
回転寿司のスシローで少年が食べ物や湯飲みなどに唾をつける動画に批判が集中すると、似たような動画が次々と“発掘”されました。
はま寿司や吉野家では、共用のガリを客が自分の箸で食べる動画が、「いきなり!ステーキ」ではソースの容器を直接口にくわえて吸う動画が、東京のもんじゃ店「おかめひょっとこ」では、口に含んだ水を鉄板の上に吐き出すという動画がそれぞれ拡散しました。
私は前回の「“客テロ”騒動を分析する」という記事で、迷惑行為をする客よりも、その動画を拡散させて批判する人間のほうがもっと悪いということを書きました。
迷惑行為自体の影響はごく小さいものですが、動画が拡散することで飲食店は大損害をこうむっているので、どちらが悪いかは明白でしょう。
迷惑行為をしているのはただの一般人です。政治家や大企業を非難するなら世の中がよくなるかもしれませんが、ほんの数人の一般人を非難しても世の中はよくなりません。
プロレスラーの木村花さんがネット上の誹謗中傷で自殺するという事件がありましたが、一般人への“ネットリンチ”はそれに近いものがあります。
今後、「個人の小さな行為を大勢で激しく非難する」ということを規制したほうがいいかもしれません。
それにしても、飲食店での迷惑行為への非難があまりにもひどいので、非難する人の心理はどうなっているのかを考えてみました。
ひとつ思ったのは、これは日本社会の子ども嫌い、若者嫌いの表れだということです。
最近の日本人が子ども嫌いなのは否定しようのない事実です。
公共の場で赤ん坊が泣いていると、その母親は周囲から冷たい視線にさらされますし、ベビーカーで電車に乗っても迷惑がられます。
幼稚園や保育園が子どもの声がうるさいということで迷惑施設扱いをされますし、公園が閉鎖されるということもありました。
それから、成人式で若者が奇抜な服装をして暴れると必ずニュースになり(マスコミも狙っています)、当然のように非難されます。
渋谷でハロウィンやワールドカップのときに若者が騒ぐのも非難され、最近はかなり行動が規制されるようになりました。
コンビニの前で若者数人がたむろしているだけで非難されることもあります。
昔はそんなことはありませんでした。
赤ん坊が泣くのは当たり前ですし、若者がバカなことをしてもある程度は大目に見るものでした。
しかし、酒鬼薔薇事件をきっかけにして2000年に少年法が改正され、少年にも成人と同様の罰を与えるべきだという考えがほとんど国民的合意になりました。
飲食店で迷惑行為をするのはほとんどが若い男です(“バイトテロ”もほとんどが若い男でした)。
ですから、迷惑行為をする者を非難すると結果的に若者を非難することになり、世代間の溝を深めます。
“おやじ狩り”という言葉がありますが、これはネット上の“若者狩り”です。
それから、不潔に対する嫌悪感が異常であると感じます。
少年が湯飲みや醤油容器をなめたスシローの店舗では、すべての湯飲みを洗浄し、すべての醤油容器を入れ替えたそうです。動画に映っている場面では、少年は一個の湯飲みと一個の醤油容器をなめただけなのですが。
共用のガリを直箸で食べる動画が拡散した吉野家では、ネット記事によると「2月5日に該当店舗を一時閉店。紅しょうがの廃棄・交換、カウンターに常設している什器・調味料入れを含む備品の消毒・洗浄を実施した」ということです。
一個のガリ容器だけの問題なのですから、一時閉店もすべての備品の消毒・洗浄も過剰反応です。
口に含んだ水を鉄板の上に吐き出す動画が拡散したもんじゃ店「おかめひょっとこ」では、ネット記事によると、店のオーナーが「今回の騒動を受けて、店舗の鉄板をすべて取り替えることに決めました。(中略)これから来店されるお客様に気持ちよく利用して頂くためにも必要な対応だと思っています」と語りました。なお、鉄板は特注品のため数百万円かかるそうです。
鉄板は洗えばすむことですし、加熱すれば消毒もできます。まったく非合理的な対応です。
店のオーナーもそのことはわかっているはずですが、国民感情を考えての判断なのでしょう。
つまり国民感情は極端に清潔を求める方向に行っています。
清潔を求めるのは感染症を防ぐためにも必要なことですが、手をきれいにしようとして何時間も手を洗い続けるとなると、これは潔癖症です。潔癖症は心ないし脳の病気です。
日本人全体が潔癖症になってきているようです。
アレルギーの患者が年々増え続けています。この原因としては、花粉や化学物質などアレルゲンが増えているということもあるようですが、子どものアトピー性皮膚炎についてはいくつか原因がわかっています。
イギリスで一時、幼児にピーナツバターアレルギーが発症するということがありました。調べると、皮膚に塗るベビーオイルにピーナツオイルが含まれていたのです。
国内でも石鹸に小麦のたんぱく質が含まれたものがあり、それが原因で小麦たんぱく質の食品を食べた子どもにアナフィラキシーショックが起きるということがありました。
皮膚にはバリアー機能がありますが、バリアーが破られると細胞に直接異物が侵入します。そうすると免疫システムはその異物に反応してアレルギーが起きるというわけです。
ですから、清潔にしようと体をごしごし洗っていると、アレルギーになりやすいのです。
「NHK特集」は2008年に次のような内容を放送しました。
モンゴル人にはほとんどアレルギーがないということですから、それも証拠になるでしょう。病の起源 第6集 アレルギー ~2億年目の免疫異変~花粉症・ぜんそくなどのアレルギー。20世紀後半、先進国で激増。花粉症だけで3800万人もの日本人が患う病となった。急増の原因は花粉・ダニの増加、大気汚染と考えられてきたが、意外な原因があることがわかってきた。南ドイツで、農家と非農家の子供の家のホコリを集め、「エンドトキシン」と呼ばれる細菌成分の量を調べたところ、それが多い農家の子ほど花粉症とぜんそくを発症していなかった。エンドトキシンは乳幼児期に曝露が少ないと、免疫システムが成熟できず、アレルギー体質になる。農家のエンドトキシンの最大の発生源は家畜の糞。糞に触れることのない清潔な社会がアレルギーを生んだとも言える。https://www.nhk.or.jp/special/detail/20081123.html
つまり清潔な環境は感染症を防ぐには効果がありますが、アレルギーには逆効果なのです。
無菌状態だと細菌に対する免疫もできませんから、過度に清潔な環境は感染症に対する抵抗力も弱めるかもしれません。
それから、「他人の唾」に対する嫌悪感は本能的なものですが、普通は恋愛状態になるとこの嫌悪感は消えてしまって、キスもセックスもできるようになります。親も赤ん坊の排せつ物にほとんど嫌悪は感じません。だからこそ人類は存続してきたわけです。
しかし、潔癖症の人は恋愛するのが人よりも困難です。
日本の少子化の原因のひとつに、世の中の過度な清潔志向もあるかもしれません。
なんでも清潔であればいいわけではなく、ある程度「不潔」を受け入れることがたいせつです。
それと同様、「バカなことをする若者」もある程度受け入れることがたいせつです。
社会の枠からはみ出たものをバリのように削り取ってきれいにしても、やがてまたはみ出てきますから、どんどん削り取っていくと、社会がどんどんやせ細っていきます。
それは多様性や共生社会とは逆方向です。

