
トランプ大統領は恐ろしい勢いでアメリカ社会の根幹を破壊しています。
その破壊を止める力がアメリカにはほとんどありません。
最初はUSAID(アメリカ合衆国国際開発庁)の実質的な解体でした。
USAIDは主に海外人道援助などをしていました。アメリカ・ファーストを支持する保守派は海外人道援助などむだとしか思わないのでしょう。
このときは日本のトランプ信者もUSAID解体に大喜びしていました(日本に相互関税をかけられてからトランプ信者はすっかりおとなしくなりました)。
「報道の自由」も攻撃されました。
トランプ大統領は「メキシコ湾」を「アメリカ湾」に変更するとした大統領令に署名しましたが、AP通信がそれに反しているとして、同社記者を大統領のイベント取材から締め出しました。
また、大統領を代表取材する場合、それまではホワイトハウス記者会が決めたメディアが交代で行っていましたが、これからは大統領府側がメディアを決めると宣言しました。。
放送免許などを司るFCC(連邦通信委員会)は、FCC監督下のすべての組織にDEI策排除を求めるとしました。
その次は司法への攻撃です。
トランプ政権は「敵性外国人法」を適用して約200人の不法移民をエルサルバドルの収容施設に送還しましたが、ワシントンの連邦地裁はこの法律は適用できないとして送還の差し止めを命じました。しかし、送還は実行されました。政権は地裁から「書面」で命令が出される前に飛行機は出発していたと主張しましたが、地裁は判事が「口頭」で飛行機の方向転換を指示したのに従わなかったとしています。
トランプ氏は送還差し止めを命じた判事は「オバマによって選ばれた過激な左翼だ。弾劾されるべき」と主張しましたが、ジョン・ロバーツ最高裁長官が異例の声明を出し「弾劾は司法の決定に対する意見の相違への適切な対応でない」と批判しました。このところ政権の政策を阻止する判決を出した裁判官への個人攻撃が目に余ることから、最高裁長官が異例の声明を出したようです。
その後、FBIはウィスコンシン州ミルウォーキーの裁判所のハンナ・ドゥガン判事を逮捕しました。裁判所に出廷した不法移民の男を移民税関捜査局の捜査官らが拘束しようとしたのをドゥガン判事が妨げたという公務執行妨害の疑いです。裁判官が逮捕されるのは異例です。
パム・ボンディ司法長官はこの件について「ミルウォーキー判事の逮捕は他の判事への警告」だと言いました。完全に政治的な意図で、行政が司法を支配下に置こうとしています。
トランプ政権は「法の支配」も「司法の独立」も「三権分立」も完全に破壊しようとしています。
大学も攻撃の対象になりました。
ハーバード大学ではイスラエルのガザ攻撃に対する学生の抗議活動が盛んだったことから、トランプ政権は学生の取り締まりやDEI策排除をハーバード大学に要求、大学がこれを拒否すると、助成金の一部を凍結すると発表しました。
トランプ政権はリベラルな大学に対して同じような要求をしており、「学問の自由」は危機に瀕しています。
「政教分離」も破壊されました。
政権はホワイトハウス信仰局を設置し、初代長官に福音派のテレビ宣教師ポーラ・ホワイト氏を任命しました。また、トランプ氏はこれまでキリスト教は不当に迫害されていたとし、反キリスト教的偏見を根絶するためにタスクフォースの設置も発表しました。
トランプ政権は、法の支配、報道の自由、学問の自由、表現の自由、政教分離、人道、人権といった近代的価値観をことごとく破壊しています。
トランプ政権は科学研究費も大幅に削減していますから、まるで中世ヨーロッパの国になろうとしているみたいです(実際のところは、アメリカの保守派は南北戦争以前のアメリカが理想なのでしょう。日本の保守派が戦前の日本を理想としているみたいなものです)。
問題はこうした政権の暴走を止める力がどこにもないことです。
というのは、法の支配、報道の自由、学問の自由といった価値観が、リベラルなエリートの価値観と見なされて、効力を失っているのです。
こうした傾向は日本でも同じです。
菅政権が日本学術会議の新会員6名の任命を拒否したとき、これは学問の自由の危機だといわれましたが、SNSなどでは学問の自由はほとんど評価されずに、それよりも「政府から金をもらっているんだから政府のいうことを聞け」といった声が優勢でした。
報道の自由に関する議論になったときも、“マスゴミ批判”の声で報道の自由を擁護する声はかき消されます。
今のところトランプ政権の暴走を止めるには、政策実行を差し止める訴訟が頼りですが、最高裁の判事は保守派が多数ですから、あまり期待はできません。
ただし、このところトランプ大統領の勢いがなくなりました。明らかに壁にぶつかっています。
トランプ大統領は4月2日、日本に24%、中国に34%などの相互関税を9日に発動すると発表し、これを「解放の日」とみずから称えました。
ところが、発表直後から世界的に株価が急落し、とりわけアメリカは株式・国債・ドルのトリプル安に見舞われました。
これにトランプ氏とその周辺はかなり動揺したようです。
トランプ氏は9日に相互関税の発動を90日間停止すると発表しました。
株価は急反発しましたが、トランプ氏の腰砕けに世の中はかなり驚きました。
トランプ大統領はFRBは利下げするべきだと主張し、FRBのパウエル議長を「ひどい負け犬の遅すぎる男」とののしり、解任を示唆する発言を繰り返しました。
そうするとまたしても株式・国債・ドルのトリプル安になり、トランプ大統領はまたしても態度を豹変させて「解任するつもりはない」と述べました。
そうすると株価は反発しました。
また、中国への関税は現在145%となっていますが、トランプ大統領は「ゼロにはならないだろうが、大幅に下がるだろう」と述べました。
関税政策の根幹が崩れかけています。
トランプ大統領は「マーケットの壁」にぶつかったのです。
この壁はさすがのトランプ氏も突破できません。そのため迷走して、支持率も下がっています。
第一次トランプ政権のときは、コロナ対策がうまくいかずに支持率を下げました。
トランプ氏が再選に失敗したのは、ひとえにコロナウイルスのせいです。
なお、安倍政権が倒れたのも、菅政権が倒れたのも、コロナ対策がうまくいかなかったためです。
ともかく、トランプ大統領を止めたのは今のところウイルスとマーケットだけです。
ウイルスは自然界のもので、自然科学の対象です。関税政策などは経済学の対象です。
自然科学も経済学もまともな学問なので、トランプ氏のごまかしが通用しなかったのです。
法の支配、報道の自由、学問の自由といった概念は政治学や法学の対象ですが、政治学や法学はまともな学問ではありません。
そのため、リベラルと保守、左翼と右翼のどちらが正しいのかも明らかにすることができず、世の中の混乱を招いています。
トランプ氏の暴走を止めることができないのは、政治学や法学がまともな学問でないからです。
今、トランプ政権はマーケットの壁にぶつかっていますが、第二次政権は発足したばかりですから、そのうち経済政策を立て直すでしょう。
そのときトランプ氏の暴走を止めるものはなにかというと、結局は政治学と法学しかありません。
政治学と法学が経済学並みにまともな学問になることです。
政治学と法学をまともな学問にする方法については、「道徳観のコペルニクス的転回」に書いています。
コメント