農水省元事務次官の熊沢英昭容疑者が長男の熊沢英一郎を殺害した事件について、殺人を擁護する声が広がっています。
橋下徹氏がツイートで「自分の子供を殺めるのにどれだけ苦悩しただろうか」「僕は熊沢氏を責められない」などと擁護したことは前に書きましたが、「リテラ」の記事によると、ほかにもいっぱいいるそうです。
農水省元事務次官の「子ども殺害」正当化は橋下徹だけじゃない!竹田恒泰、坂上忍、ヒロミも…「子は親の所有物」の価値観
元事務次官という“上級国民”なので、殺人も許されるという理屈でしょうか。
もちろん背景には川崎市20人殺傷事件の連想があると思われます。
しかし、川崎市殺傷事件の犯人の岩崎隆一(51歳)と、元事務次官の父親に殺害された熊沢英一郎氏(44歳)には、なんのつながりもありません。
「引きこもり」というキーワードでつながっているようですが、引きこもりの人はいっぱいいます。
しかも、熊沢英一郎氏は「引きこもり」といえるかどうか疑問です。
文春オンラインの次の記事が熊沢家のことを割と詳しく書いています。
元農水次官を追い詰めた 長男の「真っ先に愚母を殺す」【全文公開】
この記事から一部を引用します。
事件前の約10年間、英一郎氏は実家ではなく、都内の別の場所で一人暮らしを続けていたが、ゴミ出しなどを巡り、近隣住民とトラブルが絶えなかった。昨年5月には〈323,729円 これが今月の私のクレカの支払額だ。君達の両親が必死で働いて稼ぐ給料より多いんだよ〉とツイッターに書き込んでいるが、こうしたゲーム代や生活費もすべて親持ちだった。英昭はしばしば息子の様子を見に行っていたようだ。
コミックマーケットを通じ、10年間にわたって交流があったという男性が打ち明ける。
「私は04~05年頃、同人誌を作っていたのですが、英一郎氏にコミックマーケットで作品を購入してもらったことがきっかけで彼と知り合った。その後、都内で開催された同人誌の即売会で会うたびに談笑するといった交流を続けてきました。当時、彼は『(アニメなどの)専門学校を中退した』と話していた。また、一時期パン職人をやっていたそうで、彼が作ったというシュトーレン(ドイツ発祥の菓子パン)をもらったこともあります。女性関係については『かつては彼女がいた。今はいないが童貞ではない』と。彼は好きなものには妄信的で、そうでないものは蛇蝎(だかつ)の如く嫌う性格。特に母親への憎悪は根深いと感じました」
次官まで務めた父親は自慢の種だったようだ。
「12年頃のある日、彼がコミケに年配の男を連れてきたことがあった。彼はその人を指して『父です』と紹介してきました」(同前)
約10年間、実家を出て一人暮らしをしていて、コミケで出会った人と交流もしているので、「引きこもり」の定義にはまったく当てはまりません。
「アニメ・ゲームおたくのニート」というところです。父親は天下りしてたっぷりと資産を持っているので、両親が死んでからも一生ニートを続けることができたでしょう。
川崎事件の岩崎隆一は、親代わりの伯父夫婦が高齢化して介護が現実問題になり、将来を悲観して事件を起こしたと想像されますが、英一郎氏がそうした事件を起こす理由はありません。
英一郎氏は英昭容疑者に「家に戻りたい」と電話して、事件の10日ほど前から実家に戻っていました。
そして、英一郎氏は両親に暴力をふるいました。警察は英昭容疑者と妻の体にアザがあると認めているので、家庭内暴力は確かなようです。
事件の6日前にも暴力があって、英昭容疑者は妻に「今度暴力を受けた時は危害を加える」とほのめかしていたということです(これは川崎事件の前のことです)。
英一郎氏が中学2年生のころから家庭内暴力は始まっていたという報道があります。それなのになぜ英昭容疑者は家に戻ることを認めたのでしょうか。
コミックマーケットに親子でいっしょに行くというのもあまり聞かない話ですし、かなりの金銭的援助もしていました。
父親が子どもの自立を妨げていた面もあると思われます。
そして、川崎事件の4日後、英昭容疑者は凶行に及びます。
その日、家の隣の小学校で運動会が行われていて、英一郎氏が「運動会の音がうるせえ。子供らをぶっ殺すぞ!」と叫んだそうです。
「川崎の事件が頭をよぎり、周囲に迷惑が掛かると思った。怒りの矛先が子どもに向いてはいけない」と英昭容疑者は犯行の動機を説明しているということです。
英昭容疑者は包丁で英一郎氏を刺し殺し、その傷は数十か所もありました。
英一郎氏が「子供らをぶっ殺すぞ!」と叫んだというのは英昭容疑者の供述で、実際に叫んだかどうかわかりません。
実際に叫んだとしても、そのことから川崎事件のようなことが実際に起きると考えるのは飛躍のしすぎです。
実際のところは、英昭容疑者は前から殺意を固めていて、そこにちょうど川崎事件が起きたので、殺害を正当化する理由に使ったのではないでしょうか。
ところが、ネットには「容疑者は長男の凶行を防ぎ、罪のない小学生を守った」「親としての責任を果たして立派」などの声があり、テレビのコメンテーターなども容疑者を擁護しています。
なぜ殺人事件の犯人を擁護する人がいるのでしょうか。
これは「引きこもり」の問題とされていますが、実際は「家庭内暴力」の問題です。
家庭内暴力の子どもを親が殺したという事件です。
親が子どもに体罰をするのは肯定して、子どもが親に暴力をふるうのは異様に嫌う人がいます。権力者体質、パワハラ体質の人です。熊沢容疑者を擁護しているのはそういう人ばかりです。
子どもが親に反抗したら殺してもいい――これは幼児虐待をする親の論理でもあります。
親の言うことを聞かない子どもをそのままにすると、子どもはモンスターになるので、徹底的にしつけしなければならないと思ってやっているうちに子どもが死んでしまう。そのときになっても反省せず、「しつけのためにやった」と言って、自分を正当化する。これが幼児虐待をする親の典型です。
そもそも子どもが家庭内暴力をふるうようになるのは、親の育て方に問題があるからです。
熊沢容疑者は高級官僚という仕事柄、おそらく家庭のことはほとんど顧みなかったでしょう。父親不在の家庭で母親が子どもの教育を生きがいにするのはありがちなことです。
文春の記事にもこう書かれています。
「とにかく奥さんが教育熱心だった。官舎中で『熊沢氏の奥さんは教育ママだ』と話題になるくらいだった」(当時を知る元官僚)
勉強や習いごとを過剰にさせられ、進路も一方的に決められる。体罰があったかどうかはわかりませんが、過干渉の幼児期をすごし、中学生になって体力がつくと暴力をふるいだしたということでしょう。
そのときに親が専門家に相談するなどして養育態度を反省すればよかったのですが、自分の体面を保つことを優先させ、問題を隠しました。周りにはいつもにこやかで愛想のいい夫婦と見られていたようです。
この事件は基本的に、親が子どもを殺した幼児虐待事件です。
幼児虐待を、子どもが中年になってから完了させただけです。