村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

カテゴリ: 反日右翼と亡国左翼

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3月16日、岸田文雄首相と韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は都内で日韓首脳会談を行い、友好関係をさら発展させていくことで合意しました。
徴用工問題もどうやら決着しました。
どういう形で決着したのでしょうか。

韓国の最高裁は日本企業にかつての徴用工に対して賠償金を支払うように命じましたが、日本としては払いたくないので、こじれました。
また、韓国政府や韓国世論は徴用工問題で日本に対して謝罪を求めていました。

尹錫悦大統領は3月6日にこの問題の解決策を提案しました。
岸田首相は同じ日に記者会見し、「今回の韓国政府の措置は、日韓関係を健全な関係に戻すためのものとして評価しております」「歴史認識につきましては、1998年10月に発表された日韓共同宣言を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場、これを全体として引き継いでいる。これが政府の立場であります」と語りました。
バイデン大統領も同じ日に声明を発表し、「米国の最も緊密な同盟国である日韓両国の協力とパートナーシップの画期的な新章を示した」と歓迎し、ブリンケン国務長官も「記念すべき成果を称賛するよう国際社会に呼び掛ける」と歓迎する声明を発表しました。
ということは、この解決策は日本、韓国、アメリカで話し合われていたわけで、この発表の時点で合意が成立していたものと思われます。

この解決策は、日本企業が払う賠償金を韓国政府傘下の財団が肩代わりするというものです。
発表の時点では、その財団に日本企業も拠出するのではないかという話がありました。これでは日本企業が賠償金を支払ったのとたいして変わりません。
結局、日韓首脳会談後の発表によると、両国の経済団体が未来志向の日韓協力・交流のための「日韓未来パートナーシップ基金」を創立することになりました。
つまり日本企業はカネを出すのですが、別のところに出す形となったわけです。

日本の謝罪の問題は複雑です。
1998年、小渕恵三首相と金大中大統領は日韓共同宣言を発表し、その中に「小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた」というくだりがありました。
尹大統領は共同宣言にある「反省とお詫び」を日本政府が継承することを求めました。
そして、岸田首相もその日に「日韓共同宣言を含め(中略)、これを全体として引き継いでいる。これが政府の立場であります」と言って、それを受け入れたわけです。

ところが、日韓首脳会談後の発表文には「反省とおわび」の言葉はありませんでした。
その代わり「旧朝鮮半島出身労働者問題に関し、率直な意見交換を行い、岸田総理大臣から、6日に日本政府が発表した立場に沿って発言しました」という文言がありました。
「6日に日本政府が発表した立場」というのは「日韓共同宣言を引き継いでいるのが日本政府の立場」のことです。日韓共同宣言には「反省とお詫び」という言葉が入っているので、日本政府は理屈の上では「反省とお詫び」を表明したことになります。
まるで“一人伝言ゲーム”みたいです。


韓国では、首脳会談後の発表に「反省とお詫び」の言葉がなかったのはけしからんという声があり、賠償金を求めた原告には韓国の財団のカネは受け取らないと表明する人がいるなど、否定的な声が多いようですが、その声はそれほど強くないという印象です。
日本国内では、これまで嫌韓を唱えてきたネトウヨの戸惑いが目立ちます。日本企業がカネを出すのか出さないのかよくわからず、「反省とお詫び」を表明したのかしてないのかよくわからないという仕組みが効いているようです。

ただ、日本企業がカネを出すのは間違いないので、韓国は「名を捨てて実を取った」といえるかもしれません。
日本は「反省とお詫び」の表明を巧みにごまかしたので、「名を取って実を捨てた」ということになります。

それにしても、徴用工問題がここまでこじれたのはどうしてでしょうか。
それは、日韓ともにあまりにも視野が狭く、二国間関係しか見ていなかったからです。


東アジアにおいて、日本と韓国はともにアメリカの同盟国として、対北朝鮮、対中国で連携しなければならない立場です。
それなのに70年以上も昔の徴用工問題で日韓が喧嘩しているのですから、東アジア情勢が見えてないというしかありません。
とくにアメリカにとっては困ったことです。
ですから今回の解決策は、アメリカが主導したものと考えられます。アメリカに強く言われると、日韓ともに断れません。
兄弟喧嘩をしている子どもを母親がむりやり仲直りさせたみたいなものです。

同じことは慰安婦問題のときもありました。
慰安婦問題で日韓関係がこじれきっていたため、2015年にオバマ政権がむりやり日韓合意にもっていきました。
日韓合意には「おわびと反省」という言葉が入っていましたが、当時の安倍首相はどうしてもその言葉を言いたくなかったため、岸田外相に朗読させて、自分は表に出てきませんでした。
母親がむりやり子どもに謝らせようとしたため、子どもはふてくされてしまったという格好です。

徴用工問題でまったく同じことを繰り返すとは、日韓ともに成長がありません。


東アジア情勢だけでなく、グローバルな視点も欠けています。
日韓関係がこじれている根本原因は、日本が朝鮮半島を植民地支配したことを清算できていないことです。
しかし、植民地支配の清算ができていないのは日韓関係だけではありません。

欧米列強は世界に植民地を広げましたが、今に至るもお詫びも反省もしていません。
植民地支配における非人道的行為について謝罪した国はありますが、植民地支配そのものについて謝罪した国はひとつもありません。

日本も戦後しばらくは、中国やアジアの国に対して戦争により苦痛や迷惑を与えたことについては謝罪してきましたが、植民地支配については謝罪しませんでした。
しかし、1993年、細川護熙首相は所信表明演説において「過去の我が国の侵略行為や植民地支配などが多くの人々に耐えがたい苦しみと悲しみをもたらしたことに改めて深い反省とおわびの気持ちを申し述べる」と言い、「植民地支配」について初めて謝罪しました。
村山富市首相も「植民地支配」について謝罪しました。
1995年のいわゆる「戦後50年衆院決議」においても「世界の近代史における数々の植民地支配や侵略行為に想いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジア諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する」との言葉があります。
そうした流れを引き継いで1998年の日韓共同宣言の「反省とお詫び」があるわけです。

他国を植民地支配した国は多くありますが、日本は唯一それを謝罪した国です。
そこには日本の特殊な立場もあります。
欧米の植民地主義は、根底に人種差別があります。それに、欧米の文化は当時、ほかの地域よりも格段に進んでいたのも事実です。
日本の場合、日本人、中国人、朝鮮人に人種的な違いはありませんし(そもそも人種という概念に意味はないという説もあります)、文化水準もそれほど変わりません。日本がいち早く近代化しただけです。
つまり日本は自分とほとんど変わらない国を植民地支配したわけで、その罪が見えやすかったといえます。


ともかく、日本は植民地支配を謝罪した唯一の国で、これは世界においてきわめて有利なポジションです。
というのは、かつて植民地支配された国は謝罪しない欧米に対して不満を持っているからです。

「グローバルサウス」という言葉があります。
広い意味ではアフリカ、中東、アジア、ラテンアメリカにおける途上国、新興国の総称ですが、狭い意味では、「北」の先進国によって「南」は不当に苦しめられてきたという認識を持った国の集合のことです。
ロシアによるウクライナ侵攻は明らかな侵略行為ですから、グローバルサウスの国もロシアを批判していますが、一方で、NATOなどが主導するロシア批判やロシア制裁を冷ややかな目で見ているのも事実です。


ついでにいえば、欧米は近代奴隷制についても謝罪していません。
アメリカなどはリンカーンの奴隷解放を偉業のように見なしていますが、奴隷解放は当たり前のことで、それまでの奴隷制がひどかっただけのことです。白人は奴隷労働で富を築いたのに、黒人奴隷はなんの補償もなく放り出され、選挙権も与えられませんでした(一部の地域では与えられたが、すぐに剥奪された)。黒人は無教育な貧困層となり、白人は黒人を愚かで犯罪的だとして自分の差別意識を正当化しました。過去を正しく清算しないといつまでも引きずるという例です。


植民地支配や奴隷制に対する欧米の謝罪も反省もしない態度が今の世界の混乱の原因となっています。
今後、グローバルサウスの力が強くなっていけば、欧米に対する倫理的、道義的な責任を問う声が強まるでしょう。
そのとき、朝鮮に対する植民地支配について「反省とお詫び」をした日本は世界をリードする立場になれます。

もっとも、安倍首相は慰安婦問題の日韓合意のときに自分の口から「反省とお詫び」を言いませんでしたし、その後も口に出すことはありませんでした。
岸田首相も今回、巧妙な手口で「反省とお詫び」を口にしませんでした。
こういう中途半端なことをすると、日本は「日本は植民地支配を謝罪した」と世界に向かって胸を張って言うことができません。
また、どうせカネを出すなら、徴用工に対する賠償金として支払ったほうが効果的でした。

岸田首相は世界に向かって日本をアピールする絶好の機会を逸してしまいました。

韓国に謝罪したくない人はグローバルな視点を欠いています。

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(タイの昆虫スナックの屋台)

このところコオロギ食が話題です。
もともと栄養価が高く環境への負荷も少ないことから国連食糧農業機関(FAO)も推奨していましたが、河野太郎デジタル大臣がコオロギを食べるパフォーマンスの映像が拡散したことで急に注目されました。

無印良品が徳島大学と連携して「コオロギチョコ」や「コオロギせんべい」を開発して販売しています。
無印良品の「コオロギが地球を救う」というサイトには、「香ばしいエビのような味がする」「野生のコオロギでなく衛生的な環境で飼育したコオロギを使っている」などと説明されています。

世界では昆虫食はそれほど珍しいものではありませんし、日本でもイナゴやハチの子が食べられていました。
とはいえ、「コオロギを食べるなんて気持ち悪い」と思う人も多いでしょう。
「自分は食べたくない」と思うのは自由です。

しかし、「コオロギ食に反対」という人がかなりいます。
コオロギ食反対は、コオロギを食べたいという人の権利を侵害しています。いったいどういう理屈でしょうか。

ツイッター上でコオロギ食反対を主張する人は、ネトウヨとかなりの程度重なり合っています。
つまりほとんどのネトウヨはコオロギ食反対です。
典型的なのは、ネトウヨジャーナリストの有本香氏が「コオロギ食べない連合」を立ち上げたことです。この話題はツイッターでトレンド入りしました。

なぜネトウヨはコオロギ食に反対するのでしょうか。
一応もっともらしい理由は挙げられています。
たとえば「たんぱく源確保なら昆虫食より日本の畜産業再生が先だ」というものです。
しかし、昆虫食を推進することで畜産業再生が遅れるわけではなく、昆虫食に反対する理由にはなりません。
「昆虫食よりフードロス解決が先だ」というのもありますが、やはり昆虫食推進とフードロス解決を同時進行させればいいだけのことです。それに、廃棄食品を飼料にしてコオロギを育てることができるので、コオロギ食はフードロス解決に貢献するという説があります。


コオロギ食に反対するまともな理由はありません。
実は陰謀論による反対がほとんどです。
反コロナワクチンの陰謀論の代表的なものは、「この世界を陰で支配しているディープステートは人口削減のために有害なワクチンを打たせている」というものですが、それと同じ陰謀論が昆虫食にもあります。
「昆虫食には発がん性、病原菌、寄生虫、アレルゲンがあり、人口削減の陰謀が行われている」というものです。

希望の党から選挙に出たことがあり、さまざまな問題発言を連発している橋本琴絵氏は『聖書にはイナゴ以外の虫は食べては駄目だと書いてあったのですが、2017年から聖書の記載内容が変更されて「イナゴとコオロギ以外は食べてはならない」に書き換えられたので闇が深い。これ冗談ではないですよ』とツイートし、これが拡散しました。
聖書の書き換えができるとなると、そうとう力のある闇組織ということになり、典型的な陰謀論ですが、もちろんそんなことはありません(こちらにファクトチェックあり)。

「支配層は日本人に昆虫を食わせて、自分たちは高級な牛肉を食べ、高級なワインを飲んでいる」とか、さらには「世界の支配層は爬虫類人間で、虫を食糧にするのは爬虫類の発想だ」などというものまであります。

アメリカでも日本でも、右翼や保守派は陰謀論にはまる傾向があります。
とはいえ、右翼や保守派が昆虫食に反対しなければならない理由はないはずです。なぜ反対するのでしょうか。

こう考えたとき、あることを思い出しました。
それは、「グロ画像を見た時の脳の反応で政治的傾向が右なのか左なのかがわかる?(米研究)」という記事です。
私はこの記事にはひじょうに重要なことが書かれていると思い、全文を引用して「右翼思考の謎が解けた!」という記事を書きました。

リンク先を読むのがめんどうな人もいるでしょうから、研究内容を簡単に紹介しておきます。

米バージニア工科大学の研究チームは、83人の男性と女性を対象に、不快な画像、心地よい画像、そのどちらでもないニュートラルな画像を取り混ぜて見せて、MRI脳スキャンを行いました。心地よい画像というのは赤ちゃんや美しい風景などで、不快な画像というのはいわゆるグロ画像のことで、ウジ虫やバラバラ死体、キッチンの流しのヌメっとした汚れやツブツブが密集したものなどです。
次に「銃規制」「同性結婚」「移民問題」などを含む政治理念に関するアンケートに答えてもらうと、右寄り(保守)と左寄り(革新)では、嫌悪の認知、感情の制御、注意力、そして記憶力に関する脳活動が大きく異なっていました。
総じて右寄りの人の脳の方がグロ画像に対して強く反応し、特に保守的な傾向にある人は嫌な画像に強い拒絶反応を示しました。右寄りの人と左寄りの人の脳スキャンは、あまりにも違っていたため、基本的にわずか1枚のグロ画像に対する脳の反応を見るだけで、95%の確率でその人の政治的傾向を当てることができたそうです。

例に挙がっているグロ画像は、要するに生理的な不快感を催すものです。生理的不快感というのは誰でも同じようなものと思えますが、実は個人差が大きかったというわけです。

この研究は「グロ画像」を対象にしたものですが、おそらくは「グロい現実」についても同じことがいえるでしょう。つまり右寄りの人は「グロい現実」に強い不快感を覚えるので、拒否し、抹殺しようとするのです。
こう考えれば、右翼、保守派、ネトウヨの思考法がわかります。

たとえばマンガ「はだしのゲン」について、左翼はこのマンガを強く支持し、右翼は強く拒否します。もちろん内容が左翼的だということもありますが、絵と内容のグロさが決定的要因ではないでしょうか。
アウシュビッツなど強制収容所の悲惨さによく言及するのも左翼です。
カンボジアのポル・ポト政権の大量虐殺はきわめて悲惨で、骸骨の山などの写真もあるので、右翼は反共プロパガンダにこれらの写真を利用すればいいはずですが、ほとんど行われていません。自分もグロい写真は見たくないからでしょう。

右翼、保守派がグロいものに拒否反応を示すとすれば、コオロギ食に拒否反応を示すのも当然です。
その拒否反応がきわめて強いので、自分が拒否しているだけではすまず、世の中からコオロギ食を抹殺したくなるものと思われます。

コロナワクチンについても、注射針が体に刺さるのは不快ですし、薬液が体内で抗体を生成するのを想像するのも不快です。かといって、ワクチンを拒否する合理的、科学的な理由がありません。そこで不合理な陰謀論に飛びつくというわけです。

反コオロギ食の人や反ワクチンの人が陰謀論にはまるのは、そういうことで説明できます。


さらにいうと、同性愛傾向のまったくない人は、同性同士がセックスする場面を想像すると不快になるでしょう。
しかし、自分が不快だからといって人の幸せをじゃまするわけにいきません。普通の人はそう考えて、同性婚に賛成します。
ところが、不快感がきわめて強い人は、同性婚が公認されて、身近に同性婚カップルが存在すると思うだけで自分の幸せが脅かされると感じます。
右翼、保守派が同性婚に反対するのはそういう理由があるからでしょう。


グロい現実に強い不快を感じるという性質は、おそらく生まれつきのものでしょう。
そういう性質の人は多様性を嫌います。多様性にはグロいものも含まれるからです。そうしておのずと外国人排斥思想やLGBTQ排斥思想を身につけて、右翼になっていくのかと思われます。

右翼、保守派、ネトウヨは心のキャパシティの小さい人だと思えば、その思考や行動の原理が見えてきます。
心の狭さは生まれ持った性質なので、批判しても直りません。心のケアをして社会に取り込んでいくというインクルーシブ社会を目指すのが正しい方向です。
しかし、自分を正当化して、陰謀論を信じたり非科学的、非合理的な主張をしたりするのは認知のゆがみですから、そこは批判していかなければなりません。

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統一教会の活動の特徴のひとつは「正体を隠す」ことです。

自分は信者だと言わないし、所属する団体名も言わないで相手に接近し、セミナーに誘ったり集会に呼んだりして人間関係をつくってから、信者に勧誘します(こうしたやり方は「信教の自由」を侵害しているという判例もあります)。
いったん信者になると、マインドコントロールされてなかなか抜けられなくなり、多額の献金をしたり、詐欺的な活動に従事させられたりします。

統一教会が政治家に接近するときも「正体を隠す」ということをしているようです。
統一教会の人間がボランティアとして選挙運動の手伝いをしたいといって政治家の事務所に出入りし、さらには政治家の秘書になるという手口です。
もっとも、政治家事務所の人間が統一教会の人間を見抜けないわけがなく、「選挙活動に統一教会の人間が関わっていたかどうかわからない」などと言う政治家は信用できません。


それからもうひとつ、「教義を隠す」ということもあります。

統一教会は韓国人の文鮮明が創始したものなので、その教義はまったく韓国本位のものです。
教義によれば、韓国はアダム国で、日本はエバ国です。韓国がアダム国である理由は、神に選ばれた民族の国であり、メシア(文鮮明)の生まれた国であるからで、日本がエバ国である理由は、韓国を植民地にして人々を苦しめたからです。日本はまた、サタンの国でもあります。日本は罪をつぐなうために韓国と世界の統一教会に対してすべてを捧げなければならないとされます。
文鮮明は「エバ国家日本をアダム国家韓国の植民地にすること」「天皇を自分にひれ伏させること」などとも発言しています。

あからさまな反日教義です。布教のときにこれが隠されたのは当然です。
ただ、マスコミが報道してこなかったのは不思議です。霊感商法や合同結婚式がワイドショーで騒がれたときも、こうしたことは報道されませんでした。

ですから、反日教義のことを知らない政治家もいるでしょう。
そういう政治家が「統一教会が今も被害者を生むようなことをしているとは知らなかったので、統一教会と関係を持つのが悪いこととは思わなかった」と言い訳するのはわからないでもありません。

問題は、安倍晋三元首相や萩生田光一政調会長のように統一教会と深く関わってきた政治家が反日教義のことを知っていたのかどうかです。
反日教義を知りながら統一教会とつきあっていたとすれば、売国政治家と言われてもしかたありません。

ただ、いつ知ったのかという問題はあります。
最初は知らないでつきあって、ズブズブの関係になってから知って、そのときにはもう抜けられなくなっていた――とすれば、多少同情できなくもありません。


ところが、統一教会の反日教義は決して隠されていたわけではありませんでした。
1978年に共産党議員が国会で取り上げていました。

安倍元首相が賛意を示した旧統一教会の「仰天教義」保守系支持者らはなぜダンマリ?
「私たちの友好団体が主催する行事に安倍元首相がメッセージなどを送られたことはございます。(統一教会教祖の)ハン・ハクチャ総裁が主導されている世界平和運動に対して、賛意を表明してくださっていた」

 安倍晋三元首相の銃撃事件を受け、11日に都内で会見を開いた「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)・日本教会会長の田中富広氏。殺人容疑で送検された山上徹也容疑者(41)の母親が教会員だと明らかにした上で、安倍元首相と旧統一教会の間につながりがあったことも認めた。

 安倍氏が教祖に「賛意」まで表明していた統一教会の教義とは一体、どういうものなのか。

 1978年6月1日の衆院地方行政委員会で、共産党議員が教義である「原理講論」や関連書籍など読み上げている。内容はこうだ。

「韓国語の原本によりますと(略)こういうことが書いてあるのです。有史以来、全世界にわたって発達してきた宗教と科学、即ち、精神文明と物質文明とは韓国を中心として、みな一つの真理のもとに吸収融合され、神が望まれる理想世界のものとして結実しなければならないのである(略)人類の父母となられたイエスが韓国に再臨されることが事実であるならば、その方は間違いなく韓国語を使われるであろうから、韓国語はまさに祖国語となるであろう。したがってすべての民族はこの祖国語を使用せざるをえなくなるであろう。こう言っているのです」
「男性韓国が、真理の国ということができるとすれば、女性日本は産業の国といえるのではなかろうか。深遠な真理をもって語りかけてくる男性に、女性は何をもって返答をするであろうか。婚姻の約束が成った後は、仲人を立て、調度品を将来の夫のもとに納める習いがあるではないか。日本は、二十年間の驚異的な産業の発展を有している。この産業・経済を男性韓国へ結納として収める歴史的必然性がある」
(後略)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/308325

このように国会でも議論されていたのですから、安倍元首相らが知らないはずはありません。
ということは、自民党と統一教会は祖父の岸信介の代からズブズブの関係で、安倍元首相らはそれを引き継いだのでしょう。


では、統一教会を日本に呼び込んだ岸信介は、そのときから統一教会の教義を知っていたのでしょうか。
統一教会が日本で宗教法人として認定されたのが1964年で、国際勝共連合が設立されたのが1968年です。
岸信介は統一教会の反共主義を利用したのだと言われます。
日本の右翼勢力は、神道系はありますが、キリスト教系はほとんどなく、統一教会は未開地に広がることができました。
それに既成右翼は過激なので、大衆運動ができません。左翼に対抗できる大衆運動ができるのは勝共連合だけでした。
ちなみに新安保法制が国会で議論されているころ、左派系の学生団体SEALDsが注目されましたが、それに対抗して結成されたUNITEは勝共連合の学生がつくったものです。

岸信介は統一教会を日本に引き入れる以上、公安からも情報を得ていたでしょうから、反日教義についても知っていた可能性があります。

既成右翼は自民党の言う通りには動いてくれませんが、統一教会や勝共連合は自民党の言う通りに動いてくれて、選挙運動もしてくれます。自民党にとってこれほどありがたい存在はありません。
そして、統一教会としては行き過ぎた布教活動や霊感商法などをしても警察は見逃してくれるという利益を得ました。
お互いに利益のある関係が築けて、そこにおいては反日教義のことなどどうでもいいことになりました。


その結果、日本の政界の真ん中に反日教義を持つ韓国系のカルト教団が居座ってしまったのです。

政界だけではありません。右翼論壇の中にも統一教会や勝共連合は重きをなしました。
そのため、統一教会の反日教義が明らかになった今でも、右翼論壇やネトウヨから統一教会を批判する声はまったく上がりません。


ここでもう一度、岸信介の時代に戻ると、「反共」という大義名分はあったにしても、反日教義を持つ外国の宗教団体と手を結ぶというのは、右翼や愛国者としてはもちろん、日本の政治家としてあってはならないことでした。
その結果、霊感商法や合同結婚式や高額献金の問題が起こりました。これらはみな反日教義が具現化して、日本人が韓国人に収奪されたものです。
そして、反日教義を持つ宗教団体とつながっていたことを理由に安倍元首相が日本人に銃撃されました。

やはり外国勢力は日本の政界から排除しなければなりません。

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安倍晋三元首相暗殺事件の衝撃が意外な形で日本を揺るがしています。

当初は、安倍元首相を撃った山上徹也容疑者の「統一教会のトップを狙いたかったがむりなので、代わりに安倍元首相を狙った」という犯行動機がいかにも無理筋に思えました。
しかし、統一教会と自民党との癒着は日本の大きな病巣ですから、山上容疑者はまぐれでも意外と急所を撃ったのです(安倍元首相を撃ったことを肯定しているわけではないので、誤解しないように)。


政治家は票を得るためにいろいろな宗教団体とつながりを持つのは当然だという意見がありますが、統一教会(世界平和統一家庭連合)は、かつては霊感商法や合同結婚式で世間を騒がせ、今も信者に多額の献金を強要して自己破産させる危険なカルト教団ですから、ほかの宗教団体とは違います。

統一教会の創始者文鮮明は1950年代から岸信介とつながりがあり、統一教会の政治組織である国際勝共連合を自民党は利用してきたので、統一教会と自民党はずっと密接な関係にありました。自民党議員は統一教会から選挙運動員を派遣してもらうことが多く、さらには秘書を派遣してもらうケースもあるといいます。
しかし、統一教会の霊感商法や合同結婚式が問題にされたときも、なぜかこうした統一教会と自民党のつながりはほとんど追及されませんでした。
それが今回の銃撃事件でようやくマスコミも統一教会と自民党の関係について報道するようになったわけです。


もっとも、カルト教団と癒着したからといって犯罪になるわけではないので、それほど大きな問題ではないと考える人もいるでしょう。
確かに一般の人にとってはそうかもしれません。
しかし、安倍元首相や自民党を支持してきた保守派にとってはそうではないはずです。
というのは、統一教会は韓国人の教祖をいただく、韓国に本部のある、韓国系の宗教だからです。

韓国系の宗教だからいけないという理屈はありませんが、保守派はみな韓国が嫌いです。
安倍元首相も慰安婦問題、徴用工問題、自衛隊機レーダー照射問題などでつねに韓国にきびしい態度をとってきて、それで保守派の人気を博していました。
その安倍元首相が韓国系の宗教とつながっていたというのは、保守派にとっては許せないことのはずです。
それに、自民党議員の秘書に統一教会の信者が潜り込んでいるとなると、日本の政界の秘密が韓国に流出することになりかねず、こうしたことは保守派がいちばん神経を尖らせるところです。

さらにいうと、統一教会の教義も保守派は絶対認められないはずです。
ウィキペディアの「世界平和統一家庭連合」の項目には次のように書かれています。



エバ国家日本はアダム国家韓国に貢ぐことを義務づけられている[40]。韓国がアダム国家である理由は、神に選ばれた民族の国であり、世界に真理を発信したメシアの国であるから[40]。日本がエバ国家である理由は、朝鮮を植民地にして多くの人民を苦しめてきた事実などによる[40]。戦後、日本が経済大国になったのはメシア(文鮮明)が神に日本の罪をとりなし、エバ国家として神に認めさせたからだ[40]。

金と人物の両面で韓国と全世界の統一協会を支えることがエバ国家である日本の責任である[40]。日本人に多く伝道して信者として、その信者を全世界に送り出していくこと、日本で莫大な資金を調達してそれを全世界に供給していくこと、それがエバ国家日本の使命だ[40]。

   ※


韓国と日本では史観が違っており、アダム国家韓国では献金などのノルマなどは厳しくなく、「サタン(悪魔)の国[31]」であるエバ国家日本は「金のなる木」の場所として、アダム国である韓国と国内外の統一教会に全てを捧げる教義が教えられている[32][33]。また、エバ国家日本のLGBTや同性婚、夫婦別姓は「生活共産主義」とされ、認めさせてはならないと説いている[34][35]。

連合ではイエス・キリストの「再臨論」も説いており、天照大神を崇拝してきた全体主義国家であり、韓国のキリスト教を過酷に迫害した日本と、共産化した中華人民共和国は「サタンの国」である為、イエスが再臨する『東の国』とは韓国であるとしている[36]。また、「メシアを迎え得る国となるために我々は第三イスラエル選民となければならない」としている[36]。

文鮮明の教え(教義)の一つとして、文教祖の恨(ハン)を晴らすのは「エバ国家日本をアダム国家韓国の植民地にすること」「天皇を自分(文教祖)にひれ伏させること」としている[37][38][39][40]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%B9%B3%E5%92%8C%E7%B5%B1%E4%B8%80%E5%AE%B6%E5%BA%AD%E9%80%A3%E5%90%88

ウィキペディアだけでは信憑性がないかもしれないので、『旧統一教会の「“エバ国”日本が資金調達し“アダム国”韓国に捧げる」システム…それでも続いた自民党“保守政治家”との関係』という記事で、『統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福』の著書もある北海道大学大学院の櫻井義秀教授(宗教社会学)の語ったことも引用しておきます。

「霊感商法、そして訴訟関係は日本を中心として起きていて、アメリカや韓国では起きていない。これは日本の旧統一教会だけが、いわば違法な形で資金調達をし、それを韓国の本部に送り届けるというミッションがあるからだ。旧約聖書にアダムとエバが禁断の木の実を食べたという話が出てくるが、エバが先に食べ、そしてアダムに渡したとされている。これが旧統一教会の教義では、アダム=韓国で、エバ=日本だということになっている。つまり“エバ国”である日本の支部が資金調達をし、“アダム国”である韓国の本部に捧げる。そして韓国がアメリカなど各国の支部に配分し、世界的な布教戦略を展開してきたということだ。

「日本を韓国の植民地にする」とか「天皇を自分(文教祖)にひれ伏させる」とか、普通の日本人でもびっくりしますが、保守派やネトウヨが聞いたら卒倒しそうなことです。
要するに反日教義です。
こんな宗教が日本にはびこっていたのです。
ネトウヨは在日を差別しているどころではなく、今すぐ統一教会の排除をしなければならないはずです。

ところが、保守派やネトウヨは自民党と統一教会がズブズブの関係にあることを横目で見ながらスルーしてきました。
ネトウヨの若い人なら知らないということもありえますが、保守派の論客といわれるような人なら統一教会の教義も自民党と統一教会の関係も知らないはずがありません。
というか、保守派の論客には統一教会のメディアでインタビューされたり、イベントで講演をしたりして、統一教会と関係を持っている人も少なからずいます。
ですから、保守派やネトウヨは統一教会に関しては沈黙したままです。

例外は高須クリニックの高須幹弥氏ぐらいです。
高須氏は自身のYouTubeチャンネルで「統一教会について話します。(この動画は削除するかもしれません)」と題する動画をアップして、統一教会の教義についても語っているので、これを見るのがわかりやすいかもしれません(ただし、統一教会と自民党や安倍元首相の関係についてはなにも話していません)。




統一教会と安倍元首相の関係はかなり深いものがあります。
トランプ氏が大統領に当選したとき、日本の外務省はまったく予想しておらず、トランプ氏となんの接点もありませんでした。
そんなとき、就任前のトランプ氏と安倍首相の会談をとりもったのが統一教会だといわれます(詳しくは『「統一教会が安倍・トランプ会談を仕掛けた」説にこれだけの状況証拠! 勝共連合機関誌も2人のタッグを絶賛』を参照)。

安倍元首相が昨年9月にビデオメッセージを送った統一教会系の「天宙平和連合(UPF)」のイベントにはトランプ元大統領も同じ形でメッセージを送っていました。
さらに今年2月に行われたUPF主催の「ワールドサミット2022・韓半島平和サミット」では、トランプ元大統領がビデオ映像において基調演説を行い、息子ブッシュ大統領のときの副大統領だったディック・チェイニー氏も演説をしました(安倍元首相は書面によるメッセージ)。
つまり統一教会はアメリカ政界にも深く食い込んでいるのです。
安倍元首相が統一教会とのつながり続けたのには、そうした背景もありそうです。


いずれにしても、統一教会は反日教義を有するとんでもないカルト教団です。
自民党や保守派が統一教会を批判できないとなれば、自民党や保守派もまた反日勢力と言われてもしかたありません。

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安倍晋三氏が政権から遠ざかって世の中が落ち着いてきたと思ったら、代わりに維新の会がのさばってきました。
もっとも、維新の会をのさばらせたのは立憲民主党です。
いったいどちらの罪が大きいのでしょうか。


きっかけは菅直人元首相が1月21日、橋下徹氏に関して述べたツイートです。

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これに対して橋下氏は、「弁舌の巧みさはお褒めの言葉と受け取っておく」としたあと、「ヒトラーへ重ね合わす批判は国際的には御法度」として菅元首相を批判しました。

これを受けて、日本維新の会の副代表である吉村洋文大阪府知事も「とんでもない発言」「国際法上あり得ない。どういう人権感覚をお持ちなのか」と菅元首相を批判。

日本維新の会の藤田文武幹事長は26日午前、立憲民主党本部を訪れて抗議文を手渡し、菅元首相の投稿の撤回と謝罪を要求しました。

さらに、産経新聞の「<独自>維新の抗議文判明 菅直人元首相のヒトラー投稿」という記事によると、『維新幹部は産経新聞の取材に「立民が逃げ回るならば党本部に乗り込む。維新を怒らせたらどうなるか徹底的に思い知らせる」と語った』ということです。


橋下氏の「ヒトラーへ重ね合わす批判は国際的には御法度」という主張はまったくでたらめです。
国際的にご法度なのは、ヒトラーを賛美したり肯定したりすることです。ヒトラーを批判したり、ヒトラーもどきの政治家を批判したりするのがご法度なわけがありません。
ちなみに2013年に麻生太郎副総理が「憲法はある日気づいたらワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口を学んだらどうかね」と発言しましたが、これはナチスを肯定しているので、まさに国際的にご法度の発言です。

橋下氏がヒトラーに重ね合わせて批判されたとき、「私はヒトラーとはまったく違う。いっしょにするな」と言って反論するのはありです。
ところが、橋下氏は「ヒトラーを重ね合わせた個人批判は一律禁止」だと主張しました。
こんな主張が通ったら、ヒトラーと同じような政治家が出てきたとき、「彼はヒトラーみたいだ」と言って批判するのも禁止されることになります。
橋下氏の主張は、日本でヒトラーのような政治家が登場する地ならしをしているようなものです。

したがって、菅元首相や立憲民主党はきちんと反論し、こんな主張はつぶさなければなりません。


菅元首相は投稿の撤回と謝罪は拒否し、ツイッターで維新批判を繰り広げていますが、ヒトラー問題ではこれという反論はしていないようです。
立憲民主党の泉健太代表はインターネットテレビの番組に出演した際、ヒトラーを持ち出して個人を批判することについて、「警鐘を鳴らすということはあり得る」「一律だめとはならない」と述べましたが、いかにも弱い表現です。
「橋下氏の主張は間違っている。撤回するべきだ」ぐらい言わなければなりません。


今回の橋下・維新側と菅・立民側のやり取りを見ていると、圧倒的に橋下・維新側が攻めて、菅・立民側は防戦一方という感じです。

維新のやり方は、ヤクザかヤンキーが大声で相手を恫喝するみたいなもので、立民側は相手の大声にびびって、言うべきことが言えなくなっているようです。
テレビのコメンテーターなども、維新の大声にびびるのか、橋下氏の「ヒトラーを重ね合わせた個人批判は一律禁止」を肯定するようなコメントをしています。


日本の劣化とも見えますが、もともと政治とはこういうものです。
政治は言葉を武器にした戦いです。

インターネットの登場で、その戦い方が変わりました。
掲示板やSNSで短い言葉のやり取りで議論するので、大きな思想や理念を戦わせるのではなく、その場その場で相手を論破するというやり方になりました。
このやり方が巧みだったのがトランプ前大統領です。政敵を罵倒する能力だけでアメリカ大統領にまでのぼり詰めました。
日本では、ネトウヨという言葉があるように、左翼よりも右翼のほうがインターネットでの議論に熱心で、その分議論もたくみです。

維新は喧嘩慣れしたヤンキーみたいです。論理はむちゃくちゃですが、相手を威圧しています。

立憲民主党の人たちの議論の下手さはあきれるばかりです。
しかし、同じリベラルでも、れいわ新選組は議論がひじょうにたくみです。
この違いは、インターネットでの議論に慣れているかどうかの違いでしょう。

最近「論破王」の異名をとるひろゆき(西村博之)氏は、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の創始者ですから、おそらく最初のころから2ちゃんねるに書き込んで議論していたのでしょう。その圧倒的経験で論破王になりました。


実は私も2ちゃんねるによく書き込んでいた時期があります。
私は自分の思想の「道徳観のコペルニクス的転回」を世に問うとき、反対する人もいるだろうから、論争の技術を磨き、誹謗中傷されることにも慣れておこうと思ったのです。
いちばん激しく論争するのは右翼対左翼ですから、右翼対左翼の論争が常時行われていて、あまり大規模でない「板」を選んで、私が左翼に加勢することで論調を転換できるか試してみました。
2004年にイラク日本人人質事件があり、人質たちの「自作自演」だという書き込みがあふれた2ちゃんねるが世の中から注目されました。そのころから数年間、わりと熱心に書き込んでいました。

今回、その「板」をちょっとのぞいてみると、ものすごく劣化していて、まともな議論が行われている雰囲気はありません。昔はもうちょっと人間的なやりとりもありました。今では「2ちゃんねるによく書き込んでいた」などと言うと、恥ずかしいだけかもしれません。

最初は「名無し」で書き込んで議論し、やがて慣れてきて「コテハン(固定ハンドルネーム)」を使って積極的に論戦を挑むようになると、百戦百勝しました。
その中で培った論戦のノウハウを紹介しましょう。


大きなテーマを選ばない
議論に勝ちたいなら、大きなテーマを選んではいけません。これは当たり前のことです。性善説か性悪説かみたいなことはいくら議論しても決着しません。小さなテーマ、狭い分野、具体的なことほど逃げ道がないので、相手を追い詰めることができます。

攻撃する。守る立場にならない。
「攻撃は最大の防御」というのは論戦でも同じです。このことはわかっていても、人はつい自分の主張したいことを主張してしまいます。そうすると、「考えが甘い」とか「こういう場合はどうするのか」と攻撃されて、守りの立場になってしまいます。守りの立場である限り、勝利はありません。「差別はよくない」と言うのではなく、「それはヘイトスピーチだ」とか「人を傷つけて平気なのか」というように攻撃します。

特定の個人を攻撃する
いくら正しいことを主張しても論破したことにはなりません。論破するというのは、特定個人に間違いを認めさせることです。実際には間違いを認める相手はほとんどいなくて、沈黙するだけです。そのとき「あいつは逃亡した」と言って、反論がないことを確かめてから、勝利宣言します。これが実際の論破ということです。
多数から攻撃されて守りの立場になったときも、攻撃してくる人間を見極めて、いちばん勢いのある個人を名指しして(匿名でもIDを指定します)、その個人を攻撃します。
健全な常識からすると個人攻撃はよくないとされますが、間違った考えをする連中の代表を言い負かせば世の中はよくなると考えればいいのです。

論理の矛盾または主張の根拠を追及する
攻撃するときは焦点を絞らないといけません。相手の主張に矛盾があるというのはいちばん攻撃しやすい標的です。それから、相手の主張のソース(情報源)を問い、根拠のない主張であったり、あやしい根拠の主張である場合は、その主張を否定します。
この目標設定が正しければ、論争は必ず勝てます。つまり論争というのは、始まった瞬間に勝敗が決まっているのです。
議論しているうちに、自分の主張したいよけいなことを言ったり、相手に挑発されてよけいなことを言ったりして、議論が目標からそれていくこともしばしばありますが、そのつど最初の目標を思い出して軌道修正します。ボクシングで相手をコーナーに追い詰める感覚です。

相手の言いすぎを追及する
議論していると、相手が言いすぎて、間違った主張をすることがあります。そういうときは、目標を変更して、そちらを追及するのもありです。
自分も言いすぎることがありますが、そういうときはすぐに修正します。そうすれば問題はありません。ところが、たいていの人は言いすぎを正当化しようとしてドツボにはまります。

論争に慣れる
最初のうちは、相手から攻撃されると、冷静さを失って、思考力が働かなくなります。また、相手を強く攻撃すると、想定外のカウンターパンチを食らうのではないかと不安になって、なかなか強く攻撃できません。しかし、論争に慣れれば、冷静に思考できるようになります。勝てそうだと思うときだけ論争を挑めば、百戦百勝できます。


このような議論は、思想の戦いではなく、論理力の戦いです。
正しいほうが勝つのではなく、論理力の強いほうが勝つのです。
裁判所が支払いを命じた賠償金を平気で踏み倒すひろゆき氏が論破王になっているのを見てもわかります。
釈然としない人のためには「正しき者は強くあれ」という言葉を贈っておきます。



このような私の経験から菅元首相と橋下氏の論争を見ると、橋下氏はさすがに論争の仕掛けがうまいなと思います。

発端となった菅氏のツイートを見ると、橋下氏のことも維新のこともまったく批判していません。それでいて「ヒットラー」という言葉が出てきます。論理が矛盾しているといえます。橋下氏はそこを突きました。

菅氏としては、このツイートを正当化するのは容易ではありません。「橋下氏はヒトラーのようだから言ったのだ」と主張しようとしても、橋下氏の過去の言動にヒトラー的なものはそれほどありませんし、現在は政治家でもありません。維新の会には優生思想的な発言をする議員や候補者が何人もいましたから「維新の会はナチス的だ」という主張はできなくもありませんが、維新の会と橋下氏は別です。
ですから、「弁舌の巧みさがヒトラーを思い起こすと言っただけで、それ以上の意味はない」と弁解するか、「ヒトラーという言葉を使ったのは適切ではなかった」と謝るぐらいでしょう。
不利な状況では戦わないこともたいせつです。

ところが、橋下氏は「ヒトラーを重ね合わせた個人批判は一律禁止」だと主張しました。調子に乗って言いすぎたのです。
ここは反転攻勢に出て、「じゃあヒトラーみたいな政治家が出てきても、『彼はヒトラーみたいだ』と言って批判してはいけないのか」と言って、発言撤回に追い込みたいところです。

また、テレビコメンテーターとして活躍する橋下氏は日本維新の会とは無関係ということになっています(大阪維新の会の法律顧問という肩書はありますが)。
ところが、橋下氏が侮辱されたとして日本維新の会は立憲民主党に抗議文を提出しました。
橋下氏が「政党間のバトルは私人として関知しないので好きなようにやってくれたらいいが、俺を巻き込まんでくれ」とツイートすると、日本維新の会の足立康史議員は「私の衆院予算委で使ったパネルでは、意識して橋下氏の名前を消しましたが、抗議文では消し忘れました。失礼しました。橋下氏はマスコミ人。有権者が維新と重ね合わせて見ないよう、私たちも改めて注意しなければなりません」とツイートしました。
抗議文の提出者は馬場伸幸共同代表となっていますが、文章を書いたのは足立康史議員だったようです。

「抗議文では名前を消し忘れた」とはひどい話です。立憲民主党は「書き直して再提出してください」と要求するべきです。
しかし、書き直すことができるでしょうか。抗議の出発点は橋下氏がヒトラーにたとえられたということにあるからです。
ちなみに抗議文の全文はこうなっています。

令和4年1月26日
立憲民主党
代表 泉 健太 様
日本維新の会
共同代表 馬場 伸幸

抗議文

さる1月21日、貴党の菅直人最高顧問が自身のツイッターに、わが党に関して、創設者の橋下徹元大阪府知事の名を挙げ「弁舌は極めて歯切れが良く、直接話を聞くと非常に魅力的」「主張は別として弁舌の巧みさでは第1次大戦後の混乱するドイツで政権を取った当時のヒットラーを思い起こす」などと投稿した。

世界を第二次世界大戦に巻き込み、ユダヤ人虐殺など非道の限りを尽くしたナチスドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーを、民間人の橋下氏および公党たる日本維新の会を重ね合わせた発言であり、看過できない。いったい、どのような人権感覚を持っているのか。怒りを覚えるとともに、断固抗議する。

菅氏の投稿は、言うまでもなく、まったく事実に基づかない妄言であり、誹謗中傷を超えた侮辱と断じざるを得ない。
国会議員としてはもとより、人として到底許されるものではない。

ましてや菅氏は民主党政権下で内閣総理大臣を務め、なおも野党第一党の重責を担う大幹部である。
その発言の重大性を真摯に受け止めるべきであり、これを放置するのであれば貴党の責任も問われると考える。

貴党ならびに菅氏に対し、今月末日までに当該投稿(発言)を撤回し、謝罪するよう強く求める。
以上
https://torachannel.work/archives/13149341.html

「維新の会と橋下氏は無関係」としながら、「橋下氏が侮辱されたので維新の会が抗議する」というのは明らかに矛盾ですから、ここはいくらでも追及できます。
「この抗議文を出すことを橋下氏は了解しているのか」とか「この抗議文に対する回答は橋下氏に知らせるのか」と具体的に質問するのがコツです。
「人権」という言葉も出てきます。「誰の人権ですか」と聞きたいところです。「橋下氏の人権です」と答えるはずです。「維新の会のメンバーの人権です」などとごまかせば、「具体的に誰ですか」とさらに質問します。

「発言を撤回しろ」という要求もあります。
もしかすると菅氏の発言は橋下氏への名誉棄損になるかもしれませんが、それは橋下氏が対処するべき問題で、維新が口出しすることではありません。
「この抗議文は、理由なく発言を撤回するよう求めている。これは言論の自由の否定だ」と言って、抗議文の撤回と謝罪を要求することができます。
維新の会が要求に応じなくても、ネチネチと追及すれば自然と優位に立てます。


こういう低レベルの争いをしていていいのかと思われるでしょう。
確かにその通りです。
根本的な原理の転換をしなければなりませんが、それについては「すべての思想を解体する究極の思想」を参照してください。

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立憲民主党ホームページより

立憲民主党代表に泉健太氏が選ばれました。
このまま自公政権が続けば日本は没落していくだけなので、野党第一党の立憲民主党にはがんばってもらわねばなりません。

前代表の枝野幸男氏は、10月の総選挙の公約にも「まっとうな政治」という言葉を挙げていました。
「まっとうな政治」というのは、立憲民主党が結成された2017年に枝野氏自身が言い出したものです。当時は安倍政権が安保法制や共謀罪法案をごり押ししていたので、それに対抗する意味がありました。
しかし、今は岸田政権に変わっていますし、「まっとうな政治」という言葉がアピールするのは、今の政治がまっとうでないと思っている人に対してだけです。
政治に興味がない若い人にとっては、「まっとうな政治って、なに当たり前のこと言ってるんだ」というだけのことでしょう。
枝野氏には“新規顧客”を獲得しようという意欲が感じられませんでした。


野党に対しては「反対ばかり」「批判ばかり」という批判があり、それに対して「賛成や政策提案もしている」とか「野党は政府を批判するのが仕事だ」という反論がありますが、どちらも的を外しています。
今までの野党は、表面的な批判ばかりで、核心をついた批判がありませんでした。そのため「批判ばかり」という印象になるのです。

たとえばコロナ対策において、PCR検査数がふえないとか、コロナ患者用の病床数がふえないという問題がありました。
これを批判するのが表面的な批判です。そんな批判なら誰でもできます。

PCR検査数やコロナ用病床数がふえないのは「目詰まり」などと説明されていましたが、おそらくは医師会や製薬会社や感染症専門家集団の利権があるのでしょう。そして、与党も利権でつながっているので、「目詰まり」を解消することができなかったのです。

こうした実態を解明するのは、本来はマスコミの役割ですが、今のマスコミは政府の痛いところをつく報道をしません。例外は週刊文春ぐらいです。
断片的なことは報道されます。たとえば去年の夏ごろですが、日本でPCR検査を大量に早く処理できる機械が開発されたが、なぜか日本では採用されず、外国に輸出しているというテレビの報道がありました。
日本で採用されないことについては、たぶんなにかの利権があるのでしょうが、そこは報道されません。

マスコミが追及しないのなら野党がするしかありません。
「調査報道」という言葉がありますが、野党がよく調査して「調査質問」をするわけです。
野党には調査権も捜査権もありませんが、そこはやる気と実力が試されるところです。

ちなみに共産党は調査力がすごくて、政権を揺るがすような事実をいくつも突きつけてきました。
立憲民主党も共産党に負けないぐらいに調査力を発揮しないといけません。

なお、政策提案型の野党になれという意見がありますが、政策提案で問題が解決するならもうとっくに解決しています。愚かな意見というしかありません(泉健太代表は「政策提案型を目指す野党は与党のシンクタンクでしかない」と言っていますが、的確です)。


それから、立憲民主党はもっと“思想闘争”をしないといけません。

野党はモリカケ桜問題の追及に力を入れてきました。国有地不当値引きとか虚偽答弁とか公文書改ざんとかは、決して小さな問題とは言えませんが、国の進路に関わるようなことではありません。そのため「批判ばかり」と感じる人もいたでしょう。
そして、検察が動かなかったので、すべての追及は無意味になってしまい、「嘘をつき通せばいいのだ」という風潮まで生まれました。
検察の判断も問題ですが、野党が「不正」の追及に焦点を当てたのも問題です。

森友問題は、教育勅語を暗唱させるような軍国主義教育を行う小学校設立に安倍首相が特別な援助を行ったのが発端です。
森友学園傘下の塚本幼稚園では、園児に軍歌を歌わせて整列行進させ、教育勅語や五箇条の御誓文を暗唱させ、水を飲む回数やトイレの回数を制限するなど(日本海軍で水を飲む回数を制限していたからだということです)、園児の発達を無視した教育を行っていました。また、運動会の選手宣誓で「安倍首相がんばれ」と言わせるなど、園児を政治利用していました。
野党は、こうした教育方針を支持した安倍首相を批判して、教育論議をするべきでした。
教育論議なら建設的なものになる可能性があるので、「批判ばかり」とは言われないでしょう。

軍国教育は徹底した管理教育です。リベラルは自由教育の立場ですから、そこで議論が起こって当然です。
教育問題には誰でも興味がありますから、立憲民主党は管理教育か自由教育かの議論を通して支持を拡大することができたはずです。

ところが、ブラック校則の問題にしても、これを追及しているのはもっぱら共産党で、立憲民主党の存在感はありません。


教育は国の根幹に関わる大問題ですから、政治家も大いに議論しなければなりません。
立憲民主党の泉健太代表は幹事長に西村智奈美氏を起用し、さらに執行役員の半数を女性にする方針を示して、「ジェンダー平等を具現化したい」と語りました。
これによって自民党との争点をつくるというのは正しい方針だと思いますが、もうひとつ、教育でも争点をつくるべきです。

ベストセラーとなっているブレイディみかこ著『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読むと、イギリスの中学校にはライフ・スキル教育ないしシティズンシップ・エデュケーションというものがあって、「子どもの権利を三つ書け」というような試験問題が出されるなど、子どもの権利について繰り返し教えられ、子どもの権利条約が制定された歴史的経緯なども教えられているということです。

日本も子どもの権利条約は批准しているのですが、学校で子どもが子どもの権利について学ぶということはほぼ皆無です。
日本の教育がだめなところは多々ありますが、そのいちばんの根幹は、子どもの権利が尊重されていないことです。
言い換えれば、子どもが尊重されていないのです。そのため子どもはもちろん若者の自己肯定感が低くなって、日本全体に元気がなくなっています。

子どもに自分の権利を教えることが教育改革の第一歩です。
幸い小中学校には「道徳科」が存在しているので、そこで教えることができます。
自民党は「子どもに権利など教えるとわがままになる」などと言って反対しそうですが、論争すれば権利尊重の側が勝つに決まっています。

ジェンダーとともに教育についても立憲民主党は論争を挑むべきです。
これはかりに票に結びつかなくても、日本をよくすることにつながります。


立憲民主党は外交力がまったくありません。これも支持が得られない大きな理由です。

鳩山政権のとき、普天間基地の辺野古移設を巡って迷走し、それが政権の大きなダメージになりましたが、その後、このことについて明確な反省が示されたことはありません。

10月の総選挙の公約にはこう書かれています。
○在日米軍基地問題については、抑止力を維持しつつ地元の基地負担軽減や日米地位協定の改定を進めます。
○沖縄の民意を尊重するとともに、軟弱地盤等の課題が明らかになった辺野古移設工事は中止します。その上で、沖縄の基地のあり方について見直し、米国に再交渉を求めます。
https://cdp-japan.jp/news/20211014_2344
辺野古移設工事の中止を言っていますが、鳩山政権のときとどう違うのでしょうか。
日米地位協定の改定も、これまでの政権にできなかったのに、立憲民主党政権になればどうしてできるようになるのでしょうか。
この公約を見ると、立憲民主党には政権を獲るつもりがないのだなと思えます。

これらはアメリカと交渉することですが、はっきり言って日本の交渉力はゼロです。
なぜかというと日米同盟を絶対化しているからです。
日本は同盟離脱カードを持たないと、対等な交渉ができません。
こんなことは交渉のイロハです。
ところがこれまでの日本外交は、「日米同盟は日本外交の基軸」と称し、安保条約を「不磨の大典」としてあがめてきたので、アメリカから離脱カードをちらつかされると、なんでも言うことを聞かざるをえませんでした。

冷戦時代は、日本は西側にいたいし、アメリカも日本に東側に行かれては困るので、双方は一致していました。
冷戦が終わると、「日米安保の再定義」ということが言われましたが、なにも議論がないまま日本は「北朝鮮の脅威」や「中国の軍拡」を理由に惰性で同盟関係を続けてきました。
そのためアメリカだけが離脱カードを手にして、日本は高い兵器を買わされたり、思いやり予算の増額を飲まされたりしてきたわけです。

私は『防衛費という「聖域」』において、防衛費を大幅に削減して、その分を文教科学振興費に回すことが日本経済回復の手っ取り早い処方箋だと述べましたが、アメリカは日本の防衛費削減を許さないでしょう。
日本経済のためにも対米自立は必要です。

しかし、今では日本人は心理的にもアメリカに依存するようになっているので、「日米基軸外交の見直し」などと口にしただけで日本人から猛批判を受けそうです。
ですから、当面野党として「対等の日米関係を構築する」といった立場から、政府の外交を批判するという作戦になるでしょう。

「子どもの人権」もそうですが、国民の意識を変えていくのも政党の重要な役割です。


以上のことをまとめると、立憲民主党の再生のためには、

1.表面的な批判でなく核心をついた批判
2.教育、人権、ジェンダーなどで争点づくり
3.対等な日米関係の模索

といったことが重要です。

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自民党公式ホームページより

10月4日、岸田文雄氏が100代目の内閣総理大臣に就任しました。

私は岸田氏によい印象も悪い印象もありませんでしたが、人事を見て一気にイメージダウンしました。
金銭スキャンダルで経済担当相を辞任したままなんの説明もしない甘利明氏を幹事長にしたのが最悪ですし、閣僚の顔ぶれを見渡しても、目玉になるような人が誰もいません。
岸田新首相は安倍元首相のあやつり人形だという説がありますが、人事を見ると、そうかもしれないという気がします。

マスコミの岸田内閣に関する世論調査も、毎日新聞は内閣支持率49%、不支持率40%、朝日新聞は支持率45%、不支持率20%、読売新聞は支持率56%、不支持率27%と、スタート直後にしてはパッとしません。

しかし、今からだめだと決めつけるのは早計です。
あえて岸田首相のいいところを探してみました。


岸田首相は「人の話をしっかりと聞く」ということを売りにしていますが、就任の記者会見を見ると、「しゃべるほうもしっかりしてるじゃないか」と思いました。言葉が明瞭で、力強さがあります。
もっとも、それは首相としては当たり前のことです。菅義偉前首相があまりにも「しゃべれない人」だったので、岸田首相がよく見えるだけです。
それにしても、国民に向かって語りかけることのできない人が1年間も首相を務めていたのですから、ひどい話です。

ですから、岸田首相は菅前首相を徹底批判して、違いを強調すれば、支持率はもっと上がったはずです。
もっとも、それができないのが岸田首相であり、自民党なのでしょう。


しゃべれるのは当たり前のこととして、私が評価したいのは、岸田首相には改憲への熱意があまりなさそうだということです。
岸田首相は総裁選のときに改憲を「重要な課題」と言いましたが、「やりたい」とは言いませんでした。政策パンフレットには「新しい時代の変化に対応した憲法改正を目指す」と書かれている程度です。

安倍元首相はきわめて改憲に熱心でしたが、第二次政権の7年半をかけてもついに達成できませんでした。
岸田首相が安倍元首相のあやつり人形だとしても、「熱意」まで人形に吹き込むことはできません。
いや、かりにできたとしても、安倍元首相と同じ程度の熱意ではやはり改憲はできないわけです。

総裁選の候補の中で、改憲に熱心なのは安倍元首相の支援を受けた高市早苗氏だけです。河野太郎氏も野田聖子氏もたいして熱心ではありません。
菅首相も改憲にはまったく興味がなかったので、不要不急の改憲問題は放置されました。

昔の自民党には中曾根康弘氏のように改憲に熱心な人がいくらでもいましたが、さすがに世代交代が進みました。
私は第一次安倍政権が終わったときに、もうこれで改憲(九条の改憲)は不可能になり、改憲問題は政治の世界から消えていくだろうと思いました。
ところが、安倍氏は奇跡の復活を遂げて、強力な政権を築いたために、改憲問題が復活しました。
しかし、結局それは一時的なことでした。


そもそも改憲問題とはなんでしょうか。
日本が戦争に負けたとき、「これで命が助かった。負けてよかった」と思った人たちもいますが、国家と一体感を持っていた人たちは、負けて心に痛手を負いました。
そのトラウマを解消するために、政治学者の白井聡氏は「敗戦の否認」をするのだと言っています。
占領下でつくられた戦後憲法は敗戦の象徴で、さらに九条は戦後憲法の象徴ですから、九条改正をすることで「敗戦の否認」をしようというわけです。

こうして、負けてよかったと思う人は九条を受け入れ、負けを認めたくない人は九条改正を主張して、これが戦後政治の最大の争点だったわけです。

改憲派というのは「戦後否定、戦前肯定」なので、慰安婦問題、徴用工問題、靖国参拝、教育勅語など、こだわるのはすべて戦前のことです。
戦後七十何年たって、さすがに国民も国会議員もこうした戦前のことにこだわりを持つ人は少なくなり、改憲問題はフェードアウトしつつあります。
安倍元首相の政治力が衰えれば、改憲問題は完全に消滅するでしょう。

そうすれば日本会議などの右翼やネトウヨなどは目標を失い、また護憲派も存在意義がなくなり、政治の世界から最大の争点がなくなります。


岸田首相は、そこに新たな争点を提起しました。
「令和版所得倍増計画」を掲げたのです。もちろん池田勇人首相の「所得倍増計画」をまねたものです。
池田首相は激しい60年安保闘争のあとに登場し、「所得倍増計画」によって政治の争点を安全保障から経済にシフトさせることに成功しました。
岸田首相がどこまで戦略的に考えているのかわかりませんが、改憲のようなイデオロギーに代わる争点として経済を提起したのだとすればたいしたものです。

もちろん所得倍増がうまくいくとは思えません。
岸田首相は成長戦略と分配戦略ということを言っていますが、成長戦略はこれまでずっとだめだったので、これからもだめでしょう。
とすると、問題は分配戦略です。岸田首相も「分配なくして成長なし」と言って、分配に軸足を置いています。
「新しい資本主義」とも言っています。新自由主義から転換して、格差社会を是正していくということのようです。もしかすると「社会主義的」という意味で「新しい資本主義」と言っているのかもしれません。

つまり岸田首相の経済政策は立憲民主党や共産党の政策を取り込んだものです。それによって選挙に勝利しようという戦略です。


しかし、そうはうまくいかないでしょう。
岸田首相は子育て世帯への住居費や教育費の支援、医療や介護、保育で働く人たちの賃金アップを言っていますが、これではただのバラマキで、財政赤字がふくらむだけです。

もっとも、岸田首相はその対策も言っています。それは金融所得課税の増税です。
富裕層に増税し、貧困層に分配するというなら筋は通っています。

問題はここです。
自民党が富裕層に増税できるでしょうか。
金融所得課税の増税には証券業界が強く反対して、エコノミスト、経済学者、マスコミなどを動かして反対の論陣を張りますし、自民党に巨額の献金をしている経済界も強く反対します。

岸田首相が反対を押し切って増税できればたいしたものですが、これまでのやり方を見ていると、とうていできそうにありません。
戦略はよくても実行力がないために政権運営に失敗する――という道を岸田首相はたどりそうです。


とはいえ、岸田首相が「分配」の問題を争点化したのは正しい方向です。

最近、「親ガチャ」という言葉が問題になっているのも、格差が拡大して、貧困層から上昇するのが困難になっているからです。
高市早苗氏は総裁選において、「結果の平等反対、機会の平等賛成」ということを主張しました。これがまさに新自由主義の発想です。人間は生まれ落ちたときに不平等であるという「親ガチャ」の現実を無視して、全員を同じ土俵で戦わせて、その結果を受け入れろというのです。

ところで、もともと「分配なくして成長なし」と言っていたのは立憲民主党の枝野幸男代表です。
枝野代表は、そうしたバラマキの財源はどうするのかと記者に聞かれて、「国債に決まっているではないですか」と答えていました。
富裕層への増税を実行できない点では岸田首相と同じかもしれません。


成長できればそれに越したことはありませんが、成長できないとなると、パイをどう分配するかが問題になります。
きたるべき総選挙ではそれが争点になるはずです。


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なにかとお騒がせの百田尚樹氏が、またもやらかしました。
正確には、やらかしたのは新潮社ですが、百田氏でなければ新潮社もこんなことはしないので、同じことです。

「リテラ」の記事から引用します。

始まりは10月4日夕方、新潮社のPR用ツイッターアカウントがこんな投稿をしたことだった。

〈百田尚樹の最新小説『夏の騎士』を
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#夏の騎士ヨイショ感想文 をつけて
感想をツイートして下さい。
※ネタバレは禁止
百田先生を気持ちよくさせた
20名の方に、ネットで使える
1万円分の図書カードを贈呈!
期間:10月25日23:59まで〉

 同時に、金色に塗られたドヤ顔の百田氏が上半身裸で図書カードと『夏の騎士』を持つキャンペーン画像もアップ。そこにも、「読書がすんだらヨイショせよ」「ヨイショ感想文求む」「百田尚樹の最新小説『夏の騎士』をほめちぎる読書感想文をツイートすると、図書カードが当たるビッグチャンス!」といった文言が並んでいた。

 ようするに、百田尚樹の小説をほめた人に賞品をあげるという、ツイッターを利用したプロモーション企画だ。
https://lite-ra.com/2019/10/post-5012.html
百田尚樹



新潮社はヨイショ感想文の見本も示していました。
例 1/4:王道は純粋なヨイショ
「国語の教科書にのせるべきだ」
読了後、最初に心に浮かんだ気持ちだ。
この作品は人生に必要なすべてを
おしみなく読者に与えてくれる。
知らぬ間に涙が頬をつたっていた。
「そうか。この本と出会うために、
僕は生まれてきたんだ。」〉

これが炎上して、すぐにキャンペーンは中止となりました。
嘘の読書感想文を書かせるということに、多くの人は抵抗感があるのでしょう。
それに、嘘の感想文を販売促進に利用するのではないかという疑念もあります。一応「ヨイショ感想文」とうたっても、勘違いする人も出てきます。

新潮社としては、最初から「ヨイショ感想文」といっているので、シャレの利いた企画としておもしろがってもらえると思ったのでしょう。
大喜利感覚で、ヨイショのうまさを競うというのはありそうです。
しかし、このケースでは、「夏の騎士」という本があって、リアルの世界とつながっているので、大喜利とは根本的に違います。
一般の人に嘘を書かせるのはモラルハザードにつながります。



私が気になったのは、百田氏はこの企画をどう思っていたのかということです。
もちろん百田氏はキャンペーンのすべてを理解して、金ピカ写真にも協力していました。

「お世辞とわかっていても、ほめられるとうれしい」とよく言います。
しかし、その言葉は、ほめられて喜んでいるときに、照れ隠しの意味で言うことが多いのではないでしょうか。
普通は「お世辞」といっても、そこにいくらかの真実はあります。
まるっきりのお世辞、見え透いたお世辞だと、ぜんぜんうれしくありませんし、むしろ不愉快になるものです。

この企画が実現していれば、百田氏のもとにはたくさんのヨイショ感想文か、選ばれた20のヨイショ感想文が届いたでしょう。それらはすべて1万円の図書カード目当てに書かれたものです。
普通はそんなものを読んでもうれしくありません。真実が書かれていると思うからこそ、ほめられてうれしいのです。
逆にこういう企画があると、真実のほめる感想文があっても、まぎれてわからなくなってしまいます。

しかし、百田氏はうれしいのでしょう。
少なくとも新潮社はそう判断してこの企画を始めたわけです。

嘘とわかっていてもヨイショされるとうれしいということは、嘘と真実の区分けに鈍感だということでもあります。
そう考えると、百田氏の書いたものもわかってきます。

百田氏は2014年に、やしきたかじん氏のことを描いた「殉愛」を出版しました。これは「純愛ノンフィクション」をうたっていましたが、内容に多数の虚偽があるために「ノンフィクションといえるのか」という声が上がり、たかじん氏の長女とたかじん氏の元マネージャーから訴訟を起こされ、どちらも百田氏に損害賠償金の支払いを命じる判決が下っています。
これなど百田氏がフィクションとノンフィクションの区別に鈍感である証拠でしょう。

百田氏が昨年出版した「日本国紀」は、「日本通史の決定版」「壮大なる叙事詩」とうたわれましたが、参考文献が十分に示されていないとか、ウィキペディアからのコピペがあるとかの批判があり、「歴史書といえるのか」と言われました。
この本は日本をヨイショしたもので、百田氏としては日本をヨイショするのだから嘘でもいいという感覚なのでしょう。


こうした体質は百田氏だけのものではありません。
それは「日本国紀」がベストセラーになったことを見てもわかります。
嘘でもヨイショされるとうれしいという人がかなりいるのです。

今年1月、「米国のフェイスブックユーザーについて、フェイクニュースをシェアする傾向が高いのは若年層よりも65歳以上、リベラル派よりも保守派のユーザーだとする米大の調査論文が米科学誌サイエンス・アドバンシズに掲載された」というニュースがありました。

「65歳以上と保守派はフェイクニュースをシェアしがち、米大研究」

保守派がフェイクニュースを好むということは、歴史修正主義がもっぱら保守派によって担われてきたことを見てもわかります。
嘘でも自国がヨイショされるとうれしい――ということでしょう。

こういう人は噓を好む――というと言いすぎです。
噓か真実かよりも、自分が気持ちいいか悪いかを優先し、結果的に噓を選んでしまうわけです。

新潮社と百田氏が巻き起こした今回の炎上騒動から学ぶべき教訓は、世の中には嘘でもいいから気持ちよくなりたいという人がいて、そういう人は世の中に嘘を広げるということです。

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韓国・ソウル・景福宮の興礼門

近ごろのマスコミは韓国ネタばかりで、“嫌韓フィーバー”とか“嫌韓バブル”といえる状況です。
おかげでいろんなバカがあぶり出されています。

中でもいちばんのおバカは、ワイドショーのコメンテーターの武田邦彦中部大学教授でしょう。
8月27日のTBS系「ゴゴスマ」において、ソウルを旅行中の日本人女性が韓国人男性に暴行された事件に関連して、大阪で韓国人観光客が激減という話題になると、「そりゃあ日本男子も韓国女性が入ってきたら暴行しなけりゃいかんからね」と発言して非難が集中、3日後に番組は「ゴゴスマとしては、ヘイトや犯罪の助長を容認することは出来ません。番組をご覧になって不快な思いをされた方々にお詫び致しますと」と謝罪しました。

同じく「ゴゴスマ」において29日に、東国原英夫氏がゲストである韓国人の金慶珠東海大学教授に対して、金教授が「あの……」と話をさえぎろうとした瞬間、「黙って、お前は! 黙っとけ!この野郎。喋りすぎだよ、お前!」と暴言を吐きました。

そして、「週刊ポスト」(9月13日号)は『「嫌韓」ではなく「断韓」だ 厄介な隣人にサヨウナラ 韓国なんて要らない』という特集をし、その中に『「10人に1人は治療が必要」(大韓神経精神医学会)──怒りを抑制できない「韓国人という病理」』などもあり、ヘイトスピーチそのものと批判が集中しました。

「N国」の丸山穂高議員は、韓国の国会議員団が竹島に上陸したことに関して、こりずにツイッターに「戦争で取り返すしかないんじゃないですか?」と投稿しました。

こうした動きの背後に安倍政権の扇動があるのは明らかです。
河野太郎外務大臣は、7月19日、徴用工訴訟をめぐって南官杓駐日韓国大使を外務省に呼び出したとき、カメラの前で儀礼的な対面をする場面で、大使の発言をさえぎって、「ちょっと待ってください。韓国側の提案はまったく受け入れられるものでない。極めて無礼でございます」と、きわめて無礼なふるまいをしました。ちょうど日本は参院選の最中で、選挙目当てのパフォーマンスでしたが、誰もそのことは指摘しませんでした。


こういうおバカな発言を羅列してもきりがないので、その背後にあるものをさぐってみます。

たとえば丸山議員の「戦争で取り返す」発言ですが、同じことを北方領土に関して言ったときは大きな批判が起こりましたが、竹島に関してはそれほどでもありません。
もちろん二度目だということもありますが、ロシアと韓国の違いも大きいと思います。
ロシアと日本は、いまだに平和条約が締結されず、冷戦時代は互いに仮想敵国でしたから、「戦争」という言葉に敏感にならざるをえません。しかし、韓国と日本は、アメリカをはさんで準同盟関係にあるので、戦争が起こることはまずありえません。
つまり日韓はいくら仲が悪くなっても戦争にならないという安心感が、嫌韓の歯止めをなくしているのです。

それから、GDPで韓国は日本の三分の一程度です。両国が経済戦争のようなことになっても、日本が圧倒的に有利です。そうした安心感もあると思われます。

自分は安全な位置にいて、弱い相手にいやがらせをするというのが今の日本の嫌韓派の人たちで、卑劣というしかありません。
いや、もしかすると自己評価が低くて、日本を韓国と同格と見ているのかもしれません。
自己評価が低くなるのは、安倍外交のせいです。
安倍外交は、アメリカには徹底的に従属し、ロシアとはまともな交渉はできず、中国には中国包囲網づくりは諦めてすり寄り、北朝鮮にもトランプ大統領の方針に従って対話路線になっています。
とすると、日本が強硬な態度を取れるのは韓国だけということになり、他国に卑屈になる分、韓国に威丈高になります。


それから、根本的なことはやはり歴史認識の問題です。
韓国に対する植民地支配を反省するのか否かを、日本の保守派や右翼はごまかし続けてきました。

たとえば保守派は、日本の戦争のおかげで東南アジアは欧米の殖民地支配から解放されたと言いながら、中国や朝鮮への植民地支配は正当化するという二枚舌を使います。
日本を悪者として裁いた東京裁判史観はけしからんと主張しますが、この主張は日本国内だけで、外国に対して発信することはありません。

保守派は「何度謝っても許してもらえない」と言いますが、こういう人に限って一度も謝っていません。
村山談話の村山富市元首相や河野談話の河野洋平元官房長官に対して、韓国人などが「もっと謝れ」と言うことはありません。一度きちんと謝ったからです。
一度も謝らない人や口先だけで謝る人がいるので、いつまでも「謝れ」と言われてしまいます。

中でも悪質なのが、安倍首相です。
安倍首相は村山談話や河野談話を継承すると言いながら、その中にある「お詫びと反省の気持ち」は口にしません。
安倍首相は日韓合意において、「お詫びと反省の気持ち」を表明しましたが、これは当時の岸田文雄外相が読み上げただけで、安倍首相の口から語られたわけではありません。
安倍首相個人のこういう姑息なごまかしが日韓関係悪化の根本原因です。

つけ加えると、安倍首相は徴用工問題について「国と国との約束を守ってもらいたい」と繰り返していますが、徴用工問題は韓国人個人が韓国内の日本企業に対して補償を求めた訴訟ですから、問題をすり替えています。

そして、このような歴史認識の根本問題は、日本が欧米の植民地支配に対してなんの抗議もしないことにあります。
日本の植民地主義は欧米の植民地主義をまねただけなのですから、日本だけが謝罪するのはおかしなことです。
まず欧米がみずからの植民地主義を謝罪すれば、日本も素直な気持ちで謝罪ができるはずです。

ところが、日本の保守派は欧米コンプレックスが強すぎるためか、欧米に対して植民地主義を謝罪しろと言いません。
その代わりに韓国や中国に対して謝罪しないという横柄な態度を取り、関係がこじれます。

日本が植民地主義をグローバルな観点からとらえることができれば、「嫌韓バカ」から脱出することもできるはずです。
それには日本が欧米コンプレックスから抜け出し、欧米と対等の立場に立たなければなりません。

安倍首相によるトランプ大統領の“おもてなし”ぶりは涙ぐましいほどでした。
それがトランプ氏の譲歩を引き出して、通商交渉が有利に進むなら、やった意味はありますが、トランプ氏はまったく譲歩する気配はありません。逆にトランプ氏は「日本は新型戦闘機F35105機購入する意向を示してくれた。日本はF35を最も多く保有する同盟国になる」と自分の成果を誇示しました。安倍首相のほうが譲歩しているのです。
 
いや、トランプ氏はツイッターで通商交渉について「7月の選挙まで待つ」と言って、参院選を控える安倍首相に配慮しました。これは安倍首相がトランプ氏の譲歩を引き出したといえます。
しかし、これは日本の国益とは関係ありません。安倍首相の政権維持のためです。
 
安倍首相においては、国益は二の次、三の次です。
安倍首相は「トランプ大統領とは完全に一致しました」とか「日米は完全に一致しました」ということを繰り返し言っています。
「アメリカファースト」を掲げるトランプ大統領と「完全に一致」したら、安倍首相は「アメリカファースト」を受け入れたということになります。
 
ということは、安倍首相においては、アメリカ第一、自分第二、日本第三という順番になると思われます。
 
安倍首相だけでなく、日本の保守や右翼はほとんどが「アメリカファースト」です。
 
たとえば、トランプ氏が大相撲を観戦して退場する際、近くの升席にいた作家の門田隆将氏、評論家の金美齢氏、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と握手するシーンがテレビに映り、この3人は安倍首相のお友だちと見られるだけに、「コネを使ってトランプと握手した」とか「安倍首相のお友だち優先」とかの批判の声が上がりました。
 
それに対して門田氏は、升席は自費で確保したものだとブログで反論しています。
 
 
産経新聞がトランプ氏の大相撲観戦の予定をスクープしたのは、4月12日朝刊だった。記事を見た私は、即座にコミッションドクターとしてボクシング界やプロレス界といった格闘技界、あるいは自身が慈恵医大の相撲部だったこともあり、大相撲界にも広い人脈を持つ旧知の富家孝医師にすぐ連絡し、マス席を確保してもらった。
さすがに普段より値段が高く、かなりの金額だった。私は富家氏と相談し、いつもお世話になっている金美齢さん、櫻井よしこさんのお二人をご招待することにしたのだ。
マス席は西方だったが、通路のすぐ横だった。それはトランプ氏らが出入りする通路。朝乃山関への表彰が終わって退場する時、思わず、4人が「Mr.President!」と声をかけるとトランプ氏がニコニコしながら近づいてきて、金美齢さんと握手をしてくれた。
私も手を出すと、大きな手でぐっと握ってきた。カサカサしていて、アスリートのような手だった。私は、野球選手の手のようだと思ったが、考えたらトランプ氏はゴルフの腕前がシングルなので、それはゴルフ選手の手だったのだろう。私のあと櫻井さんも握手したが、富家氏だけがしそびれてしまった。
 
 
まるで偶然握手できたかのようですが、一般人との接触はSPが止めるはずで、やはり仕組まれていたものではないでしょうか。
 
いずれにしても、門田隆将、金美齢、櫻井よしこという日本の保守を代表する論客が、わざわざトランプ氏のくる日に大相撲観戦に行き、自分から手を出してトランプ氏と握手したのは事実です。
まるでアイドルのファンのような行動です。
日本の保守にとってトランプ氏は崇拝の対象であるようです。
 
安倍首相がいくらアメリカから戦闘機を買っても保守や右翼から批判の声は上がりません。辺野古埋め立てにも保守や右翼は賛成です。
 
「親米右翼」や「親米保守」という言葉がありますが、「売国右翼」や「売国保守」といったほうが適切です。
 
少なくともトランプ氏と握手して喜んでいるような人間は、右翼とも保守とも言えません

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