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LGBT法案が6月9日、衆院内閣委員会で可決され、今国会で成立する見通しとなりました。

この法案はもともと2016年に超党派の議員連盟がまとめたもので、自民党保守派の反対でずっと棚ざらしにされていましたが、急に成立を目指すことになりました。
自民党は保守派に配慮した修正案をまとめましたが、その中に「不当な差別はあってはならない」という言葉があると知って、あきれました。
こんな言葉を使う人間がつくった法律は信用できません。
維新の会と国民民主党も独自の修正案をまとめ、最終的に与党の修正案と一本化されました。衆院内閣委で可決されたのはこの一本化された修正案です。

この修正案は、「不当な差別はあってはならない」という言葉はそのままです。
「全ての国民が安心して生活できるよう留意する」という言葉が加えられました。
「全ての国民が安心」は「全米が泣いた」と同じくらいありえないことです。差別をなくそうとすれば差別主義者は安心していられません。

言葉を「性自認」か「性同一性」にするかという問題がありましたが、これは「ジェンダーアイデンティティー」という言葉で決着しました。
日本の法律になじみのない英語が入りました。

しかし、この法律に英語が入るのは不思議ではありません。

4月23日、LGBTQの権利擁護を訴える国内最大級のイベント「東京レインボープライド」のパレードが約1万人の参加者(主催者発表)で行われましたが、アメリカのラーム・エマニュエル駐日大使も参加し、「ジェンダーや性的指向に関係なく愛する人と共にいるという選択は、誰もが尊重すべきことです」などとスピーチしました。
アメリカの大使が日本でデモに参加したことに驚きました。

普通、アメリカの日本政府への圧力は水面下で行われるものですが、これは人権問題であるためか目に見える形で行われています。
自民党が急に法案の成立を目指すことになったのもアメリカの圧力のせいでしょう。

自公と維新国民が修正案を国会に提出し、立憲民主党、共産党、社民党は原案を国会に提出するという状況下でこんな記事がありました。

エマニュエル米駐日大使、LGBT法案巡り自公の「修正案」に「賛辞」
米国のエマニュエル駐日大使が18日、自身のツイッターを更新し、自民、公明両党が同日国会に提出したLGBTなど性的少数者への理解増進を図る法案について、「岸田文雄首相をはじめ、自民ならびに公明幹部のリーダーシップと、差別の撤廃と平等の推進に向けた行動に賛辞を贈りたい」と評価した。


両党が提出した法案は、2年前に超党派の議員連盟がまとめた法案を一部修正したものだ。これに対し、立憲民主党は自公の「修正案」を「改悪」と批判し、18日に議連の「原案」を対案として国会に提出した。


エマニュエル氏は理解増進法案を巡り、ツイッターでLGBT法制定を促す発信をしてきたことから、「内政干渉」との反発も出ていた。


立民はエマニュエル氏のこうした言動をとらえ、17日に泉健太代表と西村智奈美代表代行が東京都内の米大使館で同氏に面会。立民が議連の原案を国会に提出する方針を伝えていた。


立民は修正案への批判を強めているだけに、幹部は「エマニュエル氏が自公の修正案に対して、どういう発信をするのか注目だ」と関心を寄せていたが、エマニュエル氏は「賛辞」を表明した。
https://www.sankei.com/article/20230518-QTVQ7GVLEVKCHIMLWXAP2BF3YQ/
国会でふたつの案が対立しているとき、立憲民主党の代表と代表代行がわざわざエマニュエル大使に会いにいくということは、アメリカ大使と日本の国会の力関係を暗示しています。
泉代表は大使を説得すれば自民党の態度も変わると思ったのでしょうが、残念ながら大使は翌日に与党案支持を表明しました。

法案が衆院内閣委員会で可決された日には、大使はすかさずこうツイートしました。


ラーム・エマニュエル駐日米国大使
@USAmbJapan
今日の衆議院内閣委員会における「LGBT理解増進法案」の可決は、日本にとって新しい幕開けとなりました。岸田首相のリーダーシップに感謝いたします。LGBTの権利に関して、日本は主導的な役割を担っているのです。日本国民と政治の担い手が、平等とインクルージョンを支持し一致団結しているという、まさに特別な瞬間です。委員会のこの決議は、改革のゴールではなくスタートです。日本国民は自らの声をしっかりと届けることができました。心よりお祝い申し上げます。
午後2:59 · 2023年6月9日

大使のこのような態度は、LGBT法案に反対する保守派から「内政干渉だ」という猛反発を招いています。

なお成立見込みの修正案は、自民党保守派に配慮したものであるため、これまでLGBT法案に期待していた人たちから「後退だ」と批判されています。
一方、保守派の人たちはわずかの修正など評価せず、LGBT法案そのものに反対で、自民党やエマニュエル大使を批判しています。

ネトウヨジャーナリストの有本香氏は「自民党は、女性や子供の安全を脅かし、アイデンティティーを混乱させ、果ては皇室の皇統をゆがめ、破壊しかねない法案に前のめりで突き進んだ」と批判し、百田尚樹氏などは「LGBT法案が成立したら、私は保守政党を立ち上げます」「自民党はもはや保守政党ではありません」とまで言いっています。



日本の保守派はつねにアメリカ従属なのに、ここまでアメリカの意向に逆らうのは珍しいなと思っていたら、それは私の勘違いでした。
エマニュエル大使はバイデン大統領に任命された民主党系の人間です。
アメリカでは2021年2月、LGBTQ+の人々を差別から守るための「平等法」が下院で可決されましたが、上院では共和党の反対が強くてまだ可決されていません。
つまりLGBTQ+の「平等法」はアメリカの民主党と共和党の対立点で、次の大統領選の大きな争点になるといわれています。
エマニュエル大使は米民主党の価値観を日本に持ち込んでいるわけです。

ですから、LGBT法案に反対する日本の保守派はアメリカ共和党の価値観に立っています。
「LGBT法案を成立させても次の大統領選で共和党が勝てば無意味だ」などと主張しています。
自民党では、岸田首相ら政権の中枢はバイデン政権との関係を重視し、保守派議員は共和党との関係を重視して、自民党内で米民主党対米共和党の代理戦争が行われているわけです。
自民党執行部は党議拘束をかけてLGBT法案成立に向けて突っ走り、保守派議員は党議拘束を外すように主張しています。

島田洋一福島県立大学名誉教授は、アメリカにおける民主党対共和党の対立を紹介して日本の保守派の議論をリードしていますが、自民党の世耕弘成参院幹事長が党議拘束は外す必要がないと主張したことについてこんなツイートをしました。


島田洋一(Shimada Yoichi)

@ProfShimada

米民主党と日本の野党はほぼ同レベルだが、米共和党と自民党では大差がある。

共和党では左翼と強く闘う姿勢がないとリーダーになれない。安倍首相亡き後の自民党幹部は皆、左翼に迎合しつつ浅くブレーキを踏む程度。

ブレーキとアクセルの区別すら付かない者も多い。残念ながら世耕氏もアウト


島田氏は米共和党を理想として、それに及ばない自民党を批判しています。
コミンテルンがソ連共産党を理想として日本共産党を批判したみたいなものです。
しかし、島田氏は売国などと批判されることはなく、その主張はむしろ保守派から歓迎されています。

米共和党はキリスト教福音派などの宗教右派の思想をバックボーンとしています。
日本の保守派は天皇制や国家神道をバックボーンとしていそうですが、実は違います。
彼らは天皇制の権威を利用しているだけで、天皇陛下夫妻も上皇陛下夫妻も尊敬していません。


そもそも日本の伝統文化はLGBTに寛容です。
『日本書紀』で日本武尊は熊襲退治のときに女装して敵をあざむきます。日本最高の英雄は女装者だったのです。
平安後期の『とりかへばや物語』は、関白左大臣には二人の子どもがいましたが、男の子は女性的な性格で、女の子は男性的な性格で、関白左大臣は「とりかへばや(取り替えたいなあ)」と嘆いて、男の子を「姫君」として、女の子を「若君」として育てます。そして、二人はそれぞれ波乱万丈の人生を送り、最後に二人は人に気づかれないようにそれぞれの立場を入れ替えるという物語です。
日本ではこういう物語が愛されてきたのですから、LGBT法案にむきになって反対している人たちは日本とは別の文化に染まっているのでしょう。

LGBT法案に反対している人は同性婚にも反対して、家族制度が壊れるなどと主張しています。
しかし、キリスト教圏では同性愛は罪とされ、嫌悪されてきましたが、日本では衆道、男色は認められてきました。同性愛嫌悪がほとんどないのですから、同性婚に反対する理由もありません。
国民の意識も、今年5月のJNNの世論調査で同性婚を法的に認めることに「賛成」は63%、「反対」は24%でしたし、2月の朝日新聞の調査では「認めるべきだ」は72%、「認めるべきでない」は18%でした。
同性婚に必死で反対している人たちは日本人らしくありません。
アメリカの宗教右派の人たちに似ています。

2020年の大統領選挙でトランプ氏がバイデン氏に敗れたとき、日本でもネトウヨはこぞって「選挙は盗まれた」と騒ぎ、右翼雑誌も「選挙は盗まれた」という記事を書き立てました。
トランプ氏に踊らされる愚かな人たちと思って見ていましたが、日本の保守派はもともと米共和党右派なのだと思えば、そうした行動に出るのは当然です。

米共和党は不思議な組織です。党首も綱領も存在せず、全国委員会、州委員会、郡委員会などはありますが、地方ごとに自由に活動して、上部組織の指示に従わないと処罰されるということはありません。入党や離党もまったく自由で、党活動の義務もありません(米民主党も基本的に同じ)。

日本に「米共和党日本委員会」という名前の組織はないでしょうが、もともとあってもなくてもいいような組織です。
日本の保守派のほとんどが米共和党右派の思想に染まっているのですから、日本に「米共和党日本支部」があると見なすとわかりやすくなります。


統一教会と米共和党右派は思想的にほとんど同じです。
統一教会が日本の政界に深く食い込んでいるのに驚かされましたが、日本の政界に深く食い込んでいるのは米共和党右派も同じでした。