村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

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トランプ大統領の政策でいちばん驚くのは、大学を敵視し、科学研究費を大幅に削減していることです。
中国はものすごい勢いで科学研究費を増やしていて、学術論文の数ではすでにアメリカを抜いて世界一になっています。
トランプ氏はアメリカを偉大にするといっていますが、科学力のない国は偉大ではありません。

私は前回の「いかにしてトランプ大統領の暴走を止めるか」という記事で、トランプ政権のおかしな政策を列挙して「まるで中世ヨーロッパの国になろうとしているみたい」と書きましたが、今回の記事では、なぜそうなっているのかを掘り下げてみました。


アメリカは一般に思われている以上に宗教的な国です。
メイフラワー号で入植した清教徒は「神の国」をつくろうとしました。その精神が今も生きています。
アメリカ大統領の就任式では必ず聖書に手を置いて宣誓することになっていますし、大統領の演説は「God bless America」というフレーズで締めくくられるのが常です。
どの国も経済的に豊かになると宗教色は薄れ世俗化していくものですが、アメリカの場合はそうならずに、おりにふれて宗教パワーが国を動かします。
たとえば1920年代の禁酒法がそれです。熱心なプロテスタントの信者が立ち上がり、飲酒文化が暴力や犯罪や退廃を招いているとして禁酒法を成立させました。

禁酒法の時代にテネシー州では“進化論裁判”が行われました。高校教師が授業で進化論を教えたということで逮捕され、裁判にかけられたのです。
進化論は聖書に書かれた創造説を否定するので、聖書を絶対化する人たちは進化論を認めるわけにいきません。
この裁判は全米で注目されましたが、結果、高校教師は罰金100ドルの有罪判決を受けました。

この当時は、進化論を否定するとはばかげたことだという見方が多かったようです。
しかし、このような聖書の記述を絶対視する勢力が次第に拡大し、進化論を教えることを禁止する州が増えてきました。
共産主義の脅威が感じられた冷戦時代、イスラム過激派の脅威が感じられた9.11テロ以降などにとくに宗教パワーが高まりました。

聖書の記述を絶対視する宗派を福音派といいます。
アメリカでは福音派が人口の約4分の1、1億人近くに達するといわれます。
アメリカでも地元の教会に通うという昔ながらの信者はへっていますが、福音派の場合は、テレビやラジオや大集会を通じて説教をするカリスマ的大衆伝道師が信者を獲得してきました。大衆を扇動する言葉は過激になりがちで、それが福音派を特徴づけているのではないかと思われます。

福音派は共和党と結びつき、政治を動かすようになりました。
たとえばレーガン大統領はカリフォルニア州知事時代に妊娠中絶を認める法案に署名していましたが、大統領選の候補になると福音派の支持を得るために中絶反対を表明しました。
トランプ氏もつねに福音派の支持を意識して行動しています。
アメリカの政治が福音派に飲み込まれつつあり、その結果、科学軽視の政策になっていると思われます。


キリスト教と科学は相性の悪いところがあります。
ガリレオ・ガリレイは地動説を唱えたために宗教裁判にかけられました。
聖書には地動説を否定するような記述はありませんが、教会は絶大な権力で世の中の「常識」まで支配していたのです。
結局、地動説は認められましたが、だからといって聖書のなにかが否定されたわけではありません。

ダーウィンの進化論はそういうわけにはいきません。進化論は聖書の創造説の明白な否定だからです。そのため世の中は大騒ぎになりました。
ダーウィンは『種の起源』の12年後に出版した『人間の由来』において、人間の身体はほかの動物から進化したものだが、人間の精神や魂はそれとは別だと主張しました。つまり身体と精神を分けることで教会や世の中と妥協したのです。
ダーウィンのこの妥協はのちのち問題になるのですが、キリスト教と科学が折り合う上では役に立ちました。


中世ヨーロッパにおいてキリスト教会は絶大な権力を持っていました。
その権力の源泉は、キリスト教では宗教と道徳が一体となっていることです。
「モーゼの十戒」には「汝、殺すなかれ」とか「汝、盗むなかれ」という道徳が入っていますし、キリストの説教である「山上の垂訓」には「あわれみ深い人たちは幸いである」とか「心の清い人たちは幸いである」といった道徳が入っています。教会での説教も、ほとんどが道徳的な説教です。そのため教会は人々の生活のすみずみまで支配したのです(仏教も「悪いことをすると地獄に堕ちる」といった教えで道徳とつながっていますが、これは本来の仏教ではありません。神道はほとんど道徳と無縁です)。

しかし、近代化の過程で「法の支配」が確立されてきました。
と同時にキリスト教道徳(倫理)が排除されました。「法の支配」があれば道徳は必要ないのです。

このあたりのことは誤解している人が多いかもしれません。
道徳はほとんど無価値です。「嘘をついてはいけない」とか「人に迷惑をかけてはいけない」とか「人に親切にするべきだ」とかいくら言っても、世の中は少しも変わりません。
正式な教科としての「道徳の授業」が小学校では2018年から、中学校では2019年から始まりましたが、それによって子どもが道徳的になったということはまったくありません。
世の中が回っているのは道徳ではなく法律やルールやマナーなどのおかげです。



近代国家では「法の支配」によって社会から道徳が排除され、「政教分離」によって国家から宗教が分離されました。
宗教は個人の内面に関わる形でだけ存在することになったのです。

もっとも、これは主にヨーロッパの国でのことです。
日本では戦前まで、国家神道という形で国家と宗教が一体化していましたし、「教育勅語」という形で国家が国民に道徳を押し付けていました。

アメリカも宗教色が強いので、ヨーロッパのようにはいきません。
天文学者カール・セーガンの書いたSF小説『コンタクト』では、地球外生命体との接触を目指す宇宙船に乗り組む人間を選ぶための公聴会が議会で開かれ、主人公の天文学者エリー(映画ではジョディ・フォスター)は神を信じるかと質問されます。エリーは無神論者ですが、正直に答えると選ばれないとわかっているので、答え方に苦慮します。まるで踏み絵を踏まされるみたいです。こういう場面を見ると、アメリカの宗教の強さがわかります(結局、無神論者のエリーは選ばれません)。

『利己的な遺伝子』を書いた生物学者のリチャード・ドーキンスは、進化論に反対するキリスト教勢力からずいぶん攻撃されたようで、その後はキリスト教勢力に反論するための本を多く書いています。『神は妄想である――宗教との決別』『悪魔に仕える牧師――なぜ科学は「神」を必要としないのか』『さらば、神よ』といったタイトルを見るだけでわかるでしょう。
アメリカではいまだに科学とキリスト教が対立しています。


アメリカでも「法の支配」と「政教分離」で近代国家の体裁を保ってきましたが、しだいにキリスト教勢力が力を増し、ここにきて二大政党制で政権交代が起こったように一気に「近代国家」から「宗教国家」に転換したわけです。
同性婚反対、LGBTQ差別、人種差別、人工中絶禁止、性教育反対といったキリスト教道徳が急速に復活しています。

トランプ大統領は福音派を喜ばすような政策を行っていますが、トランプ氏自身が福音派の信者だということはないはずです。あくまで福音派を利用しているだけです。

トランプ氏は大統領就任式で宣誓するとき、聖書の上に手を置かなかったので少々物議をかもしました。
さらに、自身をローマ教皇に模した生成AI画像を投稿して、批判を浴びました。

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トランプ氏は銃撃されて耳を負傷したときのことについて「神が私の命を助けてくれた」と語りました。
どうやらこのころから自分で自分を神格化するようになったのではないかと思われます。
アメリカが宗教国家になるのは、自分を神格化する上できわめて好都合です。
科学は自己神格化する上では不都合です。

トランプ氏の心中はわかりませんが、アメリカが「法の支配」も「政教分離」も打ち捨てて、キリスト教道徳の支配する国になりつつあることは確かです。
もちろんこれはアメリカ衰退の道です。


なお、カトリック教会は1996年に進化論を認めましたが、「肉体の進化論は認めるものの、精神は神が授けたもので、進化論とは無関係」としています。ダーウィンの妥協がまだ生きているのです。
いまだに世界が平和にならないのも、ダーウィンの妥協のせいです。
ダーウィンの妥協については「道徳観のコペルニクス的転回」で説明しています。

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トランプ大統領は恐ろしい勢いでアメリカ社会の根幹を破壊しています。
その破壊を止める力がアメリカにはほとんどありません。

最初はUSAID(アメリカ合衆国国際開発庁)の実質的な解体でした。
USAIDは主に海外人道援助などをしていました。アメリカ・ファーストを支持する保守派は海外人道援助などむだとしか思わないのでしょう。
このときは日本のトランプ信者もUSAID解体に大喜びしていました(日本に相互関税をかけられてからトランプ信者はすっかりおとなしくなりました)。

「報道の自由」も攻撃されました。
トランプ大統領は「メキシコ湾」を「アメリカ湾」に変更するとした大統領令に署名しましたが、AP通信がそれに反しているとして、同社記者を大統領のイベント取材から締め出しました。
また、大統領を代表取材する場合、それまではホワイトハウス記者会が決めたメディアが交代で行っていましたが、これからは大統領府側がメディアを決めると宣言しました。。
放送免許などを司るFCC(連邦通信委員会)は、FCC監督下のすべての組織にDEI策排除を求めるとしました。

その次は司法への攻撃です。
トランプ政権は「敵性外国人法」を適用して約200人の不法移民をエルサルバドルの収容施設に送還しましたが、ワシントンの連邦地裁はこの法律は適用できないとして送還の差し止めを命じました。しかし、送還は実行されました。政権は地裁から「書面」で命令が出される前に飛行機は出発していたと主張しましたが、地裁は判事が「口頭」で飛行機の方向転換を指示したのに従わなかったとしています。
トランプ氏は送還差し止めを命じた判事は「オバマによって選ばれた過激な左翼だ。弾劾されるべき」と主張しましたが、ジョン・ロバーツ最高裁長官が異例の声明を出し「弾劾は司法の決定に対する意見の相違への適切な対応でない」と批判しました。このところ政権の政策を阻止する判決を出した裁判官への個人攻撃が目に余ることから、最高裁長官が異例の声明を出したようです。
その後、FBIはウィスコンシン州ミルウォーキーの裁判所のハンナ・ドゥガン判事を逮捕しました。裁判所に出廷した不法移民の男を移民税関捜査局の捜査官らが拘束しようとしたのをドゥガン判事が妨げたという公務執行妨害の疑いです。裁判官が逮捕されるのは異例です。
パム・ボンディ司法長官はこの件について「ミルウォーキー判事の逮捕は他の判事への警告」だと言いました。完全に政治的な意図で、行政が司法を支配下に置こうとしています。
トランプ政権は「法の支配」も「司法の独立」も「三権分立」も完全に破壊しようとしています。

大学も攻撃の対象になりました。
ハーバード大学ではイスラエルのガザ攻撃に対する学生の抗議活動が盛んだったことから、トランプ政権は学生の取り締まりやDEI策排除をハーバード大学に要求、大学がこれを拒否すると、助成金の一部を凍結すると発表しました。
トランプ政権はリベラルな大学に対して同じような要求をしており、「学問の自由」は危機に瀕しています。

「政教分離」も破壊されました。
政権はホワイトハウス信仰局を設置し、初代長官に福音派のテレビ宣教師ポーラ・ホワイト氏を任命しました。また、トランプ氏はこれまでキリスト教は不当に迫害されていたとし、反キリスト教的偏見を根絶するためにタスクフォースの設置も発表しました。


トランプ政権は、法の支配、報道の自由、学問の自由、表現の自由、政教分離、人道、人権といった近代的価値観をことごとく破壊しています。
トランプ政権は科学研究費も大幅に削減していますから、まるで中世ヨーロッパの国になろうとしているみたいです(実際のところは、アメリカの保守派は南北戦争以前のアメリカが理想なのでしょう。日本の保守派が戦前の日本を理想としているみたいなものです)。


問題はこうした政権の暴走を止める力がどこにもないことです。
というのは、法の支配、報道の自由、学問の自由といった価値観が、リベラルなエリートの価値観と見なされて、効力を失っているのです。

こうした傾向は日本でも同じです。
菅政権が日本学術会議の新会員6名の任命を拒否したとき、これは学問の自由の危機だといわれましたが、SNSなどでは学問の自由はほとんど評価されずに、それよりも「政府から金をもらっているんだから政府のいうことを聞け」といった声が優勢でした。
報道の自由に関する議論になったときも、“マスゴミ批判”の声で報道の自由を擁護する声はかき消されます。

今のところトランプ政権の暴走を止めるには、政策実行を差し止める訴訟が頼りですが、最高裁の判事は保守派が多数ですから、あまり期待はできません。


ただし、このところトランプ大統領の勢いがなくなりました。明らかに壁にぶつかっています。

トランプ大統領は4月2日、日本に24%、中国に34%などの相互関税を9日に発動すると発表し、これを「解放の日」とみずから称えました。
ところが、発表直後から世界的に株価が急落し、とりわけアメリカは株式・国債・ドルのトリプル安に見舞われました。
これにトランプ氏とその周辺はかなり動揺したようです。
トランプ氏は9日に相互関税の発動を90日間停止すると発表しました。
株価は急反発しましたが、トランプ氏の腰砕けに世の中はかなり驚きました。

トランプ大統領はFRBは利下げするべきだと主張し、FRBのパウエル議長を「ひどい負け犬の遅すぎる男」とののしり、解任を示唆する発言を繰り返しました。
そうするとまたしても株式・国債・ドルのトリプル安になり、トランプ大統領はまたしても態度を豹変させて「解任するつもりはない」と述べました。
そうすると株価は反発しました。

また、中国への関税は現在145%となっていますが、トランプ大統領は「ゼロにはならないだろうが、大幅に下がるだろう」と述べました。
関税政策の根幹が崩れかけています。

トランプ大統領は「マーケットの壁」にぶつかったのです。
この壁はさすがのトランプ氏も突破できません。そのため迷走して、支持率も下がっています。

第一次トランプ政権のときは、コロナ対策がうまくいかずに支持率を下げました。
トランプ氏が再選に失敗したのは、ひとえにコロナウイルスのせいです。
なお、安倍政権が倒れたのも、菅政権が倒れたのも、コロナ対策がうまくいかなかったためです。


ともかく、トランプ大統領を止めたのは今のところウイルスとマーケットだけです。
ウイルスは自然界のもので、自然科学の対象です。関税政策などは経済学の対象です。
自然科学も経済学もまともな学問なので、トランプ氏のごまかしが通用しなかったのです。

法の支配、報道の自由、学問の自由といった概念は政治学や法学の対象ですが、政治学や法学はまともな学問ではありません。
そのため、リベラルと保守、左翼と右翼のどちらが正しいのかも明らかにすることができず、世の中の混乱を招いています。
トランプ氏の暴走を止めることができないのは、政治学や法学がまともな学問でないからです。

今、トランプ政権はマーケットの壁にぶつかっていますが、第二次政権は発足したばかりですから、そのうち経済政策を立て直すでしょう。
そのときトランプ氏の暴走を止めるものはなにかというと、結局は政治学と法学しかありません。
政治学と法学が経済学並みにまともな学問になることです。


政治学と法学をまともな学問にする方法については、「道徳観のコペルニクス的転回」に書いています。

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トランプ大統領は周りをイエスマンで固め、独裁者への道をひた走っています。
プーチン大統領、習近平主席もどんどん独裁色を強めています。
国家のリーダーは独裁色を強めるほど国民に人気となります。
なぜ国家の指導者は独裁者になり、国民は独裁者を支持するのでしょうか。

独裁者の中の独裁者、アドルフ・ヒトラーはどうして独裁者になり、当時のドイツ国民はどうしてヒトラーを熱狂的に支持したのでしょうか。
ドイツでは何冊もヒトラーの伝記が出ていますが、ヒトラーの子ども時代については、どれもヒトラーは普通の家庭で育ったというふうに書かれているようです。
そんなはずがありません。

猟奇殺人のような凶悪犯罪をした人間は、決まって異常な家庭で育ち、親から虐待を受けています。ところが、メディアはそうしたことはほとんど報じません(最近ようやく週刊誌が報じるようになってきました)。それと同じことがヒトラーの伝記にもあります。

心理学界で最初に幼児虐待を発見したのはフロイトです。
フロイトは1896年に『ヒステリー病因論』を出版し、自分の扱った18の症例すべてにおいて子ども時代に性的暴行の体験があったと記しました。
つまり幼児虐待の中でももっとも認識しにくい性的虐待の存在を認めたのです。
ところが、フロイトは1年後に、性的暴行の体験はすべて患者の幻想だったとして、『ヒステリー病因論』の内容を全面否定しました。フロイト心理学は、幼児虐待をいったん認めたあとで否定するというふたつの土台の上に築かれたのです(これについては「『性加害隠蔽』の心理学史」で述べました)。

アリス・ミラーはフロイト派の精神分析家でしたが、フロイト心理学の欠陥に気づき、批判者に転じました。
ミラーは『魂の殺人』において、ヒトラーの子ども時代について書かれた多くの文章を比較し分析しました。一部ウィキペディアで補足しながらミラーの説を紹介したいと思います。


1837年、オーストリアのシュトローネ村で未婚の娘マリア・アンナ・シックルグルーバーは男児を出産し、その子はアロイスと名づけられました。このアロイスがアドルフ・ヒトラーの父親です。
村役場の出生簿にはアロイスの父親の欄は空白のままです。
マリアはアロイス出産後5年たって粉ひき職人ヨーハン・ゲオルク・ヒートラーと結婚し、同年にアロイスを夫の弟の農夫ヨーハン・ネポムク・ヒュットラーに譲り渡しました(兄弟で名字が異なるのは読み方の違いだという)。
この兄弟のどちらかがアロイスの父親ではないかと見られています。
しかし、第三の説もあります。マリアはフランケンベルガーというユダヤ人の家に奉公していたことがあり、そのときにアロイスを身ごもったという話があるのです。
ヒトラーは1930年に異母兄からゆすりめいた手紙を受け取り、そこにヒトラー家の来歴について「かなりはっきりした事情」のあることがほのめかしてあったということで、ヒトラーは弁護士のハンス・フランクに調べさせたことがあります。しかし、はっきりした証拠はなかったようです。
その後、この説についてはさまざまに調べられましたが、今ではほとんど否定されています。
しかし、ヒトラーは自分の祖父がユダヤ人かもしれないという疑惑を持っていたに違いありません。


ヒトラーの父アロイスは小学校を出ると靴職人になりましたが、その境遇に満足せず、独学で勉強して19歳で税務署の採用試験に合格して公務員になり、そして、順調に昇進を重ね、最終的に彼の学歴でなれる最高位の上級税関事務官になりました。好んで官憲の代表となり、公式の会合などにもよく姿を現し、正式な官名で呼びかけられることを好みました。
彼は昇進のたびに肖像写真を撮らせ、どの写真も尊大で気むずかしそうな顔をした男が写っています。
彼は3度結婚し、8人の子どもをもうけましたが、多くは早死にしました。

ある伝記によると、アロイスは喧嘩好きで怒りっぽく、長男とよく争いました。長男は「情容赦もなく河馬皮の鞭で殴られた」と証言しています。長男が玩具の船をつくるのに夢中になって3日間学校をサボったときなど、それをつくるように勧めたのは父親であったにもかかわらず、父親は息子に鞭を食らわせ、息子が意識を失って倒れるまで殴り続けたといいます。アドルフも兄ほどではなかったにせよ、鞭でしつけられました。犬もこの一家の主人の手で打たれ続けて、「とうとう体をくねらせて床を汚してしまった」ことがあるそうです。長男の証言によれば、父親の暴力は妻クララにまで及んでいました。

アドルフの妹パウラは、父親の暴力にさらされたのは長男よりもアドルフだと証言しています。
その証言は次の通りです。
「アドルフ兄は誰よりも父に叱られることが多く、毎日相当ぶたれていました。兄はなんというかちょっと汚らしいいたずら小僧といったところで、父親がいくら躍起になって性悪根性を鞭で叩き出し、国家公務員の職に就くようにさせようとしても、全部無駄でした」

これらの証言から、ヒトラー家は父親の暴力が吹き荒れる家庭で、中でもアドルフは被害にあっていたと思われます。
しかし、伝記作家などはこうした証言を疑い、しばしば嘘と決めつけます。

アドルフの姉アンゲラは「アドルフ、考えてごらんなさい、お父さんがあんたをぶとうとした時お母さんと私がお父さんの制服の上着にしがみついて止めたじゃないの」と言ったという記録があります。父親が暴力的であったことを示す証拠です。
しかし、ある伝記作家は、その当時父親は制服を着ていなかったのでこれはつくり話だと決めつけました。
しかし、これは当時父親が制服を着ていなかったというのが正しいとしても、アンゲラが上着について思い違いをしていただけでしょう。上着が違うから全部が嘘だとするのはむりがあります。

また、「総統」は女秘書たちに、父親は自分の背をピンと伸ばさせておいてそこに30発鞭を食らわせたと語ったことがあります。
これについても伝記作家は、彼は女秘書たちにバカ話をするのが好きで、彼の話したことであとで正しくないことが証明されたことも多いので、この話の信憑性は薄いと判断しました。
このような判断の繰り返しで、父親の暴力は当時の常識の範囲内のもので、ヒトラー家は普通の家庭であったという印象に導かれます。


親が子どもを虐待することはあまりにも悲惨なので、虐待の存在そのものを認めたくないという心理が誰においても働きます。そのためにフロイトの『ヒステリー病因論』は世の中の圧倒的な反発を招き、フロイトはその説を捨ててしまいました。
同じ力学は今も働いています。幼児虐待の通報があって児相や警察がその家庭を訪問しても、親の言い分を真に受けて子どもの保護をせず、その後子どもが殺されて、児相や警察の対応が非難されるということがよくありますが、児相や警察の人間も虐待を認めたくない心理があるのです。


ヒトラーの父親の虐待は暴力だけではありません。
ヒトラーは家出をしようとしたことがありましたが、父親に気づかれ、彼は天井に近い部屋に閉じ込められました。夜になって天窓から逃げ出そうとしましたが、隙間が狭かったので着物を全部脱ぎました。ちょうどそこに父親が階段を上がってくる足音がしたので、彼はテーブルかけで裸の体を隠しました。父親は今回は鞭に手を伸ばさず、大声で妻を呼んで「このローマ人みたいな格好をした子を見てごらん」と言って大笑いしました。このあざけりはヒトラーにとって体罰よりもこたえました。のちに友人に「この出来事を忘れるのにかなり時間がかかった」と打ち明けています。

父親はまた、用があって子どもを呼ぶとき、二本の指で指笛を鳴らしました。

私は子どもを笛で呼ぶということから、映画「サウンド・オブ・ミュージック」を思い出しました。
冒頭で修道女見習いのマリア(ジュリー・アンドリュース)が家庭教師としてトラップ家を訪れると、トラップ大佐が笛を吹いて子どもたちを集め、子どもを軍隊式に整列させて行進させます。この家庭内の軍国教育をマリアが人間教育に変えていく過程と、オーストリア国内でナチスが勃興していく過程とがクロスして物語が進行していきます。

当時、ヨーロッパでは子どもに鞭を使うことが多く、とくにオーストリアやドイツではごく幼いうちから親への服従を教え込むべきだという教育法が蔓延していたとミラーは指摘します。そのためのちにヒステリー症状(今でいうPTSD)を発症する人が多く、それがフロイト心理学の出発点になりました。


ヒトラーが優れた(?)独裁者になれたのは、それなりの資質があったからですが、それに加えて父親に虐待された経験があったからでしょう。
ヒトラーは父親を憎み恐れていましたが、やがて自分を父親と同一化し、権威主義的で暴力的な父親のようにふるまうようになります。国民の目からはそれが優れた国家指導者の姿に見えたのです。
子どもから見た父親と、国民から見た国家指導者は、スライドさせれば重なります。

ほとんどの国民もまた暴力的で権威主義的な父親に育てられてきたので、ヒトラーに父親の姿を見ました。
ヒトラーは怒りや憎しみを込めた激しい演説をしましたが、その一方で笑顔で子どもに話しかけたりなでたりする姿も見せました。
厳父と慈父の両面を見せることで、ヒトラーは国民の圧倒的な支持を得たのです。

ヒトラーは父親から学んだ残忍さで政敵を容赦なく攻撃して権力を掌握しました。
またミラーは、ヒトラーは父親への憎しみをとくにユダヤ人に向けたのではないかと推測しています。


その人がどんな人間かを知るには、幼児期までさかのぼって知ることが重要です。
最近はそのことが少しずつ理解されてきて、たとえばトランプ大統領を描いた映画「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」は、20代のトランプ氏が悪名高い弁護士ロイ・コーンの教えを受けて成功の階段を上っていくという物語です。
しかし、20代では遅すぎます。
重要なのは幼児期です。
不動産業者だった父親とトランプ少年との関係にこそトランプ大統領の人間性を知るカギがあります。

政治は政策論議がたいせつだといわれますが、人間論議のほうがもっとたいせつです。


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トランプ氏が米大統領に就任して1か月と少しがたちましたが、トランプ氏とイーロン・マスク氏は目まぐるしく政策を打ち出し、物議をかもす発言を連発しています。
トランプ氏とマスク氏にはいろいろと批判はありますが、活動量の多さが常人の域を超えていることは認めなければなりません。

ただ、気になる情報もあります。
マスク氏は麻酔薬でうつ病治療にも用いられるケタミンを医師に処方してもらって常用しています。
うつ病治療薬ということは気分をハイにするものでしょう。彼にうつ病らしいところはまったくなく、むしろ万年躁病みたいですが、ケタミンのせいかもしれません。

ともかく、トランプ政権は次々となにかやらかすので、こちらの頭が混乱してしまいます。
そこで、トランプ政権のやっていることを整理してみました。

トランプ氏は就任演説で「常識の革命」と言いました。
意味不明の言葉なので、ほとんど無視されていますが、トランプ大統領のやっていることの多くは「常識」という言葉でとらえられます。
ただ、一般の人にとっては「昔の常識」です。
「今の常識」を打ち壊して「昔の常識」をよみがえらせることがトランプ氏の「常識の革命」です。


トランプ氏は「ガザ地区から住民を全員移住させてガザ地区はアメリカが所有する」と発言し、世界中の顰蹙を買いました。
これはイスラエル建国のときにアラブ人を追放した「ナクバ」と同じだという声が上がりました。
しかし、トランプ氏としては「ナクバ」という意識はなく、インディアンとの戦いで勝利したあと、生き残ったインディアンを居留地に移住させて、その土地にアメリカ人が入植したのと同じことを提案しただけです。
つまりそれがアメリカにとっての「常識」というわけです。

トランプ氏は「パナマ運河を取り戻す」と発言し、その際に軍事力行使の可能性も否定しませんでした。
むちゃくちゃな発言のようですが、トランプ氏にとっては「常識」です。
パナマは1903年にコロンビアから独立しましたが、そのときの憲法ではパナマ運河地帯の主権はアメリカに認めるという規定がありました。しかし、ナショナリズムの高まりによりパナマ政府はカーター政権と条約を結び、1979年に運河地帯の主権を獲得しました。
ですから、アメリカが運河を所有するのは「古い常識」なのです。

なお、アメリカは1989年、パナマに軍事侵攻し(麻薬犯罪対策と米国人保護が名目)、ノリエガ大統領を逮捕し、アメリカに連行して裁判にかけました(有罪となり刑務所で服役)。
私はアメリカが小国といえども他国の国家元首を逮捕して自国の裁判にかけたことにびっくりしましたが、当時の国際社会ではほとんど問題にされませんでした。
中南米は「アメリカの裏庭」というのが当時の「常識」だったからです。

トランプ氏はグリーンランド購入も主張しています。
この話も今に始まったことではありません。
1867年にアメリカがロシアからアラスカを購入した当時の国務長官ウィリアム・H・スワードは、次にグリーンランド購入も画策しました。グリーンランドを購入すれば、アラスカとグリーンランドの中間にあるカナダもアメリカのものにならざるをえないだろうとも指摘しています。

トランプ氏の主張はすべて「昔の常識」なのです。
ですから、保守派の人の共感を呼びます。


トランプ氏は「昔の常識」を復活させるとともに「正義」も利用しています。
トランプ氏は不法移民を犯罪者呼ばわりし、麻薬に関してメキシコ、カナダ、中国を非難しています。
また、ハマス、ヒズボラ、イランなどを敵視しています。
正義のヒーローが活躍するハリウッド映画には必ず「悪役」が存在します。悪いやつをやっつける「正義の快感」を描くのがこれらの映画の「常識」です。
トランプ氏も手ごろな「悪役」を仕立てて、それを攻撃することでアメリカ国民に「正義の快感」を味わわせています。

トランプ氏とマスク氏は連邦政府職員を次々とクビにしています。
トランプ氏がかつて司会を務めていたテレビ番組「アプレンティス」でトランプ氏が発する決めぜりふは「お前はクビだ!」でした。
無能な者や怠け者に対して「お前はクビだ!」と言うのは快感です。
トランプ支持者は今その快感を味わっています。

しかし、映画には終わりがありますが、現実に終わりはありません。
悪いやつをやっつけて「正義の快感」を味わっても、そのあと事態がよくなるとは限りません。
政府職員の仕事は、単純なものもありますが、高度に専門的なものも多く、誰をクビにするかは簡単には決められません。
トランプ政権が目先の快感を追求していると、やがてしっぺ返しを食らうでしょう。


トランプ大統領の基本方針はもちろん「アメリカ・ファースト」です。
これはアメリカ人にとってはよいことであっても、世界にとっては不利益でしかありません。
今、世界はアメリカ・ファーストのアメリカにどう対処するか困惑しているところです。

アメリカ・ファーストに対してジャパン・ファーストで立ち向かうというのはだめです。利己主義と利己主義がぶつかると力のあるほうが勝つからです。
利己主義には「法の支配」を掲げて対抗するのが正しいやり方です。
日本一国ではだめですから、世界でトランプ包囲網をつくれるかどうかが今後の課題です。


ただ、トランプ氏は単純なアメリカ・ファーストではありません。
アメリカ・ファースト以上に「自分ファースト」だからです。
そのためにトランプ氏の外交はひじょうにわかりにくいものになっています。

トランプ氏はウクライナ戦争について、明らかにロシア寄りで停戦交渉をしようとしています。
アメリカはロシアに対して経済制裁をやり尽くして、もはやカードが残っていません。
そうすると停戦交渉をまとめるにはウクライナに譲歩させるしかありません。
トランプ氏が停戦交渉をまとめたいのは自分の手柄になるからです。

トランプ氏は他国にいろいろなことを要求し、関税をかけたりしていますが、中国にはまだきびしいことはしていません。
中国は手ごわいからです。
弱い国を相手にして早く成果を挙げようという考えです。

トランプ氏がほんとうにアメリカ・ファーストを考えるなら、アメリカが覇権国であり続けるように中国やロシアを抑え込まなければなりません。
それには同盟国との信頼関係を深め、途上国に援助して味方につけることです(ときにはCIAを使って反米政権を転覆します)。
ところがトランプ氏は同盟国にきびしい要求をつきつけ、主に途上国援助をしていたUSAIDの解体をいい、CIAの人員削減を進めています。
まるで覇権国でいることを諦めたみたいです。
NATO諸国もトランプ氏とプーチン氏の接近ぶりを見て、トランプ氏に距離を置き始めています。

トランプ氏は性格的に、他国に援助してアメリカの味方を増やすということができません。早急に成果を求めます。
そのため、本人は意図していないかもしれませんが、アメリカは覇権国の地位を失っていくでしょう。


トランプ氏はウクライナに対してレアアースの権益を要求していましたが、さらに「アメリカはウクライナに3500億ドル(約52兆円)支出したので、それに見合うものが、石油でもレアアースでもなんでもいいからほしい」と発言しました。
しかし、これまでにアメリカの議会が計上した支援予算は約1830億ドル(約27兆円)だということで、いつもながらトランプ氏の言うことはでたらめです。

それにしても、支援した分を取り返すというのはいかにもドライな、トランプ氏らしい発想です。
この調子では、もし日本周辺で戦争が起きて米兵が死亡したら、戦争の経費はもちろん死者一人あたりいくら払えといった要求を日本に突きつけてくるかもしれません。

日本はつねにアメリカとの信頼関係を重視してきましたが、トランプ氏との間に信頼関係を築こうとするのは八百屋で魚を求めるみたいなものです。
世界に法の支配を確立するにはどうすればいいかを考えるよい機会です。

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アメリカ大統領選は意外な大差でトランプ氏の当選となりました。
この結果にはいろいろな理由があるでしょうが、私がいちばん思ったのは、ハリス氏のキャラクターが最後まではっきりと見えなかったということです。
どうしてもこれを訴えたいとか、大統領になればこうしたいといったことが伝わりませんでした。
ハリス氏は4年間副大統領でいて、ほとんど存在感がありませんでしたから、もともとそういう人だったのでしょう。
一方、トランプ氏はめちゃくちゃキャラが立っている人ですから、その差が出たのかなと思います。

国際政治学者の三牧聖子同志社大准教授は、8年前のトランプ氏はオバマ大統領などへの人種的憎悪を打ち出して白人の支持を集めたが、今回は移民への憎悪を打ち出して、黒人やヒスパニックの支持も集めることに成功したと朝日新聞の書評欄で指摘しました。
これは納得です。
ハリウッド映画もそうですが、トランプ氏は「悪いやつをやっつける」ことの快感をうまく利用しています。
その点、リベラルは不利です。「移民と共存するべきだ」という主張にそういう快感はありません。

民主党のバーニー・サンダース上院議員は「労働者階級の人々を見捨てた民主党が労働者階級から見捨てられても、さほど大きな驚きではない」と言い、「民主党を支配しているのは富裕層や大企業、高給取りのコンサルタントたちだ」と批判しました。
日本にいるとあまりピンとこないのですが、きっとこの批判は当たっているのでしょう。
もっとも、今のところ民主党内での敗因についての議論は、バイデン大統領の撤退が遅すぎたからだといった些末なことにとどまっています。

トランプ氏も「貧しい労働者のために」とか「格差を解消する」みたいなことは言っていません。それは社会主義的です。言っているのは「アメリカ経済を強くする」ということだけです。
アメリカ経済が強くなれば一般労働者にも恩恵があるということなら、従来のトリクルダウン説と変わりません。



トランプ氏が大統領になれば、世界はどうなるでしょうか。
ひとつよいことがあるとすれば、ウクライナ戦争が終わるかもしれないということです。
バイデン政権のウクライナ戦争に対する無策ぶりは異様でした。
戦争が継続すると同盟国がアメリカ依存を強めるので、わざと停戦させないのかなどと思っていました。
アメリカがその気になれば停戦させるのは容易なことです。

パレスチナ戦争についてもバイデン政権はまったく止める気がありません。
10月16日、イスラエル軍はハマスの最高指導者ヤヒヤ・シンワル氏を殺害しましたが、バイデン大統領は「イスラエル、米国、そして世界にとって良い日だ」と歓迎する声明を出しましたし、ハリス副大統領も「正義が果たされ、世界はより良くなった」とコメントしました。
完全にイスラエル寄りでは停戦の仲介はできません。
トランプ氏はバイデン大統領以上に親イスラエルですが、戦争を終わらせることではバイデン政権よりましかもしれません。


悪いことはいっぱい考えられます。

トランプ政権がどんな政策をするかについて手がかりとなるのが、シンクタンク「ヘリテージ財団」が発表した900ページにも及ぶ「プロジェクト2025」計画です。
この計画の策定には前のトランプ政権の元関係者が数十人も参加しています。前の政権では準備不足のために十分なことができなかったので、今度は事前に計画したというわけです。
このシンクタンクは前から共和党に政策提言を行っていて、かなりの割合で採用されています。

「プロジェクト2025」はどんな内容かというと、たとえば連邦政府の行政機関はすべて大統領の直接統制下におくべきとされ、大統領から独立した権限を持つ司法省も例外ではありません。また、数万人いる連邦政府職員の雇用保障を解除し、キャリア国家公務員の代わりに政治任用されたスタッフが仕事できるようにするということもあります。また、教育省を全面廃止し、FBIを肥大化して傲慢な組織と非難して大幅改変するということです。要するに政府組織を大統領が独裁的に動かせるようにするわけです。
脱炭素目標の代わりにエネルギー増産とエネルギー安全保障の強化を推進します。
ポルノ禁止を提言し、ポルノの閲覧・入手を可能にするIT企業や通信企業は業務停止にすべきだとしています。
経口中絶薬の禁止や移民追放などもうたわれています。
「性的指向」「ジェンダー平等」「人工妊娠中絶」「生殖権」といった多数の用語を、すべての連邦法と規制から削除することを提言し、「多様性」や「公平」や「包摂性」を重視するあらゆる事業を学校や政府部局において廃止することも求めています。

要するに“保守派の夢”みたいな内容です。
選挙期間中にバイデン・ハリス陣営はトランプ氏を攻撃するのにこの「プロジェクト2025」を利用したので、トランプ氏は自分は「プロジェクト2025」と無関係だと言いました。
しかし、当選後はどうなるかわかりません。
きわめて保守的な政策が実行されると、反対派が激しいデモを起こして、警察や軍隊が鎮圧に動いて内戦状態になるというのが最悪のシナリオです。


トランプ政権が日本や世界に与える影響はどうかというと、これもよいことはまったく考えられません。
トランプ氏の目指すところは、アメリカを再び偉大にして、対外的には「アメリカファースト」を実行することです。
アメリカファーストとはなにかといえば、アメリカの利己主義、独善主義にほかなりません。

「アメリカファースト」という言葉は第一次世界大戦後から使われるようになりました。ただ、当時は孤立主義的な意味で使われていたようです。
トランプ氏がこの言葉を復活させましたが、トランプ氏に孤立主義的なところはありません。あくまで独善主義という意味で使っています。

トランプ氏は地球環境問題にまったく関心がありません。
選挙期間中、「今後400年で海面は8分の1インチ(約3ミリ)上昇する」とでたらめを主張し、また、シェールガス・オイルを「掘って掘って掘りまくれ(Drill, baby, drill!)」と言って聴衆を沸かせました。
第一次トランプ政権は2017年にパリ協定からの離脱を表明、2020年11月に正式に離脱しました。バイデン政権は2021年2月にパリ協定に復帰しましたが、トランプ氏はパリ協定からの再離脱を公約としていましたし、報道によると政権移行チームは離脱を宣言する準備を進めているということです。
アメリカのような大国が温室効果ガスをどんどん排出すれば、ほかの国は排出規制をしているのがバカらしくなります。


貿易についてもたいへんです。
トランプ氏は「関税、それはもっとも美しい言葉だ」と言ったことがあります。
全輸入品に10~20%の追加関税をかけるというのがトランプ氏の公約です。とくに中国には全輸入品に60%の関税をかけると言っていますし、メキシコからの輸入自動車には100~200%の関税をかけると言っています。
どこまで本気かよくわかりませんが、トランプ氏は第一次政権のときに中国に10~25%の関税をかけたことがありますから、ある程度はやるでしょう。

関税をかけると輸入がへり、国内産業が保護されますが、保護された産業は競争力を失い、相手国も報復関税をかけてきて、貿易量が減少します。自由貿易で経済は発展するというのが常識です。
しかし、トランプ氏にそういう常識は通用しません。トランプ氏は関税を他国に対する攻撃や制裁と考えているようです。

不当な関税などについては世界貿易機構(WTO)に提訴するという手段がありますが、今はそれができないようです。
朝日新聞の「『世界のための市場』拒む大国」という記事にこう書かれています。
トランプ政権は5年前、世界貿易機構(WTO)の上級委員会の委員を選定せず、紛争解決制度を機能不全に陥らせた。バイデン政権も放置した。
標的はWTOだけでない。国際通貨基金(IMF)、世界銀行、国際エネルギー機関……。トランプ氏は戦後の世界秩序を形作ってきた主要国際機関が「米国民の利益になっていない」とたびたび批判してきた。
https://www.asahi.com/articles/DA3S16079879.html?iref=pc_ss_date_article

アメリカは国際刑事裁判所にも加盟していません。ロシア、中国も加盟していませんが、アメリカが加盟していない以上、誰も文句を言えません。
トランプ政権が利己的なふるまいをすると、他国も対抗するようになり、世界は無法状態になります。

トランプ氏は第一次政権のときに軍事費を大幅に増やしました。アメリカが自分勝手なふるまいをするには軍事力の裏付けが必要だからです。
巨額の軍事費を出しても「覇権国のうまみ」はそれ以上なのでしょう。

日本はどうトランプ政権に対するべきでしょうか。
アメリカは経済力も軍事力も日本と段違いで、それに日本には味方がいません。
70年代の日本は「自主外交」を掲げて日中国交正常化などを成し遂げ、福田政権は「全方位外交」を掲げて東南アジアとの関係を深めました。
ところが、冷戦が終結し、アメリカが唯一の超大国になると、日本は「自主外交」の看板を下ろし、「日米同盟は日本外交の基軸」という言葉を繰り返しながらどんどんアメリカ依存を強めました。
その結果、今ではどうすればトランプ氏に気に入られるかということしか考えられなくなっています。

覇権国アメリカとどうつき合うかということを、地球規模で一から考え直すことです。

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嘘にまみれた安倍政権とトランプ政権が終わっても、トランプ大統領の嘘はこれからも生き続けるかもしれません。

トランプ大統領が「選挙は盗まれた」と主張するのに合わせて、さまざまな嘘が飛び交いました。
トランプ票が大量に燃やされたとか、投票機にソフトウェアを提供した企業の社長はバイデン氏の政権移行チームの一員であるといったものから、ドイツで投票機のサーバー押収をめぐって米軍特殊部隊とCIAが銃撃戦を演じて5人死亡したとか、オバマ前大統領が逮捕されたといったものまでありました。
しかも、日本にこうした嘘を拡散させる人が少なからずいました。

2017年のトランプ大統領就任式における観客はオバマ大統領のときより大幅に少なかったとメディアが報じると、トランプ大統領は「フェイクニュース」と言って猛反発し、報道官は過去最多だったと主張して、「オルタナティブファクト」と称しました。
それからトランプ大統領は嘘をつき続け、ワシントン・ポストは最初の1年間に2410回も嘘をついたと報じました。
「コロナウイルスはもうすぐ魔法のように消える」という罪の深い嘘もありましたが、トランプ大統領はこうした嘘について嘘と認めたり謝罪したりすることはありませんでした。


安倍前首相も任期中、モリカケ桜で嘘をつき続けて、桜を見る会問題では国会で118回の虚偽答弁をしたとされました。

しかし、トランプ大統領の嘘と安倍前首相の嘘は明らかに異質です。
安倍前首相の嘘は、自分が関わった不正をごまかすための嘘、要するに自己保身のための嘘です。
自己保身の嘘は誰でもつきますから、われわれの常識で理解できます。安倍前首相の場合は、公の場で異常に多くの嘘をついただけです。
しかし、トランプ大統領の嘘は常識では理解できません。


トランプ大統領の嘘を知る手がかりは、Qアノンです。
Qアノンはトランプ大統領の嘘に呼応して生まれました。

ウィキペディアによると、
「Qアノンの正確な始まりは、2017年10月に「Q」というハンドルネームの人物によって、匿名画像掲示板の4chanに投稿された一連の書き込みである」
「この陰謀論では、アメリカ合衆国連邦政府を裏で牛耳っており、世界規模の児童売春組織を運営している悪魔崇拝者・小児性愛者の秘密結社が存在し、ドナルド・トランプはその秘密結社と戦っている英雄であるとされている」
ということです。
政府を裏で支配する秘密結社はディープステートと呼ばれます。

私は最初、小児性愛者の秘密組織がアメリカを支配しているというふうにネットの記事で読みました。
小児性愛者の秘密組織は過去に摘発されたことがありますし、上流階級に存在する可能性はあります。しかし、そういう人間は自分の性的嗜好が満たされればいいわけで、国家を裏であやつる必要はありません。ですから、ばかばかしい話と思いました。

しかし、そのネット記事は不正確で、正しくは小児性愛者でかつ悪魔崇拝者の秘密組織だったわけです。
それなら話として成立します。


悪魔崇拝者というのは、ホラー映画やホラー小説にはいっぱい出てきますが、現実にはほとんどいないと思われます。
敵対する宗派や一部の人を攻撃するときに悪魔崇拝者というレッテル張りをしたのが実際のところでしょう。
ただ、そこにおどろおどろしいイメージが付与され、女性や小児を生贄にして性的快楽を得る儀式(サバト)を行うといったこともありました。
ですから、ディープステートが小児性愛者でかつ悪魔崇拝者の秘密組織だというのはありそうな設定です。
メインは悪魔崇拝で、小児性愛はつけ足しです。

もちろんすべてはQアノンのデマです。
Qアノンが敵に対して悪魔崇拝者のレッテル張りをするということは、Qアノンは政治勢力というより宗教勢力だということです。
「陰謀論」という言葉も適切ではありません。「ディープステートが国を支配している」というのは、Qアノンの「教義」というべきです。

トランプ大統領のコアな支持層は福音派という宗教勢力だとされています。Qアノンはそのさらにコアな支持層で、カルト集団みたいなものです。

そうすると、トランプ大統領はQアノンにとってなにかというと、ウィキペディアには「秘密結社と戦っている英雄」と書かれていましたが、「英雄」というより「救世主」というべきでしょう。
つまりQアノンはトランプ大統領を救世主として崇拝するネット上の宗教勢力で、民主党などを悪魔崇拝者として攻撃しているということになります。


こういう宗教勢力が生まれたのは、トランプ大統領の言動にカリスマ性があったからです。
トランプ大統領が言い続けたのは「アメリカは偉大だ」と「私は偉大だ」ということです。
こういう言い方がカリスマ性を高めます。

トランプ大統領の言葉は教祖が語る宗教の言葉なので、いちいちファクトチェックをしても意味がありません。
教祖は奇跡も行えるからです。
科学に従うのも教祖らしくありません。
「コロナウイルスは魔法のように消える」というのは、いかにも教祖らしい言葉でした。

しかし、トランプ大統領に奇跡を行う力はなく、日々の感染者数は増え続け、それがためにトランプ大統領のカリスマ性は失墜し、大統領選挙で落選する結果となりました。


ただ、アメリカはきわめて宗教性の強い国家で、今でも多くの州の学校で進化論を教えることができませんし、アメリカ国歌「星条旗」には「神」という言葉がありますし、大統領は議会での演説の最後に必ず「God bless America」と言いますし、大統領就任式では必ず左手を聖書の上に置いて宣誓します。同性愛差別、人工中絶禁止などの保守派の主張も宗教的価値観からきています。クリスマスに「メリークリスマス」と言うか「ハッピーホリデーズ」と言うかは大きな政治的争点です。

日本のメディアはアメリカを宗教国家と見なすことをタブーとしているので、Qアノンの実態も見えてきません。
トランプ大統領やQアノンの主張は宗教だと考えれば、「嘘だ」とか「事実に反する」と批判するのは的外れで、むしろ「政教分離」の観点から批判するべきだということになります(あるいはキリスト教の権威による「異端審問」も)。

宗教勢力は今後もトランプ大統領を教祖として担いでいこうとするでしょう。
あるいは、司法当局の追及や民事訴訟やマスコミの報道などでカリスマ性が失われていくかもしれません。



ところで、日本におけるトランプ支持者の多くは、統一教会系「ワシントン・タイムズ」と法輪功系「大紀元(EPOC TIMES)」の情報をよりどころにしているということですし、日本でトランプ支持デモを主催しているのは統一教会や幸福の科学だということです。
新宗教やカルトの人たちはトランプ大統領のカリスマ性にひかれるのでしょう。
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1月17日の福岡のデモに登場した“トランプみこし”(「水木しげるZZ」のツイートより)

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アメリカ大統領選挙を通してわかったのは、日本に盲目的なトランプ信者がかなりいるということです。
彼らはいまだに「民主党が選挙を盗んだ」というトランプ大統領の吹聴する陰謀論を信じていたりします。
こんなにトランプ信者がいるのは、アメリカ以外では日本ぐらいではないでしょうか。

日本のトランプ信者のほとんどが保守派、右翼、ネトウヨです。
彼らは一応愛国者を自認しているので、それに合わせてトランプ支持の理由づけをしています。
それは、「トランプは中国にきびしいから」というものです(「バイデンは中国の手先だ」という陰謀論も信じていそうです)。

トランプ氏でもバイデン氏でも対中国政策にそれほど変わりはないだろうというのが一般的な見方ですが、とりあえず今は、おそらく新型コロナウイルスによる被害を中国に責任転嫁するために、トランプ政権が中国にきびしく当たっているのは事実です。


反中国の感情は、ネトウヨに限らず日本人に広く蔓延しています。
11月17日に発表されたNPO法人「言論NPO」などによる日中共同の世論調査によると、中国への印象が「良くない」「どちらかといえば良くない」とした日本人は89・7%で前年比5ポイント増だったということです。
習近平政権は独裁色を強め、香港の民主化運動を弾圧しているので、それが反映されたのでしょう。

しかし、今では日本にとって中国は最大の貿易相手国です。
日中関係をこじれさせるわけにいきません。
ほとんどの日本人はそのことがわかっていますし、自民党政権も同じです。

しかし、わかろうとしない人もいます。
かつて日本の経済力が中国を上回っていたころ、中国を見下していた人たちです。
中国経済が次第に日本に追いついてきても、「中国経済はもうすぐ大崩壊する」などという本や雑誌記事を読んで信じていました。

しかし、中国のGDPが2010年に日本を超え、その差が年々拡大してくると、「中国経済は崩壊する」という説は見なくなりました。
また、「南京虐殺はなかった」というのは、「従軍慰安婦の強制連行はなかった」というのと並んでネトウヨの主張の定番でしたが、最近「南京虐殺はなかった」という主張はとんと見なくなりました。

今では中国のGDPは日本の3倍近くになっています。
ネトウヨも反中国の旗をおろさざるをえなくなって、もっぱら慰安婦像問題や徴用工問題などで反韓国の旗を振るしかないというときに、トランプ大統領が強硬な反中国政策を取り始めたのです。
ネトウヨは大喜びしたでしょう。
アメリカが中国をやっつけてくれて、日本もアメリカの威を借りる形で中国に強く出られそうだからです。

そうしてネトウヨはトランプ信者になったというわけです。


もともと多くの日本人は、強いアメリカに媚び、弱い中国や韓国や北朝鮮に威張るという精神構造をしていました。
この精神構造は、半島と大陸を植民地化したことからきていますが、若い人の場合、学校でのいじめとも関係しているかもしれません。
クラスで強い者が弱い者をいじめるという現実の中で育ってきて、国際社会も同じようなものだと思っているのではないでしょうか。

しかし、アメリカの覇権はいつまでも続くとは限りません。将来は覇権が中国に移るということは十分に考えられます。
日本がアメリカの威を借りて中国に対処していると、そのときみっともないことになります。

アメリカであれ中国であれ、覇権主義に反対するというのが日本外交の基本でなけれはなりません。

覇権主義に代わるものは「法の支配」です。
日本は人権、平和、法の支配といった価値観で世界から信頼される国になるしかありません。

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AP通信写真家のエヴァン・ヴッチの写真――Elizabeth May (on semi-hiatus)のツイートより

アメリカ大統領選挙はバイデン候補の当選で決着しました。
もっとも、トランプ大統領は「選挙は私が大差で勝った!」とツイートし、さらに「月曜日から選挙に関わる法律がきちんと執行され本当の勝者が決まるように裁判を通じて求めていく」との声明を出したので、裁判闘争が続くのかもしれません。
しかし、選挙不正の証拠も示されないので、裁判の帰趨は明らかです。


この4年間、世界はトランプ大統領の毒気にあてられてきました。
これから毒気を抜いて健康を回復しなければなりません。
それにはトランプ大統領をよく理解することです。

頭を冷やして振り返ると、トランプ大統領にもいいところはありました。
なによりも新しい戦争をしませんでした。
継続中の戦争も縮小の方向でした。
トランプ政権は軍事費を増大させたので、私はトランプ大統領は好戦的な人間で、どこかで戦争を始めるだろうと思っていましたが、それは私の見込み違いでした。

それから、よくも悪くも実行力があったのは事実です。
たとえば、金正恩委員長との会談は、ホワイトハウスで賛成するのは誰もいないような状況でしたが、実現させました。
もっとも、会談は実現しましたが、そのあとはとくに進展がありません。トランプ大統領は戦争を防いだと自慢していますが。


私が考えるに、トランプ大統領はアメリカファースト以前に自分ファーストの人間で、つねに自分が中心にいて注目されたいのです。
戦争が始まってしまうと、戦況や司令官に注目が集まります。そういう事態は避けたのでしょう。

軍事費を増大させたのも、強大な軍事力を持つ大統領として世界から仰ぎ見られたかったからでしょう。

金正恩委員長と会談したのも、その会談が世界でもっとも注目される会談だったからです。
同盟国の首脳といくら会談しても大して注目されません。
会談で注目されれば満足なので、会談が終わればそれきりです。

なお、トランプ大統領はASEAN首脳会議に一度も出席したことがありません。サミットには出席しますが、あまり楽しそうではありません。ワンオブゼムの立場がいやなのでしょう。


トランプ大統領は実際にブロレスのリングにのぼったことがありますし、バラエティ番組の司会で「お前はクビだ!」の決め台詞で人気を博しました。
そのままの感覚で大統領になって、同じことをやっているのです。

ですから、私たちもプロレスを見物する感覚でトランプ大統領を見ることができれば楽しいのですが、このプロレスラーは核のボタンを持っているので、この見物は精神衛生によくありません。

“トランプレスラー”の得意技は言葉を使っての攻撃です。
トランプ大統領は特殊な言語能力を持っています。
言葉の攻撃力を持っていることも戦争しなかった原因かもしれません。

たとえばバイデン候補とのテレビ討論会で、暴力的極右団体プラウド・ボーイズに対してなにか言わないのかと司会者に問われると、トランプ大統領は「プラウド・ボーイズ、下がって待機せよ」と言いました。
これは行動への準備を命じたようなものだと批判されましたが、「行動するな」という意味でもあり、実に巧妙な言い方です。とっさにこういう言葉の出てくるところにトランプ大統領の優れた言語能力があります。

トランプ大統領はツイッターに毎日のように多数の投稿をしていますが、世界最高の権力者が思いつくままに発言して通用しているのも驚くべきことです。


トランプ大統領は今回の選挙について「彼らは選挙を盗もうとしている」とツイートして、ツイッター社に警告をつけられました。

「選挙を盗む(steal the election)」とは不思議な言葉です。ファンタジー小説に出てきそうな言葉で、巨大な悪を想像させます。
「投票用紙を盗む」とか「投票箱を盗む」ならわかりますし、「そんな事実はない」と反論もできますが、「選挙を盗む」と言われると、どう反論していいのか困ります。

トランプ大統領はほかにも「郵便投票は腐敗した制度だ」とか「合法的な集計をすれば、我々は楽勝だ」とか「不正はやめろ」とかいろいろ言っていますが、「選挙を盗む」という言葉の威力で、証拠もなしに不正選挙のイメージづくりにある程度成功しました。


しかし、トランプ大統領の言葉の攻撃力もウイルスには通用しませんでした。
新型コロナウイルスの蔓延を防げなかったことでトランプ大統領の支持率は低下ししました。
もし新型コロナがなかったら、トランプ大統領は楽勝していたでしょう。



トランプ信者は日本にも多くいます。
ヤフーニュースのコメント欄には、選挙の不正を主張する意見がいっぱいあります。
こういう人たちは菅首相にまで文句をつけています。

菅首相「バイデン祝福」にかみつく人たち 「まだ決まってない」「裁判を見極めて」などと主張が
菅義偉首相が2020年11月8日、米大統領選で「勝利宣言」したジョー・バイデン氏への祝意をツイートしたところ、リプライ欄に反発の声が少なからず書き込まれる事態となった。

「まだ決まってない」「まだトランプ大統領は争っています」「1月に正式に決まった時点で祝辞を送った方が賢明」「不正による当選した方に祝辞を送るな」「裁判を見極めて!! 」

■各国のリーダーも同様に声明

 こうしたリプライが相次いで寄せられているのは、菅氏が8日早朝、ツイッターに書き込んだ下記の投稿だ。

「ジョー・バイデン氏及びカマラ・ハリス氏に心よりお祝い申し上げます。日米同盟をさらに強固なものとするために、また、インド太平洋地域及び世界の平和,自由及び繁栄を確保するために、ともに取り組んでいくことを楽しみにしております」

(中略)

日本でも拡散した「不正選挙」言説
 投稿から約7時間、13時過ぎの時点で、ツイートには1700件を超えるリプライ(返信)が寄せられている。しかし、目立つのは上記のように、祝意に反発する投稿だ。

 あるアカウントは、「菅さん、社交辞令はわかりますが、時期そうそうですよ!」(原文ママ)と主張。この投稿には700件を超える「いいね」が寄せられている。ほかの「まだ、決まってませんよ」とするリプライにも1000件以上のいいねが。

 もちろん、「他の国が祝辞出してるから」と理解を示すツイートもあるが、リプライ欄の上位に掲載された投稿の中では少数派だ。

 現職のドナルド・トランプ氏は、選挙で不正が行われた可能性を繰り返し示唆し、法廷闘争に持ち込む姿勢を崩していない。支持者の間では不正の「証拠」とされる画像や動画などが、日々拡散され続けている。こうした情報は日本にも広まり、注目を集めているが、これらの言説はすでにメディアなどの調査で否定、あるいは疑義が示されているものが少なくない。
https://news.yahoo.co.jp/articles/cfa04a5895e0a7070e33efe359919354b18d219c

外国の大統領の主張を信じて、日本の首相の判断に文句をつけるとは、まさに「売国」というしかありません。
まあ、菅首相のカリスマ性がトランプ大統領のそれに遠く及ばないだけのことかもしれませんが。

トランプ信者はトランプ大統領の毒気にあてられているのですから、早く解毒しなければなりません。

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10月26日、菅義偉首相の初めての所信表明演説が行われましたが、演説の途中で拍手が起こったのは2度だけでした。
1度目は、コロナ禍でがんばる医療関係者に対して「心からの感謝の意を表します」と言ったところで、2度目は、「2050年、カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことをここに宣言いたします」と言ったところでした。
このことから脱炭素社会の実現がこの演説の最大の目玉だったことがわかります。

拍手が起こらないのは、強く言い切ったあとに間を空けて拍手を催促するというテクニックを使わなかったからでもあります。けれん味がなくてよいとも言えます。

内容にこれというところがないので、野党も「学術会議任命拒否の説明はなしか」ということ以外に批判のしようがないようです。

従来は争点だった改憲問題については、このように言及しています。
 国の礎である憲法について、そのあるべき姿を最終的に決めるのは、主権者である国民の皆様です。憲法審査会において、各政党がそれぞれの考え方を示した上で、与野党の枠を超えて建設的な議論を行い、国民的な議論につなげていくことを期待いたします。
https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2020/1026shoshinhyomei.html
とくに改憲の意欲はなさそうです。

演説の内容に注目できないので、どうしても菅首相のキャラクターに注目がいきます。
アメリカ大統領選のさ中ということもあって、私はトランプ大統領と比べてしまいました。
菅首相とトランプ大統領はなにもかもが正反対です。


トランプ大統領は選挙演説が得意で、聴衆を大いにわかせます。原稿もなしに、たいてい1時間以上しゃべりますし、本人もノリノリで、声も張っています。
菅首相は活舌が悪く、声に張りもありません。
菅首相も選挙演説はよくしますが、聴衆をわかせるような演説はしていないでしょう。

体格も大いに違います。
トランプ大統領の身長は190センチだそうです。
政治家の身長は意外とだいじで、アメリカ大統領選では身長の記録が残るようになって以降、主要な2人の候補のうち、2期目のジミー・カーター大統領以外、つねに背の高いほうが勝っているという説があります。

ちなみにバイデン候補は183センチだそうです。
体格も圧倒的にトランプ大統領のほうがたくましくて、もしトランプ大統領とバイデン候補が殴り合いの喧嘩をしたら、トランプ大統領が圧勝するでしょう(トランプ大統領は口喧嘩も達者です)。
群れをつくるたいていの動物では、喧嘩の強いほうが群れで上位になり、いちばん強い個体が群れのリーダーになります。
人間も基本的な部分は同じです。アメリカの有権者が本能的に行動すればトランプ氏を選ぶことになります。
もっとも、今回のテレビ討論会では、コロナのせいで両候補は離れて立っていたので、体格の違いはそれほど意識されませんでした。その影響がどう出るでしょうか。

菅首相の身長については、公式発表はないようで、ネットでの推測によると165~167センチです。
総裁選で石破氏や岸田氏と並んでも、身長の低さが目立ちました。
討論会では、カンペを見ながらぼそぼそしゃべるという感じで、石破氏と岸田氏が力強く言い切っていたのと対照的でした。


菅氏が首相にまでなれたのは、人事権をうまく使ったからと言われていますが、人事のやり方についてもトランプ大統領とは対照的です。

トランプ大統領の人事はオープンです。
トランプ政権の最初の国務長官だったティラーソン長官の場合、だんだんトランプ大統領との対立が表面化して、ティラーソン長官がトランプ大統領のことを「間抜け」と言ったと報道され、ティラーソン長官がそれを否定しなかったということなどがあって、最後にトランプ大統領は「イランの核開発問題などをめぐる意見の不一致があった」ということを理由に解任しました。
ボルトン補佐官の場合は、アフガニスタンやイランなどの外交政策をめぐって意見が対立し、トランプ大統領はツイッターで「私は昨夜、ジョン・ボルトンに対し、彼の任務はホワイトハウスで必要なくなったと伝えた」と述べて、解任を発表しましたが、ボルトン補佐官はツイッターで「私は昨夜、自ら辞職を申し出た。トランプ大統領は『明日、それについて話し合おう』と言った」と主張し、解任か辞任かでも対立しました。

トランプ大統領の場合、人事の対立も劇場型になります。
おそらく「お前はクビだ!」というところを大衆に見せて、自分のリーダーシップをアピールしたいからでしょう。

菅首相の人事は密室型です。いきなり官僚を左遷すると、周りの人間はその理由を推測し、あのとき菅首相の意見に反対したからだろうということになり、それ以降、官僚は菅首相の気持ちを忖度するばかりで、反対意見など言えなくなるという仕組みです。

学術会議の任命拒否も同じやり方ですが、官僚の人事とは根本的に違うので、内閣支持率を下げてしまいました。
人は得意なことで失敗するという典型です。

もしトランプ大統領が学術会議の任命拒否をやったとしたら、どう言うか考えてみました。
「6人は政府の方針に反対したバカだと聞いている。バカを学術会議に入れろというのか?」
こんなところでしょうか。
むちゃくちゃですが、なにも説明しないよりおもしろいかもしれません。

いや、菅首相は任命拒否について少し説明をしました。
26日、NHKのニュース番組に出演した菅首相は、会員の人選について「一部の大学に偏っていることも客観的に見たら事実だ」と、任命拒否を正当化するようなことを言いました。
前に突然「推薦名簿を見ていない」と言って世の中を驚かせたのと似ています。
世の中から批判されると、つい責任逃れのことを言ってしまうのです。

その点、トランプ大統領は世の中からなにを言われても、即座に反論するか無視するかで、まったく動揺を見せません。大統領就任から4年もたっているのに、いまだに納税記録の公表を拒んで、平気な顔をしています。



私がこの記事を書こうとしたそもそもの狙いは、菅首相とトランプ大統領を比較して、密室で選ばれた菅首相はあまりにもみすぼらしいという決論に持っていくことでした。
しかし、トランプ大統領はけた外れの人間で、比較の対象にするのは間違いでした。
トランプ大統領と比べると、誰でもみすぼらしくなってしまいます。

ですから、石破氏、岸田氏、安倍前首相と比べるべきでした。
誰と比べても、菅首相は体格に劣り、活力がなく、性格の暗さが出て、見映えがしません。

裏方が似合った人間が首相になって大丈夫かと前から思っていましたが、所信表明演説を見て、改めてそう思いました。


(菅首相の所信表明演説はこちらで見られます)

スクリーンショット (30)

朝日新聞が9月3日、4日に実施した世論調査によれば、安倍政権の7年8か月間の評価を聞くと、「大いに」17%、「ある程度」54%を合わせて71%が「評価する」と答え、「評価しない」は、「あまり」19%、「全く」9%を合わせて28%でした。
71%が評価するというのは驚きの高評価です。

どんな政策を評価するかというと、「外交・安全保障」の30%が最も多く、「経済」24%、「社会保障」14%、「憲法改正」は5%でした。
「外交・安全保障」にこれといった成果はなく、これも意外な高い数字です。

こうした数字に反安倍の人はとまどったでしょう。
「安倍を評価するなんて国民はバカだ」と思ったかもしれません。

私も反安倍ですが、そんなふうには思いません。
逆に「国民が正しくて、自分がバカなのかもしれない」と思います。
こういうふうに自分を絶対化せず、地動説的発想のできるのが私の偉いところだと、自画自賛しておきます。


安倍首相を評価する声に、「がんばっている」「一生懸命やっている」というのがあります。
こうした声に「政治は結果だ」と反論するのは容易ですが、ここが考えどころです。

確かに安倍首相はずいぶんとがんばってきました。
私が安倍首相のがんばりで思い出すのは、昨年5月、令和初の国賓としてトランプ大統領を招いて、茂原カントリー俱楽部で二人でゴルフをしたときのことです。
安倍首相はバンカーで手間取り、ようやくボールを出して、先に歩き出したトランプ大統領を追いかけようとして斜面ですっ転んだのです。その瞬間をテレビ東京のカメラがとらえていました。



転んだことをバカにするのではありません。トランプ大統領のご機嫌をとるために必死になって追いつこうとするから転んだので、そのご機嫌とりの姿がみっともないと思いました。

この日の夕方は二人で大相撲の観戦をしました。国技館にトランプ大統領のためにわざわざ特別席を設置しました。私は枡席に椅子を置けばいいではないかと思いましたが、安倍首相はそれではだめだと思ったのでしょう。
トランプ大統領は格闘技好きだということで組まれたスケジュールですが、トランプ大統領はまったくつまらなさそうな顔で大相撲観戦をしていました。人種差別主義者のトランプ大統領には日本の伝統文化など興味がなかったようです。

結局、いくらおもてなしをしても、トランプ大統領がそれによって対日要求を緩和するということはなかったのではないかと思います。

私はトランプ大統領のご機嫌とりをする安倍首相をみっともないと思いましたが、安倍首相が一生懸命やっていたのは事実です。


プーチン大統領に対しても同じようなことがあります。
安倍首相はプーチン大統領のことを何度も「ウラジミール」と呼んで親密さをアピールし、二人そろっての記者会見で「ウラジミール、ゴールまで二人の力で駆けて、駆けて、駆け抜けようではありませんか」と熱く語ったこともありますが、プーチン大統領のほうは安倍首相のことを「シンゾー」とは呼びません。
親密でないのに親密なふりをする安倍首相を、私はみっともないと思いましたが、安倍首相が一生懸命やっていたのも事実です。
親密でないのに親密なふりをするというのは、そうとうな精神力(演技力?)がないとできません。


では、安倍首相が一生懸命やっているのを見て、私は低く評価し、国民の一部は高く評価したのはなぜでしょうか。

いろいろ考えるに、かつて日本は世界第二の経済大国になり、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とか「日米は対等のパートナーシップ」と言われたころのイメージがまだ私の頭の中に残っているのです。
一方、若い人たちは、もの心ついたころにはバブル崩壊後の不況で、就職氷河期があり、経済は長期停滞で、見下していた中国にあれよあれよという間に抜き去られ、最初から“経済小国”の現実が身に染みついているのです。

ですから、私は安倍首相を見て、大国の首相なのにみっともないと思い、若い人は小国の首相なのによくやっていると思うのです。
こう考えると、若い世代に安倍内閣の支持率が高いことが理解できます。


安倍首相がこれまでやってきたのは、分相応の小国外交です。それが国民から支持されました。

安倍首相が習近平主席を国賓として招待することを決めたのは、安倍応援団には評判が悪かったですが、国民はおおむね受け入れていました。小国の日本が大国のアメリカと大国の中国のご機嫌とりをするのは当然のことです。

北方領土返還がほとんど不可能になっても、小国外交なんだからしかたがないという受け止めが多いためか、まったく問題にされません。

ただ、そういう小国外交だけでは国民の不満がたまります。
そこで、安倍政権は慰安婦像や自衛隊哨戒機へのレーザー照射や徴用工などの問題を大きくして、韓国を不満のはけ口にしました。
これは安倍政権の実にうまいやり方です(前は北朝鮮も不満のはけ口にしていましたが、トランプ大統領に言われて日本から無条件の話し合いを求めるようになって、そうはいかなくなりました)。


若い世代に限らず「日本は小国である」という認識はかなり広まっています。
しかし、そのことははっきりとは認めたくないという心理もあります。
そのため、逆に「ニッポンすごいですね」という番組がやたらにつくられます。
また、国力の国際比較もタブー化しています。
安倍政権は、前と比べて雇用者数や有効求人倍率や株価が改善したなどと成果をアピールしましたが、経済成長率の国際比較などはしません。
国際比較をするのは、蓮舫議員の「二位じゃだめなんですか」発言のあったスパコンが世界一になったときぐらいです。
野党も日本の経済成長率の低さをやり玉にあげたりはしません。それをすると「対案を出せ」と言われて、対案がないからです。

最近、財政健全化のこともすっかり言われなくなりました。
借金を返すには稼ぐ力が必要で、日本にそういう力はないと思われているのでしょう。
日米地位協定の改定などは、夢のまた夢です。

大国幻想を振り払ってみれば、安倍首相が小国の首相としてよくやったということがわかりますし、71%の評価も納得がいきます。

なお、安倍首相の辞任表明はいち早く中国でも報道され、SNSでは「お疲れさまでした」「いい首相だった」「尊敬できる政治家だ」など好意的な意見が多かったということです。
小日本にふさわしい首相と見られていたからでしょう。



ただ、小国というのはあくまで経済小国という意味です。
文化大国、平和大国、環境大国、人権大国など、日本が元気になる道はいくらでもあります。
再び経済大国になることも不可能と決まったわけではありません。

安倍政権の小国外交がさらに日本の小国化を推し進めたということもあるのではないでしょうか。

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