
11月4日に行われたニューヨーク市長選でゾーラン・マムダニ氏が当選しました。
マムダニ氏は34歳、インド系、イスラム教徒で、民主社会主義者です。
マムダニ氏は家賃の値上げ凍結、保育や市営バスの無料化、富裕層への増税を公約に掲げていました。かなり社会主義的な政策です。
トランプ大統領の支持率は下がり続けていますが、民主党の支持率は上がりません。そうした中で現れたマムダニ氏は民主党の希望の星になれるでしょうか。
ラストベルトの白人労働者の不満をトランプ大統領はすくいあげたが、民主党はポリコレやDEIばかり言っていて、中間層の不満に向き合わなかったということがいわれました。民主党は労働者の党ではなくインテリと富裕層の党になったともいわれました。
では、トランプ大統領が労働者の不満に応えたかというと、そんなことはありません。
トランプ氏の政策によって労働者の給料が上がったということはなく、逆に物価高によって生活は苦しくなっています。
トランプ大統領のやったのは富裕層への減税です。格差は拡大しました。
トマ・ピケティが『21世紀の資本』で明らかにしたように、資本主義社会では資産家の収入の増加率は労働者の収入の増加率を上回るので、貧富の差はどこまでも拡大します。
とりわけアメリカの格差社会の進展はすさまじいものがあります。
上位1%の富裕層の所得シェアは、1980年では10.0%でしたが、2008年には21%にまで増加しました。
上位1%の富裕層がアメリカ国内40%以上の金融資産を持っています。 下位50%のアメリカ人が持つ総資産が全体に占める割合はたったの2.5%です。
つい先日も、テスラの株主総会はイーロン・マスク氏への1兆ドル(約150兆円)の報酬を承認したというニュースがありました。
マスク氏は確かに優秀な経営者ですが、能力と報酬が見合っていません。その報酬のほとんどは従業員と取引先に分け与えられるべきものです。
労働者の不満を解消するには、「格差の解消」や「所得の再分配」が必要です。
しかし、アメリカでは、とくに保守的な人々にとっては、そういう主張は社会主義的で受け入れられないのでしょう。
ただし、今年8月に行われたギャラップ社の世論調査によると、資本主義を好意的に捉えているとの回答は全体の54%にとどまり、2021年の60%から低下し、調査が始まった10年以降で最も低い数字となりました。
一方、社会主義への支持は全体で39%とほぼ横ばいでしたが、民主党支持者では3分の2が社会主義に好意的な見方を示し、10年の半数から大きく増加しました。
冷戦後に成人した世代は、年配者ほど社会主義に対する否定的なイメージを持っていないということです。
それがマムダニ氏当選の下地になったわけです。
マムダニ市長のニューヨーク市政が成功すれば、民主党も共和党も格差問題に向き合うことになるでしょう。
マムダニ市政の動向に注目です。
アメリカの民主党ではもう一人の新星が現れました。
11月7日付朝日新聞の『「赤い州」反トランプの新星』という記事が、テキサス州議会の下院議員で来年の中間選挙の上院選に立候補を表明しているジェームズ・タラリコ氏を紹介していました。
タラリコ氏は36歳の白人、元中学教師、祖父はバプテスト派牧師で、みずからも最近まで神学校に通っていました。リベラル派には珍しく、キリスト教的観点から保守派を批判しています。
たとえば演説はこういった調子です。
「人々は『別の種類』の政治を渇望している。憎しみでも、恐怖でも、分断でもなく、愛の政治を。それは州への愛、国への愛、そして壊れた米国を癒す相互愛だ」
タラリコ氏が中間選挙への立候補を表明すると、3週間で600万ドル(約9億2000万円)を越える献金を集めました。「白人版バラク・オバマ」などといわれています。
当のオバマ氏もタラリコ氏のことを「彼はすばらしい。ほんとうに才能ある若者だ」と称賛しました。
これまで共和党を支持してきた小学校教師(37歳)は、保守派について「彼らは物事に悲観的で憎しみに満ちている」と感じ、「タラリコ氏は隣人を愛し、助け合うキリスト教の本質を掘り下げている」と語りました。
キリスト教は愛の宗教です。「汝の敵を愛せよ」とか「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい」という言葉がその本質を表現しています。
しかし、昨今「汝の敵を愛せよ」という言葉はまったく聞かれません。
福音派を初めとするキリスト教勢力は、きわめて攻撃的で憎しみに満ちたトランプ氏を支持しています。
つまりキリスト教は愛の宗教であることをやめて、別のものに変質しているのかもしれません。
そういう意味でタラリコ氏の訴えはキリスト教の王道です。分断が深刻化するアメリカで王道の訴えが人々の心に響くようになったのでしょうか。
タラリコ氏がどういう政策を訴えているのかよくわかりませんが、愛の政治をするなら、貧困層への福祉を重視し、格差社会も問題にするでしょう。
つまりマムダニ氏の社会主義的政策と似たものになるはずです。
両者の政治が合体すると、社会主義と愛の結合体になります。
これは新しい可能性ではないでしょうか。
最近、斎藤幸平氏の著作の影響もあって、マルクス主義が見直されているようです(マルクス主義の見直しは世界的だそうです)。
斎藤氏はソ連型の国有化でない社会主義として「コモン」という概念を提示します。コモンというのは、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として市民が共同で管理することを目指すものです。もともとマルクスも労働者の相互扶助として「アソシエーション」という言葉を使っていて、アソシエーションがコモンを実現するというわけです。
もうひとつわかりにくい感じもしますが、コモンには市場原理や競争原理がなく、相互扶助があるとすると、これを「愛」の原理といってもいいのではないでしょうか。
競争社会にうんざりしている人にとっては、社会主義と愛の結合体は魅力的です。
もっとも、なかなかそううまくはいかないでしょう。
富裕層はマムダニ市長の社会主義的な政策を全力でつぶしにかかります。これがアリの一穴になってはたいへんだからです。
貧困層が富裕層に打ち勝つのはきわめて困難です。力がまったく違うからです。
日本では、格差問題を正面から取り上げているのはれいわ新選組と共産党ぐらいです。
立憲民主党も「富裕層への増税」を言っていないわけではありませんが、あまり強くは主張していません。マスコミの経営陣は富裕層ですから、あまり強く主張するとつぶされるからです。
民主社会主義者のバーニー・サンダース上院議員は、若者に人気で、大統領選の民主党予備選に二度立候補しましたが、どちらも敗れました。マムダニ市長は85歳のサンダース議員の後継者と目されていますが、果たしてサンダース議員を越えることができるでしょうか。
タラリコ氏も前途は多難です。
テキサス州は共和党の強いところですから、タラリコ氏が上院議員選に出馬しても当選はむずかしいと目されています。中央政界にデビューできないかもしれません。
それに、政治の世界では「愛」という言葉は嫌われます。というか、バカにされます(「愛国心」は他国への敵意を前提に国内の結束を固めるためのものですから、愛とはいえません)。
政治は権力を巡る戦いですから、愛のある人は戦いに不利です。
平和主義者と戦争主義者(好戦主義者)が戦えば戦争主義者が勝ちます。
他国への敵意をあおり、勇ましいことを言う政治家は、平和を説く政治家よりも国民の支持を得ます。
そうして人類は戦争を繰り返してきました。
その挙句、ヒトラーが登場し、今またトランプが登場しました。
人類も少しは反省して、憎しみと攻撃の政治家ではなく愛と平和の政治家を選ぶべきと思うようになってもおかしくありません。
資本主義は競争原理なので、人々は互いに争うことにうんざりしています。また、なにも手当をしないとどこまでも格差は拡大していきます。
「社会主義と愛」がリベラルの生きる道です。

