異常な犯罪には異常な原因があり、多くの場合それは幼児虐待です。
新幹線3人殺傷事件で逮捕された小島一朗容疑者もそうに違いないということを前回の記事で書きましたが、根拠にする記事が限られていたため、あまり説得力がなかったかもしれません。
そうしたところ「週刊文春」6月21日号が実父に取材してかなり詳しい記事を書いていました。
その記事から何か所か引用してみます。

記事によると、小島容疑者は愛知県一宮市で育ち、上に姉が一人います。実父であるS氏はいくつもの職業を転々とし、現在は車関係の会社に勤務。母親は団体職員としてNPO施設で働いています。小島容疑者は5歳のころ児童保育所からアスペルガー症候群の疑いを指摘されますが、母親は「そんなの大きくなれば治る」と無視します。父親は「学校の先生に『この子は普通ですよ』と言われた」と言っています。
地元の公立中学校に進学した小島容疑者は、やがて不登校になってしまう。S家を知る人物が語る。
「父親は『男は子供を谷底に突き落して育てるもんだ』という教育方針で息子に厳しかった。共働きのS家では同居している(父方の)祖母が食事の用意をしていたようですが、『姉のご飯は作ったるけど、一朗のは作らん』とよく言っていた。実質的に育児放棄されていた。一朗君と家族の会話はだんだんと少なくなっていったようです。そんな彼が唯一慕っていたのが、母方の祖母でした」
小島容疑者は自室に籠もり、インターネットやテレビアニメに夢中になるなど自分の世界に没頭するようになる。食事も自炊をするか、作り置きのものを一人で食べるだけだった。
中2のときに、後の凶行に繋がる事件が起きる。
この事件について、父のS氏は本誌に次のように証言している。
「(子供たちが)新学期だから水筒が欲しいと。それで妻が渡したんですが、姉が新品で、彼のが貰い物だった。そうしたら、その日の夜中、彼が障子を蹴破って、私と妻が寝ている寝室に怒鳴りながら入ってきて……。ここが核心に迫るんですけど、ウチにあった包丁と金槌を投げつけてきたんですよ。殺気はなかったですけど、でも刺されるかも、死ぬかもなぁ、と。だけど見当違いのほうに投げたんで、私からヘッドロックのような形で抑えにいって、10分ぐらい揉みあって、(妻に)『おい、はよ警察よべよ!』と」
――キレやすかった?
「元々からかわれて、カッとなると手が出ちゃうこともあったけど、そこは子供の喧嘩ですから」
小島容疑者は、駆けつけた警察官に対して、「新品の水筒を貰ったお姉ちゃんとの“格差”に腹が立った」と語ったという。
この事件は父子関係に決定的な亀裂を生んだ。父親は息子を避けるようになり、小島容疑者も父親を嫌悪するようになる。
これを読むと、たかが水筒のことで包丁を持ち出した小島容疑者が異常であるようですが、「男は子供を谷底に突き落して育てるもんだ」という父親がそれまで虐待を繰り返していて、大きくなって体力的にも対抗できるようになった小島容疑者が初めて反撃に出たということではないでしょうか。
そして、父親はこの出来事をきっかけに“教育の放棄”を宣言します。
――それ以前に、虐待やネグレクトがあったのか?
「虐待はありえない。この(夫婦の寝室で暴れた)とき、うちの子がお巡りさんに『虐待を受けている』と言ったんですよ。でも、アザとかケガはないから(警察も信じなかった)。その日が、僕が決断した日ですよ。(息子への)教育を放棄した。彼にやりたいことをやらせましょう。外の空気を吸って自立を証明しろ、と」
――相談所に預けたことは後悔していない?
「していないですね。仕事を辞めるまでは、よく頑張った。大人になった」
――施設に預けたことで、親の愛情が薄かったのではという意見もあるようだ。
「放棄と言われたら放棄だし、父親失格という表現になるのもわかる。ただ僕なりにやれることはやった」
この父親は、虐待するか育児放棄するかの選択肢しか持たないようです(育児放棄も虐待ですが)。
小島容疑者が今回の事件を起こしたことで母親は、知人に「私は生きていていいですか……」と漏らすなど憔悴しきっているということですが、これは当然の反応です。
しかし、父親は違います。
事件後、世間の耳目を集めたのが実父S氏の存在だった。
テレビや新聞の取材に応じたS氏は、時折、薄ら笑いを浮かべながら、「私は生物学上のお父さんということでお願いしたい」と語り、小島容疑者のことを赤の他人のように「一朗君」と呼び続けた。
S氏の真意はどこにあるのか。本誌はS氏の自宅で150分にわたり話を聞いた。
――「一朗君」という呼び方が波紋を呼んだ。
「(昨日の囲み取材で)『元息子』と言ったのも、けしからん父親だと炎上しているみたいで。じゃあどういう言葉が正しいんですか。(記者から)『お父さん』と言われると、最初に出ちゃうのが『生物学上の産みの親です』なんですよ」
――今でも父親であるという思いはありますか。
「はい。じゃあどういう表現をしていいの?」
――小島容疑者に食事を与えていなかった?
「一緒に食べないから作らないだけで、彼が自分で料理したものをとりあげたり、冷蔵庫を開けるなと言ったことはない。これを虐待と表現されると難しい」
――彼が自分でつくるようになった?
「冷凍食品とかですね。そこはひとつの自立みたいな。僕もこの年になって自分で作ったことない。申し訳ない(半笑い)。だから僕より大人だったんです」
(中略)
――小島容疑者と最後に会ったのは?
「2年前の岡崎での法事のときですね。会社の給料で買った2万円の時計をしていて、『いいじゃん』って。立派になったなって。あの頃が彼のピークだったんじゃないかな」
――息子の私物とか、写真は実家にあるのか?
「今はもうない。捨てたと言ったら捨てた。(段ボールや物が積み上げられた室内を見渡しながら)見ての通りのゴミ屋敷ですので(笑)、彼の部屋は今は物置になっていて」
小島容疑者が発達障害だったとしても、それと犯罪が結びつくものではありません。「発達障害」(文春新書)の著書がある昭和大学医学部岩波明教授はこのように語っています。
「今回の事件を見ていると、必要な時期に適切な愛情を受けて育たなかったということはかなり決定的な気がします。大切に育てると社会的な予後が違う。犯人は、かなり自分に不全感を持っていて、それは親から見捨てられたという感情から来ているものもあったと思います。自殺も考えたということは衝動的な感情が内に向いていたということ。それが今回は逆に外に向かい暴発したともいえる。自分の内に向かうものが外へ向く、こうしたスイッチはわりと起こりやすい。今回の事件が発達障害の典型例かというとそうではないが、衝動的な行動パターンを選んでしまうというのは一つの特徴ではあります」
子どものころ虐待されたからといって犯罪をしていいことにはなりませんが、親から愛されなかった人間にまともな人間になれと要求するのも酷です。
こうした犯罪をなくすには、世の中から幼児虐待をなくすことと、虐待の被害者の心のケアをする体制をつくることです。これは遠回りのようですが、確実な道です。

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