村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

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参院選で躍進した参政党は「日本人ファースト」を掲げました。
これが多くの人々の心に刺さったようです。
なにがそんなによかったのでしょうか。

「日本人ファースト」がトランプ氏の「アメリカファースト」の真似であることは明らかです。
違うのは、「アメリカファースト」は国家間のことをいっていて、「日本人ファースト」は国内のことをいっていることです。
アメリカに対する日本人の弱さの表れです。


人間は基本的に利己的です。
いや、利他的な面もあるのですが、現代の資本主義社会では誰もが競争に打ち勝つために利己的にならざるをえません。
しかし、露骨に利己的なふるまいをすると、周りからいやがられて、利益が得にくくなります。逆に利他的な人間だと思われると、好感を持たれて、利益が得やすくなります。
そこで、誰もが「利他的に見せかけて利己的な目的を達成する」という戦略を採用しています。
商人は「お客様に喜んでいただくために赤字覚悟で商売しています」と言い、政治家は「国家国民のために身命を賭します」と言い、企業は「社会貢献」という社是を掲げます。
大会で優勝したスポーツ選手は「これがおれの実力だ」と言わずに、「監督やコーチ、応援してくださった皆様のおかげです」と言います。謙虚な人間だと思われると有利だからです。

誰もがいい人間に見せかけて生きているので、“悪い人間”の部分が心の中にたまっていきます。それがインターネットの匿名での書き込みに出てくるので、ネット空間はヘイトスピーチと誹謗中傷が氾濫しています。


そういうことを考えれば、「アメリカファースト」がアメリカ人の心に刺さったこともわかります。
誰もが「自分ファースト」と言いたいのですが、これは利己主義丸出しなので、言うわけにいきません。
「アメリカファースト」なら、アメリカのためという利他的な意味になり、同時にアメリカ人である自分のためという利己的な意味にもなるので、遠慮なく言えます。

「日本人ファースト」も同じです。
日本人のためという利他的な意味になり、同時に日本人である自分自身のためという意味にもなります。

愛国心やナショナリズムも同じようなものです。
国のための行動が自分のための行動にもなり、国を愛することが自分を愛することにもなります。
人々は日ごろ利己的な主張を封じているので、ナショナリズムや愛国心の名目でたまっている利己的な思いが放出されます。

したがって、「日本人ファースト」というのはほとんど「自分ファースト」という利己主義です。
「利他主義に見せかけた利己主義」であるがゆえに「日本人ファースト」は多くの人に支持されたのです。


アメリカ人が国内でアメリカファーストを主張している限りは問題ありません。
しかし、アメリカが国際社会でアメリカファーストという利己主義的なふるまいをするようになると、世界にとって大迷惑です。

「日本人ファースト」は今のところ国内で主張されているだけです。
しかし、国内には2%強の外国人がいるので、もし「日本人ファースト」の政策が実行されたら外国人にとっては大迷惑です。
それに、「日本人ファースト」ということは、「日本人ファースト、外国人セカンド」ということで、露骨な外国人差別です。
海外に移住している日本人もたくさんいるのですから、海外在住の日本人が差別されても反対できなくなります。


「日本人ファースト」が多くの人の心に刺さったのは、「自分ファースト」と言いたい気持ちをそこに託したからですが、それに加えて“いじめ”という要素もあります。

本来なら「アメリカファースト」に対抗して「日本ファースト」と言わねばなりません。そうしてこそ公平な世界が実現できます。
しかし、強いアメリカに対してそれを言うことはできず、代わりに国内の弱い外国人に対して「日本人ファースト」と言ったのです。
いじめられっ子が自分より弱い相手を見つけていじめるのと同じです。

「日本人ファースト」という言葉には、近ごろの日本人の情けなさが凝縮しています。


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アメリカ大統領選は意外な大差でトランプ氏の当選となりました。
この結果にはいろいろな理由があるでしょうが、私がいちばん思ったのは、ハリス氏のキャラクターが最後まではっきりと見えなかったということです。
どうしてもこれを訴えたいとか、大統領になればこうしたいといったことが伝わりませんでした。
ハリス氏は4年間副大統領でいて、ほとんど存在感がありませんでしたから、もともとそういう人だったのでしょう。
一方、トランプ氏はめちゃくちゃキャラが立っている人ですから、その差が出たのかなと思います。

国際政治学者の三牧聖子同志社大准教授は、8年前のトランプ氏はオバマ大統領などへの人種的憎悪を打ち出して白人の支持を集めたが、今回は移民への憎悪を打ち出して、黒人やヒスパニックの支持も集めることに成功したと朝日新聞の書評欄で指摘しました。
これは納得です。
ハリウッド映画もそうですが、トランプ氏は「悪いやつをやっつける」ことの快感をうまく利用しています。
その点、リベラルは不利です。「移民と共存するべきだ」という主張にそういう快感はありません。

民主党のバーニー・サンダース上院議員は「労働者階級の人々を見捨てた民主党が労働者階級から見捨てられても、さほど大きな驚きではない」と言い、「民主党を支配しているのは富裕層や大企業、高給取りのコンサルタントたちだ」と批判しました。
日本にいるとあまりピンとこないのですが、きっとこの批判は当たっているのでしょう。
もっとも、今のところ民主党内での敗因についての議論は、バイデン大統領の撤退が遅すぎたからだといった些末なことにとどまっています。

トランプ氏も「貧しい労働者のために」とか「格差を解消する」みたいなことは言っていません。それは社会主義的です。言っているのは「アメリカ経済を強くする」ということだけです。
アメリカ経済が強くなれば一般労働者にも恩恵があるということなら、従来のトリクルダウン説と変わりません。



トランプ氏が大統領になれば、世界はどうなるでしょうか。
ひとつよいことがあるとすれば、ウクライナ戦争が終わるかもしれないということです。
バイデン政権のウクライナ戦争に対する無策ぶりは異様でした。
戦争が継続すると同盟国がアメリカ依存を強めるので、わざと停戦させないのかなどと思っていました。
アメリカがその気になれば停戦させるのは容易なことです。

パレスチナ戦争についてもバイデン政権はまったく止める気がありません。
10月16日、イスラエル軍はハマスの最高指導者ヤヒヤ・シンワル氏を殺害しましたが、バイデン大統領は「イスラエル、米国、そして世界にとって良い日だ」と歓迎する声明を出しましたし、ハリス副大統領も「正義が果たされ、世界はより良くなった」とコメントしました。
完全にイスラエル寄りでは停戦の仲介はできません。
トランプ氏はバイデン大統領以上に親イスラエルですが、戦争を終わらせることではバイデン政権よりましかもしれません。


悪いことはいっぱい考えられます。

トランプ政権がどんな政策をするかについて手がかりとなるのが、シンクタンク「ヘリテージ財団」が発表した900ページにも及ぶ「プロジェクト2025」計画です。
この計画の策定には前のトランプ政権の元関係者が数十人も参加しています。前の政権では準備不足のために十分なことができなかったので、今度は事前に計画したというわけです。
このシンクタンクは前から共和党に政策提言を行っていて、かなりの割合で採用されています。

「プロジェクト2025」はどんな内容かというと、たとえば連邦政府の行政機関はすべて大統領の直接統制下におくべきとされ、大統領から独立した権限を持つ司法省も例外ではありません。また、数万人いる連邦政府職員の雇用保障を解除し、キャリア国家公務員の代わりに政治任用されたスタッフが仕事できるようにするということもあります。また、教育省を全面廃止し、FBIを肥大化して傲慢な組織と非難して大幅改変するということです。要するに政府組織を大統領が独裁的に動かせるようにするわけです。
脱炭素目標の代わりにエネルギー増産とエネルギー安全保障の強化を推進します。
ポルノ禁止を提言し、ポルノの閲覧・入手を可能にするIT企業や通信企業は業務停止にすべきだとしています。
経口中絶薬の禁止や移民追放などもうたわれています。
「性的指向」「ジェンダー平等」「人工妊娠中絶」「生殖権」といった多数の用語を、すべての連邦法と規制から削除することを提言し、「多様性」や「公平」や「包摂性」を重視するあらゆる事業を学校や政府部局において廃止することも求めています。

要するに“保守派の夢”みたいな内容です。
選挙期間中にバイデン・ハリス陣営はトランプ氏を攻撃するのにこの「プロジェクト2025」を利用したので、トランプ氏は自分は「プロジェクト2025」と無関係だと言いました。
しかし、当選後はどうなるかわかりません。
きわめて保守的な政策が実行されると、反対派が激しいデモを起こして、警察や軍隊が鎮圧に動いて内戦状態になるというのが最悪のシナリオです。


トランプ政権が日本や世界に与える影響はどうかというと、これもよいことはまったく考えられません。
トランプ氏の目指すところは、アメリカを再び偉大にして、対外的には「アメリカファースト」を実行することです。
アメリカファーストとはなにかといえば、アメリカの利己主義、独善主義にほかなりません。

「アメリカファースト」という言葉は第一次世界大戦後から使われるようになりました。ただ、当時は孤立主義的な意味で使われていたようです。
トランプ氏がこの言葉を復活させましたが、トランプ氏に孤立主義的なところはありません。あくまで独善主義という意味で使っています。

トランプ氏は地球環境問題にまったく関心がありません。
選挙期間中、「今後400年で海面は8分の1インチ(約3ミリ)上昇する」とでたらめを主張し、また、シェールガス・オイルを「掘って掘って掘りまくれ(Drill, baby, drill!)」と言って聴衆を沸かせました。
第一次トランプ政権は2017年にパリ協定からの離脱を表明、2020年11月に正式に離脱しました。バイデン政権は2021年2月にパリ協定に復帰しましたが、トランプ氏はパリ協定からの再離脱を公約としていましたし、報道によると政権移行チームは離脱を宣言する準備を進めているということです。
アメリカのような大国が温室効果ガスをどんどん排出すれば、ほかの国は排出規制をしているのがバカらしくなります。


貿易についてもたいへんです。
トランプ氏は「関税、それはもっとも美しい言葉だ」と言ったことがあります。
全輸入品に10~20%の追加関税をかけるというのがトランプ氏の公約です。とくに中国には全輸入品に60%の関税をかけると言っていますし、メキシコからの輸入自動車には100~200%の関税をかけると言っています。
どこまで本気かよくわかりませんが、トランプ氏は第一次政権のときに中国に10~25%の関税をかけたことがありますから、ある程度はやるでしょう。

関税をかけると輸入がへり、国内産業が保護されますが、保護された産業は競争力を失い、相手国も報復関税をかけてきて、貿易量が減少します。自由貿易で経済は発展するというのが常識です。
しかし、トランプ氏にそういう常識は通用しません。トランプ氏は関税を他国に対する攻撃や制裁と考えているようです。

不当な関税などについては世界貿易機構(WTO)に提訴するという手段がありますが、今はそれができないようです。
朝日新聞の「『世界のための市場』拒む大国」という記事にこう書かれています。
トランプ政権は5年前、世界貿易機構(WTO)の上級委員会の委員を選定せず、紛争解決制度を機能不全に陥らせた。バイデン政権も放置した。
標的はWTOだけでない。国際通貨基金(IMF)、世界銀行、国際エネルギー機関……。トランプ氏は戦後の世界秩序を形作ってきた主要国際機関が「米国民の利益になっていない」とたびたび批判してきた。
https://www.asahi.com/articles/DA3S16079879.html?iref=pc_ss_date_article

アメリカは国際刑事裁判所にも加盟していません。ロシア、中国も加盟していませんが、アメリカが加盟していない以上、誰も文句を言えません。
トランプ政権が利己的なふるまいをすると、他国も対抗するようになり、世界は無法状態になります。

トランプ氏は第一次政権のときに軍事費を大幅に増やしました。アメリカが自分勝手なふるまいをするには軍事力の裏付けが必要だからです。
巨額の軍事費を出しても「覇権国のうまみ」はそれ以上なのでしょう。

日本はどうトランプ政権に対するべきでしょうか。
アメリカは経済力も軍事力も日本と段違いで、それに日本には味方がいません。
70年代の日本は「自主外交」を掲げて日中国交正常化などを成し遂げ、福田政権は「全方位外交」を掲げて東南アジアとの関係を深めました。
ところが、冷戦が終結し、アメリカが唯一の超大国になると、日本は「自主外交」の看板を下ろし、「日米同盟は日本外交の基軸」という言葉を繰り返しながらどんどんアメリカ依存を強めました。
その結果、今ではどうすればトランプ氏に気に入られるかということしか考えられなくなっています。

覇権国アメリカとどうつき合うかということを、地球規模で一から考え直すことです。

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