村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

カテゴリ: 岸田文雄政権

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自民党総裁選には9人が立候補しました。
半分以上が当選見込みのない泡沫候補です。
多数の候補がいろいろな政策を発表して議論すれば裏金問題が見えにくくなるという魂胆でしょうか。

裏金問題もだいじですが、ほかの大きな争点は、やはり選択的夫婦別姓問題でしょう。
9月12日の報道ステーションでの各候補の態度表明によると、選択的夫婦別姓に賛成なのは小泉進次郎氏、石破茂氏、河野太郎氏で、反対なのは高市早苗氏、小林鷹之氏、加藤勝信氏です。
しかし、いまだにこんな議論をしていることが遅すぎます。
1996年に法務大臣の諮問機関である法制審議会が選択的夫婦別姓制度導入を答申してからもうすぐ30年です。こんなところにも「失われた30年」がありました。

自民党が夫婦別姓に反対する理由は「別姓だと家族の絆が壊れる」というものですが、結婚後に夫婦同姓を強制される制度の国は日本だけです。日本以外の国は家族の絆が壊れているということもありません。
実際のところは、自民党は明治以来の古い家族制度を守りたいのです。

明治の民法では、戸主(家長)が家族に対して絶対的な権限を持ち、結婚も戸主の同意が必要でした。家の財産はすべて戸主のもので、女性には相続権がありませんでした。戸主には勘当(家族を家から排除)する権限もありました。
戸主権を引き継ぐことができるのは原則長男だけですから、嫁が男の子を産まないと嫁が非難されました。
女性は結婚とともに夫の姓に変わり、夫の家の戸主の支配下に入りました。
明治国家は近代国家でしたが、家制度は武家社会を真似たので、封建的なものでした。

こうした明治民法の家族制度は1947年に廃止され、男女平等の制度となりましたが、人々の家族観というのは急には変わりません。とくに地方では大家族が多いこともあり、今でも父親や祖父が権力を持ち、嫁を支配する傾向が色濃く残っています。

自民党が守りたいのはこうした古い家族制度です。
今は結婚すると95%は女性が姓を変えているので、ほとんど昔と同じです。
別姓が認められて、別の姓の女性が家の中に入ってくると、夫や父親は“嫁”として扱いにくくなります。
自民党がいう「家族の絆が壊れる」というのはそういうことでしょう。
自民党の封建的な男尊女卑は明らかに世の中とずれており、社会の進歩の妨げです。


各候補は憲法改正にも意欲を示しています。
しかし、憲法改正について国民の関心は高くなく、ここも自民党はずれています。

もともと憲法改正というのは九条についてでした。軍隊を持てない憲法は日本を骨抜きにするために占領軍が押しつけたものだとして、保守派や右翼は敗戦の屈辱を晴らすためにも九条改正を目指しました。
しかし、憲法施行から77年たって、九条も解釈の変更を重ねて、今では敵基地攻撃能力を持つことも可能とされています。これでは改憲する意味がありません。
そのため、最近は緊急事態条項が優先されるべきだという声もあります。

戦後しばらくは、敗戦の屈辱を晴らしたいという思いと、戦前の日本に回帰したいという思いがかなりの熱を持っていましたが、さすがに国民の意識も冷めてきました。
こういう後ろ向きの憲法改正は終わりにしないといけません(緊急事態条項も実は「ナチスの手口に学べ」という戦前回帰です)。

今後は前向きの憲法改正論議をしていきたいものです。
たとえば、親に教育の義務を課すのをやめて子どもの学習権を規定するとか、まったく機能しない最高裁判所裁判官国民審査を機能するものにするとか、検察組織を政府から干渉を受けない組織にするといったことが考えられます。

自民党はいくら保守政党だといっても、戦前回帰は時代に合わなくなってきています。
自民党が刷新感を出したいなら、こうした戦前回帰の政策を捨てることです。


国民の関心がいちばん強いのは経済政策です。
日本経済を立て直す政策が出てきたでしょうか。

加藤勝信氏は立候補会見で「最優先は国民の所得倍増」と語りました。
「所得倍増」といえば、岸田文雄首相が総裁選に出たときに「令和版所得倍増」を掲げていました。しかし、その後「資産所得倍増」と言い換え、やがてそれも言わなくなりました。
加藤氏はそうした岸田政権の経済政策を批判した上で自分なりの「所得倍増」を打ち出したのかと思ったら、岸田政権批判みたいなことはいっさい言いません。ということは岸田政権の二番煎じとしか思えません。

高市早苗氏は立候補会見において「経済成長をどこまでも追い求め、日本をもう一度世界のてっぺんに押し上げたい」と語りました。
「世界のてっぺん」とはよく言えたものです。
日本はてっぺん近くからあれよあれよというまに5位にまで転落しました。日本は2010年にGDPで中国に抜かれましたが、今では中国のGDPは日本の4倍以上になっています。

高市早苗氏は安倍晋三氏を尊敬しているので、その路線を継承するはずです。
高市政権がアベノミクスと同じようなことをするなら、経済成長も安倍政権並みにしかなりません。

小泉進次郎氏は「労働市場改革」を掲げ、さらに「解雇規制緩和」に言及しました。
これは小泉純一郎首相と同じ路線で、政策までも世襲のようです。

石破茂氏は「地方創生が日本経済の起爆剤」と語りました。
林芳正氏は「最低賃金引上げなどで格差是正」と語りました。
小林鷹之氏は「国の投資で地方に半導体や自動車などの戦略産業の集積地をつくる」と語りました。

あとは省略しますが、誰の政策にも期待が持てません。
なぜかというと、これまで日本経済がだめだった理由を分析していないからです。

なぜ日本経済は30年も成長しないのでしょうか(その期間、世界経済はだいたい年4%程度成長し続けていて、日本の成長は1%弱です)。
少子高齢化が大きな原因であることは確かですが、それだけではないはずです。もし少子高齢化だけが原因なら、当面少子化の流れは止まりそうもないので、日本経済を成長させようという努力もむだなことになります。
「失われた30年」の原因はむずかしい問題かもしれませんが、アベノミクスは成功だったか失敗だったか、失敗だとすればどこがだめだったのかといったことなら論じられるはずです。あるいは岸田政権の経済政策はどこがだめだったかということも言えるはずです。
ところが、総裁選の立候補者はそういう議論はまったくしません。
能力がないからできないということもあるでしょうが、それだけではなく、自民党の体質として当選回数や役職経験による年功序列制になっていて、出世するには「汗をかく」ことや「雑巾がけ」することが求められます。そうして出世した人間は自民党体質にすっかり染まってしまいます。
そうすると政策本位の議論などできず、上下関係や人情に縛られた議論しかできません。
安倍首相は長期政権を築いた大物政治家ですから、誰もアベノミクスを批判できないのです。
「失われた30年」も歴代自民党政権のもとで起こったことです。

これまでのやり方のなにがだめだったかを解明しないで、今後うまくやる方法がわかるわけありません。


裏金議員に適切な対処ができないのも、自民党が年功序列組織であるためです。裏金議員が先輩だったり重鎮だったりするからです。


夫婦別姓問題や改憲問題については、今後政策変更することが可能です。
しかし、体質はそう簡単には変わりません。
自民党が自己変革することはほとんど期待できないので、今の自民党議員には大量落選してもらわなければなりません。
それ以外に日本経済が復活する道はなさそうです。

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東京都知事選で2位になった石丸伸二氏は、安芸高田市という人口2万6000人ほどの小さな市の市長からいきなり東京都知事選に立候補して、165万票を獲得しました。
石丸氏が人気者になった理由はなんでしょうか。

私が石丸氏を初めて知ったのは、石丸安芸高田市長が市議会で居眠りをしていびきを議場に響き渡らせた議員を非難して「恥を知れ恥を!」と言っているのをニュース番組で見たことでした。
もっとも、これはニュース番組の取り上げ方にも問題がありましたが、私が誤解していました。
居眠り議員のいびきが議場に響き渡ったのは市長の就任直後のことでした。石丸市長はその場ではなにも注意せず、逆に「眠たくならないような答弁をしないといけないな」と言って“おとなの対応”をしていました。
しかし、その後ツイッターで居眠り議員をさらしたので、議員たちが反発し、石丸市長に抗議だか注意だかをすると、石丸市長は「非公開の会議の席で『議会を敵に回すと政策に反対するぞ』と議員から恫喝された」とメディアに告発、その後もツイッターで議員たちの非難を続けました。
恫喝したと名指しされた議員は、恫喝はなかったとして石丸市長に発言の撤回と謝罪を求めましたが、石丸市長が応じないため名誉棄損の訴訟を行い、広島地裁と広島高裁で議員が勝訴して33万円の支払いが命じられました。

ともかく、こうしたことから石丸市長と議員たちはことあるごとに対立します。
そして、市長が市議会の定員を16名から8名に半減する条例を議会に提出し、それが14対1で否決されたとき、市長は「恥を知れ恥を!」と言ったわけです。
議員定数半減の条例案は議会軽視だと批判されると、市長は「居眠りをする。一般質問をしない。説明責任を果たさない。これこそ議会軽視の最たる例です」と真っ向から反論しました。

このころから市長と議員のバトルがYouTubeの切り抜き動画となって多数視聴されるようになりました。「恥を知れ恥を!」だけでなく、「バッジを外して出て行ってください!」「これが恥の重ね塗りというやつです」「頭が悪い人は具体的な議論のポイントが示せない」「議員の仕事をしてください」などの決め台詞を効果的に使うので、切り抜き動画を見た人は、若い市長が古くさい議員をやりこめていると思い、喝采しました。
石丸市長は議員だけでなく記者も「偏向」「取材不足」などと攻撃し、バトルの幅を広げました。

議員定数を半減させる条例案は、否決されるに決まっています。それを提出することで市長と市議会のバトルを演出したわけです。
そのときに発した「恥を知れ恥を!」という言葉もあらかじめ用意したものでしょう。
2019年6月、野党が安倍首相に対する問責決議案を出したとき、自民党の三原じゅん子議員が参院本会議場で野党議員に向かって「恥を知りなさい!」と言ったのが安倍支持層に大いに受けたのを参考にしたに違いありません。
「改革の志に燃えて古い政治家やメディアと戦う若き政治家」という構図づくりに成功し、石丸氏はYouTubeなどで大人気となりました。その勢いを駆って、市政を放り出して東京都知事選に立候補すると、165万票の大量得票をしたわけです。

石丸氏の都知事選の公約は「政治再建」「都市開発」「産業創出」の三本柱となっていますが、大した内容ではありません。街頭演説を数多くしましたが、演説は大してうまくないといわれます。
石丸氏の人気はすべてSNSを駆使して「戦う政治家」のイメージづくりに成功したからです。
ちなみに彼のYouTubeチャンネルの登録者数は30万人以上。小池氏と蓮舫氏の公式チャンネルはそれぞれ3000人と1万人です。



石丸氏はトランプ前大統領に似ているといわれます。トランプ氏も激しい言葉で政敵を攻撃するのが得意ですし、ツイッターなどSNSを利用して支持を広げてきました。

小泉純一郎首相も、当時は劇場型政治といわれましたが、郵政民営化を争点にして改革派対守旧派の構図をつくり、守旧派に対して“刺客”を放つというバトルを演出したので、国民は熱狂しました。
郵政民営化の是非が判断できる国民はあまりいなかったと思われますが、そんなことは関係ありませんでした。
安倍首相も小泉首相のやり方を受け継いで、つねに「戦う政治家」を演じ、「やってる感」を出すことで高支持率を維持していました。

石丸氏がいちばん参考にしたのは維新の会のやり方でしょう。
橋下徹氏、松井一郎氏、吉村文洋氏はつねに役人とマスコミに対して攻撃的で、それによって人気を博してきました。

外国のリーダーを見ても、最近はやけに攻撃的な姿勢の人が目立ちます。
これはインターネット時代の特徴でしょう。
政治家の声が直接有権者の耳に届くので、攻撃的な言葉ほど受けるのです。


石丸氏は「戦う政治家」を演じて人気となりましたが、戦う政治家がよい政治をするとは限りません。
維新の会の政治家は思想も理想もない人たちなので、大阪府の行政改革をある程度やってしまうとほかにやることがなくて、維新の会の存在価値もなくなってしまいました。

石丸氏も、安芸高田市長としての実績はどうかというと、ほとんどなにもないようです。
7月7日に行われた石丸市長の後任を選ぶ市長選では、石丸市政からの転換を訴える候補が当選し、石丸市政の継承を訴えた候補は落選しました。これだけで地元では石丸市政が評価されていないことがわかります。
石丸市長が議員やメディアとバトルを演じるのは、遠目にはおもしろいかもしれませんが、地元の人たちにとっては迷惑だったのでしょう。

なお、居眠りしていびきを響かせた議員は、のちに軽い脳梗塞だったことがわかり、診断書を提出しました。今はすでに死亡したということです。


都知事選が終わって1週間とちょっとたちましたが、石丸氏のインタビューの受け答えがまともでないので、「石丸構文」とか「石丸話法」とかいわれて、あきれられています。
石丸氏は安芸高田市の記者とバトルを演じて、それが受けていたので、同じことをやったのでしょう。
しかし、東京のインタビュアーとバトルを演じても意味はなく、一般の人にとっては「インタビュアーにかみつくおかしな人」ということになってしまいました。

また、政治家ならなにか主張したいことがあるはずで、質問が的外れであっても、この機会に言いたいことを言うはずです。
ところが、石丸氏にはなにも主張したいことがないのでしょう。インタビュアーと無意味な言葉のやり取りで時間を使ってしまいました。


石丸氏と対極にいるのが自民党の古い政治家です。
石丸氏がリングの上で戦う政治家だとすれば、自民党の古い政治家は水面下の談合や寝技を巧みにすることで出世してきました。
ですから、石丸氏の「政治屋を一掃する」という公約は有権者の心に刺さります。

蓮舫氏も戦う政治家のようですが、実は批判するばかりで戦っていません。お決まりの生ぬるい批判ばかりでは効果もありませんし、国民に飽きられています。
敵の急所を鋭い言葉で攻撃して、敵の存立を脅かすぐらいにやらなければいけません。


戦う政治家がよい政治家とは限りませんが、今後、戦う姿勢を示す政治家が支持される傾向はどんどん強まっていくでしょうから、どの政治家もそれに対応しなければなりません。

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衆議院の東京15区、島根1区、長崎3区の三つの補欠選挙が4月16日に公示されましたが、東京15区には9人が立候補し、自民党が独自候補の擁立を見送ったために、野党同士のにぎやかな戦いになりました。
やはり候補者(政党)が多いという多様性はたいせつです。それだけで盛り上がります。

自民党は裏金問題などで支持率が下がっていますが、かといって野党にも期待できないという声があります。
では、野党はどうすればいいのかということを、この選挙を通して考えました。

東京15区補選の候補者は以下の通りです(届け出順)。
・諸派「NHKから国民を守る党」新人の弁護士福永活也氏(43)
・無所属新人でファーストの会副代表の乙武洋匡氏(48)=国民民主、ファーストの会推薦
・参政党新人の看護師吉川里奈氏(36)
・無所属元職の元環境副大臣秋元司氏(52)
・日本維新の会新人の元江崎グリコ社員金沢結衣氏(33)=教育無償化を実現する会推薦
・諸派「つばさの党」新人でIT会社経営の根本良輔氏(29)
・立憲民主党新人で共産、社民党の支援を受ける元江東区議の酒井菜摘氏(37)
・諸派「日本保守党」新人で麗沢大客員教授の飯山陽氏(48)
・無所属新人の元総合格闘家須藤元気氏(46)

序盤の世論調査では、立憲民主党の酒井菜摘候補がリードしているようです。
立民党は野党第一党のために反自民票の受け皿になりやすく、酒井候補は昨年12月の江東区長選に立候補して惜敗したので、地元有権者への知名度もあります。
しかし、16日に行われた候補者のネット討論会には、酒井候補だけ出席しませんでした。リードしている立場としての選挙戦術なのでしょうが、政策面などで訴えることがあれば出席してもよかったはずです。
野党第一党というポジションにあぐらをかいている感じがします。


都民ファーストの会は乙武洋匡氏を擁立しました。著名人だけに有利ではないかと思われましたが、いろいろと逆風が吹いています。
自民党が推薦するという話がありましたが、結局自民党の推薦はなくなり、都民ファーストの会と国民民主党の推薦となりました。
小池百合子都知事の学歴詐称問題が蒸し返されたのもマイナスです。
そして、なによりも乙武候補の過去の女性問題が蒸し返されています。

2016年、自民党が参院選に乙武氏を擁立しようとしましたが、週刊新潮が乙武氏は過去に5人の女性と不倫していたと報じて、結局選挙出馬はなくなりました。このときは、奥さんに介助してもらいながら不倫するとはけしからんというのが世論の大勢でした。
2022年7月の参院選に乙武氏は無所属で立候補し、落選しましたが、このときは不倫はほとんど問題にされませんでした。
そして今回の立候補では、また昔の不倫が蒸し返されています。2022年には問題にならなかったのに、どうして今回は問題になるのでしょうか。

2022年の参院選は無所属での立候補でしたから、あまり当選の可能性はないと見られていました。しかし、今回は都民ファーストの会の推薦で、ほかに有力候補もいないことから当選の可能性は高そうでした。
多くの人は身体障害者に同情的ですが、それは自分より下の人間と見ているからです。身体障害者が自分と対等の人間として自己主張してくるのは許せません。私はこのことを、車椅子の人が映画館の一般席で鑑賞しようとしたためにトラブルになったことを「車椅子ユーザーはなぜ炎上するのか」という記事に書いたときに感じました。
乙武候補の女性問題が取り上げられる背景には障害者への差別意識があるのではないでしょうか。

日本維新の会は金沢結衣候補を立てました。
維新の馬場伸幸代表は応援演説において「立憲の国会議員を何人増やしても一緒、立憲には投票しないで」と語りました。また、国会での記者会見では「立憲民主党は、叩き潰す必要がやっぱりある」と語りました。
馬場代表は昨年7月のネット番組で、自民党と維新の関係について「第一自民党と第二自民党でいい」
と語っています。
今回の選挙に自民党の候補がいないから立憲民主党を攻撃しているわけではなくて、もともと自民党よりも立憲民主党を主要な敵と見ているわけです。

馬場代表はまた、「共産党はなくなったらいい」とも言っていて、反共主義です。
国民民主党もまた反共主義です。玉木雄一郎代表は「立民が共産と組むなら候補者調整や選挙協力はできない」と言っています。
与野党対決よりも野党同士の対決のほうが優先されています。これでは自民党を追い詰めることはできません。

日本保守党は飯山陽候補を擁立しました。
日本保守党は、自分では第二自民党とは言っていませんが、実態は第二自民党です。安倍首相を支持していた保守層が自民党に愛想を尽かしてつくった政党です。
ですから、野党共闘などは最初から考えていないでしょう。
世論調査によると急速に支持を伸ばしているそうです。
代表の百田尚樹氏は68歳で、つい最近も腎臓ガンの手術をしたばかりです。今のところ個人政党みたいなものですから、全国的な政党に育てていく気力と体力があるかが問題です。
もし飯山候補が当選はむりでも、次点ぐらいになったら、次の総選挙で自民党から立候補しようと考えていた人たちが保守党の看板のもとに集まってきて、自民党票を食って、自民党が大幅に議席をへらすという展開も考えられます。
案外これが政権交代の近道かもしれません。


野党がまったくまとまらないのは、政権を獲ってやろうという気概がないからです。野党の立場に安住しています。55年体制の社会党みたいなものです。
立民の泉健太代表は昨年11月に「5年で政権交代を考えている」と言ったことがあります(批判されて、のちに「次の衆院選で政権交代」と言いましたが)。
野党は野党の立場に安住し、与党は与党の立場に安住する中で、日本は長く停滞し、挙句には裏金問題などが起こってきました。

野党の中ではれいわ新選組だけが、小党ではありますが、政権をねらう迫力を感じさせますが、この補選には関わっていません。


今回の選挙では政策論議も低調です。
各政党の政策を比較する「Japan・choice」というサイトを参考にすると、各政党にそれほどの対立点がありません。
各党が力を入れて主張しているのは、国民への保障や給付を増やし、負担は少なくという当たり前のことです。あえて対立点を探すと、一律給付か所得制限付き給付かということぐらです。
消費税についても、与党は現状維持ですが、野党はすべて引き下げないし廃止です。
改憲問題については各党で意見が違います。しかし、選挙ではほとんど議論になっていません。有権者の関心がないのでしょう。敵基地攻撃能力を保有することになったので、改憲してもしなくてもいっしょということもあります。
外交問題についての議論も低調です。日本の国力が低下して、国民も各政党も外交力に自信を失っているからでしょうか。


与野党対決の選挙においては、野党は与党の政策の間違いを攻撃し、正しい政策を提示することです。それしかありません。
ところが、今はそういう対立点がない状況です。
与党が理想的な政治を行っていれば別ですが、対立点がないはずがありません。
対立点がないのは、野党の腰が引けているからです。

たとえば普天間基地の辺野古移設については、与党は移設続行ですが、野党はすべて再交渉ないし移設中止です。
日米地位協定についても、与党は現状維持ですが、野党はすべて見直しないし改定です。
つまり与野党の対立点が明白です。
ところが、野党はこの対立点をアピールすることはしません。
日米地位協定について与党が現状維持なのは、アメリカが改定に応じないことがわかっているからです。
立民党も鳩山政権のときに経験して、ある程度わかっています。つまり立民党が公約に「日米地位協定の改定」を掲げているのは見せかけで、本気ではないのです。

「ドイツやイタリアはアメリカとの地位協定を改定して不利な点を改善しているのに、日本はなぜできないのか」と言われますが、別に日本政府が怠慢なわけではなくて、それがアメリカ政府の方針なのでしょう。
おそらくアメリカ政府はドイツ人やイタリア人よりも日本人を差別しているのでしょう(リメンバー・パールハーバーという感情もあるでしょう)。
ですから、政権交代しても同じことです。

もっとも、地位協定改定がまったく不可能なわけではありません。
日本政府が日米同盟離脱カードを用意して交渉すればいいのです。
それには中国やロシアとの外交も関係しますし、なによりも日本国民の心理的な対米依存を克服しなければなりません。
野党は国民意識を変えると考えただけで腰が引けるのでしょう。
しかし、それをやらないと日本再生はありません。
日米関係は経済の問題でもあります。これまで日本は日米自動車摩擦や日米半導体戦争などで負け続けて経済大国の地位を失ってきたのです。
国民も日本外交があまりにも対米従属的であることは感じているはずです。
対米依存を続けてもなにもいいことはないと国民を説得することは不可能ではありません。


それから、野党は教育改革を争点にするべきでしょう。
日本の学校教育は悪化の一途をたどっています。
小中高校と特別支援学校における2022年度のいじめの認知件数は、前年度から1割増の68万1948件に上り、過去最多となりました。
小中学校における2022年度の不登校児童生徒数は29万9048人となり、前年度から22.1%増加しました。
文部科学省の調査によると、小中高校における2022年度の自殺者は計411人で、21年度の368人から43人増加しました(過去最多は20年度の415人)。
ほかにブラック校則の問題もあります。ブラック校則はほとんど改善されないか、むしろ悪化している感じすらあります。

誰がどう見ても、日本の学校教育は大失敗です。
野党がここを追及しないのは不思議です。
子どもには選挙権がないですし、おとなには体罰賛成、管理教育賛成という人も多いので、追及しても得はないと思っているのでしょうか。
しかし、「日本をよくする」ということを考えれば、教育をよくすることは欠かせません。


あと、家族の問題もあります。
自民党は夫婦別姓に反対する理由に「家族の絆が壊れる」ということを挙げています。
ですから、家族の問題も政治の争点になりえます。
もっとも、「政治が家庭に介入する」ということを嫌う人もいるので、それなりの理論構築をしなければなりません。
野党はもっと自民党の家族観を追及するべきです。

対米関係、学校教育、家族関係を与野党の争点にすると、政治は盛り上がるはずです。


なお、つばさの党の根本良輔候補は、自分の選挙活動そっちのけでほかの候補の選挙活動を妨害して、数々のトラブルを起こしています。立候補者に警察は手を出しにくいということを利用した悪質な行為です。こうした行為には対策が講じられるべきです。

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自民党若手議員らの会合で下着のような露出の多い衣装のセクシーなダンスショーが行われ、少なくとも5人のダンサーがステージやテーブルの周辺で踊って、参加者はダンサーに口移しでチップを渡したり、ダンサーの衣装にチップを挟み込んでお尻に触ったりしていたということです。

昨年11月に和歌山県で自民党青年局近畿ブロック会議が行われ、党の国会議員や地方議員、党関係者など約50人が参加し、その後の懇親会で行われたダンスショーです。
費用は党本部と和歌山県連が負担したということで、当然そこには公費が含まれています。
政治とカネが大きな問題になっているときに、こうしたバカなことが行われたというのに驚きます。

私がこれで思い出したのは、1998年に日本青年会議所の幹部ら33人が旭川駅前のホテル地下の居酒屋で懇談会を催し、そこにコンパニオンを呼んで“女体盛り”を行ったことです。
写真週刊誌「FLASH」によると「なかにはコンパニオンに刺身を股や乳首にくっつけてから食べる会議所会員もいた」ということです。
しかもそのコンパニオンは16歳だったので、ほかの件で補導されたときに青年会議所の“女体盛り”が発覚しました。
青年会議所というのは、実態は経営者の二代目、三代目の集まりです。カネと暇のあるボンボンが、やることがなくてバカなことをしたというところです。
自民党青年局にも政治家の二代目、三代目が多いのでしょう。カネと暇のあるボンボンのやることはいっしょです。
「自分たちは上級国民だから、一般国民と違うことをするのは当然だ」みたいな感覚もあるのでしょう。

そのあとの弁明にもあきれました。
自民党県連青年局長の川畑哲哉県議は、女性ダンサーを招いた理由について「多様性の重要性を問題提起しようと思った」などと弁解しましたが、「多様性」を理由にしたことに批判が殺到し、川畑県議は県連青年局長を辞任すると表明しました(その後さらに離党も表明)。
 自民党青年局長の藤原崇衆院議員と青年局長代理の中曽根康隆衆院議員も辞任を表明しましたが、ただ党の役職を辞任するだけのことです。
自民党の梶山幹事長代行は「事実関係については今、確認をしている最中であります。費用については、公費は出ていないということだけは確認をできております」と語りましたが、どうやって公費と公費以外の区別をつけたのでしょうか。批判をかわすために言っているとしか思えません。
みんなでセクシーダンスを楽しむということがいかにおかしいかということを誰もわかっていないようです。

友人とストリップショーを観にいくのは、勝手にやればいいことです。しかし、党費でストリップショーみたいなものを開催してはいけませんし、それを楽しむ人間もどうかしています。
つまり公私の区別がついていないのです。
裏金の問題も同じです。公私の区別がないから、平気で裏金がつくれます。

安倍政権のときに「政権の私物化」と言って批判しましたが、自民党は「政治の私物化」をずっとやっていたわけです。
それも党の上層部だけでなく、若手議員にも地方議員にも広がっているようです(ダンスショーを企画したのは川畑哲哉和歌山県議)。
自民党は裏金問題などで堕落ぶりがひどいので、若手議員はなぜ改革の声を上げないのかという意見がありますが、若手議員の実態がこれではどうにもなりません。
自民党の女性議員はどうかというと、つまらない不祥事が話題になるばかりで、改革の力などありそうにありません。
つまり自民党は組織全体が腐っているというべきです。


岸田首相は岸田派の解散を表明しましたが、自民党のほかの派閥は解散したりしなかったりです。
かりにすべての派閥が解散したところで、自民党という枠内で仕切りがなくなっただけで、人間は変わりません(それに、どうせまた群れます)。
自民党を改革し、政治を改革しようとすれば、今の議員を入れ替えなければなりません。

今の制度だと現職議員が選挙に強く、地盤を継いだ二世、三世も強いので、古い感覚の議員ばかりになります。
新しい議員や新しい政党がどんどん登場する制度にしなければなりません。
かつて日本新党ができたときブームが起きて、政権交代につながりました。
最近でも、れいわ新選組、参政党、元NHK党などは、勢力は小さくても話題性があります。

具体的にどうすればいいかというと、被選挙権を18歳以上にし、立候補の供託金を大幅に引き下げ、公職選挙法を改正して選挙運動の規制をほとんどなくすことです。そうすれば多くの新党や新人候補が出てきて、今のくだらない議員の多くは落選することになります。
たいして手間も費用もかかりませんから、簡単にできることです。

ただ問題は、それを決めるのは現職議員だということです。自分たちが落選する可能性の高い制度を採用するはすがありません。
選挙区の議員定数を少し増減するだけでも、議席を失いそうな議員が強硬に反対するので、なかなかまとまらないぐらいです。

ネズミたちが話し合ってネコの首に鈴をつけることにしたが、いざやろうとすると不可能なことに気づくという寓話がありますが、ネコに自分で鈴をつけさせることはもっと不可能です。
自民党議員に根本的な政治改革をさせることはそれと同じようなものです(野党議員もたいして変わらないでしょう)。

どんな政治改革論議も、自民党が受け入れなければ実行できないので、最初から論議に枠がはまっています。
これでは国民の関心も盛り上がりません。

検察が自民党の政治資金パーティの問題を追及したものの腰砕けになりました。
そうすると自民党は怖いものがありません。しばらくごまかし続けていればやがて国民の関心も薄れると見ています。
このまま政治が変わらなければ、日本に救いはありません。


ネコに自分で鈴をつけさせることが不可能であれば、ほかに手段はないのかというと、そんなことはありません。
政治資金の問題ならなんとかなりそうです。

1995年に政党助成金制度がつくられましたが、付則で政党への企業・団体献金のあり方について5年後に「見直しを行うものとする」とされました。
しかし、見直しは行われず、政党への企業・団体献金はそのまま行われています。
政治家個人への企業・団体献金は禁止されましたが、政治家個人が代表を務める政治団体への献金は認められています。また、政治資金パーティも認められています。
つまり政治家は政党助成金と企業・団体献金の両方を手にしているのです。

しかも、そこに与野党格差があります。
経団連の献金はほとんどが自民党に行きますし、多くの企業も野党よりは与党に献金します。

その金はどう使われるかというと、ほとんど選挙運動に使われます。
よく「政治活動には金がかかる」と言いますが、あれは嘘で、「政治活動」ではなく「選挙運動」に金をかけているのです。
選挙区に秘書を張りつけておいて、支持者へのあいさつ回りをさせ、後援会の世話をします。
つまり現職議員は毎日選挙運動をしているのです。
これでは新人候補は勝てません(選挙運動ができる公示期間は2週間前後です)。

政党助成金制度を設けた以上、企業・団体献金は禁止するべきなのです(共産党は政党助成金制度も廃止するべきと主張しています)。
しかし、自民党がそんなことをするわけがありません。
世論の圧力で改革をしても、どうせ抜け道をつくるに決まっています。

制度が変えられないなら、献金する者が献金をやめればいいのです。
「企業献金は政党を堕落させるのでよくない」と主張して、経団連に自民党への献金をやめるように圧力を加えます。
経団連が政治をよくしたいなら、強い野党をつくるためにむしろ野党に対して献金するべきなのです。
自民党への献金は経団連の利益のためであり、いわば「公然賄賂」です。そういう献金が自民党を堕落させるのは当然です。

中小企業が自民党に献金するのは、なにかの目的があってというより、なにかのときに不利益にならないようにという「みかじめ料」感覚ですから、やめるのも簡単です。
ただ、自分だけやめるのは不利益になりそうですから、「みんなでやめれば怖くない」にすればいいのです。


実際のところ、自民党がここまで堕落したのは、献金したりパーティ券を買ったりしてきた企業の責任も大です。
企業献金がなくなれば、自民党議員も国民に向き合うようになりますし、選挙での優位も減少して新人候補が当選しやすくなります。
「企業献金は悪」ということを常識にしたいものです。

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学校教育の現場で、素手でトイレ掃除をする運動があることは知っていましたが、なんとそれが国会の中でも行われていました。
しかも、大物国会議員まで参加していたのです。

立憲民主・太栄志議員、国会内トイレ清掃も… 素手で便器触る写真に「汚い」「握手やめて」有権者ら不快感
立憲民主党の太(ふとり)栄志衆議院議員が14日、自身のX(旧ツイッター)に、野田佳彦元首相と一緒に国会内のトイレを清掃する写真を公開した。しかし、素手で便器に触っていることに「汚い」「握手はやめてくださいね」など不快感を示す声が殺到している。

 太議員は「『国会掃除に学ぶ会』の設立総会に参加。総会の後には、野田佳彦元内閣総理大臣や参加者の皆さんと国会内のトイレを清掃しました。改めて掃除の意義と深さを学ぶ機会になり、これからも実践していきます」と投稿した。写真にはゴム手袋などを着けず、素手で便器に手をかけてスポンジで便器の側面をこすっている様子が写っている。

 しかし、これが不衛生だと指摘する声が殺到。「汚い、普通にゴム手すりゃ良いだけなのに」「えっ、そのスポンジ上に置くの?やめてー」「素手でトイレ掃除をするのは不衛生で不合理なだけで、そこに『意義と深さ』などありません」などの声が寄せられている。

 また、自民党の裏金問題で国政が揺れている中、パフォーマンスのような行為にあきれた反応もある。「トイレ掃除は家でして、国会では議員の仕事をしてください。意味がありません」「政権支持率17%でもまったく政権交代の気配が感じられない理由がよくわかりました」「今、国民がやってほしい事は国の政治を綺麗にする事でしょう」など、炎上状態となっている。https://news.yahoo.co.jp/articles/4beee4bf2e3b9d6465face601516708866321098

「掃除に学ぶ会」というのは、認定NPO法人「日本を美しくする会」の組織です。
「日本を美しくする会」の理念は「掃除を通して心の荒みをなくし、世の中を良くすること」というもので、『特に人の嫌がるトイレをきれいに磨くと、心もきれいになります。トイレ掃除は「自分を磨くための」一番の近道で確実な方法です』とホームページに書かれています。
教師による「便教会」という組織もあって、それが学校でトイレ掃除をやっています。
子どもだけにやらせているのではなく、教師もやっているということで、そこはまだましです。

いずれにしても、「トイレをきれいにすると心もきれいになる」ということにはなんの根拠もありません。
逆に、顔を便器に突っ込むようにして素手で掃除すると、その不快感があとを引くに違いありません。どうせトイレ掃除をするなら効率的に短時間でやりたいものです。
スポンジやタワシを使うとはいえ、素手で掃除するのは衛生上も問題です。ノロウイルスなどは主に排せつ物を介して感染します。

「日本を美しくする会」のホームページには「特定の組織や団体に属しません」と書かれていますが、『東日本大震災の避難所で配られたおにぎりを、何のためらいもなく、まずお年寄りや子どもたちに渡す姿。そこには、日本人の日本人たる美徳がありました。自分よりまず、「人様のためにできる幸せ」という精神を、 私たち日本人は代々受け継いできました』などという文章を見ると、日本会議に連なる組織と同じ感じがします。


そういった組織と立憲民主党の国会議員がつながっているというのが意外でしたが、さらに意外なのは野田佳彦議員まで加わっていたことです。
野田議員といえば現実主義的な人というイメージでしたから、精神主義の権化のようなトイレ掃除の運動とは結びつきませんでした。

ほかに「日本を美しくする会」とつながっている政治家はいないかとネットで調べてみると、門川大作京都市長がいました。京都市では小中学生に「素手でトイレ掃除」をやらせているそうです。
門川市長が初当選した2008年の市長選では自民党・民主党・公明党・社民党の支持を受けていました。
門川市長は任期満了に伴い引退して、来年2月投票の選挙には後継候補として松井孝治氏が立候補する予定です。松井氏はもともと民主党の参議院議員で、鳩山内閣のときに官房副長官をしていました。この松井氏も12月9日に素手でトイレ掃除をしている写真をXに投稿しました。

もしかすると立憲民主党と「日本を美しくする会」は近いのかと思っていると、なんと泉健太代表も昨年11月に「国会掃除に学ぶ会」の活動に参加したということがわかりました。「日本を美しくする会」のウェブマガジンのページに参加者の名前と写真が載っています。

国会掃除に学ぶ会
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https://www.souji.jp/webmagazine/2023/06/09/%e7%89%b9%e3%80%80%e9%9b%86-6/

党の代表が参加しているとなると、立憲民主党は「日本を美しくする会」の思想を肯定していると思われてもしかたありません。


町中の汚い公衆トイレをきれいにしようという活動があれば、誰もが称賛するでしょうが、「日本を美しくする会」はそういうことはしません。「心をきれいにする」ことが目的で、あくまでトイレをきれいにすることは手段です。
国会のトイレは決して汚くはないでしょう。それを掃除するのはパフォーマンスと見られてもしかたありません。

日本会議には宗教団体が多く参加していますが、「日本を美しくする会」は宗教団体とはいえません。人間の道徳的向上を目的とした団体で、戦前は「教化団体」や「道徳団体」と呼ばれていたものです。
宗教団体やカルトでないならいいかというと、そんなことはありません。むしろ宗教以上に危険かもしれません。

特定の宗教を国民に押しつけることはできません。さすがに国民も反対します。
しかし、道徳を押しつけることはどうでしょうか。
すでに日本人は自民党の道徳教育によって道徳を上から教えられることに慣れています。
「日本人の心をきれいにする」と言われたとき、きちんと反論できる人はどれだけいるでしょう。
学校で「素手でトイレ掃除」をやっているところがあり、国会議員も「素手でトイレ掃除」をやっているのですから、いずれ日本人全員で「素手でトイレ掃除」をやることになっても不思議ではありません。

宗教や道徳と親和性が高いのが自民党の特徴です。
野党はそこで差別化をはからねばならないのに、泉代表はなにもわかっていません。
心をきれいにすることより現実のトイレをきれいにすることが政治の役割です。

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岸田文雄首相は11月16日、サンフランシスコにおいてバイデン大統領と会談したあと、「来年早期の国賓待遇の公式訪問の招待を受けた」と語りました。
アメリカから国賓待遇の招待を受けるというのは、岸田外交の大きな成果とされるはずですが、今のところそういう反応はありません。
ヤフーコメントには「年内退陣が噂される中、バイデンに泣きついて年明けの訪米に招待して貰ったんでしょう」などと書かれています。

これまで岸田首相は「聞く力」をアメリカに対して大いに発揮してきました。
その最たるものは、防衛費をGDP比1%から2%へ増額したことです。
予算というのは1割、2割増やすのもたいへんなのに、あっさり倍増したのには驚きました。

岸田政権はウクライナ支援にも巨額の支出をしています。
今年2月の時点で岸田首相は「55億ドル(7370億円)の追加財政支援をすると表明した」と日経新聞は書いています。

日本の防衛費増額やウクライナ支援はアメリカにとってありがたいことですから、バイデン大統領が岸田首相を国賓待遇で招待したのも当然です。

このようにひたすらアメリカに追従する外交を日本国民も支持してきました。
岸田首相も長年外務大臣を務めたことからそれがわかっていて、自信を持ってやってきたのでしょう。
ところが、最近は国民の意識が変わってきました。


要するにこれまでの日本外交は「経済大国の外交」でした。
たとえば日本の首相がアジア・アフリカの国を訪問すると、必ず経済援助の約束をします。豊かな国が貧しい国に援助するのは当然です。しかし、日本がどんどん貧しくなってくると、国民の不満が高まってきました。こんな“バラマキ外交”をするのではなく、国内のことに金を使うべきだという声が強まりました。

防衛費増額もウクライナ援助も要するに「経済大国の外交」です。今の日本にそんなことをする余裕はありません。

アメリカはNATO諸国にも軍事費GDP比2%を要求していて、ドイツも2%に引き上げることを約束しました。
しかし、日本とドイツなどの国では財政赤字のレベルが違います。

債務残高の国際比較(対GDP比)
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財政赤字国の日本は他国並みの負担を要求されても断って当然です。ところが、日本は断らなかったのですから、これはバイデン大統領にとっては大きな成果です。
「日本は長期にわたり軍事費を増やしてこなかったが、私は日本の指導者に、広島(G7広島サミット)を含めて3回会い、彼を説得した」と語って、その成果を自慢しました。


岸田首相はバイデン大統領に屈しましたが、防衛費GDP比1%を2%にするのはたいへんです。
これまで防衛費と文教科学振興費はだいたい同額でしたから、文教科学振興費をゼロにして、それをそのまま防衛費に回す計算です。
もちろんそんなことはできませんから、文教科学振興費のほかに福祉や公共事業費などを少しずつ削り、増税し、国債を増発するということになり、今その議論をしているわけです。


岸田首相は所信表明演説で「経済、経済、経済」と言いましたが、日本は乏しい金をアメリカに貢いでいるので、少しも経済はよくなりません。
日本は敵基地攻撃能力として400発のトマホークを3500億円で購入して配備する予定ですが、本来ならアメリカが自費で購入するところを日本が代わりに購入するのですから、アメリカにとっては笑いがとまりません。


このところ岸田内閣支持率が急落しているのは、防衛費倍増のツケが回ってきたからです。
岸田首相は国民の税金を使ってみずからの国賓待遇を買ったようなものです。

今後日本は、分相応の「財政赤字国の外交」をしていくしかありません。

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岸田内閣の支持率が急落しています。
「増税」「減税」「還元」「給付」などの言葉をもてあそび、さらにさまざまな不祥事が連続したことが理由とされていますが、それよりももっと大きな理由があります。
それは、安倍晋三元首相が亡くなったことです。

安倍氏が亡くなったのは昨年7月のことなので、今の支持率急落とは関係ないと思われるかもしれませんが、人の死というのは受け入れるのに時間がかかるものです。
「死せる孔明生ける仲達を走らす」という言葉もあります。
偉大な軍師である諸葛孔明は死んでからも敵を恐れさせたという中国の故事成句です。
安倍氏も政界における存在感がひじょうに大きかったので、「死せる安倍」がしばらく政治家を走らせていました。
しかし、1年もたつとさすがに誰もがその死を受け入れ、安倍氏の呪縛から解き放たれました。
その結果が内閣支持率に表れてきたというわけです。


安倍氏が首相を辞めてから、私がなによりも恐れていたのは安倍氏の再々登板です。.自分で政権を投げ出して復活するというのを一度やっていますから、二度目があってもおかしくありません。
私はこのブログで岸田政権批判もしましたが、岸田政権批判は安倍氏復活につながるかもしれないと思うと、つい筆が鈍りました。
野党やマスコミも同じだったのではないでしょうか。

しかし、安倍氏が亡くなると、安倍氏の復活がないのはもちろん、安倍氏の後ろ盾がない菅義偉氏の復活もないでしょうし、一部で安倍氏の後継と目されている高市早苗氏も力を失いました。
つまり安倍的なものの復活はなくなったのです。
そうすると、遠慮会釈なく岸田政権批判ができます。
このところのマスコミの論調を見ていると、岸田政権が崩壊してもかまわないというところまで振り切っているように思えます。


一方、これまでは分厚い安倍支持層が岸田政権をささえてきました。
しかし、安倍氏が亡くなってから、安倍支持層は解体しつつあります。
中心人物を失っただけではありません。中心になる保守思想がありません。

昔は憲法改正が保守派の悲願でした。しかし、解釈改憲で新安保法制を成立させ、空母も保有し、敵基地攻撃能力も持つことになると、憲法改正の意味がありません。
靖国神社参拝も、安倍氏は第二次政権の最初の年に一度参拝しましたが、アメリカから「失望」を表明されると、二度と行っていません。
慰安婦問題についても、2015年の日韓合意で安倍氏は「おわびと反省」を表明して、問題を終わらせました(今あるのは「慰安婦像」問題です)。

考えてみれば、保守派の重要な思想はみな安倍氏がつぶしてしまいました。
安倍氏のカリスマ性がそのことを覆い隠していましたが、安倍氏が亡くなって1年もたつと隠しようがなく、保守派の思想が空っぽであることがあらわになりました。

それを象徴するのがいわゆる百田新党、日本保守党の結成です。
百田尚樹氏は自民党がLGBT法案を成立させたのを見てブチ切れ、新党結成を宣言しました。
新党結成のきっかけがLGBT法案成立だったというのが意外です。日本の保守派はもともとLGBTに寛容なものです。LGBTを排除するのはキリスト教右派の思想です。
これまで保守派は統一教会の「韓国はアダム国、日本はエバ国」などというとんでもない思想に侵食されていたわけですが、今後はキリスト教右派の思想を取り込んで生き延びようとしているのでしょうか。

もし百田新党が力を持てば、自民党の力をそぐことになります。つまり保守分裂です。
目標をなくした組織が仲間割れして衰退していくのはよくあることです。


ともかく、今は岸田政権は保守派とともに急速に沈没しているところです。
支持率回復には保守路線からリベラル路線への転換が考えられますが、手遅れかもしれません。

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ハマスが10月7日にイスラエルを攻撃したことについて、松野官房長官は12日、「残虐な無差別攻撃である点を踏まえ、本事案を『テロ攻撃』と呼称することとした」と語りました。
ということは、これまで日本政府は「テロ」という言葉を使っていなかったのです。

岸田首相は8日にXに次の文章を投稿しました。
岸田文雄 @kishida230 10月8日
多くの方々が誘拐されたと報じられており、これを強く非難するとともに、早期解放を強く求めます。
また、ガザ地区においても多数の死傷者が出ていることを深刻に憂慮しており、全ての当事者に最大限の自制を求めます。
ハマスの行動を非難する一方で、イスラエルによるガザ空爆を憂慮して、バランスをとっています。

ところが、バイデン大統領は違います。
東京新聞の記事はこう伝えています。
【ワシントン=吉田通夫】バイデン米大統領は10日に演説し、イスラム組織ハマスの攻撃を「悪の所業」と断じ、イスラエルは「悪質な攻撃に対応する権利と責務がある」と一定の報復措置を容認した。
 また中東情勢のさらなる混乱を防ぐため、最新鋭の原子力空母ジェラルド・フォードを配置して抑止力を強化したと説明し「テロの憎悪と暴力に反対する」と強調した。空母打撃群は10日、東地中海に到着した。
(後略)

バイデン大統領はイスラエルの報復を支持し、空母打撃群を派遣することでイスラエルに加勢しようとしています。
つまり多数のパレスチナ人を殺すことを容認ないし奨励しているのです。

もちろんパレスチナ人を一方的に殺すことはできず、イスラエル軍にも損害は出ますし、長期的には報復が報復を呼び、パレスチナ問題はさらに泥沼化します。
いや、他国を巻き込んで戦火が拡大する恐れもあります。

世界には心情的にイスラエルを支持する人とパレスチナを支持する人がいて、国家指導者も同じですが、こういうときはその心情を抑えて、戦いをやめるように呼びかけるべきです。
岸田首相が「全ての当事者に最大限の自制を求めます」と呼びかけたのは適切な対応でした。
ところが、バイデン大統領は戦争をけしかけるようなことをしているのです。

岸田首相はバイデン大統領をいさめるべきです。
それが平和日本の外交です。

ところが、岸田首相はバイデン大統領を説得する気持ちがないばかりか、逆に迎合しようとしています。
ハマスの行為を「テロ攻撃」と呼称変更したのは、バイデン大統領がハマスの行為を「悪の所業」「テロ」と呼んだのに合わせたからに違いありません。
イスラエルの軍事行動を容認する準備です。
いつものこととはいえ対米追従外交は情けない限りです。


トランプ前大統領は今回の出来事についてどういう認識なのでしょうか。
「トランプ氏、ネタニヤフ氏を痛烈批判 ハマスによる攻撃巡る諜報の落ち度で」という記事にはこう書かれています。

ワシントン(CNN) 米国のトランプ前大統領は13日までに、イスラエルのネタニヤフ首相を厳しく批判した。パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスの攻撃に対し、同首相が不意を突かれたとの見解を示した。一方でレバノンの武装組織ヒズボラを「非常に賢い」と称賛した。
(中略)
自身が大統領ならハマスによる攻撃は起きていなかったとも示唆。支持者らに対し、「大統領選で不正がなければ、誰だろうとイスラエルに侵入するなど考えもしなかっただろう」と語った。

ヒズボラを「非常に賢い」と称賛したのは、プーチン大統領や金正恩委員長と友だちになるトランプ氏らしいところです。
ネタニヤフ首相を批判したのは、ネタニヤフ首相はトランプ氏と親しくしていたのに、大統領選でバイデン氏の勝利を認めたので、それからトランプ氏は敵意を抱くようになったからだと解説されています。
要するにトランプ氏はすべてを自己中心に考えているということです。
それでも「平和志向」というものが感じられなくはありません。

バイデン大統領に「平和志向」は感じられません。
ウクライナに対しても、まったく戦争を止めようとせず、軍事援助ばかりしています。戦争をけしかけているも同然です。


従来、イスラエル対アラブの戦争について国際世論はイスラエル寄りでした。西欧が世界の支配勢力だったからです。
しかし、最近は世界の勢力図が変化しています。
昔はアラブ世界の情報を伝えるメディアはアルジャジーラぐらいしかありませんでしたが、今ではガザ地区からの情報発信はイスラエルからの情報発信と同じくらいあります。

それに加えてウクライナ戦争の影響もあります。
ロシアがウクライナに攻め込んだのは「侵略」であり「力による現状変更」であるとして批判されているときに、イスラエル軍がパレスチナ自治政府の支配地域に攻め込めば、まったく同じ批判が起こるに違いありません。
日本政府がイスラエルの軍事行動を容認するような態度を示せば、日本も批判されることになります。

日本は対米追従外交を脱却するチャンスです。

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5月19日、G7首脳は広島平和記念資料館を訪問しました。
平和記念資料館の原爆の悲惨さを伝える展示は、見た人に強烈な印象を与えるので、世界の首脳たちに広島訪問を義務化すれば世界は平和になるのではないかという意見もあるぐらいです。
G7首脳は展示を見てどう思ったのでしょうか。
ぜひとも知りたいところですが、そうした発表はまったくありません。
日本政府が“言論統制”を敷いているのでしょうか。

ただ、各首脳は平和記念資料館で記帳をして、それは外務省が公開していますが、読んでみると、官僚の作文としか思えない抽象的な内容です。

「G7首脳による平和記念資料館訪問(記帳内容)」

平和記念資料館で展示を見たのにその感想がまったく発信されないのは、平和記念資料館に対する侮辱です(その後、バイデン大統領とマクロン大統領の感想は少し伝えられました)。
実際のところは、バイデン大統領への忖度なのでしょう。

アメリカは広島への原爆投下で約14万人を殺戮し、無差別都市爆撃という国際法違反の上に、非人道的大量破壊兵器の使用という二重の罪を犯しました。
広島の原爆の悲惨さについて語れば、おのずと「アメリカの罪」が浮き彫りになり、バイデン大統領の立場がなくなります。


G7の国はすべてウクライナへの軍事支援を行っています(日本は殺傷兵器除く)。
ウクライナのゼレンスキー大統領が途中からG7に合流したので、G7はまるで「ウクライナ軍事支援会議」になりました。
実際、共同声明ではウクライナのために「ゆるぎない支援を必要な限り行う」と表明されました。
バイデン大統領は21日、約500億円相当の弾薬や装備品の支援とともにF16戦闘機の供与を容認すると発表しました。
休戦の提案などはありません。
戦争の火に油を注ぐだけです。
これもまた平和都市広島への侮辱です。

今回のG7を広島で開催すると決めたのは岸田首相ですが、広島で開催した意味がまったくなく、逆に平和都市広島のイメージダウンでした。



どうしてG7でウクライナ戦争を終わらせるという議論がなかったのでしょうか。

ウクライナ戦争が始まったとき、人々はこの戦争をどうとらえるか悩みましたが、次第に方向性が固まってきました。
実は、その方向性が間違っていたのです。
その間違いをリードしたのはバイデン大統領です。

意外なことにトランプ元大統領が正しいことを言っています。
トランプ氏は5月11日の対話集会において、ウクライナ戦争について問われ「私が大統領なら1日で戦争を終わらせるだろう」と述べました。
「1日」というのは大げさですが、アメリカの大統領が本気になればすぐに戦争を終わらせられるのは確かです。
たとえばアメリカやNATO諸国が武器弾薬の供給を止めれば、ウクライナ軍はたちまち砲弾を撃ち尽くして戦争継続ができなくなります。

トランプ元大統領はまた、プーチン大統領を戦争犯罪人と考えるかどうかと問われて、「彼を戦争犯罪人ということにすれば、現状を止めるための取引が非常に難しくなるだろう」「彼が戦争犯罪人となれば、人々は彼を捕まえ、処刑しようとする。その場合、彼は格段に激しく戦うだろう。そうしたことは後日話し合う問題だ」と答えました。

私はトランプ氏をまったく支持しませんが、この点についてはトランプ氏は正しいことを言っていると思います。

バイデン大統領はトランプ氏とはまったく違います。
バイデン大統領は昨年3月16日、記者から「プーチンを戦争犯罪人と呼ぶ用意はありますか」と聞かれ、一度は「いいや」と答えたものの、「私が言うかどうかの質問ですか?」と聞き返し、その上で「ああ、彼は戦争犯罪人だと思う」と述べました。
さらに昨年4月4日、バイデン大統領はロシア軍が撤退したあとのブチャで民間人の遺体が多数見つかったのを受け、プーチン大統領を「彼は戦争犯罪人だ」とはっきりと述べました。
昨年10月10日には、ロシアによるウクライナ全土へのミサイル攻撃を受けて声明を出し、その中で「プーチンとロシアの残虐行為と戦争犯罪の責任を追及し、侵略の代償を払わせる」と述べました。
そして今年の3月17日、国際刑事裁判所はプーチン大統領に対して戦争犯罪の疑いで逮捕状を発行しました。

今ではプーチン大統領は戦争犯罪人であるという認識が(少なくとも西側では)広まっています。


ロシアがウクライナに侵攻したときは、「ウクライナも悪い」とか「NATOも悪い」という議論がありましたが、やがてこれはロシアの「侵略」だということが共通認識となりました。
もちろん「侵略は悪い」ということになります。
そして、ロシアは「悪」で、プーチン大統領は「悪人」ということになりました。

ロシアが「悪」だとなると、ハリウッド映画的な「勧善懲悪」の原理が発動します。
G7などは「正義」のウクライナを支援して「悪」のロシアをこらしめようとしているわけです。

犯罪者や悪人と交渉や取引をするべきでないというのが世の中の常識です。
アメリカは9.11テロのあと、「テロリストとは交渉しない」という姿勢で対テロ戦争に突き進みました。
したがって今、アメリカなどはロシアと交渉する気がまったくありません。

岸田首相は5月21日の記者会見で「1日も早くロシアによるウクライナ侵略を終わらせる。そのために、厳しい対露制裁と強力なウクライナ支援を継続する。今回のサミットでは、G7はこの点について固い結束を確認いたしました」と語りました。
ロシアを屈服させるまで戦い続けるということです。


昔は戦争の帰結がある程度見えてくると、講和をして早めに戦争を終わらせたものです。
しかし、アメリカは違います。第二次大戦のとき、日本ともドイツとも講和しようとせず、徹底的に無力化するまで戦い続けました。
アメリカは今でも「正義の戦争」を信じているようですが、世界が従う必要はありません。

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岸田政権は「異次元の少子化対策」を打ち出し、統一地方選でもほとんどの候補が少子化対策、子育て支援を訴えていました。
少子化対策は今や最大の政治課題であるようです。

しかし、地球の人口は増え続けていて、そのために食糧不足、資源不足、環境問題が懸念されています。
それに、日本は人口密度世界ランキング27位で、山が多い地形を考慮するとかなりの人口過密国です。
先進国ほど少子化が進むという傾向もあります。
少人数でパイを分け合えば、一人当たりの取り分が増えます(たとえば一人っ子同士が結婚すると、ふたつの家の財産を受け継げます)。
そういうことを考えると、むりして少子化対策をしなくてもいいように思えます。

ただ、少子化が進むと国家の財政と年金制度が危機に瀕します。
日本政府が少子化対策に力を入れているのは、ひとえに財政と年金のためです。

つまり「カネ」の問題を解決するために「命」を利用しようとしているのです。
このことは国民誰もが感じていて、そのため少子化対策はあまり盛り上がらず、政府だけがカラ回りしている印象です。


「女性を人口目標の道具にしない 国連人口基金、出生率の考え方を提言」という記事によると、国連人口基金(UNFPA)は4月19日、「世界人口白書」を発表し、そこにおいて各国政府が実施している出生率の上昇や低下を目的とした政策は効果が出ないことが多く、女性の権利を損なう可能性があると指摘しました。
「女性の体を人口目標の道具にすべきではない」「出産時期や子どもの数は女性が自由に選ぶべきだ」という言葉は日本政府の耳に痛いでしょう。

安倍政権は「女性活躍」や「女性が輝く社会」を掲げて女性の労働力を活用してきましたが、岸田政権は女性の“出産力”まで活用しようとしているわけです。

ちなみに自民党では、第一次安倍政権のときに柳沢伯夫厚生労働相が「女性は産む機械」という発言をし、2018年には杉田水脈議員が月刊誌への寄稿で「(同性カップルは)子供をつくらない、つまり『生産性』がない」と述べたこともありました。


子どものいる人生と子どものいない人生ではまったく違うので、子どもをつくるかつくらないかは重大な決断です。
「異次元の少子化対策」には子ども1人月額1万円支給といった政策がありますが、こうしたことで子どもをつくることを決断する夫婦はあまりいないのではないでしょうか。
それに、少子化の原因は婚姻率が低下したことだという説があります。
内閣府ホームページの「第2章 なぜ少子化が進行しているのか」にも、少子化の原因として「未婚化の進展」「晩婚化の進展」「夫婦の出生力の低下」が挙げられています(「夫婦の出生力の低下」は「晩婚化の進展」ともつながっています)。
そうすると、少子化対策よりも未婚化・晩婚化対策をしたほうが有効だということになります。

いずれにしても、結婚、出産という人生の重大事を国家の財政危機解決に利用しようという発想が根本的に間違っています。



子どもを生まない夫婦が増えるのは、生んでも、その子が将来幸せになるかわからないということもあります。
去年1年間に自殺した小中高校生の数は512人で、過去最高を記録しました。若者の死因のトップが自殺であるという国はG7で日本だけです。
ユニセフが2020年に発表した「子どもの幸福度」調査によると、日本の子どもの「身体的健康」は38か国中で1位でしたが、「精神的幸福度」は37位と下から2番目でした。
つまり日本の若者は世界的に見てきわめて不幸です。
そして、その対策はなにも行われていません。
もし「異次元の少子化対策」が成功したら、不幸な若者が増えることになります。

4月1日、「こども家庭庁」が発足しました。
「こども」がひらがな表記であることに気づかない人も多いのではないでしょうか。普通は「子ども」と書くものだからです。
子どもが読みやすいようにひらがなにしたのなら、「こどもかてい庁」と全部ひらがなにするはずです。
「こども」だけひらがなにしたのは、「こども」と「家庭」に格差をつけようとしたからではないかと疑ってしまいます。

こども家庭庁は「こどもまんなか社会の実現」をキャッチフレーズにしています。
「こどもまんなか」というのもよくわからない言葉です。

自民党の政治家はよく「子どもは国の宝」と言います。
菅義偉首相が2021年4月に「子ども庁」(このときはこういう名称だった)の創設を表明したときに、「子どもは国の宝で、ここにもっと力を入れるべきだ」と語りました。
岸田首相も今年の3月17日の記者会見で「子供は国の宝です」(表記は官邸ホームページによる)と語っています。

こども家庭庁は「子どもは国の宝」をキャッチフレーズにしてもよさそうですが、もしそうすると、「子どもは国のものではない」とか「子どもは物ではない」といった反発があるでしょう。

岸田首相は3月17日の記者会見では「こどもファースト社会の実現」という言葉を二度も使っていました。
「子どもファースト」はわかりやすい表現です。
しかし、「子どもファースト」といえば誰でも「レディファースト」を連想します。
昔は「レディファースト」という言葉がよく使われました。「欧米の男性はエレベーターに乗るときは必ずレディファーストで女性を先に乗せるが、日本の男性は……」というぐあいです。
しかし、欧米でも性差別は深刻です。エレベーターに女性を先に乗せるなどというのはまやかしです。そのことがわかってきて、最近は「レディファースト」という言葉は使われなくなりました。

「子どもファースト」という言葉も同じことです。
「おとなが子どもをたいせつにする」というのは、おとなが主体で、子どもは客体です。
これではおとなが好き勝手にできます。

「こどもまんなか」も同じことです。あくまでおとなが主体です。

では、どんなキャッチフレーズがいいのかというと、これしかないというものがあります。
それは、
「おとな子ども平等社会の実現」
です。

今の世の中、「おとな子ども平等」をいう人はまずいないと思いますが、戦前には「男女平等」ということもまずいわれませんでした。

アメリカ独立宣言には「すべての人間は神によって平等に造られ、一定の譲り渡すことのできない権利をあたえられており、その権利のなかには生命、自由、幸福の追求が含まれている」とあり、これをもって「天賦人権」とか「普遍的人権」といいます。
しかし、実際には先住民にも黒人奴隷にも人権はありませんでした。
さらに、選挙権がないという点では女性と子どもにも人権はありませんでした。
つまりアメリカ独立宣言は、実質的に「白人成人男性の支配宣言」であったわけです。
それから長い年月がたって、女性や先住民や黒人に選挙権が与えられてきました。
しかし、子どもにはまだ選挙権が与えられていません。

話は飛ぶようですが、岸田首相に爆弾を投げた木村隆二容疑者は、参議院の被選挙権が30歳以上と決められているのは憲法違反だとして裁判所に訴えていました。同様の訴訟は全国規模で行われています。
問題になっているのは被選挙権の年齢制限ですが、では、選挙権が18歳以上というのは正当かというと、なんの根拠もありません。おとなが適当に決めています。
最終的には選挙に関するすべての年齢制限は撤廃されるべきです。
そうなってこそ普遍的人権が実現したことになります。

ですから、「男女平等」と同様に「おとな子ども平等」もいずれ当たり前になるはずです。

もっとも、自民党にそのことを理解しろといってもむりです。
自民党は家父長制の家族を理想とする政党なので、家父長である男性が女子どもを支配するものと考えているからです。


国家の財政赤字は、経済成長によって税収を増やすことで解消できれば理想です。
しかし、日本はせいぜいGDP年1%程度しか成長しない国になりました。
となると、増税と歳出削減によって赤字をへらすか赤字を増やさないようにするしかありません。
しかし、増税と歳出削減は苦しいことです。
そこで、出生率を上げて、労働力人口を増やすことで税収を増やそうと考えたわけです。
しかし、この少子化対策は前からやっていて、少しも効果がないばかりか、さらに少子化が進行しています。

普通ならここで「少子化対策で税収増」という青い鳥を追うのは諦めて、増税と歳出削減に取り組むところです。
しかし、増税と歳出削減は苦しいので、さらに「異次元の少子化対策」へ突き進んでいるわけです。
おそらく自民党は戦時中の「産めよ増やせよ」という感覚のままで、女性の体と子どもの命を利用することになんの抵抗もないのでしょう。

女子どもを蔑視する自民党の少子化対策に効果がないのは当然です。
では、まともな少子化対策なら効果があるかというと、そうともいえません。せいぜい少子化の速度を少し遅らせる程度でしょう。
つまり今は少子化を前提として対策を考えるべきときです。


なお、「子どもを持ちたいのに持てない夫婦」や「結婚したいのにできない独身者」を救済する政策は必要です。
これは財政や年金とは関係なく、国民の福祉のために行うことです。

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