
東京都知事選で2位になった石丸伸二氏は、安芸高田市という人口2万6000人ほどの小さな市の市長からいきなり東京都知事選に立候補して、165万票を獲得しました。
石丸氏が人気者になった理由はなんでしょうか。
私が石丸氏を初めて知ったのは、石丸安芸高田市長が市議会で居眠りをしていびきを議場に響き渡らせた議員を非難して「恥を知れ恥を!」と言っているのをニュース番組で見たことでした。
もっとも、これはニュース番組の取り上げ方にも問題がありましたが、私が誤解していました。
居眠り議員のいびきが議場に響き渡ったのは市長の就任直後のことでした。石丸市長はその場ではなにも注意せず、逆に「眠たくならないような答弁をしないといけないな」と言って“おとなの対応”をしていました。
しかし、その後ツイッターで居眠り議員をさらしたので、議員たちが反発し、石丸市長に抗議だか注意だかをすると、石丸市長は「非公開の会議の席で『議会を敵に回すと政策に反対するぞ』と議員から恫喝された」とメディアに告発、その後もツイッターで議員たちの非難を続けました。
恫喝したと名指しされた議員は、恫喝はなかったとして石丸市長に発言の撤回と謝罪を求めましたが、石丸市長が応じないため名誉棄損の訴訟を行い、広島地裁と広島高裁で議員が勝訴して33万円の支払いが命じられました。
ともかく、こうしたことから石丸市長と議員たちはことあるごとに対立します。
そして、市長が市議会の定員を16名から8名に半減する条例を議会に提出し、それが14対1で否決されたとき、市長は「恥を知れ恥を!」と言ったわけです。
議員定数半減の条例案は議会軽視だと批判されると、市長は「居眠りをする。一般質問をしない。説明責任を果たさない。これこそ議会軽視の最たる例です」と真っ向から反論しました。
このころから市長と議員のバトルがYouTubeの切り抜き動画となって多数視聴されるようになりました。「恥を知れ恥を!」だけでなく、「バッジを外して出て行ってください!」「これが恥の重ね塗りというやつです」「頭が悪い人は具体的な議論のポイントが示せない」「議員の仕事をしてください」などの決め台詞を効果的に使うので、切り抜き動画を見た人は、若い市長が古くさい議員をやりこめていると思い、喝采しました。
石丸市長は議員だけでなく記者も「偏向」「取材不足」などと攻撃し、バトルの幅を広げました。
議員定数を半減させる条例案は、否決されるに決まっています。それを提出することで市長と市議会のバトルを演出したわけです。
そのときに発した「恥を知れ恥を!」という言葉もあらかじめ用意したものでしょう。
2019年6月、野党が安倍首相に対する問責決議案を出したとき、自民党の三原じゅん子議員が参院本会議場で野党議員に向かって「恥を知りなさい!」と言ったのが安倍支持層に大いに受けたのを参考にしたに違いありません。
「改革の志に燃えて古い政治家やメディアと戦う若き政治家」という構図づくりに成功し、石丸氏はYouTubeなどで大人気となりました。その勢いを駆って、市政を放り出して東京都知事選に立候補すると、165万票の大量得票をしたわけです。
石丸氏の都知事選の公約は「政治再建」「都市開発」「産業創出」の三本柱となっていますが、大した内容ではありません。街頭演説を数多くしましたが、演説は大してうまくないといわれます。
石丸氏の人気はすべてSNSを駆使して「戦う政治家」のイメージづくりに成功したからです。
ちなみに彼のYouTubeチャンネルの登録者数は30万人以上。小池氏と蓮舫氏の公式チャンネルはそれぞれ3000人と1万人です。
石丸氏はトランプ前大統領に似ているといわれます。トランプ氏も激しい言葉で政敵を攻撃するのが得意ですし、ツイッターなどSNSを利用して支持を広げてきました。
小泉純一郎首相も、当時は劇場型政治といわれましたが、郵政民営化を争点にして改革派対守旧派の構図をつくり、守旧派に対して“刺客”を放つというバトルを演出したので、国民は熱狂しました。
郵政民営化の是非が判断できる国民はあまりいなかったと思われますが、そんなことは関係ありませんでした。
安倍首相も小泉首相のやり方を受け継いで、つねに「戦う政治家」を演じ、「やってる感」を出すことで高支持率を維持していました。
石丸氏がいちばん参考にしたのは維新の会のやり方でしょう。
橋下徹氏、松井一郎氏、吉村文洋氏はつねに役人とマスコミに対して攻撃的で、それによって人気を博してきました。
外国のリーダーを見ても、最近はやけに攻撃的な姿勢の人が目立ちます。
これはインターネット時代の特徴でしょう。
政治家の声が直接有権者の耳に届くので、攻撃的な言葉ほど受けるのです。
石丸氏は「戦う政治家」を演じて人気となりましたが、戦う政治家がよい政治をするとは限りません。
維新の会の政治家は思想も理想もない人たちなので、大阪府の行政改革をある程度やってしまうとほかにやることがなくて、維新の会の存在価値もなくなってしまいました。
石丸氏も、安芸高田市長としての実績はどうかというと、ほとんどなにもないようです。
7月7日に行われた石丸市長の後任を選ぶ市長選では、石丸市政からの転換を訴える候補が当選し、石丸市政の継承を訴えた候補は落選しました。これだけで地元では石丸市政が評価されていないことがわかります。
石丸市長が議員やメディアとバトルを演じるのは、遠目にはおもしろいかもしれませんが、地元の人たちにとっては迷惑だったのでしょう。
なお、居眠りしていびきを響かせた議員は、のちに軽い脳梗塞だったことがわかり、診断書を提出しました。今はすでに死亡したということです。
都知事選が終わって1週間とちょっとたちましたが、石丸氏のインタビューの受け答えがまともでないので、「石丸構文」とか「石丸話法」とかいわれて、あきれられています。
石丸氏は安芸高田市の記者とバトルを演じて、それが受けていたので、同じことをやったのでしょう。
しかし、東京のインタビュアーとバトルを演じても意味はなく、一般の人にとっては「インタビュアーにかみつくおかしな人」ということになってしまいました。
また、政治家ならなにか主張したいことがあるはずで、質問が的外れであっても、この機会に言いたいことを言うはずです。
ところが、石丸氏にはなにも主張したいことがないのでしょう。インタビュアーと無意味な言葉のやり取りで時間を使ってしまいました。
石丸氏と対極にいるのが自民党の古い政治家です。
石丸氏がリングの上で戦う政治家だとすれば、自民党の古い政治家は水面下の談合や寝技を巧みにすることで出世してきました。
ですから、石丸氏の「政治屋を一掃する」という公約は有権者の心に刺さります。
蓮舫氏も戦う政治家のようですが、実は批判するばかりで戦っていません。お決まりの生ぬるい批判ばかりでは効果もありませんし、国民に飽きられています。
敵の急所を鋭い言葉で攻撃して、敵の存立を脅かすぐらいにやらなければいけません。
戦う政治家がよい政治家とは限りませんが、今後、戦う姿勢を示す政治家が支持される傾向はどんどん強まっていくでしょうから、どの政治家もそれに対応しなければなりません。