
動物は基本的に利己的ですが、社会性動物は利他的な行動もします。
利己的行動と利他的行動の見分けはむずかしく、とくに人間の場合は、「世のため人のため」とか「あなたのためだから」などと言いながら利己的行動をするので、見分けはいっそうむずかしくなります。
人間は利己的行動を利他的行動に見せかけているうちに、利他心が空洞化し、愛情や思いやりや寛容が次第に失われてきました。
その結果、世界には戦争を頂点とする争いが増え、ネットにはヘイトスピーチや誹謗中傷があふれ、家庭には暴力や強権的支配が蔓延しています。
「愛情過少社会」こそが人類の直面する最大の問題です。
この問題を解決するには、利己的行動と利他的行動をきちんと識別することです。ごまかしがなくなれば、本来の利他心や愛情が回復するはずです。
ただ、ここで障害になるのが家族関係です。
家族は愛情で結ばれているものだという思い込みがあるからです。
そのため家族関係の暴力は「愛のムチ」と呼ばれて正当化されてきました。
最近はさすがに「愛のムチ」という言葉は死語になりましたが、暴力がなくなったわけではありませんし、暴言は当たり前に存在します。
暴言を暴言として認識しなければなりません。
暴言といってもいっぱいありますが、会社で働いている男が「会社でいやなことがあっても家族のためにがまんして働いている」と言うケースを取り上げてみます。
「家族のために働いている」と言う男はいっぱいいて、暴言とは認識されていませんが、果たしてそうでしょうか。
朝日新聞に『(仮面夫婦:4)我慢してきたのに、突き放され 在宅勤務でほころび 妻「気持ち冷めたが、離婚しない」』という記事があったので(有料記事)、そこから要所を引用します。
「気持ちが冷めてしまった。でも、離婚する気はないから」近畿地方の会社員の男性(61)はある日突然、50代の妻に告げられた。共通の趣味を通じて出会った妻と結婚したのは約30年前。大手メーカーで働く男性は転勤が多く、大都市を転々とした。2人の息子が転校を嫌がるようになった後は、長らく単身赴任が続いた。妻との関係にほころびが生じ始めたのは、新型コロナウイルス禍がきっかけだった。
2020年春。会社の方針で在宅勤務に切り替わったため、単身赴任先から近畿地方の自宅に戻った。久しぶりに一緒に暮らせることになり、妻は温かく迎えてくれた。
でも、肝心の在宅勤務になじめなかった。パソコンを使うのが苦手で、社内ネットワークの接続方法が分からず、四苦八苦した。やるべき仕事ができず、だんだんとストレスがたまっていった。
心療内科で適応障害と診断され、仕事を半年間休んだ。心身のバランスが崩れると、気が短くなり、怒りっぽくなる。この頃、男性は家の中で、ずっと不機嫌だった。妻には「私たち家族に当たり散らしている」と言われた。
(中略)
息子たちが家を出ると、妻は洗濯物の出し方など細かいルールを指図し始めた。寝室も一緒だったのに、妻は子ども部屋で一人で寝るようになった。妻との距離が離れていくような気がした。
関係を改善したい一心で、洗濯物を干したり、洗い終わった食器を拭くようにしたりした。それでも、何も変わらなかった。
「65歳で定年になったら、あなたが料理して」と妻に言われ、「こっちの意見も聞かず、どうして勝手に決めるんだ」と言い返して、そのまま口論になった。
(中略)
これまでの会社人生は、理不尽なことも多かった。人員が足りないという理由で突然、部署が異動になったり、上司にひどいことを言われたり。
息子たちの教育費を考えると「会社を辞めたい」とは言えなかった。家族のために歯を食いしばって我慢してきたつもりだ。
それなのに、そのがんばりを家族は全く理解していない。「何のために、自分は我慢してきたのだろう」。そんな疑問が拭えない。
(後略)
適応障害の診断を受けるぐらいなので、仕事ではつらい思いをしたのでしょう。
家族から同情され、慰められてもいいはずです。
しかし、そうなっていません。
そうならない理由は明白です。
この男性は適応障害と診断されたころ、気が短くなり、怒りっぽくなり、ずっと不機嫌だったのです。
妻からは「私たち家族に当たり散らしている」と言われました。
弱っている人間、落ち込んでいる人間には同情しますが、怒っている人間、自分に当たってくる人間に同情はしません。
男性は「妻は洗濯物の出し方など細かいルールを指図し始めた」と言いますが、これは「洗濯物の出し方などを教えてくれた」と認識すれば問題はありません。
「指図」という言葉を使うところに男性の不快感が表れています。
「関係を改善したい一心で、洗濯物を干したり、洗い終わった食器を拭くようにしたりした」と言いますが、家事をするのは、それが必要なことだからするのです。関係改善のためにするのでは、恩を着せていることになり、そういう気持ちが態度にも表れているのでしょう。
『「65歳で定年になったら、あなたが料理して」と妻に言われ、「こっちの意見も聞かず、どうして勝手に決めるんだ」と言い返して、そのまま口論になった』ということですが、意見はいつでも言えるのですから、要は料理をしたくないのでしょう。
「指図」とか「こっちの意見も聞かず」という言葉だけを見ると、妻の態度が不当なようですが、妻は普通のことをしているだけです。
そして、すべてのもとにあるのが男性の「家族のために歯を食いしばって我慢してきた」という認識です。
家族のためにがまんしたのに、家族は感謝してくれない。その不満が怒りとなって家族に向けられ、家族からはさらに冷たい態度が返ってくるのです。
二人の息子からも「いつも不機嫌で嫌だ」と言われ、就活中でもまったく相談されなかったということです。
会社勤めをしていれば理不尽な目にあうこともあるでしょう。そういうことも含めて給料をもらっているのです。
そのときのがんばりは、上司に認められなくても同僚や部下はわかってくれているはずです。
しかし、家族にはまったくわかりませんから、家族に感謝を求めてもむだです。
会社から給料をもらって、さらに家族に感謝を要求するのは余計です。
一人暮らしの独身者も家族持ちも同じように働いていることを考えればわかります。
妻が仕事しているか否かは記事に書いてありませんが、専業主婦のような感じです。
「夫は仕事、妻は家事」という性別役割分業で双方が納得しているなら、悪いとはいえません(家事育児だけをする妻に満足する男はどうかと思いますが)。
しかし、金を稼いでいるほうが上の立場になり、「権力は腐敗する」の言葉通りに夫が次第に横暴になるというのはありがちなことです。
横暴な夫の決め台詞は「食わしてやっている」で、これが暴言であることは明らかです。
「家族のために働いている」は暴言とはいえませんが、この認識によって家族に感謝を要求し、感謝が得られないと横暴になるので、実質的には暴言と同じです。
「自分のため」を「家族のため」とごまかすようなことはいたるところにあります。
たとえばアメリカは世界中に基地を設けて米軍を駐留させ、覇権国家となっています。覇権国家であることによってアメリカは利益を得ているわけです。日本はアメリカと繊維、農産物、自動車、半導体などで貿易摩擦を経験してきましたが、ことごとくアメリカに譲歩しました。アメリカが覇権国家だからです。
ところが、トランプ大統領は前から「アメリカは同盟国を守っているのに同盟国はアメリカになんの貢献もしない。われわれは食いものにされてきた」と主張し、9月14日にはSNSにイラン戦争について「われわれに何の助けも与えなかった世界の国々は、この詐欺のような戦争がすべて終わった時、米国に補償しなければならず、そうすることになる」と投稿しました。
家庭でも世界でも同じです。
利己的行動を利他的行動だと偽ることで、家族関係も国家関係も破壊されます。
利己的行動と利他的行動をきちんと認識することが家庭円満と世界平和の実現につながります。











