尖閣諸島に上陸した香港の活動家らは強制送還ということになりました。竹島問題が同時進行していてわかりにくいのですが、今回の尖閣の騒動については、石原慎太郎都知事が都による土地購入を表明したことがきっかけになったといえるでしょう。
2010年、中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突し、中国人船長を逮捕したことがきっかけで、日中間に大きな波風が立ちましたが、それがなんとか沈静化したところに石原知事の土地購入表明があったわけです。私は個人の所有を都の所有に移すことになんの意味があるのかと思っていましたが、石原知事の方針に賛同する声が意外に多く、都が開いた寄付金を募る口座には多くの金額が集まりました。そうした世論の動向に影響されたのか、野田政権は尖閣諸島を国が購入する方針を表明し、問題が拡大しました。
石原知事はタカ派政治家ですが、日本に石原知事が望むようなタカ派外交を展開する能力はありません。石原知事が国会議員時代にもそんなことはできませんでした。だから、「去勢された宦官のような国家に成り果てた」と日本に愛想をつかした演説をして議員辞職をしたのです。
日本にタカ派外交つまり毅然とした外交ができないのは、ひとつには日本が手痛い敗戦を経験して、そのトラウマから脱していないからであり、もうひとつは当然のことながら、タカ派外交の裏付けとなる軍事力に限界があるからです。
尖閣諸島はちっぽけな島ですが、たとえちっぽけな島であっても、双方が意地を張り合うと、イギリスとアルゼンチンが戦ったフォークランド紛争(双方の死傷者合計は約2700人)のような事態になるかもしれず、それだけの覚悟が必要です。
日本人のほとんどは敗戦の経験から、もう戦争はこりごりと考えています。そのためいまだに憲法9条は多くの人から支持されています。
タカ派や右翼は憲法9条改正に賛成し、さまざまな勇ましい主張をしますが、同じ日本人なのですから、戦争へのマインドがそんなに違っているはずはありません。つまりタカ派もひと皮むけば、いわゆる平和勢力の人と同じようなものなのです。
冷戦時代は、戦争があるとすれば両陣営間のものですから、「巻き込まれる」心配をしていればよかったのですが、冷戦が終わると、国と国の戦争の可能性が出てきました。たとえば北朝鮮との戦争です。
2002年、北朝鮮が拉致事件を認めたことから日本人の反北朝鮮感情は一気に高まり、タカ派的言説があふれました。当時の安倍晋三官房長官の北朝鮮に対する強硬姿勢が人気を博し、小泉首相の後継者という立場を確立しました。
そして、2006年7月に北朝鮮が日本海に向けて数発のミサイル発射実験を行ったときには、タカ派の人たちは敵基地攻撃論を唱えました。つまり先制攻撃を正当化する理論です。このころが日本のタカ派の黄金時代だったでしょうか。
現在、北朝鮮に対する強硬論はほとんど聞かれません。拉致問題が風化したということはありますが、北朝鮮の日本に対する強硬な態度は以前とまったく変わっていませんし(というか、あなどるようになっています)、人工衛星搭載と称するミサイルを日本の方角へ向けて発射するなどもしています。
ミサイル発射のときは、日本は迎撃体制を取るなど大騒ぎでしたが、北朝鮮に対する攻撃論は出ませんでした。
なぜ日本のタカ派は北朝鮮に対する強硬論を唱えなくなったのでしょうか。
私が察するに、北朝鮮が2006年10月に核実験を行ったことが大きいと思います。2009年5月には2回目の核実験を行い、北朝鮮の核攻撃能力が現実のものになったと思われています。
つまり、北朝鮮が核を持ったとたんに、日本のタカ派は北朝鮮に対する“毅然とした態度”をなくしてしまったのです。これが日本のタカ派の実態です(日本人全体もそうです。ネットの掲示板にも北朝鮮のことはほとんど取り上げられません)。
現在、竹島問題や歴史問題などで日韓の関係もひどく悪化しており、韓国に対する強硬な声があふれています。
しかし、これはタカ派的言説とは言えないと思います。というのは、韓国に対する強硬な意見というのは、政治的経済的文化的な面に限られていて、韓国に軍事的に対峙しろとか、軍事的に攻撃しろという声はないからです。
なぜないかというと、日本と韓国はそれぞれアメリカと軍事同盟を結んでおり、今年は日米韓の合同軍事演習までする関係だからです。日韓が軍事的に対立するというのはまったくありえないことです。
逆に言うと、韓国とは戦争にならないとわかっているからこそ、政治的経済的文化的な面で強硬なことをためらいなく言えるというわけです。ネットの掲示板にも反韓の書き込みがあふれています。
では、対中国ではどうかというと、中国の軍事力は北朝鮮の比でなく強力ですから、中国に軍事的に対峙することは考えられないはずですが、ただ、日本はアメリカと軍事同盟を結んでいるので、もしアメリカが日本のバックについてくれるとしたら、日本は中国に対して軍事的に互角以上の立場になります。
ここで、石原知事の考えが読めてきます。
石原知事が都による尖閣諸島購入を表明したのは、ワシントンでの講演の中でした。そのときは、なぜ日中間の問題をあのタイミングでアメリカで表明したのかよくわかりませんでしたが、実は尖閣諸島にはアメリカ軍の射爆撃場があります(30年以上使われていないそうですが)。つまり、石原知事はアメリカに対しては尖閣問題では日本につくしかないということをアピールし、中国に対しては尖閣問題では日本にはアメリカがついているのだということをアピールしたのです。
アメリカが尖閣問題で日本についてくれれば、石原知事は軍事面も含めて中国に対してタカ派ぶりを存分に発揮できるというわけです。
しかし、残念ながらアメリカは日本寄りの態度はとっていません。もしアメリカが日本を取るか中国を取るかという究極の選択を迫られたら、どう考えても大国中国のほうを取るでしょう。日中間の対立をアメリカを味方につけることで有利に運ぼうとするのはうまくいきません。そこは石原知事の誤算と思われます。
そのことは日本人のほとんどがわかっているので、対中国強硬論はあまり聞かれません。民主党政権の中国に対する弱腰を批判する声があるだけです。
これは海保の巡視船に衝突した中国人船長を逮捕したときも同じでした。日本の世論は、中国を非難するより、ビデオを公開しないとかいう理由で民主党政権を非難するほうに沸騰したのです。
北朝鮮は継戦能力はほぼゼロですから、核を持たないときは日本に一時的にミサイルを打ち込むことしかできません(あと、特殊部隊を上陸させてなにかするぐらいです)。日本のタカ派が元気なのは、そんな北朝鮮を相手にしたときだけです。
日本人はタカ派も含めて戦争の覚悟はまったくなく、したがって他国と軍事的に対峙する状況になるとどうしても弱腰になってしまいます。日本の外交はそれを前提にしてするしかありません。
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