村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

カテゴリ: 躾か虐待か

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1月16日に静岡県牧之原市で13歳(中学1年生)の少女が実の母を刃物で数か所刺して殺害するという事件が起きました。
文春オンラインの記事には「トラブルの発端は、スマホでのSNSの使い過ぎを母親から注意されたことだったようです。母親が激しく娘を叱責し口論になった後、娘は母親が寝ている時間帯に部屋に入り、犯行に及んだとみられています」と書かれています。

スマホやゲームについては、どこまで子どもに使わせていいのか悩んでいる親が少なくないでしょう。スマホのトラブルだけが事件の原因ととらえるのは単純すぎますが、この事件をきっかけに子どものスマホやゲームの使い方について議論が起こるかと思いました。

「スマホ脳」「ゲーム脳」という言葉があって、スマホやゲームのやりすぎはよくないという説がありますが、一方で、「テレビゲームで遊ぶ子供は認知能力が向上…長期的な影響は不明」という記事に示されているように、テレビゲームをよくする子どもはほとんどしない子どもより認知能力テストで高い成績を示したというデータもあります。
常識的に考えても、夢中でゲームをすれば脳は鍛えられるはずです。
将棋の藤井聡太五冠は5歳で将棋を覚え、それからずっと将棋漬けで“将棋脳”になっているはずですが、まともに育っているように見えます。
スマホについても、ITスキルは今後絶対必要になるので、小さいころから使いこなしていたほうが有利に決まっています。

私の考えでは、ドラッグやアルコールなど体に悪いものは別ですが、人間は基本的にやりたいことをやって悪いことにはなりません。ゲームかなにかに夢中になれば、いずれ飽きて関心はほかに移っていきますし、いつまでも夢中であるなら、それはそれで道が開けます。やりたいことを止められると、ほかのことにも集中できなくなります。

もちろんほかの考え方もあるでしょうから、議論すればいいことです。
ところが、そうした議論はほとんど起きていません。
ネットの書き込みなどには、「子育てに正解はない」「家庭ごとに違ったやり方があっていい」といったものがほとんどです。

つまり今は、教育に関しては親の裁量権が広く認められています。
では、その教育の結果の責任は誰が負うのでしょうか。


刑法の規定では14歳未満の子どもには刑事責任が問えないので、今回の13歳の少女も刑事罰が科されることはなく、今後は家庭裁判所が少女を少年院か児童自立支援施設に送致するか保護観察処分にすることになると思われます。
昔は16歳未満は刑事責任が問えないとなっていたのですが、1997年にいわゆる酒鬼薔薇事件が起きて厳罰化を求める世論が高まり、少年法改正によって14歳未満となりました。
しかし、13歳による殺人が起きたわけです。

少年に刑事罰を科さないのは、少年は更生しやすいので、罰よりも教育や保護のほうが効果的だということからです。
しかし、おとなは罰されるのに少年は罰されないのはおかしいと考える人もいます。それに、刑事責任年齢が14歳となっていることにも根拠がありません。
少年の刑事罰の問題は論理的にすっきりしません。
なぜすっきりしないかというと、たいせつなことがすっぽりと抜け落ちているからです。
それは「おとなの責任」です。

13歳、14歳の子どもといえば、親または親の代理人の完全な保護監督下に置かれ、教育・しつけを受けていて、さらに教師による教育も受けています。もしその子どもが犯罪やなにかの問題行動を起こしたら、親と教師に責任があると考えるのが普通です。
ですから、子どもの責任を問わない分、おとなの責任を問うことにすれば、論理的にすっきりします。
まともな親なら「この子に罪はない。代わりに私を罰してくれ」と言うものです。

ところが、今の世の中は「おとなの責任」は問わないことになっています。
13歳の少女の場合も、母親がスマホの使いすぎを注意したことの是非を論じると母親の責任を問うことになりそうですから、そういう議論自体が封じられています。

このケースは母親が亡くなっているので、母親の責任を問う意味がないともいえますが、亡くなっていないケースでも同じです。

酒鬼薔薇事件の場合は、少年Aは両親(とくに母親)にきびしくしつけされていましたが、マスコミは両親の責任をまったく追及しませんでした。両親が弁解を書き連ねた『「少年A」この子を生んで』という本を出版しても、それをそのまま受け入れました。

昨年1月15日、大学入学共通テストの日、試験会場となった東大前の路上で17歳の少年が刃物で3人に切りつけて負傷させるという事件がありました。少年は愛知県の名門高校に通う2年生で、犯行時に「東大」や「偏差値」という言葉を叫んでいました。親や学校が少年に受験のプレッシャーを過剰に与えていたのではないかと想像されますが、やはりそうしたことは追及されませんでした。

マスコミは「子どもは親と別人格」という論理を用いて、事件を起こした少年への批判が親に向かわないようにしています。
しかし、そういう論理が通用するのは社会の表面だけです。水面下では親のプライバシーをあばいて、人格攻撃する動きが活発に展開されます。

私が「おとなの責任」をいうのは、親への人格攻撃を勧めているのではありません。
親が子どもにどういう教育をしたかを明らかにして、ほかの親の参考になるようにすることを目指しています。


「おとなの責任」をないことにするのは、学校のいじめ問題にも表れています。

『「法律」でいじめを見ると…弁護士が小学生に出張授業 認識変わるきっかけに【鹿児島発】』という記事において、弁護士が小学生に対して『「いじめ」は、一つ一つの行動を取って見ると、実はそれを大人がやったら犯罪になる行為。たたいたり蹴ったりする行為は、「暴行罪」という犯罪になります』と言うと、小学生はいじめの重大性を認識して真剣な表情になったなどと書かれています。
しかし、弁護士なら「おとながしたら暴行罪という犯罪になる行為も、子どもがしたら犯罪になりません。なぜでしょうか。それは、おとながあなたたち子どもをたいせつにしたいと思うからです」とでも言うべきです。

そもそもは弁護士が子どもに対して出張授業をするのが間違っているのです。同じするなら親と教師に対してするべきです。
親や教師に向かって「おとながしたら暴行罪という犯罪になる行為も、子どもがしたら犯罪になりません。なぜでしょうか。それは、あなたたち親や教師に責任があるからです」と言えば、親や教師の意識が改善され、いじめ防止にもつながるかもしれません。
いじめというのは、学校という檻の中で起こるのですから、檻の設置及び管理をする文科省、教師、親に責任があります。


しかし、おとなは「おとなの責任」を認めたくないので、あの手この手でごまかしをします。
たとえばひろゆき氏は1月19日に次のようなツイートをしました。

人間だけでなくイルカやカラスなどの動物もイジメをします。大人でもイジメはあります。
「イジメを無くそう」という綺麗事は、イジメられてる子には無意味です。
綺麗事ではない現実的な解決策を大人は伝えるべきだと思うんですよね。

イルカやカラスのいじめがどういう状況のことをいっているのかよくわかりませんが、おとな社会のいじめと学校のいじめは数がまったく違います。
2021年度の小中高校などにおけるいじめの認知件数は61万5,351件と過去最多となりましたが、この数字もすべてとはいえません。一般社会でのいじめの件数の調査はありませんが、会社でのいじめが学校でのいじめより少ないのは明らかです。若いタレントさんがデビューまでのいきさつを語るのをテレビで見ていると、みな判で押したように学校でいじめられていたと言います(少なくとも8割ぐらいは言います。私個人の感想ですが)。また、同窓会に行くと自分をいじめた人と会うので行きたくないという声をけっこ聞きますが、こういう人は社会ではいじめにあっていないのでしょう。

ひろゆき氏はさらに次のようにツイートしました。

フランスは「イジメをする人に問題がある」と考え、加害者側がクラスを変えられたりします。
日本は被害者が学校を変える事を勧められたり、中学の校長が自殺した子に
「イジメはなかった。彼女の中には以前から死にたいって気持ちがあったんだと思います」と責任転嫁。


加害者がクラスを変えるのでは、新しいクラスでいじめをするだけではないかという疑問はさて置いて、ひろゆき氏は「イジメをする人に問題がある」というフランス式の考えに賛同して、いじめをする子どもに責任を負わせています。校長も批判していますが、これはいじめをする子どもに責任を負わせないことを批判しているのです。
いじめをする子どもに責任を負わせれば、「おとなの責任」はないことになります。

親や教師は「いじめはよくない」ということを教えているはずです。それでいじめが起これば、教え方が悪かったわけで、教えた者の責任が問われるべきです。

「特別の教科道徳」が小学校では2018年度から、中学校では2019年度から実施され、文科省の「小学校学習指導要領解説」に「今回の道徳教育の改善に関する議論の発端となったのは,いじめの問題への対応であり,児童がこうした現実の困難な問題に主体的に対処することのできる実効性ある力を育成していく上で,道徳教育も大きな役割を果たすことが強く求められた」と書かれているように、道徳教育の大きなねらいはいじめの防止でした。
ところが、いじめの認知件数は過去最高を更新したわけです。
明らかに道徳教育の失敗ですが、誰も責任を取ろうとしません。いや、責任を問う声すら上がりません。おとなはみな「おとなの責任」をないことにしたいのです。

いじめ発生の原因は明白です。
学校生活は、長時間の退屈な授業と無意味な規律の強制で檻の中で生活しているも同然です。
ニワトリは限度を越えた狭いケージで飼われると、ストレスから互いの体をつつき合って、弱い個体は全身の羽根を抜かれてしまいます。
学校のいじめもそれと同じです。どちらがいじめているかはたいした問題ではありません。

ですから、いじめ対策としては、一斉授業から個別授業へ、無意味な規則の廃止といったことが重要です。

家庭でのストレスも学校でのいじめの原因になります。
たとえばスマホやゲームを禁止されることもストレスです。
親が子どものスマホやゲームを禁止するなら、ちゃんと理由を示して子どもを納得させなければなりません。
今回の13歳の少女の事件については、そこが欠けていたかと思われます。


子どもが納得しないことを親が強制するのは、今は普通に行われていますが、いずれ親によるパワハラと認定されるでしょう。
昔は当たり前とされた親による体罰が今は虐待と認定されるのと同じことです。
これからは「おとなの責任」が問われる社会になるはずです。

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家庭で虐待された少女の支援活動をしている一般社団法人「Colabo」の会計に不適切なところがあると指摘されたことがきっかけで、ネット上で大きな騒ぎになっています。
都に住民監査請求をしてこの問題に火をつけた「暇空茜」を名乗る人物はインタビュー記事で「もはやこれはネット界における『大戦』です。ロシアとウクライナの戦争と同じで、話し合いなど通用しない」と言いました。

Colaboには東京都が21年度に2600万円の支援金を支出しているので、公金の問題であるのは事実です。しかし、上のインタビュー記事を見てもわかりますが、不適切な支出といってもそれほどのことではありませんし、そもそも一社団法人の問題です。それがなぜ大騒ぎになるのでしょうか。


家庭で虐待されて逃げ出した少女は、そのままだと犯罪の被害者になりかねません。Colaboはとりあえず少女を救う小規模なボランティア活動から始まりました。
ボランティア活動や慈善活動などをする人は、とりわけネットの世界では「偽善」とか「売名」とかの非難を浴びせられます。若いころから被災者援助や刑務所慰問などをしてきた杉良太郎氏などは、あまりにも非難されるので、自分から「偽善で売名ですよ」などと開き直っています。
ですから、もともとColaboを「偽善」だと非難したい人たちがいて、会計不正疑惑が生じたことで一気に表面化したということがあるでしょう。

それから、Colabo代表の仁藤夢乃氏はメディアに登場することも多く、フェミニスト活動家と見なされていて、Colaboを支援する人たちもフェミニストが多いようです。
それに、Colaboが援助の対象とするのは少女だけです。
こうしたことから男とすれば、フェミニストたちが勝手なことをやっているという印象になるのかもしれません。

しかし、救済するべき少年少女は多数いて、Colaboの力は限られていますから、救済の対象を限定するのはしかたないことです。
むしろ問題は、少年を救済するColaboのような組織がないことです。

フェミニズムというと、どうしても男対女ということになりますが、Colaboの活動は子どもを救済することですから、おとな対子どもととらえるべきです。
そして、おとな対子どもには大きな問題があります。


日本の自殺は全体として減少傾向ですが、子どもの自殺は増加傾向で、とりわけ2020年度の全国の小学校、中学校、高校の児童生徒の自殺は415人と、19年度の317人と比べて31%の大幅な増加となりました。
子どもの自殺というと、学校でのいじめが自殺の原因だというケースをマスコミは大きく取り上げますが、実際はいじめが原因の自殺はごく少数です。
自殺の原因の多くは家庭にあります。コロナ禍で休校やリモート授業が増えた中で自殺が増えていることからもそれがわかるでしょう。

家庭で虐待された子どもは家出やプチ家出をします。児童養護施設などはなかなか対応してくれませんし、子どももお役所的な対応を嫌います。
泊まるところのない少女は“神待ち”などをして犯罪被害にあい、少年は盛り場をうろついて不良グループに引き込まれ、犯罪者への道をたどるというのがありがちなことですし、中には自殺する子どももいます。
ですから、子どもの自殺を防ぐには、虐待されて家庭にいられない子どもの居場所をつくる必要があります。私は「子ども食堂」があるように「子ども宿泊所」がいたるところにあって、家で煮詰まった子どもが気軽に泊まれるようになっていればいいと考えました。そうすればとりあえず自殺は防げますし、深刻な状況の子どもを宿泊所を通して行政の福祉につなげることもできます。そういうことを、私は「子どもの自殺を防ぐ最善の方法」という記事で書きました。

そのとき調べたら、家出した子どもに居場所を提供する活動をしているのはColaboぐらいしかありませんでした。ほかにないこともないでしょうが、少なくともColaboは先駆者であり、圧倒的に存在感がありました。

ですから、Colaboみたいな組織がもっともっと必要なのです。
Colabo批判は方向が逆です。


ところが、「家庭で虐待された子どもを救済する」ということに反対し、足を引っ張ろうとする人がいます。
どんな人かというと、要するに家庭で子どもを虐待している親です。

幼児虐待というと、マスコミが取り上げるのは子どもが親に虐待されて死んだとか重傷を負ったといった事件だけです。
こうした事件は氷山の一角で、死亡や重傷に至らないような虐待は多数あります。
2020年度に全国の児童相談所が相談対応した件数は約20万5000件でした。しかし、この数字もまだまだ氷山の一角です。

博報堂生活総合研究所は子どもの変化を十年ごとに調査しており、2017年に発表された「こども二十年変化」によると、「お母さんにぶたれたことがある」が48.6%、「お父さんにぶたれたことがある」が38.4%でした(小学4年生から中学2年生の男女800人対象)。その十年前は、「お母さんにぶたれたことがある」が71.4%、「お父さんにぶたれたことがある」が58.8%で、さらにその十年前は「お母さんにぶたれたことがある」が79.5%、「お父さんにぶたれたことがある」が69.8%でした。つまり昔はほとんどの子どもが親から身体的虐待を受けていたのです。

最近は体罰批判が強まり、身体的虐待はへってきましたが、心理的虐待はどうでしょうか。
心理的虐待は客観的判断がむずかしいので、アンケートの数字で示すことはできません。
子育てのアドバイスでよくあるのは「叱るのではなく、ほめましょう」というものです。また、子育ての悩みでよくあるのが「毎日子どもを叱ってばかりいます。よくないと思うのですが、やめられません」というものです。
こうしたことから子どもを叱りすぎる親が多いと思われます。
きびしい叱責、日常的な叱責は心理的虐待です。

これまでは体罰もきびしい叱責も当たり前のこととされ、幼児虐待とは認識されませんでした。
ですから、家出した子どもは警察が家庭に連れ戻しましたし、盛り場をうろついている子どもは少年補導員がやはり家庭に連れ戻しました。
社会全体で虐待の手助けをしていたわけです。

そうしたところにColaboが登場し、虐待された子どもを虐待された子どもとして扱うようになりました。
これは画期的なことでした。
そして、虐待していた親にとっては不都合なことでした。
これまでは虐待した子どもが家から逃げ出してもすぐに連れ戻されて、なにごともなかったのに、今は逃げ出した子どもはどこかで保護され、子どもが逃げ出したのは家庭で虐待されからだとされるようになったからです。
ですから、虐待している親、虐待を虐待と思っていない人たちは前からColaboに批判的で、会計不正疑惑をきっかけにそういう人たちがいっせいに声を上げたというわけです。


虐待のある家庭を擁護する勢力の代表的なものは統一教会(現・世界平和統一家庭連合)です。
統一教会の信者の家庭の多くは崩壊状態で、子どもには信仰の強制という虐待が行われています。しかし、創始者の文鮮明が「家庭は、神が創造した最高の組織です」と言ったように「家庭をたいせつにする」ということが重要な教義になっていて、最近は家庭教育支援法の制定に力を入れています。
「家庭をたいせつにする」という点では自民党も同じで、安倍晋三元首相も家庭教育支援法の制定を目指していました。
統一教会や自民党にとっての「家庭」というのは、親と子が愛情の絆で結ばれている家庭ではなくて、親が子ども力で支配している家庭です。
これを「家父長制」といいます。

今、Colabo問題が大きな騒ぎになっているのは、家父長制を守ろうという勢力と、家父長制を解体して家族が愛情の絆で結ばれる家庭を再生しようという勢力がぶつかり合っているからです。
そういう意味ではまさに「大戦」です。
これは政治における最大の対立点でもあります。


なお、こうした問題をとらえるにはフェミニズムだけでは不十分です。
家父長制は男が女を支配する性差別と、おとなが子どもを支配する子ども差別というふたつの差別構造から成っています。
フェミニズムは性差別をなくして女性を解放しようという理論ですから、それに加えて、子ども差別をなくして子どもを解放しようという理論が必要です。
たとえば母親が男の子を虐待するというケースはフェミニズムではとらえられません。

幼児虐待、子育ての困難、学校でのいじめ、登校拒否などの問題も「子ども差別」という観点でとらえることができます。
そうした観点があれば、幼児虐待から子どもを救うColaboのような運動に男性も巻き込んでいくことができるはずです。

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乃木希典像と東郷平八郎像

明治時代になって学校制度が始まると、それまで寺子屋で伸び伸びと学習していた子どもたちは、規律ある学校に通わされるようになりました。
規律が重視されたのは兵士と産業労働者を育成するためなのに、今も同じ規律重視の学校教育が行われているのはまったく時代遅れだということを、前回の「“ゆたぼんアンチ”に伝えたいこと」という記事に書きました。
教育が時代遅れだと、時代遅れの人間が量産され、国全体が時代遅れになってしまいます。

明治政府は学校制度を始めただけでなく、家庭教育の改革も行いました。
明治政府が理想とした家庭教育はどんなものでしょうか。
それを知るには、国定教科書に載った乃木希典大将の子ども時代の話が参考になります。
乃木大将の話は修身の教科書と国語の教科書に載り、当時の日本人はみな知っていました。
この話はネット上には出ていないので、ここに全文を書き写します。

乃木大将の幼年時代
乃木大将は、幼少の時体が弱く、其の上臆病であつた。幼名を無人(なきと)といつたが、寒いと言つては泣き、暑いと言つては泣き、朝晩よく泣いたので、近所の人は、大将のことを、無人ではない泣人(なきと)だと言つたといふことである。
大将の父は、長府藩主に仕へて、江戸で若君のお守役をしていたが、自分の子供がかう弱虫の泣虫では、第一藩主に対しても申しわけがない、どうかして子供の体を丈夫にし、気を強くしなければならないと思つた。
そこで、大将が四五歳の時から、父はうす暗い中に大将を起して、往復四粁もある高輪の泉岳寺へよく連れて行つた。泉岳寺には、名高い四十七士の墓がある。父は、途々義士のことを大将に話して聞かせて、其の墓に参詣したのである。
或年の冬、大将が思わず「寒い。」と言つた。父は、
「よし。寒いなら、暖かくなるようにしてやる。」
と言つて、大将を井戸端へ連れて行き、着物をぬがせて、頭から冷水を浴びせかけた。大将は、これから後一生の間、「寒い。」とも「暑い。」とも言わなかつたといふことである。
母もまたえらい人であつた。大将が何かたべ物の中にきらひな物があると見れば、三度々々の食事に、必ず其のきらひな物ばかり出して、大将がなれるまで、うち中の者がそればかりたべるやうにした。其のため大将には、全くたべ物に好ききらひがないやうになつた。
大将が十歳の年、一家は郷里へ帰ることになつた。其の時大将は、江戸から大阪まで、馬やかごに乘らず、両親と共に歩いて行つた。当時、体がもうこれだけ丈夫になつて居たのである。
郷里の家は、六畳・三畳の二間と、せまい土間があるだけの、小さい粗末な家であつた。けれども、刀・槍・長刀など、武士の魂と呼ばれる物は、何時もきらきら光つて居た。
此の父母の下に、此の家にそだつた乃木大将が、一生を忠誠質素で押し通して、武人の手本と仰がれるやうになつたのは、まことにいわれのあることである。(『日本教科書体系 近代編 海後宗臣等編 第8巻 国語』)

乃木少年の嫌いな食べ物のことが出てきます。教科書には具体的には書かれていませんが、これがニンジンであることは全国民が知っていました。
ですから、子どもがニンジンを嫌いだというと、いや、ニンジンに限らずなにかを嫌いだというと、親はその嫌いなものをむりやり食べさせるということが全国の家庭で行われていたのです。
これは私の若いころも似たようなものでしたし、今でも子どもの好き嫌いは矯正しなければならないと考えている親がいます。

人間はなにかを食べたあとで体の調子が悪くなると、その食べ物を生理的に受けつけなくなることがあります。これは生体の防御反応なので、矯正することはできません。
食べ物を嫌いになる理由はいろいろありますが、基本的に放置しておくしかなく、たいていは何年かすれば食べられるようになります。

子どもに冬に冷水を浴びせかけるというのもひどい話です。
子どもにむりやり嫌いなニンジンを食べさせることも冷水を浴びせることも、今では幼児虐待と見なされるでしょう。
昔は国家が幼児虐待を奨励していたわけです。

こうした教育(虐待)の結果、乃木少年は親に向かって「暑い」も「寒い」も、「好き」も「嫌い」も言わなくなりました。
とてもまともな親子関係とは思えませんが、国定教科書はこれをよしとしていたのです。


普通、父親が子どもにきびしいと、母親がやさしいとしたものですが、乃木家では両親ともにきびしかったので、乃木少年は家を逃げ出すことになります。

乃木は16歳のとき、虚弱な体では武士に向かないと思い、学問で身を立てようと決心し、父親に許可を願い出ますが、拒否されます。そこで無断で家を出て、親戚の玉木文之進の家に世話になろうとします。玉木文之進は吉田松陰の叔父であり、松下村塾の創始者でもあります。
しかし、文之進からは、武士の家に生まれて武芸を好まないのであれば百姓をせよと一喝されてしまいます。乃木は失意のうちに文之進の家を出ますが、夫人が追いかけてきて、もう夜だから一泊して明日帰りなさいと言われたので、泊まることにします。その夜、夫人から、あなたが農業に従事するなら自分は夜に日本外史などを講義してあげましょうと言われ、玉木家で百姓をする決心をします。
農業と林業の仕事は虚弱な乃木にはきびしいものでしたが、次第に慣れてきます。

次は乃木が後年、学習院生徒に対して当時の様子を語った言葉です。

農耕の暇には畑中にて玉木翁より学問上の話も聞き、夜に入れば、夫人が糸を紡ぐ傍らにて日本外史などを読み習ひたり。此の如くすること一年に及びしに、余が体力は著しく発達し、全く前日の面影を一変するに至りぬ。余は是に於いて玉木翁の教育の効果の空しからざるを悟り、漸く武士としての修養を積まんと志すに至れり。

わずか1年で乃木は虚弱な体から頑健な体になったというのです。
乃木家にいたときも両親からきびしく体を鍛えられていましたが、それはまったく効果がありませんでした。
玉木家ではなにが違ったかというと、農作業をしていたこともありますが、玉木夫妻の愛情に恵まれたからではないでしょうか(あと、食事がまともなものになったということもありそうです)。
つまり乃木家で虐待されていた乃木少年は、玉木夫妻のもとで“育て直し”をされたのです。

このへんの事情を、大濱徹也著『乃木希典』はこのように解説しています。

少年無人にとり、このような養育は好ましいものではなかった。家庭にあって、父親のみならず母親までが、父親と同じように、厳格すぎる態度で無人にあたったことは、少年の心にある母性的な愛への憧憬がみたされないまま、少年に、常に愛の渇きを覚えさせた。
   ※
玉木家での生活は、まず農業をもととした身体づくりではあったが、辰子夫人の温かい庇護下、実家の父母のもとでは見出せない慰安とおちつきを無人にもたらした。彼は玉木夫妻により、世に立ちうる人間として心身ともにととのえられたのである。

理想の家庭教育がもしあるとすれば、玉木家のほうでしょう。
しかし、国定教科書は乃木家のほうだとしました。
戦争とは非人間的な行為ですから、軍国日本にとっては、愛情ある家庭より、虐待のある家庭のほうが好都合だったからです。

この軍国日本の時代遅れの家庭教育観は、いまだ一掃されていないのではないでしょうか。


乃木は、玉木家で愛情ある家庭に触れたとはいえ、16歳まで虐待の家庭で育ち、その経験が人格の中心を形成しました。
乃木は世の中から誠実、清廉、忠誠、質素、勇敢、無私な人間であると評されました。まるで修身の教科書から抜け出てきたような人間です。
しかし、司馬遼太郎は『殉死』の中で繰り返し乃木を「スタイリスト」と評しました。

乃木の部下として親しく交わり、のちに戦記文学で名をなした作家の桜井忠温は、乃木について次のように記しています。

「人間としての乃木さんは淋しい暗いものであった」
「暗いものが煙のやうに乃木さんの一生を蔽ふてゐた」



<参考文献>
『日本教科書体系 近代編 海後宗臣等編 第8巻 国語』
小田襄著『史蹟と人物:国定教科書準拠』
大濱徹也著『乃木希典』
桑原嶽・菅原一彪編『乃木希典の世界』
福田和也著『乃木希典』
司馬遼太郎『殉死』

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スキャンダルの渦中にあって弱っているとき、親から「完全に別人格ですからね」と言われた子どもは、どんな気持ちなのでしょうか。

菅義偉首相の長男・菅正剛氏による総務省高級官僚接待問題が国会で取り上げられたときの菅首相の発言ですが、正確には次のようなものです。

「(長男は)今もう40(歳)ぐらいですよ。私は普段ほとんど会ってないですよ。私の長男と結びつけるちゅうのは、いくらなんでもおかしいんじゃないでしょうか。私、完全に別人格ですからね、もう」

 2月4日の衆院予算委員会。野党議員の追及を受けた菅義偉首相(72)は、顔を強張らせると、珍しく答弁ペーパーから目を上げ、感情を露わにした。
https://news.livedoor.com/article/detail/19731015/
親からこんなことを言われた子どもは、「グレてやる!」と思うのではないでしょうか。

菅首相の長男の総務省官僚接待問題に火をつけたのは週刊文春ですが、文春オンラインの『「ササニシキ送りますよ」菅首相長男の“接待攻勢”音声』という記事に、菅正剛氏の写真が載っていました。

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いずれの写真も文春オンラインの記事より

ボサボサの長髪に、無精ひげ風のひげ、清潔感がなく、服装もだらしない感じです(服装は、そういう瞬間をねらって撮ったにしても、普通のサラリーマンならなかなかこういう格好はしません)。

こういう風体で高級官僚を接待していたというのは、なかなか信じがたいことですが、「グレてやる!」という思いがこういう格好になっているのでしょう。

もっとも、それは時系列が逆だと思われるかもしれませんが、正剛氏は幼少期から
菅首相のもとで育っているので、「グレてやる!」というのは若いころからの思いです。


菅首相は、家族関係がまったく謎でした。
秋田の貧しい農家で育ったことが原点だと言い、「ふるさと」を強調しますが、高卒で秋田を出て、それから秋田との縁はほぼ切れています。父親とはあまりいい関係ではなかったようですし、母親のこともそれほど語りません。
奥さんは表に出るのが嫌いな人だということで、ほとんど姿を現しませんし、夫婦関係もよくわかりません。
そして、子どもは息子が3人いるのですが、これもまた謎でした。

そうしたところ、長男の正剛氏のことが表面化して、やっと謎の一角が見えたわけです。


正剛氏はどんな育ち方をしたのでしょうか。
菅首相は家族のことをほとんど語らない人ですが、子育てについて語っている『菅官房長官が初めて語った「妻」と「息子」について 「次の総理候補と60分」』という記事がありました。

——ご家庭ではどんな夫、どんな父でしたか。

菅 もともと、夫婦間の会話が多いほうではありません。子どもには厳しかったですよ。いつも言っていたのは「中学高校では運動部に入れ」ということ。長男は柔道、次男はサッカー、3番目はバスケットをやりました。

——三男はその後、ご自身と同じ法政大学に進み、強豪の体育会アメリカンフットボール部に所属されたそうですね。

菅 はい。次男坊も東大でアメフトをやっていたんです。

——東大法学部を出られた息子さんですね。ご長男は?

菅 明治学院です。

——なぜ運動部入りを義務づけたんですか?

菅 私は仕事柄、家庭にあまりいられないので十分な躾ができないですから。部活というのは躾をしてくれますよね。部活をちゃんと続けられれば、社会に出ても、まあ一生飯は食っていけるだろうと思ったんです。

——いま息子さんたちを見て、その教育は正しかったですか。

菅 正しいかどうかはわからないですけど、3人とも、私に就職を頼んだりするのは一番嫌がる人間になりました。私も、親父が就職のアドバイスをするようなのは一番嫌なんだよね。

——「世襲はしない」と公言されています。

菅 私は世襲政治家を批判して出てきた人間だから、それだけはやっちゃいけない。「もし政治家になるんだったら、他の県に行って出ろ」と、昔から明快に言ってます。だから誰も言い出さない。3人とも民間の企業で働いています。

「中学高校では運動部に入れ」というのが菅首相の教育方針です。
今の世の中は、親がどんな教育方針を掲げてもいいことになっていますが、これは世の中が間違っているので、子どもに合わない教育方針を掲げてはいけません。
体育会系の部活が合う子どもも、文科系の部活が合う子どももいます。
正剛氏はのちにバンド活動をするミュージシャンになるのですから、音楽系の部活をするのが合っていて、柔道部は不本意だったのではないでしょうか。

ちなみに菅首相は空手部でした。空手、柔道、アメフトと、ハードなスポーツが菅首相の好みのようです。


大学進学後の正剛氏の人生は、『「完全に別人格ですからね」菅首相発言は本当か……“違法接待”長男のこれまでを検証する』という記事によると、このようなものです。

 地元横浜で生まれた正剛氏は明治学院大に進学後、「世界民族音楽研究会」に所属。音楽ユニット「キマグレン」の元メンバーと共に、「COTE-DOR」というバンドを組んで活躍。卒業後、同級生が社会人となる中、一向に定職に就かない長男の行く末を菅氏は非常に心配していたという。そして、06年に総務大臣として初入閣を果たすと、社会人経験のない25歳の長男を大臣秘書官に抜擢。後に菅氏は雑誌の取材に「バンドを辞めてプラプラしていたから」と語っている。

「大臣秘書官の給与は特別職給与法により、個々の秘書官の能力と経歴に基づいて決定されます。一番下の1号俸は06年当時、月額25万9100円。さらに期末勤勉手当(ボーナス)、地域手当、住居手当、通勤手当なども付きます。毎月の地域手当は東京の場合、俸給の20%が加算されることになります」(内閣人事局の担当者)

 ざっと計算すれば、ボーナスを含めて400万円ほどが支払われたことになる。
 
正剛氏を知る地元の知人が苦笑交じりにいう。

「正剛はその後、秘書官を辞めてからは仕事がなくて、ある日突然『バーを経営する』と言い出したことがあった。そんな姿を見かねた空手部出身の父から鉄拳制裁を食らい、『直立不動でそれを受けたんだ』と話していました。父の叱責に嫌気がさしたのか、正剛は一度家を飛び出した。でも、街中のそこかしこに父親のポスターが貼ってあるのが目につき、父の威光に観念して家に戻ったそうです」

 バルコニーから横浜港が一望できる36階建てのタワーマンションの上層階を正剛氏が購入したのは、大臣秘書官を辞めた半年後の08年1月のこと。80平米超の3LDKで、販売価格は8000万円を下らない新築の高級物件だ。だが登記簿を確認すると、ローンはわずか2000万円。6000万円前後の頭金を自己資金として捻出していることになる。当時、正剛氏は独身で妻やその親族の援助はありえない。誰が6000万円を用意したのだろう。今住んでいるのは、4年前にこの物件を売り払って移った億ションだが、ここもローンは1800万円に過ぎない。

 08年に正剛氏は菅氏の後援者である植村伴次郎氏が創業した東北新社に入社。「総務省担当」を担うようになった。

大臣秘書官というのは、政治家の事務所にいる秘書とは違って、大臣を補佐する特別職公務員です。政治家秘書の経験もなく、総務省行政の知識もない若者が就くのは異例です。
菅首相(当時総務相)としては、秘書官の給料は国から出るので、身内を就けておけば、その給料を自分のものにできるといった感覚だったのでしょう。国会議員の公設秘書に妻を就けるみたいなものです(勤務実態のない者を秘書にするのは一時期問題になったので、最近はないはずです)。

25歳の若者ならいくらでも自力で就職できたはずです。菅首相が正剛氏を秘書官にしたのは、正剛氏の自助を妨げる行為です。
高額なマンションを買い与えたのも同様です。

その一方で「鉄拳制裁」もあったようです。
25.6歳の若者に暴力をふるうとは、空手をやっていた菅首相ならではですが、暴力はこれが初めてということはないでしょう(子育てについての記事で「子どもには厳しかったですよ」と語っています)。
それに、「バーを経営する」と言ったことが鉄拳制裁の理由というのも理解に苦しむところです。
菅首相の価値観では水商売やバンドマンはまともな職業ではないのでしょう。

大臣秘書官を経験した正剛氏は、一般企業に就職して新入社員として一からスタートする気にはならないでしょう。バー経営という道も否定されました。そこで選んだのが、父の威光を利用して東北新社の社員になることでした。

菅首相は自分が正剛氏の就職の世話をしたことは否定しています。
22日の国会答弁でも、「私は子どもが3人いるが、就職について自分が紹介するとかは一切やっていない」「長男が(創業者を)非常に慕い、(長男と創業者の)2人で(就職の)話を決めた」と語りました。

しかし、菅首相が直接話をしなかったとしても、東北新社が正剛氏を採用したのは「菅義偉の息子」だったからであることに疑う余地はありません。
そして、菅義偉氏が官房長官として力をふるい、さらには首相になると、「菅義偉の息子」という肩書きの威光はますます高まり、正剛氏は会社でも重みを増しました。

しかし、いくら「菅義偉の息子」として評価されても、正剛氏の承認欲求は満たされません。
それで、あのような不潔感のある風体をするのではないでしょうか。
あの風体は「菅正剛を見てくれ」という主張です。

正剛氏は世の中からドラ息子やバカ息子と言われていますが、最初からバカ息子だったわけではなく、そこに至るそれなりの道筋があります。

菅首相は「自助」や「絆」を言いますが、だいじなのは「世間体」で、そのために正剛氏の人生を振り回しました。
正剛氏がグレるのは当然です。
そして、正剛氏がスキャンダルに見舞われると、菅首相は自己保身のために「完全に別人格」と切り捨てました。

菅首相の顔にはつねに冷酷さがうかがえますが、子どもにとっても冷酷な父親であるようです。

今井メロ
今井メロ公式ブログより

今井メロさんが子育てに悩んだ挙句、子どもを施設に入れることをブログで告白しました。
「ひどい親だ。子どもを捨てるのか」などと批判されそうですが、意外と賛同の声が上がっています。

今井メロさんというのは、昔は成田夢露という名前で兄の成田童夢さんとともにスノーボード選手として活躍し、トリノ・オリンピックに出場したこともあり、美人アスリートとして人気でした。
しかし、オリンピックで惨敗したことでバッシングされ、その後、水商売、風俗嬢、ヘアヌード写真集、AV嬢、整形告白、3度の結婚と離婚というスキャンダラスな人生でした。
現在は、芸能事務所に所属し、スノーボード指導員をしているということです。
シングルマザーで、子どもが3人いて、1人は元夫のところにいます。

今井さんが子どもを施設(たぶん児童養護施設)に入れることにしたのは、子育てがうまくいかなくて、虐待か虐待一歩手前の状態になっているという自覚があったからでしょう。

実際に虐待か虐待一歩手前だったのかどうかを確かめるために、今井さんの公式ブログを見てみました。

私の子供は
長男、長女、おちびーぬ

その中でも非常にぶつかってきた母と娘(長女)

幼い頃はイタズラ事で済んでいた件も今や
結構、大事になったりして
叱らざる負えない事態が続いたりしてきました

その中で長女も知恵がついてきて
頻繁に嘘をつくようになった

挙句の果てには家出からの警察に保護

私(親)の愛情が届いていないから
構ってほしくて
本人なりの
必死のアピールなのかなっと思い
心のケアにも励みました


産まれた頃から保育器で育ち他の兄弟に比べ
腕の中に抱いてあげられる時間が短かったから

けど…

成長するに連れて

様々な悪事を働くようになり学校でも
問題を起こすように


私なりに話を優しく聞いたり
色々なやり方で接してみました

だけど直ることはなく悪化する一方でした

毎回、私なりに
まぁこ(あだ名)に想いを伝えました


だけど…
ごめんなさい

もう…分からなくなったんだ


彼女はもうすぐ施設に入所します


決して投げやりとかじゃないです
今もこの文をかきながら手が震えています

みんなに嘘をつきたくない

真実を伝えなきゃって思いで必死なんだ
https://ameblo.jp/majestavictory/entry-12641343778.html


「頻繁に嘘をつく」「家出からの警察に保護」「様々な悪事を働く」「学校でも問題を起こす」ということが挙げられています。

ひと昔前なら、嘘をついたり悪事を働いたりする子どもが悪いという声が多かったかもしれません。
そういう考えの人は、「私なりに話を優しく聞いたり」という言葉をとらえて、「そういう態度がよくない。悪事を働いたときはきびしく叱るべきだ」などと主張します。

いや、今回もそういう意見があったのでしょう(現在、ブログのコメント欄では批判的な意見は削除されているようです)。
それに対して今井さんはこのように書いています。

確かに悪事をはたらくのは
よくないかもせんよ

けどさ
それは母子共に原因があるって理解してる

だから皆さんが知らない部分も伝えたい

まぁこ(娘のあだ名)はね
誰よりも優しくて明るい子なんよ

自分の意思が強く
ワガママな部分は私そっくり
だけど

いい部分でもあると私は思う

ママの事、本当は大好きだよってお手紙
何度も書いてくれて何度も嬉しくて
読み返しては
泣いたよ
https://ameblo.jp/majestavictory/entry-12641595639.html

「子どもが悪いことをした→子どもを矯正しなければ→子どもを叱る→直らないのでさらに叱る→虐待」
こういう流れで虐待というのは起きると思われます。
今井さんは、子どもが悪いことをするのは自分にも原因があるという認識があったので、虐待の手前でとどまったのでしょう(ほんとうは「悪い」という認識に問題があります。「美は見る者の目に宿る」という言葉があるように「善悪は見る者の目に宿る」のです)。


今回のことはヤフーニュースで『今井メロ、長女の施設入所を告白「ごめんなさい もう…分からなくなった」 “親と子”の在り方に多様な意見集まる』という記事として取り上げられました。
そのコメント欄には、子どもが悪いという声はほとんどありませんが、代わりに今井さんが悪いという声が多くあります。

けっこう多いのが、「施設に入れるのはいいとしても、そのことを公表するのはよくない」という意見です。
しかし、施設に入ったのは、子どもに問題があるからではなく周囲の事情によるのですから、子どもにとって施設にいた経歴はマイナスになりませんし、隠すべきことでもありません。

それから、今井さんの生き方がよくないから子どもに問題が生じるのだということで、今井さんを批判する意見が多くあります。
「子どもが悪くなったのは親が悪いから」というわけです。

確かにそうかもしれません。
そうすると、「親が悪くなったのはその親が悪いから」ということも言えるはずです。
つまり悪の連鎖、虐待の連鎖です。

今井メロさんと子どもの関係は、ブログを読んである程度わかりました。
今井メロさんと親の関係は、わかるわけないだろうと思われるかもしれませんが、これがわかるのです。

今井さんは2012年に『泣いて、病んで、でも笑って』という本を出版しています。




この本に、自身の生い立ちが詳しく書かれています。
私は出版当時に読んで、その内容をこのブログの「スパルタ教育を受ける不幸」という記事で紹介したことがあります。
それがここにきて役立つことになりました。
そこから一部を再録します。

今井メロさんは1987年生まれで、上に兄が2人いて、長兄が成田童夢、次兄は一般人です。メロさんが5歳のときに両親が離婚し、メロさんと童夢さんは父親のもとで育ち、次兄はのちに母親に引き取られ、父親は再婚して弟が生まれます。複雑な家庭環境です。
メロさんは幼いころの記憶がほとんどないといいます。ようやく記憶が始まるのは小学校に入ってからです。
父親はファッションカメラマンですが、メロさんは父親からモーグルを教わります。5歳のときには滑っていて、6歳のときにモーグルマスターズの競技会、一般女子の部に出場し、成人女性を抑えて優勝します。といっても、本人には記憶がないそうです。
6歳のときにモーグルからスノーボードに転向します。父親がスノーボードを勧めたのです。父親はトランポリンを使う独自の練習法を考え出します。これは今でこそポピュラーな練習法となっていますが、当時はまだ誰もやっていなかったそうです。トランポリンのある自宅屋上にはカメラが設置され、父親はリビングで練習の様子をチェックしていて、少しでも手を抜くと屋上にやってきて、叱責の声が飛ぶということで、メロさんはいつもその恐怖におびえていました。
父親は徹底したスパルタ指導者で、メロさんは練習漬けの生活を送り、友だちと遊ぶ時間もなく、友だちは一人もいませんでした。メロさんは父親のことを「パパ」と呼んでいましたが、あるときから父親は「オレは先生や」といい、練習以外の家の中でも「先生」と呼ぶようになります。
 
メロさんは15歳のころからプチ家出を繰り返すようになり、近所に子どもの「駆け込み寺」みたいな家があったので、その家に行って「お父さんにぶたれて怖いんです。助けてください」と訴えます。それがきっかけになり、メロさんは自分の意思で児童保護施設に入ります。そこでは「やっと解放された~」という気持ちになったそうです。
その後、精神科病棟に入院し、また家に帰り、そして母の家に行き、姓を成田から今井に変えます。
 
メロさんはワールドカップで2度優勝し、トリノオリンピック代表に選ばれると金メダルへの期待が高まります。派手な壮行会はテレビ中継され、そこでメロさんはまるで芸能人のようにラップを歌います。そうしたことの反動もあって、オリンピックで惨敗すると、世の中からバッシングを受けることになります。
 
それからメロさんの人生は惨憺たるものになります。一時的に引きこもったあと、キャバクラ、ラウンジという水商売勤めをし、ホストクラブ通いをし、さらにはデリヘルという風俗嬢にもなって、それが週刊誌に報じられます。リストカット、拒食症と過食症、恋愛依存症、妊娠中絶、二度の結婚と離婚、整形手術、レイプといったことも本の中で告白されます。
 
こうしたことの直接の原因はオリンピックで惨敗して世の中からバッシングされたことですが、やはり根底には家庭環境の問題があったでしょう。早い話が、親から十分に愛されなかったのです。
この本を読むと、たとえばリストカット、拒食症と過食症、恋愛依存症といったことも、根本の原因は愛情不足なのだろうと思えます。
 
また、メロさんは17歳のときに高校生らしい3人組からレイプされます。これはもちろんレイプするほうが悪いのですが、この女ならレイプしても訴え出ないだろうと見られていたという可能性もあります。学校でイジメられる子どもにも共通した問題があるのではないでしょうか。
 
親から十分に愛されないと自尊感情や自己評価が低くなってしまいます。風俗嬢というのは社会的に低く見られる職業ですが、自己評価の低い人は抵抗なく入っていってしまいます。
 
整形手術にも自己評価の低さということがあるのではないでしょうか。メロさんの場合、練習で鼻を骨折したための手術もあったのですが、子どものころから容姿コンプレックスがあったということです。
 
普通、このように自己評価の低い人は自分の本を出すことはできません。精神科医やカウンセラーの本に、リストカットする患者などの症例として出てくるくらいです。メロさんは美人で人気あるアスリートだったために自分の人生を本に書くことができました。

今井さん自身が父親からひどい虐待を受けていたのです。
プチ家出を繰り返したということですから、自分の娘が家出をしたときには、自分自身と重なったに違いありません。
自分もみずから施設に入った経験があるので、娘を施設に入れることも決してマイナスにはとらえていないのでしょう。

今井さんは自分の生い立ちを本に書くことで、自分の経験を相対化できたのかなと思います。
ただ、「幼いころの記憶がほとんどない」というので、気づかないうちにそのころの経験に支配されているということがありそうです。
このあたりのことはカウンセラーなどの力を借りたほうがよさそうです。



「虐待の世代連鎖」ということはよく言われますが、私たちは今井さんの本のおかげで、それを具体的に知ることができました。
今井さんを批判するのが愚かなこともわかったでしょう。

ということは、今井さんの父親を批判するのも同様に愚かなことです。
父親にもつらい過去があったのだろうと想像されます。
今井さんがそこまで考えられるようになれば、自分自身も癒されるはずです。

橋下徹
橋下徹公式ウェブサイトより

大阪都構想が住民投票で否定されて、「都構想は一丁目一番地」としてきた維新の会の存在意義はほとんどなくなりました。
ツイッターでは「#維新はいらない」が一時トレンド入りしました。

そもそも「都構想は一丁目一番地」というのがおかしな話です。
都構想は行政をよくする手段のひとつでしかないはずです。
維新の会とはどういう存在でしょうか。

維新の会(現在は大阪維新の会と日本維新の会)は大阪府知事だった橋下徹氏と自民党を離党した府議らが結成したもので、実質的に橋下氏の個人政党でした。つまり理念でできた政党ではなく、橋下氏の個人的人気でできた政党です。
橋下氏は現在も維新の会の顧問であり、メディアではつねに維新の応援をしています。
ですから、橋下氏の思想が維新の会の理念だと言っていいぐらいです。

では、橋下氏の思想とはなんでしょうか。

橋下氏はもともと「茶髪の弁護士」としてテレビに出てきました。当時は法律家といえば四角四面の人ばかりというイメージなので、大いに目立ちました。
そのころは政治家になるような感じはまったくありませんでしたが、人間であれば必ずなんらかの政治的な思想はあります。
その思想のもっとも根底的な部分が次の記事からうかがえます。

橋下徹氏、選挙制度で持論披露「産まれた子供たちにも一票を与えて、親が行使」
 元大阪府知事の橋下徹氏(51)が2日、TBS系「グッとラック!」(月~金曜・前8時)にリモートで生出演。大阪市を廃止して4特別区を新設する「大阪都構想」の賛否を問う住民投票が1日に投開票され、反対票が賛成票を上回り、2015年5月の実施に続いて否決されたことに言及した。

 橋下氏は現状の選挙制度について「投票率も高齢者の方が高いので、今の選挙制度では高齢者の方に目を向けるようになってしまいます」とどうしても高齢者を重視したものになってしまうと指摘。

 その上で「僕の持論は、産まれてからの子供たちにも一票を与える。その子供たちが選挙権が行使できないので、親が行使する」と持論を披露。「これを言うと僕は7人子供がいるから、自分の家庭のことを考えて言っているだろと言われてしまうんだけど。僕は産まれた子供たちにも一票を与えて、親が行使するということをしないと、未来に向けた政治が出来ないと思っています。ただ、政治家はやらないですよ。高齢者から票をしっかり集める政治家はやらないでしょうね」と実現は極めて難しいと推察。

 また、電子投票についても「これをやると若い人がちが簡単に投票をしてしまう。高齢者を支持層としている政治家がたくさんいるので、若い人たちが簡単に投票することを嫌がる国会議員は多いですね。子供に一票を与えて親が行使する、僕が言っているこんな話を永田町に言ったって、全然動いてくれないでしょうね」と見解を語った。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d8b6e1fda771dba9bce301f51b5ea0c797fe0462

実は私も、選挙権の年齢制限を撤廃し、子どもには生まれたときから選挙権を与えるべきだという考えです。
3歳ぐらいではさすがにむりでしょうが、小学生ぐらいになれば政治に興味を持って、自分も投票したいという子どもが出てきますし、政党も子どもや若者にアピールする政策を打ち出すようになり、政治が未来志向になります。

橋下氏も私と同じ考えかと思ったら、ぜんぜん違いました。
橋下氏は「子どもの人権」も「子どもの意志」もまったく無視しています。
子どもを親の所有物だと思っているのです。
親が子どもの代わりに投票したら、子どものための政治ではなく、親世代のための政治になってしまいます。

それから、橋下氏はまったく触れていませんが、子どもの選挙権を行使するのは父親か母親かという問題があります。
子どもの数が偶数なら分け合えても、奇数ならそうはいきません。
橋下氏がこのことに触れないのは、子どもの選挙権は自分(父親)のものと思っているからでしょう。
「子どもの意志」を無視するだけでなく「妻の意志」も無視しているのです。

選挙権年齢が今の18歳のままであれば、親は50歳ごろまで一人で2票とか3票の投票ができることになります。そうすると中年世代の投票数が大幅に増えて、高齢者と18歳以下の若者の意志が相対的に政治に反映されなくなります。
橋下氏の「生まれたときから選挙権」説は、一見子どもや若者のためのようですが、実際は親世代のためのものです。

都構想も、維新の会は若い世代のためになると言っていますが、実際は維新の会のためのものかもしれません。


橋下氏が若い世代のことを考えないのは昔からです。

橋下氏はもともと体罰肯定論者で、2012年に大阪市立桜宮高校のバスケットボール部のキャプテンが顧問教師から体罰を受けて自殺した事件が大きく騒がれたときも、最初のうちは体罰肯定の立場でしたが、世の中の空気を読んで途中から体罰反対に転換しました。
しかし、家庭内では体罰を続けていたようです。
今年1月の記事でこのように語っています。

橋下徹氏 以前は「バリバリ体罰の親」だったが…改正児童虐待防止法で難しさ語る
 元大阪市長で弁護士の橋下徹氏が4日に放送されたカンテレ「モモコのOH!ソレ!み~よ!」にゲスト出演し、子育ての難しさについて語った。

 メインMCのハイヒール・モモコに「子供には厳しく怒ったりする?」と尋ねられた橋下氏は「下2人まではかなり厳しくやった。手を上げてたし。今ちょうど、児童虐待の法律を変えて、体罰のガイドラインを変えたんです。親であっても体罰的な指導はダメだというガイドラインができた」と、改正児童虐待防止法に関連し、厚労相が昨年12月に公表した虐待に該当する指針に触れた。
 橋下氏は自身のしつけを振り返り「全部それに当てはまる。バリバリ、体罰の親」と自認。モモコが「あれは確かに厳しいですが、それ以上のことをやってしまう親もいるのが事実」と意見を挙げた。橋下氏は「上の子は、親バカですが、まあ外に出してもちゃんとやってくれそうな感じ。下の2人は自由すぎる。だけど人に迷惑をかけない程度だが、あの程度でもいいのかなと。そこまで手を上げて押さえ込んでやらなくていいのかなと正直、思いますね」と、悩みながらしつけ方法を模索していることを語った。
(後略)
https://www.daily.co.jp/gossip/2020/01/04/0013008505.shtml

これを読めば、いかにひどい親かわかります。
親の体罰は子どもの脳の萎縮・変形を招くので、まったく正当化できません。


橋下氏のこのような強権的で暴力的なやり方が維新の会の体質をつくっています。
松井一郎大阪市長、吉村洋文大阪府知事の強権的なふるまい、尊大な態度は橋下氏譲りです。
都構想の住民投票にしても、賛成するのが当たり前というような、上から目線のところが維新の会にはあったのではないでしょうか。


橋下氏は、元農水省事務次官の熊沢英昭被告が長男を殺害した事件について、「僕が熊沢氏と同じ立場だったら、同じ選択をしたかもしれない」「僕は熊沢氏を責められない」などと殺人を肯定するかのようなツイートをしたので、私は『橋下徹氏の「予防殺人」論について』という記事を書いて批判したことがあります。


体罰や殺人を肯定する橋下氏がテレビに出続けているのは信じがたいことですし、維新の会には橋下氏の思想や体質が今も染み付いているように思えます。

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幼児虐待の原因のひとつに、家庭が密室化していることが挙げられます。
大家族や地域社会の中で子どもが見守られていれば、虐待はそんなに起こりません。
ですから、各人が近所の子どもの様子を気にかけて、声かけしたりするのもたいせつです。

しかし、「子育ては親の専権事項」とでもいうのか、外部の口出しを嫌う親も多いようです。
確かに無責任な口出しは困りますが、口出しを拒否する親も問題です。

次はたまたま見かけた記事で、子育てへの他人の口出しを親が拒否するのですが、親の理屈がそうとうへんです。にもかかわらず、親に賛同する声が多いというので首をかしげてしまいます。


スーパーで「お菓子欲しい」とごねる息子すると知らないオジさんから『衝撃の言葉が』ネット民「素晴らしい考えと返し」
Twitterでこんなツイートが話題です。

「スーパーでお菓子欲しいとごねる3歳息子をたしなめてたら、知らんおっちゃんから「お菓子の一つくらい買ったらすぐ終わるだろうに」と言われ、買った方が楽なことくらい百も承知じゃクソが!!の代わりに「約束の練習中なんです、うるさくしてすみません」と笑顔で返したので5億ほしい。」

すんなりと子どもの言うことを聞けば静かになるとはわかっていても、甘やかしてばかりでは子どものためになりませんよね。なかなか難しい場面です。投稿者さんは「約束の練習中なんです、うるさくしてすみません」と笑顔で返したそうです。


他のユーザーからは↓
・素晴らしい考えと返しと子育てですね
・働いてる側はわかってますよ。お母さん達、頑張ってる!
・約束の練習!良い響き!頂きます。

世のお母さん達は頑張っています、見かけた場合は優しく見守りましょう!
いまトピが伝えています。


「いまトピ」のもっと詳しい記事はこちらで読めます。

母親の事情もわからないのに口出ししてくるおっちゃんも問題ですが、母親が「約束の練習中なんです」と返した言葉は、明らかに嘘でしょう。嘘を言ってはいけません。

しかも、「約束の練習中」という言葉もへんです。
「約束」は国語辞典によると「当事者間で取り決めること」などとなっています。基本的に対等の関係でなされるものでしょう。
子どもと親の間の約束があるとすれば、「今お菓子をがまんすれば、あとでオモチャを買ってあげるね」といったものです。
しかし、現実には親が子どもより優位の関係にあるので、親が一方的に子どもに約束をさせていることが多いでしょう。こういうのは命令と同じです。
この母親が言う「約束の練習中」は、「親の命令に従う練習中」という意味です。

この母親は自分なりのルールをつくっているのでしょう。
しかし、子どもが守るルールを親がつくると一方的になり、ブラック校則ならぬ“ブラック家則”になりがちです(「家則」という言葉はないようです。「家法」ならあります)。

ちゃんとしたルールがあるなら、嘘をつく必要はなく、たとえば「さっきからお菓子を食べすぎていて、ご飯が食べられなくなりますから」とか「この子はアレルギーなので」とか言えるはずです。

ともかく、世の中にはこういう母親もいるとして、問題はツイッター上で、「そんな嘘をつくのはよくない」という意見はほとんどなくて、「うまい言い方ですね。真似します」みたいな意見ばかりだったことです。
こんな親が多くては、「地域で子育て」などとうていむりですし、家庭の密室化が進んで、幼児虐待がますます増加しそうです。



こうした問題が生じるのは、子育てのあり方が過渡期にあるせいかもしれません。
これまでは、子どもを甘やかすのはよくない、きびしく育てるべきだという考え方が主流でした。
しかし最近は、体罰がいけないのはもちろん、叱るよりもほめることが推奨され、子どもが幼いうちは十分に親に甘えさせるべきだという考え方が強まっています。

この母親は、子どもは甘やかすべきではないという古い考えですが、自分の考えに自信が持てなくなって、「約束の練習中」などという言葉でごまかしたのかもしれません(反対に、子どもを叱らない子育てをしている親が世間の目の前に肩身の狭い思いをしている場合もあるでしょう)。

子どもにはきびしくするべきだという考え方は、「子どもを甘やかすと子どもは限りなくわがままになって、最終的にわがままなモンスターになる」という考え方に基づいています。
しかし、この考え方は間違いです。それは動物の子育ての様子を見ればわかります。
動物の親は、子どもに食べさせることと子どもの安全に気を配るだけで、あとはすべて子どもの自由にさせています。それでも子どもはモンスターにならず、普通に育ちます。人間も同じはずです。

親が自分の子どもを信じられないというのは人間特有の不幸です。
そういう親は、動物の子育ての映像などを見て学ぶのがいいと思います。

子どもを自由にさせていると、スーパーなどで子どもが周りの人に迷惑をかけて、文句を言われることもあるでしょう。
そんなときは子どもを守るのが親の役割です。
子どものすることはすべて子どもの発達に必要なことです。

親と子がよい関係である社会は、平和で健全な社会です。

なぜ子育て中の親が肩身の狭い思いをして嘘をついたりしなければいけないのか、考え直してみてはどうでしょうか。

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朝日新聞の第一面にこんな記事が載るようでは、幼児虐待がなくなる日はまだまだ遠いと思いました。

朝日新聞の「折々のことば」は、短い言葉を紹介する毎日の連載です。多様な言葉を紹介しようとするのはわかりますが、こういう言葉はアウトでしょう。

折々のことば:1845 鷲田清一
2020年6月13日 5時00分

 親になるとは、許されることを学ぶことなのだ。

 (三砂〈みさご〉ちづる)
     ◇
 親はよくまちがう。よかれと思ってしたことが子どもを傷つけた、痛めつけていたと悔やむことが本当によくある。だから欠点だらけの「私」を許してほしいと祈るような思いでいると、保健学者は言う。子どもから許しを得ることで、自分の親も「まちがいだらけで欠点だらけのただの男と女だった」と許せるようになると。『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』から。https://digital.asahi.com/articles/DA3S14511849.html?_requesturl=articles%2FDA3S14511849.html&pn=4


子どもを傷つけたり痛めつけたりするのは虐待です。
「よかれと思ってした」というのも、虐待する親がよく言う言葉です。

子どもから許してほしければ謝るしかありませんが、この親は「祈るような思いでいる」だけで、謝りはしないようです。
謝りもしないで、子どもから許してもらうこと期待するとは、あまりにも虫のいい考えです。

この子どもにとっては、傷つけられたり痛めつけられたりした上、さらに「許し」を求められるわけです。
子ども自身の救いや癒しはどこにもありません。

ここには「許し」という倫理的なことが書かれているようですが、実際に書かれているのは「虐待の肯定」です。
これでは虐待の連鎖がさらに続いていくことになります。



三砂ちづるというのはどういう人かと思って調べると、2004年出版の「オニババ化する女たち~女性の身体性を取り戻す」という本で物議をかもした人でした。
この本はアンチフェミニズムだということでバッシングを受けましたが、三砂氏本人はアンチフェミニズムという自覚はないようです。
私はこの本は読んでいませんが、今回の「折々のことば」を読む限りでは、親子関係が正しくとらえられていないので、男女関係も正しくとらえていないのかなと想像します。

三砂氏について知るには、次のインタビュー記事が詳しいかと思います。

「018 疫学者・作家 三砂ちづるさん Interview」



ところで、私は「親になるとは、許されることを学ぶことなのだ」という見出しを見たとき、「親になるとは、許すことを学ぶことなのだ」とまったく逆に誤読してしまいました。
「親になるとは、許すことを学ぶことなのだ」ということなら、私にもすんなりと理解できます。

親は子どもに対して、おとなしく、行儀よく、聞き分けのいい子であることを期待し、そうなるように教育・しつけをしますが、これはすなわち虐待への道です。
しかし、たいていの親は、子どもは自分の思うようにならないことに気づいて、子どものいたずらや行儀悪さや聞き分けのなさを許すようになり、まともな親になります。

三砂氏は、「子どもを許す親になる」というまともなことを言うのではなく、「子どもから許される親になる」という論理のアクロバットを展開しました。
そして、鷲田清一氏はそのアクロバットにだまされて、「折々のことば」に採用してしまったようです。

朝日新聞の第一面に、虐待や暴力を肯定する言葉が載っていて、びっくりしました。

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前橋刑務所(syujiさんによる写真ACからの写真 )

無期懲役の判決を言い渡された被告が法廷で万歳三唱をしたというのは前代未聞でしょう。

昨年6月、小島一朗被告(当時22歳)は新幹線車内で女性2人にナタで切り付けて負傷させ、止めに入った男性会社員をナタとナイフで殺害するという事件を起こし、裁判の中で「無期懲役囚になりたい。3人殺せば死刑になるので、2人までにしておこうと思った」と語りました。
ですから、期待通りの判決を得て万歳三唱をしたというわけです。

最近、「死刑になりたい」という動機で通り魔のような事件を起こす例がよくあります。「死刑になりたい」で検索すると、そういう事件がずらずらと出てきます。
小島被告の場合は、死刑にはなりたくないわけです。「保釈されたらまた人を殺す」とも言っていて、無期懲役でずっと刑務所の中にいるのが望みです。
なぜこんなおかしな考えを持つようになったのでしょうか。


こういう異常な犯罪が起こると、マスコミは“心の闇”という言葉でごまかしてきましたが、最近は異常な犯罪者は異常な家庭環境で育ったということがわかってきて、犯罪者の家庭環境について突っ込んだ報道がされるようになりました。
小島被告についても週刊誌などが報道し、私はそれらをもとにこのブログでふたつの記事を書きました。


小島被告の父親は「男は子どもを谷底に突き落として育てるもんだ」という教育方針できびしく育て、小島被告の世話をしていた祖母は「姉のご飯は作ったるけど、一朗のは作らん」と言って、実質的に育児放棄していました。小島被告が事件を起こして逮捕されたとき、父親はマスコミの前で「私は生物学上のお父さん」と名乗り、小島被告のことを赤の他人のように「一朗君」と呼び、ゆがんだ家族関係があらわになりました。


今回、判決に合わせて週刊新潮12月26日号が「『小島一朗』独占手記 私が法廷でも明かさなかった動機」という記事を掲載しました。これを読むと、小島被告が刑務所にこだわった理由が見えてきます。

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この記事によると、小島被告はホームレス生活をしていて、家族に迷惑をかけないために餓死しようとしますが、祖母との最後の電話で「養子縁組を解消する」「小島家の墓に入れない」と言われ、もう家族に迷惑がかかるということはどうでもよくなって、事件を起こして刑務所に入ろうとします。
彼は手記で「刑務所に入るのは子供の頃からの夢である。これを叶えずにどうして死ねようか」と書いています。

小島被告と接見を重ね手記を託されたノンフィクションライターのインベカヲリ★氏は、小島被告の生い立ちを詳しく書いているので、その部分を引用します。


小島被告は愛知県生まれ。犯行当時は22歳、元の名は鈴木一朗だ。同県出身の野球選手イチローにちなんだ同姓同名である。小島姓なのは、事件の前年に母方の祖母と養子縁組をしたからである。
一朗が生まれると母方の祖父は、岡崎市にある自宅の敷地内の一角に「一朗が生まれた記念」の家(以下、「岡崎の家」)を建てた。共働きの両親の都合で、一朗は3歳までをそこで過ごした。一方、年子の姉は、生まれたときから一宮市にある父方の実家で育った。
母親は両家を行き来していたが、一朗が3歳になると転居し、一家全員が一宮の家に揃う。しかしそれを快く思わなかったのが、同居する父方の祖母だった。「お前は岡崎の子だ、岡崎に帰れ」「お前は私に3年も顔を見せなかった」、それら祖母からの言葉が一朗にとって物心ついてからの最初の記憶だ。
母親はホームレス支援の仕事で夜遅く帰宅するため、祖母が食事をつくり、一朗は「嫁いびり」のように躾けられたという。中学生になり反抗するようになると、祖母は包丁を振り回し、一朗の食事や入浴を禁じた。これに関し母親は調書で、「食事を与えないということはない。虐待はしていない」と供述しており、意見が食い違っている。
しかしこの頃、父親にトンカチを投げ包丁を向ける事件を起こしており、その目的は「ご飯が食べられないから国に食わせてもらう」、つまりは少年院に入るためだった。これを機に父と離れ、母親の勤め先である“貧困者シェルター”へ入所するのだ。
その後、定時制高校を卒業し、県外で就職したものの、出血性大腸炎で入院し10か月で退社。「岡崎の家」に住むことになったが、同じ敷地内の別宅に住む伯父が猛反対し、暴力によってわずか10日で追い出されたという。
以降、家出してのホームレス生活と精神病院への入退院を繰り返してきた。
彼にはすでに中学時代、家庭よりは「少年院」という発想があった。
「刑務所の素晴らしいところは、衣食住と仕事があって、人権が法律で守られているところ」
と、彼は心底思っている。しかも、「(刑務所からは)出ていけとはいわれない」とも語る。彼は閉ざされた空間で、決まりきった日常を送ることが苦痛ではない。模範囚として真面目に働くことを望んでいる。拘置所に何冊も本を差し入れたが、彼はたぶん読書ができればいのではないかと思う。
やりとりを重ねてわかったのは、彼が幼い頃より「岡崎の家」を「私が生まれたときに建てられた、私が育つはずだった家」と考え、それに強い執着を見せていることだ。刑務所は「岡崎」の代償で「家庭を求めている」と彼は言う。


小島被告が刑務所に入りたがった理由がわかります。
彼は家族の誰とも“絆”というものを感じることができなくて、どの家にいてもいつ「出ていけ」と言われるかわからないという不安があったのでしょう。無期懲役で入った刑務所ならその不安がありません。
それに、彼はかなり意図的にホームレス生活をしていますが、母親はホームレス支援の仕事で帰宅が遅かったということで、彼はホームレスになることで母親に近づけた気がしていたのかもしれません。

もちろん刑務所に入るために人を殺すなどということは許されません。
しかし、自分がたいせつにされた経験がない人間に、人をたいせつしろと求めるのも不条理なことです。
彼には犯罪をして世間を騒がせることで家族に対して復讐している気分もあるでしょう。

私たちは、こうした犯罪をする人間は異常者だと決めつけがちですが、その人間のことをよく知れば、私たちと同じ人間であることがわかります。
その認識を出発点に犯罪対策を立てなければいけません。

スクリーンショット (7)
6月に逮捕されたときの熊沢英昭被告


12月11日から13日にかけて農水省元事務次官の熊沢英昭被告が長男英一郎を殺した事件の公判が行われ、事件の内容がかなり明らかになりました。

この事件は、犯人が元事務次官という“上級国民”であったことと、ちょうど川崎市20人殺傷事件の直後で、熊沢被告が「長男が川崎のような事件を起こしてはいけないと思った」と自身の犯行を正当化したことと、長男が引きこもりや家庭内暴力や発達障害などであったことから、犯人に同情する声が多くありました。橋下徹氏などは「僕が熊沢氏と同じ立場だったら同じ選択をしたかもしれない」とまで言いました。

しかし、子どもが悪かったとしても、そのように育てたのは親です。
このケースでは、両親はどのように長男を育てたのでしょうか。
フジテレビ系「 直撃LIVE グッディ! 」で報じられたことから、親子関係の問題点を見ていきたいと思います。


公判によって、いくつかの新事実が明らかになりました。
長男の家庭内暴力というのは中学2年生から大学1年生までで、しかもそれはすべて母親に向けられたものでした。
事件の1週間前に長男は実家に戻って両親と同居を始めますが、そのときに初めて父親に暴力をふるいました。父親は殺されるという恐怖を感じて、それが犯行につながったようです。

熊沢被告の妻は義理の弟の心療内科に相談し、長男は統合失調症と診断され、数十年にわたって投薬治療をしていたということです。
長男が統合失調症だったということは初めて明らかになりました。

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長男には妹がいて、自殺していました。母親は「兄の関係で、縁談があっても全部消えた。それで絶望して自殺しました」と自殺の理由を語りました。
兄が統合失調症だということが破談の原因だということでしょう。精神病に対する世の中の偏見は根強いので、ありえないことではありません。
ただ、縁談を断られて自殺したというのは、あくまで母親の言い分です。それだけのことで自殺するとは思えません。家族関係により大きな原因があったと見るのが普通でしょう。
母親もうつ病になり、自殺未遂をしたということです。

長男が統合失調症だったということには疑問が残ります。
長男は4年前にアスペルガー症候群だと診断されたということです。
統合失調症という診断がついているのに、その上にアスペルガー症候群の診断をするというのは不可解です。

アスペルガー症候群の診断をした主治医は、日本テレビ系(NNN)の記事によると法廷で次のように証言していますが、統合失調症についてはまったく触れていません。
12日は証人尋問が行われ、殺害された長男・英一郎さんの主治医が出廷した。弁護側の質問に対して、主治医は、英一郎さんを自閉症の一種であるアスペルガー症候群と診断していたと証言し、「英一郎さんは思い通りにならないとパニックを起こし、暴力をふるう症状があった」と述べた。

また、「英一郎さんがなかなか通院しなかったので、お父さんが代わり通院して薬を取りに来ていた。お父さんからの情報で英一郎さんの状況を判断していた」と証言。

さらに「経済的支援を行い、通院も1回も欠かさなかった。ツイッターを通して英一郎さんの情報を知り、知らせてくれていた。ほかの家族と比べても大変よく面倒をみていて、大変敬意を持って支援のあり方を見守っていた」と述べ、熊沢被告の支援には頭が下がる思いだったと証言した。
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20191212-00000262-nnn-soci


弁護側は、「熊沢被告は長年にわたって息子の生活を支え、献身的に尽くしてきていて、事件の経緯や動機には同情の余地が大きい」として、執行猶予つきの判決を求めました。

弁護側は「献身」と言い、主治医は「支援」と言いますが、その実態は「過保護・過干渉」です。
「 直撃LIVE グッディ! 」は、そこをわりと詳しく伝えています。

ツイッターのDMでも過干渉ぶりが出ています。

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4年前に長男が「アスペルガー症候群」と診断されたときにも、都内に持ち家を与えたということです。
熊沢被告は「基本的に月に2回は行っていた。月1回は薬を届けに、1回は食べ物で使ったものの領収書を取っておけ、その分食費は渡すからと食費を渡していた。一緒にファミレスで食事をするなどしてコミュニケーションを図りました」と語りました。
普通は「生活費」としてまとめて渡すもので、いちいち食費の領収書を求めるのは、長男の生活能力を信じていないことになります。
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このような細かい“生活指導”が長男の自立を妨げていたと考えられます。

長男はマンガ・アニメが好きで、最初に入った大学を休学してアニメの専門学校に行きますが、就職に失敗、その後、複数の大学に編入し、大学院にも行き、熊沢被告はその都度援助していたということです。

熊沢被告はまた、「息子に生きがいを持ってほしいと思いました。コミックマーケットに出品したらどうかと勧めました。私は売り子として手伝いをしました。朝から晩までスペースに座って小雑誌を売りました」と語りました。

コミケ参加者に父親が同伴して手伝っているという話は聞いたことがありません。
オタクというのは特殊な趣味を共有する閉鎖的なサークルをつくるもので、その世界にまで父親が介入してきたら、長男は自分の世界が持てなかったのではないでしょうか。

そして、最大の問題は、長男が就職したときの熊沢被告の態度だったのではないかと思います。
FNNプライムの裁判の記事にはこう書かれています。

熊沢被告は、英一郎さんが大学を中退すると就職先探しに奔走したという。

熊沢英昭被告:時期が就職氷河期で。本人はアニメ系がいいといくつか受けましたが、ダメでした。

最終的に義理の兄が勤める病院に就職させたというが…

熊沢英昭被告:残念ながら勤務状況が悪いと感じました。ブログで上司の悪口を書いていました。迷惑をかけると心を痛めていました。お礼を言って引き取りますと言わざるを得なかったんです。

しかし、英一郎さんは退職に納得がいかず、ある行動に出たという。

熊沢英昭被告:医師から連絡がありました。「英一郎さんが『明日、社会的事件を起こす。上司を包丁で刺す』と言っている」と。おさめなきゃと思ってアパートまで駆けつけました。時間をかけて説得しました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191212-00010009-fnnprimev-soci
就職先をクビになったのではなく、父親に辞めさせられていたのです。
長男としては、クビになっていれば、なにが悪かったのかと反省し、次につなげることもできたでしょう。
世の中には子どもの就職の世話をする親はよくいますが、子どもの辞職の判断までする親はいません。
このときに長男は、自分は働けない人間なのかと絶望したのでしょう。

5月25日、熊沢被告は一人暮らししていた長男を実家に迎え入れました。
最初の日は、被告の妻が「父と息子の関係は良好だった」と証言しました。
次の日、熊沢被告が外出しているとき、長男は泣き出して、「お父さんは東大出て、なんでも自由になっていいね。私の44年の人生は何だった」と言ったということです。
そして、その日、被告が長男に「ゴミもたまっているから掃除しなきゃ」と、それまで住んでいた家の掃除を提案すると、長男は激高して、被告に「殺すぞ」などと言って激しい暴力をふるったということです。
その1週間後、熊沢被告は長男を殺しました。

熊沢被告の過保護・過干渉が長男の自立の芽をつんだことがすべての元凶だと感じます。

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