人によってまったく評価の分かれる映画です。難解という声もよく聞きます。しかし、きっといい映画に違いないという直感があって見にいったら、やはり傑作でした。
 
監督は「マトリックス」のウォシャウスキー姉弟と、「ラン・ローラ・ラン」のトム・ティクヴァ監督の3人です。ウォシャウスキーの姉は「マトリックス」を撮ったときは男性でしたが、性転換して女性になった人です。こういう人は差別主義的人間観に縛られないとしたもので、そのよさがこの作品に出ています。
 
六つの時代のそれぞれの物語が同時並行的に描かれます。最初のうちは多少とまどいがありますが、物語の主題がしっかりしているので、見ているうちにどんどんわかるようになっていきます。
ただ、人によっては物語に入っていけないかもしれません。そうなると見ているのが苦痛でしょう。なにしろ172分の映画です。
 
トム・ハンクスなど主な役者が一人何役もやっています。私の場合、その予備知識がなかったので、ほとんどわかりませんでした。しかし、予備知識がある人でも、半分以上わからないのではないでしょうか。特殊メイクなどでまったく別人になっているからです(エンディングで明かされます)
一人何役もするのは、輪廻転生を意味すると同時に、人間はみな同じだという思想でもあるでしょう。
 
私の理解するところによれば、この映画は階級、階層、格差からの解放を主題とした映画です。
原作はベストセラー小説だそうですが、「ウォール街を占拠せよ」とか「われわれは99パーセントだ」といったスローガンが叫ばれた時代に合わせた小説だと想像できます。
また、福島の原発事故を踏まえていることも明らかです。新型の原子炉が開発されていて、石油メジャーが原発事故を起こす陰謀をしています。未来の人類は「崩壊」のために原始時代のような生活をしています。「崩壊」が新型原子炉の事故なのでしょう。日本では原子力ムラ、アメリカでは石油メジャーが人類の未来をもてあそんでいるというわけです。
 
映画の冒頭は19世紀の奴隷契約の物語です。若い作曲家は権威ある老作曲家に支配されています(「クラウドアトラス」というのは若い作曲家の曲の題名です)。どの時代だったか忘れましたが、弱肉強食の思想が語られます。現代では老人が施設に閉じ込められています。未来の韓国ではクローンの女性が奴隷としてサービス業に従事しています。つまり階級、階層、格差というわけです。
映画の最後では、支配的な父親に娘が決別を宣言します。親と子の関係も支配であるととらえられているのが、私の思想と同じなので、個人的にうれしいところです。
 
私は私なりの価値観で見てしまいます。ほかの人にはほかの人の見方があるでしょう。
私にとっては「レ・ミゼラブル」が革命の映画であるのと同じに、「クラウドアトラス」も革命の映画です。未来の韓国でクローン女性が革命家とともに戦うシーンもあります。社会主義思想はなくても革命はありえます。
 
この映画では韓国の未来都市ネオ・ソウルが重要な舞台となっています。これまでSF映画にはもっとも未来的な都市としてトウキョウが出てくることが多かったのですが、その座をソウルに奪われてしまったのは日本人としては少々残念なところです。
 
いわゆるネトウヨは、そうした韓国の扱い方が気に食わないこともあって、この映画をずいぶん攻撃したということです。
しかし、ネトウヨが気に食わないのはそれだけではなく、この映画が革命映画であることもあるでしょう。格差社会に抗議するのではなく、生活保護叩きや在日叩きをしている人には、この映画は受け入れられないはずです。
 
SFマインドも随所に見られて、SFファンにはうれしいところです。
また、欧米のこの手のSFは、最終的には「永遠の愛」みたいなキリスト教的価値観がドーンと出てくるのがほとんどですが、この映画にはそれがありません。
ブルース・ウィリスみたいなヒーローが人を殺しまくる映画ばかりでなく、こうした深みのあるエンターテインメント映画が見られるのはたいへんうれしいことです。