術機関やシンクタンクなどの研究は、移民が米国生まれの人々よりも多く犯罪を犯しているわけではないことを示している。
また、米国の不法移民の犯罪に対象を狭めた研究では、犯罪率も(米国生まれの人より)高くないことが分かっている。
ロイターが確認した研究の一部は学術研究員によって行われ、査読を経て学術誌に掲載されている。
こうした研究は米国の国勢調査結果や不法移民の推定人口などのデータに基づいて書かれている。
複数の研究が米国における不法移民の犯罪率を調査するにあたってテキサス州公安局のデータを引用していた。同局では逮捕時に移民であるか否かを記録している。
テキサス州のデータを引用した研究者の一人、ウィスコンシン大学マディソン校のマイケル・ライト教授は犯罪率は州によって異なったが、同州の数字は入手可能な中では最も良いものだったと語った。同教授はこの研究で、同州では2012ー18年、不法移民の逮捕率は、合法的な移民と米国生まれの市民より低かったとしている。
(中略)
前出のライト氏は、米国の研究を総合的に見て移民が犯罪を犯しやすいとは言えないと述べた。
「もちろん、外国生まれの人々が罪を犯すこともある」とライト氏は取材で語った。
「だが、外国生まれの人々が米国生まれの人々よりも有意に高い確率で犯罪を犯すかといえば、その答えは非常に決定的にノーだ」

トランプ氏は「バイデン政権が何百万人もの犯罪者やテロリスの越境を許したため治安が悪化した」と主張しています。
独裁国で国民の不満をそらすため外国への敵愾心をあおるプロパガンダを行うことがよくありますが、それと同じです。
トランプ氏らは、アメリカ社会が犯罪を生み出しているという事実に向き合おうとせず、外部に責任転嫁しているわけです。そのためまったく犯罪対策が進みません。


麻薬に関しても同じ構図があります。
アメリカは昔から麻薬汚染が深刻ですが、メキシコやコロンビアなどの凶悪な麻薬犯罪組織が麻薬をアメリカ国内に持ち込むせいだと、やはり外部に責任転嫁してきました。
しかし、アメリカ国内に麻薬の需要があって、高く売れるとなれば、供給者が出てくるのは当然です。

最近は麻薬の種類が非合法のものから合法のオピオイド(麻薬性鎮痛薬)に変わってきました。
オピオイドというのは、医師が処方する合法的な麻薬です。もうけ主義の医師が処方箋を書き、もうけ主義の製薬会社が供給し、たちまち全米に広がりました。2017年には年間7万人以上が薬物の過剰摂取で死亡し、アメリカで公衆衛生上の非常事態が宣言されました。
これは麻薬犯罪組織のせいにするわけにはいきません。
それでもトランプ大統領は、中国からオピオイド「フェンタニル」が大量に国内に流入しているせいだと主張しました。もっとも、中国政府に「他国のせいにするのではなく、アメリカ政府は自国の問題として解決すべきだ」と突っぱねられています。
トランプ大統領はコロナ禍のときも“チャイナウイルス”と呼んで中国への責任転嫁を企てました。

他国に責任転嫁をするのはトランプ氏だけでなく、アメリカによくある傾向です。
アメリカで貿易赤字が問題になったときは、日本の自動車産業などのせいにされました。
こういうことができるのは、アメリカが大国であるからです。DV親父が自分の人生がうまくいかないのを妻や子どものせいにして暴力をふるうみたいなものです。


犯罪の大きな原因は格差社会ですが、麻薬汚染も原因です。
人はなぜ薬物依存症になるのでしょうか。
薬物依存症もアルコール依存症もギャンブル依存症も、その他の依存症もみな同じですが、PTSDが原因であるということが次第に明らかにされてきました。
PTSDの原因のひとつは苛酷な戦場体験です。ベトナム戦争帰還兵から薬物依存症者、アルコール依存症者、犯罪者が多く出ました。
しかし、戦場体験のある人はそんなに多くありません。PTSDの原因でもっとも多いのは、幼児期に親から虐待された体験です。
最近は「愛着障害」という言葉がよく使われます。親との愛情関係がうまくつくれないという意味ですが、その原因は親による虐待です。

アメリカは幼児虐待が深刻です。少なくとも日本とは大きく違います。
幼児虐待の統計の取り方は国によって違うので、幼児虐待による死者数を比較すると、アメリカでは2021年の死者数は1820人で、日本では2022年度は74人でした。
アメリカでは幼児虐待だけでなく、夫婦間DV、デートDVも深刻です。

「米国人の1割が親子断絶 なぜ疎遠な家族は増えているのか」という記事によると、コーネル大学ワイル医科大学院のカール・ピルマー教授が米国人6800万人を調査したところ、27%が家族の誰かと疎遠な関係にあり、10%は親子間が疎遠であるという事実が明らかになったということです。
親子間が疎遠だという10%は、離れることで問題を解消したわけです。やっかいなのは、こじれたままの親子関係が継続しているケースです。それはもっと多いはずです。

トランプ氏に選ばれて共和党の副大統領候補になったJ. D. バンス氏は、その自伝的著書『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』によると、薬物依存の母親とアルコール依存の祖父母のもとで暴力とともに育ったということです。この著書が幅広い共感を呼んでベストセラーになったのは、このような家庭が白人貧困層では多いからでしょう。

トランプ氏の姪であり臨床心理士でもあるメリー・トランプ氏が出版した暴露本によると、ドナルド・トランプという「怪物」を生み出した元凶は、支配的な父フレッド・トランプの教育方針にあったということです。その教育方針はこのようなものです。
世の中は勝つか負けるかのゼロサムゲーム。権力を持つ者だけが、物事の善悪を決める。うそをつくことは悪ではなく「生き方」の一つ。謝罪や心の弱さを見せることは負け犬のすることだ――。トランプ家の子どもたちはこう教えられ育った。親の愛情は条件付きで、フレッドの意に沿わないと残酷な仕打ちを受けた。

ドナルドは、幼い頃から素行が悪く、病気がちな母親にも反抗的で、陰で弟をいじめるような子どもだったが、父親の機嫌を取るのが上手で、事業の後継者候補として特別扱いされたという。一方、優しく真面目な長男フレディは、父親の支配に抵抗を試み、民間機のパイロットになったが、父親やドナルドからの執拗(しつよう)な侮辱で精神を病み、42歳でアルコール依存症の合併症で亡くなった。
https://globe.asahi.com/article/13780825

バイデン大統領の次男ハンター・バイデン氏は、6月にデラウェア州の連邦裁判所で有罪評決を言い渡されました。その罪状のひとつは、銃を購入する際に薬物の使用や依存を正しく申告しなかったというものです。

息子ブッシュ大統領は若いころアルコール依存症で苦しんでいましたが、40歳にして禁酒に成功。それにはローラ夫人とキリスト教への信仰がささえになったというのは有名な話ですです。

レーガン大統領の次女であるパティ・デイヴィス氏も『わが娘を愛せなかった大統領へ』という本を書いていて、それによると、パティ・デイヴィス氏は母親からことあるごとにビンタを食らい、父親は子どもにはまったく無関心。つまり暴力とネグレクトの家庭に育ち、薬物依存症になり、男性遍歴を繰り返すという人生を歩みました(現在は作家で女優)。レーガン大統領というと「よき父親」のイメージをふりまいて国民的人気がありましたが、テレビや雑誌の取材でカメラの前に立ったときだけ笑顔になっていたということです。

トランプ氏の支持者であるイーロン・マスク氏には12人の子どもがいるようですが、そのうちの1人が男性から女性への性転換に伴う名前の変更と新たな出生証明書の公布を申請しました。トランスジェンダーを嫌うマスク氏とは断絶したようです。マスク氏がテイラー・スウィフト氏を「子なしの猫好き女」と揶揄したときには、そのトランスジェンダーの娘さんはマスク氏のことを「凶悪なインセル」と罵倒しました。
なお、マスク氏の公式伝記である『イーロン・マスク』(ウォルター・アイザックソン著)によると、マスク氏自身も父親から虐待を受けていたということです。


病んだ家族というと、貧困層において暴力や薬物、アルコールに汚染されているというイメージですが、大統領周辺のセレブの家族も十分に病んでいます。病んだ家族というのはアメリカ全体の問題と見るべきです。
こうした家族から薬物依存や犯罪が生み出されます。
そのためアメリカは犯罪大国、麻薬大国です。

ところが、多くのアメリカ人は自分自身の家庭の中に問題があるのに、それを見ようとせず、外国や移民や犯罪組織に責任転嫁しています。
そして、そうした思考が分断を生みます。たとえば「犯罪が増えたのは民主党が警察予算をへらしたせいだ」といった具合です。
このような外部に責任転嫁する思考法は戦争の原因にもなるので、注意しなければなりません。

保守派は、父親が暴力で家族を支配しているような家庭を「伝統的な家族」として賛美し、問題を隠蔽してきました。
ここにメスを入れることがアメリカの分断解消の道です。


日本の治安がひじょうにいいのは、おそらく親子が川の字で寝て、母親が赤ん坊をおんぶするなどして、親子関係が密接であり、子どもに「基本的信頼感」ができやすいからではないかと思われます。
また、人種、階層、身分などによる格差や差別が少ないことも大きいでしょう。
最近日本でも格差が拡大しているといわれますが、アメリカの格差とは比べようもありません。
日本の保守派はアメリカやヨーロッパのまねをして、外国人犯罪を非難し、川口市クルド人問題などを盛り上げようとしていますが、日本は治安がよいので、さっぱり効果はありません。

日本の選挙を見ると、アメリカのような深刻な対立も分断もありません。
経済が停滞して社会の活力が失われているせいでもあるでしょうから、単純に喜んでもいられません。

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自民党総裁選には9人が立候補しました。
半分以上が当選見込みのない泡沫候補です。
多数の候補がいろいろな政策を発表して議論すれば裏金問題が見えにくくなるという魂胆でしょうか。

裏金問題もだいじですが、ほかの大きな争点は、やはり選択的夫婦別姓問題でしょう。
9月12日の報道ステーションでの各候補の態度表明によると、選択的夫婦別姓に賛成なのは小泉進次郎氏、石破茂氏、河野太郎氏で、反対なのは高市早苗氏、小林鷹之氏、加藤勝信氏です。
しかし、いまだにこんな議論をしていることが遅すぎます。
1996年に法務大臣の諮問機関である法制審議会が選択的夫婦別姓制度導入を答申してからもうすぐ30年です。こんなところにも「失われた30年」がありました。

自民党が夫婦別姓に反対する理由は「別姓だと家族の絆が壊れる」というものですが、結婚後に夫婦同姓を強制される制度の国は日本だけです。日本以外の国は家族の絆が壊れているということもありません。
実際のところは、自民党は明治以来の古い家族制度を守りたいのです。

明治の民法では、戸主(家長)が家族に対して絶対的な権限を持ち、結婚も戸主の同意が必要でした。家の財産はすべて戸主のもので、女性には相続権がありませんでした。戸主には勘当(家族を家から排除)する権限もありました。
戸主権を引き継ぐことができるのは原則長男だけですから、嫁が男の子を産まないと嫁が非難されました。
女性は結婚とともに夫の姓に変わり、夫の家の戸主の支配下に入りました。
明治国家は近代国家でしたが、家制度は武家社会を真似たので、封建的なものでした。

こうした明治民法の家族制度は1947年に廃止され、男女平等の制度となりましたが、人々の家族観というのは急には変わりません。とくに地方では大家族が多いこともあり、今でも父親や祖父が権力を持ち、嫁を支配する傾向が色濃く残っています。

自民党が守りたいのはこうした古い家族制度です。
今は結婚すると95%は女性が姓を変えているので、ほとんど昔と同じです。
別姓が認められて、別の姓の女性が家の中に入ってくると、夫や父親は“嫁”として扱いにくくなります。
自民党がいう「家族の絆が壊れる」というのはそういうことでしょう。
自民党の封建的な男尊女卑は明らかに世の中とずれており、社会の進歩の妨げです。


各候補は憲法改正にも意欲を示しています。
しかし、憲法改正について国民の関心は高くなく、ここも自民党はずれています。

もともと憲法改正というのは九条についてでした。軍隊を持てない憲法は日本を骨抜きにするために占領軍が押しつけたものだとして、保守派や右翼は敗戦の屈辱を晴らすためにも九条改正を目指しました。
しかし、憲法施行から77年たって、九条も解釈の変更を重ねて、今では敵基地攻撃能力を持つことも可能とされています。これでは改憲する意味がありません。
そのため、最近は緊急事態条項が優先されるべきだという声もあります。

戦後しばらくは、敗戦の屈辱を晴らしたいという思いと、戦前の日本に回帰したいという思いがかなりの熱を持っていましたが、さすがに国民の意識も冷めてきました。
こういう後ろ向きの憲法改正は終わりにしないといけません(緊急事態条項も実は「ナチスの手口に学べ」という戦前回帰です)。

今後は前向きの憲法改正論議をしていきたいものです。
たとえば、親に教育の義務を課すのをやめて子どもの学習権を規定するとか、まったく機能しない最高裁判所裁判官国民審査を機能するものにするとか、検察組織を政府から干渉を受けない組織にするといったことが考えられます。

自民党はいくら保守政党だといっても、戦前回帰は時代に合わなくなってきています。
自民党が刷新感を出したいなら、こうした戦前回帰の政策を捨てることです。


国民の関心がいちばん強いのは経済政策です。
日本経済を立て直す政策が出てきたでしょうか。

加藤勝信氏は立候補会見で「最優先は国民の所得倍増」と語りました。
「所得倍増」といえば、岸田文雄首相が総裁選に出たときに「令和版所得倍増」を掲げていました。しかし、その後「資産所得倍増」と言い換え、やがてそれも言わなくなりました。
加藤氏はそうした岸田政権の経済政策を批判した上で自分なりの「所得倍増」を打ち出したのかと思ったら、岸田政権批判みたいなことはいっさい言いません。ということは岸田政権の二番煎じとしか思えません。

高市早苗氏は立候補会見において「経済成長をどこまでも追い求め、日本をもう一度世界のてっぺんに押し上げたい」と語りました。
「世界のてっぺん」とはよく言えたものです。
日本はてっぺん近くからあれよあれよというまに5位にまで転落しました。日本は2010年にGDPで中国に抜かれましたが、今では中国のGDPは日本の4倍以上になっています。

高市早苗氏は安倍晋三氏を尊敬しているので、その路線を継承するはずです。
高市政権がアベノミクスと同じようなことをするなら、経済成長も安倍政権並みにしかなりません。

小泉進次郎氏は「労働市場改革」を掲げ、さらに「解雇規制緩和」に言及しました。
これは小泉純一郎首相と同じ路線で、政策までも世襲のようです。

石破茂氏は「地方創生が日本経済の起爆剤」と語りました。
林芳正氏は「最低賃金引上げなどで格差是正」と語りました。
小林鷹之氏は「国の投資で地方に半導体や自動車などの戦略産業の集積地をつくる」と語りました。

あとは省略しますが、誰の政策にも期待が持てません。
なぜかというと、これまで日本経済がだめだった理由を分析していないからです。

なぜ日本経済は30年も成長しないのでしょうか(その期間、世界経済はだいたい年4%程度成長し続けていて、日本の成長は1%弱です)。
少子高齢化が大きな原因であることは確かですが、それだけではないはずです。もし少子高齢化だけが原因なら、当面少子化の流れは止まりそうもないので、日本経済を成長させようという努力もむだなことになります。
「失われた30年」の原因はむずかしい問題かもしれませんが、アベノミクスは成功だったか失敗だったか、失敗だとすればどこがだめだったのかといったことなら論じられるはずです。あるいは岸田政権の経済政策はどこがだめだったかということも言えるはずです。
ところが、総裁選の立候補者はそういう議論はまったくしません。
能力がないからできないということもあるでしょうが、それだけではなく、自民党の体質として当選回数や役職経験による年功序列制になっていて、出世するには「汗をかく」ことや「雑巾がけ」することが求められます。そうして出世した人間は自民党体質にすっかり染まってしまいます。
そうすると政策本位の議論などできず、上下関係や人情に縛られた議論しかできません。
安倍首相は長期政権を築いた大物政治家ですから、誰もアベノミクスを批判できないのです。
「失われた30年」も歴代自民党政権のもとで起こったことです。

これまでのやり方のなにがだめだったかを解明しないで、今後うまくやる方法がわかるわけありません。


裏金議員に適切な対処ができないのも、自民党が年功序列組織であるためです。裏金議員が先輩だったり重鎮だったりするからです。


夫婦別姓問題や改憲問題については、今後政策変更することが可能です。
しかし、体質はそう簡単には変わりません。
自民党が自己変革することはほとんど期待できないので、今の自民党議員には大量落選してもらわなければなりません。
それ以外に日本経済が復活する道はなさそうです。

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このところ「男性差別だ」という非難の声が上がって炎上するケースが相次いでいます。
目立つものを並べてみました。

・7月下旬、衣料品チェーン・しまむらグループの子ども服に「パパはいつも寝てる」「パパはいつも帰り遅い」「パパは全然面倒みてくれない」という文字が書かれていたことに「男性差別だ」という声が上がって、結局その商品は発売中止になりました。

・8月初め、女性フリーアナウンサーがXに「夏場の男性の匂いや不摂生してる方特有の体臭が苦手すぎる」などと投稿すると非難が殺到。すぐに釈明・謝罪しましたが、「男性差別だ」などの非難がやまず、所属事務所から契約解消されてしまいました。

・8月下旬、自民党総裁選のポスターに対してTBS系「News23」でトラウデン直美氏が「おじさんの詰め合わせ」などとコメントすると、やはり「男性差別だ」という声が上がりました。

・9月初め、焼き肉チェーンの牛角が始めた「食べ放題 女性半額」キャンペーンに対して「男性差別だ」という声が上がり、多くのメディアが取り上げて議論になりました。


フェミニズムサイドから「女性差別だ」という声が上がって炎上する事案がよくあるので、それに対する意趣返しで、男たちががんばって炎上させている感じです。
しかし、所詮は「女性専用車両があって男性専用車両がないのは男性差別だ」と主張するのと同じレベルの議論です。


たとえば、しまむらの子ども服ですが、「パパはいつも寝てる」「パパはいつも帰り遅い」「パパは全然面倒みてくれない」という言葉は、仕事ばかりで育児に参加しない父親を描写しているだけで、批判しているわけではありません。
ワンオペで育児をがんばっている母親には共感されるでしょうし、育児をやっている父親にとっては、自分には関係ない言葉です。
しかし、育児に参加していないことをやましく思っている父親にとっては、自分を批判する言葉に思えるでしょう。
ですから、しまむらを非難しているのは、育児をろくにやっていない父親か、そういう父親に共感する男であろうと推測できます。
しまむらにとっては非難をはね返すことは容易でした。


女性フリーアナウンサーは個人的な意見をXで発信しただけなのに「男性差別だ」と非難されました。
すでに削除されましたが、Xに投稿された文章は「ご事情あるなら本当にごめんなさいなんだけど、夏場の男性の匂いや不摂生している方特有の体臭が苦手すぎる。常に清潔な状態でいたいので1日数回シャワー、汗拭きシート、制汗剤においては一年中使うのだけど、多くの男性がそれくらいであってほしい…」というものでした。
あくまで「あってほしい」という個人の願望を述べているだけで、命令したり強要したりしているわけではありません。
「1日数回シャワー」というところに引っかかるかもしれませんが、なんの権力もない個人が言っているだけですから、無視すればいいことです。

お笑いコンビ「空気階段」の鈴木もぐら氏はラジオ番組でこの件に触れ、「俺が子どものころの“おじさん”って、男性差別だとか騒ぐような人じゃなかった」と指摘した上で、「クサい」と言われたとしても「クサいですか。すいません」程度で返せばいい、それができなくなっているのはおじさんが弱くなっているからだと語りました。
この「おじさんが弱くなっている」説はかなり共感を呼びました。


自民党総裁選のポスターを「おじさんの詰め合わせ」とたとえたことが「男性差別だ」と非難されたのはバカバカしいとしか言いようがありません。
このポスターを「おじさんの詰め合わせ」とたとえたのは言い得て妙です。
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女性政治家が集団で写っている写真を持ってきて、「これを『おばさんの詰め合わせ』と言ったら大騒ぎになるだろう」と言う人もいました。
しかし、女性政治家の写真は単なる集合写真で、「詰め合わせ」ではありません。自民党のポスターは実際に「詰め合わせ」です。
問題は「おじさん」「おばさん」でもなければ「詰め合わせ」でもありません。歴代自民党総裁が「全員おじさん」であることです。「女性差別」のみごとな視覚化です。

実際のところは、「おじさんの詰め合わせ」という言葉が炎上したのは、それを言ったのがトラウデン直美氏という若い美人だったからです。
古い男の考えでは、テレビに出てくる若い美人はいつもニコニコしていて当たり障りのないことを言っていればいいというものです。それがきびしく男性政治家を批判したので古い男が逆上したのです(石丸伸二氏に対した山崎怜奈氏も同じようなものです)。


牛角は9月上旬に期間限定で食べ放題コースが女性のみ半額となるキャンペーンを始めたところ、「男性差別だ」という声が殺到しました。
約4000円のコースが半額になれば約2000円の得ですから、金額が大きいということもあります。
それに、昔はレディース・デイみたいな女性限定のサービスがけっこうありましたが、最近はあまり見かけません。女性(男性)限定サービスというのは好まれないのかもしれません。

しかし、少なくとも食べ放題に限っては、女性限定サービスは合理的なものです。
厚生労働省のホームページには、1日に必要なエネルギーは「活動量の少ない成人女性の場合は、1400~2000kcal、男性は2200±200kcal程度が目安です」と書かれています。
つまり平均して男性は女性より多く食べるのです。
「食べ放題 女性料金」で検索すると、食べ放題の料金が女性のほうが安く設定されている飲食店がいっぱいあることがわかりますし、バイキングやビュッフェ方式では女性料金や子ども料金が安くなっているのは普通に見られます。
牛角によると、食べ放題で女性は男性より4皿少ないというデータがあるそうです。

ということは、牛角では通常は食べ放題男女同一料金ですが、これは明らかに女性が損です
したがって、期間限定女性半額キャンペーンは、日ごろ損をしている女性への還元と見なすことができます。
ところが、女性半額キャンペーンが告知されると、多くの男が「男性差別だ」と声を上げました。
日ごろ男が得をしていることに気づかないか、見て見ぬふりをした身勝手な主張です。

要するに「男性差別だ」と主張する人は、目の前のことだけ見て、背後に広がる社会を見ていません。
女性専用車両を「男性差別だ」と言う人は、痴漢被害者がほとんど女性であることを見ていませんし、食べ放題女性半額を「男性差別だ」と言う人は、日ごろ男性のほうが女性より多く食べているということを見ていません。


ひろゆき氏も「女性半額は男性差別」という立場ですが、「アメリカで白人と黒人で、黒人の方が焼き肉を多く食べます、だから白人優遇です、って言ったら、普通に人種差別じゃないですか」というわけのわからないたとえを持ち出すので、男性のほうが女性より多く食べるということを理解せずに議論をしているようです。
ひろゆき氏は対談相手が「男性差別だと民事訴訟を起こしても『受忍の範囲』として退けられるだろう」と言ったことをとらえて、「受忍の範囲なら差別してもいいのか」「小さな差別が少しづづ積み重なることで、差別は大きくなります」「『どんな差別も許容しない』という方針で差別を一つづつ無くした時に、最後に差別はなくなります」という論法で、小さな男性差別も許してはいけないと主張します。

ひろゆき氏は女性差別と男性差別を同列に扱っているようです。
しかし、女性差別と男性差別は根本的に違います。

今の世の中は女性差別社会です。
女性差別はいたるところにあるのですが、いちいち取り上げるわけにはいかないので、特別に目立ったものだけがやり玉に上がって炎上することになります。
炎上は差別語やポスターの絵などがきっかけなので、言葉狩りと見られがちですが、言葉はもちろん意識とつながっています。
しかし、差別意識を守りたい人は、言葉と意識を切り離して、「言葉狩りだ」「ポリコレにはうんざりだ」といった反応をするわけです。

女性差別社会にも、男性が差別される状況が生じることがあります。
しかし、そうした男性差別は局地的、一時的現象ですから、めったにあることではありません。
「男性差別だ」と騒がれるのは、ここで取り上げたケースのように、ほとんどがこじつけです。
しかし、「男性差別だ」と騒いで企業や個人を攻撃し、なんらかの対応を引き出すという成功体験がいくつかあるために、このところ「男性差別だ」と騒ぎ立てるケースが増えているのかもしれません。

「女性差別社会における男性差別」はめったにあることではなく、ほとんどがこじつけだということを理解すれば、うまく対応できるはずです。

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バイデン大統領に代わってカマラ・ハリス副大統領が民主党大統領候補に決まってから、“ハリス旋風”(この言葉がわかる人はかなりの年齢です)が吹き荒れています。
ロイター/イソプスの最新の世論調査によると、支持率はハリス氏45%、トランプ氏41%と、支持率の差が7月の時点の1ポイントから4ポイントに拡大しました。
ハリス氏が候補に決まった当初は、ご祝儀相場とかハネムーン期間といわれていましたが、ハリス氏の勢いは衰えません。

しかし、ハリス氏になにか支持を伸ばす要素があるとは思えません。
トランプ氏のほうが自滅しているのです。


トランプ氏は8月29日、NBCテレビのインタビューで、妊娠6週より後の中絶を実質的に禁じる地元のフロリダ州法は「短すぎる」と指摘し、24週ごろまでの中絶を認めるべきとする住民投票案に理解を示しました。
すると、中絶反対派は「裏切り」と怒りの声を上げ、トランプ氏に住民投票への態度を明確にするよう求めました。
トランプ氏は30日、FOXニュースのインタビューで一転して「民主党は急進的だ。反対票を投じる」と語りました。
態度がぶれぶれです。

同じくフロリダ州で、現在は医療用に限って使用が認められている大麻について、21歳以上は嗜好用として購入、所持するのを合法化するか否かを問う住民投票が行われますが、トランプ氏はSNSで合法化に賛成する考えを示しました。
共和党は基本的に大麻反対ですから、かなりの軌道修正です。

バイデン政権は電気自動車(EV)への移行をうながす政策をとり、いくつかの州ではEVの義務化が行われています。
トランプ氏は「就任初日にEVの義務化を終わらせる」と明言していましたが、8月4日の共和党員集会で「私はEVに賛成だ。そうでなければならない。ご存知のとおり、イーロン(マスク氏)は私を強く支持してくれた。だから私には選択の余地がない」と述べました。
有力支援者の意向で政策を変更するというのは、政治の世界では当たり前にあることですが、トランプ氏がそれをやったのでは、トランプ支持者はがっかりでしょう。

つまりこのところトランプ氏から「強いリーダー」らしさ、つまりカリスマ性がなくなってきているのです。


トランプ氏の強みは、人を攻撃するときの特異な能力です。
2016年の大統領共和党予備選挙にトランプ氏が立候補したとき、最初は泡沫候補の扱いでしたが、暴言や極論を言い立ててメディアの注目を集め、さらにライバル候補を攻撃して次々と追い落としていきました。
たとえば、前テキサス州知事リック・ペリー氏の低支持率を笑いものにし、上院議員リンゼー・グラム氏が過去にトランプ氏に献金を依頼してきたことを暴露して、携帯電話番号を読み上げたりしました。
政策論など関係なく、その人間の弱点を突いて笑いものにするというのがトランプ氏のやり方です。
そのうちほかの候補者はトランプ氏から攻撃されることを恐れてトランプ批判をしなくなりました。

トランプ氏が大統領になって1年半ほどしたころ、サンダース大統領報道官がバージニア州レキシントン市のレストランに入ろうとしたところ、店の経営者にトランプ政権で働いていることを理由に入店を断られました。このことが知られると、店の対応に賛否の議論が起きました。
トランプ大統領もツイッターで意見を述べました。店の対応は不当だと批判するのかと思ったら、違っていました。トランプ氏は「サンダース氏のような素晴らしい人を追い出すより、その不潔な日よけやドア、窓の掃除に集中すべきだ」「レストランは外観が汚ければ内部も汚いというのが私の持論だ」と述べました。
店の写真を見ると、確かにあまりきれいな外観ではありません。店の対応を批判するのではなく、店の汚さを批判するというのは普通の人には考えつかないでしょう。しかし、店にとっては打撃でした。結局、この店はつぶれました。

アメリカで新型コロナウイルスが猛威をふるったときは、トランプ大統領は「チャイナウイルス」と呼んで中国を非難し、中国政府に巨額の損害賠償請求をすると主張しました。冷静に考えれば、損害賠償請求が可能とは思えませんが、コロナ対策の不手際に対する国民の怒りを中国に向けさせることにはある程度成功しました。

2020年の大統領選挙では、トランプ大統領は「選挙は盗まれた」と主張して、バイデン候補と民主党を攻撃しました。
「投票用紙が盗まれた」とか「投票箱が盗まれた」と言うのではなく、「選挙は盗まれた」と言うのがトランプ氏の独特なところです。「選挙は盗まれた」と言うと、なにかはかり知れない大きな不正が行われているような気になります。そのため議事堂襲撃にまで発展し、日本の保守派にも「選挙は盗まれた」と主張する人がいっぱいいました。


ところが、最近のトランプ氏にはそういう攻撃力がありません。
バイデン大統領に対しては「スリーピー・ジョー」というあだ名をつけてバカにしていました。
ハリス氏に対しては、その笑い声をからかって「ラフィン・カマラ」というあだ名をつけましたが、あまり評判がよくないためか、ほとんど使っていないようです。

トランプ氏は黒人記者の団体のイベントにおいて、ハリス氏について「彼女はインド系であることをアピールしていた」と指摘したあと、「私は彼女が何年か前に黒人に転じるまで黒人だとは知らなかった。ずっとインド系だったのに突然、黒人になった」と語りました。
「黒人になった」という表現がトランプ氏ならではです。
しかし、この表現も受けないどころか、むしろ批判されました。

トランプ氏はSNSへの投稿で、ハリス氏の演説に多数の聴衆が集まっている写真は捏造されたものだと主張しましたが、すぐに否定されてしまいました。
また、ハリス氏、オバマ氏、ヒラリー・クリントン氏がオレンジ色の囚人服を着ている画像を投稿しましたが、子どもじみたいやがらせです。

マイケル・ムーア監督は、2016年の大統領選でトランプ大統領の当選予想を的中させるなど、反トランプの立場から選挙予想をしてきましたが、「今回の選挙は、ここ最近で最も楽観視している。敗北の見込みを見据えているのはドナルド・トランプのほうだ」と語りました。


トランプ氏はカリスマ性がなくなり、得意の攻撃力もなくなり、そのため失速しました。
なぜそうなったかというと、ひとつは、これまでバイデン大統領の高齢批判をしてきたのに、ハリス氏に代わり、今度は自分が高齢批判をされる側になったことです。
59歳のハリス氏の前では、78歳のトランプ氏はいやでも自分の“老い”を意識せざるをえないでしょう。

それから、トランプ氏は前回の大統領選でバイデン氏によって現職大統領が再選を阻まれるという屈辱を味わわされたので、バイデン氏に対するリベンジの意欲に燃えていたでしょう。
しかし、ハリス氏が相手ではあまり意欲がわかないかもしれません。

それから、トランプ氏は7月13日に選挙演説中に銃撃され、耳を負傷しました。
世の人々は、トランプ氏が腕を突き上げたポーズにばかり注目しますが、心理状態はポーズよりも顔の表情に強く表れます。
その表情を見れば、トランプ氏がそうとうな衝撃を受けたことがわかります。

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ところが、反トランプの人までもトランプ氏のカリスマ性に幻惑されているのか、トランプ氏の弱さが見えなかったようです。

2、3センチ銃弾がずれていたらトランプ氏の命はなかったでしょう。
その体験がトラウマになって、それ以来いつもの元気がなくなったということが考えられます。
さらに、トランプ氏は“死”を意識したことで、自分の人生を振り返り、自分は天国に召されるべき人間かと考え、一瞬でも“真人間”になったかもしれません。

ともかく、銃撃の衝撃はトランプ氏の心理に大きな影響を与えたことは間違いありません。
その証拠に、トランプ氏は共和党全国大会での大統領候補の指名受諾演説において「社会における不一致と分断は癒やされなければならない。私はアメリカの半分ではなく、アメリカ全体のための大統領になろうと立候補した」と語り、国民に団結を呼びかけました。それまでの分断をあおるような演説とはまったく違いました。


私は『一発の銃弾が見せたトランプ氏の「素顔」』という記事で、トランプ氏は銃撃後に別人になったということを書きました。
もっとも、別人になったのは一時的現象で、すぐにいつものトランプ氏に戻る可能性もあるとは思っていました。

しかし、最近のトランプ氏を見ると、やはり前とは別人です。
移民に対して敵意をあおるような主張はなりを潜めました。
中絶や大麻についての考えの変更は、指名受諾演説で言った分断解消の方向です。
ハリス氏に対する攻撃に威力がないのも、トランプ氏に闘志が失われたからでしょう。

ほとんどの人は、人間は急には変わらないと思っているのか、トランプ氏の変化に気づいていません。
実際のところは、トランプ氏は“普通の人”に近づいたので、その分カリスマ性が失われました。

今のところハリス氏がアメリカ大統領にふさわしいのかということはまったくわかりません。
しかし、トランプ氏からカリスマ性が失われたということだけで大統領選の帰結はわかります。

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