村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

カテゴリ: 対米従属ニッポン

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トランプ氏が米大統領に就任して1か月と少しがたちましたが、トランプ氏とイーロン・マスク氏は目まぐるしく政策を打ち出し、物議をかもす発言を連発しています。
トランプ氏とマスク氏にはいろいろと批判はありますが、活動量の多さが常人の域を超えていることは認めなければなりません。

ただ、気になる情報もあります。
マスク氏は麻酔薬でうつ病治療にも用いられるケタミンを医師に処方してもらって常用しています。
うつ病治療薬ということは気分をハイにするものでしょう。彼にうつ病らしいところはまったくなく、むしろ万年躁病みたいですが、ケタミンのせいかもしれません。

ともかく、トランプ政権は次々となにかやらかすので、こちらの頭が混乱してしまいます。
そこで、トランプ政権のやっていることを整理してみました。

トランプ氏は就任演説で「常識の革命」と言いました。
意味不明の言葉なので、ほとんど無視されていますが、トランプ大統領のやっていることの多くは「常識」という言葉でとらえられます。
ただ、一般の人にとっては「昔の常識」です。
「今の常識」を打ち壊して「昔の常識」をよみがえらせることがトランプ氏の「常識の革命」です。


トランプ氏は「ガザ地区から住民を全員移住させてガザ地区はアメリカが所有する」と発言し、世界中の顰蹙を買いました。
これはイスラエル建国のときにアラブ人を追放した「ナクバ」と同じだという声が上がりました。
しかし、トランプ氏としては「ナクバ」という意識はなく、インディアンとの戦いで勝利したあと、生き残ったインディアンを居留地に移住させて、その土地にアメリカ人が入植したのと同じことを提案しただけです。
つまりそれがアメリカにとっての「常識」というわけです。

トランプ氏は「パナマ運河を取り戻す」と発言し、その際に軍事力行使の可能性も否定しませんでした。
むちゃくちゃな発言のようですが、トランプ氏にとっては「常識」です。
パナマは1903年にコロンビアから独立しましたが、そのときの憲法ではパナマ運河地帯の主権はアメリカに認めるという規定がありました。しかし、ナショナリズムの高まりによりパナマ政府はカーター政権と条約を結び、1979年に運河地帯の主権を獲得しました。
ですから、アメリカが運河を所有するのは「古い常識」なのです。

なお、アメリカは1989年、パナマに軍事侵攻し(麻薬犯罪対策と米国人保護が名目)、ノリエガ大統領を逮捕し、アメリカに連行して裁判にかけました(有罪となり刑務所で服役)。
私はアメリカが小国といえども他国の国家元首を逮捕して自国の裁判にかけたことにびっくりしましたが、当時の国際社会ではほとんど問題にされませんでした。
中南米は「アメリカの裏庭」というのが当時の「常識」だったからです。

トランプ氏はグリーンランド購入も主張しています。
この話も今に始まったことではありません。
1867年にアメリカがロシアからアラスカを購入した当時の国務長官ウィリアム・H・スワードは、次にグリーンランド購入も画策しました。グリーンランドを購入すれば、アラスカとグリーンランドの中間にあるカナダもアメリカのものにならざるをえないだろうとも指摘しています。

トランプ氏の主張はすべて「昔の常識」なのです。
ですから、保守派の人の共感を呼びます。


トランプ氏は「昔の常識」を復活させるとともに「正義」も利用しています。
トランプ氏は不法移民を犯罪者呼ばわりし、麻薬に関してメキシコ、カナダ、中国を非難しています。
また、ハマス、ヒズボラ、イランなどを敵視しています。
正義のヒーローが活躍するハリウッド映画には必ず「悪役」が存在します。悪いやつをやっつける「正義の快感」を描くのがこれらの映画の「常識」です。
トランプ氏も手ごろな「悪役」を仕立てて、それを攻撃することでアメリカ国民に「正義の快感」を味わわせています。

トランプ氏とマスク氏は連邦政府職員を次々とクビにしています。
トランプ氏がかつて司会を務めていたテレビ番組「アプレンティス」でトランプ氏が発する決めぜりふは「お前はクビだ!」でした。
無能な者や怠け者に対して「お前はクビだ!」と言うのは快感です。
トランプ支持者は今その快感を味わっています。

しかし、映画には終わりがありますが、現実に終わりはありません。
悪いやつをやっつけて「正義の快感」を味わっても、そのあと事態がよくなるとは限りません。
政府職員の仕事は、単純なものもありますが、高度に専門的なものも多く、誰をクビにするかは簡単には決められません。
トランプ政権が目先の快感を追求していると、やがてしっぺ返しを食らうでしょう。


トランプ大統領の基本方針はもちろん「アメリカ・ファースト」です。
これはアメリカ人にとってはよいことであっても、世界にとっては不利益でしかありません。
今、世界はアメリカ・ファーストのアメリカにどう対処するか困惑しているところです。

アメリカ・ファーストに対してジャパン・ファーストで立ち向かうというのはだめです。利己主義と利己主義がぶつかると力のあるほうが勝つからです。
利己主義には「法の支配」を掲げて対抗するのが正しいやり方です。
日本一国ではだめですから、世界でトランプ包囲網をつくれるかどうかが今後の課題です。


ただ、トランプ氏は単純なアメリカ・ファーストではありません。
アメリカ・ファースト以上に「自分ファースト」だからです。
そのためにトランプ氏の外交はひじょうにわかりにくいものになっています。

トランプ氏はウクライナ戦争について、明らかにロシア寄りで停戦交渉をしようとしています。
アメリカはロシアに対して経済制裁をやり尽くして、もはやカードが残っていません。
そうすると停戦交渉をまとめるにはウクライナに譲歩させるしかありません。
トランプ氏が停戦交渉をまとめたいのは自分の手柄になるからです。

トランプ氏は他国にいろいろなことを要求し、関税をかけたりしていますが、中国にはまだきびしいことはしていません。
中国は手ごわいからです。
弱い国を相手にして早く成果を挙げようという考えです。

トランプ氏がほんとうにアメリカ・ファーストを考えるなら、アメリカが覇権国であり続けるように中国やロシアを抑え込まなければなりません。
それには同盟国との信頼関係を深め、途上国に援助して味方につけることです(ときにはCIAを使って反米政権を転覆します)。
ところがトランプ氏は同盟国にきびしい要求をつきつけ、主に途上国援助をしていたUSAIDの解体をいい、CIAの人員削減を進めています。
まるで覇権国でいることを諦めたみたいです。
NATO諸国もトランプ氏とプーチン氏の接近ぶりを見て、トランプ氏に距離を置き始めています。

トランプ氏は性格的に、他国に援助してアメリカの味方を増やすということができません。早急に成果を求めます。
そのため、本人は意図していないかもしれませんが、アメリカは覇権国の地位を失っていくでしょう。


トランプ氏はウクライナに対してレアアースの権益を要求していましたが、さらに「アメリカはウクライナに3500億ドル(約52兆円)支出したので、それに見合うものが、石油でもレアアースでもなんでもいいからほしい」と発言しました。
しかし、これまでにアメリカの議会が計上した支援予算は約1830億ドル(約27兆円)だということで、いつもながらトランプ氏の言うことはでたらめです。

それにしても、支援した分を取り返すというのはいかにもドライな、トランプ氏らしい発想です。
この調子では、もし日本周辺で戦争が起きて米兵が死亡したら、戦争の経費はもちろん死者一人あたりいくら払えといった要求を日本に突きつけてくるかもしれません。

日本はつねにアメリカとの信頼関係を重視してきましたが、トランプ氏との間に信頼関係を築こうとするのは八百屋で魚を求めるみたいなものです。
世界に法の支配を確立するにはどうすればいいかを考えるよい機会です。

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アメリカ大統領選は意外な大差でトランプ氏の当選となりました。
この結果にはいろいろな理由があるでしょうが、私がいちばん思ったのは、ハリス氏のキャラクターが最後まではっきりと見えなかったということです。
どうしてもこれを訴えたいとか、大統領になればこうしたいといったことが伝わりませんでした。
ハリス氏は4年間副大統領でいて、ほとんど存在感がありませんでしたから、もともとそういう人だったのでしょう。
一方、トランプ氏はめちゃくちゃキャラが立っている人ですから、その差が出たのかなと思います。

国際政治学者の三牧聖子同志社大准教授は、8年前のトランプ氏はオバマ大統領などへの人種的憎悪を打ち出して白人の支持を集めたが、今回は移民への憎悪を打ち出して、黒人やヒスパニックの支持も集めることに成功したと朝日新聞の書評欄で指摘しました。
これは納得です。
ハリウッド映画もそうですが、トランプ氏は「悪いやつをやっつける」ことの快感をうまく利用しています。
その点、リベラルは不利です。「移民と共存するべきだ」という主張にそういう快感はありません。

民主党のバーニー・サンダース上院議員は「労働者階級の人々を見捨てた民主党が労働者階級から見捨てられても、さほど大きな驚きではない」と言い、「民主党を支配しているのは富裕層や大企業、高給取りのコンサルタントたちだ」と批判しました。
日本にいるとあまりピンとこないのですが、きっとこの批判は当たっているのでしょう。
もっとも、今のところ民主党内での敗因についての議論は、バイデン大統領の撤退が遅すぎたからだといった些末なことにとどまっています。

トランプ氏も「貧しい労働者のために」とか「格差を解消する」みたいなことは言っていません。それは社会主義的です。言っているのは「アメリカ経済を強くする」ということだけです。
アメリカ経済が強くなれば一般労働者にも恩恵があるということなら、従来のトリクルダウン説と変わりません。



トランプ氏が大統領になれば、世界はどうなるでしょうか。
ひとつよいことがあるとすれば、ウクライナ戦争が終わるかもしれないということです。
バイデン政権のウクライナ戦争に対する無策ぶりは異様でした。
戦争が継続すると同盟国がアメリカ依存を強めるので、わざと停戦させないのかなどと思っていました。
アメリカがその気になれば停戦させるのは容易なことです。

パレスチナ戦争についてもバイデン政権はまったく止める気がありません。
10月16日、イスラエル軍はハマスの最高指導者ヤヒヤ・シンワル氏を殺害しましたが、バイデン大統領は「イスラエル、米国、そして世界にとって良い日だ」と歓迎する声明を出しましたし、ハリス副大統領も「正義が果たされ、世界はより良くなった」とコメントしました。
完全にイスラエル寄りでは停戦の仲介はできません。
トランプ氏はバイデン大統領以上に親イスラエルですが、戦争を終わらせることではバイデン政権よりましかもしれません。


悪いことはいっぱい考えられます。

トランプ政権がどんな政策をするかについて手がかりとなるのが、シンクタンク「ヘリテージ財団」が発表した900ページにも及ぶ「プロジェクト2025」計画です。
この計画の策定には前のトランプ政権の元関係者が数十人も参加しています。前の政権では準備不足のために十分なことができなかったので、今度は事前に計画したというわけです。
このシンクタンクは前から共和党に政策提言を行っていて、かなりの割合で採用されています。

「プロジェクト2025」はどんな内容かというと、たとえば連邦政府の行政機関はすべて大統領の直接統制下におくべきとされ、大統領から独立した権限を持つ司法省も例外ではありません。また、数万人いる連邦政府職員の雇用保障を解除し、キャリア国家公務員の代わりに政治任用されたスタッフが仕事できるようにするということもあります。また、教育省を全面廃止し、FBIを肥大化して傲慢な組織と非難して大幅改変するということです。要するに政府組織を大統領が独裁的に動かせるようにするわけです。
脱炭素目標の代わりにエネルギー増産とエネルギー安全保障の強化を推進します。
ポルノ禁止を提言し、ポルノの閲覧・入手を可能にするIT企業や通信企業は業務停止にすべきだとしています。
経口中絶薬の禁止や移民追放などもうたわれています。
「性的指向」「ジェンダー平等」「人工妊娠中絶」「生殖権」といった多数の用語を、すべての連邦法と規制から削除することを提言し、「多様性」や「公平」や「包摂性」を重視するあらゆる事業を学校や政府部局において廃止することも求めています。

要するに“保守派の夢”みたいな内容です。
選挙期間中にバイデン・ハリス陣営はトランプ氏を攻撃するのにこの「プロジェクト2025」を利用したので、トランプ氏は自分は「プロジェクト2025」と無関係だと言いました。
しかし、当選後はどうなるかわかりません。
きわめて保守的な政策が実行されると、反対派が激しいデモを起こして、警察や軍隊が鎮圧に動いて内戦状態になるというのが最悪のシナリオです。


トランプ政権が日本や世界に与える影響はどうかというと、これもよいことはまったく考えられません。
トランプ氏の目指すところは、アメリカを再び偉大にして、対外的には「アメリカファースト」を実行することです。
アメリカファーストとはなにかといえば、アメリカの利己主義、独善主義にほかなりません。

「アメリカファースト」という言葉は第一次世界大戦後から使われるようになりました。ただ、当時は孤立主義的な意味で使われていたようです。
トランプ氏がこの言葉を復活させましたが、トランプ氏に孤立主義的なところはありません。あくまで独善主義という意味で使っています。

トランプ氏は地球環境問題にまったく関心がありません。
選挙期間中、「今後400年で海面は8分の1インチ(約3ミリ)上昇する」とでたらめを主張し、また、シェールガス・オイルを「掘って掘って掘りまくれ(Drill, baby, drill!)」と言って聴衆を沸かせました。
第一次トランプ政権は2017年にパリ協定からの離脱を表明、2020年11月に正式に離脱しました。バイデン政権は2021年2月にパリ協定に復帰しましたが、トランプ氏はパリ協定からの再離脱を公約としていましたし、報道によると政権移行チームは離脱を宣言する準備を進めているということです。
アメリカのような大国が温室効果ガスをどんどん排出すれば、ほかの国は排出規制をしているのがバカらしくなります。


貿易についてもたいへんです。
トランプ氏は「関税、それはもっとも美しい言葉だ」と言ったことがあります。
全輸入品に10~20%の追加関税をかけるというのがトランプ氏の公約です。とくに中国には全輸入品に60%の関税をかけると言っていますし、メキシコからの輸入自動車には100~200%の関税をかけると言っています。
どこまで本気かよくわかりませんが、トランプ氏は第一次政権のときに中国に10~25%の関税をかけたことがありますから、ある程度はやるでしょう。

関税をかけると輸入がへり、国内産業が保護されますが、保護された産業は競争力を失い、相手国も報復関税をかけてきて、貿易量が減少します。自由貿易で経済は発展するというのが常識です。
しかし、トランプ氏にそういう常識は通用しません。トランプ氏は関税を他国に対する攻撃や制裁と考えているようです。

不当な関税などについては世界貿易機構(WTO)に提訴するという手段がありますが、今はそれができないようです。
朝日新聞の「『世界のための市場』拒む大国」という記事にこう書かれています。
トランプ政権は5年前、世界貿易機構(WTO)の上級委員会の委員を選定せず、紛争解決制度を機能不全に陥らせた。バイデン政権も放置した。
標的はWTOだけでない。国際通貨基金(IMF)、世界銀行、国際エネルギー機関……。トランプ氏は戦後の世界秩序を形作ってきた主要国際機関が「米国民の利益になっていない」とたびたび批判してきた。
https://www.asahi.com/articles/DA3S16079879.html?iref=pc_ss_date_article

アメリカは国際刑事裁判所にも加盟していません。ロシア、中国も加盟していませんが、アメリカが加盟していない以上、誰も文句を言えません。
トランプ政権が利己的なふるまいをすると、他国も対抗するようになり、世界は無法状態になります。

トランプ氏は第一次政権のときに軍事費を大幅に増やしました。アメリカが自分勝手なふるまいをするには軍事力の裏付けが必要だからです。
巨額の軍事費を出しても「覇権国のうまみ」はそれ以上なのでしょう。

日本はどうトランプ政権に対するべきでしょうか。
アメリカは経済力も軍事力も日本と段違いで、それに日本には味方がいません。
70年代の日本は「自主外交」を掲げて日中国交正常化などを成し遂げ、福田政権は「全方位外交」を掲げて東南アジアとの関係を深めました。
ところが、冷戦が終結し、アメリカが唯一の超大国になると、日本は「自主外交」の看板を下ろし、「日米同盟は日本外交の基軸」という言葉を繰り返しながらどんどんアメリカ依存を強めました。
その結果、今ではどうすればトランプ氏に気に入られるかということしか考えられなくなっています。

覇権国アメリカとどうつき合うかということを、地球規模で一から考え直すことです。

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石破茂新政権はいくつもの火種を抱えて不安なスタートとなりました。
中でも気になるのが安全保障政策です。
安全保障は石破氏の得意分野ですが、人はしばしば得意分野で転ぶものです。

石破氏は総裁選に立候補するに当たって9月10日に政策発表会見を行い、アジア版NATOの創設を提案すると述べました。
私はこれを聞いたとき、単なる思いつきかなと思いました。アメリカがその気にならなければアジア版NATOはできるわけがないからです。
それから石破氏は、アメリカ国内に自衛隊の訓練基地を設置するとも述べました。
この案はそれなりに理解できました。
今の安保条約はアメリカが一方的に日本の防衛義務を負うものだという誤解があります(トランプ氏も誤解する一人です)。
実際はアメリカが日本の防衛義務を負い、日本は米軍基地の受け入れ義務を負うという双務的なものです。日本がアメリカ国内に基地を設置したいと要求することで、誤解を解くことができるでしょう。

これらのことは石破氏の思いつきではありませんでした。石破氏はその内容の論文をアメリカのシンクタンク「ハドソン研究所」に寄稿していたのです。
それがウェブ上に公開されました。

「Shigeru Ishiba on Japan’s New Security Era: The Future of Japan’s Foreign Policy」
(英文と日本文と両方載っています)

石破氏は『石破政権では 戦後政治の総決算として米英同盟なみの「対等な国」として日米同盟を強化し、地域の安全保障に貢献することを目指す』と書きます。これが石破氏の基本的な考えでしょう。
ただし、日本とアメリカが「対等な国」になるという意味ではなく、同盟関係を対等ななものにするということのようです。

その観点からすると、現在の安保条約は対等なものではありません。アメリカが日本の防衛義務を負い、日本がアメリカへの基地提供の義務を負うという関係は、「義務」という言葉こそ同じですが、「義務」の内容がぜんぜん違うというのが石破氏の考えです。
かといって、日本が軍事大国アメリカの防衛義務を負うというのも妙なものです。
そこでアジア版NATOという構想が出てきたのでしょう。
日本が韓国や台湾やフィリピンの防衛義務を負い、ついでにアメリカの防衛義務も負うということにすれば、不自然ではありません。

それから石破氏は自衛隊をグアムに駐留させるという案を提示します。そして、安保条約と地位協定の改定を行うというのです。
日米が相互に駐留すれば、地位協定も必然的に対等なものになるでしょう。

石破氏は総裁選の討論会が沖縄で行われたとき、9人の候補の中で唯一、地位協定の見直しに言及しました。それなりの戦略があっての発言だったわけです。


では、このアジア版NATO構想が実現するかというと、どう考えてもアメリカが乗ってこないでしょう。
ちなみに元米国防次官補代理でトランプ氏が当選したときには要職に就くかもしれないエルブリッジ・コルビー氏はXに投稿して、日米同盟をより対等にするには日本は防衛費を「3%程度に引き上げる必要がある」と述べました。
安易に「防衛費3%」を口にするとは、完全に日本を軽視しています。

日本国内の世論の支持があれば、アメリカも認めるかもしれません。
しかし、それもありえないでしょう。
安倍晋三氏や高市早苗氏を支持しているような保守派は、「地位協定の見直し」など口にしたことがありません。アメリカに従属するのが当たり前で、その一方で中国と韓国には強いことを言いたがるのが保守派です。

では、リベラルや左翼はどうかというと、これも支持しそうにありません。
というのは、石破氏は論文の中で、アジア版NATO創設のためには「国家安全保障基本法」の制定と憲法改正が必要であると述べているからです。

マスコミも対米従属路線ですから、石破構想を認めるわけがありません。
朝日新聞はかねてから地位協定の見直しを主張していますが、石破氏の論文についてはこのように書いています。

石破は新総裁に選出された27日付で、米シンクタンク・ハドソン研究所のホームページ上で外交政策論文を発表。「『非対称双務条約』を改める時は熟した」として安保条約・地位協定改定を提唱した。関係者によると、石破側はもともと総裁選中の掲載を考えていたというが、「次期首相」の見解として掲載されており、日本国内でのこれまでの「石破節」では済まされない。信頼醸成を図る前に、一方的に現在の日米関係の不満を表明したと米側に受け取られかねず、稚拙な政治手法とのそしりは免れない。
https://www.asahi.com/articles/DA3S16046491.html?iref=pc_ss_date_article
「稚拙な政治手法」を非難することで論文そのものを否定する印象の文章になっています。
朝日新聞でこれですから、ほかのマスコミは推して知るべしです。


鳩山由紀夫政権が辺野古移設の見直しをしようとしたときのことが思い出されます。
鳩山政権は東アジア共同体構想を持っていました。これはアジア版EUです。
対等な日米関係をつくるには日本一国の力ではむりなので、周辺国を巻き込もうということです。
石破氏のアジア版NATOもそれと同じことです。
鳩山政権の辺野古移設見直しはマスコミにも官僚にも足を引っ張られて、みごと玉砕し、これが鳩山政権の命取りになりました。
石破政権も同じ道をたどりかねません。

アメリカはもちろん国内の誰も賛成しないような案を出してくるとは、石破氏は政治音痴だといわざるをえませんが、ただ、日米同盟を対等なものにしたいという根本のところは評価できます。
もし石破氏が鳩山氏と同じ道をたどったら、もう二度と日米同盟を対等なものにしたいという有力政治家は出てこないでしょう。


石破氏はもともとタカ派政治家で九条改憲論者として知られていましたから、護憲派やハト派は石破氏を忌み嫌っているでしょう。
しかし、石破氏は保守派ではあっても、安倍氏や高市氏らとは根本的に違います。

慰安婦問題について、石破氏は東亜日報のインタビューで「納得を得るまで(日本は)謝罪するしかない」と述べたことがあります。
この発言が保守派から批判されると、石破氏は「謝罪」という言葉は使っていないと弁明しましたが、東亜日報に抗議はしませんでした。

南京大虐殺についても石破氏は「少なくとも捕虜の処理の仕方を間違えたことは事実であり、軍紀・軍律は乱れていた。民間人の犠牲についても客観的に検証する必要がある」と述べています。

安倍氏も高市氏も靖国神社参拝にこだわっていましたが、石破氏は2002年に防衛庁長官として初入閣して以降、靖国参拝はしていません。
なぜ靖国参拝をしないのかについて、石破氏は『正論』2008年9月号の対談で次のように語っています。

「あの戦争は、まともに考えれば勝てるはずのない戦争だった。決して後知恵で言っているのではありません。昭和16年7月には陸軍主計課が緻密な戦力分析を行い、8月にはそのデータを引き継いだ政府の総力戦研究所が日米開戦のシュミュレーションで日本必敗の結論を出して、総理はじめ政府中枢に報告している。(中略)勝てないとわかっている戦争を始めたことの責任は厳しく問われるべきです。(中略)さらに”生きて虜囚の辱めを受けることなかれ”と大勢の兵士に犠牲を強いた。神風特攻隊も戦艦大和の海上特攻も、何の成果も得られないと分かった上で、死を命じた行為が許されるとは思わない。陛下の度重なる御下問にも正確に答えず、国民に真実も知らせず、国を敗北に導いた行為が、なぜ”死ねば皆英霊”として不問に付されるのか私には理解できない」

石破氏は軍事オタクです。軍事オタクというのはある意味、現実主義者であり合理主義者です。
しかし、安倍氏や高市氏のような保守派は違います。天皇制、靖国神社、教育勅語、特攻隊を崇拝します。要するに神がかりです。ですから、日本会議や統一教会とも結びついています。

リベラル、左派、護憲派は石破構想を一概に否定するべきではなく、むしろ応援したほうがいいかもしれません。


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日本とアメリカで国のトップを選ぶ選挙が同時進行中です。
アメリカの大統領選挙を見ると、アメリカはとんでもないことになっているなあと思います。
日本の自民党総裁選を見ると、日本はどうしようもないなあと思います。
どちらもそこで思考停止してしまいます。
しかし、日米の選挙を比べてみると、いろんなことが見えてきます。

アメリカでは4年前も8年前も移民問題が選挙の大きな争点です。移民や外国人へのヘイトスピーチの行きつく果てが、トランプ氏の「移民がペットを食べている」という発言です。
日本でもネットでは外国人へのヘイトスピーチがあふれているので、日本もアメリカも似たようなものに思えますが、自民党総裁選の各候補の政策や議論においては、移民や外国人労働者や不法入国者の問題はほとんど取り上げられていません。
日本経済は外国人労働者に大いに恩恵を受けていますし、外国人犯罪は少なく、しかも減少傾向です。
日本で移民や外国人労働者の問題が争点にならないのは当然です。

アメリカでは中絶禁止が大きな争点です。
もちろん日本にはその問題はありません。代わりに争点になっているのが選択的夫婦別姓です。
ちなみにアメリカでは夫婦別姓が選択できます。約7割の夫婦は妻が夫の姓に変えるようですが、別姓のままでいることもできますし、結婚と同時に新たな姓に変えることもできます(たとえば二人の姓をつなげた姓にするなど)。
アメリカでも保守派は「家族の絆」を重視しますが、同姓であることは必要条件とはならないようで、そこが日本の保守派と違うところです。

大麻使用の自由化もアメリカでは争点です。リベラルは大麻に寛容で、保守派は大麻反対です。
このところ大麻を解禁する州がどんどん増えていて、トランプ氏もフロリダ州の住民投票に関して大麻自由化を容認する考えを示しました。
大麻が取り締まれないほど蔓延しているので、取り締まるのをやめようという流れです。
日本では大麻使用が争点になるということはまったくありません。麻薬対策も政治上の議論になっていません(安倍昭恵氏は医療用大麻解禁の考えを表明したことがありますが)。

アメリカではインフレ対策も大きな争点です。
日本ではインフレ対策ではなく、どうやって経済再生するかが争点です。
アメリカは圧倒的な経済大国なのにまだ高い成長を続けています。ついこの前もダウ平均は史上最高値を更新しました。
「失われた30年」から脱出できない日本とは根本的に違います。


このように日米の選挙の争点を比較すると、国のあり方が根本的に違うということがわかります。
日本の目立った特徴は治安のよいことです。
そして、アメリカの目立った特徴は治安の悪いことです。豊かなのにこれほど治安が悪い国はほかにありません。

アメリカで移民排斥を訴える人たちはみな、アメリカの治安が悪いのは移民のせいだと主張します。
しかし、これは事実に反します。
ロイターの『アングル:「犯罪の背景に不法移民」と主張するトランプ氏、実際の研究データは』という記事から一部を引用します。

複数の学術機関やシンクタンクなどの研究は、移民が米国生まれの人々よりも多く犯罪を犯しているわけではないことを示している。
また、米国の不法移民の犯罪に対象を狭めた研究では、犯罪率も(米国生まれの人より)高くないことが分かっている。
ロイターが確認した研究の一部は学術研究員によって行われ、査読を経て学術誌に掲載されている。
こうした研究は米国の国勢調査結果や不法移民の推定人口などのデータに基づいて書かれている。
複数の研究が米国における不法移民の犯罪率を調査するにあたってテキサス州公安局のデータを引用していた。同局では逮捕時に移民であるか否かを記録している。
テキサス州のデータを引用した研究者の一人、ウィスコンシン大学マディソン校のマイケル・ライト教授は犯罪率は州によって異なったが、同州の数字は入手可能な中では最も良いものだったと語った。同教授はこの研究で、同州では2012ー18年、不法移民の逮捕率は、合法的な移民と米国生まれの市民より低かったとしている。
(中略)
前出のライト氏は、米国の研究を総合的に見て移民が犯罪を犯しやすいとは言えないと述べた。
「もちろん、外国生まれの人々が罪を犯すこともある」とライト氏は取材で語った。
「だが、外国生まれの人々が米国生まれの人々よりも有意に高い確率で犯罪を犯すかといえば、その答えは非常に決定的にノーだ」

トランプ氏は「バイデン政権が何百万人もの犯罪者やテロリスの越境を許したため治安が悪化した」と主張しています。
独裁国で国民の不満をそらすため外国への敵愾心をあおるプロパガンダを行うことがよくありますが、それと同じです。
トランプ氏らは、アメリカ社会が犯罪を生み出しているという事実に向き合おうとせず、外部に責任転嫁しているわけです。そのためまったく犯罪対策が進みません。


麻薬に関しても同じ構図があります。
アメリカは昔から麻薬汚染が深刻ですが、メキシコやコロンビアなどの凶悪な麻薬犯罪組織が麻薬をアメリカ国内に持ち込むせいだと、やはり外部に責任転嫁してきました。
しかし、アメリカ国内に麻薬の需要があって、高く売れるとなれば、供給者が出てくるのは当然です。

最近は麻薬の種類が非合法のものから合法のオピオイド(麻薬性鎮痛薬)に変わってきました。
オピオイドというのは、医師が処方する合法的な麻薬です。もうけ主義の医師が処方箋を書き、もうけ主義の製薬会社が供給し、たちまち全米に広がりました。2017年には年間7万人以上が薬物の過剰摂取で死亡し、アメリカで公衆衛生上の非常事態が宣言されました。
これは麻薬犯罪組織のせいにするわけにはいきません。
それでもトランプ大統領は、中国からオピオイド「フェンタニル」が大量に国内に流入しているせいだと主張しました。もっとも、中国政府に「他国のせいにするのではなく、アメリカ政府は自国の問題として解決すべきだ」と突っぱねられています。
トランプ大統領はコロナ禍のときも“チャイナウイルス”と呼んで中国への責任転嫁を企てました。

他国に責任転嫁をするのはトランプ氏だけでなく、アメリカによくある傾向です。
アメリカで貿易赤字が問題になったときは、日本の自動車産業などのせいにされました。
こういうことができるのは、アメリカが大国であるからです。DV親父が自分の人生がうまくいかないのを妻や子どものせいにして暴力をふるうみたいなものです。


犯罪の大きな原因は格差社会ですが、麻薬汚染も原因です。
人はなぜ薬物依存症になるのでしょうか。
薬物依存症もアルコール依存症もギャンブル依存症も、その他の依存症もみな同じですが、PTSDが原因であるということが次第に明らかにされてきました。
PTSDの原因のひとつは苛酷な戦場体験です。ベトナム戦争帰還兵から薬物依存症者、アルコール依存症者、犯罪者が多く出ました。
しかし、戦場体験のある人はそんなに多くありません。PTSDの原因でもっとも多いのは、幼児期に親から虐待された体験です。
最近は「愛着障害」という言葉がよく使われます。親との愛情関係がうまくつくれないという意味ですが、その原因は親による虐待です。

アメリカは幼児虐待が深刻です。少なくとも日本とは大きく違います。
幼児虐待の統計の取り方は国によって違うので、幼児虐待による死者数を比較すると、アメリカでは2021年の死者数は1820人で、日本では2022年度は74人でした。
アメリカでは幼児虐待だけでなく、夫婦間DV、デートDVも深刻です。

「米国人の1割が親子断絶 なぜ疎遠な家族は増えているのか」という記事によると、コーネル大学ワイル医科大学院のカール・ピルマー教授が米国人6800万人を調査したところ、27%が家族の誰かと疎遠な関係にあり、10%は親子間が疎遠であるという事実が明らかになったということです。
親子間が疎遠だという10%は、離れることで問題を解消したわけです。やっかいなのは、こじれたままの親子関係が継続しているケースです。それはもっと多いはずです。

トランプ氏に選ばれて共和党の副大統領候補になったJ. D. バンス氏は、その自伝的著書『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』によると、薬物依存の母親とアルコール依存の祖父母のもとで暴力とともに育ったということです。この著書が幅広い共感を呼んでベストセラーになったのは、このような家庭が白人貧困層では多いからでしょう。

トランプ氏の姪であり臨床心理士でもあるメリー・トランプ氏が出版した暴露本によると、ドナルド・トランプという「怪物」を生み出した元凶は、支配的な父フレッド・トランプの教育方針にあったということです。その教育方針はこのようなものです。
世の中は勝つか負けるかのゼロサムゲーム。権力を持つ者だけが、物事の善悪を決める。うそをつくことは悪ではなく「生き方」の一つ。謝罪や心の弱さを見せることは負け犬のすることだ――。トランプ家の子どもたちはこう教えられ育った。親の愛情は条件付きで、フレッドの意に沿わないと残酷な仕打ちを受けた。

ドナルドは、幼い頃から素行が悪く、病気がちな母親にも反抗的で、陰で弟をいじめるような子どもだったが、父親の機嫌を取るのが上手で、事業の後継者候補として特別扱いされたという。一方、優しく真面目な長男フレディは、父親の支配に抵抗を試み、民間機のパイロットになったが、父親やドナルドからの執拗(しつよう)な侮辱で精神を病み、42歳でアルコール依存症の合併症で亡くなった。
https://globe.asahi.com/article/13780825

バイデン大統領の次男ハンター・バイデン氏は、6月にデラウェア州の連邦裁判所で有罪評決を言い渡されました。その罪状のひとつは、銃を購入する際に薬物の使用や依存を正しく申告しなかったというものです。

息子ブッシュ大統領は若いころアルコール依存症で苦しんでいましたが、40歳にして禁酒に成功。それにはローラ夫人とキリスト教への信仰がささえになったというのは有名な話ですです。

レーガン大統領の次女であるパティ・デイヴィス氏も『わが娘を愛せなかった大統領へ』という本を書いていて、それによると、パティ・デイヴィス氏は母親からことあるごとにビンタを食らい、父親は子どもにはまったく無関心。つまり暴力とネグレクトの家庭に育ち、薬物依存症になり、男性遍歴を繰り返すという人生を歩みました(現在は作家で女優)。レーガン大統領というと「よき父親」のイメージをふりまいて国民的人気がありましたが、テレビや雑誌の取材でカメラの前に立ったときだけ笑顔になっていたということです。

トランプ氏の支持者であるイーロン・マスク氏には12人の子どもがいるようですが、そのうちの1人が男性から女性への性転換に伴う名前の変更と新たな出生証明書の公布を申請しました。トランスジェンダーを嫌うマスク氏とは断絶したようです。マスク氏がテイラー・スウィフト氏を「子なしの猫好き女」と揶揄したときには、そのトランスジェンダーの娘さんはマスク氏のことを「凶悪なインセル」と罵倒しました。
なお、マスク氏の公式伝記である『イーロン・マスク』(ウォルター・アイザックソン著)によると、マスク氏自身も父親から虐待を受けていたということです。


病んだ家族というと、貧困層において暴力や薬物、アルコールに汚染されているというイメージですが、大統領周辺のセレブの家族も十分に病んでいます。病んだ家族というのはアメリカ全体の問題と見るべきです。
こうした家族から薬物依存や犯罪が生み出されます。
そのためアメリカは犯罪大国、麻薬大国です。

ところが、多くのアメリカ人は自分自身の家庭の中に問題があるのに、それを見ようとせず、外国や移民や犯罪組織に責任転嫁しています。
そして、そうした思考が分断を生みます。たとえば「犯罪が増えたのは民主党が警察予算をへらしたせいだ」といった具合です。
このような外部に責任転嫁する思考法は戦争の原因にもなるので、注意しなければなりません。

保守派は、父親が暴力で家族を支配しているような家庭を「伝統的な家族」として賛美し、問題を隠蔽してきました。
ここにメスを入れることがアメリカの分断解消の道です。


日本の治安がひじょうにいいのは、おそらく親子が川の字で寝て、母親が赤ん坊をおんぶするなどして、親子関係が密接であり、子どもに「基本的信頼感」ができやすいからではないかと思われます。
また、人種、階層、身分などによる格差や差別が少ないことも大きいでしょう。
最近日本でも格差が拡大しているといわれますが、アメリカの格差とは比べようもありません。
日本の保守派はアメリカやヨーロッパのまねをして、外国人犯罪を非難し、川口市クルド人問題などを盛り上げようとしていますが、日本は治安がよいので、さっぱり効果はありません。

日本の選挙を見ると、アメリカのような深刻な対立も分断もありません。
経済が停滞して社会の活力が失われているせいでもあるでしょうから、単純に喜んでもいられません。

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バイデン大統領に代わってカマラ・ハリス副大統領が民主党大統領候補に決まってから、“ハリス旋風”(この言葉がわかる人はかなりの年齢です)が吹き荒れています。
ロイター/イソプスの最新の世論調査によると、支持率はハリス氏45%、トランプ氏41%と、支持率の差が7月の時点の1ポイントから4ポイントに拡大しました。
ハリス氏が候補に決まった当初は、ご祝儀相場とかハネムーン期間といわれていましたが、ハリス氏の勢いは衰えません。

しかし、ハリス氏になにか支持を伸ばす要素があるとは思えません。
トランプ氏のほうが自滅しているのです。


トランプ氏は8月29日、NBCテレビのインタビューで、妊娠6週より後の中絶を実質的に禁じる地元のフロリダ州法は「短すぎる」と指摘し、24週ごろまでの中絶を認めるべきとする住民投票案に理解を示しました。
すると、中絶反対派は「裏切り」と怒りの声を上げ、トランプ氏に住民投票への態度を明確にするよう求めました。
トランプ氏は30日、FOXニュースのインタビューで一転して「民主党は急進的だ。反対票を投じる」と語りました。
態度がぶれぶれです。

同じくフロリダ州で、現在は医療用に限って使用が認められている大麻について、21歳以上は嗜好用として購入、所持するのを合法化するか否かを問う住民投票が行われますが、トランプ氏はSNSで合法化に賛成する考えを示しました。
共和党は基本的に大麻反対ですから、かなりの軌道修正です。

バイデン政権は電気自動車(EV)への移行をうながす政策をとり、いくつかの州ではEVの義務化が行われています。
トランプ氏は「就任初日にEVの義務化を終わらせる」と明言していましたが、8月4日の共和党員集会で「私はEVに賛成だ。そうでなければならない。ご存知のとおり、イーロン(マスク氏)は私を強く支持してくれた。だから私には選択の余地がない」と述べました。
有力支援者の意向で政策を変更するというのは、政治の世界では当たり前にあることですが、トランプ氏がそれをやったのでは、トランプ支持者はがっかりでしょう。

つまりこのところトランプ氏から「強いリーダー」らしさ、つまりカリスマ性がなくなってきているのです。


トランプ氏の強みは、人を攻撃するときの特異な能力です。
2016年の大統領共和党予備選挙にトランプ氏が立候補したとき、最初は泡沫候補の扱いでしたが、暴言や極論を言い立ててメディアの注目を集め、さらにライバル候補を攻撃して次々と追い落としていきました。
たとえば、前テキサス州知事リック・ペリー氏の低支持率を笑いものにし、上院議員リンゼー・グラム氏が過去にトランプ氏に献金を依頼してきたことを暴露して、携帯電話番号を読み上げたりしました。
政策論など関係なく、その人間の弱点を突いて笑いものにするというのがトランプ氏のやり方です。
そのうちほかの候補者はトランプ氏から攻撃されることを恐れてトランプ批判をしなくなりました。

トランプ氏が大統領になって1年半ほどしたころ、サンダース大統領報道官がバージニア州レキシントン市のレストランに入ろうとしたところ、店の経営者にトランプ政権で働いていることを理由に入店を断られました。このことが知られると、店の対応に賛否の議論が起きました。
トランプ大統領もツイッターで意見を述べました。店の対応は不当だと批判するのかと思ったら、違っていました。トランプ氏は「サンダース氏のような素晴らしい人を追い出すより、その不潔な日よけやドア、窓の掃除に集中すべきだ」「レストランは外観が汚ければ内部も汚いというのが私の持論だ」と述べました。
店の写真を見ると、確かにあまりきれいな外観ではありません。店の対応を批判するのではなく、店の汚さを批判するというのは普通の人には考えつかないでしょう。しかし、店にとっては打撃でした。結局、この店はつぶれました。

アメリカで新型コロナウイルスが猛威をふるったときは、トランプ大統領は「チャイナウイルス」と呼んで中国を非難し、中国政府に巨額の損害賠償請求をすると主張しました。冷静に考えれば、損害賠償請求が可能とは思えませんが、コロナ対策の不手際に対する国民の怒りを中国に向けさせることにはある程度成功しました。

2020年の大統領選挙では、トランプ大統領は「選挙は盗まれた」と主張して、バイデン候補と民主党を攻撃しました。
「投票用紙が盗まれた」とか「投票箱が盗まれた」と言うのではなく、「選挙は盗まれた」と言うのがトランプ氏の独特なところです。「選挙は盗まれた」と言うと、なにかはかり知れない大きな不正が行われているような気になります。そのため議事堂襲撃にまで発展し、日本の保守派にも「選挙は盗まれた」と主張する人がいっぱいいました。


ところが、最近のトランプ氏にはそういう攻撃力がありません。
バイデン大統領に対しては「スリーピー・ジョー」というあだ名をつけてバカにしていました。
ハリス氏に対しては、その笑い声をからかって「ラフィン・カマラ」というあだ名をつけましたが、あまり評判がよくないためか、ほとんど使っていないようです。

トランプ氏は黒人記者の団体のイベントにおいて、ハリス氏について「彼女はインド系であることをアピールしていた」と指摘したあと、「私は彼女が何年か前に黒人に転じるまで黒人だとは知らなかった。ずっとインド系だったのに突然、黒人になった」と語りました。
「黒人になった」という表現がトランプ氏ならではです。
しかし、この表現も受けないどころか、むしろ批判されました。

トランプ氏はSNSへの投稿で、ハリス氏の演説に多数の聴衆が集まっている写真は捏造されたものだと主張しましたが、すぐに否定されてしまいました。
また、ハリス氏、オバマ氏、ヒラリー・クリントン氏がオレンジ色の囚人服を着ている画像を投稿しましたが、子どもじみたいやがらせです。

マイケル・ムーア監督は、2016年の大統領選でトランプ大統領の当選予想を的中させるなど、反トランプの立場から選挙予想をしてきましたが、「今回の選挙は、ここ最近で最も楽観視している。敗北の見込みを見据えているのはドナルド・トランプのほうだ」と語りました。


トランプ氏はカリスマ性がなくなり、得意の攻撃力もなくなり、そのため失速しました。
なぜそうなったかというと、ひとつは、これまでバイデン大統領の高齢批判をしてきたのに、ハリス氏に代わり、今度は自分が高齢批判をされる側になったことです。
59歳のハリス氏の前では、78歳のトランプ氏はいやでも自分の“老い”を意識せざるをえないでしょう。

それから、トランプ氏は前回の大統領選でバイデン氏によって現職大統領が再選を阻まれるという屈辱を味わわされたので、バイデン氏に対するリベンジの意欲に燃えていたでしょう。
しかし、ハリス氏が相手ではあまり意欲がわかないかもしれません。

それから、トランプ氏は7月13日に選挙演説中に銃撃され、耳を負傷しました。
世の人々は、トランプ氏が腕を突き上げたポーズにばかり注目しますが、心理状態はポーズよりも顔の表情に強く表れます。
その表情を見れば、トランプ氏がそうとうな衝撃を受けたことがわかります。

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ところが、反トランプの人までもトランプ氏のカリスマ性に幻惑されているのか、トランプ氏の弱さが見えなかったようです。

2、3センチ銃弾がずれていたらトランプ氏の命はなかったでしょう。
その体験がトラウマになって、それ以来いつもの元気がなくなったということが考えられます。
さらに、トランプ氏は“死”を意識したことで、自分の人生を振り返り、自分は天国に召されるべき人間かと考え、一瞬でも“真人間”になったかもしれません。

ともかく、銃撃の衝撃はトランプ氏の心理に大きな影響を与えたことは間違いありません。
その証拠に、トランプ氏は共和党全国大会での大統領候補の指名受諾演説において「社会における不一致と分断は癒やされなければならない。私はアメリカの半分ではなく、アメリカ全体のための大統領になろうと立候補した」と語り、国民に団結を呼びかけました。それまでの分断をあおるような演説とはまったく違いました。


私は『一発の銃弾が見せたトランプ氏の「素顔」』という記事で、トランプ氏は銃撃後に別人になったということを書きました。
もっとも、別人になったのは一時的現象で、すぐにいつものトランプ氏に戻る可能性もあるとは思っていました。

しかし、最近のトランプ氏を見ると、やはり前とは別人です。
移民に対して敵意をあおるような主張はなりを潜めました。
中絶や大麻についての考えの変更は、指名受諾演説で言った分断解消の方向です。
ハリス氏に対する攻撃に威力がないのも、トランプ氏に闘志が失われたからでしょう。

ほとんどの人は、人間は急には変わらないと思っているのか、トランプ氏の変化に気づいていません。
実際のところは、トランプ氏は“普通の人”に近づいたので、その分カリスマ性が失われました。

今のところハリス氏がアメリカ大統領にふさわしいのかということはまったくわかりません。
しかし、トランプ氏からカリスマ性が失われたということだけで大統領選の帰結はわかります。

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衆議院の東京15区、島根1区、長崎3区の三つの補欠選挙が4月16日に公示されましたが、東京15区には9人が立候補し、自民党が独自候補の擁立を見送ったために、野党同士のにぎやかな戦いになりました。
やはり候補者(政党)が多いという多様性はたいせつです。それだけで盛り上がります。

自民党は裏金問題などで支持率が下がっていますが、かといって野党にも期待できないという声があります。
では、野党はどうすればいいのかということを、この選挙を通して考えました。

東京15区補選の候補者は以下の通りです(届け出順)。
・諸派「NHKから国民を守る党」新人の弁護士福永活也氏(43)
・無所属新人でファーストの会副代表の乙武洋匡氏(48)=国民民主、ファーストの会推薦
・参政党新人の看護師吉川里奈氏(36)
・無所属元職の元環境副大臣秋元司氏(52)
・日本維新の会新人の元江崎グリコ社員金沢結衣氏(33)=教育無償化を実現する会推薦
・諸派「つばさの党」新人でIT会社経営の根本良輔氏(29)
・立憲民主党新人で共産、社民党の支援を受ける元江東区議の酒井菜摘氏(37)
・諸派「日本保守党」新人で麗沢大客員教授の飯山陽氏(48)
・無所属新人の元総合格闘家須藤元気氏(46)

序盤の世論調査では、立憲民主党の酒井菜摘候補がリードしているようです。
立民党は野党第一党のために反自民票の受け皿になりやすく、酒井候補は昨年12月の江東区長選に立候補して惜敗したので、地元有権者への知名度もあります。
しかし、16日に行われた候補者のネット討論会には、酒井候補だけ出席しませんでした。リードしている立場としての選挙戦術なのでしょうが、政策面などで訴えることがあれば出席してもよかったはずです。
野党第一党というポジションにあぐらをかいている感じがします。


都民ファーストの会は乙武洋匡氏を擁立しました。著名人だけに有利ではないかと思われましたが、いろいろと逆風が吹いています。
自民党が推薦するという話がありましたが、結局自民党の推薦はなくなり、都民ファーストの会と国民民主党の推薦となりました。
小池百合子都知事の学歴詐称問題が蒸し返されたのもマイナスです。
そして、なによりも乙武候補の過去の女性問題が蒸し返されています。

2016年、自民党が参院選に乙武氏を擁立しようとしましたが、週刊新潮が乙武氏は過去に5人の女性と不倫していたと報じて、結局選挙出馬はなくなりました。このときは、奥さんに介助してもらいながら不倫するとはけしからんというのが世論の大勢でした。
2022年7月の参院選に乙武氏は無所属で立候補し、落選しましたが、このときは不倫はほとんど問題にされませんでした。
そして今回の立候補では、また昔の不倫が蒸し返されています。2022年には問題にならなかったのに、どうして今回は問題になるのでしょうか。

2022年の参院選は無所属での立候補でしたから、あまり当選の可能性はないと見られていました。しかし、今回は都民ファーストの会の推薦で、ほかに有力候補もいないことから当選の可能性は高そうでした。
多くの人は身体障害者に同情的ですが、それは自分より下の人間と見ているからです。身体障害者が自分と対等の人間として自己主張してくるのは許せません。私はこのことを、車椅子の人が映画館の一般席で鑑賞しようとしたためにトラブルになったことを「車椅子ユーザーはなぜ炎上するのか」という記事に書いたときに感じました。
乙武候補の女性問題が取り上げられる背景には障害者への差別意識があるのではないでしょうか。

日本維新の会は金沢結衣候補を立てました。
維新の馬場伸幸代表は応援演説において「立憲の国会議員を何人増やしても一緒、立憲には投票しないで」と語りました。また、国会での記者会見では「立憲民主党は、叩き潰す必要がやっぱりある」と語りました。
馬場代表は昨年7月のネット番組で、自民党と維新の関係について「第一自民党と第二自民党でいい」
と語っています。
今回の選挙に自民党の候補がいないから立憲民主党を攻撃しているわけではなくて、もともと自民党よりも立憲民主党を主要な敵と見ているわけです。

馬場代表はまた、「共産党はなくなったらいい」とも言っていて、反共主義です。
国民民主党もまた反共主義です。玉木雄一郎代表は「立民が共産と組むなら候補者調整や選挙協力はできない」と言っています。
与野党対決よりも野党同士の対決のほうが優先されています。これでは自民党を追い詰めることはできません。

日本保守党は飯山陽候補を擁立しました。
日本保守党は、自分では第二自民党とは言っていませんが、実態は第二自民党です。安倍首相を支持していた保守層が自民党に愛想を尽かしてつくった政党です。
ですから、野党共闘などは最初から考えていないでしょう。
世論調査によると急速に支持を伸ばしているそうです。
代表の百田尚樹氏は68歳で、つい最近も腎臓ガンの手術をしたばかりです。今のところ個人政党みたいなものですから、全国的な政党に育てていく気力と体力があるかが問題です。
もし飯山候補が当選はむりでも、次点ぐらいになったら、次の総選挙で自民党から立候補しようと考えていた人たちが保守党の看板のもとに集まってきて、自民党票を食って、自民党が大幅に議席をへらすという展開も考えられます。
案外これが政権交代の近道かもしれません。


野党がまったくまとまらないのは、政権を獲ってやろうという気概がないからです。野党の立場に安住しています。55年体制の社会党みたいなものです。
立民の泉健太代表は昨年11月に「5年で政権交代を考えている」と言ったことがあります(批判されて、のちに「次の衆院選で政権交代」と言いましたが)。
野党は野党の立場に安住し、与党は与党の立場に安住する中で、日本は長く停滞し、挙句には裏金問題などが起こってきました。

野党の中ではれいわ新選組だけが、小党ではありますが、政権をねらう迫力を感じさせますが、この補選には関わっていません。


今回の選挙では政策論議も低調です。
各政党の政策を比較する「Japan・choice」というサイトを参考にすると、各政党にそれほどの対立点がありません。
各党が力を入れて主張しているのは、国民への保障や給付を増やし、負担は少なくという当たり前のことです。あえて対立点を探すと、一律給付か所得制限付き給付かということぐらです。
消費税についても、与党は現状維持ですが、野党はすべて引き下げないし廃止です。
改憲問題については各党で意見が違います。しかし、選挙ではほとんど議論になっていません。有権者の関心がないのでしょう。敵基地攻撃能力を保有することになったので、改憲してもしなくてもいっしょということもあります。
外交問題についての議論も低調です。日本の国力が低下して、国民も各政党も外交力に自信を失っているからでしょうか。


与野党対決の選挙においては、野党は与党の政策の間違いを攻撃し、正しい政策を提示することです。それしかありません。
ところが、今はそういう対立点がない状況です。
与党が理想的な政治を行っていれば別ですが、対立点がないはずがありません。
対立点がないのは、野党の腰が引けているからです。

たとえば普天間基地の辺野古移設については、与党は移設続行ですが、野党はすべて再交渉ないし移設中止です。
日米地位協定についても、与党は現状維持ですが、野党はすべて見直しないし改定です。
つまり与野党の対立点が明白です。
ところが、野党はこの対立点をアピールすることはしません。
日米地位協定について与党が現状維持なのは、アメリカが改定に応じないことがわかっているからです。
立民党も鳩山政権のときに経験して、ある程度わかっています。つまり立民党が公約に「日米地位協定の改定」を掲げているのは見せかけで、本気ではないのです。

「ドイツやイタリアはアメリカとの地位協定を改定して不利な点を改善しているのに、日本はなぜできないのか」と言われますが、別に日本政府が怠慢なわけではなくて、それがアメリカ政府の方針なのでしょう。
おそらくアメリカ政府はドイツ人やイタリア人よりも日本人を差別しているのでしょう(リメンバー・パールハーバーという感情もあるでしょう)。
ですから、政権交代しても同じことです。

もっとも、地位協定改定がまったく不可能なわけではありません。
日本政府が日米同盟離脱カードを用意して交渉すればいいのです。
それには中国やロシアとの外交も関係しますし、なによりも日本国民の心理的な対米依存を克服しなければなりません。
野党は国民意識を変えると考えただけで腰が引けるのでしょう。
しかし、それをやらないと日本再生はありません。
日米関係は経済の問題でもあります。これまで日本は日米自動車摩擦や日米半導体戦争などで負け続けて経済大国の地位を失ってきたのです。
国民も日本外交があまりにも対米従属的であることは感じているはずです。
対米依存を続けてもなにもいいことはないと国民を説得することは不可能ではありません。


それから、野党は教育改革を争点にするべきでしょう。
日本の学校教育は悪化の一途をたどっています。
小中高校と特別支援学校における2022年度のいじめの認知件数は、前年度から1割増の68万1948件に上り、過去最多となりました。
小中学校における2022年度の不登校児童生徒数は29万9048人となり、前年度から22.1%増加しました。
文部科学省の調査によると、小中高校における2022年度の自殺者は計411人で、21年度の368人から43人増加しました(過去最多は20年度の415人)。
ほかにブラック校則の問題もあります。ブラック校則はほとんど改善されないか、むしろ悪化している感じすらあります。

誰がどう見ても、日本の学校教育は大失敗です。
野党がここを追及しないのは不思議です。
子どもには選挙権がないですし、おとなには体罰賛成、管理教育賛成という人も多いので、追及しても得はないと思っているのでしょうか。
しかし、「日本をよくする」ということを考えれば、教育をよくすることは欠かせません。


あと、家族の問題もあります。
自民党は夫婦別姓に反対する理由に「家族の絆が壊れる」ということを挙げています。
ですから、家族の問題も政治の争点になりえます。
もっとも、「政治が家庭に介入する」ということを嫌う人もいるので、それなりの理論構築をしなければなりません。
野党はもっと自民党の家族観を追及するべきです。

対米関係、学校教育、家族関係を与野党の争点にすると、政治は盛り上がるはずです。


なお、つばさの党の根本良輔候補は、自分の選挙活動そっちのけでほかの候補の選挙活動を妨害して、数々のトラブルを起こしています。立候補者に警察は手を出しにくいということを利用した悪質な行為です。こうした行為には対策が講じられるべきです。

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トランプ前大統領が共和党の大統領候補になるのは確実な情勢です。
「もしトラ」――もしトランプ氏が大統領になったら――ということを真剣に考えなければいけません。

しかし、トランプ氏の行動を予測するのは困難です。
2020年の大統領選でトランプ氏の負けがはっきりしたとき、トランプ氏は「選挙は盗まれた」と言って負けを認めず、支持者を扇動してホワイトハウス襲撃をさせました。
民主主義も国の制度も平気で壊します。

もしトランプ氏が次の大統領選に出たらたいへんです。負けた場合、負けを認めるはずがないからです。またしても大混乱になります。
それを防ぐには、トランプ支持者による特別な選挙監視団をつくって、選挙を監視させるという方法が考えられますが、それをすると、その選挙監視団がまた問題を起こしそうです。
かりにトランプ氏が正当に当選しても、果たして4年で辞任するかという問題もあります。大統領の免責特権がなくなるので、むりやり憲法を改正してもう1期続けることを画策するに違いありません。


マッドマン・セオリーという言葉があります。狂人のようにふるまうことで、相手に「この人間はなにをするかわからない」と恐れさせるというやり方です。
しかし、トランプ氏は戦略としてマッドマン・セオリーを採用しているとは思えません。やりたいようにやっている感じです。
そして、そこにトランプ氏なりのセオリーがあります。

トランプ氏は保守派で白人至上主義者です。その点に関してはぶれません。
ですから、保守派で白人至上主義者のアメリカ国民も、ぶれずにトランプ氏を支持し続けるわけです。
支持者にとっては、トランプ氏が大統領職にとどまってくれるのが望ましく、正当な選挙で選ばれたかどうかは二の次です。


アメリカの白人至上主義者はアメリカを「白人の国」と思っています。
アメリカ独立宣言にはこう書かれています。

「われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているという こと」

「すべての人間は生まれながらにして平等」とありますが、先住民や黒人奴隷にはなんの権利もなかったので、先住民や黒人奴隷は「人間」ではなかったわけです。
また、白人女性に参政権がなかったことから、白人女性も「人間」とされていなかったかもしれません(「すべての人間」は英文では「all men」です)。
「創造主(Creator)」という言葉も出てきます。これは当然キリスト教由来の言葉です。異教徒にもこの宣言は適用されるのかという疑問もあります。

ともかく、独立宣言には「すべての人間」に人権があるとしていますが、実際には「白人成年男性」にしか人権はなかったのです。
このときうわべの理念と中身のまったく違う国ができたのです。そのことがのちのちさまざまな問題を生みます。


「白人成年男性の人権」を「普遍的人権」にする戦いはずっと行われてきました。

女性参政権は1910年から一部の州で始まりましたが、憲法で「投票権における性差別禁止」が定められたのは1920年のことです。

アメリカは世界でもっとも遅く奴隷制を廃止した国です。
リンカーン大統領は黒人奴隷を解放した偉大な大統領とされていますが、実際はやっとアメリカを“普通の国”にしただけです。

黒人参政権は、奴隷制の廃止にともなって1870年に憲法で認められ、実際に黒人が投票権を行使して、州議会だけでなく14人の黒人下院議員、2人の黒人上院議員が誕生しました。
しかし、そこから白人の巻き返しが始まり、さまざまな理由をつけて黒人の選挙権は奪われます。
黒人の投票権が復活したのは1964年の公民権法の成立以降のことです。

現在、共和党の支配する州では、非白人の有権者登録を妨害するような制度がつくられています。たとえば、有権者登録には写真つきの身分証が必要だとするのです。貧困層は写真つきの身分証を持っていないことが多いからです。また、車がないと行けないような場所に投票所や登録所を設けるとか、黒人の多い地域では何時間も並ばないと投票できないようにするといったことが行われています。

白人至上主義者にとっては、黒人やヒスパニックが選挙権を得たときにすでに「選挙は盗まれた」のです。
ですから、トランプ氏が「選挙は盗まれた」と言ったときに簡単に同調できたわけです。

アメリカの人口構成で白人はいずれ少数派になりそうです。そこに黒人のオバマ大統領が出現して、白人至上主義者はますます危機感を強めました。その危機感がトランプ氏を大統領に押し上げました。

「ラストベルト」における“しいたげられた白人”の不満がトランプ当選につながったと日本のマスコミはしきりに報道していました。しかし、テレビに出てくる白人を見ていると、失業者はいなくて、大きな家に住み、広い土地を持っています。ぜんぜん“しいたげられた白人”ではありません。そもそも黒人世帯の所得は白人世帯の所得の60%ですし、白人世帯の資産は黒人世帯の資産の8倍です。
日本のマスコミは白人側に立っているので、アメリカの人種差別の実態がわかりません。

アメリカの先住民は、先住民居留地に住むという人種隔離政策のもとにおかれています。先住民女性の性的暴行にあう確率はほかの人種の2倍です。「町山智浩のアメリカの今を知るTV」によると、ナバホ族は居留地に独自の“国”をつくっていますが、連邦政府と交渉しても水道や電気がろくに整備されないということです。
日本のマスコミは先住民差別についてはまったくといっていいほど報道しません。


アメリカは今でも人種差別大国で、白人至上主義はいわばアメリカの建国の理念です。
アメリカの外交方針も基本は白人至上主義です。
「ファイブアイズ」と呼ばれる、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドによって成り立つ情報共有組織があります。この5か国はアングロサクソンの国です。1950年ごろに結成され、長く秘密にされていましたが、2010年の文書公開で明らかになりました。
人種によって国が結びつくというのには驚かされます。ここにアメリカの本質が現れています。

第二次大戦後、アメリカが白人の国と戦争をしたのはコソボ紛争ぐらいです。あとベトナム、イラク、アフガニスタンのほか、数えきれないくらい軍事力を行使していますが、すべて非白人国が対象です。

同じ白人国でも、西ヨーロッパの国は文化が進んでいますが、東ヨーロッパの国は遅れているので、東ヨーロッパは差別されています。
東西冷戦が終わって、ロシアが市場経済と民主主義の国になったのに、NATOがロシア敵視を続けて冷戦に逆戻りしたのも、東ヨーロッパに対する差別があったからというしかありません(あと東方教会という宗教の問題もあります)。

パレスチナ問題も、イスラエルは白人の国とはいえませんがヨーロッパ文化の国であるのに対し、パレスチナはアラブ人とイスラム教の地域です。そのためアメリカは公平な判断ができません。


アメリカ国内は保守派とリベラルの「分断」が深刻化しています。
単純化していうと、保守派は人種差別と性差別を主張し、リベラルは反人種差別とフェミニズムを主張しています。
もっとも、保守派は表立って人種差別と性差別を主張するわけではありません。本人たちの主観では「道徳」を主張しています。
つまり保守思想というのは「古い道徳」のことです。

自民党の杉田水脈衆院議員が国会で「男女平等は絶対に実現し得ない反道徳の妄想です」と発言したことがあります。この発言は保守思想の本質をみごとに表現しています。「良妻賢母」や「夫唱婦随」といった古い道徳を信奉する人間は必然的に男女平等に反対することになります。

公民権法が成立する以前のアメリカでは、バスの座席も待合室も白人と黒人で区別されていました。黒人は黒人として扱うのが道徳的なことでした。もし白人が黒人を連れてレストランに入ってきたら、その行為はひどく不道徳なこととして非難されました。公民権法が成立したからといって、人間は急に変われません。黒人を黒人として扱うのが道徳的なことだと思っている人がいまだに多くいて、そういう人が差別主義者です。
ですから、差別主義者というのは要するに「古い人間」です。
自分の親も祖父母も黒人を黒人として扱っていた。自分も幼児期からそれを見て学んで、同じようにしている。自分は家族と伝統をたいせつにする道徳的な人間だ――そのような自己認識なので、差別主義者の信念はなかなか揺るぎません。

ですから、差別主義を克服するということは、自分の親や祖父母のふるまいを批判するということであり、自分が幼児期から身につけたふるまいを否定するということです。
もちろんこれはむずかしいことです。
リベラルはこのむずかしいことから逃げて、安易な“言葉狩り”に走ったので、人種差別も性差別もそのまま温存されています。
そのため、保守とリベラルの分断は深まるばかりです。


トランプ氏は過激なことばかり主張しているようですが、実はアメリカがもともと隠し持っていたものを表面化しているだけです。
ですから、バイデン政権とそれほど異なるわけではありません。日本はすでにバイデン政権の要求で防衛費GDP比2%を約束しました。もしかするとトランプ政権が成立すると3%を要求してくるかもしれませんが、その程度の違いです。

とはいえ、トランプ政権になると要求が露骨になり、これまで隠してきた屈辱的な日米関係が露呈するかもしれません。
そのときに日本政府は、国民世論をバックに、中国やグローバルサウスと連携することでトランプ政権とタフに交渉できればいいのですが、これまでの日本外交を考えると、残念ながらとうていできそうにありません。

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ウクライナ戦争が始まって2月24日で丸2年になりましたが、着地点がまったく見えません。
そもそも現在の戦況すらよくわからないので、問題を整理してみました。

ロシア軍は2月17日、激戦地のドネツク州アウディイフカを完全制圧したと発表し、ゼレンスキー大統領も戦略的判断による撤退を認めました。
また、各地でロシア軍は前進しているということです。
どう考えてもロシア軍有利の戦況になっていますが、報道は「ウクライナ軍有利」を思わせるようなものがほとんどです。

「ウクライナ空軍はここ数日でロシアのSu-34戦闘爆撃機など7機を撃墜した」
「早期警戒管制機A50を先月と今月と立て続けに2機撃墜した」
「ウクライナ軍はロシア軍のミサイル艇を撃沈、大型揚陸艦を撃沈、黒海艦隊の3分の1を無力化した」
「ウクライナ軍は2月15日、ロシア軍の最新鋭戦車T-90Mを4両破壊した」
「ウクライナ軍はアウディイフカから撤退を強いられたにもかかわらず消耗戦では勝ちつつある」

これらのニュースを見ていると、「ロシア軍が前進している」というニュースがかき消されてしまいます。
ウクライナ国内で国民と兵士の士気を高めるためにこうした“大本営発表”が行われるのはわかりますが、日本で行われるのは不可解です。誰がメディアを操作しているのでしょうか。


こうしたことは開戦当初から行われていました。
開戦直後、アメリカを中心とした国はロシアにきびしい経済制裁をしました。

・石油ガスなどの輸入禁止
・高度技術製品などの輸出禁止
・自動車メーカーやマクドナルドなど外国企業の撤退
・国際的決済ネットワークシステムであるSWIFTからの排除

これらの制裁によってロシア経済は大打撃を受け、財政赤字が拡大し、ハイテク兵器がつくれなくなるなどと喧伝されました。
しかし、ロシアのGDP成長率は、2022年こそ-1.2%でしたが、2023年は3.6%のプラス成長でした。兵器もかなり製造しているようです。
全然話が違います。

経済制裁は、北朝鮮やイランやキューバに対してずっと行われていますが、それによって情勢が変わったということはありません。
ロシアへの経済制裁の効果も大げさに宣伝していたのでしょう。


ロシアからドイツへ天然ガスを送る海底パイプライン「ノルドストリーム」が2022年9月に爆破されるという事件がありました。
西側はロシアの犯行だとしてロシアを非難し、ロシアは西側の犯行だと反論し、激しい応酬がありました。
1か月ほどしたころ、ニューヨーク・タイムズが米情報当局者らによる情報として、親ウクライナのグループによる犯行だということを報じました。
独紙ディ・ツァイトは、爆発物を仕掛けるのに使われた小型船はポーランドの会社が貸したヨットだとわかったとして、ヨットの所有者は2人のウクライナ人だと報じました。
さらに独誌シュピーゲルは、ウクライナ軍特殊部隊に所属していた大佐が破壊計画の調整役として中心的役割を担ったと報じ、ワシントン・ポストは米当局の機密文書に基づき、ウクライナ軍のダイバーらによる破壊計画を米政府が事前に把握していたと報じました。
流れは完全にウクライナの犯行のほうに傾きました。
ところが、このころからぱたっとノルドストリーム爆破に関する報道はなくなりました。当然、ウクライナはけしからんという声も上がりません。
ウクライナにとって不都合なことは隠されます。


しかし、戦況がウクライナ不利になっていることは隠せなくなってきました。
なぜウクライナ不利になっているかというと、主な原因は砲弾の補給がうまくいっていないことです。

東京で行われたウクライナ復興会議に出席するため来日したウクライナのシュミハリ首相はNHKとのインタビューで「ウクライナも自国での無人機の製造を100倍に拡大したほか、弾薬の生産にも取り組んでいますが、必要な量には達していません。ロシアは大きな兵器工場を持ち、イランや北朝鮮からも弾薬を調達していて、ウクライナの10倍もの砲撃を行っているのです」と語りました。
この「10倍」というのは話を盛っているかもしれません。ほかの報道では、ロシアはウクライナの5倍の砲弾を補給しているとされます。

現代の戦争では、銃撃で死ぬ兵士は少なく、ほとんどの兵士は砲撃と爆撃で死にます。
ウクライナ軍の砲弾不足は致命的です。

なぜこんなことになっているのでしょうか。
EUは昨年3月、1年以内に砲弾100万発を供給する計画を立てましたが、約半分しか達成できていないということです。
EUの各国に砲弾製造を割り当てればできるはずです。
できないのは、よほど無能かやる気がないかです。
ゼレンスキー大統領は激怒してもいいはずですが、さすがに支援される立場ではそうもいかないでしょう。
代わって西側のメディアが砲弾供給遅れの責任を追及するべきですが、そういう報道もありません。“支援疲れ”などという言葉でごまかしています。


なぜEUは砲弾の供給を計画通りにやらないのかと考えると、本気で勝つ気がないからと思わざるをえません。
これはアメリカやNATOも同じです。
ロシアは勝つために必死で砲弾やその他の兵器を増産しているので、その差が出ていると考えられます。

アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスなどが新鋭戦車をウクライナに提供したのは、開戦からかなり時間がたってからで、しかも数量が限定的でしたから、ゲームチェンジャーにはなりませんでした。
F-16の提供も遅れたために、今はまだパイロットの訓練中です。
多連装ロケット砲のハイマースや155ミリ榴弾砲も供与されていますが、肝心の弾が不足です。
ロシア領土に届くような長距離ミサイルは供与されていません。
つまり「戦力の逐次投入」をして、しかもその戦力が不足です。
アメリカなどの支援国が本気で勝つ気なら、勝つためにはどれだけの兵器が必要かを計算して、最初から全面援助しているのではないでしょうか。

なぜアメリカなどに勝つ気がないかというと、理由は単純で、ロシアを追い詰めると核戦争になるかもしれないからです。
このところ通常兵器の戦闘が続いているので、核兵器の存在を忘れがちですが、核兵器抜きに戦争は論じられません。

プーチン大統領は開戦初期に何度も核兵器の使用の可能性に言及しました。
この発言は「核による脅し」だとして各国から批判されましたが、その発言の効果が十分にあったようです。
アメリカなどがウクライナ支援を限定的にしていることがわかってからは、プーチン大統領は核について発言することはなくなりました。

ウクライナにとっての理想は、開戦時点の位置までロシア軍を押し戻すことでしょう。
しかし、そんなことになればロシアは多数の戦死者をむだ死にさせたことになるので、プーチン大統領としては絶対認められません。
そのときは核兵器を使うかもしれません。
戦術核を一発使えば、ウクライナ軍に対抗手段はないので、総崩れになるでしょう。

そのとき、アメリカは弱腰と言われたくなければ、「もう一発核を使えばアメリカは核で報復するぞ」と言わねばなりませんが、これは最終戦争につながるチキンレースです。

このチキンレースでアメリカとロシアは対等ではありません。
ロシアはウクライナと国境を接して、NATOの圧力にさらされているので、日本でいうところの「存立危機事態」にありますが、アメリカにとってはウクライナがどうなろうと自国の安全にはなんの関係もありません。
ですから、トランプ元大統領のウクライナ支援なんかやめてしまえという主張がアメリカ国民にもかなり支持されます。

ともかく、アメリカとしては「ロシアに核兵器を使わせない」という絶対的な縛りがあるので、ロシアを敗北させるわけにいかず、したがってウクライナはどこまでいっても「勝利」には到達できないのです。
このことを前提に停戦交渉をするしかありません。
最終的に朝鮮半島のように休戦ラインをつくることになるでしょうか。


アメリカは東アジア、中東、ヨーロッパと軍隊を駐留させて、支配地域を広げてきました。
まさに「アメリカ帝国主義」です。
しかし、戦争においては、進撃するとともに補給や占領地の維持が困難になり、防御側も必死になるので、いずれ進撃の止まるときがきます。それを「攻勢限界点」といいます。
アメリカ帝国主義もヨーロッパ方面では「攻勢限界点」に達したようです。
核大国のロシアにはこれ以上手出しできません。


もっとも、アメリカ人は自国を帝国主義国だとは思っていないでしょう。
「自由と民主主義を広める使命を持った国」ぐらいに思っています。
現実と自己認識が違っているので、ウクライナ支援をするか否かということでも国論が二分してしまいます。

トランプ氏再登板に備えて、日本人もアメリカは帝国主義か否かという問題に向き合わなければなりません。


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アメリカの社会病理はますます進行し、銃犯罪、麻薬汚染、人種差別などが深刻化しています。リベラルと保守の分断もとどまるところを知らず、内戦の危機までささやかれています。
こうした社会病理の根底にあるのは、人間関係のゆがみです。
そして、人間関係のゆがみの根底にあるのは、おとなと子どもの関係のゆがみです。

「子どもの権利条約」の締約国・地域の数は196で、国連加盟国で締約していないのはアメリカだけです。
つまりアメリカは国家の方針として子どもの人権を尊重しない世界で唯一の国です。
こういう重要なことがほとんど知られていないのは不思議なことです。
子どもの人権を尊重しないことがさまざまな問題を生んでいます。


幼児虐待で死ぬ子どもの数は、日本では多くても年間100人を越えることはありませんが、アメリカでは毎年1700人程度になります。
もちろん死亡する子どもの数は氷山の一角で、はるかに多数の子どもが虐待されています。
西洋の伝統的な考え方として、理性のない子どもは動物と同様と見なして、きびしくしつけするということがあります。子どもの人権という概念がないために、それが改まっていないと思われます。

日本では不登校の子どもをむりやり学校に行かせるのはよくないという考えが広まってきましたが、アメリカでは義務教育期間は子どもは学校に通う義務があり(日本では親に子どもに教育を受けさせる義務がある)、不登校は許されません。しかし、むりやり子どもを学校に行かせようとしてもうまくいかないものです。
そんなときどうするかというと、子どもを矯正キャンプに入れます。これは日本の戸塚ヨットスクールや引きこもりの「引き出し屋」みたいなものです。
『問題児に「苦痛」を与え更生せよ 「地獄のキャンプ」から見る非行更生プログラム 米』という記事にはこう書かれています。
アメリカの非行少年更正業界は、軍隊式訓練や治療センター、大自然プログラム、宗教系の学校で構成される1億ドル規模の市場だ――州法と連邦法が統一されていないがゆえに、規制が緩く、監視も行き届いていない。こうした施設の目的は単純明快だ。子どもが問題を抱えている? 夜更かし? ドラッグ? よからぬ連中との付き合い? 口答え? 引きこもり? だったら更正プログラムへどうぞ。規律の下で根性を叩き直します。たいていはまず子どもたちを夜中に自宅から連れ去って、好きなものから無理矢理引き離し、ありがたみを感じさせるまで怖がらせる。だが、組織的虐待の被害者救済を目的としたNPO「全米青少年の権利協会」によると、懲罰や体罰での行動矯正にもとづく規律訓練プログラムの場合、非行を繰り返す確率が8%も高いという。一方で、認可を受けたカウンセリングでは常習性が13%減少することが分かっている。
大金持ちのお騒がせ令嬢であるハリス・ヒルトンもキャンプに入れられたことがあり、議会でこのように証言しました。
「ユタ州プロヴォキャニオン・スクールでは、番号札のついたユニフォームを渡されました。もはや私は私ではなくなり、127番という番号でしかありませんでした。太陽の光も新鮮な空気もない屋内に、11カ月連続で閉じ込められました。それでもましな方でした」とヒルトンは証言した。「首を絞められ、顔を平手打ちされ、シャワーの時には男性職員から監視されました。侮蔑的な言葉を浴びせられたり、処方箋もないのに無理やり薬を与えられたり、適切な教育も受けられず、ひっかいた痕や血痕のしみだらけの部屋に監禁されたり。まだ他にもあります」
普通の学校はどうなっているかというと、「ゼロ・トレランス方式」といわれるものが広がっています。
これはクリントン政権が全米に導入を呼びかけ、連邦議会も各州に同方式の法案化を義務づけたものです。
細かく罰則を定め、小さな違反も見逃さず必ず罰を与えます。小さな違反を見逃すと、次の大きな違反につながるという考え方です。違反が三度続くと停学、さらに違反が続くと退学というように、生徒個人の事情を考慮せず機械的に罰則を当てはめるわけで、これでは教師と生徒の人間的な交流もなくなってしまいます。

これは私個人の考えですが、昔のアメリカ映画には高校生を主人公にした楽しい青春映画がいっぱいありましたが、最近そういう映画は少ない気がします。子どもにとって学校が楽しいところではなくなってきているからではないかと思います。

学校で銃乱射事件がよく起こるのも、学校への恨みが強いからではないでしょうか。


幼児虐待は身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、ネグレクトの四つに分類されますが、中でも性的虐待は「魂の殺人」といわれるぐらい子どもにダメージを与えます。
アメリカでは1980年代に父親から子どものころに性的虐待を受けたとして娘が父親を裁判に訴える事例が相次ぎました。いかにも訴訟大国アメリカらしいことですが、昔の家庭内のことですから、当事者の証言くらいしか証拠がありません。
ある心理学者が成人の被験者に、5歳のころにショッピングセンターで迷子になって親切な老婦人に助けられたという虚偽の記憶を植えつける実験をしたところ、24人の被験者のうち6人に虚偽の記憶を植えつけることに成功しました。この実験結果をもとに、セラピストが患者に性的虐待をされたという虚偽の記憶をうえつけたのだという主張が法廷で展開され、それをあと押しするための財団が組織されて、金銭面と理論面で父親を援助しました。
この法廷闘争は父親対娘だけでなく、保守派対リベラルの闘争として大規模に展開されましたが、最終的に父親と保守派が勝利し、逆に父親が娘とセラピストに対して損害賠償請求の訴えを起こして、高額の賠償金を得るという例が相次ぎました。
この顛末を「記憶の戦争(メモリー・ウォー)」といいます。
結局、家庭内の性的虐待は隠蔽されてしまったのです。

アメリカでは#MeToo運動が起こって、性加害がきびしく糾弾されているイメージがありますが、あれはみな社会的なケースであって、もっとも深刻な家庭内の性的虐待はまったくスルーされています。


ADHDの子どもは本来2~3%だとされますが、アメリカではADHDと診断される子どもが急増して、15%にも達するといわれます。親が扱いにくい子どもに医師の診断を得て向精神薬を投与しており、製薬会社もそれを後押ししているからです。


アメリカにおいては、家庭内における親と子の関係、学校や社会におけるおとなと子どもの関係がゆがんでいて、子どもは暴力的なしつけや教育を受けることでメンタルがゆがんでしまいます。それが暴力、犯罪、麻薬などアメリカ社会の病理の大きな原因になるのです(犯罪は経済格差も大きな原因ですが)。
そして、その根本には子どもの権利が認められていないということがあるのですが、そのことがあまり認識されていません。

たとえば、こんなニュースがありました。
「ダビデ像はポルノ」で論争 保護者が苦情、校長辞職―米
2023年03月28日20時32分配信
 【ワシントン時事】米南部フロリダ州の学校で、教師がイタリア・ルネサンス期の巨匠ミケランジェロの彫刻作品「ダビデ像」の写真を生徒に見せたところ、保護者から「子供がポルノを見せられた」と苦情が寄せられ、校長が辞職を余儀なくされる事態となった。イタリアから「芸術とポルノを混同している」と批判の声が上がるなど、国際的な論争に発展している。

 地元メディアによると、この学校はタラハシー・クラシカル・スクール。主に11~12歳の生徒を対象とした美術史の授業で、ダビデ像のほかミケランジェロの「アダムの創造」、ボッティチェリの「ビーナスの誕生」を取り上げた。

 ところが、授業後に3人の保護者から「子供がポルノを見ることを強制された」などと苦情が入った。教育委員会は事前に授業内容を保護者に知らせなかったことを問題視。ホープ・カラスキヤ校長に辞職を迫ったという。

この決定はミケランジェロを生んだイタリアで反響を呼んだ。ダビデ像を展示するフィレンツェのアカデミア美術館のセシリエ・ホルベルグ館長は、AFP通信に「美術史に対する大いなる無知だ」と批判。フィレンツェのダリオ・ナルデラ市長もツイッターで「芸術をポルノと勘違いするのは、ばかげている以外の何物でもない」と非難し、「芸術を教える人は尊敬に値する」として、この学校の教師を招待する意向を示した。

 フロリダ州では保守的な価値観を重視する共和党のデサンティス知事の主導で、一定年齢以下の生徒が性的指向を話題とすることを禁止する州法を成立させるなどの教育改革が強行されている。今回の措置には、米作家のジョディ・ピコー氏が「これがフロリダの教育の惨状だ」と指摘するなど、米国内でも波紋が広がっている。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023032800665&g=int
これは「芸術かポルノか」という問題のようですが、実は子どもの「見る権利」が侵害されているという問題です。「芸術かポルノか」ということをおとなが一方的に決めようとするからおかしなことになるのです。

アメリカではSNSが子どもにとって有害だという議論があって、1月末に米議会上院がSNS大手5社の最高経営責任者を招いて、つるし上げに近いような公聴会を行いました。
米保健福祉省は勧告書で子どものSNS利用は鬱や不安などの悪化リスクに相関性があるという研究結果を発表していて、そうしたことが根拠になっているようです。

しかし、SNS利用が「子どもに有害」だとすれば、「おとなに無害」ということはないはずです。程度は違ってもおとなにも有害であるはずです。
子どものSNS利用だけ規制する議論は不合理で、ここにも「子どもの権利」が認められていないことが影響しています。

アメリカの保守派とリベラルの分断は、おとなと子どもの分断からきていると理解することもできます。


文科省は2005年に「問題行動対策重点プログラム」にゼロ・トレランス方式を盛り込みました。
また、日本でも「子どもに有害」という観点からSNS利用規制が議論されています。
しかし、アメリカのやり方を真似るのは愚かなことです。
アメリカは唯一「子どもの人権」を認めないおかしな国だからです。

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米空軍のオスプレイが屋久島沖で搭乗員8人死亡の墜落事故を起こしたことで、全世界でオスプレイの飛行が停止されましたが、さらに米国防総省はオスプレイの新規調達を終了すると決定し、生産ラインも閉鎖されることになりました。
アメリカも欠陥品ないし失敗作であると認めたわけです。
これまで400機余りが製造されましたが、アメリカ以外で購入したのは日本だけです。
しかも日本はオスプレイ17機を2015年当時で3700億円という高値で購入しています。
「もったいない」というしかありません。

辺野古新基地建設には防衛省の試算でも9000億円以上の費用がかかります。
最初は普天間飛行場を日本に返還してもらうという話だったのですが、アメリカが代替基地を要求してきたので、自然破壊しながらバカ高い費用で日本が辺野古に新基地を建設することになりました。
大阪万博の会場建設費が2350億円にふくれ上がって批判されていますが、辺野古の建設費はそれどころではありません。
これも「もったいない」というしかありません。

しかし、究極の「もったいない」は防衛費の倍増です。
今後5年間の防衛費の総額が43兆円になると発表されていますが、それで終わるわけではありません。その先も今の2倍を払い続けるわけです。
これまでの防衛費は年間5兆円余りですから、今より毎年5兆円をよけいに支出することになります(今の経済規模が続くとして)。
かなりの「防衛増税」をしないとおっつきません。

世界の主要国で最大の財政赤字をかかえ、ほとんど経済成長しない日本が防衛費を増大させるとは、信じられない愚かさです。


私は前回の「イスラエルやウクライナを支持する人の思考法」という記事で、人類は「互恵的利他主義」によって互いに協力することで文明を発達させてきたのだから、軍事費に関しても「こちらは軍事費を削減してそちらを安全にするから、そちらも軍事費を削減してこちらを安全にしてくれ」ということが可能だと述べました。
もっとも、書いている途中で「互恵的利他主義」のことを思いついたために、中途半端な内容になってしまいました。
「互恵的利他主義」はスケールの大きな問題なので、改めて書き直すことにしました。


動物が利他行動をすることはダーウィンの時代から知られていましたが、生存競争をする動物が利他行動をすることは当時の進化論ではうまく説明できませんでした。しかし、遺伝子が発見されたことで「血縁淘汰説」が生まれ、親が子の世話をすることや、自分は子孫を残さない働きバチが群れのために働くことなどがうまく説明できるようになりました。この説は数式で表され、「2人の兄弟か、8人のいとこのためなら死ねる」という言葉がその数式の内容を表しています。
血縁関係にない個体同士においても利他行動は見られます。それはゲーム理論を用いることで説明できました。それが「互恵的利他主義(互恵的利他行動)」です。
互恵的利他主義というのは、あとの見返りを期待して行われる利他行動のことです。リチャード・ドーキンスは「ぼくの背中を掻いておくれ。ぼくは君の背中を掻いてあげる」という言葉で説明しました。
動物の場合は、はっきりとした見返りの見通しなしに利他行動をしますが、人間の場合は、約束や契約などで見返りを確かなものにすることができるので、幅広く利他行動をするようになりました。人間が文明を築けたのはそのためだという説があります。

互恵的利他主義を頭の中に入れておけば、「こちらは軍事費を削減してそちらを安全にするから、そちらも軍事費を削減してこちらを安全にしてくれ」という発想はおのずと出てきます。もちろん協定や条約で見返りを確かなものにすることができます。軍事費を削減できれば双方が得をして、まさにウィンウィンです。


前回はこういうことを書いたのですが、よく考えると、これはうまくいきません。
たとえば、日本が中国に対して、互いに軍縮しようと提案すれば、どうなるでしょうか。
中国は応じるはずがありません。というのは、中国はアメリカに対抗するために軍拡をしているからです。日本はほとんど眼中にありません。
北朝鮮にしても同じことです。米軍と韓国軍に対峙しているので、日本はどうでもいい存在です。
ロシアももっぱらアメリカの軍事力を意識しています。

アメリカの軍事費は世界の軍事費の約4割を占めていて、世界第2位の中国の約3倍です。
アメリカは軍事力のガリバーです。

アメリカがなぜこれほどの軍事力を持つかというと、ひとつには海外に米軍を駐留させているからです。
ウィキペディアの「アメリカ合衆国による軍事展開」によると、海外基地に駐留する米軍の人員がもっとも多いのは日本で約5万7000人です。2番目がドイツで約3万5000人、3番目が韓国で約2万7000人、4番目がイタリアで約1万2000人となっています。
要するにアメリカが戦って占領した国に今も駐留しているのです。

昨年9月の『「米国は日独韓をいまだに占領」とロ大統領』という記事にはこう書かれています。
 ロシアのプーチン大統領は30日の演説で「米国はいまだにドイツや日本、韓国を事実上占領している。指導者たちが監視されていることを全世界が知っている」と述べ、同盟関係が対等でないと批判した。

同盟関係が対等でないか否かは別にして、日本もドイツも韓国も強力な軍隊を持っていますから、その上に米軍が駐留しているのは、ステーキの上にハンバーグが載っているみたいにへんな格好です。
ロシアや中国や北朝鮮から見れば、この「二重軍事力」は自分たちに対する攻撃が目的としか思えません。
よく「その地域から米軍がいなくなると『力の空白』が生じる」ということを言いますが、「力の空白」が生じることはなく、「二重軍事力」が解消されるだけです。


アメリカ軍は世界のどこへでも展開できる体制をとっています(オスプレイもそのためのものです)。
昨年10月、バイデン政権は外交戦略の基本となる「国家安全保障戦略」を発表しましたが、それによると、米軍を「世界史上最強の戦闘部隊」と自慢した上で、「米国の国益を守るために必要である場合には、武力を行使することもためらわない」としています。
決して「国を守るため」ではありません。「国益を守るため」なのです。
ですから、アフガニスタンにもイラクにも攻めていきます。
「国益を守るため」という名目さえつけば、ロシアにも中国にも攻めていくでしょう。
なお、「国家安全保障戦略」には「世界平和を目指す」みたいな文言はまったくありません。


もしどこの国の軍隊も自国を守ることに徹していれば、戦争は起こらない理屈ですし、もし起これば、どちらが「侵略」でどちらが「防衛」かが明白になります。
ところが今は、アメリカの過剰な軍事力が世界各地に「二重軍事力」を生み出しているので、「侵略」と「防衛」の区別がつきません(ロシアも「防衛」を主張しています)。


「世界史上最強の戦闘部隊」を維持するには巨額の軍事費がかかります(アメリカの軍事費はGDP比3.5%です)。それで引き合うのかというと、引き合うのでしょう。
たとえば、アメリカはイラクに大量破壊兵器があると嘘をついて攻め込み、イラクを混乱させましたが、大量破壊兵器の情報が捏造であるとわかってからも、イラクに対して謝罪も賠償もしていません。こんなことが許されるのは、アメリカが強大な軍事力を持っているからです。

また、日本はアメリカと数々の貿易摩擦を演じてきましたが、結局は日本が譲ってきました。たとえば日本の自動車メーカーはアメリカに工場をつくり、アメリカで多くの部品を調達しています。人件費の高いアメリカに工場をつくるのはメーカーにとって損ですし、日本にとっても日本人の雇用がアメリカに奪われました。

アメリカはイランやキューバに対して長年経済制裁をしています。国際基準ではなく“自分基準”の制裁ですが、アメリカの経済力は大きいので、制裁された国は苦境に陥ります。
アメリカはいつどの国に経済制裁をするかわからないので、どの国もアメリカに対して貿易交渉などで譲歩せざるをえません。
アメリカが自由に経済制裁できるのも、背後に軍事力があるからです。


ともかく、アメリカは軍事力を使って国益を追求しています。
こういう国が一国でもあれば、互恵的利他主義で軍縮を成立させることはできません。

世界が平和にならない理由は明らかです。
アメリカが世界平和を目指さないからです。

中国や北朝鮮が脅威だと騒いでいる人は、自国中心でしかものごとを見られない愚かな人です。
グローバルな視点で見れば、世界にとっての脅威はアメリカです。
今後、世界は力を合わせてアメリカを「普通の国」にしていかなければなりません。

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