日銀の黒田東彦総裁が再任されそうです。再任されると2期10年務めることになります。
 
黒田総裁は「期待に働きかける金融政策」ということを最初から掲げています。
私は経済の専門家ではありませんが、「期待に働きかける」というのはおかしな日本語です。前から気になっていたので、この機会に考えてみました。
 
「期待に働きかける」というのは、「心理に働きかけて期待を生成する」というべきです(「生成する」は「醸成する」や「喚起する」でも可)
しかし、これではなんの期待かわかりません。もちろん「インフレ期待」のことです(黒田総裁自身も「インフレ期待」という言葉を使っています)
それから、誰の心理に働きかけるかも明らかにする必要があります。
 
ということで、「期待に働きかける」の正確な表現は、「大衆の心理に働きかけてインフレ期待を生成する」というものです。
 
このように表現するとわかりやすくなりますが、同時にこれが容易でないこともわかります。
貯金の多い人や年金生活者は「デフレ期待」を持っています。「インフレ期待」を持っているのは住宅ローンなどの借金をかかえている人ぐらいです。
 
これまであの手この手の金融政策と財政政策をしてもデフレ脱却ができませんでした。そこで「心理に働きかける」という発想が出てきたのでしょう。
不景気が続くと愚かな政治家が「景気は気からだ。マスコミが不景気なことばかり書くから不景気になるのだ」と言ったりします。たとえば麻生太郎財務相が経済企画庁長官時代によく言っていました。
 
黒田総裁の「期待に働きかける金融政策」も麻生氏の「景気は気から」と同じではないでしょうか。
 
黒田総裁が昨年6月にオックスフォード大学で行った講演の記録が日銀のホームページにありました。
 
「期待」に働きかける金融政策:理論の発展と日本銀行の経験
日本銀行総裁 黒田 東彦
オックスフォード大学における講演の邦訳
 
 
黒田総裁は「期待に働きかける金融政策」の理論的根拠として、ケインズとその同時代人のラルフ・ジョージ・ホートレーというエコノミストを挙げていますが、そんな時代遅れの説しかなかったのかという気がします。
 
この講演では、「問題は心理的なものである」「アナウンスメント効果」「フォワード・ルッキングな金融政策」「フォワード・ガイダンス」といったキーワードが出てきます。
これは「景気は気から」に加えて、「大衆の心理は操作できる」という考え方と思われます(なお、「期待」は「expectation」で、「予想」とも訳せます。「予想に働きかける」と表現すると、「予想を狂わせる」「だます」というイメージがよりはっきりします)
 
「大衆の心理は操作できる」という考え方は果たして正しいのか。これが肝心なところです。

「お前を操作してやる」と言われて、相手の思い通りに動く人間はいません。
バブルの時代に踊った人たちは、決して誰かに操作されていたわけではありません。世の中全体が踊っていたのです。
金融の世界には「効率的市場仮説」というのがあり、価値ある情報はすぐに共有され、みんなが同じように賢くなるので、一方的に出し抜くことは続かないとされます。
したがって、大衆の心理を操作し続けることもできないはずです。
 
黒田総裁は東大法学部を出て大蔵省に入ったエリートなので、「エリートは大衆の心理を操作できる」と思ったのかもしれませんが、だとすれば愚かな思い上がりです。
 
黒田総裁はどう考えても大衆を操作するのに失敗しています。そのため2%の物価目標も達成できません。
5年かけてできなかったものは、これからもできないでしょう。
 
となると、異次元金融緩和、マイナス金利をどこまでも続けていくことになり、これがどういう結果をもたらすか、誰にもわからないのが恐ろしいところです。