村田基の逆転日記

親子関係から国際関係までを把握する統一理論がここに

タグ:パワハラ

28627721_m

兵庫県知事選で斎藤元彦氏が再選されたことには驚きました。
マスコミでは圧倒的に斎藤氏のパワハラや「おねだり」が批判されていたからです。
しかし、ネットにはまったく別の情報が流れていて、とりわけYouTubeの切り抜き動画に影響された人が多かったようです。
これは都知事選の「石丸現象」と同じです。

私はYouTubeは映画や音楽を視聴するときに利用しますが、情報を得るためにはまったく利用しません。動画よりもテキストのほうが“タイパ”がいいからです。
たとえば首相の所信表明演説は、首相官邸ホームページに動画とテキストの両方がアップされていますが、動画を見るより文章を読むほうがはるかに早く、飛ばし読みもできます。
今回の兵庫県知事選では、ネットで情報を得る人がマスコミとマスコミで情報を得る人に敵意と軽蔑を向ける傾向がはなはだしく、私としては不愉快なので、「ネットで真実を知った」という人になにか反論してやろうと思いましたが、相手のことを知らないで批判はできません。
そこで、立花孝志氏の動画を見て真実を知ったという人がいっぱいいるので、立花氏の動画でいちばん重要そうなものを見てみました。



そもそものきっかけとなった元県民局長の内部告発文書は、公開されたものには黒塗りの部分があったのですが、立花氏は黒塗りのない文書を入手したと言います。
その文書は本物かなと疑いましたが、調べるとすでに文書の概略はマスコミが報じていました(たとえば読売新聞の「斎藤元彦兵庫県知事の七つの疑惑とは? パワハラ・手土産・キックバック」)。立花氏がこの動画で述べたことはそれと同じです。
立花氏が入手した文書によって新事実が出てきたのかどうかよくわかりません。

文書の告発内容は七つの項目に分けられ、立花氏はひとつずつ検証していきます。

第一の告発は、読売新聞の記事から引用すると、「片山安孝副知事(当時)が「ひょうご震災記念21世紀研究機構」の五百旗頭真理事長(故人)に、副理事長2人の解任を通告し、理事長の命を縮めた」というものです。
五百旗頭理事長は通告を受けた翌日に亡くなりました。
この解任を決めたのは斎藤知事なので、斎藤知事に責任があると告発したわけです。
しかし、五百旗頭理事長の死因は急性大動脈解離であり、執務中に亡くなったと報じられています。
立花氏は通告されたことと死亡は関係ないと主張しますが、これはもっともなことで、告発文書にむりがあります。

第二項目と第三項目は、公選法違反の事前運動に当たる投票依頼を行ったというものです。
立花氏はこれについては証拠がなく、確認できないと言います。
そして、いきなり「つくり話」だと言いますが、つくり話だという根拠は示しません。
「こういう指摘は証拠をつけないと名誉棄損だ」とも言います。
しかし、この段階では「名誉棄損」とは言えません。せいぜい「名誉棄損の可能性がある」程度です。
なお、告発文書にいちいち証拠を添付する必要はありません。指摘するだけでよく、事実なら調べればわかるはずです。

第四項は「おねだり」です。
高級コーヒーメーカーを受け取ったことについて、立花氏は「全部嘘ですけどね。このおっちゃん(元局長)のつくり話です」と言います。
高級自転車50万円が知事に贈られたことについて、立花氏は「これもありません」と言います。
ゴルフのアイアンセットが贈られていることについても立花氏は「これも完全なデマですね」と言います。
アシックスなどのスポーツウエアをいっぱいもらっていて、「癒着にはあきれる限りだ」と書いてあることについても、立花氏は「これも全部嘘です」と言います。
立花氏は「嘘」「つくり話」「デマ」と断定しますが、根拠はいっさい示しません。

第五項は「政治資金パーティ」です。
「圧力をかけてパーティ券を大量購入させた」と書いてあることについて、立花氏は「これは完全に名誉棄損です。もちろん事実じゃないので」と言います。根拠は示しません。

第六項は「優勝パレード」です。
阪神・オリックスの優勝パレードの費用を信用金庫からキックバックさせたということについては、立花氏は百条委員会の秘密会でキックバックはなかったと証言されているので「デマで名誉棄損だ」と言います。
私はこのことについてはよく知らないので、判断がつきません。

第七項は「パワハラ」です。
立花氏はこれも「嘘」だと言いますが、これは各自で判断してください。


立花氏の主張は要するにこういうことです。

「不確か」「証拠がない」→「嘘」「デマ」「名誉棄損」

こういうでたらめな論理で文書の内容を否定するのです。
嘘やデマだとする根拠はまったく示しません。
私は立花氏が独自に取材した事実が示されるのかと思っていましたが、そういうものはいっさいありません。
「こたつ記事」ならぬ「こたつ動画」です。

立花氏は候補者同士の公開討論会で、元局長の文書を「名誉棄損」だと言い、さらに元局長を「犯罪者」だと言っていました。
立候補者の立場を利用して言いたい放題です。
「犯罪者」だと言えるのは裁判官が判断してからです。

それに立花氏は元局長のパソコンにあったというプライバシーも公開していましたが(ほんとうのことかわかりませんが)、許されないことです。


この動画を見て思ったのは、こんなでたらめなものを信じてしまう人がたくさんいるんだということです。
「ネットで真実」の実態を見た思いです。

ただ、告発文書にもおかしなところはあります。
斎藤知事のパワハラを告発したいなら、そこに焦点を絞るべきですが、この文書は網羅的です。そのため不確かなこともあり(「不確か」と「嘘」は違います)、五百旗頭理事長の死亡のようなこじつけもあります。
それに、最初はマスコミや国会議員などに送られ、公益通報の窓口に提出されたのはあとになってからでした。
そういうことから、斎藤知事ははめられたのだという説が出てきます。
立花氏も「虎ノ門ニュース」での須田慎一郎氏との対談でその説を語っていました。
立花氏の説を要約すると、「斎藤知事は改革を本気でやろうとした人だ。これまで税金でぬくぬくと暮らしていた職員やOB、建設会社などをバッタバッタと切っていった。65歳の定年、天下りの規制もやった。県庁舎の建て替えの見直しもやった。維新は改革を言うけど、あんまりやらない。斎藤知事は身を切る改革をこの3年間、本気でやった。それに対する不満がそうとうたまっていた」ということです。

私は斎藤知事がどの程度改革をやって、どの程度不満がたまっていたのかわかりません。ここは兵庫県政に詳しい地元の記者がちゃんと報道してほしいところです。
今の時点で「斎藤知事ははめられた」と主張するのは根拠がなく、陰謀論になります。
元局長は斎藤知事にパワハラされたことで恨みを持ち、斎藤知事を辞めさせようとしたが、パワハラの告発だけでは弱いと思っていろいろなことを書き加え、マスコミの力も借りようと思ったということも考えられます。
ただ、マスコミは斎藤知事の「おねだり」ばかりをおもしろおかしく報道していましたから、それに対する反発が陰謀論に向かわせているということはあるでしょう。


これまでマスコミは斎藤知事を“悪人”に仕立ててきました。
立花氏は元局長を“悪人”に仕立てて、斎藤知事を“正義”にひっくり返しました。
オセロゲームのようなものです。
ハリウッド映画や「水戸黄門」がその論理です。向こうが悪人ならこちらが正義の人になります。
しかし、現実には悪人も正義の人もいません。暴力団の抗争を見て正義と悪の戦いだと思う人はいないでしょう。関ヶ原の戦いでも同じです。
ヤクザ映画も、昔の高倉健の時代はよいヤクザと悪いヤクザの抗争でしたが、「仁義なき戦い」以降は“全員悪人”になっています。

しかし、人間はどうしてもレッテル張りをして現実を単純化したい。そうすると思考が節約できるからです。
立花氏のような人はそこにつけ込んでくるので、注意しないといけません。
かりに元局長が悪人だとしても、斎藤知事のパワハラがなくなることはありません。


それにしても、立花氏の「不確か」を「嘘」にすり替える論法にだまされる人の多いことに驚きました。
昔、私が2ちゃんねる(現5ちゃんねる)によく書き込んでいたころ、なにか主張するとすぐ「ソース(根拠)は?」と聞かれたものですし、少し論理におかしなところがあるとすぐ突っ込まれたものです。そうした環境から“ディベートの達人”のひろゆき氏のような人が出てきました。
しかし、今のYouTubeでは誰かのご高説を拝聴するという格好になっていて、批判力が失われてきているのかもしれません。

29386443_s

最近、なにかとカスタマーハラスメント(カスハラ)が話題です。

厚生労働省は「職場におけるハラスメント対策」という資料をホームページ上に公開しましたが、その中に「威張りちらす行為」をする人として「社会的地位の高い人、高かった人、定年退職したシニア層などに傾向が見られる」との記述がありました。
そうすると、「これは高齢者差別ではないか」「『社会的地位の高かった人』や『シニア層』などと特定の人たちだけを名指しすることは誤解を招く」「どんな人でもそういうことは起きる」などと抗議がありました。

カスハラをする人に高齢者が多いというのはちゃんと根拠のあることです。
労働組合「UAゼンセン」は流通・小売業・飲食・医療・サービス業などで働く組合員3万3000人を対象にアンケート調査を実施し、こういうことがわかりました。
迷惑行為をしていた客の性別と推定年齢については、2020年調査では「主に40~70代の男性がカスハラをする」と結論づけられていた。今回の調査でも40代以上の客が9割以上を占めたが、特に70代以上の割合が大きく増えた。
〈20年:11.5%(1750人)→24年:19.1%(2955人)〉

「社会的地位が高い」ということについては推測が入っているようですが、年齢については数字で示されています。
ところが、厚労省は抗議されると、カスハラをするのは高齢者が多いという記述を削除しました。

そうすると、それがまた問題になりました。
「その抗議自体がカスハラだ。カスハラ対策を訴える厚労省がカスハラに屈するとはなんのコントだよ」などの声が上がり、専門家もこういう対応はカスハラを助長しかねないと懸念をしました。

カスハラをする人に高齢者が多いというのは顕著な傾向です。
ですから、厚労省がそれを指摘したのは当然ですが、問題は指摘しっぱなしで終わっていることです。「傾向と対策」を論じなければいけません。
中途半端な指摘をするので抗議されたのでしょう。
誰もが感じていることでしょう。

UAゼンセンのカスハラ調査については、注目するべきことがもうひとつありました。

UAゼンセンは、2017年、2018年、2020年に続き、2024年も小売・サービス業で働く組合員を対象に、カスタマーハラスメント(顧客等による過剰な要求や迷惑行為)の実態についてアンケート調査を実施した。
直近2年以内で迷惑行為被害に遭ったと答えた割合は46.8%(1万5508人)で、前回2020年結果での56.7%(1万5256人)から約10ポイント減少した。


カスハラというと、どんどんひどくなって、接客業の従業員がつらい思いをしているというイメージがありますが、実際は減少しているのです。
マスコミはつねに危機感をあおるような報道をするので、誤解してしまいます。
犯罪件数も、2002年をピークに減少を続け、現在は3分の1以下になっていますが、テレビのワイドショーなどはつねに「犯罪は深刻化している」というスタンスで報道していました。

ほかのハラスメントはどうなのかと調べてみると、「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査」にはこう書かれています。
○過去3年間のハラスメント相談件数の推移については、パワハラ、顧客等からの著しい迷惑行為、妊娠・出産・育児休業等ハラスメント、介護休業等ハラスメント、就活等セクハラでは「件数は変わらない」の割合が最も高く、セクハラのみ「減少している」の割合が最も高かった。
○過去3年間のハラスメント該当件数の推移については、顧客等からの著しい迷惑行為については「件数が増加している」の方が「件数は減少している」よりも多いが、それ以外のハラスメントについては、「件数は減少している」のほうが「件数は増加している」より多かった。

やはりハラスメントは全般に減少しているのです。
「顧客等からの著しい迷惑行為」だけは増えていますが、これは要するにカスハラのことでしょう。
この調査は令和2年と古いので、最新のUAゼンセンの調査ではカスハラは減少しています。

ハラスメントが減少してるのはいいことですが、喜んでばかりはいられません。日本人が元気をなくしている現れかもしれないからです。
それから、ハラスメントに対する耐性がなくなってきている可能性もあります。
たとえば、コンビニ店員が客から怒鳴られたとします。昔の人ならそれほど気にしなかったのに、今の若い人は傷ついてしまって、それでカスハラが問題になっているのかもしれません。

今の若い人は打たれ弱いということはよくいわれます。会社で若い部下をちょっと叱ると、すぐ会社を辞めてしまうとか、パワハラだといわれるとか。
昔は学校でも部活でも体罰とかきびしい指導が当たり前で、親もよく体罰をしていましたから、そういうことはありそうです。

かといって、子どものときからきびしく育てるべきだという意見には賛成できません。きびしく育てられた人間がパワハラやカスハラをするようになるからです。
部活で上級生からきびしく指導された1年生は、2年生になると1年生をきびしく指導するようになり、親から体罰を受けた子どもは自分が親になるとたいてい子どもに体罰をするようになります。
カスハラをするのは高齢者が多いというのは、そういう育てられ方をしたからでしょう。

これは戦争までさかのぼることができます。昔の男はみな兵隊になるように育てられ、しかも実際に戦争に行った者が多いので、みな暴力的でした。戦後になっても映画「仁義なき戦い」に近いものがありましたし、私の世代も戦中派の親に育てられたので、暴力的な影響を受けています。
しかし、平和な世の中が長く続いて、若い世代はとりわけ軟弱になり、暴力的な高齢者からパワハラやカスハラを受けているというのが現状です。
ですから、パワハラやカスハラは高齢者世代対若者世代の戦いともいえます。

平和が長く続けば人間が平和的になるのは自然の摂理です。
ただ、そのためにパワハラやカスハラに弱くなるとすれば困ったことです。
しかし、打たれた経験がないから打たれ弱くなるのではありません。
問題は自己評価です。
自己評価が低い人間は、打たれるとめげてしまいます。
自己評価が高い人間は、不当な仕打ちをされたときは反撃しますし、反撃しないときもそんなにめげません。


日本人は他国民に比べて自己評価が低いとされています。

article12_thumb4_sp

しかも、年齢がいくと自己肯定感が低下する傾向があるというデータがあります。

196280
ワコール「10歳キラキラ白書」2018年度版より


なぜそうなるのでしょうか。
単純に考えると、学校でブラック校則や細かい生活指導に縛られ、家庭ではテストの点数が悪い、行儀が悪いなどのダメ出しをされ、社会でも子どもの遊ぶ声がうるさいなどと抑圧された結果ではないかと思われます。
もっとも、ここ数年は自己肯定感が向上する傾向が現れています。「体罰禁止」や「ほめて育てる」などの考え方が奏功しているのでしょうか。

若者は自己評価が低いので、カスハラ、パワハラに弱いといえます。
最近の若者は会社を辞めるとき、退職代行サービスを利用することがあるといいます。とくにブラック企業を辞めるときに利用しているようです。
しかし、ブラック企業であっても、いったん会社を辞めると決心したら、なにを言われても平気なはずです。働いた分の給料はもらわねばなりませんが。
退職代行サービスがはやっているということは、今の若者はよほどパワハラに耐性がないのでしょう。


自己評価の低さは急には改まりません。
では、パワハラ、カスハラにどう対処すればいいかですが、パワハラというのは会社の権力に関わってきてむずかしいので、ここではとりあえず、店員対客といった単純なカスハラについて考えます。
たいせつなのは、まず怒りの感情について知ることです。というのはカスハラはつねに怒りの感情から生じるからです。

怒りの制御のしかたを教えるアンガーマネジメントでは、怒りは動物が縄張りの侵入者を威嚇して戦闘準備状態にあるときの感情と同じで、生体の防御反応だとされます。
怒りは攻撃反応と思われがちですが、実は防御反応なのです。この違いは重要です。
カスハラする人というのは、攻撃されていないのに攻撃されていると勘違いする人です。自分と他人の境界線がずれていて、なんでもないことでも自分が攻撃されたと勘違いするのでしょう。

怒っている人は、そこに自己の生存がかかっていると思って必死なので、まず譲歩するということがありません。
ですから、反論せず、説得せず、時間がたって怒りの感情が収まるのを待つということになります。


カスハラする人と戦う方法もあります。

怒っている人と怒っていない人は対等ではありません。怒っていない人は、怒っている人から物理的に攻撃されるのではないかという恐怖心を持つからです。
しかし、もし相手が手を出せば警察を呼んで相手を暴行罪か傷害罪にすることができ、こちらの勝利となります。
一発殴られる覚悟さえあれば、「相手が手を出せばこちらの勝ち」と思って余裕ができ、怒っている相手と対等になれます。
対等になれば、あとは言葉による戦いです。


モラルハラスメント(モラハラ)という言葉があります。本来はモラルに反するハラスメントという意味で、セクハラやパワハラなどすべてのハラスメントを指す言葉でしたが、今はモラルによって相手を攻撃するハラスメントという意味で使われます。
たとえば夫が妻に対して、「だらしない」「怠けている」「妻としての務めを果たしていない」といったふうに道徳的に非難することがモラハラです。
パワハラやカスハラも、「お前が悪い」「お前は務めを果たしていない」と言って相手を攻撃するので、広い意味ではモラハラです。

道徳には根拠がありません。
最近では、河村たかし名古屋市長が「祖国のために命を捨てるのは高度な道徳的行為だ」と発言し、イスラエルのネタニヤフ首相は「われわれの軍隊はもっとも道徳的な軍隊だ」と言いました。
要するに道徳は言ったもん勝ちです。

カスハラする客は店員に対して「お前は店員としての務めを果たしていない。態度が悪い。私は被害を受けた。責任を取れ」みたいなことを主張します。これに対して弁明したのでは守勢ですから、相手はこたえません。
別角度から相手を攻撃するのが有効です。
「客だからなにをしてもいいわけではない。客にも礼儀が必要だ」「さっきから大声を出されてほかの客が不愉快な思いをしている。営業妨害だ」「あなたに対応しているために仕事ができない」「暴言を吐かれて傷ついた」といった具合です。
モラハラ夫が妻を攻撃するのと同じ要領です。
こうすれば対等の戦いになり、客よりも多くの言葉を使って攻撃すれば勝つことができます。


人間は言葉を武器にして互いに生存闘争をしています。
相手を攻撃するもっとも強力な武器が「道徳」です。
ライバルを蹴落とすとき、取引先に値下げを迫るとき、政治家を非難するときなど、道徳を使うのが効果的です。

道徳の正体を知ると、うまく生きていけます。
パワハラする上司の言い分も基本は道徳なので、言われても気にならなくなります。
道徳をありがたいものだと思っていると、誰か他人の思う壺になってしまうので、注意してください。


こうした道徳のとらえ方については、別ブログの「道徳観のコペルニクス的転回」で説明しています。

4510729_m

自転車に乗った女性が前を歩いていた歩行者にベルを鳴らしたところ、歩行者の男性が激怒し、女性と言い争いになりました。
女性がその様子を動画に撮ってツイッターにアップすると、どちらが悪いかと大論争になりました。

出来事のいきさつを「SNSで論争 中高年男性がブチ切れ!自転車ベル問題 精神科医がトラブル回避策指南」という記事から引用します。

SNSで拡散されている動画の内容はこうだ。女性が自転車で2歳の子供を病院に連れていく路上で、注意喚起のため歩行者の中高年とみられる男性にベルを鳴らした。すると、男性は自転車を止めさせ、「通りますって言えばいいじゃん。声出して! 違うんか、おいー」と怒鳴り、自転車のカゴにつかみかかり、子供が号泣してしまったのだ。
 女性は「通りますよってことで(ベルを1度)鳴らしただけじゃないですか」と言い、男性はさらに激怒。女性は「(子供が)泣いちゃったじゃないですか」と言い返し、男性は「警察呼べよ」と大声で叫ぶなど修羅場となっていた。

 この動画にツイッターユーザーは「ベルを鳴らすのはよくない」「男性の顔をさらすのはよくない」「子供を守るなら、受け流して去った方がいい」などの意見もある。

ツイッターの動画は削除されていますが、YouTubeにアップされたものはあります。



男性は自転車のカゴをつかんで動けないようにして、女性をどなりつけています。
それに対して女性は「恫喝ですか。脅しですよね」「どうしてくれるんですか。(子どもが)泣いちゃったじゃないですか」と激しく言い返しています。


まずひとついえるのは、歩行者に対してベルを鳴らしてはいけないということです。道路交通法第54条の「警音器の使用」にも、そのような鳴らし方は認められていません。

自転車と歩行者では歩行者優先ですから、歩行者が自転車の通行の妨げになっても、自転車は歩行者のあとをついていき、機会を見て追い越すしかありません。
「すみません」と歩行者に声をかけて追い越せばいいという意見もありますが、これも歩行者優先に反するので、好ましくありません。

ということで、ベルを鳴らした女性が悪いということがいえます。
しかし、鳴らされた男性の態度もよくありません。自転車のカゴをつかんで動けないようにして怒鳴るのは、かなり悪質です。普通の女性なら恐怖で身がすくむでしょう。

そういうことから、「どちらも悪い」ということもいえますが、双方の悪さはレベルが違います。

ベルを鳴らしたことが原因だから「女性のほうが悪い」という意見もありますが、歩行者にベルを鳴らしたのは交通ルールや交通マナーを知らないからです。そこに悪意はありません(30年ぐらい前は自転車がベルを鳴らしながら歩行者を押しのけて走るのは普通の光景でした)。
一方、男性が怒鳴るのは、女性を傷つけてやろうという悪意があります。
男性は女性の交通ルール違反をとがめるという「正義」を名目にしているので、これはモラハラということになります。
もしこの男性が会社の上司で、その立場を利用していればパワハラということになります。
こういうモラハラ男、パワハラ男が自分の家庭や会社にいればどうかと考えてみればわかります。


モラハラ、パワハラというのは、強者と弱者の関係で成立します。
弱者は抵抗できません。
しかし、この女性は腕力では勝てないので、モラハラの証拠を撮って、SNSに上げるという手段に出ました。
弱者の対抗手段としては、これしかないというやり方です。
会社でパワハラにあったときも、弱者はその場では反撃できませんから、会話を録音するなどして証拠を残しておくことがたいせつです。
モラハラ、パワハラを退治するには、客観的な証拠を公にさらすというやり方いちばんです。
男性の顔をさらしたのはよくないという声がありますが、男性は正義の主張をしているつもりですから、顔をさらされても文句はないはずです。


ところが、モラハラの客観的な証拠があるにも関わらず、女性のほうに非難が集中しました。
これは日本ならではの現象というしかありません。

世界経済フォーラムが発表した2023年版のジェンダーギャップ指数において、日本は146カ国中125位でした。
ジェンダーギャップ後進国の日本では、男性が女性にモラハラをするというのは日常ですが、「女性が男性に反撃する」というのはめったにないことです。
このような反撃が次々に起こると男性優位が崩れますから、男性は集中的にこの女性を攻撃して反撃の芽をつんだわけです。
その結果、女性はツイッターのアカウントを消して“逃亡”しました。

もしこの女性が弱くて、怒鳴られて泣き出していたら、女性に同情が集まり、男性に非難が集中するという展開がありえたでしょう。
しかし、それでは世の中は変わりません。
男性と対等にやり合う女性が世の中を変えるのです。


交通ルールを知らなくてベルを鳴らしたことと、自転車を動けなくして女性を大声でどなり続けるモラハラ行為と、どちらが悪いかは明白です。

中には女性に対して「子どもに危害が及ぶかもしれないから、こういう場合は早く謝って逃げたほうがいい」と助言する人もいますが、これは女性に痴漢対策を助言するのと同じです。
こうした助言では痴漢もモラハラ男も野放しです。
モラハラ男とは戦わねばなりません。

女性がSNSにモラハラの証拠動画を上げたのに、女性が負けてモラハラ男が勝ったのでは「石が流れて木の葉が沈む」と同じです。
これが前例になってはいけません。

モラハラ、パワハラを退治するために、証拠の動画や音声をSNSに上げるというやり方がどんどん行われるべきです。

このページのトップヘ