村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

2024年11月

28627721_m

兵庫県知事選で斎藤元彦氏が再選されたことには驚きました。
マスコミでは圧倒的に斎藤氏のパワハラや「おねだり」が批判されていたからです。
しかし、ネットにはまったく別の情報が流れていて、とりわけYouTubeの切り抜き動画に影響された人が多かったようです。
これは都知事選の「石丸現象」と同じです。

私はYouTubeは映画や音楽を視聴するときに利用しますが、情報を得るためにはまったく利用しません。動画よりもテキストのほうが“タイパ”がいいからです。
たとえば首相の所信表明演説は、首相官邸ホームページに動画とテキストの両方がアップされていますが、動画を見るより文章を読むほうがはるかに早く、飛ばし読みもできます。
今回の兵庫県知事選では、ネットで情報を得る人がマスコミとマスコミで情報を得る人に敵意と軽蔑を向ける傾向がはなはだしく、私としては不愉快なので、「ネットで真実を知った」という人になにか反論してやろうと思いましたが、相手のことを知らないで批判はできません。
そこで、立花孝志氏の動画を見て真実を知ったという人がいっぱいいるので、立花氏の動画でいちばん重要そうなものを見てみました。



そもそものきっかけとなった元県民局長の内部告発文書は、公開されたものには黒塗りの部分があったのですが、立花氏は黒塗りのない文書を入手したと言います。
その文書は本物かなと疑いましたが、調べるとすでに文書の概略はマスコミが報じていました(たとえば読売新聞の「斎藤元彦兵庫県知事の七つの疑惑とは? パワハラ・手土産・キックバック」)。立花氏がこの動画で述べたことはそれと同じです。
立花氏が入手した文書によって新事実が出てきたのかどうかよくわかりません。

文書の告発内容は七つの項目に分けられ、立花氏はひとつずつ検証していきます。

第一の告発は、読売新聞の記事から引用すると、「片山安孝副知事(当時)が「ひょうご震災記念21世紀研究機構」の五百旗頭真理事長(故人)に、副理事長2人の解任を通告し、理事長の命を縮めた」というものです。
五百旗頭理事長は通告を受けた翌日に亡くなりました。
この解任を決めたのは斎藤知事なので、斎藤知事に責任があると告発したわけです。
しかし、五百旗頭理事長の死因は急性大動脈解離であり、執務中に亡くなったと報じられています。
立花氏は通告されたことと死亡は関係ないと主張しますが、これはもっともなことで、告発文書にむりがあります。

第二項目と第三項目は、公選法違反の事前運動に当たる投票依頼を行ったというものです。
立花氏はこれについては証拠がなく、確認できないと言います。
そして、いきなり「つくり話」だと言いますが、つくり話だという根拠は示しません。
「こういう指摘は証拠をつけないと名誉棄損だ」とも言います。
しかし、この段階では「名誉棄損」とは言えません。せいぜい「名誉棄損の可能性がある」程度です。
なお、告発文書にいちいち証拠を添付する必要はありません。指摘するだけでよく、事実なら調べればわかるはずです。

第四項は「おねだり」です。
高級コーヒーメーカーを受け取ったことについて、立花氏は「全部嘘ですけどね。このおっちゃん(元局長)のつくり話です」と言います。
高級自転車50万円が知事に贈られたことについて、立花氏は「これもありません」と言います。
ゴルフのアイアンセットが贈られていることについても立花氏は「これも完全なデマですね」と言います。
アシックスなどのスポーツウエアをいっぱいもらっていて、「癒着にはあきれる限りだ」と書いてあることについても、立花氏は「これも全部嘘です」と言います。
立花氏は「嘘」「つくり話」「デマ」と断定しますが、根拠はいっさい示しません。

第五項は「政治資金パーティ」です。
「圧力をかけてパーティ券を大量購入させた」と書いてあることについて、立花氏は「これは完全に名誉棄損です。もちろん事実じゃないので」と言います。根拠は示しません。

第六項は「優勝パレード」です。
阪神・オリックスの優勝パレードの費用を信用金庫からキックバックさせたということについては、立花氏は百条委員会の秘密会でキックバックはなかったと証言されているので「デマで名誉棄損だ」と言います。
私はこのことについてはよく知らないので、判断がつきません。

第七項は「パワハラ」です。
立花氏はこれも「嘘」だと言いますが、これは各自で判断してください。


立花氏の主張は要するにこういうことです。

「不確か」「証拠がない」→「嘘」「デマ」「名誉棄損」

こういうでたらめな論理で文書の内容を否定するのです。
嘘やデマだとする根拠はまったく示しません。
私は立花氏が独自に取材した事実が示されるのかと思っていましたが、そういうものはいっさいありません。
「こたつ記事」ならぬ「こたつ動画」です。

立花氏は候補者同士の公開討論会で、元局長の文書を「名誉棄損」だと言い、さらに元局長を「犯罪者」だと言っていました。
立候補者の立場を利用して言いたい放題です。
「犯罪者」だと言えるのは裁判官が判断してからです。

それに立花氏は元局長のパソコンにあったというプライバシーも公開していましたが(ほんとうのことかわかりませんが)、許されないことです。


この動画を見て思ったのは、こんなでたらめなものを信じてしまう人がたくさんいるんだということです。
「ネットで真実」の実態を見た思いです。

ただ、告発文書にもおかしなところはあります。
斎藤知事のパワハラを告発したいなら、そこに焦点を絞るべきですが、この文書は網羅的です。そのため不確かなこともあり(「不確か」と「嘘」は違います)、五百旗頭理事長の死亡のようなこじつけもあります。
それに、最初はマスコミや国会議員などに送られ、公益通報の窓口に提出されたのはあとになってからでした。
そういうことから、斎藤知事ははめられたのだという説が出てきます。
立花氏も「虎ノ門ニュース」での須田慎一郎氏との対談でその説を語っていました。
立花氏の説を要約すると、「斎藤知事は改革を本気でやろうとした人だ。これまで税金でぬくぬくと暮らしていた職員やOB、建設会社などをバッタバッタと切っていった。65歳の定年、天下りの規制もやった。県庁舎の建て替えの見直しもやった。維新は改革を言うけど、あんまりやらない。斎藤知事は身を切る改革をこの3年間、本気でやった。それに対する不満がそうとうたまっていた」ということです。

私は斎藤知事がどの程度改革をやって、どの程度不満がたまっていたのかわかりません。ここは兵庫県政に詳しい地元の記者がちゃんと報道してほしいところです。
今の時点で「斎藤知事ははめられた」と主張するのは根拠がなく、陰謀論になります。
元局長は斎藤知事にパワハラされたことで恨みを持ち、斎藤知事を辞めさせようとしたが、パワハラの告発だけでは弱いと思っていろいろなことを書き加え、マスコミの力も借りようと思ったということも考えられます。
ただ、マスコミは斎藤知事の「おねだり」ばかりをおもしろおかしく報道していましたから、それに対する反発が陰謀論に向かわせているということはあるでしょう。


これまでマスコミは斎藤知事を“悪人”に仕立ててきました。
立花氏は元局長を“悪人”に仕立てて、斎藤知事を“正義”にひっくり返しました。
オセロゲームのようなものです。
ハリウッド映画や「水戸黄門」がその論理です。向こうが悪人ならこちらが正義の人になります。
しかし、現実には悪人も正義の人もいません。暴力団の抗争を見て正義と悪の戦いだと思う人はいないでしょう。関ヶ原の戦いでも同じです。
ヤクザ映画も、昔の高倉健の時代はよいヤクザと悪いヤクザの抗争でしたが、「仁義なき戦い」以降は“全員悪人”になっています。

しかし、人間はどうしてもレッテル張りをして現実を単純化したい。そうすると思考が節約できるからです。
立花氏のような人はそこにつけ込んでくるので、注意しないといけません。
かりに元局長が悪人だとしても、斎藤知事のパワハラがなくなることはありません。


それにしても、立花氏の「不確か」を「嘘」にすり替える論法にだまされる人の多いことに驚きました。
昔、私が2ちゃんねる(現5ちゃんねる)によく書き込んでいたころ、なにか主張するとすぐ「ソース(根拠)は?」と聞かれたものですし、少し論理におかしなところがあるとすぐ突っ込まれたものです。そうした環境から“ディベートの達人”のひろゆき氏のような人が出てきました。
しかし、今のYouTubeでは誰かのご高説を拝聴するという格好になっていて、批判力が失われてきているのかもしれません。

domestic-violence-7662946_1280

米大統領選を見ると、保守対リベラルでリベラルが敗北したという感じがします。
保守が勝利したアメリカは、これからどういう社会になるのでしょうか。

トランプ氏の当選が決まってから、アメリカではSNS上で性差別の投稿が急増しました。
ロンドンのシンクタンク「戦略対話研究所」(ISD)がXやTikTok、Facebookなど主要なSNSで女性を標的とした投稿を追跡したところ、もっとも目立ったのは「Your body,my choice(お前の体、俺の選択)」というフレーズで、白人至上主義者のニック・フエンテス氏が投開票日の5日夜にXに投稿したポストは9000万回あまり閲覧され、3万5000回以上リポストされました。Xでは他にも女性蔑視的な発言が5日だけで4万2千以上のアカウントから6万4千件以上投稿されたということです。
「お前の体は俺のもの」「台所に戻れ」という言葉も多く見られました。

「お前の体、俺の選択」というフレーズは、中絶禁止反対運動で使われた「私の体、私の選択」という言葉をもじったものです。
実に気持ち悪いフレーズですが、アメリカの多くの州で中絶禁止が広がった背景には、こういう認識があったわけです。

なお、日本保守党の百田尚樹代表は少子化対策について、「SFやで」と前置きしながら「30超えたら子宮摘出手術をするとか」と発言して炎上しましたが、この発言も「お前の体、俺の選択」に通じるものがあります。


大統領選の民主党の選挙CMに議論を呼んだものがありました。
どんな内容かというと、あるサイトから引用します。
俳優のジュリア・ロバーツ氏がナレーションを務めるこの動画では、ある女性が夫と共に投票所を訪れるシーンが描かれる。夫はトランプ支持を思わせる野球帽を被り、女性も派手な米国旗のついた帽子を被っている。
 投票する女性は記入直前、別の女性と無言で視線を交わす。そして、2人は民主党ハリス候補に票を投じる。その後、片方の夫が「正しい選択をしたかい?」と尋ねると、派手な野球帽の女性は「もちろんよ、ハニー」と笑顔で応える。
動画の最後は、一人ひとりが投じる票の秘密は守られる、という趣旨のロバーツ氏によるナレーションで締めくくられる。つまり、あからさまにそうとは言っていないものの、仮に夫がトランプ支持者であっても妻にはそれに従う義務はなく、自由意思で一票を投じられる、ということを伝えている。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/84189

投票の秘密が守られるのは当たり前のことですし、妻が夫と別の投票行動をするのも当たり前のことだと思うのですが、どうやらアメリカでは妻が夫にマインドコントロールされて、投票まで支配されているということがあるようなのです。
イギリスのデイリー・メール紙は「こうした前時代的で家父長的なカップルは何百万人もいる」「私の両親がこういうカップルだった。それほど珍しいことではない」という声を伝えています。

アメリカの保守派はこのCMに猛反発し、「女性に嘘をつかせ、夫を騙すことを薦めるキャンペーンなど信じられない」などの声を上げました。
トランプ氏も反応し、FOXニュースの番組で「妻が夫に投票先を言わないなんて想像できるか。たとえ夫婦仲が悪くても、投票先は言うだろう。バカげている」と批判しナレーションのジュリア・ロバーツ氏について「失望した」と言いました。
番組の司会者は、妻が夫に秘密でハリス氏に投票するのは「浮気と同じだ」と批判しました。

保守派の家族観では、妻には投票の秘密はなく、夫と同じ投票行動をとらなければならないようです。
つまり妻は夫の従属物で、「妻の意志」などないも同然です。
保守派は「家族の絆」を重視するといいますが、これが絆の実態です。

トランプ氏は3人の妻との間に5人の子どもをもうけ、不倫相手に口止め料を払ってニューヨーク州の裁判所で有罪判決を受けましたし、イーロン・マスク氏も3人の女性との間に12人の子どもをもうけています。
彼らにとって「家族の絆」はきわめて薄いもののようです。

なお、トランプ氏が司法長官に起用すると発表したマット・ゲーツ下院議員は、性的人身売買容疑で司法省の捜査対象になったことがあり、下院の倫理委員会も性的な違法行為を調査していました。
FOXニュースの司会者から国防長官に起用されたピート・ヘグセス氏は、2017年に発生した性的暴行事件に関与していたとの疑惑があります。


トランプ氏の当選後、全米各地で携帯電話に「農園で綿花を摘む作業に選ばれた。農園に入ったら身体検査を受ける準備をしておけ」などという黒人奴隷を想起させる差別的メッセージが送られ、当局が捜査に乗り出すということもありました。
差別主義者が勢いづいています。


これまでリベラルは、人種差別や性差別について、いわゆる“ポリコレ”で差別語を糾弾するという対応をしてきました。
しかし、差別語というのは差別意識から出てくるわけで、差別語狩りをしても差別意識はそのままです。むしろ水面下で増大していたかもしれません。
それが保守派の勝利、リベラルの敗北になったと思えます。

やはり差別意識を根底から絶たなければいけません。
それにはどうすればいいかというと、見逃されている重要な問題があります。


昨年3月、フロリダ州の小中一貫校で、小学6年生の美術の授業でミケランジェロの彫刻「ダビデ像」の写真を扱ったところ、一部の親から「彫刻はポルノだ」などという苦情が入り、校長が辞任に追い込まれました。
このニュースは世界に配信され、ダビデ像を所蔵するイタリア・フィレンツェの美術館の館長は「ダビデ像が『ポルノ』的と受け止められ得るという発想は、聖書に対する理解不足に加え、西洋文化そのものを理解していないに等しい」と批判し、当の学校の教師と生徒をイタリアに招待しました。

これはいかにアメリカがおかしな方向に行っているかを示す出来事です。
フロリダ州の知事は保守派のデサンテス知事です。それに、背景には保守派の草の根の運動がありました。

現在、公立学校の図書館から“好ましくない本”を撤去する動きが広がっています。
NPO「米国ペンクラブ」が2024年4月に公表した報告書によれば、2023年7月から12月までの半年間に、全米23州で4300以上の本が公立学校で禁書扱いになりました。これは前年度の禁書の総数を上回っています。しかも、この数字は報道されたものや情報公開請求で開示されたものだけなので、実際はもっと多いことになります。
“好ましくない本”とはなにかというと、LGBTQに関する本、人種や人種差別に関する本などです。
人種差別に関する本がなぜだめかというと、「白人は人種差別的である」という偏見を植えつけるからだそうです。

「禁書」というのは表現の自由に反することで、自由の国アメリカにふさわしくないと思われますが、大義名分は「青少年に有害」ということです。
しかし、ある本や映画などが子どもに有害であるというデータはありません。
まったく根拠のない主張です(日本でも同じことが主張されています)。

禁書運動の中心的な役割を果たしているのは「自由を求める母親たち( Moms for Liberty)」という団体で、「親の権利」を掲げて教育現場に介入しています。
保守派の家庭で夫に従属する妻は、子どもに対しても従属を求めるわけです。
その拡大の勢いはかつての「茶会運動」に近いともいわれます。
「青少年に有害」なら「おとなにも有害」ということになり、いずれ一般の図書館でも「禁書」が行われるようになるかもしれません。

トランプ氏の当選後、アマゾンでディストピア小説の売り上げが急増したということです。
いちばん売れたのは、女性が男性に隷属して子どもを産む道具とされる未来社会を描いたマーガレット・アトウッド著『侍女の物語』で、2位が全体主義社会を描いたジョージ・オーウェル著『1984年』、3位が書物がすべて焚書される未来社会を描いたレイ・ブラッドベリ著『華氏451度』です。
どれも保守派の勝利から連想される社会です。


学校での禁書運動は保守対リベラルの最前線といえます。
ところが、リベラルはこのフィールドでまったく力を出せていません。

学校図書館での禁書がなぜいけないかというと、それは子どもの知る権利の侵害だからです。
教師が子どもになにかを見せるという場合は、子どもによっては不快に思うことがあるので、ある程度の配慮は必要ですが、図書館の本は子どもがみずから選択して読むのですから、制限する必要はありません。映画なども同じです。
保守派の団体は「親の権利」を掲げています。
「子どもの権利」対「親の権利」が衝突しているのです。

ところが、リベラルは「子どもの権利」をほとんど守ろうとしていません。
というか、そもそもアメリカは「子どもの権利」を認めない国です。
アメリカは子どもの権利条約を締約していない世界で唯一の国で、「子どもの権利」については世界最低レベルの国です。

アメリカでは毎年1700人前後の子どもが虐待によって死亡しています(日本は100人以下)。義務教育は子どもに学校に行く義務があります(日本は親に子どもを学校に行かせる義務があります)。学校はゼロ・トレランス方式という徹底した管理教育が行われ、不登校の子どもは戸塚ヨットスクールのようなスパルタ教育のキャンプに強制的に入れられます。

子どもの人権が広く侵害される状況は「子ども差別」ということができます。
アメリカ人はみな子どものときに子ども差別を経験するので、人種差別も性差別も当たり前のことになるのです。
また、妻が自分の意志で投票できないような家庭では、子どもの意志も無視され、親に従うのが当然とされます。こういう家庭で育つと、他人の人権を尊重することもできません。
ですから、子どもの人権が尊重されるようになれば、人種差別も性差別もおのずと改善するはずです。

ところが、リベラルは「子どもの人権」をほとんど無視しています。
保守派の主張の「子どもは親に従うべき」というのは道徳と同じなので、受け入れやすいといえます。
「子どもの人権」を掲げることは道徳との戦いです。この戦いはフェミニズムがしてきたことですが、困難ではあります。
この困難から逃げてきたことがリベラルの敗因です。


日本でも似た状況です。
日本の学校教育は惨憺たる状況で、いじめ件数も不登校も増え続け、ブラック校則などもまったく改善されません。これは政治の大きな争点になっていいはずですが、選挙のときにはまったく取り上げられません。
トー横キッズなどの問題も、家庭が崩壊したために子どもはやむなくトー横に集まってくるわけで、これが自民党が重視する「家族の絆」の実態です。


リベラルの敗因は、差別意識の解消をはかるのではなく言葉狩りに走ったことであり、差別意識が生まれる根本である「子ども差別」を放置してきたことです。


今回の記事は「保守とリベラルはどちらが正しいのか」の続編です。
前回は文明や社会のレベルでしたが、今回は人間関係のレベルで書きました。

donald-trump-1757583_1280

アメリカ大統領選は意外な大差でトランプ氏の当選となりました。
この結果にはいろいろな理由があるでしょうが、私がいちばん思ったのは、ハリス氏のキャラクターが最後まではっきりと見えなかったということです。
どうしてもこれを訴えたいとか、大統領になればこうしたいといったことが伝わりませんでした。
ハリス氏は4年間副大統領でいて、ほとんど存在感がありませんでしたから、もともとそういう人だったのでしょう。
一方、トランプ氏はめちゃくちゃキャラが立っている人ですから、その差が出たのかなと思います。

国際政治学者の三牧聖子同志社大准教授は、8年前のトランプ氏はオバマ大統領などへの人種的憎悪を打ち出して白人の支持を集めたが、今回は移民への憎悪を打ち出して、黒人やヒスパニックの支持も集めることに成功したと朝日新聞の書評欄で指摘しました。
これは納得です。
ハリウッド映画もそうですが、トランプ氏は「悪いやつをやっつける」ことの快感をうまく利用しています。
その点、リベラルは不利です。「移民と共存するべきだ」という主張にそういう快感はありません。

民主党のバーニー・サンダース上院議員は「労働者階級の人々を見捨てた民主党が労働者階級から見捨てられても、さほど大きな驚きではない」と言い、「民主党を支配しているのは富裕層や大企業、高給取りのコンサルタントたちだ」と批判しました。
日本にいるとあまりピンとこないのですが、きっとこの批判は当たっているのでしょう。
もっとも、今のところ民主党内での敗因についての議論は、バイデン大統領の撤退が遅すぎたからだといった些末なことにとどまっています。

トランプ氏も「貧しい労働者のために」とか「格差を解消する」みたいなことは言っていません。それは社会主義的です。言っているのは「アメリカ経済を強くする」ということだけです。
アメリカ経済が強くなれば一般労働者にも恩恵があるということなら、従来のトリクルダウン説と変わりません。



トランプ氏が大統領になれば、世界はどうなるでしょうか。
ひとつよいことがあるとすれば、ウクライナ戦争が終わるかもしれないということです。
バイデン政権のウクライナ戦争に対する無策ぶりは異様でした。
戦争が継続すると同盟国がアメリカ依存を強めるので、わざと停戦させないのかなどと思っていました。
アメリカがその気になれば停戦させるのは容易なことです。

パレスチナ戦争についてもバイデン政権はまったく止める気がありません。
10月16日、イスラエル軍はハマスの最高指導者ヤヒヤ・シンワル氏を殺害しましたが、バイデン大統領は「イスラエル、米国、そして世界にとって良い日だ」と歓迎する声明を出しましたし、ハリス副大統領も「正義が果たされ、世界はより良くなった」とコメントしました。
完全にイスラエル寄りでは停戦の仲介はできません。
トランプ氏はバイデン大統領以上に親イスラエルですが、戦争を終わらせることではバイデン政権よりましかもしれません。


悪いことはいっぱい考えられます。

トランプ政権がどんな政策をするかについて手がかりとなるのが、シンクタンク「ヘリテージ財団」が発表した900ページにも及ぶ「プロジェクト2025」計画です。
この計画の策定には前のトランプ政権の元関係者が数十人も参加しています。前の政権では準備不足のために十分なことができなかったので、今度は事前に計画したというわけです。
このシンクタンクは前から共和党に政策提言を行っていて、かなりの割合で採用されています。

「プロジェクト2025」はどんな内容かというと、たとえば連邦政府の行政機関はすべて大統領の直接統制下におくべきとされ、大統領から独立した権限を持つ司法省も例外ではありません。また、数万人いる連邦政府職員の雇用保障を解除し、キャリア国家公務員の代わりに政治任用されたスタッフが仕事できるようにするということもあります。また、教育省を全面廃止し、FBIを肥大化して傲慢な組織と非難して大幅改変するということです。要するに政府組織を大統領が独裁的に動かせるようにするわけです。
脱炭素目標の代わりにエネルギー増産とエネルギー安全保障の強化を推進します。
ポルノ禁止を提言し、ポルノの閲覧・入手を可能にするIT企業や通信企業は業務停止にすべきだとしています。
経口中絶薬の禁止や移民追放などもうたわれています。
「性的指向」「ジェンダー平等」「人工妊娠中絶」「生殖権」といった多数の用語を、すべての連邦法と規制から削除することを提言し、「多様性」や「公平」や「包摂性」を重視するあらゆる事業を学校や政府部局において廃止することも求めています。

要するに“保守派の夢”みたいな内容です。
選挙期間中にバイデン・ハリス陣営はトランプ氏を攻撃するのにこの「プロジェクト2025」を利用したので、トランプ氏は自分は「プロジェクト2025」と無関係だと言いました。
しかし、当選後はどうなるかわかりません。
きわめて保守的な政策が実行されると、反対派が激しいデモを起こして、警察や軍隊が鎮圧に動いて内戦状態になるというのが最悪のシナリオです。


トランプ政権が日本や世界に与える影響はどうかというと、これもよいことはまったく考えられません。
トランプ氏の目指すところは、アメリカを再び偉大にして、対外的には「アメリカファースト」を実行することです。
アメリカファーストとはなにかといえば、アメリカの利己主義、独善主義にほかなりません。

「アメリカファースト」という言葉は第一次世界大戦後から使われるようになりました。ただ、当時は孤立主義的な意味で使われていたようです。
トランプ氏がこの言葉を復活させましたが、トランプ氏に孤立主義的なところはありません。あくまで独善主義という意味で使っています。

トランプ氏は地球環境問題にまったく関心がありません。
選挙期間中、「今後400年で海面は8分の1インチ(約3ミリ)上昇する」とでたらめを主張し、また、シェールガス・オイルを「掘って掘って掘りまくれ(Drill, baby, drill!)」と言って聴衆を沸かせました。
第一次トランプ政権は2017年にパリ協定からの離脱を表明、2020年11月に正式に離脱しました。バイデン政権は2021年2月にパリ協定に復帰しましたが、トランプ氏はパリ協定からの再離脱を公約としていましたし、報道によると政権移行チームは離脱を宣言する準備を進めているということです。
アメリカのような大国が温室効果ガスをどんどん排出すれば、ほかの国は排出規制をしているのがバカらしくなります。


貿易についてもたいへんです。
トランプ氏は「関税、それはもっとも美しい言葉だ」と言ったことがあります。
全輸入品に10~20%の追加関税をかけるというのがトランプ氏の公約です。とくに中国には全輸入品に60%の関税をかけると言っていますし、メキシコからの輸入自動車には100~200%の関税をかけると言っています。
どこまで本気かよくわかりませんが、トランプ氏は第一次政権のときに中国に10~25%の関税をかけたことがありますから、ある程度はやるでしょう。

関税をかけると輸入がへり、国内産業が保護されますが、保護された産業は競争力を失い、相手国も報復関税をかけてきて、貿易量が減少します。自由貿易で経済は発展するというのが常識です。
しかし、トランプ氏にそういう常識は通用しません。トランプ氏は関税を他国に対する攻撃や制裁と考えているようです。

不当な関税などについては世界貿易機構(WTO)に提訴するという手段がありますが、今はそれができないようです。
朝日新聞の「『世界のための市場』拒む大国」という記事にこう書かれています。
トランプ政権は5年前、世界貿易機構(WTO)の上級委員会の委員を選定せず、紛争解決制度を機能不全に陥らせた。バイデン政権も放置した。
標的はWTOだけでない。国際通貨基金(IMF)、世界銀行、国際エネルギー機関……。トランプ氏は戦後の世界秩序を形作ってきた主要国際機関が「米国民の利益になっていない」とたびたび批判してきた。
https://www.asahi.com/articles/DA3S16079879.html?iref=pc_ss_date_article

アメリカは国際刑事裁判所にも加盟していません。ロシア、中国も加盟していませんが、アメリカが加盟していない以上、誰も文句を言えません。
トランプ政権が利己的なふるまいをすると、他国も対抗するようになり、世界は無法状態になります。

トランプ氏は第一次政権のときに軍事費を大幅に増やしました。アメリカが自分勝手なふるまいをするには軍事力の裏付けが必要だからです。
巨額の軍事費を出しても「覇権国のうまみ」はそれ以上なのでしょう。

日本はどうトランプ政権に対するべきでしょうか。
アメリカは経済力も軍事力も日本と段違いで、それに日本には味方がいません。
70年代の日本は「自主外交」を掲げて日中国交正常化などを成し遂げ、福田政権は「全方位外交」を掲げて東南アジアとの関係を深めました。
ところが、冷戦が終結し、アメリカが唯一の超大国になると、日本は「自主外交」の看板を下ろし、「日米同盟は日本外交の基軸」という言葉を繰り返しながらどんどんアメリカ依存を強めました。
その結果、今ではどうすればトランプ氏に気に入られるかということしか考えられなくなっています。

覇権国アメリカとどうつき合うかということを、地球規模で一から考え直すことです。

the-white-house-5997654_1280

アメリカ大統領選挙であらわになったのは、保守対リベラルの対立の深刻さです。
この対立は欧州でも日本でも深刻化しつつあります。
今はインターネット上で両者が議論する機会がいくらでもありますが、議論すればするほど感情的な対立が深まります。
世の中はどんどん進歩しているのに、政治の世界はなぜ進歩しないのでしょうか。

フランス革命当時の議会で、議長席から見て右側に王党派や保守派が、左側に共和派や改革派が位置したことから、右翼と左翼という言葉ができました。
つまり保守派が右翼で、改革派が左翼です。これは時代が変わっても一貫しています。
社会主義運動が盛んになったときは、左翼といえば社会主義勢力でした。
最近は社会主義運動が退潮したので、社会改革の方向性は格差解消と差別解消になりました。ですから、左翼といえば人権派と福祉派です。
ただ、左翼という言葉には社会主義のイメージが結びついているので、最近はリベラルということが多くなっています。

保守派と改革派の思想はフランス革命以前からあり、代表的なものがトマス・ホッブスとジャン=ジャック・ルソーの思想です。
ホッブスは『リヴァイアサン』において、自然状態の人間は「万人の万人に対する闘争」をするので、国家権力が人間を支配しなければならないと主張しました。つまり人間性は悪なので、国家権力によって悪を抑制しなければならないという説です。
ルソーは『人間不平等起源論』において、自然状態の人間は平等で平和に暮らしていたが、文明化するとともに不平等や支配が生じたと主張しました。つまり人間性は善で、文明が悪だという説です。
ただ、文明すべてが悪なのではなく、人が人を支配するやり方が悪、つまり権力が悪だということです。

社会改革思想は基本的にルソーの思想と同じ構造になっています。
マルクス主義では、自然状態は原始共産制で人々は平等に暮らしていたが、歴史が“進化”すると奴隷制や封建制という悪が生じたとされます。
フェミニズムでは、自然状態の生物学的性差であるセックスは差別的ではないが、社会的性差であるジェンダーは差別的であるとされます。

単純化していうと、ルソーの思想、マルクス主義、フェミニズムは「人間性は善、権力は悪」というもので、ホッブスの思想は「人間性は悪、権力は善」というものです。
これを政治的な文脈でいうと、リベラルは「統治する側が悪いから世の中が悪くなる」と考え、保守は「統治される側が悪いから世の中が悪くなる」と考えます。
ですから、リベラルは国家権力や大企業や富裕層を攻撃し、保守はマイノリティや貧困層を攻撃します。

リベラルは、貧しい人がいるのは社会制度が悪いからだと考え、保守は、貧しい人がいるのはその人間が怠けているからだと考えます。
リベラルは、子どもが勉強しないのは学校や教師に問題があるからだと考え、保守は、子どもが勉強しないのは子どもが怠けているからだと考えます。
保守の犯罪対策はひたすら警察力を強化して取り締まることですが、リベラルは犯罪者の更生を考えます。


アメリカの独立宣言では「普遍的人権」がうたわれましたが、実際は人権があるのは白人成年男性だけで、先住民、黒人、女子どもに人権はありませんでした。
そのためアメリカの白人成年男性の多くは今も統治者意識を持っていて、この人たちがアメリカの保守の中心になります。
しかし、格差が拡大する中で貧しい者たちは不満を募らせました。いわゆるラストベルトの白人などです。
彼らは富裕層に怒りを向けてもよさそうなものですが、統治者意識からそれができず、統治される側に怒りを向けました。その代表的な対象が不法移民です。
移民は一般的に弱者ですから、移民を攻撃すると弱い者いじめになりますが、「不法」がついていると遠慮なく攻撃できます。
トランプ氏がいちばん力を入れて訴えているのも不法移民問題です。

ヨーロッパで台頭する右翼政党も移民問題をもっとも強く訴えています。
移民は前からいたのに、なぜ今これほど問題になるのか不思議です。
私が想像するに、最近グローバルサウスが力をつけてきて、ヨーロッパの白人の優越感が揺らぎ、その危機意識が移民への怒りとなっているのではないでしょうか。
アメリカの白人の怒りも、白人が少数派になりそうだという危機感と関係しています。

日本の保守も欧米の真似をして、最近はもっぱら不法滞在外国人と生活保護不正受給者を攻撃しています。


保守思想の源流となったホッブスの思想ですが、今では間違いであることがはっきりしています。
人間の自然状態は「万人の万人に対する闘争」ではないからです。
原始時代と変わらない生活をしている未開社会を調査すると、みんな仲良く暮らしています。狩猟も採集も共同作業です。病気やケガで狩猟に参加できなかった者にも、狩猟の成果は分配されます。食べ物がないと生きていけないので、これは最低限の福祉、つまり生活保護みたいなものです。
また、子どもの数が多い者にはそれに応じて分配の量も増えます。つまり未開社会は「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という共産制です。

病気やケガで狩猟に参加できなかった者にも狩猟の成果を分配するのは、いずれ自分が病気やケガをしたときにも分配してもらえるからですし、子どもの数の多い者に多く分配するのも、いずれ自分がたくさんの子持ちになったときに分配してもらえるからです。これは互恵的利他行動といい、人間に限らず社会性動物にはよく見られるものです。

ただし、こうした助け合いがあるのは、多くて150人程度の共同体で暮らしていたからです。親しい人間の間では互恵的利他行動が有効です。
農耕が始まり、集団が大きくなり、交易の範囲が広がると、親しくない人間とつき合うようになります。親しくない人間とつき合うのは経済的動機によるものなので、利己心がぶつかり合い、争うことが増えます。
争うと勝者と敗者が生まれ、強者が弱者を支配するようになり、階級社会や格差社会が生まれたのです。


ホッブスの思想は明らかに誤りです。
進化論からしても「万人の万人に対する闘争」をするような動物は絶滅するはずです。
文明が発達するとともに格差や支配が生じたというルソーの思想、マルクス主義、フェミニズムのほうに分があります。

強者が弱者を支配するのも自然なことではないかという意見があるかもしれませんが、今の格差は自然とかけ離れています。ほんの少し頭がいいだけで人の何倍もの収入を得ることができますし、トマ・ピケティが『21世紀の資本』で示したように、資産家は労働者以上に金持ちになっていくので、格差は限りなく拡大していきます。

今後の社会は、格差を解消する方向に進むべきですし、それと同時に、利己心で競争する社会から、互いに利他心でつきあえる、共同体に近い社会へと舵を切ることも重要です。


【追記】
ここに書いたことは私の思想の一部分です。詳しくは次のブログで。
「道徳観のコペルニクス的転回」

このページのトップヘ