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トランプ前大統領の口止め料を巡る裁判で有罪評決が下りましたが、トランプ氏は控訴を表明し、「不正な裁判だ」「判事は暴君だ」などと述べました。
トランプ支持者も有罪評決でめげることはなく、逆に気勢を上げているようです。トランプ陣営は有罪評決後の24時間で約82億円の寄付が集まり、うち3割は新規の寄付者だったと発表しました。
アメリカの有権者の35%が4年前の大統領選は不正だったと思っているそうです。

「法の支配」は社会の基本ですが、トランプ氏とその支持者は「法の支配」など平然と無視しています。
これはトランプ氏のカリスマ性のゆえかと思っていました。
しかし、それだけでは説明しきれません。
私は、アメリカ人はもともと「法の支配」なんか尊重していないのだということに気づきました。

私の世代は若いころに映画とテレビドラマで西部劇をいっぱい観ました。
西部劇には保安官や騎兵隊も出てきますが、基本は無法の世界で、男が腰の拳銃を頼りに生きていく様を描いています。
今、アメリカで銃規制ができないのはその時代を引きずっているからです。

銃規制反対派は市民が権力に抵抗するために銃が必要なのだと主張しますが、アメリカの歴史で市民が銃で国家権力に抵抗したのは独立戦争のときだけです。
では、銃はなんのために使われていたかというと、ほとんどが先住民と戦うためと黒人奴隷を支配するためです。
それと、支配者としての象徴でしょう。
日本の侍が腰に刀を差しているのと同じ感覚で西部の男は腰に拳銃を吊るして、先住民、黒人奴隷、女子どもに対する支配者としてふるまっていたのです。
ですから、「刀は武士の魂」であるように「銃はアメリカ男子の魂」なので、銃規制などあってはならないことです。

西部開拓の時代は終わり、表面的には「法の支配」が確立されましたが、今もアメリカ人は「法の支配」を軽視しています。
たとえば白人至上主義者は平気で黒人をリンチしてきました。
『黒人リンチで4000人犠牲、米南部の「蛮行」 新調査で明らかに』という記事によると、米南部では1877年から1950年までの間に4000人近い黒人が私刑(リンチ)によって殺されていたということです。

同記事には『私刑のうち20%は、驚くことに、選挙で選ばれた役人を含む数百人、または数千人の白人が見守る「公開行事」だった。「観衆」はピクニックをし、レモネードやウイスキーを飲みながら、犠牲者が拷問され、体の一部を切断されるのを眺め、遺体の各部が「手土産」として配られることもあった』と書かれています。ナチスの強制収容所を連想します。人種差別主義者は似ているのでしょう。

リンチの犯人がかりに裁判にかけられることがあっても、陪審員は白人ばかりなので有罪になることはありません。
最近でも似たようなものです。警官が黒人を殺す場面が動画に撮られて大きな騒ぎになった事件でも、警官は裁判にかけられても無罪か軽い罪で、恩赦になることもあります。

そういうことから、白人至上主義者にとってトランプ氏の裁判で有罪の評決が出たのは「不当判決」なので、平然と無視できるのでしょう。


「法の支配」を軽視するのはアメリカ人全体の傾向です。
それは国際政治の世界にも表れています。
国際刑事裁判所(ICC)は5月20日、ガザ地区での戦闘をめぐる戦争犯罪容疑でイスラエルのネタニヤフ首相らとハマスの指導者らの逮捕状を請求したと発表しました。
これに対してバイデン大統領は「言語道断だ。イスラエルに対する国際刑事裁判所の逮捕状請求を拒否する。これらの令状が何を意味するものであれ、イスラエルとハマスは同等ではない」などの声明を発表しました。
「法の支配」をまったく無視した態度です。

バイデン大統領はトランプ氏への有罪評決に関して「評決が気に入らないからといって『不正だ』と言うのは向こう見ずで、危険で、無責任だ」「法を超越する存在はないという米国の原則が再確認された」などと語っていました。
評決が気にいらないからといって「不正だ」と言うのはバイデン大統領も同じです。
なお、アメリカは国際刑事裁判所(ICC)に加盟していませんが、加盟していないということがすでに「法の支配」を軽視しています(ロシア、中国も加盟していませんが、アメリカの態度が影響しているともいえます)。


国際司法裁判所(ICJ)は24日、イスラエルに対しガザ地区南部ラファでの軍事攻撃を即時停止するよう命じましたが、イスラエル首相府はこれを真っ向から否定しました。
アメリカもこれを容認しています。
国際司法裁判所(ICJ)は国連の機関なので、各国は法的に拘束されますが(執行力はない)、ここでもアメリカは法を無視しています。


トランプ氏が「アメリカファースト」を言うのは、もちろんアメリカは他国よりも優先されるという意味ですが、結果的にアメリカは法の上にあることになります。
バイデン大統領もこの点ではトランプ氏と変わらないようです。


アメリカもいつも無法者のようにふるまうわけではなく、表向きは「法の支配」を尊重していますが、いつ無法者に変身するかわかりません。
そうなるとアメリカの世界最強の軍事力がものをいいます。
当然、世界のどの国もそのことを意識せざるをえません。

日本も例外ではありません。
日本はアメリカと繊維、自動車、半導体などさまざまな分野で通商摩擦を演じてきましたが、どれも最終的に日本が譲歩しています。
日本がとことん強硬に主張し続けると、アメリカはテーブルをひっくり返して腰の拳銃を抜くかもしれないからです。
軍事行動に出なくても、貿易や金融などで不当な仕打ちをしてくるということはありえます。WTOに提訴するぐらいでは防げません。
なにかの理由をつけて経済制裁をしてくるということも考えられます。イランやキューバは今ではなんの理由だかわからなくなっても制裁され続けています。

どの国もアメリカと二国間交渉で対等な交渉はできません。
アメリカがGDP比3.45%もの巨額の軍事費を支出しているのも、それによって経済的な利益が得られるからに違いありません。



世界が平和にならないのは、アメリカが「法の支配」を無視ないし軽視して「力の支配」を信奉する国だからです。
世界を平和にするには、国際社会とアメリカ国内の両面からアメリカを変えていかなければなりません。