
失われた30年などといわれ停滞の続く日本ですが、目立ったよい変化もありました。
それはジャニー喜多川氏、松本人志氏、中居正広氏などによる性加害の被害者が声を上げられるようになったことです。
これまで権力者の前に泣き寝入りしてきた被害者が声を上げ、権力者がその座を追われるようになりました。
こうしたことの積み重ねは社会のあり方を変えていくに違いありません。
この動きの背景には、時代の変化もあります。
ジャニー喜多川氏の性加害に対する告発は1980年代から雑誌や単行本で行われていましたし、1999年には「週刊文春」が記事にし、ジャニーズ事務所は名誉棄損で文芸春秋を訴えましたが、記事は「その重要な部分について真実」とする判決が確定しました。にもかかわらずほかのマスコミや世の中はほとんど無視していました。被害者が警察に被害届を出そうとしても受理してもらえなかったそうです。そうなると、被害を訴え出たほうが逆に非難されることになります。
状況が変わったのは2023年3月、イギリスのBBCが喜多川氏の性加害についてのドキュメンタリーを放送し、同年4月にカウアン・オカモト氏が実名・顔出しで記者会見を行ったことです。ここから性加害告発の流れができました。
そして、松本人志氏、中居正広氏に対する告発へと続きます。
しかし、これも容易なことではありません。事実関係について争いが起こるだけでなく、告発した被害者への誹謗中傷がすさまじいからです。
世の中には性加害をする人間の側に立つ人間がたくさんいます。
そういう人たちは、加害者に味方するには被害者を攻撃して黙らせるのがいちばんいい方法だとわかっています。
これまではそのやり方が奏功していましたが、今では被害者を攻撃する声よりも被害者を守る声のほうが大きくなり、状況が変わりました。
これは当然、世の中の価値観が変わったからです。
そして、裁判所も世の中の価値観に合わせるだろうと想像できます。松本氏が文芸春秋への訴訟を取り下げたのもそういう判断からでしょう。
価値観が変わる前の告発は、ジャニー喜多川氏への告発がそうだったように、逆に反撃されて、声を上げた被害者がひどい目にあいかねません。
実はアメリカでそういうことがありました。
前回の「いちばん認識しにくいがいちばん大切なこと」という記事で、子どもは親から虐待されたことをなかなか認識できないということを書きました。
中でも認識しにくいのが性的虐待、つまり娘が実の父親にレイプされるというケースです。
本人も認識しにくいですが、周りの人間も認めたくないので、かりに娘が周りの人間に訴えても聞いてもらえません。逆に否定されます。
心理療法においても、権威あるフロイト心理学は幼児虐待を認めないので、性的虐待の被害者は放置されてきました。
しかし、1980年代から一部のカウンセラーが催眠や薬品を使って記憶を回復させる「記憶回復療法」を行うようになり、それによって父親からレイプされたという記憶を回復させる患者が多く出てきました。
そして、こうした性的虐待の被害者が家族(多くは父親)を告発し、裁判に訴えるケースが頻発しました。
ジャニー喜多川氏は、親代わりの立場で未成年者に対して性加害を行ったわけですが、近親相姦ではありません。
アメリカの場合は、多くは父親と娘という近親相姦です。
しかも、子ども時代の性的虐待をおとなになってから訴えるのですから、物的証拠はほとんどなく、当事者と周囲の人間の証言しか判断材料がありません。困難な裁判になりますが、カウンセラーやフェミニスト団体が支援体制をつくり、公訴時効を延長するなどの法改正も行われました。
法廷において親と子が対決するという状況に家族制度の危機を感じたのが保守派です。
保守派は反撃を開始し、その先頭に立ったのが心理学者のエリザベス・ロフタスです。ロフタスはおとなの被験者に対して「5歳ごろにショッピングセンターで迷子になったが、親切な老婦人に助けられ、両親と再会することができた」という偽の記憶を植えつける心理実験を行い、約4人に1人の割合で偽の記憶を植えつけることに成功しました。
「ショッピングセンターで迷子になった」というのは「父親にレイプされた」というのとはあまりにも違いすぎますし(トラウマになるような心理実験は許可されません)、植えつけに成功したのは4人に1人でしかありませんが、ロフタスや保守派はこの実験をもとに、セラピストが患者に幼児期に父親にレイプされたという偽の記憶を植えつけたと主張しました。
そして、「偽りの記憶症候群」という言葉がつくられ、「偽りの記憶症候群基金(FMS基金)」なる団体が組織され、寄付が集められて、被告の法廷闘争を理論面と資金面から支援しました。これは保守派対リベラルの戦いとなり、「記憶戦争(Memory War)」などと呼ばれました。
マスコミは最初、親を告発した子どもを正義、告発された親を悪人として報道していました。
しかし、保守派は極左のセラピストや過激なフェミニストが患者を洗脳して家族を破壊しようとしていると主張しました。
そして、マスコミはセラピストを悪人とするほうに乗りました。
そうして裁判は次々と親側が勝訴していきました。
さらに、親側はセラピストを不正医療行為をしたとして訴え、セラピストは100万ドル、240万ドル、267万ドルといった巨額の賠償金または和解金を支払わされる破目になりました。
「記憶戦争」は親側、保守派の全面勝利で終わったのです。
このことについて私は「『性加害隠蔽』の心理学史」という記事の中で書きました。
ウィキペディアの「過誤記憶」もわかりやすいまとめになっています。
ところで、性的虐待の被害を訴えた人には、悪魔主義の儀式に参加させられたという人が少なからずいました。たとえばウィスコンシン州で看護助手をしていたクールという女性は「悪魔儀式に加わり、赤ん坊を貪り、性的暴行を受け、動物と性交し、8歳の友人が殺されるのをむりやり見させられた」と主張しました。
こんな荒唐無稽な話は嘘に決まっているということで、被害者の訴えは信用性をなくしました。
しかし、「ディープ・ステート」という陰謀論の核心は「世界は小児性愛者の集団によって支配されており、悪魔の儀式として性的虐待や人食い、人身売買を行っている」というものです。
こちらの話を信じる人が多いのはどういうことでしょうか。
実際のところは、悪魔主義の儀式は水面下でかなり行われていて、セラピストの治療はその暗部をあぶり出したのではないでしょうか。
悪魔主義を描いた小説や映画が多数存在するのもゆえないことではないでしょう。
なお、悪魔主義の儀式に小児性愛の儀式はつきものであるようです。
裁判の結果がどうなろうと、子どもに対する性的虐待は確実に存在します。
Copilotに「アメリカにおける子どもへの性的虐待の件数は?」と聞いた答えを示しておきます。
アメリカでは、2021年に約59,328人の子どもが性的虐待の被害を受けたと報告されています。これは、虐待全体の約10.1%を占める数字です。ただし、性的虐待は報告されないケースも多く、実際の被害件数はさらに多い可能性があります。また、18歳以下の子どもの4人に1人の女の子、6人に1人の男の子が性的虐待を受けているという統計もあります。さらに、児童性的虐待の被害報告の中央値は9歳とされており、特に幼い子どもが被害に遭うケースが多いことが分かっています。この問題は非常に深刻であり、アメリカでは防犯対策や性教育の強化が求められています。もし詳しく知りたい場合は、こちらの情報を参考にしてください。
さらに「親が自分の子どもを性的虐待した件数は?」と質問すると、「アメリカでは、児童性的虐待の加害者の約30〜40%が家族であると報告されています。特に、加害者の多くは親や親族であるケースが多く、児童虐待全体の中でも深刻な問題とされています」ということです。
おそらく裁判のほとんどは親が有罪になるべきだったでしょう。
訴えるのが早すぎたのです。
日本でジャニー喜多川氏への早すぎる告発がすべて無視されたのと同じことになりました。
いや、アメリカでは裁判が行われたために、不都合な判例が積み上がってしまいました。
今や子どもが親を告発するということはほとんど不可能でしょう。
保守派は家庭という強固な足場を得て、人権運動に対する反撃に出ました。
その典型的な動きが、「母親の権利」を掲げる保守系団体の運動です。人種差別反対や多様性推進を主張するのは子どもへの洗脳だとして、そうした本を学校図書館から排除するように要求し、こうした「禁書」の動きは全米に広がっています。また、保守派のデサンティス知事のいるフロリダ州では「教育における親の権利法」という州法が成立し、これによりLGBTなどの「性的指向や性自認に関する教室での指導」が禁止されました。
アメリカは親が子どもを支配する国になり、子どもの権利がまったく認められなくなりました。
子どもの権利だけでなくマイノリティの権利も認められません。
今のアメリカでは人種差別反対をいうと白人差別だとして攻撃されます。
このような流れの中でトランプ政権が誕生しました。
アメリカがあきれるほどの人権後進国になった転換点は「記憶戦争」にあります。
日本はアメリカのようにならずによかったですが、アメリカが人権後進国になったのは喜べません。
訴えるのが早すぎたのです。
日本でジャニー喜多川氏への早すぎる告発がすべて無視されたのと同じことになりました。
いや、アメリカでは裁判が行われたために、不都合な判例が積み上がってしまいました。
今や子どもが親を告発するということはほとんど不可能でしょう。
保守派は家庭という強固な足場を得て、人権運動に対する反撃に出ました。
その典型的な動きが、「母親の権利」を掲げる保守系団体の運動です。人種差別反対や多様性推進を主張するのは子どもへの洗脳だとして、そうした本を学校図書館から排除するように要求し、こうした「禁書」の動きは全米に広がっています。また、保守派のデサンティス知事のいるフロリダ州では「教育における親の権利法」という州法が成立し、これによりLGBTなどの「性的指向や性自認に関する教室での指導」が禁止されました。
アメリカは親が子どもを支配する国になり、子どもの権利がまったく認められなくなりました。
子どもの権利だけでなくマイノリティの権利も認められません。
今のアメリカでは人種差別反対をいうと白人差別だとして攻撃されます。
このような流れの中でトランプ政権が誕生しました。
アメリカがあきれるほどの人権後進国になった転換点は「記憶戦争」にあります。
日本はアメリカのようにならずによかったですが、アメリカが人権後進国になったのは喜べません。