
兵庫県知事選で斎藤元彦氏が再選されたことには驚きました。
マスコミでは圧倒的に斎藤氏のパワハラや「おねだり」が批判されていたからです。
しかし、ネットにはまったく別の情報が流れていて、とりわけYouTubeの切り抜き動画に影響された人が多かったようです。
これは都知事選の「石丸現象」と同じです。
私はYouTubeは映画や音楽を視聴するときに利用しますが、情報を得るためにはまったく利用しません。動画よりもテキストのほうが“タイパ”がいいからです。
たとえば首相の所信表明演説は、首相官邸ホームページに動画とテキストの両方がアップされていますが、動画を見るより文章を読むほうがはるかに早く、飛ばし読みもできます。
今回の兵庫県知事選では、ネットで情報を得る人がマスコミとマスコミで情報を得る人に敵意と軽蔑を向ける傾向がはなはだしく、私としては不愉快なので、「ネットで真実を知った」という人になにか反論してやろうと思いましたが、相手のことを知らないで批判はできません。
そこで、立花孝志氏の動画を見て真実を知ったという人がいっぱいいるので、立花氏の動画でいちばん重要そうなものを見てみました。
そもそものきっかけとなった元県民局長の内部告発文書は、公開されたものには黒塗りの部分があったのですが、立花氏は黒塗りのない文書を入手したと言います。
その文書は本物かなと疑いましたが、調べるとすでに文書の概略はマスコミが報じていました(たとえば読売新聞の「斎藤元彦兵庫県知事の七つの疑惑とは? パワハラ・手土産・キックバック」)。立花氏がこの動画で述べたことはそれと同じです。
立花氏が入手した文書によって新事実が出てきたのかどうかよくわかりません。
文書の告発内容は七つの項目に分けられ、立花氏はひとつずつ検証していきます。
第一の告発は、読売新聞の記事から引用すると、「片山安孝副知事(当時)が「ひょうご震災記念21世紀研究機構」の五百旗頭真理事長(故人)に、副理事長2人の解任を通告し、理事長の命を縮めた」というものです。
五百旗頭理事長は通告を受けた翌日に亡くなりました。
この解任を決めたのは斎藤知事なので、斎藤知事に責任があると告発したわけです。
しかし、五百旗頭理事長の死因は急性大動脈解離であり、執務中に亡くなったと報じられています。
立花氏は通告されたことと死亡は関係ないと主張しますが、これはもっともなことで、告発文書にむりがあります。
第二項目と第三項目は、公選法違反の事前運動に当たる投票依頼を行ったというものです。
立花氏はこれについては証拠がなく、確認できないと言います。
そして、いきなり「つくり話」だと言いますが、つくり話だという根拠は示しません。
「こういう指摘は証拠をつけないと名誉棄損だ」とも言います。
しかし、この段階では「名誉棄損」とは言えません。せいぜい「名誉棄損の可能性がある」程度です。
なお、告発文書にいちいち証拠を添付する必要はありません。指摘するだけでよく、事実なら調べればわかるはずです。
第四項は「おねだり」です。
高級コーヒーメーカーを受け取ったことについて、立花氏は「全部嘘ですけどね。このおっちゃん(元局長)のつくり話です」と言います。
高級自転車50万円が知事に贈られたことについて、立花氏は「これもありません」と言います。
ゴルフのアイアンセットが贈られていることについても立花氏は「これも完全なデマですね」と言います。
アシックスなどのスポーツウエアをいっぱいもらっていて、「癒着にはあきれる限りだ」と書いてあることについても、立花氏は「これも全部嘘です」と言います。
立花氏は「嘘」「つくり話」「デマ」と断定しますが、根拠はいっさい示しません。
第五項は「政治資金パーティ」です。
「圧力をかけてパーティ券を大量購入させた」と書いてあることについて、立花氏は「これは完全に名誉棄損です。もちろん事実じゃないので」と言います。根拠は示しません。
第六項は「優勝パレード」です。
阪神・オリックスの優勝パレードの費用を信用金庫からキックバックさせたということについては、立花氏は百条委員会の秘密会でキックバックはなかったと証言されているので「デマで名誉棄損だ」と言います。
私はこのことについてはよく知らないので、判断がつきません。
第七項は「パワハラ」です。
立花氏はこれも「嘘」だと言いますが、これは各自で判断してください。
立花氏の主張は要するにこういうことです。
「不確か」「証拠がない」→「嘘」「デマ」「名誉棄損」
こういうでたらめな論理で文書の内容を否定するのです。
嘘やデマだとする根拠はまったく示しません。
私は立花氏が独自に取材した事実が示されるのかと思っていましたが、そういうものはいっさいありません。
「こたつ記事」ならぬ「こたつ動画」です。
立花氏は候補者同士の公開討論会で、元局長の文書を「名誉棄損」だと言い、さらに元局長を「犯罪者」だと言っていました。
立候補者の立場を利用して言いたい放題です。
「犯罪者」だと言えるのは裁判官が判断してからです。
それに立花氏は元局長のパソコンにあったというプライバシーも公開していましたが(ほんとうのことかわかりませんが)、許されないことです。
この動画を見て思ったのは、こんなでたらめなものを信じてしまう人がたくさんいるんだということです。
「ネットで真実」の実態を見た思いです。
ただ、告発文書にもおかしなところはあります。
斎藤知事のパワハラを告発したいなら、そこに焦点を絞るべきですが、この文書は網羅的です。そのため不確かなこともあり(「不確か」と「嘘」は違います)、五百旗頭理事長の死亡のようなこじつけもあります。
それに、最初はマスコミや国会議員などに送られ、公益通報の窓口に提出されたのはあとになってからでした。
そういうことから、斎藤知事ははめられたのだという説が出てきます。
立花氏も「虎ノ門ニュース」での須田慎一郎氏との対談でその説を語っていました。
立花氏の説を要約すると、「斎藤知事は改革を本気でやろうとした人だ。これまで税金でぬくぬくと暮らしていた職員やOB、建設会社などをバッタバッタと切っていった。65歳の定年、天下りの規制もやった。県庁舎の建て替えの見直しもやった。維新は改革を言うけど、あんまりやらない。斎藤知事は身を切る改革をこの3年間、本気でやった。それに対する不満がそうとうたまっていた」ということです。
私は斎藤知事がどの程度改革をやって、どの程度不満がたまっていたのかわかりません。ここは兵庫県政に詳しい地元の記者がちゃんと報道してほしいところです。
今の時点で「斎藤知事ははめられた」と主張するのは根拠がなく、陰謀論になります。
元局長は斎藤知事にパワハラされたことで恨みを持ち、斎藤知事を辞めさせようとしたが、パワハラの告発だけでは弱いと思っていろいろなことを書き加え、マスコミの力も借りようと思ったということも考えられます。
ただ、マスコミは斎藤知事の「おねだり」ばかりをおもしろおかしく報道していましたから、それに対する反発が陰謀論に向かわせているということはあるでしょう。
これまでマスコミは斎藤知事を“悪人”に仕立ててきました。
立花氏は元局長を“悪人”に仕立てて、斎藤知事を“正義”にひっくり返しました。
オセロゲームのようなものです。
ハリウッド映画や「水戸黄門」がその論理です。向こうが悪人ならこちらが正義の人になります。
しかし、現実には悪人も正義の人もいません。暴力団の抗争を見て正義と悪の戦いだと思う人はいないでしょう。関ヶ原の戦いでも同じです。
ヤクザ映画も、昔の高倉健の時代はよいヤクザと悪いヤクザの抗争でしたが、「仁義なき戦い」以降は“全員悪人”になっています。
しかし、人間はどうしてもレッテル張りをして現実を単純化したい。そうすると思考が節約できるからです。
立花氏のような人はそこにつけ込んでくるので、注意しないといけません。
かりに元局長が悪人だとしても、斎藤知事のパワハラがなくなることはありません。
それにしても、立花氏の「不確か」を「嘘」にすり替える論法にだまされる人の多いことに驚きました。
昔、私が2ちゃんねる(現5ちゃんねる)によく書き込んでいたころ、なにか主張するとすぐ「ソース(根拠)は?」と聞かれたものですし、少し論理におかしなところがあるとすぐ突っ込まれたものです。そうした環境から“ディベートの達人”のひろゆき氏のような人が出てきました。
しかし、今のYouTubeでは誰かのご高説を拝聴するという格好になっていて、批判力が失われてきているのかもしれません。