
日本はかつて一人当たりGDPが世界2位でしたが、今では40位になり、韓国にも抜かれました。
日本は貧しくなっただけではありません。元気もなくなりました。
年寄りに元気がないのは当たり前ですが、若者に元気がありません。
若者にチャレンジ精神がなく、創造性がありません。それが日本経済がだめになった大きな理由ではないかと思います。
なぜ若者に元気がないのかというと、主に学校教育のせいです。
1960年代末、大学で全共闘運動が盛んだったころ、高校でも政治活動が盛んになり、校内で集会を開いたり授業妨害をしたりなどが相次いだため、文部省は1969年に高校生の政治活動を全面的に禁止する通知を出しました。
ここから文部省はどんどん管理教育を強めていきます。その背後には高校生が左翼的になることを警戒する自民党がありました。
70年代後半から主に中学校で「校内暴力」が吹き荒れました。
80年代半ばには校内暴力は収まってきましたが、そのころから小学校で「学級崩壊」が始まりました。子どもが教室内で動き回ったり私語をしたりして授業が成立しない状況が生まれたのです。
しかし、「学級崩壊」もやがて沈静化しました。
文部省が管理教育を強化すると、生徒は反抗します。文部省はさらに管理を強化して、反抗を制圧しました。高校生、中学生、小学生と反抗を制圧し、今は管理教育がうまくいっているように見えます。
しかし、学校内のいじめの件数は増え続けました。2024年の文科省調査によると、いじめの認知件数は73万2568件(対前年で5万620件増)となり、過去最多となりました。
また、不登校も増え続けています。文部科学省の2024年度調査によると、小・中学校における不登校児童生徒数は過去最多の35万3970人(対前年で7488人増)となり、やはり過去最多でした。
2025年の日本の自殺者総数(暫定値)は1万9097人で、1978年の統計開始以来、最少でした。しかし、小中高生は532人で、過去最多を更新しました。
子どもの数はへり続けているのに、いじめ件数、不登校児童生徒数、小中高生の自殺者数は増え続けるという異常事態です。
少なくとも近代学校教育が始まってから、おとなはつねに子どもに抑圧的で、子どもはつねにおとなに反抗的でした。
抑圧されれば反抗するのは当たり前です。
ところが、最近の日本の子どもはほとんど反抗しません。
日本の学校には理不尽な校則がいっぱいありますが、子どもは理不尽な校則に従っています。
よほど抑圧の力が強いのです。
抑圧が強まった主な原因は入試制度の改革です。高校受験と大学受験で内申書重視が行われ、推薦入学枠が拡大しました。そのため教師の権限が拡大したのです。昔は教師ににらまれても入学試験でいい点を取りさえすれば希望するところに進学できましたが、今は教師ににらまれると進学が不利になるので、教師に反抗的な態度を取ることができません。
その結果、子どもの中にストレスがたまって、いじめ、不登校、自殺が蔓延したのです。
こんな学校生活を送ったら、チャレンジ精神も創造性もなくなってしまうのは当然です。
文科省と自民党の教育思想はどんなものでしょうか。
それは道徳の教科書に表れています。
道徳の教科化は、小学校で2018年度、中学校で2019年度から実施され、教科書会社が道徳の教科書をつくるようになりました。
それ以前は、道徳の授業で使われるのは教科書ではなく副読本という位置づけでした。そして、文科省が『私たちの道徳』という副読本をつくり、全国に配布していました。これは「文科省のつくった教科書」というべきもので、そこに文科省の教育思想が表れています。
「私たちの道徳 小学校5・6年」を取り上げてみました。
「(3)自律的で責任ある行動を」という項目にはこんなことが書かれています。
※自由とは、何もしないで楽をするということだろうか。「自分で考えるのは面倒だから、だれかがやるのを待っていよう」「毎日好きなことだけをして過ごそう」「家の手伝いをしないで、お世話をしてもらって楽をしよう」だれかがしてくれることにあまえて、楽をする。
それが、自由ということだろうか。
好きな物を※
好きなときに
食べる。
買いたい物を
買いたいだけ
買う。
したいことをして
楽しく遊ぶ。
自由って
こういうこと
なのだろうか。
その自由は、まるで自由がよくないことのように書かれています。
自分自身を駄目にしていないか。
その自由は、
他人のめいわくになっていないか。
人間は自由になると、食べすぎたり、買いすぎたり、他人に迷惑をかけたり、家の手伝いをしなくなったりするのではないかという不信感が表現されています。
したがって、管理教育が肯定されるわけです。
このあと「自由だからこそ大切にしなければならないことがある」として、「責任」や「自律」について書かれています。
これを読んだ子どもは「自由というのは面倒なものだなあ」という感想を持つのではないでしょうか。
子どもが「自由を我らに」などと言い出さないように工夫されているのです。
ここには「人間は自由になると堕落する」という人間性悪説があります。
こういう教育を受けた子どもは、自分で自分が信じられなくなります。
各国の子どもを比較した調査によると、日本の子どもは自己肯定感が低いという結果が出ています(「日本の子ども・若者の幸福度と自己肯定感~データで見る現状と課題~」)。
これではチャレンジ精神も創造性も出てきません。
子どもの自己肯定感を高めるには、子どもを信じた教育をすればいいのです。
子どもを管理せず、自由に好きなことをさせます。そうすれば積極性も創造性も出てきます。
子どもを信じないということは自分を信じないということで、論理的な矛盾があり、間違った考えです。
道徳が教科化されてから、『私たちの道徳』は廃止され、教科書会社のつくった検定済みの教科書が採択されるようになりました。
しかし、その内容は基本的に変わりません。
小学校の道徳の教科書すべてに採用された「かぼちゃのつる」という話があります。どんな話かと調べてみると、まさに子どもの元気をなくすような話でした。このことは『「かぼちゃのつる」の指導法』という記事に書きました。
長年の自民党の教育によって、日本の若者はすっかりスポイルされてしまいました。
自分が理不尽な校則を守らされてきたので、ルールを守らない他人が許せず、互いに細かいことで束縛し合います。そのため、日本人はマナーがいいなどと外国人からほめられたりしますが、自由な発想ができないという弱点があります。
日本を立て直すには、教育改革と同時に日本人の意識改革もしなければなりません。













