村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

カテゴリ: 右翼思想を解体する

trump-2023751_1280

2025年はかつてなく混乱した年でした。
混乱の中心にいたのはトランプ大統領です。
関税で世界経済を混乱させ、イスラエルのガザ侵攻の後ろ盾になり、ウクライナ戦争を終わらせることができず、アメリカ国内では分断を深めました。
これはトランプ大統領個人の問題というよりも、トランプ氏を支持してきたアメリカ国民の問題でもあります。
アメリカ国民が変わらないと、またトランプ氏みたいな大統領が出てきます。

アメリカでは麻薬汚染と犯罪が深刻です。
麻薬汚染と犯罪のひとつの原因は格差社会です。希望を失った貧困層の人は麻薬に逃避し、犯罪のハードルが下がります。
もうひとつの原因は家庭崩壊です。家族関係で傷つき、家族のささえをなくした人間は、やはり麻薬と犯罪に走りがちです。
しかし、トランプ大統領は麻薬は外国のせい、犯罪は移民のせいにしています。
国民もそういうトランプ氏を支持してきました。
そのためにアメリカ社会の病理は深刻化する一方です。


J.D.バンス副大統領はアメリカの矛盾を一身に集約したような人物です。
バンス氏はオハイオ州の貧しい労働者階級の家庭に生まれました。幼いころに両親は離婚し、それから母親は男をとっかえひっかえし、バンス氏には何人もの義理の父親がいます。実の父親とは疎遠でした。母親はずっと麻薬依存症で、治療によって快復したこともありますが、また麻薬にはまります。バンス氏は主に祖父母の家で育ちましたが、祖父母はアルコール依存症で、祖父からは暴力をふるわれました。ただ、祖母はバンス氏をたいせつにしてくれ、姉もよく世話してくれました。
周りも貧しい労働者の家庭で、離婚、暴力、麻薬、犯罪が横行しています。そういう環境から成り上がるのはきわめて困難です。
バンス氏は高校卒業後、地元の大学に進むつもりでしたが、学費の負担がたいへんです。そこで海兵隊に入り、4年間勤務してからオハイオ州立大学に入りました。復員兵援護法によって学費のかなりの部分がカバーできました。
オハイオ州立大学は二流ないし三流大学のようです。バンス氏はそこからアイビーリーグであるイェール大学のロースクールに進みます。そして、高給取りの弁護士になって、作家として成功します。
今やアメリカは階層が固定し、貧困層の崩壊家庭から富裕層に垂直移動したバンス氏のような例はまれです。そうしたことも注目され、上院議員から副大統領にまでなりました。


トランプ大統領は富裕層の生まれです。父親は手広く不動産業を営んでいましたが、黒人嫌いで、KKKに所属して活動していたことがあるといわれています。
トランプ氏は子どものころ度重なる不良行為が原因で13歳で陸軍幼年学校に転入させられます。ペンシルベニア大学を卒業後、父親の会社に入ります。
長男である兄のフレッド・トランプ・ジュニア氏はパイロットを志して家業を継がなかったために父親とトランプ氏から軽蔑されました。トランプ家では「勝者か敗者か」という価値観が強く、家業を継がない者は敗者と見なされたのです。フレッド・ジュニア氏はアルコール依存症になり、アルコール依存症が原因の心臓病で42歳で死亡しました。
トランプ氏は20代のときに辣腕弁護士のロイ・コーン氏に出会い、薫陶を受けます。映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』によると、ロイ・コーン氏はトランプ氏に「勝つための3つのルール」を教えます。それは「攻撃、攻撃、攻撃」「非を絶対に認めるな!」「勝利を主張し続けろ!」というものです。大統領選でバイデン氏に負けたとき「選挙は盗まれた」と主張し続けた理由がわかります。

富裕層に生まれたからといって楽な生き方ができるわけではありません。「勝者か敗者か」というプレッシャーにさらされ続けます。バンス副大統領もイェール大学のロースクールから一流弁護士事務所に就職するときはきびしい評価にさらされました。
トランプ大統領もバンス副大統領もろくな家庭で育っていませんが、これがアメリカの現実です。息子ブッシュ大統領も一時期アルコール依存症でした。


トランプ氏の今の家庭はどうなのでしょうか。
トランプ氏は3回結婚しています。女性関係は派手で、元ポルノ映画スターのストーミー・ダニエルズ氏に不倫の口止め料を支払い、裁判沙汰になったこともあります。
少女への性的虐待罪で起訴されたあとに死亡したジェフリー・エプスタイン氏とも交友があり、トランプ氏も性的虐待を行ったのではないかという疑惑は今や大問題になっています。

こんな女好きの男が家族を重視する保守派に支持されるのは不思議です。
女好きの男には支持されるかもしれませんが、女性はどうなのでしょうか。

メラニア夫人がトランプ氏を嫌っていてもおかしくありません。現にメラニア夫人がトランプ氏と手つなぎを拒否する動画があります。



人間は誰でも家族の人間関係の中で人格の基礎的な部分を形成をします。
トランプ氏は父親の差別主義と「勝者か敗者か」という価値観を身につけました。
トランプ氏にとっては、USAIDやオバマケアなどは敗者を救済する間違ったものなのでしょう。

バンス氏は祖母を心のささえにしていますが、祖母は激しい気性で、バンス氏は祖母が銃で人を殺すのではないかと本気で恐れたことが何度もあります。祖母は家の各所に銃を常備していて、家の中に19丁の装填済みの銃があったということです。
ということは、バンス氏の中にも暴力的なものがあるでしょう。バンス氏が大統領になれば軍事力行使のハードルが低いかもしれません。


保守派が理想とする家父長制の家庭は、父親が妻と子どもを力で支配する家庭です。
それが離婚、暴力、虐待という崩壊家庭を生みます。
崩壊家庭でない家庭は力で支配された家庭です。
バンス氏は崩壊家庭で育ち、トランプ氏は力で支配された家庭で育ちましたが、どちらも根は家父長制です。
家父長制の家庭で育った人間がアメリカの指導者になり、また家父長制の家庭を再生産します。
これではアメリカは少しも変わりません。


しかし、変わる可能性はあります。
キーマンはバンス氏です。


バンス氏の著書『ヒルビリー・エレジー』によると、バンス氏にはロースクールでウシャというクラスメートの恋人ができます。ウシャはバンス氏の“精神的指導者”になります。

バンス氏が受けた有名法律事務所の二次面接が街の最高級レストランで開かれました。テーブルの上にバカげた数のナイフとフォークが置かれていて、スプーンだけで3本もあります。バンス氏はトイレに行くふりをしてウシャに電話をします。ウシャは「外側から順番に使っていけばいいのよ。お皿が替わったら、同じナイフやフォークを使っちゃだめ。いちばん大きなスプーンはスープ用よ」と教えてくれ、おかげで恥をかかずにすみました。
このエピソードは、貧困層から上に行くことの困難さをよく示しています。

感謝祭の日にバンス氏がウシャの実家を初めて訪れたとき、家の中の雰囲気が穏やかなことに驚きます。ウシャの母親は夫の陰口を一言も口にしませんし、会話の中で親類や友人の誰それが嘘つきだとか裏切者だとかいった話はまったく出ません。ウシャの両親はそれぞれの親をほんとうに愛しているようで、兄弟とも仲良く会話していました。

バンス氏はつき合っている中で、しばしばウシャに怒りを爆発させて、暴言を吐いてしまいます。それでもウシャはバンス氏を捨てませんでした。やがてバンス氏は、数世代にもわたって家族を苦しめてきた、愛する人を傷つけてしまう気質を自分も受け継いでいることに気づきます。
カウンセリングを受けることも考えましたが、それよりも図書館へ行って調べることにしました。そうすると、自分の問題は重要なテーマとして研究されていることがわかりました。心理学者はそれを「逆境的児童期体験(ACE)」と呼んでいました。
ACEは被虐待経験だけでなく、幼児期における家族の精神疾患、家族の自殺、養護施設での生活なども含まれます。崩壊家庭における苦しい体験といっていいでしょう。
ACEは依存症の原因になるだけでなく、うつ病、糖尿病、心筋梗塞、脳卒中、肺炎、腰痛・頭痛、がんなどになる可能性を高めます。

ACEの概念は最近日本に入ってきましたが、アメリカでは10年以上前からいわれていたわけです。
アメリカでは薬物依存症やアルコール依存症の治療法も普及しています。バンス氏の母親も何度も薬物依存症の治療を受けて、一時的には立ち直っています。有名人が薬物依存症であることを告白することもよくありますが、批判されることはなく、むしろ治療に立ち向かうことを応援されます。日本ではまだ本人の意志の弱さが責められるでしょう。

このような心理学的アプローチは、麻薬や犯罪を外国や移民のせいにするのと違って、王道です。
この道が家族を再生させます。
バンス氏はそうした心理学を学び、自分の家族とウシャの家族の違いを考え、生き方を変えていきました。

あるとき運転中に割り込んできた車にクラクションを鳴らすと、運転席の男はこちらに向かって中指を立てました。赤信号で停車したので、バンス氏はドアを開けようとしました。相手の男に謝らせるつもりで、向こうがその気なら喧嘩もいとわない気持ちでした。名誉が傷つけられたとき男はそうするものだと思っていたのです。しかし、バンス氏は車から降りるのをやめてドアを閉めました。前に同じようなことがあったときはウシャが「バカなことはやめて!」と叫んで止めたのですが、今回はその前に思いとどまったのです。彼女は「自分を抑えられるあなたを誇りに思う」とほめてくれました。

バンス氏はウシャと結婚し、『ヒルビリー・エレジー』を書いたときも彼女は原稿を何十回も読み、アドバイスをしてくれたそうです。バンス氏の夫婦仲はトランプ氏の夫婦仲とはまったく違うものと見えます。


上院議員となったバンス氏は、最初は反トランプの立場でしたが、あるときから態度を変えてトランプ支持になりました。それが奏功して副大統領になりました。
最近は祖母の生き方を肯定するようなことも言っていて、家父長制の側に戻ったようです。
しかし、一度はアメリカの病理の根本は家族にあると気づいたのですし、今も妻のウシャはそばにいます。
バンス氏は祖母の生き方かウシャの生き方か、ふたつの道で迷っているのかもしれません。

トランプ氏のやっていることは支離滅裂なので、今後どんどん支持率は下がっていくでしょう。
バンス氏も副大統領としていっしょに沈んでしまってはだめですが、どこかで路線変更すれば、次の大統領選で有力候補になることができます。

今のアメリカの問題の根本は家族のあり方にあると気づいているのは、民主党の人間にもほとんどいなくて、今のところバンス氏ぐらいではないかと思われます。
アメリカの問題を移民と外国のせいにする今のやり方が見捨てられたとき、バンス氏の出番になるでしょう。
大統領にならなくても、『ヒルビリー・エレジー』に書かれたことはアメリカ再生の道を示しています。


4472595_m

11月4日に行われたニューヨーク市長選でゾーラン・マムダニ氏が当選しました。
マムダニ氏は34歳、インド系、イスラム教徒で、民主社会主義者です。
マムダニ氏は家賃の値上げ凍結、保育や市営バスの無料化、富裕層への増税を公約に掲げていました。かなり社会主義的な政策です。
トランプ大統領の支持率は下がり続けていますが、民主党の支持率は上がりません。そうした中で現れたマムダニ氏は民主党の希望の星になれるでしょうか。

ラストベルトの白人労働者の不満をトランプ大統領はすくいあげたが、民主党はポリコレやDEIばかり言っていて、中間層の不満に向き合わなかったということがいわれました。民主党は労働者の党ではなくインテリと富裕層の党になったともいわれました。

では、トランプ大統領が労働者の不満に応えたかというと、そんなことはありません。
トランプ氏の政策によって労働者の給料が上がったということはなく、逆に物価高によって生活は苦しくなっています。
トランプ大統領のやったのは富裕層への減税です。格差は拡大しました。

トマ・ピケティが『21世紀の資本』で明らかにしたように、資本主義社会では資産家の収入の増加率は労働者の収入の増加率を上回るので、貧富の差はどこまでも拡大します。
とりわけアメリカの格差社会の進展はすさまじいものがあります。
上位1%の富裕層の所得シェアは、1980年では10.0%でしたが、2008年には21%にまで増加しました。
上位1%の富裕層がアメリカ国内40%以上の金融資産を持っています。 下位50%のアメリカ人が持つ総資産が全体に占める割合はたったの2.5%です。

つい先日も、テスラの株主総会はイーロン・マスク氏への1兆ドル(約150兆円)の報酬を承認したというニュースがありました。
マスク氏は確かに優秀な経営者ですが、能力と報酬が見合っていません。その報酬のほとんどは従業員と取引先に分け与えられるべきものです。

労働者の不満を解消するには、「格差の解消」や「所得の再分配」が必要です。
しかし、アメリカでは、とくに保守的な人々にとっては、そういう主張は社会主義的で受け入れられないのでしょう。

ただし、今年8月に行われたギャラップ社の世論調査によると、資本主義を好意的に捉えているとの回答は全体の54%にとどまり、2021年の60%から低下し、調査が始まった10年以降で最も低い数字となりました。
一方、社会主義への支持は全体で39%とほぼ横ばいでしたが、民主党支持者では3分の2が社会主義に好意的な見方を示し、10年の半数から大きく増加しました。
冷戦後に成人した世代は、年配者ほど社会主義に対する否定的なイメージを持っていないということです。
それがマムダニ氏当選の下地になったわけです。

マムダニ市長のニューヨーク市政が成功すれば、民主党も共和党も格差問題に向き合うことになるでしょう。
マムダニ市政の動向に注目です。



アメリカの民主党ではもう一人の新星が現れました。
11月7日付朝日新聞の『「赤い州」反トランプの新星』という記事が、テキサス州議会の下院議員で来年の中間選挙の上院選に立候補を表明しているジェームズ・タラリコ氏を紹介していました。
タラリコ氏は36歳の白人、元中学教師、祖父はバプテスト派牧師で、みずからも最近まで神学校に通っていました。リベラル派には珍しく、キリスト教的観点から保守派を批判しています。
たとえば演説はこういった調子です。
「人々は『別の種類』の政治を渇望している。憎しみでも、恐怖でも、分断でもなく、愛の政治を。それは州への愛、国への愛、そして壊れた米国を癒す相互愛だ」
タラリコ氏が中間選挙への立候補を表明すると、3週間で600万ドル(約9億2000万円)を越える献金を集めました。「白人版バラク・オバマ」などといわれています。
当のオバマ氏もタラリコ氏のことを「彼はすばらしい。ほんとうに才能ある若者だ」と称賛しました。
これまで共和党を支持してきた小学校教師(37歳)は、保守派について「彼らは物事に悲観的で憎しみに満ちている」と感じ、「タラリコ氏は隣人を愛し、助け合うキリスト教の本質を掘り下げている」と語りました。

キリスト教は愛の宗教です。「汝の敵を愛せよ」とか「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい」という言葉がその本質を表現しています。
しかし、昨今「汝の敵を愛せよ」という言葉はまったく聞かれません。
福音派を初めとするキリスト教勢力は、きわめて攻撃的で憎しみに満ちたトランプ氏を支持しています。
つまりキリスト教は愛の宗教であることをやめて、別のものに変質しているのかもしれません。
そういう意味でタラリコ氏の訴えはキリスト教の王道です。分断が深刻化するアメリカで王道の訴えが人々の心に響くようになったのでしょうか。

タラリコ氏がどういう政策を訴えているのかよくわかりませんが、愛の政治をするなら、貧困層への福祉を重視し、格差社会も問題にするでしょう。
つまりマムダニ氏の社会主義的政策と似たものになるはずです。
両者の政治が合体すると、社会主義と愛の結合体になります。
これは新しい可能性ではないでしょうか。



最近、斎藤幸平氏の著作の影響もあって、マルクス主義が見直されているようです(マルクス主義の見直しは世界的だそうです)。
斎藤氏はソ連型の国有化でない社会主義として「コモン」という概念を提示します。コモンというのは、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として市民が共同で管理することを目指すものです。もともとマルクスも労働者の相互扶助として「アソシエーション」という言葉を使っていて、アソシエーションがコモンを実現するというわけです。
もうひとつわかりにくい感じもしますが、コモンには市場原理や競争原理がなく、相互扶助があるとすると、これを「愛」の原理といってもいいのではないでしょうか。
競争社会にうんざりしている人にとっては、社会主義と愛の結合体は魅力的です。


もっとも、なかなかそううまくはいかないでしょう。
富裕層はマムダニ市長の社会主義的な政策を全力でつぶしにかかります。これがアリの一穴になってはたいへんだからです。
貧困層が富裕層に打ち勝つのはきわめて困難です。力がまったく違うからです。
日本では、格差問題を正面から取り上げているのはれいわ新選組と共産党ぐらいです。
立憲民主党も「富裕層への増税」を言っていないわけではありませんが、あまり強くは主張していません。マスコミの経営陣は富裕層ですから、あまり強く主張するとつぶされるからです。

民主社会主義者のバーニー・サンダース上院議員は、若者に人気で、大統領選の民主党予備選に二度立候補しましたが、どちらも敗れました。マムダニ市長は85歳のサンダース議員の後継者と目されていますが、果たしてサンダース議員を越えることができるでしょうか。


タラリコ氏も前途は多難です。
テキサス州は共和党の強いところですから、タラリコ氏が上院議員選に出馬しても当選はむずかしいと目されています。中央政界にデビューできないかもしれません。
それに、政治の世界では「愛」という言葉は嫌われます。というか、バカにされます(「愛国心」は他国への敵意を前提に国内の結束を固めるためのものですから、愛とはいえません)。
政治は権力を巡る戦いですから、愛のある人は戦いに不利です。
平和主義者と戦争主義者(好戦主義者)が戦えば戦争主義者が勝ちます。
他国への敵意をあおり、勇ましいことを言う政治家は、平和を説く政治家よりも国民の支持を得ます。
そうして人類は戦争を繰り返してきました。
その挙句、ヒトラーが登場し、今またトランプが登場しました。
人類も少しは反省して、憎しみと攻撃の政治家ではなく愛と平和の政治家を選ぶべきと思うようになってもおかしくありません。

資本主義は競争原理なので、人々は互いに争うことにうんざりしています。また、なにも手当をしないとどこまでも格差は拡大していきます。
「社会主義と愛」がリベラルの生きる道です。

33767862_m

右派、保守派の基本はナショナリズムです。ナショナリズムは国家規模の利己主義ですから、各国に保守派政権ができると必然的に互いに衝突し、戦争になる可能性が高まります。
そうならないようにナショナリズムの主張を弱めると、国内の支持者が失望するというジレンマに陥ります。ですから、保守派政権は長続きしないだろうということを私は前に書きました。
しかし、時代が変わって、ナショナリズムも変わりました。いわば旧型から新型にモデルチェンジしていたのです。
どうモデルチェンジしたのか、改めて確認しておきたいと思います。


高市首相は韓国の李在明大統領と10月30日に会談し、李大統領が「心配はすべてなくなった」と述べるなど、きわめて友好的な会談だったようです。
翌日には習近平主席と会談し、「戦略的互恵関係」を確認しました。
高市首相はナショナリズムの主張を封印し、現実的な対応をしましたが、高市支持者から不満の声は上がりません。むしろうまくやったと評価されているようです。
靖国神社参拝については前から行わないことになっていましたが、やはり不満の声は上がっていません。
つまり高市支持者は、高市政権が中国や韓国に強い態度に出ることを望んでいるわけではないのです。
高市支持者の関心はもっぱら国内にあります。

参政党のスローガンは「日本人ファースト」でした。これが日本の保守派の心情にぴったりなのです。
「日本ファースト」だと外国とぶつかってしまいます。それは望まないわけです。
国内で外国人を差別している限り国際的な問題になりません。
それに外国人は犯罪的だとか、マナーが悪いとかの理由をつければ、これは差別ではないという言い訳が立ちやすくなります。
つまり今のナショナリズムは、国内だけで完結する内向きのナショナリズムです。

これはヨーロッパでも同じようです。
ドイツでもフランスでも極右政党が伸びています。いずれ政権を取るかもしれません。そうすると二十世紀のようにドイツとフランスが戦争をすることになるかというと、そうはならないでしょう。
イタリアでは2022年の総選挙で極右政党「イタリアの同胞」が第一党となり、党首のジョルジャ・メローニ氏が首相に就任しました。メローニ首相はイタリア史上初の女性首相です。くしくも高市首相と同じです。
極右政権ができたということで警戒されましたが、メローニ首相はそれまでの極右的な主張を封印して現実路線をとり、一応安定政権を築いています。
考えてみれば、ヨーロッパの極右政党がもっとも強く主張することは移民排斥です。移民を国から追い出すことに限れば国内問題です。他国との摩擦は起きません(追い出される移民の母国は不愉快でしょうが)。

今はグローバル経済のもとで各国が互いに密接につながっているので、自国ファーストを主張して他国と対立することは損にしかなりません(自国ファーストの主張ができるのはアメリカぐらいですが、それですらうまくいっていません)。ましてや戦争になると、ウクライナ戦争を見てもわかるように、ただ悲惨なだけです。
極右政党とその支持者もそういうことはわきまえているのでしょう。
高市政権とその支持者も同じです。


日本の保守派はみな反中国です。
しかし、中国に直接なにかを強く言うことはありません。
尖閣諸島について強く主張したところで、中国が日本の領有権を認めることは考えられませんし、習近平主席がへそを曲げるとやっかいです。なにしろ中国のGDPは日本の約4.5倍です。
保守派やネトウヨもそういうことはわかっているので、彼らは日本の親中国の政治家、たとえば引退した二階俊博氏や林芳正衆院議員などを“媚中派”として非難するだけです。
中国人が日本の土地を買うのを規制しろとか、中国人留学生が優遇されすぎているとか、中国人のマナーが悪いとかいったこともよくいわれますが、これらはすべて国内問題です。

対象は中国人に限りません。外国人の犯罪が多いとか、外国人のマナーが悪いとか、オーバーツーリズムをなんとかしろとか、外国人が生活保護を受けているとか、社会保険料を払っていないとか、起訴されないとかといったことが盛んにいわれます。
たいていは大げさであるかフェイクですが、こうして外国人を差別して非難することが保守派のメインの“仕事”になっています。

高市首相は総裁選のときに外国人が奈良公園の鹿をいじめているという話をし、これは根拠がないと批判されましたが、それによって支持も得ました。
今、高市内閣が高い支持率を得ているのは、こうした外国人差別の人の支持があるからでしょう。


しかし、国内の外国人を差別するだけでは終わりません。保守派の矛先は日本人にも向けられます。
高市政権は「スパイ防止法」制定に向けて動き出しました。
スパイ防止法はかつて「日本はスパイ天国」というデマのもとに制定に向けた動きが強まった時期がありましたが、特定秘密保護法が制定されてスパイ防止法の必要性がなくなりました。
今度は「スパイ防止法がないのは日本だけ」というプロパガンダが行われています。
防止法の対象となる「国家機密」がきわめてあいまいで広範囲であり、機密を「探知・収集」、「外国に通報」、「他人に漏らす」などの行為もあいまいで広範囲なので、誰にでも「スパイ」の汚名を着せることができます。
参政党の神谷宗幣代表は先の参院選で「極端な思想の人たちを洗い出すのがスパイ防止法」と発言しました。
スパイ防止法ができなくても、法案について議論するだけで、「スパイ防止法に反対するのはスパイ」と言って日本人を分断することができます。

日本国を侮辱する目的で日本国旗を損壊した人を罰する「国旗損壊罪」を制定しようとする動きもあります。
バカバカしい法律なので、いちいち批判は書きませんが、この法案に反対する人を「反日日本人」と決めつけて、やはり日本人を分断しようという考えでしょう。


つまり今の保守派は、外国に対してはなにも主張せず、もっぱら国内で外国人を差別し、日本人を分断する「内向きナショナリズム」になっています。
「内向きナショナリズム」は互いに連携することが可能です。バンス副大統領やイーロン・マスク氏は欧州の極右政党の支持を表明しています。
つまり欧州の極右政党やトランプ政権の移民排斥運動は、世界的な人種差別運動と見ることができます。
「内向きナショナリズム」は、グローバルノース対グローバルサウスの世界的対立の一部です。
日本の保守派は“名誉白人”のつもりで外国人差別をしているわけです。

ナショナリズムの変質を見きわめて、今は外国人差別と日本人分断に対処することがたいせつです。


1214404_m

高市早苗政権が発足しました。
内閣支持率は好調で、とくに若者の支持が高いそうです。
私などから見ると、安倍政権の二番煎じとしか見えませんが、第二次安倍政権の発足が2012年ですから、若い人には新鮮に見えるのかもしれません。
それに、石破茂前首相と高市早苗首相は政治的スタンスがまったく違いますから、自民党得意の「疑似政権交代」感が強く出たということもあるでしょう。ですから、裏金問題などがかすんでしまいました。

しかし、あくまで疑似政権交代であって、ずっと自民党中心政権が続いていくことになります。これが日本にとって最大の問題です。


アベノミクスは日本にとってよかったのか悪かったのかという基本的なことも検証されていません。
高市首相はサナエノミクスという言葉を使っていますが、これはアベノミクスと同じなのか違うのかもよくわかりません。
自民党においては安倍首相が神格化されて、批判が封じられているのです。
自民党だけでなく保守派全体も安倍首相とその政策を批判しません。

最近、在留外国人や訪日観光客の増加が問題になっていますが、これは安倍政権が「移民政策ではない」と言いながら外国人労働者を増やし続け、菅義偉官房長官が訪日観光客を増やす政策をやってきたからです。
ところが、外国人を増加させた安倍政権を批判しないので、現状に対する反省がありませんし、これから外国人政策をどうするのかもよくわかりません。
高市首相は所信表明演説で「一部の外国人による違法行為やルールからの逸脱に対し(中略)政府として毅然と対応します」と言う一方で、「人口減少に伴う人手不足の状況において、外国人材を必要とする分野があることは事実です。インバウンド観光も重要です」とも言っています。
外国人労働者の増加は財界の要請でもあるので、自民党は今後も応えていくのでしょう。


とはいえ、高市首相は元気ですし、高市応援団も元気です。
高市首相の所信表明演説のときに野党のヤジがうるさいという批判の声がSNSなどで上がりました。ほかにもNHKのニュースで高市首相を映すとき意図的に映像を揺らしているとか、時事通信の高市首相の写真に悪意が感じられるとか、よくわからないことまで批判しています。
国会の野党のヤジについては、石破首相や岸田首相のときは問題にならなかったのに、高市首相のときに問題になったのですから、高市首相に原因があることになります。少なくともヤジるほうとヤジられるほうの両方に原因があると見るべきですが、高市応援団は一方的な見方しかしません。

高市応援団がなぜうるさいかというと、基本にナショナリズムがあるからです。ナショナリズムは国家規模の利己主義です。
国家主義は愛国主義ともいい、「愛」という言葉が入っています。それに「国のため」という利他的な名分もあります。
人はみな日ごろ利己的な主張を抑えて生活しているので、その抑えられたものが「愛」や「利他的」という装いのもとに噴出するのです。

しかし、ナショナリズムの主張というのは、国内で言っている分にはあまり問題になりませんが、国際社会で主張すると他国と摩擦を起こしますし、へたをすると戦争になります。
ですから、対外的にはナショナリズムの主張は抑制せざるをえません。

これは安倍政権を振り返れば明らかです。
安倍氏は第一次政権のとき靖国参拝をしなかったことを「痛恨の極み」とし、第二次政権においては首相就任1年後に靖国参拝をしました。これは中国韓国の反発を招き、アメリカからも「失望」を表明されたために、もう二度と参拝しませんでした。

従軍慰安婦問題についても、安倍首相は「強制連行はなかった」と強硬に主張していましたが、結局日韓合意において「おわびと反省」を表明しました。
このときはオバマ政権の圧力に屈した形でしたが、そうでなくても軍国主義時代の蛮行を正当化しようとすれば、国際社会での日本の評価が下がるだけです。

きわめつけは、2020年に習近平主席を国賓として招待しようとしたことです。安倍首相はそれまで中国包囲網の外交をしていたので、安倍支持者は現実を受け止められない様子でした。結局、コロナ禍によって習近平主席の来日は中止となりました。
国内では「国益追求」などと勇ましいことを言っていても、国際社会では協調外交をせざるをえないのが現実です。


これは高市政権でも同じです。
高市首相は靖国神社の例大祭に毎年参拝しているのに、首相就任直前の今年は参拝を見送りました。

高市首相は就任記者会見で韓国人記者の質問に対して「韓国は日本にとって重要な隣国です」などと述べたあと「韓国のりは大好き。コスメも使っています。韓国ドラマも見ています」と笑顔で語りました。

高市首相が所信表明演説において中国を安全保障上の「深刻な懸念」としたことについて、中国外務省の副報道局長は「平和と安全において中国は最も実績ある大国だ」と反論し、さらに「日本側は侵略の歴史を真剣に反省し、安全保障分野で言動を慎むよう求める」と述べました。
日本側としてはちょっとカチンとくる言い方ですが、官房長官か誰かが言い返したということはありません。
こんなことで言い争いをして日中関係が悪化してはなんの利益にもならないので、当然です。


高市首相は所信表明演説で「強い」という言葉を乱発しましたが、外国に強く出ることはできず、“内弁慶”にならざるをえません。
高市支持者はそういう現実をどう受け止めるかです。
高市首相を「弱腰」と責めることはなさそうです。安倍首相のときもそうだったからです。

そこで懸念されるのは、国内の外国人に対する排斥や攻撃です。


鈴木馨祐前法相は7月の講演で「15年後の2040年ごろには外国人比率が10%まで上昇する可能性がある」と述べました。
参政党の神谷宗幣代表は、8月28日の配信番組で「緩やかに外国人を受け入れていくのは10%以下ではないか、との概算をわれわれはしている」と述べました。これまでの主張と違うのではないかと支持者は驚きました。
日本維新の会は9月19日に公表した外国人政策と「移民問題」に関する政策提言で「欧州の経験をみれば、10%を超えると地域社会でさまざまな社会問題が顕在化し、緊張が高まることは明白だ」としました。
どうやら外国人を10%程度まで増やすことはほぼ決まっているようです(背後には財界の要請があるはずです)。

現在の外国人は約3%ですから、3倍強に増えることになります。
そのとき、高市応援団は政権を非難できるでしょうか。外国人を非難するほうに行くのではないでしょうか。
国内の外国人を非難してもなんの国益にもなりません。ただの「弱い者いじめ」です。

安倍政権のときは「移民政策ではない」という言葉に安倍支持者はみんなだまされました。
高市支持者はとくに、高市政権の外国人政策を見きわめないといけません。


4614053_m

自民党総裁に大方の予想に反して高市早苗氏が選ばれました。党員票を予想以上に獲得したことが議員票も動かしました。
ここでも参政党を押し上げたのと同じ草の根の保守パワーがありました。

保守、右派、極右といわれる勢力がヨーロッパで急速に伸長しています。アメリカのトランプ政権はそれに先行していました。日本は少し遅れて追随しているわけです。

こうした勢力はナショナリズム、排外主義などを掲げていて、これらの主張は衆愚に受けるので、右派ポピュリズムとも呼ばれます。
この調子で各国で右派ポピュリズム勢力が伸びて政権を取るようになると、世界は破滅に向かいます。
ナショナリズム、愛国主義、自国ファースト、排外主義は、要するに国家規模の利己主義ですから、利己主義と利己主義は当然ぶつかります。
これは子どもでもわかる理屈です。

アメリカは自国ファーストでやっていますが、これはアメリカが世界一の大国だからできることです(とはいえ各国は不満なので、水面下でアメリカ離れをしつつあります)。
小国は自国ファーストの外交なんかできません。そうすると、国内の支持者が離反して、政権は長く持たないでしょう。
国内の支持者の期待に応えようとすると、他国と衝突します。


自国ファーストはうまくいかないということがなぜわからないかというと、視野が狭くて国内のことしか見ていないからです。
実際、毎日のニュースのほとんどは国内のことです。海外のニュースもありますが、興味がない人には頭の中を通り抜けていきます。

それから、先ほど「子どもでもわかる理屈」といいましたが、子どもはいつも「自分さえよければいいというのはだめだ」とか「利己主義はよくない」とか言われているので、わかるはずです。

しかし、実はここに問題があります。
「利己主義はよくない」と説くおとな自身が利己主義者です。人間は基本的に利己主義者だからです。
そうすると、「利己主義はよくないと利己主義者は言った」ということになり、これは「クレタ人はみな嘘つきだとクレタ人は言った」という有名なパラドックスと同じです。
「利己主義はよくない」という言葉には偽善があり、人はみな子どものときからこの偽善にうんざりしています。
そうしたところに「自国ファースト」の主張に出会うと、これまで抑えていた自分の中の利己主義が引き出されてしまうのです。
「自国ファースト」は、国内に限定すれば利他主義に見えるので、本人は自分は利他的な主張をしていると思って、どんどん主張を強めていきます。


人間は基本的に利己的です。
公平の基準を越えて利己的にふるまう傾向があります。
いつもなわばり争いをしている動物と同じです。
ただ、動物のなわばり争いは本能の歯止めがあるのでほどほどのところで止まりますが、人間はそうはいきません。
そこで人間は、争いを回避するために「法の支配」という方法を考え出しました。法律によって公平の基準を客観的に決めれば、争うことはかなり回避できます。
しかし、まだ国際社会には法の支配が行き届いていないので、ここでの争いは深刻化し、戦争になる可能性があります。
そういうことを考えると、「自国ファースト」の主張はあまりにも無神経です。


しかし、「人間は利己的である」ということは常識になっていません。
人間は自分は利己的であると認めたくないようです。
しかし、他人についてはしばしば利己的だと非難します。
つまり「自分は利己的でないが他人は利己的だ」ということになります。
私はこれを「天動説的倫理学」と呼んでいます。
「天動説的倫理学」はまったく非論理的なので、「ナショナリズムは国家規模の利己主義である」ということすらはっきりとは認識されていません。

自分も含めて「人間は少し利己的である」というのが正しい認識です。
したがって、自分の判断を少し利他的な方向に補正すれば、公平な判断ができることになり、むだな争いは避けられます。


結局のところたいせつなのは、私がかねて主張しているように、自分中心の発想から抜け出すことです。
安全保障についても、自国の安全ばかり考えていてはだめです。
習近平主席や金正恩委員長の立場になって考え、そして日本の立場になって考え、そうして第三者の視点から日本の安全保障や国益を考えればうまくいきます。

ai-generated-8262920_1280

トランプ大統領の支持層のほとんどは白人であり、白人至上主義者です。
欧州の極右政党も白人至上主義です。欧州は移民や難民を入れすぎてたいへんなことになっているなどという人がいますが、移民や難民を不快に思う白人至上主義者がそういっているだけです。

差別主義の波は日本にもやってきて、参政党のスローガン「日本人ファースト」がその典型です。
参政党の神谷宗幣代表は、これは差別主義ではないし排外主義でもないと言っていますが、あくまで表向きです。

神谷代表は選挙演説のとき、「アホだ、バカだ、チョンだと言われる」と言い、その直後に「あ、『チョン』って言ったらダメだ。ごめんなさい。いまのカット。ああ、また言っちゃった。これ、切り取られるわけですよ。私がちょっとでも差別的なことを言うと、すぐ記事になる」と言いました。
これは明らかにわざと言い間違っています。聴衆の受けを狙うと同時に、マスコミを挑発しているのでしょう。
聴衆も「チョン」という言葉をおもしろがっています。
「差別語はいけない」という常識をバカにしているのです。


差別主義が世界的に勢いづいているのは、もちろんインターネットの普及のせいです。
インターネット以前は、メディアと知識人が言論を支配していて、そこには「差別はいけない」という共通認識がありました。
しかし、インターネットの世界では大衆が言論を支配して、そこでは差別的な言説が横行しています。

差別というのは日常生活の中にあり、人間は幼児期から周りの人々の言動から差別を学びます。
たとえばアメリカの白人にとっては黒人を見下すのは当たり前のことでした。そこに「白人も黒人も同じ人間だ。人種差別はよくない」という新しい考えが脳の表層に植えつけられるので、差別肯定の感情と差別否定の理性に分裂することになります。差別感情がまったくないというのはよほどできた人間だけです。
人々は差別語を使わないようにして差別感情を隠して生きています。これは知識人も大衆もたいして変わりません。
そうしたところにインターネットが普及し、誰でも匿名で発信ができるようになると、隠されていた差別感情が放出されました。昔、ひろゆき氏が管理人をしていたころの2ちゃんねるはヘイトスピーチの巣窟でした。
掲示板の書き込みは「便所の落書き」といわれました。


ネットでは個人に対する誹謗中傷も盛んです。
人は誰でも悪口を言いたくなるときがありますが、あまり悪口ばかり言っていると性格の悪い人間と思われます。そこで少数の人間にだけ悪口を言います。それが「陰口」です。
ネットでは匿名で発信できるので、これまで陰口で言っていたことを公然と言えるようになりました。そのためネットは人の悪口、つまり誹謗中傷であふれることになったのです。
よく若い芸能人が「エゴサをすると悪口ばかりで落ち込む」と言っていますが、そうなるのは当然です。

バイトテロなどといわれましたが、悪ふざけをしたバイト店員の動画がSNSなどにアップされると、非難が集中して炎上するということがひところ相次ぎました。
それから、寿司テロとか飲食店テロなどといわれましたが、客が醤油差しをなめるなどした悪ふざけ動画もよく炎上しました。
悪ふざけの若者を非難してもなんの世直しにもなりませんが、人を非難したい人がネットにはたくさんいるためにこうした炎上が起こります。
私はこれを「ネットテロ」と呼んでいます。悪ふざけしたバイト店員や飲食店の客よりもネットで炎上させる人間のほうがよほど悪質です。

ヘイトスピーチも誹謗中傷も同じことで、人はみなリアルではいい人ぶって生きているので、ネガティブな感情をネットで出して人を非難するのです。
ネット言論の世界は、『ジキル博士とハイド氏』でいえばハイド氏の横行する世界です。


政治の世界ではYouTubeやTikTok のショート動画がよく利用されています。
最初にこれを有効に使ったのは安芸高田市長時代の石丸伸二氏でした。石丸市長が市会議員や記者と議論してやりこめるシーンを切り抜いた動画が再生回数を稼ぎ、石丸氏はその人気で東京都知事選で善戦しました。
その後、兵庫県知事選でも切り抜き動画がよく使われ、最近は参政党や国民民主党がうまく利用しています。
切り抜き動画でも同じことで、誰かを非難するものが人気になるようです。
財務省を非難することから財務省解体デモが起きました。
外国人を非難することから「日本人ファースト」のスローガンができました。
政治の世界では「世のため人のため」という大義名分が立つので、遠慮なく誰かを非難できます。


「便所の落書き」といわれたネットの言論が今では政治を動かすまでになりました。
しかし、ネット言論の本質はやはり「便所の落書き」であり、差別発言であり、陰口です。
人間は誰でもいい人の部分を表面に出して、みにくい部分は隠しています。つまり「美しい建前」と「みにくい本音」に分裂しています。
ところが、そのことに気づく人はめったにいません。
その意味で、デルフォイの神託「汝自身を知れ」はまさに金言です。

ネット世論のそうした性質をわきまえず、ネット世論に受ける政策を打ち出そうとする政治家はみんな“闇落ち”していきます。


つけ加えると、多数派の民意は正しいと思っている人がいるかもしれませんが、それは誤解です。
たとえばアメリカのように多数派の白人が少数派の黒人を差別している社会では、多数派の民意は差別的になります。
「日本人ファースト」が多数の日本人に受けたとしても、それが差別的であることに変わりはありません。

なお、多数派といってもそれは日本国内だけのことで、世界から見れば差別的だというのは容易にわかりますし、アメリカで起こっていることも日本から見れば差別的だとわかります。
ただ、日本人はヨーロッパ文化を尊敬しているせいか、ヨーロッパの移民排斥運動が差別的だということに気づかない人が多いかもしれません。

ネット内では、一般的な世論調査の世論を見下し、ネットの世論のほうが優れているみたいな主張がされていますが、これはネット内でしか通用しない意見です。
人々はリアルではいい人としてふるまい、ネットではみにくい感情を吐き出しています。
このことを理解すれば、ネット世論に左右されることはなくなり、逆にネット世論を左右する方法が見えてくるかもしれません。


racism-2099029_1280


参政党が外国人差別をあおり立てたので、オールドメディアは選挙期間中も参政党を批判しました。
それに対して参政党の神谷宗幣代表は「たたかれた分だけそれが逆に応援につながっているところがある」と言いました。実際、大いに票を伸ばしました。

差別主義者に「差別をやめろ」と言っても効果はありません。「これは差別ではない」という理屈を用意しているからです。
差別はヘイトつまり憎悪の感情によるものなので、論理ではなかなか説得できません。
差別主義者に圧力を加えると、ゴム風船を押したように反発します。差別感情の“ガス抜き”をしなければなりません。

では、どうすればいいかというと、イソップ物語の「北風と太陽」の太陽でいくのです。
差別主義者に寛容に接することで差別の感情をやわらげるのです。

憎悪は連鎖し、寛容も連鎖します。これが人間の自然です。
「差別をやめろ」と言うのもその連鎖の中です。
しかし、それでは世の中は進歩しません。むしろどんどん悪くなっていきます。
世の中をよくするには、あえて自然に反することをしなければならないのです。

しかし、これは容易なことではありません。その差別主義者を人間として知っていれば寛容な気持ちにもなれますが、差別的な言葉を吐いている場面しか知らないのでは、そうはいきません。
憎悪に寛容で報いるのがいいとわかっていても、できないものです。


では、どうすればいいかというと、なにもしないのがいいのです。
差別というのは、事実に基づかない偏った認識ですから、事実によって自然と訂正されていきます。
もちろん正しい事実を伝える努力は必要です。
今回の外国人差別については、「外国人が過度に優遇されている」と「外国人犯罪が増えて治安が悪化している」という間違った情報がSNSに流れたことが原因でした。
それは今回の選挙の中でオールドメディアによってかなり訂正されましたから、今後は消えていくはずです。

2002年の日韓ワールドカップをきっかけにして「嫌韓」の声が異様に盛り上がったことがありました。
日本は朝鮮を植民地にしていましたから、戦後も朝鮮人・韓国人に対する差別感情は水面下に根強くありました。インターネットが普及すると、2ちゃんねるのような匿名掲示板に差別感情が噴出したのです。
しかし、表面化したのはかえってよかったと思われます。差別の不合理なことが明らかになったからです。たとえば在日の人は日本人にない“在日特権”を持っているとか、在日は電通や自民党や官僚を陰で支配しているといったことが語られました。
日本人は在日の人にやましい感情があるので、もしかすると“在日特権”みたいなものはあるかもしれないと思われましたが、結局はことごとくがデマでした。
在日が陰で日本を支配しているなんていうことはあるわけがありません。在日の人数は当時約60万人で(今は約28万人)、就職差別を受けていましたから、どうして日本を支配できるのでしょうか(この説は今のディープステートに似ています)。
差別感情は不合理なもので、差別主義者はそれを正当化するために“不合理な事実”を捏造するわけです。
ですから、「それは事実ではない」と指摘すれば、やがてそのもとにあった差別感情も消えていくはずです。

「嫌韓」のムーブメントは数万人規模の反フジテレビデモを行うほどに盛り上がりましたが(フジテレビは韓流ドラマやK-POPを偏重しすぎだという理由)、今ではほとんど消滅しています。
韓流ドラマやK-POPや韓国グルメなどが日本で人気となったことが主な理由でしょう。
それに、韓国人は日本人と見た目も変わらず、両国の文化もきわめて似ていますから、差別感情を維持するほうが困難です。

最近の日本の外国人排斥運動は明らかに欧米の移民排斥運動を真似たものです。
欧米の移民排斥運動は人種差別が根底にあります。この人種差別は白人が有色人種を差別するもので、見た目が違いますし、歴史もあるので、克服するのは困難です。
しかし、日本の場合、外国人を差別する歴史はそれほどありません。

それに、欧米の多くの国と日本では外国人の数や比率が違います。
「不法滞在の外国人は追い出せ」ということがいわれますが、出入国在留管理庁のホームページによると、2025年1月1日現在の不法残留者数は7万4,863人(前年比5.4%減)です。
在留外国人の総数は約332万人(2024年末時点の推定値)ですから、不法滞在者の割合は約2.25%です。
不法滞在者を全部追い出したところで外国人は約2.25%へるだけです。

「マナーの悪い外国人は追い出せ」ということもいわれます。
日本のマナーを知らない外国人は日本人よりマナーが悪いということはあるでしょうが、長期滞在者は日本人と変わりません。外国人旅行者のマナーを問題にするなら、外国人旅行者を閉め出すよりありません。
それに、「マナーの悪い外国人」を追い出すなら、「マナーの悪い日本人」は追い出さなくていいのかということにもなります。


人間は「差別をやめろ」と攻撃的に言われると、反発するものです。
冷静になって事実と向き合えば、日本人の外国人差別は根が浅いので、外国人排斥の動きも意外と早く沈静化すると思われます。

2168118_m

参院選で躍進した参政党は「日本人ファースト」を掲げました。
これが多くの人々の心に刺さったようです。
なにがそんなによかったのでしょうか。

「日本人ファースト」がトランプ氏の「アメリカファースト」の真似であることは明らかです。
違うのは、「アメリカファースト」は国家間のことをいっていて、「日本人ファースト」は国内のことをいっていることです。
アメリカに対する日本人の弱さの表れです。


人間は基本的に利己的です。
いや、利他的な面もあるのですが、現代の資本主義社会では誰もが競争に打ち勝つために利己的にならざるをえません。
しかし、露骨に利己的なふるまいをすると、周りからいやがられて、利益が得にくくなります。逆に利他的な人間だと思われると、好感を持たれて、利益が得やすくなります。
そこで、誰もが「利他的に見せかけて利己的な目的を達成する」という戦略を採用しています。
商人は「お客様に喜んでいただくために赤字覚悟で商売しています」と言い、政治家は「国家国民のために身命を賭します」と言い、企業は「社会貢献」という社是を掲げます。
大会で優勝したスポーツ選手は「これがおれの実力だ」と言わずに、「監督やコーチ、応援してくださった皆様のおかげです」と言います。謙虚な人間だと思われると有利だからです。

誰もがいい人間に見せかけて生きているので、“悪い人間”の部分が心の中にたまっていきます。それがインターネットの匿名での書き込みに出てくるので、ネット空間はヘイトスピーチと誹謗中傷が氾濫しています。


そういうことを考えれば、「アメリカファースト」がアメリカ人の心に刺さったこともわかります。
誰もが「自分ファースト」と言いたいのですが、これは利己主義丸出しなので、言うわけにいきません。
「アメリカファースト」なら、アメリカのためという利他的な意味になり、同時にアメリカ人である自分のためという利己的な意味にもなるので、遠慮なく言えます。

「日本人ファースト」も同じです。
日本人のためという利他的な意味になり、同時に日本人である自分自身のためという意味にもなります。

愛国心やナショナリズムも同じようなものです。
国のための行動が自分のための行動にもなり、国を愛することが自分を愛することにもなります。
人々は日ごろ利己的な主張を封じているので、ナショナリズムや愛国心の名目でたまっている利己的な思いが放出されます。

したがって、「日本人ファースト」というのはほとんど「自分ファースト」という利己主義です。
「利他主義に見せかけた利己主義」であるがゆえに「日本人ファースト」は多くの人に支持されたのです。


アメリカ人が国内でアメリカファーストを主張している限りは問題ありません。
しかし、アメリカが国際社会でアメリカファーストという利己主義的なふるまいをするようになると、世界にとって大迷惑です。

「日本人ファースト」は今のところ国内で主張されているだけです。
しかし、国内には2%強の外国人がいるので、もし「日本人ファースト」の政策が実行されたら外国人にとっては大迷惑です。
それに、「日本人ファースト」ということは、「日本人ファースト、外国人セカンド」ということで、露骨な外国人差別です。
海外に移住している日本人もたくさんいるのですから、海外在住の日本人が差別されても反対できなくなります。


「日本人ファースト」が多くの人の心に刺さったのは、「自分ファースト」と言いたい気持ちをそこに託したからですが、それに加えて“いじめ”という要素もあります。

本来なら「アメリカファースト」に対抗して「日本ファースト」と言わねばなりません。そうしてこそ公平な世界が実現できます。
しかし、強いアメリカに対してそれを言うことはできず、代わりに国内の弱い外国人に対して「日本人ファースト」と言ったのです。
いじめられっ子が自分より弱い相手を見つけていじめるのと同じです。

「日本人ファースト」という言葉には、近ごろの日本人の情けなさが凝縮しています。


usa-155594_1280

ハーバード大学と喧嘩するトランプ大統領は、「ハーバードから30億ドル(約4300億円)の助成金を取り上げ、全米の職業訓練校に与えることを検討している」とソーシャルメディアに投稿しました。
進歩的なハーバード大学から保守的な大学に振り向けるならともかく、職業訓練校に振り向けるのでは、アメリカの科学や学問の破壊です。
しかし、こうしたやり方を喜ぶトランプ支持者がたくさんいます。
ラストベルトに多くいるといわれる、「自分たちは見捨てられた」という意識を持っている白人労働者です。


トランプ政権は外国製品に高い関税をかけることで国内に製造業を復活させようとしています。
製造業の衰退したラストベルトに住む白人労働者のためとされます。
しかし、アメリカで製造業は復活するでしょうか。

J.D.バンス副大統領はラストベルトとされるオハイオ州の出身で、貧しい白人労働者の家庭に生まれました。親の離婚、何人もの継父、DV、麻薬、犯罪などの悲惨な家庭環境や地域環境の中で育ちましたが、そこから海兵隊、オハイオ州立大学、イェール大学のロースクールを出て弁護士になり、31歳のときに『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』を出版するとベストセラーになって注目され、上院議員になり、副大統領になりました。まさに「丸太小屋からホワイトハウス」を地でいったわけです。

『ヒルビリー・エレジー』にはラストベルトの白人労働者の実態がよく描かれていると思いました。そこからひとつのエピソードを紹介します。

バンス氏は大学を卒業してロースクールに進む前の夏、引っ越し費用などを稼ぐために地元の床タイルの会社で働きました。倉庫係として、重い床タイルの箱をパレットに載せ、出荷の準備をする仕事です。時給13ドルは魅力的で、しかも定期昇給があり、ここで何年か働き続ければ一家族が生活を維持できる収入が得られます。
ところが、その会社は長期で働いてくれる人材を確保できないでいました。バンス氏が辞めるときには倉庫係はみな26歳のバンス氏よりも年下でした。
19歳のボブという作業員には妊娠中のガールフレンドがいました。上司は親切にもそのガールフレンドを事務員として迎え入れ、電話の対応を任せました。ところが、ガールフレンドは3日に一度の割合で無断欠勤をし、「休むときは事前に連絡するように」と繰り返し注意をされ、数か月で辞めました。
ボブも欠勤の常習者で、1週間に一度は姿を見せません。しかも遅刻ばかり。1日に3回も4回もトイレにこもり、一度こもると30分は戻りません。結局、ボブも解雇されることになり、それを知ったボブは上司に「クビだって? お腹の大きいガールフレンドがいると知っているのに?」と詰め寄りました。
バンス氏が働いていた短い期間に、そのほかに少なくとも2人が辞めるか辞めさせられました。

バンス氏は次のように書いています。
タイル会社の倉庫で私が目にした問題は、マクロ経済の動向や国家の政策の問題よりもはるかに根が深い。あまりにも多くの若者が重労働から逃れようとしている。よい仕事であっても、長続きしない。支えるべき結婚相手がいたり、子どもができたり、働くべき理由がある若者であっても、条件のよい健康保険付きの仕事を簡単に捨ててしまう。
さらに問題なのは、そんな状況に自分を追い込みながらも、周囲の人がなんとかしてくれるべきだと考えている点だ。つまり、自分の人生なのに、自分ではどうにもならないと考え、なんでも他人のせいにしようとする。

バンス氏はまた別のエピソードも書いています。
バーで会った古い知り合いから、早起きするのがつらいから最近仕事を辞めたという話を聞かされます。その後、彼がフェイスブックにオバマ・エコノミーへの不満と、それの自分の人生への影響について投稿しているのを目にします。
バンス氏は、彼がよい人生を歩んでいないのはオバマ・エコノミーのせいでないのは明らかだとし、「白人の労働者階層には、自分たちの問題を政府や社会のせいにする傾向が強く、しかもそれは日増しに強まっている」と書きます。

このふたつのエピソードから、白人労働者に「地道に働く」という気風が失われていることが感じられます。
製造業の仕事はたいてい、つまらない作業を、ミスなく、一定以上の水準で続けなければならず、根気や忍耐心が必要です。

人口学者のエマニュエル・トッドは著書『西洋の敗北』において、ウクライナ戦争がロシア有利に展開しているのは製造業の問題だと指摘しています。つまりアメリカでは人材が金融とITにシフトしたため、エンジニアリングを専攻する学生の比率はアメリカ7.2%、日本18.5%、ロシア23.4%、ドイツ24.2%となっています。そのためアメリカはウクライナに砲弾などを十分に供給できないのだというわけです。
アメリカは製造業を復活させようにも、技術者不足という問題に直面します。

技術者だけでなく、バンス氏が指摘するように労働者にも問題があります。
中国が「世界の工場」といわれるようになったのは、幅広い分野で一定以上の水準の製品を安価で製造してきたからです。そこには勤勉な中国人労働者の存在があります。ここには国民性や民族性があるので、まねできる国はそんなにありません。
今やアメリカ人労働者も中国人労働者のようには働けないでしょう。
それに、アメリカの給与水準は中国やメキシコよりもはるかに高いので、アメリカ人労働者のつくった製品は当然高価になり、それを買わされるアメリカの消費者はたいへんです。
どう考えてもアメリカ国内に製造業を復活させるのは困難です。


先ほどのふたつのエピソードからは、責任転嫁あるいは他責の思考法も見えます。
責任転嫁するので向上心がなく、働き方も怠惰になるのでしょう。

責任転嫁の発想は、アメリカ人には昔からありますが、トランプ政権になってからとくにひどくなりました。
第一次政権のときにトランプ氏は新型コロナウイルスを“チャイナウイルス”と呼んで、中国に巨額な損害賠償を請求すると息巻きました。
アメリカ国内に麻薬が蔓延するのはメキシコやコロンビアなどの麻薬犯罪組織のせいだとずっと主張してきましたが、最近は中国がフェンタニルの原料をメキシコやカナダに輸出しているせいだと主張しています。
アメリカ国内の犯罪もみんな不法移民のせいにしています。
貿易赤字も、昔から日本などのせいにしてきましたが、今は全世界のせいにしています。


人間はどういう場合に責任転嫁するかというと、解決困難な問題に直面して、努力して問題を解決するのを諦めたときです。問題を誰か他人のせいにして、その他人を非難することで解決に向けて努力しているふりをするわけです。

アメリカは麻薬性鎮痛薬のオピオイドが蔓延し、そのために年間10万人ほどが死亡しています。麻薬中毒患者は高値でも麻薬を買おうとするので、供給を絶とうとしてもうまくいきません。麻薬患者を出さないようにするしかありませんが、それが困難なので、麻薬犯罪組織や外国のせいにしているわけです。
犯罪も同じことです。犯罪者を出さないようにするのが困難なので、不法移民のせいにしています。


それに加えて、もうひとつ責任転嫁していることがあります。

ラストベルトの白人労働者は、それほど恵まれていないわけではありません。
白人世帯の資産は黒人世帯の資産の8倍あるとされますし、黒人世帯の所得は白人世帯の所得の約60%だとされます。
大統領選の前にテレビのニュース番組がよくラストベルトの白人を取材していました。そこに登場するトランプ支持の白人は、みな庭つきの小さくない家に住んでいて、失業者もいません。このところアメリカ経済は好調で、完全雇用に近い状態が続いています。
少なくとも黒人やヒスパニックよりも断然恵まれています。
しかし、白人労働者はもっと給料のいい仕事がほしいのです。

アメリカは貧富の差が激しいので、上には上がいます。東海岸や西海岸に住み、金融、IT、エンタメ業界やその他の知識集約型産業に従事している人には驚くほどの高収入を得ている人がいます。つまり白人の中にも階級差があるのです。
白人労働者はこの格差に不満を持っています。

とはいえ、この階級差を乗り越えるのは容易ではありません。
パンス氏の地元ではアイビーリーグの大学に行く人はまったくいません。自分たちとは別の世界だと思っているのです。実際、入るにはコネも重要です。
バンス氏が父親にイェール大学に行くことになったと告げると、父親は「黒人かリベラルのふりをしたのか?」と言いました。普通の白人は入れないと思っていたのでしょう。
実際、バンス氏担当の教授は、州立大学の学生はロースクールに入れるべきでないという考えの持ち主でした。

バンス氏がイェール大学のロースクールに入ってから地元に帰ったとき、ガソリンスタンドで給油していると、隣で給油していた女性がイェール大学のロゴ入りのTシャツを着ていました。
「イェールに通っていたんですか」と聞くと、「いいえ。甥が通っているの。あなたもイェールの学生なの?」と聞き返されました。
そのときバンス氏は、彼女と甥はオハイオの野暮ったさや、宗教や銃への異常な執着を話題にして笑っているに違いないと想像し、その同じ立場に立つことはできないと思って、「いいえ、イェールに通っているのはガールフレンドなんです」と嘘をつきました。
イェール大学のエリートとオハイオの地元民では階級も文化も違うのです。
イェールのロースクールを卒業するだけで当時で10万ドルを越える年収がほぼ確実になります。労働者階級とは別の世界です。

SF映画の「第九地区」や「エリジウム」は、天上にエリートや富裕層の住む世界があって、地上に貧困層が住んでいるという設定になっていますが、アメリカの格差社会はそれに近いものがあります。


私はテレビでラストベルトの白人労働者を見るたびに、現状が不満なら東海岸か西海岸に行って一旗揚げればいいではないかと思ったものです。それがアメリカンドリームというものです。
しかし、現実には階層が固定化されていて、下の階層から上の階層に上がるのがきわめて困難です(バンス氏はきわめてまれなケースです)。
それに、彼らはこれまで“白人特権”にあぐらをかいてきて、チャレンジ精神をなくしているのかもしれません。

本来なら、貧富の差を問題にし、富裕層へ累進課税や資産課税を強化して富を再配分せよと主張するべきです。そうしないと、トマ・ピケティが指摘するように、格差は限りなく拡大していきます。
しかし、アメリカではそうした主張は社会主義だということになり、一般のアメリカ人の発想にはありません。


そこで、白人労働者が考えたのは、リベラルに責任転嫁することです。
リベラルが黒人やヒスパニックやLGBTQを優遇し、自分たち白人を迫害しているので自分たちは不幸なのだと考えました。
それにリベラルは概して高学歴高収入なので、攻撃しやすいということもあります。

つまり白人労働者は、ほんとうは富裕層に富が集中して自分たちが不幸になっているのに、リベラルのせいで不幸になっていると間違って思い込んだのです。
富裕層にとっては好都合な思い込みです。
トランプ氏はこの思い込みを利用してリベラルを攻撃し、白人労働者の支持を得ました。

ハーバード大学に対する攻撃もこの一環です。ハーバード大学を攻撃しても、アメリカにとってはなんの利益にもならず、不利益しかありませんが、責任転嫁にはなります。

そんなことをしている一方で、トランプ政権は大規模な減税法案を通そうとしています。減税で得をするのは高所得層です。
国内の製造業復活の見通しはなく、ラストベルトの白人労働者は忘れられたままです。


アメリカ人は責任転嫁をやめて、貧富の差、犯罪、麻薬汚染に正面から取り組むべきです。
そうしないと世界にとっても迷惑です。

mass-1355493_1280

2024年でいちばん大きな出来事は、トランプ氏の米大統領再選だったでしょう。
トランプ氏はタイム誌の「今年の人」にも選ばれています。

トランプ氏については、戦争を止めて世界を平和にしてくれると期待する向きもありますが、「アメリカ・ファースト」はアメリカの利己主義ですから、必然的に世界は利己主義と利己主義のぶつかり合いになります。現にトランプ氏は大統領就任前からもうすでにカナダ、メキシコ、パナマ、グリーンランドと軋轢を生んでいます。

トランプ氏のような政治家が人気になる現象は世界中で見られます。
いちばん最初はフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ元大統領です。トランプ氏が一期目の当選をした2016年にドゥテルテ氏もフィリピンの大統領選に立候補し、その主張がトランプ氏に似ていることから「フィリピンのトランプ」と呼ばれました。ドゥテルテ氏が主に訴えたのは犯罪対策ですが、そのやり方は人権上問題があると指摘されると、「人権に関する法律など忘れてしまえ。私が大統領になった暁には市長時代と同じようにやる。麻薬密売人や強盗、それから怠け者共、お前らは逃げた方がいい。市長として私はお前らのような連中を殺してきたんだ」と言いました。
2019年にイギリス首相に就任したボリス・ジョンソン氏も暴言を連発する人なので、「イギリスのトランプ」と呼ばれました。
チェコのアンドレイ・バビシュ前首相も反移民政策を掲げて「チェコのトランプ」と呼ばれましたし、
ブラジルのジャイル・ボルソナロ前大統領は「ブラジルのトランプ」と呼ばれ、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領は「アルゼンチンのトランプ」と呼ばれています。

彼らは要するにポピュリズムが生んだポピュリスト政治家です。
その主張には移民排斥、強硬な犯罪対策、人権軽視、環境問題軽視といった傾向があり、暴言、差別発言を平気でするという特徴があります。
こうしたポピュリスト政治家が表に出てきたのは、インターネットあるいはSNSのおかげです。いわゆるオールドメディアは差別発言をする政治家を排除してきました。

去年、兵庫県知事選で再選された斎藤元彦知事や都知事選で旋風を巻き起こした石丸伸二氏は、きわめて攻撃的な言動をする政治家で、SNSによって人気になったということでは「ミニ・トランプ」ともいえるポピュリスト政治家です。


日本ではこうした政治家の人気をきっかけに「オールドメディアの敗北」ということがいわれました。
しかし、ニューメディアによって形成された民意はひどいものでした。
兵庫県知事選の場合、立花孝志氏の根拠の定かでない主張を信じる人が大勢いて、それが斎藤知事当選の原動力になりました。
新聞、テレビ局の情報はある程度信用できますが、SNS、掲示板の情報は基本的に信用できないので、必ずソースを確かめないといけないという常識すらない人が大勢いたのです。

匿名で情報発信のできるインターネットの世界はもともと差別、デマ、誹謗中傷の吹き荒れる世界でしたが、昔の人はそのことを前提として参加していました。それに、PCを持ってネットに書き込みのできる人は少数派でしたから、学歴もある程度高かったといえます。
しかし、スマホの普及でネット人口が爆発的に増えて、今ではネット民は国民平均とほとんど同じです。
では、SNSで形成される民意は国民の平均的な民意と見なしていいかというと、そんなことはありません。

オールドメディアは、事実の報道には裏付けを求めますし、差別語は排除し、個人のプライバシーも尊重します。つまり情報の質の低下に一定の歯止めがあります。
しかし、SNSにそうした歯止めはほとんどないので、虚実入り混じった情報があふれています。
そうした情報に触れると、人は真偽を見きわめるという厄介な作業をするよりも、心地よい情報を選択したくなります。
そして、一度ある種の情報を選択すると、SNSのプラットフォームはそれに類似する情報を提供するように仕組まれているので、いっそう深くその種の心地よい情報にはまっていくことになります。


人間が心地よく思う情報には一定の傾向があります。
ひとつは「単純化された情報」です。
『サピエンス全史』を書いた歴史家のユヴァル・ノア・ハラリは、人類は複雑な現実を単純に説明する「物語」をつくって、集団で共有することで文明を発展させてきたといいます。
ネットでもそういう「物語」を語れる人がネットの世論をリードします。専門家は複雑な現実を複雑なまま語ろうとするので、ほとんど無視されます。

それから、人に好まれるのは「不満のはけ口を教えてくれる情報」です。
人々は日常生活の中で不満をため込んで生きているので、どこかでそれを吐き出したいと思っています。そこに悪徳政治家とか、不倫芸能人とか、車内のマナーが悪い乗客とか、家事育児を手伝わない夫とかの情報が与えられると、ネットで書き込みをして攻撃するか、書き込みはしなくても心の中で彼らをバカにして、溜飲を下げることができます。

「単純化された情報」と「不満のはけ口を教えてくれる情報」の組み合わせは最強です。
複雑な政治の世界を既得権益層対改革派の対立というふうに単純化し、既得権益層を悪者として攻撃すると多くの人を引きつけることができます。

陰謀論というのも基本的に「単純化された情報」と「不満のはけ口を教えてくれる情報」から成っています。
世の中に解決困難なさまざまな問題があるのはディープステートが陰で政府を支配しているからだという説は、きわめて単純ですし、攻撃すべき対象も示されます。
コロナワクチンを打つべきかどうかというのもむずかしい問題ですが、ワクチンに関する陰謀論は単純に説明してくれ、製薬会社などの悪者も示してくれます。

それから好まれるのは「利己主義を肯定してくれる情報」です。
人間は誰でも利己主義者ですが、他人と協調するためにつねに自分の利己主義を抑えて生活しています。
ナショナリズム、つまり「自国ファースト」の考え方は、国家規模の利己主義ですが、国内で主張する分には声高に主張しても許されるので、日ごろ抑えつけた利己主義をナショナリズムとして吐き出すと気持ちがすっきりします。
また、地球環境のために温室効果ガス排出削減をしなければならないとされていますが、経済のことを考えれば削減なんかしたくない。そこで、地球温暖化だの気候変動などはフェイクだという情報に飛びつきます。ポピュリスト政治家はおしなべて地球環境問題を軽視します。

SNS内の論調はナショナリズムが優勢で、ポピュリスト政治家はみな右派、保守派です。
これは実は深刻な問題です。
ナショナリズム、自国ファーストは最終的に戦争につながるからです。
ですから、SNSにはびこるナショナリズム、自国ファーストはきびしく批判されなければなりません。


ところが、日本では兵庫県知事選で斎藤知事が再選されたとき、テレビのキャスターなどは反省の態度を示していました。
反応があべこべです。
民主主義においては「民意」は絶対だという誤解があるのでしょうか。
しかし、民意は間違うことがありますし、とりわけいい加減な情報があふれるSNSではおかしな民意が形勢されがちです。
ニューメディアを批判することはオールドメディアの重要な役割です。

このページのトップヘ